啄木 ・ 日記  明治三十九年 (21才) -渋民日記 (前半)


 ■明治三十九年(21才)  
 
 2月25日、姉田村サダが肺結核で死去。
 3月4日、母カツと妻節子をともなって渋民村に帰り、農家の間借り生活を始める。
 3月23日、曹洞宗宗務局の特赦令が送付された。
 4月11日、渋民尋常高等小学校尋常科の代用教員となる。
 4月21日、徴兵検査を受け、徴集免除となる。
 6月10日、一禎の宝徳寺復帰運動のため上京し、夏目漱石、島崎藤村らの小説に刺激された。
 7月、『雲は天才である』、『面影』を書く。
 8月4日、『小天地』の委託金費消の嫌疑で取り調べを受ける。啄木を告発した事実はないという大信 田の証言で落着した。
 12月1日、『明星』12月号に小説『葬列』を発表。
 
 3月、島崎藤村『破戒』
 4月、夏目漱石「坊つちやん」
 9月、夏目漱石「草枕」
 10月、二葉亭四迷「其面影」
 11月、夏目漱石『吾輩は猫である』刊行
 
 
 ▲自分の才能に自信を持っていた啄木は、文学的成功を夢見て東京を目指した。そして、38年に処女詩集「あこがれ」を出版した後故郷の澁民村に帰った。もてる力を出し切ったことで啄木も一応の区切りがついたであろう。外へ外へと向かっていた啄木の精神は、渋民村の窮乏生活の中で内へと回帰し、自分の置かれた情況を冷静に肯定的に見直そうとしている。「九ケ月間の杜陵生活は咋日に終りを告げて、なつかしき故山渋民村に於ける我が新生涯はこの日から始まる。」(日記・三月四日)
 
 
 ■〇三月四日。
 不取敢机を据ゑたのは六畳間。畳も黒い、障子の紙も黒い、壁は土塗りのまゝで、云ふ迄もなく幾十年の煤の色。例には洩れぬ農家の特色で、目に毒な程焚火の煙が漲つて居る。この一室は、我が書斎で、又三人の寝室、食堂、応接室、すべてを兼ぬるのである。あゝ都会人士は知るまい、かゝる小満足の中の満足の深い味を。
 
 ■〇三月六日
 尽日雪ふる。無事。ヰオリンを弾く。
 自分は今迄あまりに繁く刺激を受けた。これからは静かに考へねばならぬ。そして書かねばならぬ。小説を書かねばならぬ。
 
 ■〇三月八日。
 故郷の空気の清浄を保つには、日に増る外来の異分子共を撲滅するより外に策がない。清い泉の真清水も泥汁に交つて汚水に成る。自然の平和と清浄と美風とは、文明の侵入者の為に刻々荒されて、滅されて行く。髭の生へた官人が来た、鉄道が布かれた、商店が出来た、そして無智と文明の中間にぶらつく所謂田舎三百なるものが生れた。あゝ、蘇国に鉄道の布かれた時、ライダルの詩人が反対の絶叫をあげた心も忍ばるゝ。文明の暴力はその発明したる利器を利用して侵々として自然を圧倒して行くのだ。かくて純朴なる村人は、便利といふ怠惰の母を売りつけて懐を肥す悧巧な人を見、煩鎖な法規の機械になり、良民の汗を絞つて安楽に威張つて暮らして行く官人を見、神から与へられた義務を尽さずにも生きる事の出来る幾多の例証を見た。かくて美しい心は死ぬ、清浄は腐れる、美風は荒される、遂に故郷は滅びる。賢明なる学者はこれを社会の進歩だ、世界が日一日文明の域に近づくのだと云ふ。何といふ立派な進歩であらう。いかめしい教会が到る処に立てられて宗教の真の信仰が段々死んだではないか。法律が完成して罪悪が益々巧妙になつたではないか。外界の進歩は常に内心の退歩だ。世界の初め日には精神ばかり存在して居た、世界の終りの日には形骸ばかり残るであらう。文明は矢張り人の作るもので、神のあづかり知らぬ所であらう。抑々人が生れる、小児の時代から段々成人して一人前になる、成人するとは、持つて生れた自然の心のまゝで大きい小児に成るといふだけの事だ。しかるに今の世に於て、人が一人前になるといふ事は、持つて生れた小児の心をスツカリ殺し了せるといふ事である。自然といふ永劫真美の存在から、刻々離れ離れて遂に悖戻の境界に独立するといふ事である。山には太古のまゝの大木もあるが、人の国には薬にしたく(p67)も大きい小児は居なくなつた。あゝ、大きい小児を作る事 !これが自分の天職だ。イヤ、詩人そのものゝ天職だ。詩人は実に人類の教育者である。
 
 
 ▲ 啄木は窮乏した生活の中で多くの新聞雑誌を読み、社会的関心を持ち続けている。しかし、この文章は平凡な観念の羅列であり、具体的な社会認識は見られない。田舎の現状がどんなものかを啄木は経験的に知っていたし、このあとすぐにも深刻に経験することになるが、そうした経験にもかかわらず、一般論としての社会認識は文明批判のレベルにとどまっている。啄木は田舎を文明と対立した自然として認識しており、そこに美しい心、清浄、美風があり、文明がそれを汚しつつある、と考えている。現実社会を自然と文明の対立と考え、一方が純朴で他方が汚れた利害の世界である。こうした図式的で単純な社会認識は経験と対立するものの、経験によって単純に否定されるものではなく、一般論は一般論として独自に否定されねばならない。
 啄木は、現実社会についての抽象的な否定的認識にもとづいて、社会問題を解決するために天才を待ち望み、天才になること、天才を育てることが社会的な改革の基礎になると考えている。一般論としての社会認識はこうした連関をもっているために、経験的によって否定することはできない。抽象的な文明批判の観念を突き破って具体的な社会認識を形成することは、天才にたいする期待、社会的変革の力を天才と言う個人、人格者という個人に期待することをも否定する全体的認識の形成によってのみ可能である。こうした現実認識の形成過程は漱石によく似ている。
 このあと芸術についても書いているが、文明批判と同程度に抽象的で無内容である。
 
 
 ■○三月九日
 世の中で頭脳の貧しい人だけが、幸福に暮らして居る。彼等は真の楽しみといふものも知るまいが、又、大なる不幸といふ事を感ずる事がない。進むには足を動かさねばならぬ。足を動かせばそれだけ労れる。彼等は立つて居る、同じ所に立つて居る。誠に平気なものだ。
 その代り、朝生暮死の虫けらと同じく、彼等の生活には詩がない。詩のない幸福! あゝ、若し自分が一瞬たりとも彼等の平安を羨ましいと思ふ事があるなら、それは自分に取つて最大の侮辱である。何といふ事であらう、自分が今度この故郷の住人に成つたのは、果して彼等と同じ平安、彼等と同じ幸福を得んがためであつたらうか。否、否、否、たとへ如何に平和な境遇に居ても、自分は心の富のために不断に戦ひ、苦しみ、泣かねばならぬ運命を荷つて居る。(p69)さうだ、矢張り自分の霊魂はたゞ戦闘と不幸の空気の中にのみ生活する事が出来るのだ。日が東の山に落つる事があつても、一度覚めた心の初日の眠る時は無い。あゝ永久の不幸! 生ける詩の生活! 絶痛なる生命の音楽をきく思ひがする。真の幸福は不幸なる者にのみ与へられる。イヤ、真の幸福とは清浄なる不幸それ自身の一異名である。
 
 
 ▲ 啄木は「頭脳の貧しい人」という「貧しさ」の社会的な質を問題にしていない。それを問題にすれば一気に複雑になってくるが、まだ啄木の現実認識は個の規定の限界内にあって、抽象的精神の産みの苦しみを経験している。
 まず啄木は人間の目的を幸福に見いだしている。そして、幸福の質、内容を問題にしている。無知無能であれば真の幸福を知らず不幸も知らない。真の幸福とは、詩のある人生であり、心の富を持つ人生である。そして、詩と心の富を得ることは、不断に戦い、苦しみ、泣く運命のなかに生きることであると展開する。かくして、啄木の考える幸福は不幸と同義である。
 詩と心の富を人生の価値とする観点から、幸福と詩と不幸を同一とみることは重要な意味を持っている。これは啄木の精神の基本的傾向であり、才能である。啄木の境遇は、詩や理想を戦いと苦しみの中で生み出すことを運命づけてられている。啄木はすでに経験的にそれを知っており、それを受け入れている。啄木は知識によってではなく、自然的な欲望として自分の幸福を詩と心の富という普遍性の世界にのみ認めている。その普遍性の追求において、個人の幸福と不幸が対立しておりまた同一でもある。普遍性との関係においては不幸は肯定され、したがってそれ自身幸福でもある。啄木の人生の目的・理想は、個の幸福ではない。現実認識が個を原理とすることはありえない。あくまで普遍性を追求することが若い啄木の基本的な特徴であり、これが啄木の才能である。啄木は現実との接触において、常にこの普遍性の観点から現実を認識していく。自然主義的な方法と対立したこういう方法だけが具体的な現実認識を創り出す力を持っている。
 啄木の現実認識は、幸福と不幸の同一性の認識にまで到達しているが、個の原理である幸福や不幸と独立した普遍性としての現実認識を取り出しているわけではない。しかし、それが客観として生み出される萌芽がここに見える。その意味で産みの苦しみである。こうした生産的な精神の直中にあった啄木は不幸の中にあってやはり幸福であっただろう。
 
 ■〇三月十一日。
 うら若き一婦人あり、他郷の客と成つて居た。その心中の寂蓼察すべしである。こゝに一男子あり、妻子あるを秘して巧みに彼女の心を迎へた。彼女は渾身の純潔なる愛情を濺いだ。無理はない。遂に懐妊した。結婚せむとして成らず。泣く泣く故家にかへつて、玉の如き孩提をあげた。然るに一家の人々彼女の行為を悪み、一室に監禁して、親も兄弟もその孩提を見ることをさへ拒む、と。これは昨日きいた話の一つである。
 あらゆる人間は皆自然の性情に背いて居る。川が逆流すれば、すべての陸が海になる道理、さうだ、神の与へた清い心情は、今皆背自然の海の底に埋れてしまつた。社会は何故かくも残酷なものになつたらう。
 実に残酢な話ではないか。純潔な処女の心身を弄んだ男にこそ罪はあれ、彼女が恋に何の罪があらう。否、彼女に罪のないばかりでなく、人生第一の不幸に会した彼女こそ当然深い同情を寄せらるべき資格があるではないか。更に況んや、かの孩提に至つては、彼女の美しい初恋と終世の不幸との化身である。人生の霊酒に酔へる、彼女が不用意の間に与へられた天の賜物である。すべての神の児等とひとしく、天の清浄と愛とを備へたものである。さるを何故に、社会は之を見ることをだに拒むのであらう。私生児 ? 何の事だ。人の定めたる法律によつて結婚せざる者の生んだ児をば私生児として擯斥するのか。災なるかな。結婚について神の定められた法律はたゞ一ケ条ある。曰く、愛!されば、すべての孩提は皆ひとしく神より出でたる愛の分身である。若しここに、一人の有夫の婦があつて、不倫の色慾のために偶然にも児をえた場合があるとする。斯かる時に於ても、その母こそ永遠に責めらるべきであるが、孩提に至つては矢張り小羊の如く罪無きものである。されば神の前に於ては世に私生児といふ擯斥さるべきものは一人も無い。若し有るとすれば、すべての人は皆私生児ではないか。彼女の恋は、対手こそ不幸にして破倫の悪漢であつたれ、矢張り自然の性情の美しい発露なる清い初恋である。社会が彼女を悪むさへ既に誤つて居る。況んやその孩提をやだ。
 然も悲しいかな、今の進歩したる文明の社会に於ては、かゝる残酷の行為が寧ろ謹厳なる一の教訓の如く思惟されて居るではないか。罪なき孩提が己が母の外に世に人ありとも知らで、その涙の手に抱かれて、この世に生れおちた日から人生第一の不幸を味はつて居る間に、社会は狂呼して日進月歩の文明を謳歌して行く、教会が建てられる、倫理学者が増える、紳士はフロックコートを着て街をあるく、貴女は金剛石を買ひに宝玉屋の店を訪ねる……。あゝ自然の性情は益々逆流して居る。来るべきものは、たゞノアの洪水のみだ。
 
 ▲ 啄木の個人主義は非常に豊かな内容をもっており強固である。啄木は個の原理である愛情や情熱を豊にもっていた。個の尊重はこうした強い感情に基づいており、お題目ではない。文明社会の中で犠牲になる個人を、個人の権利にもとづいて肯定しており、その不幸を訴え、不幸に対する同情をもとめているのではない。個の権利を侵害することを非難している。これが個人主義の具体的内容であり、個人主義に基づく社会認識である。文明社会においておしつぶされていく自我の権利を社会認識の基本原理とすることが啄木の思想のすぐれた特徴である。
 啄木のこの文章には、不幸な人間を否定的に評価する同情は見られない。しかし、啄木はまだこうした自我が否定されていることを批判しており、この精神の中に立ち、その精神の積極性を認識することはまだできていない。こうした情況を抜け出すことのできる天才を求め、抜け出すことに意義を感じており、抜け出す力によって社会を変革しようとしていたからである。この点も漱石と同じであり、こうした精神と一致したレベルにおける普遍的精神に到達していた四迷や一葉と違っている。しかし、啄木も漱石も法則的に自己を否定しつつ四迷や一葉の精神に近づいていく。文明は彼女達を殺すのではなく、彼女たちを生み出し、そこに力強い精神を生み出していく。それとの一致のみが天才であるが、啄木はまだ天才をそのようなものとしてイメージすることはできない。しかし、それに到達せずにいない内容を既に持っている。
 
 
 ■〇三月十七日。
 高山樗牛が垂死の病床から叫び出して、やがて一代の人心を根底から震蘯した個人主義の大思想が、(p75)僅々五六年の間に、既に主我的感情主義などゝ云ふ一小区劃に化石してその声を収めてしまつたであらうか。否、否、否。今迄は成程個人主義の破壊の時代であつた、しかし既に建設の時代に近いて居る。感激が静まつて、真面目なる思索が起つた。来るべきものは、偉大なる形式によつて発表されるべき時期である。若しそれ今の神秘主義、感情主義の如きは個人主義の一余波に過ぎぬ。物質と形式の夜の中から、大なる声によつて呼びさまされた人々が、半眠半醒の境に於て盲目的に捉へた個人主義の影法師である。苟くも一代の大思想を批評するにこんな浅薄な見識を以てする様では、この記者も亦赤門流三把ひとからげの批評家の好模範と云はねばならぬ。更に、『然れども情感に囚はれたる現代の人は、超脱一番、奮って小我の自縛を釈き、大雅優遊の乾坤に快活の春を楽しまむと欲せずんばあらず』云々の語を成すに至つては、誠に笑止の至りである。超脱とは何の事か、大雅優遊の乾坤とは何の事か、記者は恐らくは知るまい。又、高華雄渾の趣味を起す方法のうちに、社会的活動若しくは大旅行等の風習を起せといつて居るが、人格無き今の詩人文士にどんな社会的活動が出来ると思ふか、又今の様な貧乏ものにどんな大旅行が出来るであらう。
 所詮は日星河岳の雄大なる作物の現るる、一に天才に俟たねばならぬ。記者は、天才出現の翹望を以て、今の世に於ては一ケの哀れむべき空望に過ぎぬ、として居るが、何故空望であるか、万人の翹望そのものが、既に天才出現の有力なる前兆ではないか。天の配剤にしてこの後も誤るなくんば、今は漸やく天才出現の時期に近いて居る、と云ってよい。 
 
 
 ▲啄木の個人主義の内容が少し具体化している。啄木の言う個人主義は、主我的感情主義や神秘主義といった主観の形式に関わる問題ではない。主我の目的は、破壊ではなく建設である。つまり、既成の体制や観念と対立し否定するだけの抽象的な個主張の時代は終わって、自我は自らその個人主義を明かにし実現しなければならない時代になった。物質と形式の夜を抜け出して、精神の世界に飛翔しなければならない。それは、偉大なる形式を持つ人格的主我ととして、社会を変革する個人として現実に姿をあらわさねばならない。啄木は、主観の客観性、現実性、社会性を問題にしている。そうした問題を含まない自我は、「一小区劃に化石」した自我である。
 主観の内部にとどまる限り、超脱も大雅優遊の乾坤も「赤門流三把ひとからげの批評家」の空言である。「超脱とは何の事か、大雅優遊の乾坤とは何の事か」という問いは鋭く力強い。そうした言葉の空言たるゆえんは、社会的活動を含まないこと、そして、「貧乏もの」の運命に縁がないことである。啄木の視点はこのように限定された内容を持っており、その内容を現実化するために天才を必要としている。ており、その上で、この社会認識の空隙を充たす物として天才がある。天才も人格も未規定であるが、社会活動と貧しい人間の利害を求めており内包している。
 
 
 ■〇三月十九日。
 小坂の義兄田村叶から来信。姉の命日が先月の二十五日であつた事、死因が肺結核であつた事、法名が妙訪禅定女である事、漸やくわかつた。あゝ不幸なる姉は遂に不幸の内に幼なき五人の子女を残して死んでしまつたのだ。安心の日無き三十一年の寿命、人の世の盛りとは云ふが、我が姉には百年の思ひがしたであらう。自分は、一生を不運に過した貧しい姉が、終焉の時近き来る病床に横はり、度々の喀血に気力おとろへ、痩せて蒼ざめて見る影もなき顔をあげて、枕辺に泣いて居並ぶ五人の子女を見廻はしたであらうその際の惨謄たる光景を明らかに心に描くに堪えぬ。況してその刹那の姉が心をどうして涙なく想像することが出(p77)来やう。息をひき取つたのは午後八時半であつたと、手紙に記されて居る。
 母は昨日この村の巫女の所に行つて、姉が亡魂を招き吊ろふた。
 
 この日早朝、寝てるうちから、「憐れむべき小フオーマ、ゴルヂエフ」が泥酔して来たので、起された。小フオーマ、我が従兄弟である。資産ゆたかなる家に生れ、愚かな男でもなかつたが、放漫な若旦那育ちの無意義なる生活と家庭の平和のため、所謂「生命の倦怠疲労」を感じて、酒を呑む、酔ふては乱暴をする、脳髄が散漫になる、心臓が狂ふ、かくて彼は三十一の男盛り、人からは笑ひ物にされて、日夜酒びたり。借財がかさむ、細君が仏頂面、垂死の老婆は泣き通し、一家暗憺として火の消えた様、生き乍らの墓同然。これが又彼をして益々狂はしめるのだ。
 ゴルキイ作中のフオーマの様に、富有なる市民を捉へて「汝等生命の破壊者よ」と熱罵するの気概は無論彼に無い。云はゞ、フオーマを極度迄小さくし極度まで卑しくしたのが乃ち彼だ。そこで poor little といふ冠詞がつく。
 フオーマは一ケの天才であつた。さればこそ彼は遂に発狂した、発狂してこの世の矛盾と破綻から救済された。狂は彼に取つては唯一の幸福であつたのだ。小フオーマは、狂の救ひに入るには余りに型が小さい。所詮彼は憐れむべき酔漢である。若し、一点希望なき生活の標本は、と問ふ人あらば、自分は先づ、悲しいかな、彼を挙げねばならぬであらう。自分は彼の酔ふて朧うなる眼光を見る毎に、同情と哀憐と不快と種々混雑したる一種の感情に襲はれるのが常である。夕方になつてもかへらぬので、自分は逃げて学校に行つてオルガンをひいた。
 
 
 ▲ 啄木の個人の認識は非常に深く社会的である。個の認識は社会認識でもある。「不運に過ごした貧しい姉」や、能力を持ちながら世の矛盾に翻弄されて「人からは笑いものにされ」る運命を深く捕らえており、その深く捕らえるとは、彼等の立場に立って社会的に規定することである。啄木には悲劇的な現実に対する道徳的な批判意識がない。これは日本の歴史において得難い資質である。悲劇的な運命の直中に居る啄木は、道徳的な批判意識を超えて、それを社会的な現実として具体的に認識する能力を持っている。個の認識と個への感受性が非常に深く具体的であり、その深さと具体性は、四迷、一葉、漱石(『虞美人草』まではできなかったが)と同じように、文明社会において没落しつつある人間の運命の肯定的認識である。
 
 
 ■〇三月廿日。
 
 この頃東京では、近来結社した社会党員の発起で、電車賃引上反対市民大会が二度開かれた。一千有余の群集が、決議文を朗読してから、市役所に推しかけ、街鉄の本社に石を投じ、昨年九月の騒擾を再現しかねまじき勢であつた。新聞紙は筆をそろへて、日本社会党今後の運命は、一に彼等自身の行動如何にある。西園寺氏の新内閣が、前内閣の圧制をやめて、社会主義者に比較的公平穏当の体度を取るに至つた今日、若し党員にして暴民と何の撰ぶところなき行動を敢てする様では、折角生長して来た天下の同情を自ら折つてしまふものと云はねばならぬ、云々と論じて居る。
 余は、社会主義者となるには、余りに個人の権威を重じて居る。さればといつて、専制的な利己主義者となるには余りに同情と涙に富んで屠る。所詮余は余一人の特別なる意味に於ける個人主義者である。然しこの二つの矛盾は只余一人の性情ではない。一般人類に共通なる永劫不易の性情である。自己発展と自他融合と、この二つは宇宙の二大根本基礎である。
 宇宙の根本を絶対意志に帰したシヨウペンハウエルの世界観は、実に十九世紀に於ける最大発見の一つであつた。然も彼はその倫理説に入つて、人生の不幸を個人意志発展の結果であるとし、意志消滅を以て真正の福祉に至る唯一の路であると説いた。根本精神の消滅! 若し斯くの如き事があるとすれば、その決論はたゞ虚無あるのみである。この論理上誤謬を引きついで、一層敷衍したのがトルストイ伯の人生観である。彼の予言する新時代は、凡ての人が暴力に服従するを要せざる時代である。乃ち凡ての人が意志を放棄して平等の天蓋の下に集まるの社会である。トルストイ伯と正反対に、フリードリッヒ、ニイチエはまた、其天才的眼光を以テ、シヨウペンハウエルの論理上矛盾を観破し、人生の真諦は意志拡張、自己発展にありとする個人主義を立てた。同一の源泉から出たこの二条の流こそ誠に興味ある対照ではないか。一は同情と弱者の道徳である。一は権威と強者との道徳である。同情と権威、換言すれば、自他融合と自己発展、この二つが人生の二大根本事実であるとすれば、トルストイとニイチエとの二人は正に人生を両断して各その一を領するものでがなあらう。
 前二者と同じく、ダンチヒの流を汲んだ楽聖リヒヤード、ワグネルが其革命楽詩の中に現はした「意志拡張の愛」の世界観は、この正反対なる二大思想の各一端を捉へ来つて、聖壇の前に握手せしめた者と見られる。意志消滅を必要条件と思惟せられた「愛」は、ワグネルの天地に入つて意志融合の猛烈なる愛と変じた。消極性の愛の陰電気は積極性の意志の陽電気と合して、ここに人生久遠の凱歌をあぐる大雷電を起した。ダンチヒの源を発した二条の流は、ワグネ(p79)ルの胸中に相合して、殆んど別個の趣を以て再び人生の大海に流れ出されて居る。彼が終りに「パルジフアル」を書いて親友ニイチエと絶交するに至つた消息もここにある。ザラトウストラも基督も、共に彼に取つては極く近い親類筋であつたのだ。我がワグネルの偉大なる点は実にここにある。往年嘲風博士が、ショウペンハウエル、ニイチエ、ワグネルの三者を批評的に関連せしめて、同一思想発達の一系統としたのは、実に大なる卓見であつた。
 ・・・・然れども、同一価値ある二真理の対峙的存在といふ事は果して有りうる事であらうか。彼が此断定は少なくとも人類普遍の調和的本能を永遠に両断し去るものと云はねばならぬ。二真理の対峙的存生の肯定は、同時にこの世界永久の分裂を予言するものである。「永久の分裂」は、一切の歴史、進歩、文明を根底から無価値とする恐るべき決論を生ずるのである。この永久の不調和に対する戦慄こそ、彼メレジコウスキイをして、其小説の第三部に、彼得大帝なる一人格を借り来つて、前両精神の調和を描かしめた唯一の原因であらう。
 ・・・・
 メレジコウスキーに於ては単に微弱なる暗示に過ぎぬ精神的大革命は、ワグネルの天地に於て初て一層光あり熱あり、将に天の一方を破つて人界に放下する曙光として表はれて居る。ワグネルの詩楽はすべてこれ、基督教的愛と反基督教的意志とが相抱合して、同一目的の下に一体の大活動をして居る人生の最も壮大なる凱歌である。ここに於て自己発展と自他融合の相反せる二大事実は完たく同一体と成り了つた如く見られる。人生凡百の矛盾は今ワグネルの一燈によつて、少なくとも其一端を照破せられた。
 然し乍らこゝに冷静なる哲学的思索の斧を入れ、再びショゥペンハウエルの意志の世界に立かへるに従つて、新しき革命の曙光がまた一道の浮雲に掩はるゝの感がする。何ぞや。曰く、意志根本の世界と愛との関係問題乃ちこれ。
 これは然し、ワグネルの罪ではない。詩は性質として朦朧なものである。されば詩の示す所は常に唯その理想に止まる、それ以上の詳しい説明は既に詩の領域以外の問題であるのだ。芸術家としてのワグネルは、意志愛一体の境地に神人融会の理想を標示しただけで、既にその天才の使命を完全に遂げたものと云はねばならぬ。
 たゞここに、意志の世界と愛との関係は猶依然として哲学上不可解の疑団として残つて居る。この問題の解決は、実に我が人生観最後の解決であらねばならぬ。
 ここに一解あり、意志といふ言葉の語義を拡張して、愛を、自他融合の意志と解くことである。乃ちシヨウペンハウエルに従つて宇宙の根本を意志とし、この意志に自己発展と自他融合の二面ありと解する事である。
 この一解あつて、自分の二十年間の精神的生活が初めて意義あるものとなつた。この一解が乃ち自分の今迄に於ける最大の事業である。
 この一解あつて、一切の説明は無用である。人生一切の矛盾は皆氷解した。
 かくてワグネルの示した人生の理想は、完全なる基礎に立つて、初めて真に我が最高最後の目的となつたのである。(p81)
 我が性情の、ーまた人類普遍のー二大矛盾、同時に又宇宙根本の二大矛盾は、かくて説明を得、帰着する所をえた。自分が所詮自分一人の意味に於ける個人主義者で、社会主義を初め世上凡百の思想に賛成する能はざるものは、実にこの立脚に立つからである。
 
 
 ▲啄木は自分の個人主義の立場と、社会主義者の立場をまず対立的に捕らえている。この対立は時代が生み出した現実的関係である。啄木の運命がちょうどその対立部分に位置しており、啄木の立場は、社会認識上非常に恵まれている。
 啄木は社会主義とは、貧しい人々に対して同情心を持ち、自己を捨てて市民のために活動することだと考えている。啄木はこれまでの文章でもわかる通り貧しい人々に対する同情心を誰よりも強く持っている。しかし、個人の権威を重んずる点においても強固で徹底している。啄木は他人のために自己を捨てることはできない。啄木は詩人であることを自覚しており、詩人として生きることに自分の価値をおき、使命を感じており、詩人としての自己において生きることがすべてに優先する。同時に、専制的な利己主義者になることは決してできない。これは啄木自身の精神の基本的な特徴である。
 すでに見た様に、啄木にとって詩人として生きることは、自分の幸福を求めることではない。自己の幸福のために他を排除する利己主義者ではない。同時に他人のために自己を捨てるのでもない。啄木にとって詩人として生きることは、自分の幸福のためではなく、また他人の幸福のためでもない。自他の幸福を目的としていないことが啄木の精神の特徴であった。自他を超えた普遍的精神としての詩のためにのみ生きることが啄木の自我である。啄木はこうした自我を持ち、こうした自我であることを自覚しているために、同情心に富み、自己の幸福を求めるのでもないにもかかわらず、自我自身において生きるという契機を否定することが出来ない。否定する必要がない。
 啄木は、自分の個人主義と社会主義者の対立を、「自己発展と自他融合と、この二つは宇宙の二大根本基礎である」という対立関係と考えた上で自分の立場を肯定している。啄木は自己発展と自他融合の対立関係を直接体現しており、客観的にはこの矛盾の中に生きることにおいてこの矛盾を解決している。しかし、この時点では、この立場の客観的な意義を認識することはできていない。こような立場にふさわしい主観的な方法でこの矛盾を意識し、解決している。


 啄木は、宇宙の根本を絶対的意志に帰した世界観は、19世紀哲学の最大発見であるとしている。啄木にとって自我が絶対的な原理である。この原理のもとに、倫理=真の福祉に至るには、意志を消滅しなければならない、という必然の帰結がある。その結果は虚無であるから、この原理のもう一つの帰結として、人生の意義を意志拡張、自己発展にもとめる立場が生じる。同一の源泉から、対立する二つの流れが、つまり自他融合と自己発展の二つの原理生じている。この指摘も「トルストイとニイチエとの二人は正に人生を両断して各その一を領するものでがなあらう。」という指摘も的確である。自我を基本原理としていながら同情心に富む啄木は、両者の統一を真理とするすぐれた感性によって、トルストイとニイチエが一つの原理から流れ出た、つまり本来一つである原理を二つに裁断している、と批判している。この二つの原理の対立を統一しなければならないと考えており、この統一の観点からワグネルを高く評価している。
 「二真理の対峙的存生の肯定は、同時にこの世界永久の分裂を予言するものである。」しかし、ワグネルは「意志融合の猛烈なる愛」によってこれを統一した。愛は自己消滅の意志ではなく、自他融合の意志に変じられた。しかし、と啄木はさらに一歩を進めている。ワグネルの歴史的な使命は、この対立する両原理が相抱合して、同一目的の下に活動することを明かにしたことで終わっている。「芸術家としてのワグネルは、意志愛一体の境地に神人融会の理想を標示しただけである」。さらに明かにされねばならないのは、意志の世界と愛の世界の関係である。どのように両者は同一化されているのかをワグネルは明かにしていない。
 
 この批判的指摘は正しい。しかし、啄木の解は非常に単純で二原理の対立を超えていない。
 「ここに一解あり、意志といふ言葉の語義を拡張して、愛を、自他融合の意志と解くことである。乃ちシヨウペンハウエルに従つて宇宙の根本を意志とし、この意志に自己発展と自他融合の二面ありと解する事である。」
 これは解ではなく、振り出しに戻っただけである。啄木の主張は、意志拡張は必然的に他と対立するのではなく、愛もまた自他融合の意志であると解釈しているにすぎない。意志が、自己発展と自他融合の二面を含んでいる、と言うのは「宙の根本を絶対意志に帰した」原理の必然的な帰結である。この二つの原理が対立している。自己拡張の意志によって自他融合の愛の意志を否定するか、あるいは、自他融合の愛の意志によって自己拡張の意志を否定するか、というのがもともとの対立であった。両者はともに自我の意志であることにおいて絶対的に対立している。
 
 啄木の主張は、結局のところ、愛もまた意志であるから、自己拡張の意志が、自他融合の愛を内容とする場合は、意志拡張と自他融合は矛盾しない、と帰結するだけである。それは、自他融合を目的とする意志を持つべきである、他に同情すべきであるというありふれた当為に他ならない。啄木は自分自身の内部に両者が一致した意志があることを知っている。しかし、すべての人間が二つの意志を持っており、その意志があるときは対立しあるときは一致する。だから、一致がありうることを指摘することはなんら解ではない。啄木の思想はまだ個の原理の内部にあり、主観の限界を出ていない。社会を個と個の対立として認識している。啄木の指摘している矛盾は、社会を個と個の対立関係として認識する基本的な原理によって生ずるのであり、この基本原理を超えない限り同じ対立の内部にとどまることになる。意志拡張の自我と自他融合の意志の対立は、客観的な現実社会をごく単純に、抽象的に反映した現実認識の方法である。この抽象論における対立の展開には具体的な現実社会の内容は含まれないし、含まれる可能性がない。この抽象性がこの原理の特徴であり限界である。啄木の抽象論では、自他融合の意志がどのように自我に生じるのかも、自他融合とは現実社会においてどのような内容をもつのかも理解できず、理解する可能性もない。そうした論理を含まない抽象論である。
 しかし、抽象的であるとはいえ、前年までの空虚な形式論議から一歩進んで抽象論内部での具体化がはじまっている。啄木はまず詩人としての人生から経験的に個人主義的な原理を現実認識の基礎としている。その個人主義を原理として、眼前の社会主義運動を自分の対立物と見て、それとの関係、さらにそれとの融合の方法を探っている。こうした精神の運動は啄木の現実認識の出発点になっている。経験的な個人主義に特有の現実認識として、社会を個と個の対立として捕らえ、その対立がどのように展開するかを抽象的に考察しており、この対立の一致を求めている。それはなお個における解決、すなわち、融合の意志にもとづく一致であり、客観的な一致ではない。この一致の現実的な内容を明かにするためには個と個の対立という原理を超えなければならない。それが今後の啄木の現実認識の課題である。
 啄木の現実認識はこうした抽象論として展開されると同時に、日記や書簡に多く見られる「不運に過ごした貧しい姉」や、「人からは笑いものにされ」るフォマについての深い観察が蓄積されている。啄木の現実認識の深さはこの両者の相互関係によるものであり、今後両者ともにより発展深化し、具体化することだろう。

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