「きれぎれに心に浮んだ感じと回想」(明治42年12月1日)


  啄木は冒頭に「適度に働いて來た人の柔かな満足の表情」をした老紳士を描き、「若し其時、生々した眼をした若い女が何処からか出て來て、その紳士と手を組んで、並木の下を歩き出したなら、私はまたどれだけ喜んだか知れない」と書き添えている。
 啄木の時代にも幸福な老人を見ることは珍しかった。老人の幸福を喜ぶ啄木の感覚も日本ではなかなか見られない。多くの人々は生活に疲れ、他人の幸福をうらやむようになり、その幸福を喜ぶ感覚は失われ、知らず知らずのうちに他人の不幸を望んでいる。働きづめに働いて、なにがしかの富を得て幸福を失う人生が今も続いている。
 このあと啄木は鴎外について「森先生は余に平静である、余りに公明である」と書いている。啄木が見た幸福そうな老紳士は日本では稀である。しかし、鴎外風の紳士はいくらでもいる。鴎外の平静と公明は、無感情である。疲労はなくても無理な自己肯定に幸福はない。啄木の思想は常に極端な一面性に走り、それを否定して前に進まねばならず、平静に進むことはない。しかし、鴎外の平静は空虚のためである。無思想で不動で平静である。啄木が学ぶことのできる平静さではない。
 人間を実際以上に評価することも以下に評価することもよくない。また、古い道徳を批判するのはいいが、道徳を破壊してはいけない。こんなことを啄木は書いている。実際についても道徳についても内容を問題にしていないが、啄木としては一面性に陥らないように自戒しているのであろう。しかし、こういう反省はあまり役に立たない。一面性を克服する方法は、一面性を徹底して具体化することである。
 啄木はここでその一面性を一歩徹底している。
 
 ■ 長い間、「よく世話をする人」と私とは、全く違つた頭脳を持つた人間のやうに思つてゐた。
 到頭私は、余りに利己の念の熾んな自分の性質に激しい倦厭の情を感ずるやうになつた。挙足、下足、放たるる事の出來ない「利己の罠」ほど苦しい縛が何処にあらうか。私は、一日でも可いから、自分に対する同じ熱心を以て(必要を感じて)、人の爲めに尽してみたいと此頃思ふ事がある。
 問題がより大きい時、或は其問題に眞正面(まとも)に立向ふ事が其時の自分に不利益である時、我々は常に、何等かの無理な落着を拵へて自分の正直な心を胡麻化し、若くは回避しようとする。止むを得ない事ではあらうが、一度、「自己の徹底」とか「生活の統一」とかいふ要求を感じて來た時に見れば、それは言ふ迄もなく一種の恥べき卑怯である。
 自分自身の昨日迄を省み、新聞、雑誌、著書等によつて窺はれる日本現代の思潮に鑑み、私は今特に此一事を千倍萬倍に誇張して言ひたいやうな心持がする。
 
 「利己」の念が利他の念を含むことは一元二面論として意識されていたが、それは具体的な内容を持っていなかった。ここで、抽象的な当為が内容に移行しはじめている。啄木の天才主義・個人主義は、社会の役に立つことを切実な関心にしている。道義的な形式をとっているが、これは啄木の現実認識の内容の広がりと具体化である。
 問題がより大きい時、つまり、個人的な利害と一般的な利害が対立する時、という二重性が意識されており、この対立関係の中で、一般性を追求することが自己の徹底であり、生活の統一であり、自己の個別的な利益を追求することが「卑怯」である。ここでは、漱石の「野分」と同じように一般性を優位におくことが自己の徹底であると考えられている。無論この場合、「よく世話をする人」とは、友人や家族の世話をする個別的な関係を意味するのではない。個別的な人間関係と対立する原理が意識され、しかもそれが優位にたっている。
 一般性を生活そのもの、自己そのものとすることが自己の徹底であり、そこで個別的な利害を求めることが誤魔化しであり卑怯である。自己の徹底とは普遍性を意識し、その普遍性と自己を実践的に統一することである。この対立の回避を卑怯とするのは漱石と同じであり、また統一が具体的に理解できず、統一からの回避だけを意識しているのも漱石と同じである。ただ、エリートである漱石は、この卑怯を遥かに深刻に具体的に規定している。啄木にとってこれはあきらかに自己内での誤魔化しであり、臆病であり、卑怯であり、意識された弱点であるが、漱石の場合は、認識の階級的な必然である。つまり、自分がごまかしており、臆病であることを意識できないエリート階級に属していたために、この卑怯という意識のあり方を主観の二重性を超えて階級性にまで具体化した。
 こうして、個別的な人間関係と対立する一般性が意識されると、その一般性とは何かという非常に難しい問題が現れる。啄木の場合、意識の階級性に向かわず、まず国家を問題にする。
 
 ■ 長谷川天渓氏は、嘗て其の自然主義の立場から「國家」といふ問題を取扱つた時に、一見無雑作に見える苦しい胡麻化しを試みた。(と私は信ずる。)謂ふが如く、自然主義者は何の理想も解決も要求せず、在るが儘を在るが儘に見るが故に、秋毫も國家の存在と抵触する事がないのならば、其所謂旧道徳の虚偽に対して戦つた勇敢な戦も、遂に同じ理由から名の無い戦になりはしないか。從來及び現在の世界を観察するに當つて、道徳の性質及び発達を國家といふ組織から分離して考へる事は、極めて明白な誤謬である--寧ろ、日本人に最も特有なる卑怯である。
 その事あつて以來、長谷川氏の言は、常に一処に立止まつてゐるやうに私には見える。言ふ事、説く事凡てその時までに言つた事を繰返し、若くは補正してゐるやうに見える。
 
 啄木は天渓の評論をここで扱って「一見無雑作に見える苦しい胡麻化しを試み」をしている。一見無雑作に見えるが、この読み違いは啄木の思想の必然による歪曲である。天渓は、「現実主義の諸相」の冒頭に「一 出発点は現実」と書いている。
 
 ■ 吾人は与へられた思想に拠りて、人生を観ずることなく、また其れに基いて生活継続の道を講ずることなく、独立自由の活動を試みねばならぬ。即ち遺伝性の圍を解いて、自力を以つて進まねばならぬ。さらば其の出発点は何処であるか。一言にして尽し得る。現実即ち此れ。抽象に抽象を重ねた理想ではなく、此の眼前に横はる現実其の物を基礎とする。恆に現実を念頭に置きて、抽象的世界に走らず、一挙手、一投足悉く現実を標準とするもの、即ち現実主義であつて、ここに初めて吾人々生の大道が開けるのである。

 出発点は現実である。「吾れ等にとりて、現実の最も正確なる事実は、自己の存在と四辺の事物である。」しかし、天渓は個人主義を展開するのではなく、個の広がりを問題にしている。「自己保存といふ念は、己れ一身に止らで、吾が家族より一村、一町、一郡、一縣と、漸次に其の内容を籏大しつ&進むものである。」この意味で利己は利他をも含んでいる。「去れど此の自我は、何処まで拡大し得るものであらうか。」、「現実を忘れずして、自我を拡大し得る範囲は、何処を境界線とすべきであらうか。是に於いて吾人は、国家即ち其の範囲と応ふるのである。」
 天渓は、現実性は自我を出発点として国家まで広がることが出来る、と主張している。その限界を超えて、神や人類や世界を問題にすることは虚偽である、と考えている。個人主義は個の限界を国家まで広げても個人主義と何等抵触しない。現実的な普遍性は国家という限界をもっている、というのが天渓の主張である。現実の二重性を意識しておらず、量的な規定であるが、その限界内ではまったくただしい。
 啄木は、個の現実的限界を問題にしておらず、生活一般を問題にし、あるいは人間一般を問題にしている。天渓が問題にしているのは、現実性の及ぶ限界、範囲の問題である。ところが、啄木は主体性を重視する立場から、国家を批判的に捕らえることが普遍性であり、国家の批判にまで意識を徹底することが文学と実生活の一致だと考えている。したがって、認識と実践の限界を国家とする点では実は天渓と啄木は同じであるが、啄木はそれを理解しておらず、国家と対立することを当為として掲げ、天渓が国家との対立を掲げていないことをもって妥協であるとし、卑怯であるとしている。天渓が現実をあるがままに見るというのは、批判しない、肯定する、妥協するという意味ではない。それを天渓ははっきり書いている。天渓にとって主体的で批判的であることがそのまま現実的であることを意味している。啄木はこの思想を徹底することが出来ず、天渓を歪曲し、芸術と現実との関係の問題からそれて、芸術と、特定の対象である国家との関係を問題にしている。
 天渓はこれ以上の論理の展開ができず同じ処にとどまっている。啄木は天渓を理解しておらず、天渓がどんな問題にぶつかっているかを知らない。天渓は芸術の本性論を問題にしている。啄木が本性論から一歩踏み出して目的論を問題にしているのは、論理の前進ではなくて逸脱である。芸術と現実の関係ではなく、芸術と現実の一つの現象形態である国家との関係を本質として捕らえると、描写対象あるいは批判対象の限定になり、描写内容の規定ができなくなる。
 天渓は空想ではなく現実であるとくりかえしている。ここにとどまることが難しい。これを克服するために主観のあり方や描写の対象を問題にすることの間違いを天渓は知っているから動けない。天渓の弱点を克服するためには、天渓の論理を徹底して継承しなければならない。啄木はそのことをまだ理解できないために、花袋の「文学者」の規定に行き、荷風の批判を経由して国家の批判に意義を与えようとしている。
 
 啄木は田山花袋も「『或物』を回避した」としている。花袋の真面目さは「作物より虚偽及び不確実嚴密なる経験及び観察(間接経験)に基かざる想像を排除」する点にある。この点は天渓の主張と同じであり評価できる。しかし、花袋も「解決」ということを漫然と空想的に考えており、人生に対する「批評」という事を軽く考えている。花袋は文学者としての自分に自信を持つために自分自身の人生との赤裸々な関係を不問にしている。人生との間に距離があり、そこに卑怯がある。
 啄木が天渓と花袋を選んで卑怯だと批判しているのは、二人を高く評価しながらも、その論理に不徹底を感じるからである。啄木は自分自身に「二重の生活」を感じている。自分自身を徹底することが出来ないと感じており、徹底とは何か、文学と実生活の一致とは何かをこうして探っている。啄木が想定する人生の徹底の姿が、天渓と花袋に欠如しているように見える。空想を廃棄し、自分を実践的生活において肯定すべきであると思うが、その普遍に於ける肯定の方法がわからない。個人生活を改善することは普遍性を回避することであり卑怯であることは理解できるが、肯定的な理解はできない。この限界を克服するために、天渓と花袋の不徹底の内容を発見しようと努力している。「『二重の生活』といふものに対する私の此倦厭の情は、どうしたら分明と人に解つて貰へるだらうか。」と書いているのは、まだ啄木自身が二重生活をどのように打破すべきかを発見できないからである。
 花袋は文壇的自己にとどまっている。天渓の論理には主体性が足りないと啄木には思われる。この両者の限界は、国家に対する批判意識を持たないことではないか、と思われる。この両者にたいする批判的検討からすると、「二重の生活」の克服は、国家に対する批判意識にまで批評的な意識を徹底することである、と思われる。しかし、まだ確信を持っていない。自分の生活を普遍性と結びつける方法がわからない。これが日本人の意識の特性である。日清、日露の戦争を通じてこの分離が明かとなったが、一致の道は見つけられない。二十一世紀になってもいまだに見つからない。

 ここで啄木は、「荷風氏の作が発売を禁止されたのは、其作に現はれたる非愛國的思想の爲であるといふ。それは嘘であらうが、氏の作にはさういふ傾向のあるのは事実である。」として反国家的な意識を認めた上で、その価値を否定している。それは反国家的な意識があるとはいえ、「二重の生活」を克服するものではない、と考えている。だから、天渓の限界を克服するためには国家に対する批判意識を持つ必要があるが、それは荷風のような意識ではならない、ということになる。だから、国家の問題をもっとよく考えなければならない。
    
 ■國家! 國家!
 國家といふ問題は、今の一部の人達の考へてゐるやうに、そんなに輕い問題であらうか ?(啻に國家といふ問題許りではない。)
 
 啄木が荷風を問題にしたのは、荷風が真に国家と対立しているのではなく、天渓や花袋と同様の誤魔化しがあり卑怯がある、と考えるからである。ここで、国家を批判するとしても、その方法が問題であり、真に国家を批判するとはどういうことであろうか、という問題が生じている。すでに確信は揺らいでおり、このことについて考えるべきであるとしている。国家に対して批判的であることは、国家について不満を持つことではない。不満を持つだけなら日本を去るべきである。国家を変革するための批判意識をもつならば、日本に居るべきである。しかし、国家に対する批判と国家に対する不満をどのように区別することができるだろうか。国家の問題ばかりでなく、すべてについて批評的な態度とは何かについて考えなければならない。「国家といふ問題ばかりではない」という但し書きは、すでに、国家を問題にすることが「二重の生活」を克服する一般的な方法ではないことの認識を含んでいる。 


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