「祇王」 内容解説
 

 清盛は天下を掌握し、世は清盛の絶大な権力に従いあやかろうとした。このような世にも、清盛の意のままにならぬ不思議のことがあった。
 清盛は祇王という白拍子の上手を最愛し、その家族、縁者は富み栄えた。京中の者は祇王と妹祇女をもてはやし、祇王の幸いを羨み、あるいは妬んだ。これは権力者にまつわる普通の話である。その程度がどうであっても不思議の事ではない。
 京の人々には清盛の権力と祇王の幸いが見えている。だから、「おなじあそび女とならば、誰もみなあのやうでこそありたけれ。」と考えるが、祇王は京中の白拍子とおなじあそび女ではなく、彼女たちが「あのよう」と考える白拍子でもない。だから京中の白拍子は祇王になれず、祇王は祇王だけである。
 祇王の白拍子の力はまずは分かりやすく、清盛の権勢による富貴として現れている。しかし、祇王の心には、世の人々が目的とする富貴と幸いとは違う不思議の事が含まれている。祇王の舞に潜んでいる不思議はまだ表に現れておらず、清盛も祇王も世の人も誰も知らない。清盛も京中の人々も祇王の舞を褒めたたえてもその舞いのこころは分からない。そのこころが生み出す運命は人々の遠く理解の及ばぬ世界であり不思議の事である。
 
 清盛が祇王を最愛して三年の平凡な日々が流れて、又京に仏という若い白拍子の上手が現れた。清盛・祇王の世界に直接に関係する精神は突然に、加賀の国から、京の白拍子とはまったく異質に現れる。仏の舞は祇王の幸いを羨み妬む京の白拍子と違う、京の人々が見たこともない舞である。
 見たこともない舞を舞う仏は、見たこともない精神を持ち、見たこともない行動をする。清盛と祇王の世界に入ることのできるのは、特別のこころを持つ白拍子だけである。仏は祇王を羨むことも嫉むこともなく、今栄華を究めている入道殿に自分の舞を披露し、自分の舞の力を見せつけたいと思っている。富貴は仏の目的ではない。
 天下に認められた仏の不足は清盛に召されていないことだけである。清盛は祇王を最愛し祇王以外の白拍子を認めない。清盛は祇王より上手の白拍子を見たことがなく、そんな白拍子は京にいなかった。仏は清盛がまだ見たことのない白拍子である。仏は、清盛が自分を召さぬのは自分を知らないからで、自分が舞を見せさえすれば清盛に舞を認めさせることができる、と考えて、この単純な自信から単純な行動をとる。
 
 祇王だけを最愛する清盛に仏が舞を示すには推参するしかない。特別の舞には特別の方法があり、祇王が最愛されている状況では無理な方法が必要である。ここで仏は端的に清盛と対立しており、挑戦的である。
 仏は、
 「あそびもののならひ、なにかくるしかるべき、推参してみむ」と言う。
 清盛は、
 「なんでうさやうのあそびものは、人の召しに従ふてこそ参れ。左右なふ推参するやうやある。其上、祇王があらん所へは、神ともいへ仏ともいへ、かなふまじきぞ。とふとふ罷出よ」と言う。
 
 仏は遊びものの習いだから参上する、と言い、入道は、遊びものだから「左右なふ推参するやうやある」と言う。その上祇王が居るからには遊びものは来るな、と言う。しかし、祇王がいるからこそ仏は無理に参上するしかなく、そうした。
 仏は才能の力による、単純でストレートな、不思議な道を歩いている。京中の白拍子はあそびものであるが推参はしない、思いつきもしない。仏が現れるまでの三年の間誰もそんなことはしなかった。京中の白拍子は祇王の幸いを羨み嫉み名前を変えてみただけである。
 
 遊び者でもあろうものが、清盛のもとに推参するとは不思議の事である。まして、祇王が居るところに同じ白拍子が推参するとは、清盛にとっても世の人にとってももっての外の不思議のことである。
 ところが、祇王は不思議の事と考えなかった。
 祇王は、「あそびものの推参は、常のならひでこそさぶらへ。」と仏と同じことを言う。祇王が居るためにどんな白拍子も清盛に見参できなかった。仏は祇王が居るために清盛に見参することができた。祇王だけが「とふとふ罷出よ」と言う清盛を取りなすことができる。
 祇王は、推参は遊び者の習いである、自分も同じである、「わが立てし道なれば、人の上ともおぼえず。」と仏に見参するよう清盛を説得した。祇王は仏が自分と同じ白拍子であることを知っていたが、仏が自分と同じか自分を超える舞の上手であることを清盛同様知らなかった。祇王は、仏の舞と歌が優れているから対面するようにと言うのではない。祇王は、あそびもので年が幼いから推参したのだから、すげなく追い返すのはかわいそうだと言って若い白拍子に同情している。
 祇王祇王のやさしさは母や妹との関係でもわかる。ところが、仏は白拍子であることが祇王と同じなのではなく、特別のこころを持つ点で祇王と同じであった。祇王は、舞を御覧じ、歌をきこしめさずとも、といっており、仏が超える舞の名人であるとは思いもよらず、自分と同じ上手が現れることへの心構えはできていない。仏と会うことで初めて祇王の祇王らしい心が現れる。
 
 清盛は、仏に見参する気はなかったが、祇王の申し出によって見参するだけだ、と仏にわざわざ申し渡している。清盛はかってな推参を許さない立場を示しておく必要がある。清盛は特別の白拍子である祇王だけを最愛している。若くて美しい白拍子を最愛しているのでは清盛は好色の権力者になり、独特の関係が展開することはない。舞の上手である祇王と仏を最愛することが清盛の不思議のゆえんである。
 清盛は祇王の勧めで見参して、見参するからには声も聞こう、となる。清盛と祇王にとっては見参がせめてもの情けで、舞と声はついでである。仏にとっては理由は偶然でも何でもよく、ただ歌を聞かせ、舞を見せればよい。自分の舞がすべてを決めることを知っている。だから、「今様一つうたへかし」と言われた仏は自信に満ちて「承さぶらふ」と答えている。しかし、仏もまた舞の力がもたらす運命を知らなかった。仏の舞は仏にとっても不思議のことを引き起こした。
 
 天下に聞こえることに満足しないほどの仏が「心も及ばず舞ひすましたりければ」、仏の舞は、三年の間祇王だけを最愛した清盛のこころを動かした。清盛は祇王以上の舞を見たことがなかった。しかし、仏は自分の舞を清盛に見せつけることを望んでいたが、清盛に召し抱えられることを望んでいたのではない。祇王への報酬であり、京中の白拍子の希望である家内富貴も仏は求めていなかった。清盛はこんな白拍子を見たこともなかった。
 これほどのこころを持つ仏の舞であるからこそ天下に聞こえ、清盛のこころを動かした。清盛は祇王を超える舞を愛でて仏を召しかかえようとした。しかし、清盛に召しかかえられて家内富貴を望むのではない仏は、祇王の気持がなによりも気になる。仏は清盛に求めるものはないから清盛の気持ちは気にならない。仏は、祇王の気持ちを思うと清盛に召し抱えられるのは嫌だ、と言う。
 
 仏は清盛に舞の力を認めることだけを求めており、自己の力量だけを目的とする自由なこころをもっている。清盛の心変わりは仏にとって案外の、余計な結果である。仏には、清盛の余計なこころより同じ白拍子である祇王の気持ちが思いやられる。仏が祇王と競争して召し抱えられ、家内富貴になることを望んでいるなら不思議な関係は生まれず、どんなにややこしく絡み合っていても常識的である。祇王が家内富貴を求めて仏を排除する場合も同様に常識的である。平凡な欲望が絡めば平凡な関係と平凡な葛藤の紆余曲折が生まれる。しかし、三人が特別のこころを持つ場合は、特別の不思議の関係と葛藤が展開される。
 仏は清盛に召し置かれることを好まず、「はやはやいとまをたふでいださせおはしませ」という。これは清盛が聞いたことのない言葉である。清盛の権勢による利益を求めず、清盛の権勢を無視して単純に私は私である、と主張している。舞の力を見せつけて驚嘆させたら、あとはさっさと帰ると言っている。清盛は自分の権勢を無視することを許さない。清盛は、祇王に気をつかって自分を無視するのなら祇王を追い出す、と権勢を示し、祇王にでなく、自分に気をつかえと言っている。
 ところが仏は、さらに端的に、
 「それ又いかでか、さる御事さぶらふべき。諸共に召し置かれんだにも、心憂ふさぶらふべきに、まして祇王御前を出させ給ひて、わらはを一人召し置かれなば、祇王御前の心のうち、はづかしうさぶらふべし。をのづから後迄忘れぬ御事ならば、召されて又は参るとも、けふは暇をたまはらむ」
 と言う。祇王と共に召し抱えられることは憂いことで、まして一人召し置かれることはもっと辛い、と言っている。祇王に対する気遣いが清盛に対する気遣いより大きい。祇王を追い出して、仏一人を召し置こうというのに、ましてそんなことは要らない、とは暴言である。忘れないのなら、今度また召して下さればまた来ましょうとは、さらなる暴言である。だから清盛は、「なんでう其儀あるまじ。祇王とうとう罷出よ」と、使をかさねて三度までこそ立てて、祇王を追い出した。
 
 祇王は清盛に飽きられて追い出されることを覚悟していた。清盛が祇王に飽きて捨てることは不思議の事ではない。だから祇王は覚悟をしていたが、実は祇王が追い出されることは不思議の事である。祇王を追い出すことができるのは、特別の舞の上手だけである。若くて美しい白拍子は京にいくらでもいるが、見たこともない舞と歌ができるのは祇王しかいなかった。その祇王を超えて祇王を追い出す白拍子は突然現れて、祇王は予期しない形で追い出されることになった。
 祇王は仏の登場を予期しなかった。そのために、祇王は仏を清盛に会わせた。清盛を説得して推参の者に会わせることができるのは祇王だけである。仏は祇王を超える白拍子であるからこそ突然推参した。そしてその推参の結果を、仏も世間の誰も、祇王も清盛も想像すらできなかった。
 祇王も仏も清盛の権勢にあやかる利益や幸福を第一義にしていない人間として独特の劇的な人生を辿る。普通でない人生の行く末は自身でも予測できないし、常識で予測することもできない。それが運命というものである。
 祇王は自分の運命を受け入れ、
 
 もえ出るも枯るゝもおなじ野辺の草いづれか秋にあはではつべき
 
 と書き残して清盛のもとを去った。しかし、祇王は清盛に飽きられて捨てられたのではない。仏が祇王と共に召し置かれるのは嫌だと言い、祇王を追い出して一人召し置かれるのはなおさら嫌だと言ったからである。清盛は二人を召し置こうとしたが仏がそれを嫌ったために、祇王につらく当たった。祇王はこの事情を知らなかった。しかし、事情を知らなかったにしても、結果は祇王にふさわしい。祇王もまた仏と二人で召し置かれるより出て行くことを選んだだろう。
 祇王が清盛に飽きられ捨てられるのなら、仏もまた「いづれか秋にあはではつべき」であろう。しかし、祇王も仏も嫌われて捨てられたのではない。嫌われたのではないが二人とも清盛のもとから去った。不思議の上にも不思議のことである。
 
 宿所に帰って祇王は、「唯なくより他の事ぞなき」であった。予想できない、受け入れ難く、受け入れるしかない、不当でも不思議でもなく、こうとしかありえない現実が運命として押し寄せてくる。祇王はこの現実を理解し受け入れることが出来る。しかし、母や妹に説明することはできない。
 祇王に付き添っていた女に聞いて何が起こったかは母にも妹にもわかる。しかし、それは清盛が仏を召し置いて祇王を追い出した事実だけである。この運命がどのような精神において起こっているのかは母にも妹にも京の人々にも分からない。
 母に贈られていた毎月の百石、百貫はなくなり、仏の縁者が栄えはじめた。京中の上下はこのことを知ったが、祇王と仏のこころを知ることはできない。祇王と仏の舞が特別であることを知っているが、その舞を生み出した特別のこころを知ることはできない。見事な舞と歌の世界は、祇王、仏、清盛だけの世界である。普通の人間が入りこみ、生きる世界ではない。
 
 祇王は人々の無理解を経験し感じ取るにつけても自分の運命の孤独が悲しくなる。京の人々があいかわらず祇王をもてはやしても祇王にとって意味がない。その点は仏と同じになった。世間に認められた上で、その頂点として清盛に認められることが祇王と仏の望みである。それを果たして清盛のもとから去って、再び世の中で遊び戯れることはできない。天下に聞こえ家内富貴で自己を肯定し満足することはできない。祇王はそんな個性である。こうして祇王が仏と同じであること、仏と深い縁があること、仏以外との関係では孤独であることがわかる。
 運命はこれでは終わらない。清盛と仏が再び祇王の運命を引き寄せた。仏を清盛と対面させたのは祇王である。再び清盛と祇王を会わせるのは仏である。仏は清盛に召しかかえられ、縁の者は富栄えたが、仏はいっこう楽しまずつれづれげである。清盛は仏のこころを捕らえているのが祇王であることを知っている。だから、清盛は、「仏御前が余につれづれげに見ゆるに、参つて今様をもうたひ、舞などをも舞ふて、仏なぐさめよ」と祇王に命ずる。仏のこころを知らず、自分が追い出された事情を知らず、仏のために屋敷を追い出されたと思っている祇王にとって、「参つて今様をもうたひ、舞などをも舞ふて、仏なぐさめよ」とはあまりの仕打ちである。
 
 清盛は祇王を理解せず無慈悲に扱うように見える。実際は清盛と仏と祇王の関係はごく自然に展開している。祇王も清盛も仏も特別の人間としてこうとしかありえない関係を結んでいる。清盛の対応が祇王にとってどれほど辛くても清盛にしかできない祇王にふさわしい対応である。清盛は祇王を思いやるのではないが、祇王と仏と同じ世界にいる客観的な関係によってその関係にふさわしい、その関係によって決められた対応をしている。清盛の対応がいかに不思議に見えても清盛は状況に導かれて状況を理解して対応している。
 明くる春になっても仏は頑固につれづれげである。だから、清盛は「仏なぐさめよ」と祇王を召した。祇王は返事もしない。祇王は仏が清盛に召し抱えられてつれづれげであることが自分と関係していることを知らない。誰一人清盛を無視することはできない。清盛に自分の立場から意見を云うのは重盛と祇王と仏くらいのものである。重盛は天皇の立場から道徳的な意見を云うが、祇王は仏の立場から、仏は祇王の立場から、つまり白拍子という立場において清盛に意見をする。それが二人の運命を規定している。だから清盛に決められている運命ではなく自身によって決められた運命である。
 つれづれげなる仏は祇王とさえ違う不思議のこころを持っている。清盛に召しかかえられることを楽しまずつれづれげである仏の精神が祇王を追い出し、その同じこころが祇王を清盛の元へ引き戻した。だから、祇王が再び清盛と仏に会うことは祇王の避けられない運命である。辛い道ではあるが、これだけが祇王にふさわしい運命である。
 仏のつれづれの原因が自分にあることを知らない祇王にとっては、例えそれが本来の道であっても仏を慰めるために舞い歌うことは辛い。たとえ都を追い出されても命を召されてもそんなことはしたくない。仏はつれづれげであるし祇王は返事もしないから清盛は怒る。しかし、清盛に召し置かれてつれづれげであるほどの仏であるからこそ見事に舞い歌うのであるし、命を召されても清盛に返事をしない祇王の舞であるからこそ清盛に最愛され、仏に愛され信頼されているのだから、三人の関係はこうなる以外にない。
 清盛はつれづれげな仏をなぐさめることができるのは祇王だけだと知っている。仏は祇王を信頼し、祇王を思っており、清盛は眼中にない。だからこそ清盛は祇王を追い出したが、時がたっても仏は心を折らなかった。だから、清盛は祇王に頼るしかない。仏の心を動かすのは祇王だけであるから清盛が祇王を召して仏を慰めよと命ずるのは自然であり、それしかない。清盛はそれしかないことを理解しているから、祇王と仏にふさわしい対応をしている。清盛は無理解な理不尽な対応をしているのではない。
 
 頑固な仏のつれづれを慰めることができるのは祇王だけである。だから、清盛は、祇王が来ないなら覚悟があると言う。ところが覚悟は祇王にも仏にもある。清盛がなんと言っても聞かないのが祇王と仏の覚悟である。だからこそ清盛も最愛したのだし、聞かないのなら覚悟があるとまで言わねばならない。そこまで言わないと返事をしないし、いっても返事をしない。清盛にこんなことを言わせる人間は外にいない。
 ところが、祇王の運命を先に進める自然な力が世の中には備わっている。母とぢが祇王に清盛の仰せを聞くべきことを教えるようにできている。祇王は清盛の言うことは聞かないが、母の言うことを聞く。それは、母は祇王の運命を知らず、運命と関わらず、祇王の気持ちを理解できないことを祇王が理解しているからである。清盛と祇王と仏は同じ運命の中にあり、祇王はその中で我を押し通す覚悟をしている。しかし、母は祇王とは違う次元の世界に生きているから、母と対立し、母に理解を求め、母に対して我を貫くことには意味がない。祇王の我を押し通して母を苦しめるのは無意味である。母は祇王がなぜ自分の言うことを聞かないのか、何故自分を苦しめるのかを決して理解できない。清盛は祇王が返事をしないことの意味を理解する。祇王には返事をしないことに意味があり、清盛には自分の召しに従わせることに意味がある。祇王と母はそんな関係にはない。母に対して我を貫くことは我を貫くことにならない。母に対しては祇王の我は単なるわがままであり客観的に意味がない。
 
 母は祇王に、男と女の関係は昔からこんなものだ、と常識的な教訓を聞かせている。祇王はこんな教訓は聞かない。天下を掌握した清盛は普通の男ではないし、世に聞こえ清盛に最愛された祇王と仏は普通の女ではない。清盛と祇王と仏の関係は昔からあった男と女の関係ではない。「世に定なきものは男女のならひなり。」というが、清盛と祇王と仏には特有の定めがある。母は祇王と清盛の関係を理解することはできない。しかし、自分自身のことは理解できる。
 母は祇王に平凡な教訓した後、「唯われを都のうちにて、住果させよ。それぞ今生・後生の孝養と思はむずる」と自分の望みを端的に訴えている。祇王が母を思う気持ちを母は理解している。祇王は母の気持ちを理解し、母の命に従おうと思う。清盛に再び会うことは辛くても、それは母には理解できない世界である。母としては当然の教訓と希望を述べているのであって、無理を言うのではなく、母の精神において誠心誠意である。母のこころは祇王と対立していない。だから、祇王は清盛の命には従わないが母の命には従う。
 清盛を仏に会わせたのは祇王である。祇王を再び清盛に合わせたのは仏がつれづれげなる態度である。清盛は祇王を召したが祇王は返事もしない。清盛の召しに従わせたのは母の教訓である。母の命に従うことで祇王の運命は再び清盛と仏との関係に引き戻される。それがいかに辛い運命であっても、それは祇王の運命であり祇王のこころを貫くことである。母の命に従う祇王のこころが祇王の運命を造り出している。祇王を死なせず、祇王と仏の運命を和解させる道筋を母の教訓が編み上げている。しかし、清盛との再会を造り出すのは仏と祇王の意志である。
 
 祇王が再び清盛に会う辛さは、母の命に背くほど強いものではない。祇王は母を説得しようとせず、都に住み果てたい母の願いを聞き入れている。仏が清盛より祇王のこころを大事にしたのと同じように、祇王も清盛より母のこころを大事にしている。祇王も仏も清盛とかかわりながら、祇王と仏の関係を中心に運命を辿っている。そして、祇王にとっても仏にとっても、お互いと母や妹との関係の方が清盛との関係より重要で、その関係によって清盛との関係を展開している。
 祇王は清盛と関わりつつ、仏と母と妹の関係を展開している。この四人が関わる運命は祇王と仏の関係が断ち切られている限りは尽きていない。母の教訓によって清盛に再会するのは仏に会う道でもあるから特別にむざんではない。例え辛くてもむざんでも、母親の命にしたがって再び清盛との対立を経由して仏に会うのが祇王の運命であり本望である。母親の命を受け入れる形式で自身の運命を貫くのが祇王の力である。
 
 つらい、かなしいは、運命を運ぶ感情であって、運命を避ける契機ではない。祇王も仏も特別に深い感情を生み出す運命にある。祇王は自分の運命が他人に理解しにくい特別の運命であることを理解して、母の教訓に愚痴を言うこともなく母の命にしたがう。母の教訓に関わらず、清盛と仏に再び会うことが祇王の運命であり、それが祇王と仏の意志であり、あるべき姿である。祇王も仏も普通とは違った不思議のこころを持って不思議の運命を辿っている。祇王が清盛に召されていた三年は平穏な日々であった。しかし、祇王の精神にとってはそれが長く続くことが楽しいとも言えず、また長く続くこともない。仏が現れた後の祇王のこころと運命こそが、祇王が切り開く祇王らしい、祇王の本望とする生きかたである。母の言う男女の縁宿世であれば祇王が再び清盛に会う必要はない。祇王と清盛と仏がもう一度会うことが祇王と仏と清盛の縁宿世である。母と世の人々は清盛に従い、清盛に依存する。しかし、清盛に最愛されるか、あるいは対決するのが祇王と清盛の関係である。
 
 祇王が清盛の屋敷に参ると、以前いたところではなく、遥かに下がったところに座敷をしつらえられた。祇王は、
 「こはさればなに事さぶらふぞや。わが身にあやまつ事はなけれ共、捨てられたてまつるだにあるに、座敷をさへさげらるゝことの心憂さよ。いかにせむ」と嘆き悲しんでいる。
 祇王はあやまつ事はないのに捨てられた。仏に見代えられて捨てられることは覚悟の上であるが、あやまつ事はないのに座敷を下げられるとはあまりに人格を見下げた仕打ちである。祇王は母や世の人が思わない対応を清盛に求めている。「わが身にあやまつ事は」ないのだから、たとえ男女の縁として清盛が祇王を捨てて仏を選んだとしても、祇王自身の人格に対する評価は変化しないはずであるし、祇王も自分自身の価値に対する評価は変えていない。だから、清盛が仏にこころを移したことはしかたがないとしても、座敷を下げられることはいわれのない不当な扱いである。祇王にはこの対応は耐えられないし、祇王の運命においてこの対応を受け入れることはできない。
 仏は祇王のこころを深く理解している。清盛が仏にこころを移して祇王を追い出したことが仏の不満でありそのためにつれづれげであった。まして、自分を慰めるために祇王を召して、その祇王の座敷を下げるとは、仏には耐え難い仕打ちである。清盛は祇王と仏のこころを理解してわざわざ露骨に祇王のこころを痛めつけている。だから清盛の仕打ちに祇王は涙をこぼし、仏は「さらずはわらはにいとまをたべ。出て見参せん」と強く主張している。
 清盛は仏の申し出を拒否して強いて仏と祇王を切り離し対立させている。仏は清盛を無視して祇王に気遣っている。清盛にとっては、祇王も仏も清盛に対してのみ意義があり、清盛を介してのみ祇王と仏の関係はある。清盛を離れて、清盛を無視して独立に祇王と仏の関係があることは許されない。この関係において、清盛は祇王を召し、祇王と仏を合わせ、祇王によって仏を慰めようとした。祇王の座敷を下げるのは、仏と祇王を切り離し対立させるためである。清盛は祇王と仏のこころの肝心なところをよく理解しており、このことが祇王と仏を結びつけている。
 清盛は、仏がつれづれげに見えるゆえ今様一つ歌えと祇王に命ずる。このとき、「其後入道、祇王が心のうちをば知り給はず」と書いている。それは、祇王のこころのうちに気がつかず、という意味ではない。「知りたまわず」は無理解ではなく、知ろうとせず、敢えて無視して、対立して、という意味である。仏のこころをも祇王のこころをも清盛は強く否定している。清盛を無視した祇王と仏の関係を清盛は決して許さない。二人にふさわしい、もっとも辛い形式で切り離し対立させている。
 
 仏もむかしは凡夫なり 我等も終には仏なり
 いづれも仏性具せる身を へだつるのみこそかなしけれ
 
 清盛が同じこころを持つ祇王と仏を隔てている。祇王も仏も清盛に認められることをもって白拍子の最高の栄誉と考えていた。しかし、唯一の自己を貫こうとすると、清盛が祇王と仏という希有の精神を分切り離し対立させることになった。清盛が自分に対する愛情と信頼だけを求め、二人だけの信頼を許さないからである。
 祇王は仏のこころを知らない。祇王は清盛が自分の舞と歌の価値を認めて、舞と歌を見たいから参上しろというのであれば、たとえ仏にこころを移されても自分の価値を認めることはできた。しかし、清盛のためでなく、つれづれげである仏を慰めるために今様を歌い舞うことは、自分の舞と歌を見下げることであり、辛いことである。それはいかにも祇王らしく、祇王にふさわしく辛いことである。
 清盛はそれを理解して敢えて求めている。祇王は自分の人格を否定する清盛の仕打ちが辛く、仏は自分のこころを知らない祇王が自分のために辛い思いをしていることが辛い。清盛は二人のこの関係を知って、この関係においてつらく当たっている。
 
 祇王にとっては、清盛がいづれも仏性具せる祇王と仏をへだつるのみこそ悲しい。これだけが真に悲しい。しかし、これは運命であり、祇王と仏が自身で相互に二人を隔てたのでもある。二人の本性が隔てたのだから本性的に深く悲しい。清盛は祇王と仏を共に召し抱えようとしたが仏が拒否した。仏一人を召しかかえようとしたら、それはもっと嫌だと断った。仏は清盛のこころを思わず、祇王のこころを思っていたから、清盛は仏のこころに逆らって祇王を追い出した。仏が祇王を思わず、祇王に代わって家内富貴を求めていたなら深刻な矛盾は起こらない。仏が祇王を追い出して喜び、清盛も満足して祇王が忘れられるのなら辛い悲しいことは起こらない。ところが、そうならないようにできている。祇王と仏の辛さも幸いも我が身がもたらすものである。
 祇王は清盛の命に背かじと思って今様一つを歌った。清盛の命で仏のために舞い歌うことは、祇王にとってもっとも辛いことであり、その辛さを歌う今様は祇王の運命から生まれた深い歌である。その座で聞いていた人々は皆感涙を流した。祇王だけが経験する深刻な辛さを歌と舞で表現することが、白拍子の才能であり本領である。祇王であればこそ、祇王の辛い運命があればこそ、皆感涙を流して聞いた。祇王はつらさの頂点において本分を全うしている。清盛もさすがに祇王の今様にこころを動かされた。その上で、即興の今様の内容にふさわしく清盛らしい辛いしうちを行った。
 清盛は舞も見たいが所要のため見ない、と言ったあと、「此後は召さずとも常に参つて、今様をもうたひ、舞などをも舞ふて、仏なぐさめよ」と言い渡している。祇王は清盛のためでなく、仏をなぐさめるために常に参って舞うことはできない。仏もそんな祇王を見るに耐えることはできない。それを理解した上で清盛は常に参って仏なぐさめよ、と言い渡している。清盛は、祇王を召したことで祇王も仏も自分にはどうにもできないことを思い知らされている。
 
 清盛は祇王の舞と歌に興味がないから仏を慰めるためにだけ常に参れ、という。これは祇王の価値を貶めるつらい仕打ちである。しかも、常に参ってというから、これから何度もその辛い目を見なければならない。祇王は生きていては清盛の命にしたがって「召さずとも常に」参って仏を慰めるために舞い歌わねばならない。これでは生きているかいがないから、自害しようと思う。自害を思い止まらせるのは再び母である。しかし、母の意志に従うのは祇王である。
 祇王と母と妹は互いに深く信頼し愛情を持っている。だから祇王が死ねば妹も母も死ぬ。そうなると祇王が五逆罪になるだろう、と母は言う。自分が教訓して清盛のもとに行かせたのは事情を知らなかった自分が悪かった。しかし、清盛に再会して受けた恥は現世の恥である。祇王が死んだあと自分が死ねば祇王は五逆罪になり後生で悪道に赴くことになる。それは母として耐え難い、と母は訴えている。母の説得は清盛と仏との関係とは関わりのない、祇王と母と妹の関係に関わるものである。祇王はこの関係においてはごく常識的に素直に従う。
 こうして、祇王は自害を免れ、母と妹と共に草深い庵で後世を願うことになった。祇王と祇女と母の深い信頼関係が祇王の自害を思い止まらせることで、再び祇王は仏との関係で生きる運命に導かれる。母の導きが祇王の運命と一致している限り、祇王は母の命に従う。そして、結局清盛と切り離されて仏と一緒になるのが祇王の運命である。
 
 祇王、祇女、母とぢは出家したが、「かゝるにつけても過にしかたの憂き事共、思ひつけて唯つきせぬ物は涙なり。」と思い、読者もそう感じる。祇王と仏との関係が片づかないと運命が決まらない。祇王の現世は清盛と仏との関係である。他との関係はすでに切れていた。母と妹との関係は今ここにある。いくら念仏しても仏との関係が切れていては成仏できない。祇王も読者も祇王と仏の関係の決着を求めている。そこにほとほとと網戸をたたく者があれば魔物ではなく、仏である。たとえこのとき仏を予期していなくても、待たれるものは仏か清盛である。清盛は来ない。
 
 この作品は祇王と仏の関係に深く踏み込んでおらず、清盛に飽きられることが祇王と仏の運命の要であるかのように描いている。仏が自分と祇王の運命が同じだと感じるのは正しいが、それが自分も祇王と同じように捨てられるのだと考えるのなら表面的である。
 清盛は天下の頂点におり、祇王も仏も白拍子の上手の頂点として清盛に舞を認めさせた。祇王と仏はこの点で清盛を介して関わっている。清盛は媒介であって、清盛と一致し対立することで祇王と仏の関係は展開し深まっている。仏にとっては祇王が自分のために憂き目に合わされることが憂きことであった。そして祇王と切り離され、一人清盛に召し抱えられていることが憂きことである。それが自分らしくない境遇である。
 祇王も仏も世にもてはやされて、清盛に最愛され、家内富貴をもやりおおせて、それらをすべて捨てた。まだ実現されていないのは祇王と仏のこころの遭遇だけである。仏が清盛のもとでつれづれげであった理由を祇王は知らないが読者は知っているから、仏が祇王に会いたいことを読者は知っている。それが祇王にとって意外であり驚きであることも知っている。仏はすでに清盛から自由になった祇王に会いたいが、清盛がそれを許さなかっただけである。
 
 「かやうに様をかへて参りたれば、日比の科をばゆるし給へ。」というが、仏に罪はない。清盛にも罪はない。祇王にも母にも罪はない。誰もが自分のなすべきことをやっており、客観的に運命が絡んで悲劇になっている。誰かに罪があり自分に罪があると見なせば、反省し謝罪し、辛い運命と和解することができる。しかし、実際は罪ではなく、また誰かに罪を求める意識も湧かないほど精神のレベルが高いから、罪に関わる感情は生まれていないし、罪に関わる通俗的な葛藤の展開も生まれていない。こんな書き方をするのは作者ないし時代精神が未熟だからである。
 とはいえ、祇王にとって仏が現れ赦しを請うたのはうれしいことであった。祇王は仏と清盛の関係を知らなかった。仏が現れて罪の赦しを請うたことで初めて自分と仏の関係を納得することができた。事情が分からない間は、運命の姿がはっきりしなかった。仏が祇王を追い落として満足する白拍子なら問題にすべくもない。しかし、清盛のもとに召し置かれた仏がつれづれげであるから祇王が召されて辛い目を見ることになった。仏が祇王を追い落として喜んでいるのないことは分かっている。だから、仏を恨む気持ちがあったとしても仏の姿がはっきりしない。運命の交差が不明で納得がいかないことが往生の妨げになっている。実際のところは祇王と仏は同じ精神でむすびついており、納得がいくはずのものである。それが納得の行かない事になっているところが得心のいかないところである。どんなにつらいものであっても、それが運命であると理解できれば運命と和解できる。
 仏の気持ちを聞いてみれば、祇王と仏が切り離し難い運命で結ばれていること、それだからこそ清盛が無理にも引き離したのであること、だから、こうして現世で一所に出会うことが運命にしつらえられた、ことさらに満足の行く結果であり、それも厳しい試練に耐えて自己を貫いたことがもたらした運命であることがわかる。出家して淋しい道であっても、清盛と対立する彼女たちにとってはこれが一番の運命である。家内富貴のごとき幸いはあり得ても選択する意志はなかった。現実にこれしかない運命であり、それしか望んでいない。祇王と仏は運命的に結ばれること以外を現世に望んでいない。現世に可能なことはすべてやって、その結果として祇王と仏が同じ願いにおいて一所に暮らすことが彼女たちの運命である。
 この結果にまつわって浄土について書いているところは物語の内容とは関係がない。


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