幸田露伴 「一口剣」 (明治23年8月)


    
 貧しくて酒だけを楽しみにしている夫婦があって、飲む酒もなくなり、つけでうってくれる当てもなくなって、愚痴と喧嘩で寝てしまおうとして、露伴らしい、姉さん風の、気の強いよく気がつく妻がいきなり飛び起きて酒の算段をしてくる。貧しい生活のために喧嘩をしながらも仲がいいのは、彼等は駆け落ちをして、親方のもとを飛び出し親からも縁を切られてとび出してきたためで、そのために貧乏暮らしをしている。
 ないと諦めた酒を飲んで機嫌をよくした男が妻に打ち明け話をすることが事件の発端になっている。
 「かくあさましく零落れながら高慢すると思ふか知らねど、恐らく日本六十余州の刀鍛工、見渡した処我が上に立たせべきものも無し、道にたづさはりし先後こそあれ我が朋輩弟子を我眼にて擇み取りにして相槌となし、一心こめて打って上ぐるならば師匠が作にも劣らざるのみかは、虎徹繁慶をもおさおさ凌ぎて天晴れ末代に伝はるべき寶剣をも成し得べしとは日頃此胸の中に蟠まれり、されど悲しきは世にまことの眼をもてる武士は少く、正宗といへばハバキ下の腐りたるをも千両に買ふものあれど、名もなき鍛工の作といへば五十年の生命を僅か二尺たらずに縮めて鍛ひ成したる利刀にも、五匁の銀を惜しむ常なり、然しわれ此腕に覚えあれば何日かは名をあげ家を起す時來るべしといふに……」
 この作品は「五重塔」より前に、明治23年に書かれた。ここでも力量があるものの、世の中の堕落のために力量を認められる機会を見いだせずに貧しい生活をしている、という現実認識が見られる。
 酒の勢いでの話から、この貧しい生活にとんでもない偶然、幸運が訪れる。貧しくて世に顕れない生活をしている人物が突然世に出るのだから、余程の幸運がなければならない。庄屋が来て、城下の御家老が家まで来い、と言っている、と言われて男は城下へ行った。妻がその間に、身の不運を呪っているのはやはり露伴らしい浮き沈みの描写である。
 「好いた男と共に住みて貧乏するのみか此のくるしみ、是れも苦しや添ひ遂げられぬ行く末のしるしかとおもひまはせば、悪縁を結びし初め恨めし、ゑゝほとほと此我が憎くつて憎くつて、我をだましてかゝる運に沈ませし我身の昔が恨めしくってと、ぐたりとせし身のいつか堅くなり……」
 こうした落胆は次の歓喜の呼び水で、次にいい話がついて来る。御上の用とは次のようなことだった。
 「 我が領内にそれほどの名工あるを知らず、むざむざと零落れさせしは残念なりし、急ぎ其者に命じて一ト振の新刀を作り出させよ、其れを効として取り立て得さすべしとの有り難き殿の御覚し召なり、されども其方まづしくして、向ふ鎚にも仕事ある時だけあやしき近所の小僧を傭ひ居るといふことまで明白なれば、我に一切其方の都合よきやう取はからひ得さすべしとの残る方なき仰せなり、其方が相鎚に欲しきものの名を指せば直ちに此方より人をつかはし、江戸よりなりとも京よりなりとも掛け合っひて迎へ取るべし、叉色々の入費もかゝるべければ貧賎の其方迷惑ならむと、即ち假りに五十両下し置かるゝなり、尚日限百二十日を期して天晴れ業物を鍛ひ成すに於ては十分の御褒美あるべき故、聢と覚悟いたし粗忽なきやう励むべしとの御云ひ渡し、叉庄屋に向はれては、正蔵儀は大切の上の御用を勤むるもの故其方充分に心付け便宜を与ふべし、事首尾よく成就せば其方にも勿論御褒賞あるべしとの云ひ渡し、我は何とも云はぬ間にあの庄屋めが一切我に代りて御受け申して帰って來た、夢みたやうな話し、と始終語れば……」
 このあとの展開はちょっと意表をつかれる。夫の打ち明け話で大喜びしているお蘭を見て正蔵が思わず涙を流し、お蘭が問いただすと、
 「仔細は語るさへ恥かしきなれど十日ばかり以前の夜、そなたに向って我が云ひし事のどうしてか残らず殿様の耳に入りしと見え、我を天晴れの鍛工と思ひ込まれての御恩命、あり難いは山々なれど悲しいには此腕が鈍くて、中々師匠を凌ぐほどの名作の出来やう筈なく、御辞退申さうと思ふても過ぎし夜の大言を知って居らるれば云ひ訳の無きに苦しみ居りし内、庄屋めが御請けして仕舞つたれば其れを云ひ崩すだけの智慧は尚々出でず、ぐづぐづと大金まで頂戴して来たものゝ、帰る道すがらも夢路を辿っで草も木も眼には見えず、……」
 この告白にはお蘭より読者のほうが驚かされる。貧しい生活を描いた上で正蔵の打ち明け話を聞くと、やはり実力があるのかと思わされるし、その上殿様から御召があったとなると、見るものが見ればやはり実力は明らかで、やはり何かがあったのだと思わされる。そのあとに、こういう打ち明け話では、正蔵の打ち明け話はたんに酒の上での法螺で、実力を現す何の実績もなく、その法螺をどこかで誰かが聞いて、その話が殿様まで届いて、しかも殿様は五十両とその他の入費を負担するなどという冒険をすることになる。単純な話からこのような実践的で実質的な結果が芋づる式に引き出されることはどう考えても自然ではない。
 こうした不自然をも露伴が顧みないのは、後でこれらのすべてを覆す精神を描写しようとしているからである。庄屋が誤解して引き受けたために、大変な苦境に陥ってしまったものの、ここではまだ断る方法もあり絶対絶命ではない。ぐずぐず愚痴を言える段階で切羽詰まってはいない。反省したり涙を流していたりするは間はまだ追い詰められているのではないと露伴も考えている。
 ここで正蔵にはもっとも大きな最後の打撃が描かれる。この後のお蘭の描写はなかなかいい。
 「……と涙ながらに長々しく語り終れば、お蘭は赤くなり青くなり聞き居しが、此の時常にかへりて、なんの水臭い、別れ話しはやめて下され、誰が男を坊主にさせてよいものか、聞けば皆殿様が除計なお世話、此処ばかりに日は照らず、手を引き合って巡るに雑作はなし、なんのなんの、女房に亭主が云ひ訳には及ばず、ホヽ気を大きくして最少しお飲みなされ、あとの話しは酒にあたゝまって寝てからと、胆の太い女かな、立上って戸締りをして来て座について、叉一盃仰ぎ、ゑゝお星様の落ちたを見て薄ら寒くなった、チョッ、何が何様したって何様なるものぞ、ホヽヽ、惚れたが弱身で負けて遣る。」
 さすがに駆け落ちしただけの胆のすわった姐御だと思わせる。さらに、朝庄屋が正蔵を起こしに来たところ、お蘭の姿が見えず、「思へば思ふほど腑甲斐無いおまへには恨み多ければ五十両は其代りに貰ふて行く」と書き残して出て行ってしまった。こうした展開は小説らしいが、露伴にとってはこうしたお蘭の描写は正蔵の意地を描くための手段にすぎない。
 お蘭に逃げられたと知った正蔵が逆上して死のうとするところを庄屋がとめて、「日本一の鍛工を是れしきの事にむざむざ殺しては、実は其の、御上へ此庄屋が済まぬ」と説得し、「正蔵儀は大切の上の御用を勤むるもの故其方充分に心付け便宜を与ふべし」と言われた庄屋の責任上、50両の金を与えた。これで正蔵が自分の意地を見せる舞台が整った。
 「アヽなさけなし、云ひ甲斐なき我、天にも地にも見放されて此世にも彼世にも六に足らぬ身体のやり所なし、是も何故、眼が覚めて見れば恨めしき一念の迷ひよりお蘭といふ錆に性根の鉄を食はれて、昨日までも昨夕までも腐れ合って居しためなり、置きざりにせられて憎きは憎けれど、あれの憎いより尚憎きはむかしの我、師匠様に背きし過ち、親父様を悩ませし罪で今又我が其通りな目に逢ふて苦しめらるゝは是非もない廻り合はせと、運はあきらめもすべけれど自分の咎はあきらめられず、叱、何がよくて我心に泥を入れしあの女めが可愛かりし、何がよくて我を自滅の黒闇に引落とせしあの悪魔めと逃亡したりし、何が、何がよかりし、叱、我が歯で食ひ取つて捨てたきやうな惰弱の所行、悔んでも及ばねど若し我横道へ入らず真面目に業一方をつとめて居たりしならば……」
 正蔵は自分の性根が腐って、惰弱になったことを深刻に反省している。真面目に自己を反省するには現実的な打撃が必要である。それは間違いないが、その真面目さは打撃の強さと比例するとは言わないまでも深く関連している。正蔵は天にも地にもとか言っているが具体的には女房が金をもって逃げただけのことである。それで死ぬとかどうとかいうことではないだろう。また、こうした打撃が自分のそれまでの惰弱を根底的に覆すほどの力を持つこともないだろう。ただ、正蔵がここで絶望的な状態に陥るのは、彼にとってこうした個別的な不運が非常に大きい打撃として受け取られていることを示している。。これはもともと彼が狭い世界に生きており、お蘭だけを頼りにした孤立した生活をしていることを意味している。しかし、彼自身にとっていかに打撃が大きくても、打撃の質は変わらない。反省の質のレベルが低いのは、基本的な反省が自己への批判だとは言え、お蘭への憎しみがその推進力となっていることからもわかるし、覚悟の仕方でも分かる。
 「ゑゝ絶対、絶命、粉になって飛べ我が五体、姻りと失せよ我が一命、神にも仏にもよりすがるべき望みの緒断えて、頼み奉るべき木蔭は我罪に雨漏り、蒙るべき大慈の光も我が罪の黒雲が遮ぎって届かず、死ね、死ね、殺せ、殺せ疾く、虚室の風が毒となつて罪深き此我をせめては早く殺せ、殺して我をと、幟侮に絞る血の涙、遺恨にきしらす牙の音、唇いつか噛み裂かれて青みたる顔の頷に引く紅ひとすじ酷し。」
 女房に逃げられたくらいでこれほど反省することはないだろうが、反省の形式からすれば、こうしたものであろう。こうしたことさらな形式は、ともかく深い反省をしていることを自分自身に確認することを課題としているのであって、深い反省をすることとはまた違うからである。
 さて、正蔵が死を覚悟するほど絶望的になると同時に、恩義のために生きて刀を鍛えねばならないという葛藤がここで生じる。
 冷静になってもまだ死を覚悟し、腹に鎌を突きたてようとして、つまり死を覚悟した上で、死んでは恩を仇で返すことになると気がつくが、しかし自分の腕は鈍い、生きてはおれない、しかし、と葛藤したあと、結局極め手は「かたじけなくも御ンなさけ厚き仁君の恩命を頭に戴き、御家老様庄屋殿がやさしき親切を身に締め、十余年来師匠様が胸より我胸へ吹き込んで下されし教への爲め」に必死の努力をすることになる。
 露伴がこのような事情を強調するのは、彼特有の価値観による。
 「名利のために祈るにはあらざればあはれみ玉へ神も仏も、斯くて湯加減誤まりなく一刀成就するものならば、よもや世の中の慾に使はれ誉れを望みて打つ鍛工が作には劣るまじ」
 名利のためではなく、恩義のために死を覚悟して仕事に打ち込むことが名作をつくる所以だと考えている。しかし、恩義に報いようとする熱情が名利を求める熱情より強いという根拠はない。「心機一転、変る顔色、眼中憤りの朱にかゞやき、逆立つ鬢髪は燃え上がる黒姻り、天も焼くべし焦がすべし」といったあぶなっかしい、もろい決意の形式を見ると、名利を求める情熱のほうがはるかに強力であると思われる。名利に対する欲望から刀を鍛えることは、刀を鍛えること自身に関心があるのではないから、動機が外的で限界がある。ところが逃げた女房とか自分の過去に対する憎しみとか恩義もまた刀を作る動機としては外的である。仕事本来のそれ自体に対する関心とか理解による情熱でない点では共通している。その上で名利を軽蔑しても、情熱の強さにおいては名利の追求も侮れないから、こうした決意でいい仕事ができると想定することは説得力を持たない。どうも軽薄に見える。

 ここから三年こもって「神龍の化して成れるにはあらずやと怪しまるゝまでの希代の妙作」を作り上げたことになっている。それまでの蓄積がないのに、恩義のために命を掛ければ三年でこんな仕事ができるというのは甘い想定だと感じる。期間も短過ぎるが、労苦の質を問わずに、我が身を苦しめれば何事か成就されると考えるのが単純過ぎる。地道な努力というのは、常に努力が有効であるかどうかを厳しく批判的に検討することにある。細かな困難が無数にあって、それは覚悟や決意などの一時的な感情の緊張だけでは克服できない。この種の集中なしには何事もできないが、同時にその集中の質を冷静に厳しく問うところに本当の根強い情熱の力がある。その判断を問題にせず、ただやみくもに命を投げ出して努力することにのみ魅力を感じるのは日本人にはまだまだ克服できない甘い根性主義である。冷静に見れば正蔵の運命は、恩を感じなければ罰が当たると思えるほど幸運である。その幸運に比べると彼がぶち当たる困難は非常に小さい。正蔵は「唯お日さまの光を偸みて鋤鍬など僅に作り、露の命をつなぎ居し見るかげもなき此虫のやうな我」と自分をさげすんでおり、貧しい生活の中に自分の力を見いだす強い精神と実力がない。彼の人生は努力なしに幸運をねがっている甘い人生である。その後に女房が金をもって逃げたからといってにわかに覚悟を決めても大きな仕事をするほどのことにはならないであろう。

 最後にやはり露伴好みの見せ場が描かれている。
 「流石に心を奪はれて言葉もなく、茫然と酔心地にて居玉ひしが、頓て右の手に持玉ひし儘乗り出して殿。正藏、よくぞ作りし、美しさは十分の作なり、されど美し過ぎて覚束なし、切れ味は如何に、と云はるゝや否、次の語を何いださせ参らすべき、正蔵我を忘れ勃然と御縁の上に躍り上りて仁王立に突立ちはだかり、便々たる腹を丁とたゝきて。切れ、是れを、たしかに二つになって見せむ。」
 なにも自分が二つになることで切れ味を試さなくてもよさそうである。三年苦行したあとでも精神が落ち着いていない。事態を現実に有るより大げさに感じ取り、見せようとするのは精神がまだ現実的でなくしっかりしてない証拠である。もっと大胆なしっかりした気のきいた答えがありそうなものだがこれが露伴の心意気である。
 人間の人生は連続的であるから、ここで切られる必要はない。せっかくの苦行で立派な刀を鍛えることができるようになったのなら、次の一振りと言わず、もう何十振りでもさらにいいものを作ればいいのだが、関心が立派な仕事をすることではなく、仕事自体の客観的な意義に関心を持つのではなく、自分の意地にあるから、意地を見せる場をさがしているから、成果を出したときにこれみよがしに命を投げ出そうとする。成果のためには一時的に卑屈な態度も持さないくらいの覚悟のほうが、こうした単純な潔癖さを目的とした精神より、仕事に関心が集中している点で度胸を感じさせる。自分の意地を見せつけることに主な関心が有る場合は、どんなに命をかけても大して偉大だとは思われない。この作品に描かれた精神もやはり主体的とは言えないようである。

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