『半日』 (1) (明治42年3月) 

 鴎外は明治17年、ドイツに留学し、21年に帰国し、23、4年に初期三部作を書いた。「半日」を書いたのは明治42年だから長いブランクである。この間小倉転勤などもあったが、明治40年には陸軍軍医総監に任ぜられ、軍医としての最高の地位についた。この42年には文学博士になっている。このように順調に出世しているものの、鴎外には公私ともに不満も多かった。それが小説を書く動機であり、小説の内容でもある。鴎外の作品は自然主義的な私小説であるが、鴎外自身は自然主義とは違うと思っているし批評家もそのように評価している。鴎外の告白は冷静で、どろどろしたところがなく、客観的な描写に見える。しかし、この印象は鴎外の高い地位によるものであって、小説の内容はまったくの私小説である。告白すべき自己の地位と生活が違うために告白の仕方も内容も違い、そのために他の自然主義作家とは違う独特の印象を与える。高級官僚で文学博士の告白と貧しい文筆家の告白は自ずと違ってくる。
 まず 冒頭に六畳の間の様子を無意味そうに描写している。これは家庭の状況について、淡々と、あるがままに描いているという意識の表明であるし、鴎外の意図を隠そうとする鴎外好みの導入のしかたである。
 博士の母君はよくできた女性で、苦労をして博士を大学にやり、洋行させた。こうした順調な人生の中に、美しい奥さんがやってきて、出口のない紛糾がはじまった。博士は真面目なインテリらしくつつましく知的な趣味を楽しむ生活をしている。結婚後、この生活が奥さんの趣味と合わないことと、合わすことができないこと、合わす必要を感じていないことがはっきりしてきた。この、日本でよく見られる中流的で深刻な家庭的矛盾を、鴎外は鴎外らしい独創性によって認識し、描写している。
 奥さんは嫌な事はなさらぬ。いかなる場合にもなさらぬ。何事をも努めて、勉強してするといふことはない。己に克つといふことが微塵程もない。これが大審院長であつたお父さまの甘やかしてお嬢さん時代の記念である。何等かの義務らしい影がさす毎に、美しい、長い眉の間に、竪に三本の皺の寄る原因である。そこで起きねばならぬから起きて見せようといふやうな意志のありやうはない。
 奥さんに対する批判は形式的で規律的である。自分の嫌なことでも努力することが求められている。奥さんが嫌と感じることの内容には触れられていないし、関心がそこに及んでいない。ただ、努力が嫌いなことを非難した上で、その原因を探ろうとしている。自分と対立する奥さんの特徴が弱点であるか自分が弱点を持つのかは考慮されず、奥さんが悪いことを前提として、博士はただ、どこがどう悪いか、さらになぜ悪いかをはっきりさせることに関心を持っている。博士は奥さんに対して容赦のない否定的な感情をもっており、奥さんに対するわずかの信頼も見えないし、信頼関係を築こうとする意志も見えない。奥さんを否定し自己を肯定する意志だけが見える。
 奥さんは、「まあ、何といふ声だらう、いつでもあの声で玉が目を醒ましてしまふ」と云つた。お嬢さんの玉ちやんは、台所の声よりは、お母さんの声が耳にはいつたので、可哀らしい、むくくとふとつた拳を二本にゆうと出して伸をして、お母ちやん譲りの黒い目をぱつちり開いた。博士が見て、「おう、起きたか、起きたか、好い子だなあ」と云ふと、伸ばした両手をお父さんの方へ向けて、抱かれる容易のやうな体附をして笑つた。此子に丈優しい詞を掛けることが出来るのが、博士の僅かに保留してゐる権利で、母君になぞは、博士は優しい詞どころではない、唯詞を掛けるのも容易でないやうになつてゐる。奥さんは乾からびて皹の入つた唇を固く結んで、博士の顔をじつと見てゐる。
 鴎外は博士の娘に対する愛情を奥さんとの対比で描いている。玉ちゃんに対する愛情は、奥さんとの関係の崩壊を強調し、自己を肯定する契機として描かれているのであって、それ自体が深い関係として描かれているのではない。鴎外にとっては、娘に対しても母親に対しても愛情をもっているにもかかわらず、それを表すことができないことを示すことが重要な意味をもっており、母親に対する愛情も娘に対する愛情も歪んでいる。こうしたやりかたで鴎外はまず、博士が、家庭の状況を一層悪くしないように、強い自制心をもって奥さんのわがまま耐え、愛情を示すことさえ我慢していることを、淡々とした事実であるかのように描いている。
 この作品を読めば、この家庭生活がやりきれない、消耗的な、不満に満ちた生活であることがよくわかる。それは、鴎外の作品のこうした書き方、現実認識がもたらす印象である。鴎外は、対立が深刻になるのを避けるために博士が我慢していると書いているが、たとえそれが我慢であるとしても、これは博士らしい対立の方法であって、それが対立を陰気に冷淡にしている。自分とは違った、お嬢さん育ちの奥さんの価値観に対する博士の冷たくて頑迷な態度がこの作品の印象を造り出している。冷静な淡々とした描き方は、奥さんに対する非難を徹底し、自分の意志から非難の形式を打ち消すほどに批判を徹底しようとする鴎外の意志である。これは初期から晩年まで一貫した鴎外の精神の基本的な傾向である。

 中流家庭に生ずる家庭的な矛盾を認識する方法には基本的に対立する二つの方向があり、漱石と鴎外がこの対立的な現実認識の傾向を描写している。漱石は鴎外がこの作品で文壇に復帰する一年前の明治41年に、「虞美人草」でこの作品と同じ階層の家庭を問題にし、平穏な家庭生活を破壊するエゴの強い女性を批判的に描いた。しかし、漱石の作品描写は、藤尾の死という結末を不自然にする内容を持っており、漱石はこの作品の破綻によって、自分の現実認識を再検討し始め、「虞美人草」に「甲野さん」として萌芽的に描かれていた内容を発展させ、五年後の「行人」によって、高山博士と質的に違ったインテリ像を描写した。
 鴎外は、矛盾にみちた不満の多い家庭生活を自ら造り出し、その生活の中で奥さんを否定することで自分を肯定している。その日常的な自分の意識によって、その日常的な自分の意識にどんな批判的な意識持つこともなく、自分の家庭生活を描いている。漱石は「虞美人草」を批判的に描いた後に、現実認識の方向をまったく逆転し、漱石が根深く持っていた藤尾に対する批判意識自体を、批判的に認識することを課題にした。鴎外は自己の批判へと向かうこのような転回をすることなく、自分に対立するあらゆる個人に対する否定的な認識を徹底することで、自己肯定を貫いた。藤尾や奥さんのような我の強い女性が家庭的な諸悪の原因であるなどという、現象の原因を個人に求める現実認識が客観的でも深刻でもあるはずがない。しかし、彼女たちが矛盾の元凶ではなく、彼女たちも矛盾の中の一人の犠牲者にすぎないことをまだ漱石も理解しなかったのであるから、鴎外が理解できないのも無理はない。しかし、すでにこの出発点に、日本のエリート社会とそこで生まれる精神を、まったく別の傾向において認識していく漱石と鴎外の対立がある。漱石は「行人」で、一郎に家族の全員が信頼を寄せ、一郎のために息をひそめるほどの気遣いをする関係を信頼関係の崩壊と見て、その原因を探ろうと努力したが、鴎外はまったく逆に、博士の平穏な生活を破壊し、信頼関係を破壊しているのは奥さんだと断定し、原因を奥さんの性格に求め、自分の現在の立場を守りきることがこの陰気な家庭生活の解決だと信じていた。
  漱石の視点からすれば、母君や博士を理解しない奥さんと、奥さんを理解しない母君や博士は同等の関係にあり、その関係の全体が批判的認識の対象となる。どちらが悪いか、どのように対処すべきか、といった経験的で現象的な課題はなくなる。この生活全体を批判的認識の対象とするには、博士と奥さんを同じ世界に生活する同等の人格と見る能力が必要であり、より深刻には、この世界でもっとも力を持ち、この世界を維持している博士を批判的な認識の対象としなければならない。

 博士は学者としての地位と生活を無条件に肯定している。奥さんが努力や忍耐や自制心を持たないというのは、博士と違った価値観を持つ奥さんの習慣や価値観を博士の生活に合わせることができない、ということである。博士の価値観は学者らしく特殊であるだけでなく学者としても特殊であるにもかかわらず、博士は奥さんが博士の価値観に従うことを当然と考えている。博士は自分の特殊な価値観が隅々にまで徹底することができないことを、自分の子供や母親に対する愛情すら示すことができないといった実例によって、自分が不自由であり、自分が耐えていることを示している。高山博士の生活習慣や価値観に奥さんが合わせ、従属すべきであるのに、逆に高山博士が奥さんの我が儘に耐えることで家庭に波風が立たないように努力していることが博士の不満である。しかし、この不満は博士の特殊な価値観にもとづいており、博士が自分を抑えて奥さんに妥協している、という現実認識もその不満と同等の偏狭自己肯定に基づく誤った現実認識であり、博士は決して妥協していないし、自分を抑えているわけでもなく、自己犠牲や忍耐というのは、鴎外が自己肯定を貫く場合の陰険な形式である。
 漱石の一連の主人公の基本的な特徴は自分のインテリ的な地位の価値に疑問を持つことである。この点が鴎外との基本的な違いである。エリートの地位が圧倒的な優位にあった明治日本において、エリートインテリの地位に対する疑問を持つのは漱石の天才がのみがなしうる現実認識であって、鴎外の想像の及ぶ思想世界ではなかった。エリートの地位の圧倒的な力の中にあって、一郎はその地位に対する信頼と自分の人間としての価値に対する信頼とのズレを感じ取る。高山博士と母親は、エリートの地位を求め、その地位を自分の能力や人格の証と考え、その地位と一致した自己が肯定されている。エリートの地位に対する批判意識など入り込む余地がなく、エリートの地位を肯定する価値観が絶対的である。そのためにブルジョア的な価値観を持つ奥さんとの関係で価値観のズレをやはり経験し、絶対の自己信頼によって、自分の価値観とのズレを持つ奥さんを、その人格性にいたるまで徹底的に、余すところなく否定しようとしている。
 家庭生活に生ずる日常的で現象的な矛盾を出発点として、漱石はエリートインテリの地位に対する批判的な現実認識へと深化し、鴎外は、エリートインテリの地位と価値観の危機に遭遇して、それを弁護し擁護することを課題としている。漱石は「我輩は猫である」からすでに、自堕落な、金持ちやエリートに馬鹿にされる生活に意義を見いだす努力をしており、「行人」もその批判意識を深刻化する過程の成果である。鴎外はエリートインテリの地位と価値観の経験的な危機に遭遇してその都度、エリートインテリ・官僚の地位と価値観を守るために作品を描き続けた。
 漱石と鴎外の作品の本質的傾向には、日本のエリートの地位の脆弱さが反映している。漱石はエリートの地位の脆弱さを早くから先取りしていた。鴎外は危機を経験してその都度経験的に対処した。鴎外ほどの高級官僚になっても、地位も人間関係も不安定で、家庭生活も安定するにいたらなかった。官僚としての最高の地位にあっても鴎外は人間不信や策謀の中に生きていたし、家庭の中にもそのまま不信感を持ち込み、あらゆる人間関係において、対立と不信を前提にして、他人の否定によって、他人を出し抜くことによって自分を肯定するのが鴎外の方法であった。鴎外は自分の正しさをあくまで主張し続けたが、それは自分の正しさを確信できなかったことの証明でもあろう。苦悩といい、深刻といい、不満といい、努力といい、我慢というのは、鴎外が生涯つきまとわれていた不安定な、自己確信を得られない状況の反映であり、それを打ち消し、それから逃れようとして、ついにそれにがんじがらめにされて身動きができなくなったのが鴎外の運命である。この脆弱さを克服する唯一の方法を漱石は見いだしたが、鴎外にはそれができなかった。
 博士は水指の水を嗽茶碗に取つて、小桶の湯を金盥に取つて、楊枝を使つて顔を洗ふのである。その手続がいかにも秩序井然としてゐるので、奥さんが娵に来た頃、お茶の湯をなさるやうだと評したといふことだ。なる程、嗽をしてしまふと、乾いた手拭で嗽茶碗を拭く。顔を洗つてしまふと、湯をバケツに棄てて、手拭を絞つて金盥を拭いて、それに嗽茶碗を重ねる。更に手拭を絞つて手拭掛に掛ける。楊枝も、櫛も、石鹸も、それぞれきちんと小蓋の上に載せられる。いかにもお茶の湯らしい。
 いかにも鴎外らしい、意志の強さと几帳面さが生活の隅々にまで行き渡った生活である。奥さんには理解しがたい生活である。鴎外は自分のこのような生活を特別に自慢しているわけではないが、インテリ的な退屈な生活の中で発達する一つの生活形態に過ぎない事を理解できず、結局は生活のこうした形式的側面に価値を見いださざるを得なかった。漱石なら滑稽な描写の材料にしかならないこうした特徴が鴎外にとっては描かずにいられない肯定的性格としてなくてはならない材料であった。鴎外は、几帳面で、勉強家で、努力を怠らず、無駄をせず、遊びもせず、それが家庭でも社会でも信頼されて、尊敬されるという生活を望み、そのための努力をしており、それを奥さんにも求めている。しかし、学者的な出世のための労苦など必要もなく経験もしなかった奥さんにとっては博士の価値観は苦しい規則にすぎないだろう。臆病で用心深いエリート官僚・インテリにとっても過剰なこうした規則づくめの生活に耐えることができるのは官僚やエリートインテリとしてもごくまれである上に、特に必要もないことである。
 高山博士や母親にとって理想的な生活は、彼らが考えているほど幸福でも積極的でもなく、停滞的な、退屈な生活であって、誰にでも耐えられる生活ではないし、耐えるべき生活でもない。お嬢さん育ちの奥さんとの関係によて、博士の価値観は現実と衝突する機会を得たにもかかわらず、博士はそこから自分の価値観を変更する方向に向かうのではなく、奥さんを批判する事を梃子にしてそれを頑に守る方向に向かっている。博士の価値観はたとえ奥さんとの対立がなくても、現実の人間関係では何らかの消耗的な対立を生み出すものである。そしてどのような対立でもやはり同じ対処をしている。だからこそ、出世が生み出す対立の中で出世する自己を維持し肯定する思想の典型としての意義を鴎外の作品は持っており、日本の保守的なインテリの支持を得ている。作品の内容は単純な嫁いびりであるが、そのいびり方が徹底しており、その徹底というのは、エリートインテリの地位の維持という普遍的な意義を持たせるほどに奥さんを否定し、奥さんをエリートインテリの本質的対立物にまで持ち上げて否定しているということである。

 博士の家庭生活は矛盾に満ちている。博士の生活は奥さんがいてもいなくても暗く消耗的である。博士の陰気で消耗的な生活の中に、違った価値観を持った奥さんは新たな矛盾を持ち込んだ。しかし、この家庭では奥さんは大きな力を持つことはできず、奥さんが持ち込んだ対立は、基本的な傾向である陰気さと消耗性を強化する契機として利用されることになった。博士と同等のインテリや、他の階級の生活と比較すれば、博士の生活は極端に退屈で面白みのない生活であることはすぐにわかる。博士はこの陰気な生活に入り込んだ奥さんを否定し、対立を深刻化し、陰気にすることで自己を肯定し、現状に甘んじている。家庭生活の深刻な矛盾は認識されず、克服されず、克服が求められていない。あるいは、奥さんを否定し、対立を深刻化することだけが鴎外に可能な矛盾の解決である。博士の関心は自分の孤立的な肯定であり、人間関係の形成ではない。破壊によって自己を肯定することが鴎外の自己肯定の唯一の方法である。この小説が非常に陰気な印象を与えるのは、奥さんが弱い立場にあって徹底的に否定されており、そのことを高山博士がまったく意識していないほどに冷酷であるという深刻な対立を読者が感じるとるからである。
 漱石はこの矛盾に満ちた世界での信頼関係のあり方を模索した。信頼関係に自己を見いだそうとしていたために、人間関係の崩壊を深刻に認識した。鴎外はこの矛盾にみちた世界において、信頼関係を求めていない。高山博士が求めているのは矛盾の中で自己を肯定することであり、その手段として奥さんを否定しており、人間関係の崩壊において自分が勝ち残ることが鴎外の自己肯定である。家庭のいざこざに対して自分は一切の責任を持たず、奥さんに厳しく冷たく対処することに自己の安住を見いだすことができるのが鴎外の特徴である。最悪の家庭生活の中で几帳面で真面目で忍耐強い自己を保持することは、家庭内で強者としての地位を維持すること意味するだけである。鴎外は、信頼関係の崩壊の中で自分を勝利者として解釈することにのみ関心をもっており、ついに信頼関係のなんたるかを経験することも理解することもなく、また信頼されるに足る精神を作り上げる努力をすることもなかった。矛盾の中で排他的に自己を肯定することにしか関心をもたずに信頼関係を失っていった。エリートの地位と価値観の崩壊を恐れる臆病な自己保身において人間関係を失い、自己を喪失する過程で手段を選ばず自己肯定の解釈を記録することが鴎外の生涯にわたる課題であった。


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