『灰塵』 (明治44年10月〜大正1年12月) 

  この作品は、「雁」と同時期に平行して書かれた。両作品とも鴎外の新しい境地を描いているが、この作品の内容は「雁」に見られる寂寞感から一歩進行して、鴎外的精神の綻びが目立っており、滑稽の域に到達している。
 四辻に交番のある前を通る。仔細らしい顔をした白服の巡査が、節蔵の顔を高慢らしく見たが、節蔵はなんとも思はない。かう云ふ時、気の毒な奴だと思つたのはもう余程前で、馬鹿奴がと思つたのはそれより又ずつと前であつた。そんな反応は節蔵の頭に起らないやうになつてから、もう久しくなる。(p6)
 節蔵は、人を馬鹿奴と思い、次には気の毒に思い、いまは、何とも思わなくなった、と言うようになっている。節蔵は、世間に煩わされない自分だけの穏やかな境地に居る。世間を徹底して軽蔑する境地である。世間に対して沸き上がってくる不満や怒りに左右されることなく、高所から軽蔑している。この境地にあって節蔵は、他人の批判を無視するだけでなく、理解も求めない。
 節像の目に映る世間は、淡々と無意味に描写されている。鴎外は無意味で無感情な情景の描写によって、世間との対立を超えた、自己充足的な境地を描いている。節蔵は、物静かに、風景の中に溶け込んだかのように、風景にも人間にも刺激を受けることなく、精神の赴くままに万年筆をすべらせている。世間との不和はなく、人の目や人の評判を気にすることもない、深く軽蔑するだけの高く穏やかな境地である。鴎外は、年齢を重ねるごとに時代が進むごとにこの境地を強く必要とするようになり、必要な境地を得たと主張するようになった。
 この静かな境地は無力な隠居生活ではない。静かな中に力を秘めている。鴎外はそう考えている。
 
 その時節蔵は万年筆の手を停めて、子供の方へ正面に向いて只一目子供の顔を見た。併し此時の節蔵の顔は余程恐ろしかつたものと見えて、子供は行きなり差し伸べた手を引つ込めて、二三歩跡へ下がつた。そして不思議な物でも見たやうな、あつけに取られたやうな顔をして、もう子供に構はずに、物を書いてゐる節蔵の横顔を暫く見てゐたが、しまひには墓揚の所に、こなひだの暴風に倒れた杉の木が引き切つて置いてあるのに腰を掛けて、何か口の内で言つてゐるかと思ふと、鼻歌を歌ひ出した。
 風が矢張庭の木葉を弄んでゐる。その外山門の内はひつそりしてゐて、節蔵の物を書く邪魔になるものが無い。こんな風で余程の時間が立つた。(p10)
 節蔵の内的世界は誰も覗き見る事ができない。しかし、無邪気な子供には、その正体が何であるかはわからないものの、直感的に節蔵の恐ろしいほどの威力を感じる事がある。節蔵の側からいえば、子供を相手にしているとき、無意識的にその力を隠す事を忘れてしまう事がある、ということである。節蔵はその威力を内に秘めて、あたかも平凡か平凡以下であるかのように、自己を主張しない人物として生きている。節蔵は自分の威力を知るができない無能な連中に自分の力を示す必要を認めない。節蔵は、内に秘めた威力に満足しながら、自然の中に、人間の日常的生活に溶け込んで静かに生きている。鴎外はこうした境地を表現したいがために長々しい、ことさらに物静かで無意味な描写を続けている。
 節蔵の精神の威力はこうして外に表れる事がある。世間との関係を絶ち、静かに自己内に満足している節蔵の精神が、その境地から世間と偶然関わる事もある。そこにこの境地の姿が表れる。
 この杉の切り倒してある辺に集まつて来る子供や子供の親は、hyaena と云ふ獣のやうに、葬の時の施しに逢はうと思つて来たのだらう。それでも子供に為立卸しの着物を着せると云ふ、夢のやうな話をしたがるのである。(p11)
 
節蔵は、高い境地から、世間を軽蔑して生きている。節蔵の世間は、交番の巡査や葬式に来た女や子供である。具体的には、巡査の傲慢さであり、子供の親の虚栄心や施しに逢おうというさもしい欲望である。節蔵は世間をこのように認識している。節蔵は、巡査や子供の親の一側面を観察している。社会の全体は、ここに示された巡査や子供の親の他に多様な人間がいる。しかし、節蔵の高所から見えるのは、傲慢な巡査やさもしい母親である。それが節蔵の社会で、その特殊な世界の特殊な人間の特殊な側面を軽蔑する事が節蔵の境地である。
 節蔵は、世間と交渉を絶ち、世間を軽蔑する、と宣言している。つまり、世間を相手にしない、世間の自分に対する批判を認めない、弁明する必要を認めない、ということである。世間と関わって、自分の精神の高さを検証する必要を認めない、誰がなんといっても、自分独りで高いと確信する事にする、と宣言している。それは、自分の精神が世間に通用しなくなったことの追認である。
 
節蔵は一頃かう云ふ光景に対すると、行きなり飛ぴ出して、坊主頭を片端からなぐつて遣りたく思つて、それを我慢するのに骨の折れた事がある。それから後に、又一頃こんな様子を見ると、気が苛々して、それがこうじて肉体上の苦痛になつて、目を瞑り耳を塞いでも足りなく思つて、集まつてゐる丈の人に皆顔を見られるのも構はずに、つと席を起つて遁げて帰つた事もある。それが今は平気で僧侶のする事を見てゐられるやうになつてゐる。節蔵は人足が土や石をかつぐと同じ心持で柩をかついでゐるのを見て恬然たるが如くに、僧侶が機械的に引導をしたり回向をしたりするのを見て括然としてゐるのである。(p16)
 節蔵が恬然とした境地に至るには、世間と苛立ちやすい関係を持っていたことも役立っていた。節蔵は世間といい関係を持つ事はできなかった。だから、同じ関係の中で、自分自身で苛立ちを抑える修行をするしかなかったが、それができるようになった。そして、苛立ちはなくなって軽蔑するようになった、と主張している。主張している、というのは、安心して世間を軽蔑する境地があるとも思えないからである。
 節蔵が本当に世間を軽蔑しているとしても、それだけで人の羨む高尚な境地とはいえない。だから、鴎外は、この境地を別の角度から高く見せようとしている。見せようとしている、というのは、高くみえないからである。
 次郎は無邪気な顔で、隔意のなささうな物の言ひやうをする。そこへみな子の手を引いて、力なささうな様子をして、お種さんが戻つて来た。お種さんも不審さうに牧山を見て、その目を節蔵に移したが、忽ち非常な感動を受けたものらしく、血の気の少かつた今までの顔が、一層蒼くなつて、唇まで色を失つて、全身が震慄するのを、咄嵯の間に、出来る丈の努力を意志に加へて、強ひて抑制したらしかつた。そして目を大きくみはつて、節蔵の顔をぢつと見て、元の席に据わることを忘れたやうに立つてゐる。みな子は母親がぶるぶるとした時、不意に強く手を引き寄せられたので、驚いて母の顔を見て、本能的に母の視線を辿つて、同じやうに大きく目をみはつて、これも節蔵を見てゐる。
 節蔵はお種さんの燃えるやうな怒の目と、「母あ様をびつくりさせた、あなたは誰なの」とでも云ひさうな、娘の驚の目とに、一斉に見られながら、膝を衝いた儘に親子の女と顔を見合せてゐたが、自分の顔の筋肉は些の顫動をもしなかつた。併し三人の間を支配してゐた、この不思議な緊張は、僅に二三秒継続したのみであつたので、次郎も牧山も、お種さんの心の内に、どんな種類のどれ丈強い感動が生じて滅えたかと云ふ、その過程を十が一も、百が一も感ぜずにしまつた。お種さんはしとやかに元の席に据わつて、みな子を傍へ引き附けてゐた。
 「山口です。暫くでした。此度は御愁傷で。」節蔵はお種さんにかう云つて置いて、お種さんがなんと云ふことも出来ないうちに、こんな揚合に返事なんぞを予期してはゐないと云ふ風で、つと起つて、来た時の道を跡へ引き返した。
 「どうぞ忌明になつたら、お話に」と、次郎が背後から云つたので、「難有う、いづれ」と、振り返りながら節蔵は答へたが、会葬者席の方へ帰つて行く歩度は緩めなかつた。(p18)
 ・・・
 節蔵は寂しい道を、車に揺られて帰りながら、谷田の家に自分がゐた時の事を第三者の身の上を想ひ出すやうに、愛惜もなく、悔恨もなく、極めて冷かに想ひ出してゐた。
 この場面は、鴎外が「舞姫」以来描いてきた精神の総仕上げである。節蔵とお種さんの過去に深刻な事件があったらしく強調されている。しかし、それがどんな関係であるかは描かれない。肝心な事は、その過去が、今もお種さんの心に深い傷を残しており、節蔵には何の痕跡も残していないことである。お種さんにとって節蔵は重要な存在であるが、節蔵にとっては重要な過去も人物もいない。理由はわからないが、節蔵は自分に対する深い信頼や愛情を拒否しているらしい。しかし、過去に隠されているものは何もないであろう。節蔵は過去の人間関係に深い痕跡を残すような人物ではない。鴎外は、深刻な感情を押し隠す形式で深刻さを描こうとするが、隠しているものはない。だから、お種さんとの関係が、節蔵になんの痕跡も残していない、というのは真実である。お種さんに深い傷を残した、というのは節蔵の希望である。
 鴎外の恬然とした境地には、お種さんのような美人との過去の関係が必要である。世間を軽蔑するだけの空虚な境地に、いつもながらの、美人に気に入られた話が添えられている。節蔵はお種さんとの深刻な関係を拒否して、今の境地を選択した。この境地は自分にとってそれほど値打ちがある、つまり、自分はやむを得ず、追い込まれて世間を軽蔑しているわけではない、という意味である。お種さんとの関係を拒否して得たものが世間に対する軽蔑であるとすれば、お種さんとの関係を拒否する意味はどこにもない。だから拒否したというのは作り話である。
 節蔵の境地は、「舞姫」の豊太郎が東洋に帰る境地であり、「普請中」の渡辺参事官が女を見送る境地であり、「青年」の小泉純一が未亡人と別れる境地であり、「雁」の岡田が洋行する境地である。これらの作品で鴎外は、人間関係の喪失を描いており、それをすべて、自分は満足しており、平然としているが、自分と別れた女性たちは悲しく、寂しく、悲惨であろう、自分を羨み、恨み、無限の口惜しさを感じているであろう、と空想している。孤立は事実であるが、女性達の心理は希望的観測であり、誤った自己認識である。
 節蔵は今お種さんとの関係を過去に葬っている。しかし、鴎外が描いている過去は葬るというほどの、つまりお種さんに深刻な傷跡を残すほどの過去ではない。節蔵は、田舎から東京に出てきて、裕福な家庭に間借りをしていた。そこの娘さんがお種さんである。これは、日本の社会にずっと後までよくみられた関係である。節蔵はこの日本的な人間関係においても信頼関係を形成しない。この関係の中で、鴎外は、学問の力で出世しようとする排他的で孤立的な自尊心を描いている。節蔵は、裕福な家庭に間借りしながら強い自尊心をもっており、鴎外は、「お邪魔をしないなら、好いと仰やってよ」とお種さんにいわせるほどに、節蔵の学問に高い価値を置いている。節蔵は、学問の力でこの裕福な家庭よりも高い地位に出世してみせるという、打ち解ける事のない、排他的な意地を持っている。自分より裕福な人々にはいずれ見返してやる、という競争心をもち、競争に勝った相手を軽蔑的するのが鴎外の独立心である。鴎外はこの観点から、節蔵のひがんだ自尊心をもり立てるためにのみ作中人物を配置し、この歪んだ自尊心を尊敬し恐れる感情をもつ人物を描いている。積極的な人間関係は求められていないし形成されていない。全体が暗く死んだ世界である。関係の中で優位を示し、その関係を抜け出して優位に立ち、そのことでいかに多くの傷跡を残すかが節蔵の存在証明である。お種さんは、こうした鴎外の価値観の産物である。
 節蔵の出世欲は自分の優位を示し、感じることを目的としており、出世にともなって人間関係を破壊する。現在の自分に対する肯定的評価や好意を素直に受け入れることはない。出世する事で自分の力を思い知らせる事だけに関心を持っているために自分に対する好意を軽蔑し、自分に対する警戒や不信を見いだそうとする。出世欲は、権力や富などの社会的野心を目的とするのではなく、好意を拒み、軽蔑に耐え、悔しさに耐えて、後で見返してやるという卑屈で陰気で暗い情熱として蓄積されている。出世に大きな力があった明治という上昇期にありながら、鴎外はこうした陰気で偏屈な情熱を育て上げた。貧しい人間にとっても、裕福な人間にとっても極端に扱いにくい個性である。鴎外のこうした自尊心と努力は人間関係を破壊し、鴎外を孤立的な境地に導いた。だから、この境地には、この境地を創り出した冷酷で、破壊的な感情がたっぷり含まれている。
 鴎外は、この作品では、他人に対する軽蔑や嫌悪や怒りや、暴力的な情熱などを遠慮なく描いている。これは、無力なインテリが特に好む傾向である。鴎外は、平凡で自尊心ばかり強く、偏屈で卑屈で狭小な心理を、デモーニッシュな情熱であるかの様に描いている。自分にも理解できないい病的な心理というのは、自分を不当に高く評価する坊ちゃん的な不満も、周囲の人間を、自分に満足した俗物と見るひがみ根性もよく見られる平凡な現象である。それが高ずると世間を軽蔑する境地になる。
 鴎外は、友人の笛を砕いたエピソードで、表は柔和で丁寧である節蔵が、自分にすら不可解な、自分で抑える事のできない、常識的な感覚では理解できない情熱を持っているかのように描いている。節蔵の行動と感情が理解しにくいのは、それが常識以下だからである。常識的な感覚が欠如している上に自信をもっているから、薄気味悪い。自己保身的に臆病で、冷たく、傷つきやすい自尊心からなにをしでかすかわからない。臆病であっても、自分の安全を確保できれば、どんな無茶でも冷酷な事でもしかねない薄気味悪さを持っている。しかし、それは不可解な深い感情ではなく、保守的官僚の冷酷な感情であり、そのように評価されていた。この時期になって、不満や苛立ちを正体不明の情熱や才能として描こうとするのもあらたな弁解にすぎない。冷酷で、薄気味が悪く、それを高尚だと思って冷酷さを徹底しているので、薄気味悪さが年齢とともに増している。しかし、それは同時に、現実との関係では無力になり空虚になることである。
 このあと更に学校生活で「唯暫くの間同じ事を継続してゐると、或る時突然それがひどく詰まらなくなつてしまふ。自分の籍を置いてゐる学校の、総ての教師を咀ふやうになる。」、「友達と絶交するのも、さう云ふ日にするのである。さう云ふ日には、これまで親しくしてゐた友達が、譬へば飽食した跡で、魚の骨や、褐色の、きたない汁の残つてゐる皿を見るやうに、際限もなく厭はしくなつて、早く取り片付けてしまひたくなる。人に片付けさせるまでもなく、又と目に触れない所へ投げ棄ててしまひたくなる。その友達にはどんな侮蔑を加へても好いやうに思はれる。」と毒々しい気味の悪い感情を吐露している。鴎外が節蔵の気味の悪さを露骨に描き出すのは、それが過去の話であるし、表面的な事実の話であるとしているからであるが、実際はこれが鴎外の本来の資質である。
 鴎外は初期作品では、同情に満ちた、信頼される人物を描いた。しかし、実際は冷たい、情のない人物を描いていた。それがはっきりした時、鴎外はこの冷たさは、特別の才能による人知れぬ苦悩である、と解釈している。よくある解釈であるが、鴎外はこれを、自我の覚醒だと説明している。
 節蔵は醒覚したのである。一切の事がこれまでより一層明かに意識に上るやうになつたのである。
 それと同時に節蔵は、自己と他人との心的生活に、大きな懸隔のあるのを知つた。否、少くも知つたやうに思つた。それは他人の生活が、兎角肯定的であつて、その天分相応に、大小の別はあつても、何物かを肯定してゐるのに、自己はそれと同化することが出来ないと思ふのである。そして節蔵は他人が何物かを肯定してゐるのを見る度に、「迷つてゐるな」と思ふ。「気の毒な奴だな」と思ふ。「馬鹿だ」と思ふ。
 さう云ふ風に、肯定即迷妄と観じて、世間の人が皆馬鹿に見え出してから、節蔵の言語や動作は、前より一層恭しく、優しくなつた。彼は自分の嘲笑ずるやうな気分を人に見せないやうに努力するのである。大低柔和忍辱の仮面を被つて、世の中を渡つて行く人は、何物をか人に求めるのである。その仮面は何物をかち得ようとして、それが為めに犠牲を吝まないのである。節蔵は何物をも求めない。唯自己を隠蔽しようとする丈である。
 意外なのは、節蔵の此気分が周囲の人に及ぼす効果である。それは多少の畏怖を加昧した尊敬を以て、節蔵に対するやうになつたのである。何物をも肯定せず、何物をも求めないと云ふことは、人には想像が出来ないので、人は節蔵の求める物を、余程偉大な物か、高遠な物かと錯り認めずにはゐられない。所謂大志のある人として視ずにはゐられない。節蔵はいつの間にか、自分の周囲に崇拝者が出来るのを感じた。書生の斎藤なんぞは節蔵をひどくえらいと云ひ出した。只奥さんの本能が、節蔵のどこやらに、気味の悪い、冷たい処があるやうに感じてゐる丈であつた。
 長年の努力の成果とはいえ、人生の必然であるとはいえ、鴎外は大変な境地に迷い込んでいる。「一切の事がこれまでより一層明らかに意識に上るやうになつた」とはどういうことであろうか。はっきりしているのは、節蔵が表明すべきどのような思想ももたない事、無知ゆえに自分が高度の精神を持つと信じている事、しかし、具体的な内容による自信ではないから、自分が偉い、ということを宣言しなければならない事、である。自分は覚醒した、他人と大きな懸隔のあるのを知った、自分は他人を気の毒だと思い馬鹿だと思う、と宣言しなければならないとは、自分が世間と比較にならないほど偉いのだと説明しなければならず、またあえて説明するとはなんと哀れな境地であろう。
 節蔵は何も求めないようになって、求めることができなくなって、その結果として「意外な」ことに尊敬されるようになった、と主張している。何も求めないが、尊敬はされてもいい、ということであろう。しかし、尊敬される根拠に乏しいから尊敬される理由を説明しなければならない。一切が明らかに意識に上るようになった、そして他人と違う事が分かった、他人を馬鹿だと思うようになった、すると他人に優しくなった、自分は何者も求めない、すると尊敬されるようになった、と芋づる式に自分の優れた精神のゆえんを説明されても、誰もなるほどとは思わない。しかし、鴎外は、説得を目的としているのではない。何者も求めない境地から、自分は自分をこのように解釈している、それが他人に説得力を持つかどうかには関心をもたない、ということであろうし、実際自分がどのように優れているかを説明すること自体馬鹿げた行為である。すぐれた精神はすぐれた業績の実現に努力することで能力を明らかにできるから、自分が優れていることを説明する必要はないし、説明しなくても分かるものであるし、節蔵が自分が優れていると説明しても優れていない事はすぐに分かるものである。
 人を軽蔑するようになったら尊敬されるようになった、というのは、嘘か希望的観測であろう。自分が受け入れられない事を自分の高さだと解釈し、この高さを理解できないのは馬鹿だと軽蔑し、衝突を恐れることを優しさだと解釈し、他人が自分から遠ざかる事を畏敬の念だと解釈するのは無理である。他人に対する軽蔑を隠すことの意味は、軽蔑の正当性を検証せず、気味悪さが何であるかを明らかにされずに済む、ということである。
 鴎外は、人を軽蔑するようになったら意外にも尊敬されるようになった、と無茶な屁理屈を並べたあと、自分の冷たい薄気味悪さをも高度の精神として解釈しようとしている。薄気味悪さの説明はこのうえなく薄気味の悪いものである。
 
 気味の悪い節蔵は、お種さんと両親が困っているところを助けて信頼される。鴎外が信頼を得る方法はいつも同じで、助ける内容も鴎外の想像できる能力に応じて貧弱である。お種さんの災難というのは、子供のころは女であったのが男になったという経歴を持つ相原という学生が、お種さんが学校に通うときに挨拶をするというだけのことで、それを、だれにも解決できない困難に仕立た上で、いかにも冷たい男らしい方法で解決する、という話である。
 節蔵は、お種さんにつきまとう相原という男を何とかしてほしいと牧山に頼まれた。彼はそれを引き受けたが、それは彼自身の好奇心によるのであって、お種さんの難儀を救おうとか、頼まれた期待や信頼に応えようというのではない。鴎外は、そんな感情を持たない事を節蔵の優れた特質として考えている。節蔵は自分が、人を助け、信頼される力を持っていることを示すことで、自分があえて人間関係を拒否し、何者も求めない、という冷たい自己を肯定している。だから、節蔵はお種さんにたいする愛情とも自分に対する信頼とも関わりなく無感情にお種さんを助ける。信頼はいくらでも得られるが、自分は求めない、それが自分を信頼する者をたとえ悲しませても絶望させても、自分は独自の境地にとどまる、というのが節蔵の主張である。
 「僕は廻り遠い物の言ひやうをするのは厭だから、簡単に言ふがね、」と云ひ掛けて姻草を飲んで、相原の横顔を覗くやうにして、友達同志が雑談をするやうに、節蔵は緩やかな調子でかう云った。
 節蔵はまずこのように切り出している。鴎外の人物はどの作品でも、回りくどい、二重性に満ちた、陰険なやり方で人間関係を結ぶが、同時にそれを端的な、回りくどい事の嫌いな人間のやり方だと考えている。「友達同志が雑談をするやうに」というのは、友達らしくもなく強引に引っ張ってきた後で、相手を威圧できると確信して緩やかな調子で喋ることである。鴎外の人間観にはこうした気味の悪い二重性が本質的に備わっている。鴎外には節蔵のやりかたが本当に端的に見える。
 相原はちよいと節蔵の顔を見たが、その忙がしげな目は、節蔵の暗示するやうな静かな目と出合つて、すぐ脇へ逸れた。相原は大かたそんな事を言はれるのだらうとは予期してゐた。併しそれは話の最後の決勝点でなくてはならぬ。それまでには決戦に先立つ斥候の衝突位は必ずあると思つてゐた。それだから真つ正面から堂々と攻撃せられたのを、奇襲にでも逢つたやうに感じて、暫く何も言ふことが出来ずに、まだ風の無い朝の空気の中に醒めて、夢心地をしてゐた、向ひの墓の前の檜の木の葉が、夏の力の余波を持つた朝日に接吻せられて、微かに揺らいでゐる上に、視線をあちこちとさまよはせてゐる。その心の中にはどうしようかと云ふ政策の問題と、どう言はうかと云ふ辞令の問題とが錯綜して起つて、とつおいつの悩を続けてゐるうちに、思量の糸はますく乱れて行くばかりである。(p51)
 気味悪さを通り越して滑稽である。節蔵の気味悪さは、ここでは「静かな目」とか、「真つ正面から堂々と攻撃」する、と表現されている。矛盾に耐え抜く力を持たない鴎外は、静かに、反論も反撃も許さずに、正確に言えばできるだけ対立を避けて相手を威圧する。具体的に主張すべき内容をもたない人間のやり方である。回りくどい、面倒くさい、臆病な、安全な方法を無意識的に計算した上で、自分の意思を押しつける事ができると判断すれば、威圧的に押しつけることが鴎外の考える、堂々とした、端的なやり方である。内容がなく、説得もできず、威圧する事を目的としているから、冷たく気味が悪い。自分が優位に立った場合に何をするかわからないという不気味さがある。偉大な仕事をなし遂げるとか、素早く端的に実行するということではなく、何かろくでも無い事を遣るに違いない、遣るかもしれない、という予測できない気味悪さがある。この不気味さを鴎外は節蔵の威力として楽しんでいる。
 節蔵が相原との交渉をどのように片づけたかは、鴎外らしい珠玉の描写であるから長い引用をしておこう。鴎外の考えている内面的な力というものがよく分かる。
 
 「ふん」と、鼻から息を噴き出すやうに、節蔵は云つた。「なる程少し言ひ遅れたやうだが、僕は山口と云つて、谷田の内にゐる書生だ。君のする事が不都合か不都合でないかと云ふやうな問題は、差当りどうでも好い。僕は面倒な事は厭だ。君よすか、よさんか。」半分吸つた姻草を足元に投げて、左の膝の上に載せてゐた風炉鋪包を持ち直して、右の膝の上に竪てた。
 「失敬極まる。」一層鋭い、叫ぶやうな声で相原は云つて、起ち上がつた。目尻の上がつた、潤んだやうな目で節蔵を見詰めて、血の色の淡くなつた、薄い唇を顫はせて、撫で卸したやうな、常は身すぼらしく見える肩に力を入れて、少し聳かした。手ぶらで、左の上衣の隠しに、縦に二つに折つたノオトのやうな物を入れて持つてゐたばかりの相原の右の手が、此時ずぼんの隠しに這入つて、何物をか探つた。
 節蔵は相原の挙動を油断なく見てゐる。併し怒りもせず激しもしない、極端に冷静な態度が抑へ附けるやうな作用を相原に加えてゐる。若し相原が盲目な力を持つてゐる昧者であつたら、此時節蔵を打つことが出来ただらう。生憎相原は怜悧である。自分より長大な節蔵に対して、最初から怯儒の感じを持つてゐる上に、平生の慣用手段を用ゐる機会を節蔵が少しも与へないので、拍子抜けがして、顔には又怪訝の表情が現はれた。相原の慣用手段は虚喝で、それを人の狼狽した時に乗じて行ふのであつた。いく地のない青年や、一層弱い女性に対しては、それが度々功を奏した。そのずぼんの隠しに入れた右の手には、虚喝の武器を握つてゐた。それは弾を装填しない、小さい拳銃であつた。
 「君おこるのはよし給へ」と、恬然たる調子で節蔵の云ふのと、相原が手をずぼんの隠しから出すのとは、殆ど同時であつた。「おこるのはよし給へ。僕の要求を容れるとか、容れないとか、極めてくれれば好いのだよ。」
 「容れなかつたら、どうしようと云ふのですか。」
 相原の語気は緩やかで、その目は鋭く赫いた。
 「僕はそんな事を前以て考へては置かない。只聞いて見るのだ。」この外交的でない、殆ど馬鹿げた詞を平気な調子で云つて、節蔵は口の周囲に微笑を湛へた。
微笑は人を嘲るのではなくて、独笑のやうに見えた。
 相原の顔には三たび怪訝の表情が観れた。そしてその心の中には、微妙かに恐怖のやうな尊敬のやうな念が萌してゐる。「君は妙な人ですね。」
 節蔵は声を出して笑つた。「うん。妙かも知れない。妙かも知れないが、谷田の娘はよし給へ。君、あいつはまだ一人前の女にはなつてゐないのださうだよ。」
 かう云ひながら、膝の上に立てた、風炉鋪包を徐かに倒したり起したりしてゐる。
 節蔵の終の一句は、相原の自尊心を満足させて、相原は此刹那に、体裁好く手を引く機会を授けられたやうに感じた。一体に相原は、いつとなく冷やかな、しかも軟かい空気に顔をなぶられてゐるやうな心持がして来た。荘子に虚舟の譬と云ふことがある。舟が来て打つ附かつても、中に人が乗つてさへゐなければ、誰も怒らない。それは有道者の態度であらうが、節蔵の態度には殆どそれに似た所があるのである。
 突然「僕はよします」と、相原が云つた。
 此時下駄の歯の下に、小石の軋る音がして、二人のゐる枝道へ曲がつた人がある。墓参の女である。先に立つたのは、無造倣に束髪を結つた、色の白い、痩型の女で、黒縮緬の羽織が、凄みのある美しさに好く似合つてゐる。跡には樒を持つた女中が附いてゐる。
 相原は鋭い目をして、先に立つた女を見た。節蔵も立ち上がりながら同じ女を冷淡に一瞥して、すぐに相原に、「いや、難有う、大変失敬した、さやうなら」と云つて、墓地の真ん中の道の方へ歩き出した。相原も跡から附いて来たが、女と摩れ違ふ時、又その顔をぢつと見た。女は脇を向いた。
 真ん中の道に出て、節蔵はちよつと帽を頭から持ち上げて、「さやうなら」を繰り返した。そして左の方へ行き掛かつた。
 「さやうなら。君は山口君と云ふのでしたね。」かう云つて、相原は反対に元と来た方へ曲がりながら、同じやうな会釈をした。
 「あゝ。山口。」節蔵はかう言ひ棄てて、大股に南の方へ歩いて行く。
 暫く節蔵の後姿を見送つた相原は、さつきの女の方を更に一目見て、ゆつくり青山の通の方へ歩き出した。
 節蔵と相原は、恬然たる態度や、妙な人と思われるほど非凡な態度について滑稽な田舎芝居をしている。節蔵をみて子供が感じた恐ろしさや奥さんが感じた気味悪さは、この程度の精神である。節蔵の静かな態度が、相原に絶大な威力を発揮するのは気味悪さがあるにしても滑稽である。
 鴎外が現実の信頼関係や精神の力についていかに無知であるかこの二人の描写に表れている。鴎外は、他人に与える威圧を尊敬や信頼と考えている。威圧するのは鴎外の官僚としての力である。表面は穏やかにしているが、いつでも威圧的な態度に出るという官僚的な対処を鴎外は何度も描いている。自分の威圧的な態度の効果を増すために、その効果を楽しむために、そして臆病であるために、穏やかさを表に出している。小説の中ではそれが信頼され、尊敬されると想定しているが、現実にはそうではなく、気味悪いと思われ、冷たいと思われ、高圧的と思われ、不誠実と思われ、自己弁護と思われる。それが正しい理解である。
 最後に、言い棄てた上に大股に歩くというのは滑稽も度が過ぎている。しかし、その後に、相原が別の女に興味を持ったことを書き添えているのは鴎外らしいセンスである。これで相原との関係は後腐れがなくなる。この場面での馬鹿げた対応だけですべてが終わってしまい、これ以上の対応がなくなるのが肝心である。言い棄てて、大股で歩いて行った後に問題を残すわけにいかない。そう何度も言い棄てたり大股で歩き回ったりしては滑稽である。
 節蔵は、相原に自分の威力を見せつけたあと、相原が自分に好意を持ったと思い、しかも、それを、不愉快に感じている。自分に対する信頼と好意を想定し、それを拒否する決意をするのが節蔵の習性である。節蔵は、人に好かれて人を嫌う人間である。すべての人間との関係で、さまざまの経過があって、関係を否定する結果に終わり、経過をどのように認識するとしても、この結果は真実である。節蔵は他人を軽蔑しており、関係を失っている。そして、それを自分の高さだとして、関係を失う事を肯定し、確定している。
 そして相原の生活を想像して見ても、まるで種類の違つた動物の生活を想像するやうで、自己の中にそれに接触し感応する或る物を見出すことが出来ない。女の跡を附け廻る。狗のやうだと嘲りたくなる。己は赤裸々の生活をしてゐる。あいつ等は衣服ばかりの生活をしてゐる。それに光彩があると云ふなら、人世はペンキ塗だと、ふと思つた。併し物の両端を敲かずには置かない節蔵の思量は、かう云ふ得意らしい事を思ひ浮べて、そこに踏み駐まつてしまふことは出来ない。表が目に映ずると、すぐに裏を返して見なくてはゐられない。待てよ。己が馬鹿なのではあるまいか。彼等の生活に肉や皮があつて、己の生活が骨ばかりなのかも知れないと自ら嘲つて見た。そしてそれが余り現在の固有の体感と矛盾してゐるので、独り笑つた。
 
 鴎外は「雁」では岡田から高利貸を分離した。この作品では、節蔵から女をつけ回す相原を分離している。鴎外の作品には、女の跡を附け廻る男が描かれていた。付け回る度胸はないので、待ち伏せし、相手から近づくことを想定し、女が自分の跡をつけ回すように描いたが、女の跡を付け回る男である。孤立が確定し、女との関係を書くことができなくなり、女をつけ回したり、待ち伏せすることをやめた鴎外は、相原を、女をつけ回す手練手管を持つ人間とし、それを嫌う端的で赤裸々な節蔵として出発しようとしている。しかし、節蔵は赤裸々ではない。
 鴎外の精神にも節蔵の精神にも、精神のどんな隅をどうつついても赤裸々だけは出てこない。作為や隠蔽や誤魔化しや虚偽やとありとあらゆる二重性を寄せ集めたのが鴎外の精神である。鴎外も自分が赤裸々だとは思っていないだろうし、赤裸々だと思われているとも思わないだろうし、赤裸々でないからこそ、臆面もなく赤裸々だと主張するのであろう。鴎外は赤裸々な人物を描くことはできないが、俺は赤裸々だと臆面もなく主張する人物を描くことはできる。己が馬鹿なのではないか、と考える馬鹿な節蔵を描く事もできる。しかし、自分が二重性に満ちた馬鹿な人物を描いている事を理解する事はできなかった。二重性に満ちていながら、赤裸々だと言って平気であったし、馬鹿な節蔵を描いて高尚だと主張して平気であった。この時期には自分をどのように肯定していいか、どのように肯定しているかも理解できなくなっている。
 鴎外はかつて冷たい自己を偽って、同情に満ちた、信頼される精神を描いた。しかし、それが冷たいと評価されて、冷たい事を認めた。しかし、赤裸々になったのではない。二重性はいっそう深刻になって、冷たさは精神の高さだ、と主張し始めた。その上自分を赤裸々である、と主張している。しかし、節蔵は、孤立的な冷酷な二重性に満ちた馬鹿な男である。
 
 けふは丁度時間の中途でもあり、傍聴するやうな講義もないので、節蔵は海の見える所へ行つて、日を受けた水面がきらきらと銀のやうに光る台場の辺から、灰色に濁つた沖を帆船の滑つてゐる辺まで目を遊ばせてゐる。こんな時に、同級生の誰彼が来て、物を言ひ掛けると、無愛相でない返事もするが、こつちから進んで話すことや、興に乗じて饒舌ることは無い。その短い対話の間にも、頭の好い人は、節蔵の詞の中に、有り触れた感じやillusion を無造倣に打破する様な幾句を見出して、跡からそれを思ひ出して、自分の閲歴と錬磨との及ばないことを愧ぢることもある。相手に構はずに、勝手な事を饒舌る人、中にもあらゆる人間が皆常に栄養や生殖の衝動に屈従してゐて、偽善の仮面を被つてゐるやうに思つて、賊に賊が臓品の話をするやうに、下劣な長談義をする人が、こんな時に節蔵を掴まへて話してゐると、節蔵はふいと黙つてしまふ、その人は驚いて節蔵の顔を見て、嘲る程の価値もない物を見るやうな、空虚な目を、自分の顔に注がれてゐるのに気が附いて、気味を悪がつて逃げるのである。けふは鳥を獲るに意の無い節蔵の網に、どの種類の烏も来て罹らなかつた。
 眼を疑うほどに滑稽な描写である。節蔵を頭のよい道徳的にすぐれた人物として描きたいのなら、それらしい言動を描けばよい。つまらない言動を描いて、熱心に考える事といえば他人に対する軽蔑や呪詛で、根拠も無く趣味的な好き嫌いのレベルで他人を軽蔑し、しかも認識として間違っている、といった平凡以下の人物像を描いた上で、海に向かって目を遊ばせているとか、物を言い掛けてもしゃべらないことを高度の精神性として描くのは滑稽である。「有り触れた感じやillusion を無造倣に打破する様な幾句」を書き込むことはできないので、そんな言葉を聞いた事があると書き、「自分の閲歴と錬磨との及ばないことを愧ぢる」と書く事で力量を表現する事自体力量の欠如であるし、「下劣な長談義をする人」を軽蔑することを描いても節蔵が下劣でないことにはならない。節蔵は下劣な長談義をしていないが、ここに紹介した通り、節蔵の頭の中では愚かしい下劣な考察が渦巻いている。こんな長談義をされては誰も我慢できるものではない。そして、説明はともかくとして、「気味を悪がつて逃げるのである」と結論している。鴎外としては、気味悪がられるのは、節蔵の知的、道徳的なレベルが高過ぎるからであるし、気味悪いと思うのは自分が節蔵に知的にも道徳的にも及ばずに、節蔵の隠された軽蔑を感じ取るからだ、といいたい。節蔵が気味悪がられるのは、はっきりした事実である。なぜ気味悪がられるかというのは、その気味の悪い頭の中で考えついた、自己肯定的な解釈である。精神が高すぎて気味が悪いことはないであろう。
 つまらない考察がまだ続いている。
 なんでも世間で美しいとか、善いとか云ふ事は刹那の赫きである。近寄つて見ると、灰色にきたない。文字で光明面を書くと云ふのは、刹那の赫きを書くので、暗黒面を書くと云ふのは、事実を書くのである。光明面の作者だつて、わざと稀に有る事を書かうとするのではないが、平常の事を詰まらない、価値がないとしてゐるので、それで刹那の赫きを求める。暗黒面の作者は灰色の平常の価値を認めて書く。中には女が意気だとか上品だとか云ふ衣裳の色を愛するやうに、灰色に謳歌する人がある。一種の volupte を以て灰色を愛撫し描写する人がある。己は刹那の赫きに眩惑せられもせず、灰色に耽溺しもしない。己はあらゆる価値を認めない。いかなる癖好をも有せない公平無私である。己が何か書いたら、誰の書く物よりも公平な物を書くから、或はこれまでに類のない、homogene な文章が出来るだらう。そして世間の奴は多分怜刻な文学だと云ふだらう。それにしても何を書いて好いか、その材料には見当が附かないと思ふと同時に、けさ逢つた相原の事が又心に浮かんだ。(p58)
 思いつきの小理屈である。理論として何の価値もないが、鴎外のこの時期のニヒルな暗い気分を表している。鴎外はこの時期には暗黒面が事実に見える。鴎外は一時的な気分に伴う偶然的な思いつきを普遍的なものとして書き並べている。しかも事実を描くというのはどんなことかを考察しているのではなく、単に自分が公平無私だと言いたいだけの前ふりである。鴎外が公平無私であるというのは、鴎外が赤裸々であるというのと同じくらいに意外な嘘である。公平無私だから、これまでに類がなくて、だから世間の奴は冷酷な文学だというだろう、というのは偏屈な老人のつまらない意地である。冷酷だといわれ、それに対する反発でいよいよ冷酷な性格をあらわにしている。
 そしてラストに『そして心の中に、己はまたを畳の上の水練をしたなと思つて微笑を唇の上に浮かべた」と自己満足な捨てぜりふを書いている。面白みもなく気味悪く笑う男である。可能な限りの考察を展開して、その考察のくだらなさを理解できず、それが簡単な思いつきであったかの様な気取りを見せて、笑う事でわざわざ余裕を見せる、ことのついでの思慮でもこれほど高度であるという雰囲気を出そうとしている。しかし、うまくいっていない。全体として平凡以下の思いつきである。
 鴎外は、節蔵の内省として、自分の能力を過剰に高く評価している。しかし、この種の工夫は鴎外に必要な生活の智慧として初期作品から慣れ親しんだもので、この思いつきは序曲にすぎない。小さな事件を大きく膨らますのはこれからである。

 節蔵に相原の問題の解決を頼んだ牧山の主人は、非常に不安であった。あれ程頼んだのに捨てておくはずはないがと信頼を示した上で、やはり不安が収まらずに節蔵に会いに行ったが会うことができなかった。節蔵は散歩に出ていた。これはいつもの手口である。牧山はその帰りに息子にあった。息子は節蔵がすでに片付けた相原問題に感動し、それを伝えようとしていたところであった。この話を父親にするときの物語は全く鴎外らしい俗物的な脚色をしている。
 節蔵が自分の事を自己内で内省的に吹聴しているとき、武勇伝は他人の口で誇張して吹聴されている。節蔵は自分の武勇伝を語らないし、牧山が来たときも散歩にでていて、十分に噂が誇張される機会を作り出している。これが端的で赤裸々を自称する男のやり方である。
 節蔵が知らないうちに語られる武勇伝は、事実とは違っているがまったくの嘘ではない。彼は相原と交渉してお種さんの危険を取り除いた。誰もがヤキモキしながらどうにもならなかった事件を解決したのであるから武勇談に値する。凡人は結果から見て武勇談を想定せずにいられない。しかし真実はもっと単純で地味なものであった。節蔵は困っている美人を助けたにもかかわらず、それを誰にも言わずにやりっぱなしにしていたために、それが脚色されて話が広がってしまった。それは節蔵の謙虚さが生み出した誤解であるが、武勇談を損なうものではなく彩るものである。節蔵は武勇談に値する結果を残した。しかし節蔵は武勇談的な方法によってではなく、凡人にはわからないであろうが非常に端的な、彼の精神力、胆力によって簡単に事を片づけたのだ、という手の込んだ、しかし極平凡で通俗的な方法である。この後節蔵の行動がいかに大きな影響を与えたかを長々と書いているがそれこそ通俗的なドタバタ劇で、滑稽であるし、繰り返しである。
 この作品の内容は以上である。これに続く描写は評価すべき内容を持たない。鴎外は、この時期に「雁」とこの作品で、困っている人間を助けるという、鴎外としては唯一自分の社会的な力を示す「舞姫」以来の方法で小説を描いた。ただ、「雁」と違ってこの作品は自分の作品に対する悪評への最後通牒的な反論が主題になっている。だから、鴎外としてはこれ以上の内容を書けるわけでもないし、書く必要も感じていなかったであろう。鴎外の主張は完結している。小説の形式としては中断しているが、これに付け加えるべきものを鴎外はもっていない。小説の形式の破綻の意味は、鴎外が社会的な関係を反映した内容をすでに描く事が出来なくなっている事をはっきりさせたことである。鴎外自身それを意識したであろうし、この破綻によって鴎外がこれまでと同じ主題を書くことも、従って悪評に対して自己を弁護する必要もなくなり、自分独自の世界に生きることができるようになる。この作品の破綻の内にこれまでの鴎外の作品の全体が完結している。その意味で鴎外の作品系列の上で、この作品は鴎外の出発点である「舞姫」と同じ主題を逆の形式で描いている。「舞姫」では甘ったるい同情の背後に出世主義者の冷酷さを隠していたが、この作品では冷酷さの背後に高い精神性が隠されているかのように描かれている。鴎外が自分の作品の弁護の最終的な結論として、「舞姫」に隠されていた気味悪さや冷たさを表に出し、道徳的精神を背後に隠した二重性でこの主題の幕を閉じたことはやはり理性の狡知というものであろう。

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