『蛇』 (明治44年1月・・43.12.9脱稿 ) 

 もしや狂人ではあるまいか。
 詞は分からないが、音調で察して見れば、何事をか相手に哀願してゐるやうである。
 この文章は『半日』を思い出させる。この作品は、『半日』を受け継ぎ、その内容に社会的な位置づけを付け加えることで、「もしや狂人ではあるまいか」という『半日』の最後に書き残した疑問に答えようとしている。そして、この「哀願しているやうである」という言葉には、鴎外がより冷たく突き放して事態を解釈し、対応していることを示している。鴎外の気味の悪い冷たさがよく表れている作品である。
 「難有うございます。いえ。県庁からお宿を仰附けられましたのは、此上もない名誉な事でございます。かういふところへお留め申しまして、さぞ御迷惑でございませうが、当家ではこれもお上へ対しまして、報恩の一つでこざいまするから。」
 鴎外は、この作品で特に「お上」の力とそれに従順であることをすぐれた道徳性として描こうとしており、この神妙で丁重な宿の主人の態度が、愛すべき人物の実例として描かれている。反抗的な妻に対する冷たい批判と、従順な主人に対する温情的な対応が鴎外の官僚らしい特徴である。
 この穂積といふ家は、素と県で三軒と云はれた豪家の一つである。
 亡くなつた先代の主人は多額納税者で、貴族院議員になるところであつたが、病気を申し立てて早く隠居してしまつた。佐久間象山先生を崇拝して、省けん録を死ぬるまで傍に置いてゐた。爺いさんは、「なんとかいふ、歌を四角な字ばかりで書いてある本」だと云つた。
 この穂積という名前は、当時大逆事件を捏造し、思想弾圧を積極的に押し進めていた、山県有朋の思想ブレーンであった穂積八束教授と同じ名前である。この書き方と鴎外のこれまでのやり方からすれば、これは穂積教授への媚びであろう。鴎外はその思想を次のように説明している。
 それでゐて仏法の信者であった。なんでもこれからの人は西洋の事を知らなくては行けない。併し耶蘇教になってはならない。耶蘇教の本を読んで見たが、皆浅はかなもので、仏教の足元にも寄り附けないと云つてゐた。それで自分なぞにも、不断仏教の難有い事を話して聞せた。それは別にむずかしい事ではない。只四恩といふものを忘れずにゐれば、それで好いと云ふ事であったと、爺いさんは云った。なる程さつきも、国家の義務だとでもいふやうなところを、「報恩」だと云ったつけと、己は思ひ合せた。
 これは鴎外自身の思想であるとともに、穂積教授の思想であり、山形有朋が思想弾圧のために必要とした思想である。四恩、国家の義務、といったものを重視するという教訓ないし統制で、思想というほどのものではないが、鴎外にとっては大逆事件の死刑執行が間近に迫っている時、特に宣伝しておく必要のある思想であった。
 先代の妻は実に優しい女で、夫の言ふことに何一つ負いた事がない。そして自分を始め、下々のものをいたはって使ってくれた。あすで二七日になるといふのは、この女の事である。八十歳の長寿をして、こなひだ死ぬるまで、毎日十人宛の乞食に二十五銭宛施すことになってゐたので、近年は郡役所で貧窮のものを調べて、代り代り貰ひに来させることになってゐた。若い奉公人の中には、「御隠居様のお客様」と云って、蔭で笑ふものがあったが、貰ひに来るものの感情を害するやうな事をしたものはない。
 保守的な官僚が社会にたいして提供できる思想がいかに貧しいかがわかる。妻は優しく夫に背かない、下々の者をいたわる、もらいにくるものの感情を害するようなことをしない、ということである。むろんこれ自体が特別に悪い考え方とはいえない。しかし、これが一般的な規範として、重要な思想として理解され、宣伝される場合は、非常に悪質な思想になる。乞食に金を施すという善意を鴎外は否定したことはない。「舞姫」でも同情を肯定しており、これは保守的なエリート官僚らしい自己肯定である。それがこのように思想として固定化されると、「舞姫」に含まれていた「同情」の冷酷さが表に現れてくる。物乞いをするものに対するこれ見よがしの親切は、物乞いをしない者に対する冷酷な弾圧を予想させるし、実際に含んでいるし、鴎外はそのことを隠さない。あるいは、優しくない、夫に背く妻にたいしては冷酷でもかまわない、という結論になる。そして、従順な者に対する温情は、自分の冷酷な対応が自分自身にではなく、従順でない者に原因するという、冷酷さの肯定の根拠になることがこの作品で示されている。鴎外の年齢と時代の流れが、鴎外の思想をよりはっきりした形式で表明することを求め、鴎外はそれを明らかにすることを自分の思想の発展として意識していたということであろう。
 併し午も晩も同じやうに、嫁さん丈早く席を起つた。その次の日からは、用事にかこつけて、嫁さんは遅れて食べに出る。主人がなぜかと思って問ふと、どうもお母あ様のお話が嫌ひでならないと云ふ。これは穂積家に限ってある事で、食事の時は何か近郷であった嘉言善行といふやうな事を話すことになってゐる。先代の主人のした流義が残つてゐるのである。丁度新聞紙の三面記事の反面のやうな話である。若しこれといふ出来事がないと、誰でも前日あたりに本か何かで読んだとか、人に聞いたとかいふ話をする。その為めに人の話を聞くにでも、本を読むにでも、食事の時の話の種子になるやうな事柄に耳を留めて聞く、目を留めて見るといふことになってゐるのである。
 主人も不思議に思った。善行嘉言なんぞといふものは、人によっては聞いて面白くないといふこともあらう。併し別に聞くに堪へないといふわけのものではない。うるさくても辛抱してゐられない筈はない。なぜだらうと云ふので、嫁さんに問うて見た。さうすると、あんな偽善の話は厭だと云ったさうである。
 『半日』では、妻が席を起つのは、母親が焼き餅焼きであるからとか、母親の声が嫌だからであった。それは妻を原因として解釈する場合には、妻の特殊な性格が原因であり、理解しがたいという結論であった。しかし、ここでは、原因が妻にあると考えるのは同じであるが、その原因が妻の異常な性格によってではなく、妻の思想にあるとして説明されている。「食事の時は何か近郷であった嘉言善行といふやうな事を話すこと」を偽善の話だといって嫌がるのが、つまり穂積家の古き良き習慣、道徳性を嫌っていることが若い嫁さんの特徴とされている。
 善良で楽しい、信頼のある家庭が破壊されてしまったというのは、「半日」に書いていたことと同じである。妻の悪い性格や悪い考え方のために、善良で勤勉な他の人間は耐えているという現実認識である。この単純な現実認識が二年の間に鴎外にふさわしい思想的回答を見つけた。それは鴎外の保守的な思想の定式化であり、妻に対する批判のより本質的な社会的な位置づけの発見である。
 若し又精神の変調でないとすれば、心理上に此女をどう解釈が出来よう。孝といふやうな固まつた概念のある国に、夫に対して姑の事をあんな風に云つて何とも思はぬ女がどうして出来たのか。西洋の思想から見ても、母といふものは神聖なものになつてゐるから、夫に対して姑を侮辱しても好いと思ふ女は先づあるまい。東西の歴史は勿論、小説を見ても、脚本を見ても、おれの妻のやうな女はない。これもあらゆる値踏を踏み代へる今の時代の特有の産物か知らんと、博士はこんな風な事を思つてゐる。
 明治42年3月に鴎外は『半日』にこう書いている。妻を一方的に悪く書いて、それに自分が耐えて、妻がどうしてこうなのかわからない、という苦悩を引き受けるという形式の、鴎外らしい自己弁護であり妻に対する非難である。この時点でも鴎外は、「孝といふやうな固まつた概念」を信奉し、それを自分の立場としている。しかし、二年前のこの弁護と非難は、この『蛇』を読めば、まだ人間味があって、奥さんとの関係は冷たいながらも、まだいくらか突き放そうとする努力としての関係くらいは残っていたという印象を持たされる。鴎外と奥さんの関係、あるいは鴎外と社会の関係、鴎外が奥さんをどのように認識し、現実をどのように認識しているか、をその距離の観点から見ると、『蛇』で奥さんに対する非難がより本質的な根拠を与えられ、徹底しており、鴎外がこの二年の間にいかに保守化し、単純化し、年齢と時代の進展とともに思想を硬化しているかがわかる。
 穂積家のあるいは穂積教授の思想にあらわれた、四恩を大事にする伝統を、偽善として嫌うことを、嫁さんの基本的な特徴として説明したあと、この話を立ち聞きしていた夫がでてきて、第二の非難をするという書き方をみると、鴎外は小説の形式などどうでもよい風でただ、穂積家の古き善き伝統が失われつつあることへの嘆きを「名高い学者の方」に訴え、この状況についてこの段階での鴎外が思想的に解釈を下すという単純なプロパガンダを目的としており、小説の形式など問題にしていない。妻の非を暴露した『半日』の鴎外は、爺さんと主人に受け継がれ、この時期の、より成長した鴎外は、素朴に古き良き生活と道徳を守りながら、それが壊されていくことを嘆きながらどうにもならずに困惑している田舎の旧家の訴えにたいして、新しい解釈を与え力づける「名高い学者の方」というより発展した思想の体現者となっている。この「名高い学者の方」というのは、鴎外がそれをより高度の思想であると考えていると同時に、それが山県有朋や穂積教授が強力に押し進めている思想の宣伝として、「名高い学者の方」の思想という形式をとることを自然と感じたからであろう。
 穂積家は、「わたくし共一家は実に悲惨な境遇に陥つてゐるのです。」、「併し母は晩年になつて、わたくし共夫婦の為めに恐ろく寂しい生活をしたのです。」という危機的な状態になっていた。その原因は古き良き伝統的な思想を認めようとしない嫁さんである。しかし、この作品では、積極的な対応が問題にされており、穂積家自身にも問題があるとされている。
 清吉ぢぢいなんぞは、こんな律儀な男で、それに非常に耐忍力が強いのですから、黙つて内の事をしてゐてくれましたが、腹の中ではわたくしを意気地がないやうに思つたり、妻に惑溺してゐるやうに思つたりしてゐるやうです。わたくしは決して惑溺なぞはしてゐません。只薄志弱行だと云はれれば、それ丈はいたし方がありません。それにはわたくしに極まつた人生観が無いのが原因になつてゐます。わたくしは病身で大学には這入ることが出来ませんでしたが、色丸な学科を修めました。何かわたくしの生活の基礎になるやうな思想があつて、それを貫く為めには、いかなるものをも犠牲にするといふ気になられたならば、これまでにどうにか解決が附いたのでせう。世間の段轡褒財は顧みない。人が死んでも好い。自分が死んでも好いと云ふ事なら、解決が附いたのでせう。それが無いので、今にぐづぐづしてゐるのです。そして母はとうとう亡くなつてしまふ。妻もあんな風に気が狂つてしまふ。わたくしもどうなるか知れません。
 鴎外は常に同情や忍耐を自分の道徳的な特徴と考えており、それが一般的な思想としても非常に重要だと考えている。その上で意志薄弱でもなかった。このような鴎外の精神を描いた作品には非常に冷たくて高圧的な思想が見え隠れしていた。この作品では、背後にあった冷酷さと高圧的な思想が表にでようとしている。忍耐力があるといっても、意気地が無いということであってはいけない。妻に惑溺するようではいけない。薄志弱行ではいけない。つまり、必要な場合には断固とした処置をできるだけの意思力を持たねばならない、そして、そのためには「極まつた人生観」を持たなくてはならない、というのがこの作品の主張である。むろんこうした主張はこのままではまったく形式的で空虚である。というのは、同情や忍耐や意志や人生観の内容が問題にされておらず、何を耐え、何を断固として実行するのかまったくわからないからである。ここではまず、『半日』であったように、ただ耐えることによって自己を弁護し肯定する態度から、積極的に打って出ることを主張し、そのために思想的な根拠を得たと確信しているところが形式上の発展である。
 「生活の基礎になるやうな思想があつて、それを貫く為めには、いかなるものをも犠牲にするといふ気になられたならば」すべての悲劇は防げたかもしれない。家庭の全員がこれほどに悲惨な運命を味わわなくてもすんだかもしれない。対処は逆の因果関係をたどって展開される。しっかりした思想があれば、ぐずぐずせずに敢然と処置できたかもしれない、そして悲劇を防げたかもしれない。だから、断固とした処置のために「高名な学者」に思想を求めている。鴎外はこの作品では、いつまでも忍耐しているのではなく、果断な処置をすべきときにきていると主張している。一方的に妻が悪いと決めつけ、自分が我慢し、耐えていると認識している人物が、自分の正当性をさらに徹底して、耐えていることを弱点として意識している。

 自分を全的に肯定し、その上で自分が不当に耐えていると意識して、それを自分の徳性と信じている鴎外のような精神が、いつその忍耐を自分の弱点として意識しはじめるかはわからない。自分の忍耐を弱点として意識するのは、自分の正しさを徹底して意識するのと同じことである。そして、忍耐を弱点だと意識するのは状況に左右される。鴎外のように体面を重んじ、出世コースからはずれることを極端に恐れる場合には、人間関係の対立の中で反撃することが自分に有利であるかどうかが、慎重に、几帳面に計算される。それが忍耐の正体である。したがって、反撃しても有利に展開すると思われたときに、その忍耐は我慢の限界にたっし、忍耐は弱点と意識され、意志薄弱は克服される。だから、内容は常に関係がなく、ただ力関係の判断だけが問題で、鴎外の出世主義的な利害を押し通すための方法だけが実際には問題になっている。
 しかし、行動の真の動機は表に出ない。鴎外自身にも意識されない。行動の動機は思想の形式をとっている。強い行動に出るためにはその行動の思想的な肯定が必要である。自分の都合、自分の利害を押し出すのではなく、他人との関係において正当化されなければならない。これこそ鴎外の得意の専門の分野であった。そして、この思想的な自己肯定ができれば、表向きの他人との肯定的関係である同情という形式は捨て去られる。たとえ思想として単純であろうと、また状況によって同情という形式では足りずに積極的な肯定の必要に迫られたためであろうと、反撃がより積極的であるためには思想的な正当性を掲げなければならない。しかし、鴎外は高級官僚としての強い立場にあり、自分の立場、利害を力によって貫ける立場にあり、自己の立場を思想の力として獲得する必要のない立場にいるために、思想といっても具体的な内容を持つことはありえない。それがこの作品でもよくわかる。
 鴎外はまず嫁さんが悪であり、それを否定するのが正しい思想であることを明らかな事実として描いている。課題は、現実の悲惨な状況を回復し、また悲惨な結果を予防する必要があり、そのためには嫁さんのような立場にたいして断固とした態度をとる必要がある、そしてそのためにははっきりした人生観を持つ必要がある、と主張している。悲惨な結果にならないためには「人が死んでも好い。自分が死んでも好いと云ふ事」でなければならない主張している。「主人の血走つた目は、ぢいつと己の顔に注がれてゐる。己はぞつとした。」と続けて、しっかりしした思想がなく、それを実践する覚悟と実行力がない場合に、いかに悲惨な結果に陥るか、また彼らがいかに深刻にその状況からの助けを求めているかということを強調し、断固とした対処が緊急に是非とも必要であることを印象づけている。嫁さんの立場にとっては、容易ならない事態が進行している。嫁さんが間違っていることについては、結論としての判決がすでに下されており、断固とした処理をすることだけが求められているのである。
 「なる程。清吉さんの話では、奥さんが嘉言善行といふやうな話が嫌ひだと云ったのが、内輪の面白くなくなる初めだといふことでしたが、一体どういふわけだったのですか。」(p32)
  この「名高い学者」は、嘉言善行を嫌うことが家庭に悲惨な悲劇をもたらしたことを、より具体的に思想的に説き明かそうとしている。
 実に馬鹿げ切つてゐるのです。妻の考では人間に真の善人といふものは無い。若し有るとしても、広い国に一人あるとか、千百年の間に一人出るとかいふもので、実際附き合つてゐる人の中には、そんなものの有りやうがない。善い事をしたり言つたりするといふのは、為めにする所があるので、自分を利するのである。卑劣である。これに反して、悪い事は誰もしたい。併しそれを吹聴するには及ばないから、黙つてゐる方が好い。よし又言ふにしても、悪い事の方なら、正直に言ふのであるから、虚偽でもなければ、卑劣でもないと云ふのです。わたくしは妻が優しい顔をして、美しい声でそんな事を言ふのですから、馬鹿らしくもあり、不思議にも思つてゐました。
 「妻が優しい顔をして、美しい声でそんな事を言ふのですから」というのは、というのはこれが善や善人を否定して好きなように悪いことをすることの思想的なを正当化だと思われるからである。それがもともと善良で、善良であることを高く評価して、世の中の人間が善良であることを信じている穂積家の人たちには信じがたい、という関係にある。鴎外は、妻と穂積家の人々の対立を善と悪に分けて、妻が悪を人間の本性として肯定している、と説明している。となると鴎外が善を肯定しているという馬鹿馬鹿しい結果になるが、思想というのはこうした屈折した矛盾した形式をとるものである。無論これだけで終わるのではない。これはまず表面的な現象として主人によって説明されたことであり、「名高い学者」は、これについて思想的な説明を加えるためにこの宿に泊まったのである。
 人間は自然には悪いことをしたい、善人はいない。だから善を説くのは偽善だ、というのが馬鹿げているとしたら、馬鹿気ていないのは、その逆である。人間は善人であり、善人であるべきであり、そう信じて、善人であってこそ、家庭は円満でたのしく、有意義である、ということである。では、その善であることは、より具体的にはどういうことであろうか。嫁さんは、あるいは我々は善人であるためにはどのようになければならないのか、鴎外が忍耐の限界を超えたとして冷酷な処断をすることを避けるには我々はどうあるべきなのか。
 その男がかう云ふ事を言つたのです。妻を持つて子供が沢山出来た。ところが、其妻が authrityといふものを一切認めぬ奴で、言ふ事を少しも聞かない。それでは親に済むまいとか、お上に済むまいとか、神様に済むまいとか、仏に済むまいとか、天帝に済むまいとか云はうとしても、どれも此女に掴まへさせる力草にはならない。どうも今の女学校を出た女は、皆無政府主義者や社会主義者を見たやうな思想を持つてゐるやうだと、さう云ふのです。共時はわたくしもこの男は随分思ひ切つた事を云ふと思つて聞いてゐましたが、好く考へて見ると、わたくしの妻などもオオソリチイは認めません。事によると、今の女は丸で動物のやうに、生存競争の為めには、あらゆるものと戦ふやうになつてゐるのではないでせうか。一体どうしてこんな風になつて来たのでせう。」
 これが鴎外の妻に対する批判の新しい視点である。この作品ではそれが誰もが持つべき道徳的規範として一般化されている。具体的な内容が発展しているのではなく、形式が一般化されているだけであるが、鴎外はこのことで自分の正当性が根拠を持ち、自分の主張を実践的に貫く根拠を得たと考えている。
 『半日』では、妻が夫や姑の言うことを聞かない、従順でないということが不満であった。ここでは、それが、オーソリティを一切認めない、夫や姑という個人に従わないのは、その人間が、親や、お上や、神様や仏、天帝といった一般的なものをも認めないことだと、思想的な形式に整えられている。しかし、オーソリティの内容、親や、お上や、神様や仏、天帝の意志や思想の内容は問題にされていないし、問題にされるはずもない。問題にすることはそれ自体、オーソリティの内容、親や、お上や、神様や仏、天帝に従順でないことを意味するであろう。したがって、鴎外の言う、オーソリティ、親、お上、神様、仏、天帝というのは、自分がその中に利益を得ている、そして今危機を迎えている既存の山県を中心とする古い藩閥政府とそれに連なる官僚体制である。鴎外はそのように意識していないであろうが、それは鴎外があまりに保守的で、現体制にしがみつく体質を持っていたために、その体制や自分の立場を二重化するには思想的に臆病すぎるからである。
 鴎外はこの作品では、既成の権力に対して従順であることを、誰もが持つべき道徳的規範通して一般化している。そして嫁さんを、自分だけを認め自分の利害を守るために競争に勝つことだけを考える人間だとしている。鴎外はむろん自分のことだけを考えていたのではない。保守的な官僚として、現在の体制が守られることが自己を守ることでもあったから、保守的な官僚としても臆病で自分自身のことしか考えていなかったにしても、出世のために必要でもあるために、形式的には常に国家のため、お上のためという形式を自分だけでなく、家族をあげて信じていたのであるし、自分の官僚的な成功は家族の成功でもあり、国家の成功でもあったのだから、そんなことを考えずに、出世のことも考えず、自分のその日その日の利害しか考えない嫁さんというのは、まったくエゴイズムの固まりとして、一切のオーソリティを認めず、自分のことしか考えない勝手な女、人間だと、心底思われたのである。そしてさらにこれが無政府主義や虚無主義の特徴だとされている。こうして妻の反抗的な態度は社会的な一般的な思想の一部分として位置づけられている。それは妻の反抗的な態度をより本質的なものと認め、さらにそれを否定することが一般的な社会的な意義を持つとして徹底して肯定されることになる。その場合妻のオーソリティーは一切認められておらず、妻を否定する穂積家や「高名な学者」の意思が、親や、お上や、神様や仏、天帝と上の医師と一致したものとして、善として前提されている。こうした単純な考察が、断固とした処置の根拠を与えていると信じているのである。
 鴎外は、この作品では、親やお上に従え、従順にしていろという単純な弾圧的な思考を表明している。生存競争とか社会主義とか無政府主義とか言っても、要するにお上の言うことを聞かないのはよくないという以上のことをいっていない。思想というのは、少なくともそのオーソリティやお上や天帝の内容を問題にすることであるが、そんな能力はもちろん関心すら鴎外は持つことができなかった。妻に対する不満は社会的な事件と直接同一的に論じられる。従順にすべきである、反抗的であってはならない、といった程度の思想は、自分の都合でどんな対象にでも適用できる、単純で抽象的で、お手軽な、ただ権威と力によってのみ押しつけることのできる思想である。自分の思うようにならない妻に対する不満が思想的な形式に整えられたにすぎない。したがって、それは内容が発展し、具体化したのではなく、同じ内容が適用の対象を広げたということであり、鴎外の思うようにならないのもが、より一般的にいえば、保守的な官僚にたいして従順でないものが、妻だけでなく、広く社会にも広がってきたということである。鴎外はもともと思想を持たない作家である。妻に対する不満が社会的に拡大され、思想形式をとることになったのは、大逆事件に代表される弾圧的な政策の思想的な支柱として形成された保守的な道徳的思想が、保守的な官僚の立場の危機を守るための思想として鴎外の立場と一致したからである。鴎外は、穂積教授や山県の思想の中に、自分がこれまでに家庭的な、官僚的な、文壇的な生活で蓄積してきた不満の思想的な表現を見いだした。現実生活に対する個別的な不平不満を作品として描いてきたこれまでの作品は、滑稽で見苦しい弁解であり強弁であった。しかし、それがこのように思想的な定式化に到達すれば、思想は全く硬化し、精神の死を迎えるのである。
 「一体どうしてこんな風になつて来たのでせう。」というのは「食堂」にも見られた、鴎外が考える、鴎外の能力が想像するところの、学問的な考察である。鴎外は穂積家の立場を善として、妻の立場を悪として、そのこと自体には何らの疑問をはさむことなく、それがどうしてこうなったかという原因だけを問題にしている。如何にも原因を探って思想の内容に入っていく形式を示しており鴎外もそのように考えているであろうが、実は全く無思想な、風が吹けば桶屋が儲かる式の因果関係のこしらえものに過ぎない。
 「打遣つて置けば、さうなるのです。赤ん坊は生れながらのegoist ですからね。」
 「併しどうして男とは違ふのでせう。」
 鴎外の頭には外国語の智識がいっぱい詰まっていた。それは鴎外の官僚的な体面と出世のために必要な道具であった。鴎外の頭の半分は体面と出世の欲望と外国語の智識で占められ、残りの半分は体面と出世が望むほどに欲望が満たされないことの不満でいっぱいであった。そして鴎外の不満は、体面を保ち、出世の道を踏み外すことを恐れる臆病のために直接吐露されることはなく、間接的な迂回的な慎重な、思想のような形式をとって吐き出された。そしてこうした屈折した努力のために鴎外の頭の最後の隙間も埋め尽くされ、思想が入り込む余地は全く残っていなかった。
 鴎外の説明は思想ではなく単純な理由付けに過ぎない。しかもその根拠が異常に薄弱で、理由づけの合理性にすら関心を持っていないことがわかる。というのは、社会的に重大な現象として取り上げているにもかかわらず、そのすべての原因が「赤ん坊は生れながらのegoist ですからね。」という一点に求められているからである。もし赤ん坊が生まれながらのエゴイストであるかどうかが問題になり、それに疑問が生ずる場合、鴎外の説明はすべて根拠を失うことになる。しかし鴎外はそんなことには関心を持たないのでああろう。本質的にはそんなことに関心を持つ能力を持たなかったであろう。鴎外がこの根拠に基づいて、いっそうばかげた因果関係連ねていることからもそれはわかる。鴎外にとって必要なことは結論であり、説得力を持つかどうかではなく、学者らしい形式をとってそれを説明できるかどうかであり、他人の関心に対しては自己の評判以外には真剣な関心を持たなかった。
 「どうして男とは違うのでせう」という主人の質問は、『食堂』で繰り返されたのと同じで、鴎外が使いうる知識が必要とする質問を、なんの必然もなしにしゃべらせたものである。いったいこの愚かな質問に対応する愚かな回答とはどんなものか?
 「それはなんと云つても、男の方は理性が勝つてゐるのででせう。君はさつき人生観を持つてゐないと云はれたが、持つてゐないと云つても、社会に立つての利害関係は知つてゐる。利己主義ばかりで推して行けば、自分の立場がなくなるといふことは知つてゐる。Dogma は承認しない。勿れ勿れの教には服せない。併し利害の打算上から、むちやな事はしない。女だつて理性の勝つてゐる女は同じ事でせう。只そんな女は少いのです。人間は利害関係丈でも本当に分かつてゐれば、むちやな事は出来ない。基督の山の説教なんぞを高尚なやうに云ふが、あれも利害に愬へてゐるのですからねえ。」(p33)
 もったいぶった偉そうな文体を使うだけあって内容は極端に貧弱である。理性、人生観、利害関係、利己主義、利害の計算、といった言葉を使っているが、ようするに、社会に出れば利己主義ばかりでは他人と衝突するので、無茶はできないことがわかってくる、それが理性というもので、社会に出て行く機会の少ない女にはその理性が少ない、ということである。つまり、社会的にいえばあまりに好き勝手なことをやっていると、いつ弾圧されるかわからない、ということである。家庭的にいえばいつ生活の手段を失うかわからないぞ、ということである。これは鴎外にとっては経験則であり、疑う余地のない真理である。「ヰタ・セクスアリス」に描いているように、またすべての作品に表れているように、鴎外自身は利害関係をよく知った、利害の計算を心得た、そのために決して無茶をしない理性的な人間であった。その正しさの証明は、見事に官僚として出世した、ということである。鴎外は官僚としての体面を保つために、出世するためにすべてを考慮し、計算し、その計算に成功したと思っており、その計算ができなかった者は道を踏み外して没落した、と考えている。鴎外には思想的な獲得物、精神の獲得物についての計算は存在しないし、できなかった。鴎外は出世のための利害の計算には成功したが、たとえば『半日』やこの作品の、嫁さんについてはどんな現実的な認識も得ることはできなかった。こうした従順でない、不満の種になるだけの関係しか持つことができなかった女性に対しては、官僚的な出世の妨げになることを恐れ、自分の人格や能力を高く評価されないことにたいする不満と、それを克服することのできないね無能から、相手を否定的に評価することだけに心を砕いたのである。
 若気の至りから生じた危機を、「舞姫」でうまく弁解もし、家族全員の努力でその危機を乗り切った。そして、利害の計算に長けた、自制心に富んだ理性的な人間として、軍医局長の地位にまでのぼりつめた。自分の実例から見れば、こうした自制的な計算に通じることが成功の道であり、社会的な心理である。たとえ成功しなくても社会の利害関係の中で自分の能力や地位相応の良識が培われてよさそうなものであるのに、最近は、社会的にも逆のことが起こっている。鴎外が善としてきたような理性的な努力を認めず、お上として指導的な立場にある官僚のオーソリティを認めなくなっているというのが鴎外のこの作品での現実認識である。つまりは鴎外のような生き方がありがたがられなくなっているということである。鴎外のような生き方がエリートとして単純に評価される時代が終わり、そうした生きかたの正当性が説明され、自分自身においても位置づけされなければならなくなっている。さらに、それは、社会の利害関係に揉まれて生み出される理性の中に、鴎外のような保守的な官僚の権威を認めないような理性が生まれているということであろう。ただ、素朴な鴎外は、利害関係を理解する理性を、保守的な官僚である自分の利害を重んずること、あるいは自分が依存している立場の利害を重んずることとのみ解釈しており、社会一般に生じている利害関係や、そこで生まれる理性を問題にする能力をもたなかった。理性とはお上であり、それは官僚としての自己であり、それが何であるかを問う必要を認めなかった。だから、なにをどう展開しても、社会の利害関係の具体相に入るのではなく、権威に従うべきである、国家に従うべきである、自分に従うべきであるという単純な教訓を肯定するための材料としてすべての言葉や現象が用いられているのである。
 「なる程さうです。赤ん坊は赤い物に目を刺戟せられれば、火をでも捜む。それと同じやうに、女は我慾を張り通して、自分が破滅するのですね。」
 穂積家の主人も学問をしたということであるが、それもやはり鴎外と同程度のくだらない教養をため込んだだけであった。「名高い学者」の戯言を鵜呑みにして、それをまた丸ごと吐き出すような回答をするのは愚かである。むろん鴎外にとっては、世の中がこれほど物分かりのいい人間ばかりだったら、また鴎外や山県のようなオーソリティに従わない我欲が自分から破滅してくれるのであれば、どれほどいいことか。そうであれば、鴎外もこれほど無理に我欲を張り通さずにすんだであろう。つまり、我欲という形式をとらずに、同情や温情の形式で自分の利害、都合を押し通すことができたであろう。しかし、そうではないから、大逆事件のように事件を捏造してでも死刑にしたのである。鴎外にとってはそれは、無政府主義者が我欲を張りと押して自滅したということになる。
 「まあ、そんな物でせう。だから、赤ん坊を泣かせて、火を攫ませないやうにする。赤ん坊を大人と一しよには扱はない。無政府主義者でも、社会主義者でも、下の下までの人間を理性のある人間と同一に扱はうとしてゐるから間違つてゐるのです。一般選挙権の問題でからがさうです。多数政治なんといふものも、将来これに代るべき、何等かの好い方法が立てば、棄てられてしまふかも知れません。詰まりegalite といふ思想が根本から間違つてゐるのですね。女だつて遠くが見えない為めに、自分の破滅を招くやうな事をすれば、暴力で留めなくてはならないでせう。」
 こんな自問自答を、夜中の宿屋でするという設定は滑稽である。この「名高い学者」は、無政府主義者や社会主義者を、我欲を張りと押す赤ん坊だと説明している。「下の下の人間」に対する鴎外の根強い蔑視がここで露骨に表明され、「下の下までの人間を理性のある人間と同一に扱はうとしてゐるから間違つてゐるのです。」と断言されている。鴎外は、赤ん坊や無政府主義者や社会主義者や女には理性がない、と言い、理性のある人間として扱ってはならないといい、つまり、その我欲を暴力で抑えなければならないという。しかも、それは、「自分の破滅を招くやうな事を」させないためである。暴力を使うのは、理性のない赤ん坊や女や社会主義者や無政府主義者の自滅を防ぎ、理性に立ち直らせるためだということである。鴎外はこれほど馬鹿げた小理屈を書き並べながら、自分が理性的であると考えているらしい。しかし、それは下の下の人間に対する偏見と同様、自分に対するまったくの偏見である。
 「先生はさうお思ひですか。独逸では小学校の教師に鞭で生徒を打つことが許してある。それから夫たるものは妻を打つても好いことになつてゐるとか聞きましたが、先生のお考では、あれも差支がないのでせうか。」
 言うことを聞かない、理性を持たない人間には暴力によって理性に従わせる以外にない、という保守的な官僚のやり方である。こんな単純な反動的政策を肯定するために、鴎外は、ドイツの小学校の教師や、ドイツの習慣や法律の話を持ち出している。鴎外はこんな主張をするために知識を集めていたのであり、またこんなことに使えるような知識だけを集めていたのである。鴎外は、極端に限定された、偏見に満ちた頭で書物を読みあさって、その偏見を量的に膨らませることを教養と思っていたし、そうした努力しかできなかった。従順でない者には暴力を使ってもよい、というだけのことをどんなに知識を使って説明しても内容は豊かにならない。保守的な立場を強調することになるだけである。
 己は覚えず微笑んだ。「わたしなんぞもそれ程まで踏み込んだ考を持つてゐるわけではありませんよ。先頃もフランスで誰やらが、英国の笞刑が好結果を奏してゐると新聞に書いた。すると、Bernard Shaw がわざわざ反駁書を出しました。兎に角打つなんといふことは非常手段ですから、教師だから打つても好い、夫だから打つても好いといふやうに、法則にして置くのは不都合でせう。」
 鴎外の作品によく出てくる気持ちの悪い微笑みである。鴎外はドイツでは生徒を鞭で打つことや夫が妻を打つことを法律で許していることをまず紹介している。ここに微笑みの第一の意味がある。この前提をまず認めている、しかし自分は寛大であるからそこまでは踏み込まない。つまりそれが正当であると言っても、それを厳格に杓子定規に適応するのではない、としてその前提を否定するのがこの微笑みの第二の意味である。しかしこの微笑みには第三の意味が含まれているために非常に気味が悪い。というのは、自分は寛大であるが、自分がこのように寛大であるにもかかわらず、もしその寛大さに対して反抗するようであれば、その場合は非常手段に訴える、という意味が含まれているからである。この微笑みには、この非常手段が何を基準にしていつどのように発動されるかを自分の内面だけに秘めているという権力的な汚さがある。そして、鴎外が自分の寛大さを認めているだけ、その寛大さを否定する場合は、自分の正当性を確信した徹底した冷酷さを発揮するであろうと予測される。法則にしておくのは不都合でしょう、というのは、他方では自分が非常手段と考えたときには、いつでも打ってもよいという意味になる。しかも寛大さを破ったことに対する罰であり、鴎外の好きな意地の発揮であるから、それは法律に基づくのではなく、まったく冷酷な恨みに基づく報復になる。ドイツの実例を迂回して、さらに、イギリスの笞刑を宣伝して、そのうえで、Bernard Shaw が反対していることを付け加えて、結論として、「非常手段」としては暴力的処罰を認めるというのは、つまり、自分は忍耐強く寛大であるが、それにも限界があり、あくまで限界を超えるというのなら、自分の忍耐力と寛大さにつけ込もうとするのなら、その忍耐力と寛大さを理性で認めないならば、いつでも暴力的な手段に訴えることができると宣言している。鴎外の微笑が気味の悪い印象を与えるのは、こうした冷酷な対処を徹底して合理化する側面を持ち、しかも責任を負わずに自由に報復しようとする意志を隠しているからである。
 「なる程さうでせう。兎に角わたくしも或る場合には打つても好いといふ位な、堅固な意志を持つてゐましたら、可哀相に妻をあんな物にはしませんでしたらう。ああ、亡くなつた母も気の毒ですが、妻も実に気の毒です。
 主人はぢつと考へ込んでゐる。」
 じっと考え込んでいる、と書いているところを見ると、この短い説明でも鴎外は複雑な高度の思想とを考えているのであろう。しかし、高名な学者先生は、なんと物分かりのいい、知的で優しい善良な主人に旅先で出会ったことか。善良で優しくて、母親を思い、妻を思いやるこの主人は、堅固な意志を持って打つことができたら、妻を自滅に追いやることはなかった、と反省している。オーソリティに従わなければ自滅する。だから、自滅しないように堅固な意志で自分の意思を暴力を使ってでも押しつける方が相手のためだったと納得している。この馬鹿げた形式主義は、オーソリティに正当性があるかどうかを問題にする能力がない。この高名な学者の主張が馬鹿げた偏見に満ちていて、しかも、それが相手の為だと思って権力を振り回すとなると、下の下の者はたまらない。無論、家庭的な、私的な問題としては、多少打たれるくらいのことは、こんな馬鹿げた説教を毎日聞かされて、ご飯時に「嘉言善行といふやうな事を」話されるという、無茶な暴力を、しかもそれがいいことと思ってやられるよりはましかもしれない。ところがこの高名な学者先生のおかげで、この善良な思想に暴力の力が付け加えられている。善意善行の説教を聞かせて、それを聞かなければ暴力で聞かせるということである。これは、穂積家の家庭的な問題としては善の名において妻を打つことである。そして、これが社会的な問題になると、打つのではなく、善の名において死刑にすることである。それが目前に迫っていた。
 主人はぢつと考へ込んでゐる。
 己は問うた。「一体気の変になられたのは、どう云ふ動機からですか。」
 腕組みをしてゐた清吉爺いさんが、手をほぐして膝を進めた。「実に申し上げにくい事でございますが、先生が理学博士で入らつしやると承りまして、お泊りを願ふことが出来ましたら、それを伺つて見たいと存じておりましたのでございます。
 この気持ちの悪い独善的な連中は、真面目な、他人のことを思う気持ちで、奥さんが「気が変になった」と前提して、その哀れな自業自得の不幸を心配して原因を探ろうとしている。理学博士は、自分の知識を使ってそれを科学的に説明しようとしている。しかし、実際に頭がおかしいのは理学博士の方である。「実際気が変になられたのは、とう云ふ動機からですか」と問われねばならないのは理学博士である。洋行して、書物を沢山読んで、官僚として出世して、しかもこんな戯言で頭を満杯にしているのは、こんな変なことになったのは「どう云ふ動機からですか」と問題にするほうがよほど重要である。無論それは理学博士の分野ではなく、鴎外の他の活動分野である、文学や思想の領域での話であるが、その分野こそ鴎外のもっとも苦手な、偏見をはびこらせるだけの分野だったのである。
 奥さんが気が変になったのは、仏壇に大きな蛇がとぐろを巻いていたのを見てからだ、というのは偶然的な作り話である。しかし、その説明の中にさりげなく、というよりいつものことなので実際は露骨であるが、「昨日奥さんの御病気になられたのでからが、御隠居様を疎々しくなされた罰だなんぞと囁き合つてゐるらしい。こんな事を知つたら、なんといふか分からないと存じまするから、それからはお仏間には人を入れないやうにいたしてをります。」といって、噂話とそれに対する配慮という形式をしとって、迂回をして、自分が言うのではないがという形式をとって奥さんを非難している。気が変になったのは母親を大事にしなかったからだ、というわけである。親孝行しないと厳罰が下って気が変になってしまう、という話を鴎外は外国語の智識を交えて話している。実際こんな話を真面目な顔で日常的に聞かされれば気がへんになるであろう。
 「そこから出て来たのだ。動物は習慣に支配せられ易いもので、一度止まつた処には又止まる。外へ棄てても、元の栖家に帰る。何も不思議な事はないのですよ。兎に角此蛇はわたしが貰つて行かう。」
 爺いさんは自を円くした。
 是が、ドイツのこともイギリスのことも知っていて、理学博士としての専門知識もある学者の対処である。「赤ん坊は生れながらのegoist ですからね。」というのと同じ程度の知識である。社会について、人間関係について、人間についての知識もお粗末であったが、理学博士としての力量もたいしたものではない。「動物は習慣に支配せられ易いもので、一度止まつた処には又止まる。」などということを、動物についての学問的な知識だと思うほどに無知でありうることが不思議である。理学博士がこんなことを自分の知識としてひけらかすはずがないが、こういう知識を理学博士らしい知識として想定するのは、社会や人間についての空虚な知識で頭をいっぱいにしたために、知恵や知識についての常識的な感覚が失われているからであろうか。
 

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