『こころ』ノート 先生と遺書 (十六)〜(三九) (一〜十五)  先生と私(一)〜(十)  (十一)〜(二十) (二十一)〜(三十六)  両親と私(一〜十八)


   先生と遺書 十六
 
 先生は、お嬢さんに対する愛情と猜疑心のために身動きがとれなくなった。他にしなければならないこともすることもないために、この不毛な葛藤の中だけで生活している。
 この身動きのとれない状況を揺り動かす事件が起きた。お嬢さんの室で男の声が聞こえた。先生は先生らしくあれこれと考えたのは当然であるが、さらに「私の神経は震へるといふよりも、大きな波動を打って私を苦しめます。」というほどの苦しみを経験することができた。ところが、客が帰った後その人の名前を聞いただけである。自分の品格を重んじるだとか自尊心だとかが邪魔になったと解釈している。もっと何かを追求することはできなかったし、追求すべきこともなかった。そして、結局のところ、自分が奥さんやお嬢さんに馬鹿にされたのだ、馬鹿にされたのじゃなかろうか、という猜疑に落ち着いた。神経が震えるほどの苦しみといっても、内容は瑣末であるし、結果も大したことにならない。
 先生は財産を持っていたから、学校をやめようがどこに行って暮らそうが自由であった。だから、お嬢さんを貰い受ける話をしてみようかと決心をしたことが何度もあった。しかし、先生は、誘き寄せられるのが厭だった。人の手に乗るのは何よりも業腹だった。それでお嬢さんと結婚する勇気がでなかった。それでもお嬢さんの室から男の声がすると、非常に苦しむ。それが嫉妬か何かは分からないし、馬鹿にされているとも思うが、奥さんやお嬢さんから離れるわけでもないし、結婚を申し込むこともしない。嫉妬しても自分に対する愛情を求めるわけでもない。愛情を表現したり求めたりはしないが嫉妬はする。いろいろと推理して苦しむが、苦しむだけで身動きはできない。身動きするような苦しみではない。煮え切らない、意味の不明な、解決のしようのない、重苦しい、消耗的な苦しみである。


先生と遺書 十七
 
 当時の学生は、絹の入った着物を肌に付けなかった。田舎から羽二重の胴着を送ってこられた学生が、それを泥溝の中へ棄てたことがあるくらいだった。先生も書物は買うが着物を買うことはなかった。それが当時の学生の習慣で、先生にとっても書物が特に必要というわけでもなかった。
 それで、奥さんの勧めで、お嬢さんにも買って遣りたかったために着物を買いに行くことになった。先生は、奥さんと、着飾ったお嬢さんと三人で日本橋に行った。買い物をして、食事をした。月曜には、何時妻を迎えたのか、と旧友にからかわれた。
 実際、先生はからかわれてもいいような生活をしている。金に余裕があって、特に何をしたいでもなく、奥さんとお嬢さんと三人で買い物に行って、悩みといえば、お嬢さんを愛しているが猜疑心ももっている、というだけの消耗的な生活である。到底自慢になる生活ではない。しかし、この消耗的な生活を批判的に反省する能力を持つ先生には、この生活に特有の、そして普遍的な意義のある深刻な苦悩が生れている。


先生と遺書 十八
 
 買い物をきっかけに先生と奥さん、お嬢さんの関係はまた一歩近づいた。しかし、先生はまえに進むことはなく、猜疑心の中に閉じこもった。先生は自分の意思を持たず、ただ自分とお嬢さんとの結婚について、奥さんとお嬢さんの心をも読もうとしている。
 先生がいくら奥さんやお嬢さんの心を探っても、それだけでは何もわからない。分かるわけがないのだから、前もって分かろうとするのは分かろうとしているわけでもないということである。先生は、お嬢さんをどうすればいいだろうと奥さんに相談されたときも、「成るべく緩くらな方が可だらうと答へました」と書いている。先生はどうすればよいか、どうしたいのかが自分でも分からない。
 この身動きのできない、人間関係に矛盾が生じない状況の中に、先生はKを引っ張って来た。先生は奥さんを愛していて、結婚もしたいと思っていて、ただ奥さんとお嬢さんの気持ちが分からない、と自分を解釈しているが、実際はその気持ちさえはっきりしたものではなく、その気持ちを確認する機会も手段もない。先生は、何の問題もなく障害もなく、単純で平穏な関係の中では自分の猜疑心を克服する手段が見つからない。そんななかで、奥さんが止せというにも関わらず、先生はそれがいいと思ってKを引っ張ってきた。実際にそれだけが先生に可能な状況の変化であったから、それがどんな意味を持つか、どんな結果をもたらすか分からなかったが、ともかくも身動きのできない状況ではそうなるしかなかった。


先生と遺書 十九
 
 Kは真宗の坊さんの子で、先生と同じように豊かな境遇で育った。先生とKは東京へ着いてからは同じ下宿に入った。二人は東京と東京の人を畏れていたが、同時に六畳の間の中では、天下を睥睨するような事をいっていた。地方から出てきたエリートの自負心に燃えている。
 二人は偉くなるつもりでいたが、それは出世だとか金儲けではなく、精神的な普遍的な関心においてである。特にKはその意識が強く、宗教とか哲学とかいうむずかしい問題で先生を困らせた。そして、先生もKの説に賛成した。二人は内容ははっきりしないながら、何か精神的な、崇高な、気高いものを求める点では一致していた。そして、K はその道のためにはすべてを犠牲にする覚悟で生きていた。K は「野分」の道也を思わせる人物像である。


先生と遺書 二〇
 
 Kと先生は、対立的ながら同じような境遇に生きており、同じように対立的ながら同一的な精神のうちに生きている。Kは入学と同時に、自分の好きな道を歩き出した。Kにとっては実家や養父との対立もなんでもなかったし、生活の困難もなんでもなかった。というより、Kはこうした対立と困難を選択することに自分の道を見いだしていた。
 Kは国に帰ることもなく勉強した。勉強の内容は先生にはわからなかった。Kにもわからなかっただろう。勉強の内容を探っているところで、聖書を読み、お経読み、『コーラン』も読んでみるつもりだといった。まだ、勉強すべき具体的な内容は捕らえていない。
 二年目の夏に彼は国から催促を受けて帰ったが、Kは自分の道については何も話をしなかった。Kにとっては、田舎との人間関係は意味を持たなくなっていた。
 
 三度目の夏はKは帰国せず、東京に踏み留まって勉強した。先生はこの年、Kとはまったく違った事情で、つまりKのように自らの意志によってではなく、叔父の裏切りという事情によって田舎の人間関係と断絶することになった。Kは、道に生きる覚悟をもってこれまでの人間関係と断絶した。先生は、「不平と幽欝と孤独の淋しさとを一つ胸に抱いて」故郷を離れ、九月に入ってまたKに逢った。このとき、Kも養家先へ手紙を出して関係を絶つ決意をしていた。
 Kには、道と覚悟と度胸と平気とがあった。先生には、「不平と幽欝と孤独の淋しさ」があった。そして、先生もKも孤独であった。


先生と遺書 二一
 
 Kは養家とも実家とも関係を絶った。Kは、差し当り月々に必要な学資に困ることになった。Kが自分の道を進むことに賛成した先生は、責任を感じて物質的な補助を申し出た。Kはそれをはねつけた。Kは誰にも頼らずに自分の道を進む覚悟をしており、まだ内容を発見していない段階では禁欲的に自分を苦しめること自体が道である。先生もKの感情を理解して、援助の手を引いた。
 Kはほどなく仕事を見つけた。すべてを道のために犠牲にする覚悟しているKにとって、仕事に時間を捕らえることは辛いことである。しかし、Kは、今まで通り勉強の手を緩めずに、新しい荷を背負って猛進した。先生はKの健康を気遣ったが、剛気なKは笑うだけで少しも先生の注意に取り合わなかった。


先生と遺書 二二
 
 Kは約一年半の間仕事と道の中で努力をしたが、過度の労力のために、健康と精神が弱ってきた。K段々感傷的(センチメンタル)になり、自分だけが世の中の不幸を一人で背負って立っているような事をいった。禁欲的な努力の中では自分の未来に横たわる光明が、次第に遠退いて行くように見えて、いらいらするようになった。学問をやり始めた時の偉大な抱負は、一年と立ち二年と過ぎると大抵はそこで失望するのが当り前で、Kの場合も同じであったが、禁欲的な努力が激しかったために焦慮り方も甚しかった。
 先生はKに、余計な仕事をするのは止してつ当分身体を楽にして遊ぶ方が大きな将来のために得策だと忠告した。Kはただ学問が自分の目的ではない、意志の力を養って強い人になるのが目的だから、道のためには窮屈な境遇にいなくてはならないと考えていた。だから、道には内容はなかった。内容を得ることもできずに窮屈な境遇にいるだけのK意志はちっとも強くならず、むしろ消耗して神経衰弱に罹っているくらいだった。
 先生はKに同感であるような様子を見せて、自分もそういう点に向って、人生を進むつもりだったと明言した。形式は違っても二人の人性は似通っていた。だからKは、いっしょに住んで、いっしょに向上の路を辿って行きたいという先生の提案を受け入れた。
 このとき、先生もお嬢さんとの関係で身動きがとれなくなっていた。そして、身動き出来ない自分を意識して苦しんでいた。Kも道に進もうとしても身動きがとれなくなっていた。そして、身動きできない自分を意識して苦しんでいた。この同じ状況で先生とKは同じ家で暮らすことになった。


先生と遺書 二三
 
 先生は、強いてKと一所にいる必要はなかった、と書いている。Kを呼び寄せたのは、Kの健康だとか、性格だとか、お金だとかの理由であって、先生の都合ではなかった。Kの体と精神を心配して、氷を日向に出して溶かす工夫をしたというのは、誰でも納得できそうな、しかし、当たり前の、誰でも思いつきそうな表面的な理由で、こんな理由をいくら並べても、先生がどうしてもそうしなければならなかったとか、別の方法ではいけなかった、ということを納得させることはできない。重要な実践的な動機は、こういう状況の中で、実践を引き起こす何かとして生れるものである。
 先生がKを呼び寄せなければならず、Kもそれを受け入れなければならなかった特別の理由ははっきりしない。先生にもKにも理由は分からずただ自然にそうでなければならないことになってしまった。自然な、つまりそれ以外の方法はなかった、という事情であるために、なんとなく納得できかねるような、当たり障りのない思いつきの理由をわざわざらしく数え上げている。
 先生とKの動けなくなった状況を打開するには、他の方法などどう考えてもありえず、どうしてもこの方法しかなかったが、理由ははっきりしなかった。何が問題で何をどうすればいいのかは先生にもKにも分からなかったし、Kを呼び寄せることが先生とKの運命にどのような影響をもたらすかもまったく予測できなかった。ただしかし、現実にそうするしかない、それ以外の方法はないという狭い世界に先生もKも生活していた。


先生と遺書 二四
 
 先生は、奥さんから温かく扱われて段々快活になってきたからそれをKのために応用しようと試みた、と書いている。しかし、先生は快活になったからではなく、快活になったあと身動きができなくなって、その後Kを呼び寄せた。
 Kは強い決心を有している男で、勉強も先生の倍ぐらいはして、持って生れた頭の質が先生よりもずっとよかった。しかし、彼は我慢と忍耐の区別を了解していないように思われた、と先生と書いて、この我慢と忍耐の区別についていろいろと弁解じみたくどい説明をしている。
 そして、こういうことでKを説得したかったと長々と説明して、次にはKに何も言うことができなかった理由を長々と説明している。結局、先生はKではなく、自分自身を説得している。先生が思いついた理由をKには結局説明することはなかったしできるものでもなかった。先生はそれをよく知っているからKに話さなかった。しかし、Kに話すこともできず必要もない説明を自分自身や奥さんには説明する必要があった。
 先生は、奥さんに温かく扱われてKがゆっくりするだろう、と言っているが、先生はその温かいゆったりした状況のなかで身動き出来なくなっていた。先生はそうした自分の事情を忘れているかそれを意識することを避けて、Kについて無意味な説明をしている。


 先生と遺書 二五
 
 先生は、奥さんとお嬢さんをKに接近させようとした。Kはそれをあまり好まなかった。先生と奥さんとお嬢さんとの話を、「あんな無駄話をしてどこが面白い」という程度で、Kがそのために先生を軽蔑していることがよく解ったほどである。
 それにもかかわらず、先生はKを人間らしくするのが専一だと考え、Kを人間らしくする第一の手段として、まず異性の傍に彼を坐らせる方法を講じた。この試みは次第に成功して、Kは次第に打ち解けてきた。Kの心が段々打ち解けて来るのは先生に取って何よりも愉快で、それが目的だったのだから、「自分の成功に伴う喜悦を感ぜずにはいられなかったのです」と説明して、そのことを奥さんとお嬢さんに自分の思った通りを話をしている。
 これはすべて本当で、先生の偽りのない気持ちである。しかし、この本当らしく実際に真実でもある先生の説明は、真実らしくなくなってくる。というのは、先生の目的が実現されてくると、それにともなう喜悦とは別の感情が生れてくるからである。この感情は、先生の目的や意図にはなかっただけでなく、目的と対立する内容を持っている。先生が奥さんやお嬢さんを信頼して、また信頼されて人間関係が近づいてくると先生の中には猜疑心が生れてきた。同じような、しかしはるかに複雑で矛盾した感情と意識がKとの関係では生れてくる。
 

 先生と遺書 二六
 
 ある日先生が帰ってくると、Kの部屋でKとお嬢さんが話をしていた。先生は、お嬢さんの簡単な挨拶が少し硬いように聞こえた。奥さんは留守だった。先生が「急用でも出来たのか」と聞くとお嬢さんは笑った。先生はこんな時に笑う女が嫌いだった。
 先生のこころには、何かをきっかけに暗い猜疑心が生れる。先生はKのためにKと奥さんやお嬢さんが親しくなるように影で努力をした。しかし、Kと奥さんやお嬢さんが親しくなると、ある時突然猜疑心が生れる。どんな時点でなにをきっかけにどんな猜疑心が生れるかは先生にも分からない。瑣末な事実によって猜疑心が生れるが、瑣末な事実を解釈するのは猜疑心である。事実や人間についての先生の感じかたや解釈がいつどう変化するかは、先生にも予測できないし制御もできない。しかし、Kと奥さんやお嬢さんが親しくなることを願うのは真実である。しかしまた、親しくなると猜疑心が生れるのも真実である。この二つの対立する真実が何を意味しているのかは先生にも分からない。


先生と遺書 二七
 
 一週間ばかりして、先生はKとお嬢さんが一所に話している室を通り抜けた。その時お嬢さんは、先生の顔を見ると笑った。しかし、先生は何が可笑しいのかと聞くことはできなかった。夕飯の時、お嬢さんは先生を変な人だと言った。しかし、先生は何故変なのかを聞かなかった。これは先生の重要な特徴である。先生は重要な問題には決してぶつからない。必ず脇にそれて、問題を大きくしてややこしく縺れさせていく。縺れさせないと先生の精神と運命は馬鹿馬鹿しいほど単純に無内容になる。
 先生の主な関心は奥さんとお嬢さんである。しかし、先生は奥さんにもお嬢さんにも何も聞かずに、Kに話をした。先生は、Kが奥さんやお嬢さんをどう見ているか知りたかった。そして、Kが依然として女を軽蔑しているように見えたのが愉快であった。先生は「今から回顧すると、私のKに対する嫉妬は、その時にもう充分萌していたのです。」と書いている。これは嫉妬である。しかしこれが単純な嫉妬であればごく平凡な心理であってなんら問題はない。
 先生は、Kと奥さんやお嬢さんが親しくなることを望んでいた。しかし、先生はお嬢さんを愛しているから、Kがお嬢さんと親しくなると嫉妬が生れてくる、ということなら誰にでも、先生にでも理解できる心理である。それなら問題は単純に解決できる、というより問題ですらない。しかし、すでに問題は複雑になっている。先生がKを呼び寄せた時、先生はお嬢さんを愛していながら引き寄せられるのは厭だという猜疑心のために身動きが出来なくなっていた。先生の意識と行動のすべての根拠はここにあるにもかかわらず、先生はそれを意識していない。その意識を消し去るか覆い隠そうとしている。先生は自分のこの意識にまったく触れず、お嬢さんや奥さんやKの気持ちだけを問題にすることで意識と関係を複雑にしている。先生は問題を複雑にしなければならない。単純な関係のなかでは身動きできないという運命を抱え込んでいる。


先生と遺書 二八
 
 先生とKは旅に出たが楽しむことはなかった。書物を広げても読むことはできなかった。先生は、Kが何を考えているのかまったく解らなかった。つまり、先生はKの考え方をどのように想定あるいは解釈すればよいのか解らなかった。先生がKに何をしているのだと聞くと、Kは何もしていないと答えた。実際にKは何もしていない。Kは先生にとって解釈のしようがないほど単純である。問題は、先生にとってどのようなKが必要なのか、Kにどのようにあってほしいのかが先生にもはっきりしないことである。
 先生は、Kがお嬢さんを愛してお嬢さんの方に進むと考えるべきなのか、退くと考えるべきなのか、どう解釈するのがいいのかが解らなかった。だから、先生は只野蛮人のようにわめいた。Kの襟首を掴んで、海の中へ突き落としたら何うするとKに聞いた。Kは「ちょうど好い、やってくれ」と答えた。Kも先生と同じように、自分をどうすればよいのか解らなくなっていた。
 Kの神経衰弱は大分よくなったが、先生の方が段々過敏になって来ていた。先生は、Kが落ち付いているのを見て羨ましく思ったり憎らしく思った。Kを高く評価して自分を否定的に評価して、Kがお嬢さんをめぐって自分と対立しているかのように解釈している。Kがお嬢さんをどのように思っているのか、どうするつもりなのかを確認し、さらにKがお嬢さんに接近しないようにするのは簡単なことである。先生がKに自分の愛情を告白すればすべてが単純に片づいてしまう。しかし、それができない。それをせずにKの心理をあれこれと想定している。
 先生の関心は、Kがお嬢さんに関心を持つかどうか、Kがお嬢さんとの関係で先生と対立するかどうかである。Kがお嬢さんを愛して先生と対立するならば、先生はお嬢さんに対して一歩を進めなければならなくなり、一歩を進める意志が生れる。Kがお嬢さんに関心をもっていないのならば、先生は身動きのできない状態の中に押し込められてしまう。
 

先生と遺書 二九
 
 先生はKに自分の心を打ち明けようと思った。しかし、打ち明けなかった。これは、奥さんに対してもお嬢さんに対しても同じである。打ち明けようとする気持ちは強いが、できないことの理由や状況を見つける意志の方が強く働く。Kとは何でも話し会える中だったが、愛や恋とかいう問題でも、抽象的な理論の話に落ち着いた。お嬢さんとの関係に関わる話だけができない。お嬢さんとの関係をはっきりさせることができない。はっきりさせると事態が単純であることがすぐに分かる。
 先生は端的に行動できない自分を「卑怯」と書いている。しかしなお、そんな卑怯な態度をとっていたのはKが高踏的だったからだ、と書いている。先生は自分のこころではなく、Kや奥さんやお嬢さんのこころを問題にする。それが先生の「卑怯」である。先生を取り巻く状況が先生の心と何らかの形で対立するのは当然である。だからこそ一般に自己を貫く意志が問題になる。先生にはその意志がない。打ち明けるべき内容が生れてこない。猜疑心があるために、打ち明けるべき内容がはっきりした形で生れてこない。
 先生とKは暑い日に射られながら苦しい思いをして歩いた。苦しい思いをしているのは先生もKも同じである。先生はそうして歩いている意味が丸で解らなかった。Kは足があるから歩くのだと答えた。先生は自分の意識と言動を常に反省している。Kは反省する前に意志によって行動する。二人の反省と実践はともに無内容で空虚である。そして、そのことを意識しており、それが二人の反省と実践の内容である。
 
 先生と遺書 三〇
 
 Kは日蓮の生れたという寺で住持にあった。しかし、Kが求めるものは得られなかった。次の日にKは、日蓮のことについて話をしようとしたKに取り合わなかったことを快く思わなかったらしく、「精神的に向上心がないものは馬鹿だといって」先生を軽薄もののようにやり込めた。Kは向上心によって自分を肯定しようとしている。向上心によって先生を否定しようとしている。Kも行き詰まっていて、もう一度努力をしようとしている。そして、そのKに対して先生にも言い分はあった。
 

先生と遺書 三一
 
 先生はKに対して人間らしいという言葉を使った。この言葉の意味ははっきりしない。先生もKも人間らしい生きかたを求めている。その人間らしい生きかたとは何かがが解らない事が二人の共通の苦しみである。先生は、Kが人間らしくあり、人間らし過ぎるかもしれない、けれども口の先では人間らしくないやうなことを云ふのだ、といった形式的な言葉を並べている。
 Kは先生の批判に反論しなかった。Kは先生のいうとおり、自分の生きかたが人間的とは言えないのではないか、自分は人間的な生きかたを実現できないのではないか、と考えていたからである。しかし、生きかた自体が間違っていると考えているのではなく、K個人として理想とする生きかたを実現できない、実現する能力がないと考えはじめていた。そして、先生の批判を受け入れ、自分が人間らしくないように見えるのは修行が足りないからだ、と反省した。Kがもし昔の人のように難行苦行に打ち勝ち、禁欲的な意識を克服することができたなら、人間らしく見えるだろう。Kはまだ禁欲的な努力をしており、禁欲的な意識を超えることができない、そのために人間らしく見えない。Kの努力は人間らしい生きかたを求めているが、その努力と能力が足りないために人間らしくなれないと考えていた。だからKはそのためにどれほど苦しんでいるかを先生が理解していないのが残念だ、と言った。
 先生がKの苦悩を理解しないことがあろうか。先生はKの苦悩のただ一人の理解者である。先生だけがKの努力も、努力の結果の苦悩も理解することができる。しかし、このときはKの告白にもかかわらず、先生はKが置かれた状況を理解しなかった。それは、先生もまったく同じ状況で苦しんでいたからである。先生とKは、お互いをもっとも深く親密に理解できる状況にありながら、お互いがそれぞれの自分の苦しみだけに関心を持っていた。同じ苦しみを持っていることに気がつかなかった。
 先生の関心はお嬢さんであった。そして、お嬢さんとKの関係であり、お嬢さんに対するKの関心であった。先生はそう思っていた。だから、先生は、人間らしいという抽象的な言葉を使わずに、直截に簡単に、お嬢さんに対してどんな関心を持っているのか、とKに聞けばよかった、と反省している。しかし、聞かなかった。なぜ聞かなかったのかは先生にも解らない。しかし、聞かなかったことを意識している。お嬢さんに対する感情が土台になっていて、そのために、Kの生きかたが人間らしいかどうかといった抽象的な言葉を使ってしまったたが、土台になっている感情を直接言えばよかった、と先生は反省している。しかし、それができなかったのは、実際は、先生もKも人間らしい生きかたを求めながら人間らしい生きかたがどんなものかについて確信がもてずにいることが、先生とKのすべての苦悩と言動の、つまり先生にとってはお嬢さんとの関係の土台だからである。そのことをまだ先生は理解していない。そして、自分の関心はすべてがお嬢さんに対する関心であると思い込んでいる。
 東京に帰った時、先生もKも人間らしいとか人間らしくないとかいう関心を失っていた。こうした土台となる関心が具体的な内容を持つことができず進展することができなくなっていた。そして、個別の具体的な問題に突き当たることで、再びその抽象的な問題が真剣な課題となる。そうした過程を経ることが彼らの真面目さであり、空論を楽しむインテリと違って抽象的な問題を現実的に苦しむ深い精神であることを、漱石はこの作品で発見している。
 
 
先生と遺書 三二
 
 二人が東京に帰った後、お嬢さんの態度が少し変わった。お嬢さんはすべて先生を先にして、先生にだけわかるように親切を余分に先生の方へ割り当ててくれた。もし、先生にとってKがお嬢さんを愛しているかどうか、お嬢さんがKを愛しているかどうかだけが問題であれば、この態度の変化だけでも問題は解決である。しかし、本来Kとお嬢さんの関係は問題ではなかったから、お嬢さんの態度の変化によっては何も解決することはなく、問題は深刻になるばかりである。
 お嬢さんの態度の変化を理解して先生は凱歌を奏した。しかし、それだけで何の進展もない。先生がまた動けなくなっただけである。お嬢さんとの関係に危機が生ずるか危機を想定しないと先生は動けない。危機を感じている時、苦悩しているとき、房州に旅に出て先生とKが激しく対立しているとき、二人は人間らしく、そして充実している。
 先生とKの激しい対立のあと、東京に帰って凱歌を奏したあとのことを、漱石は、「やがて夏も過ぎて九月の中頃から我々はまた学校の課業に出席しなければならない事になりました。」とうまく描写している。つまり、なんの矛盾もない平凡な日常にもどった。
 しかし、十月の中頃になって、先生はまた自分の危機を見つけ出した。先生が学校から帰った時、Kの部屋からKの声とお嬢さんの笑い声が聞こえた。すぐに玄関に上がって仕切りの襖を開けたが、お嬢さんはもうそこに居なかった。これが先生の見つけた危機だった。「私はあたかもKの室から逃れ出るように去るその後姿をちらりと認めただけでした。」逃れるように去ったお嬢さんは、まもなくお茶を入れて先生の部屋に持って来てくれた。そして席を立ってKの室の前に立ち留まって、二言三言内と外とで話をしていた。先生は、お嬢さんがKとの話を途中で打ち切って、何事にも親切を余分に振り分けていた先生のためにお茶を入れに立ったのだとは思わなかった。お嬢さんが逃げたと解釈した上で、そのことを確かめず、疑いを自分の腹の中に蓄えた。
 そのうちお嬢さんの態度がだんだん平気になってきた。お嬢さんの態度を先生の神経は危機的にのみ解釈するようになった。お嬢さんのKに対する態度が当然以上だと思いはじめた。「ぜひお嬢さんを専有したいという強烈な一念に動かされている私には、どうしてもそれが当然以上に見えたのです。」と先生は自分の気持ちを解釈している。しかし、先生はお嬢さんを専有したいという強烈な一念に動かされているから当然以上に見るのではない。先生がお嬢さんを専有したいという強烈な一念に動かされるのは、Kとお嬢さんが接近していると感じたり解釈できるときだけである。順序が逆である。だから、お嬢さんとKとの関係を疑ったからと言って、Kに宅を出て貰うことはできない。先生にそれができないのは、お嬢さんとの愛情を結婚を決意するほどに強く持つためには、結婚をためらう自分の疑念を振り払うには、Kとお嬢さんの関係を想定することがどうしても必要だからである。先生は奥さんにもお嬢さんにも信頼されており、先生とお嬢さんの結婚にはなんの障害もない。その何の障害もないことが先生にとっての障害で、先生は自分が単純に信頼され、愛されることでは、自分に対する信頼も愛情も信用することが出来ない。その疑惑を乗り越えることが先生の内面的な障害である。外的な障害は、お嬢さんにも奥さんにもなかった。ただ、先生が尊敬し信頼しているKにだけ想定することが出来た。


先生と遺書 三三
 
 十一月にも似たようなことがあった。先生は、不図にぎやかな所へ生きたくなって、柳町へ行った。そこでKに出会った。Kはお嬢さんと一緒だった。
 先生はこのことで力を得て、また動きだした。


先生と遺書 三四
 
 先生は、Kとお嬢さんの関係に嫉妬を感じていた、と打ち明けて、「かういふ嫉妬は愛の半面ぢやないでせうか」と書いている。これは一般論である。先生のKとお嬢さんに対する感情に嫉妬が含まれていないととは言えないが、先生の感情は嫉妬と言えるほど、愛の半面であると言えるほど単純なものではない。愛や嫉妬なら誰でも経験する。しかし、先生もKも誰もが経験する愛や嫉妬を経験することができない。それが両者の苦しみである。先生がお嬢さんを愛し、そのためにKに対する嫉妬で苦しんでいたのならどれほど気楽でいられたことか。
 先生は、奥さんに御嬢さんを呉れろと談判を開こうかと考えた。しかし、できなかった。それは、外的な障害があったからではなくて、「他の手に乗るのが厭だといふ我慢が私を抑え付けて、一歩も動けないやうにしてゐました。」からである。Kが来る以前からそうであった。「Kの来た後は、もしかするとお嬢さんがKの方に意があるのではなかろうかという疑念が絶えず私を制するようになったのです。はたしてお嬢さんが私よりもKに心を傾けているならば、この恋は口へいい出す価値のないものと私は決心していたのです。」これは、新たな、しかし単純で対処しやすい困難である。お嬢さんが先生以外の誰かを愛していることが解れば先生はあっさり諦めるだろう。それは現在の先生の苦しみとは全然違う。
 先生は嫉妬や三角関係で苦しむような精神を持っていない。嫉妬や三角関係を必要としているだけである。そして、お嬢さんが愛するかもしれないと感じ、なお諦めずに嫉妬を感じることができるのは、先生が尊敬し信頼しているKが相手である場合だけである。K以外の誰も先生からお嬢さんを奪うことはできず、嫉妬を感じさせることはできない。だから、先生がお嬢さんに対して積極的な意志を持つことができるのは、Kとお嬢さんとの関係のなかにおいてだけである。
 実際は先生にとってお嬢さんは問題ではないし、個別の恋愛も問題ではない。自分自身の精神が問題である。Kは道に生きることができるのか、先生は猜疑心を超えて結婚することができるのか、本当の愛情を持つことができるのか。二人ともできない、と感じている。
 
 お嬢さんとKと先生が平凡な恋の駆け引きのうちにいるのなら、結果がどうなろうと彼らにとってどれほどの苦しみでもないし、あるとしてもどこにでもある平凡な喜びや悲しみである。しかし、Kが来たことによって部分的にはこうした平凡な感情が生れたにもかかわらず、Kが来る以前の「他の手に乗るのが厭だといふ我慢」は消えなかった。Kに対する嫉妬はこの感情を消し去ることがなかったから、先生は奥さんにもお嬢さんにも自分の愛情を打ち明けることはできなかった。嫉妬ほどの強い感情でもこの「我慢」を消し去ることができなかったが、それを消し去るには嫉妬にたよる以外に方法はなかった。しかし、無理に作り上げる嫉妬は嫉妬ではない。愛情に基づく感情ではなく、不信感に基づく感情である。しかし、それは、もっとも純粋な、本当の愛情や信頼を求めること、不信感を無くした関係を求める心情であるから愛情が欠如しているのではない。愛情が豊かであればこそうまれる不信感という、非常に複雑な、矛盾した感情の中で先生は苦しんでいる。
 

先生と遺書 三五
 
 先生はまた身動きができなくなった。そして、春になった。先生にもKも気安い友人はいなかった。それで、先生とKとお嬢さんと奥さんとで歌留多をやった。Kは百人一首の歌をよく知らなかった。そのためか、奥さんとお嬢さんはKの加勢をした。先生の心がまた動きだした。
 そして、奥さんとお嬢さんが留守のとき、Kが奥さんとお嬢さんの話をはじめた。


先生と遺書 三六
 
 先生はKの口からお嬢さんに対する切ない恋を打ち明けあけられて驚いた。化石のようになった。恐ろしさの塊りというか、苦しさの塊りのようになった。そして、どういうわけか、すぐに「先を越されたな」と思った。
 先生はこれまでお嬢さんとの関係でKと闘ってきた。Kとお嬢さんの関係を問題にして、それと闘っていると思い込んできた。しかし、この驚きを見ると、本当はKがお嬢さんを愛しているともお嬢さんがKを愛しているとも思っておらず、想像すらしていなかったことがわかる。先生が知るKが恋に陥るとは考えてもいなかった。だからまた、Kとの対立の想定はどうしても現実的ではなく、先生の動揺を作り出すことができず、行動の動機になることもできなかった。
 ところが、Kは意外にも恋を打ち明けた。先生はここですぐさま一歩を進めなければならず、「先を越されたなと」思っている。Kは自分の気持ちを打ち明けただけで、どうするとも言っていない。先生が知るKなら、恋を打ち明けるのは道に生きる者の苦しみであって、恋の方に進みたいという苦しみではありえない。道に生きてきたKは、愛してしまった自分の処理に困って相談をしている。関心はお嬢さんではなく自分自身にある。先生が冷静ならばそんなことはすぐに理解できるが、先生は、まず自分の都合でKを解釈して、Kが自分の先を越してしまった、と結論している。そして、「相手は自分より強いのだという恐怖の念」を生み出した。先生の関心も自分自身である。
 Kは、自分が愛情をもったことをはっきり意識することができる。それは道に生きようとするKにとっては苦しいことである。愛情を悪いとは思わないが、道に生きる決意を失わせるか、あるいは道に生きることができなかったことを証明しているように思われる。実際にそうなのか、とKは自分の実情を先生に打ち明けたくなる。しかし、先生は違う。先生は道に生きようとするKを尊敬しているが、自分自身は道にではなく、愛情に生きることははっきりしている。しかし、自分が愛情を持っているのか、もてるのかどうかが、つまり自分自身の精神、感情がどのようなものであるのかが分からない。自分が生きるべき方向に自分が進んでいくことができるのかどうかがわからない。これはKも同じである。
 先生はKの告白を聞いて何も言わなかった。先生はKに対してどう忠告すべきかわからなかったのではなく、自分自身に対してどうすべきかわからなかった。もし、お嬢さんに対する愛情がはっきりしていれば、先生もお嬢さんに対する愛情を告白すればいいことである。この時でなくてもいつでもである。そうすればすべては単純になる。そうすればKは、問題なく楽にお嬢さんに対する愛情を否定することができるし、先生も安心できる。愛情も友情も保たれる。ところが、そうはならない。愛情も友情ももっと深くもっと複雑でもっと豊かである。
 

 先生と遺書 三七
 
 先生は自分の心をKに打ち明けるべきはずだと思ったが、結局打ち明けなかった。打ち明けなかった理由をいろいろと探して並べている。先生は打ち明けなかった理由をいろいろと並べるだけで、その理由を自分に対して明らかにしようとしていない。先生がKに打ち明ければ、人間関係はKが来る前の単純な関係のままであることが明らかになり、先生はまたお嬢さんに直接対処することになって自分が身動きができないことを思い知ることになる。お嬢さんに対して積極的に働きかける勇気を得るにはどうしてもKの力が必要である。先生は、自分とお嬢さんの関係にK関わっているように思い込む必要があるために、Kに何も打ち明けなかった。
 先生はKが再び働きかけるのを待った。しかし、Kにとっては先生に打ち明けることが結論であり、それ以上に動くことなど考えつくこともできない。だから、Kをよく知っている先生はKのことをいろいろと考えはじめた。先生とお嬢さんの関係にとってKがいかに大きな意義を持っているかという妄想を作り上げていった。Kの存在がお嬢さんに対して大きいと思い込むことが出来れば、先生のこころに身動き出来ない状態を突破する情熱が生れてくるかもしれない。危機意識だとか嫉妬だとか、どんな感情でもいいから、自分の中にある「他の手に乗るのが厭だといふ」自衛的な意識を破壊する感情を生み出さねばならない。
 先生はいっそうKに依存し、Kのことを気にかけるようになった。しかし、Kは先生に恋心を打ち明けたことによって、自分自身の深刻な苦悩に陥ることになり、先生とKは分離しはじめる。先生もKもそれぞれ独自の関心に強く引きつけられて生きるようになる。漱石はここで「私は永久彼に祟られたのではなかろうかという気さえしました。」と書いている。先生とKはもっとも深刻な対立のうちに、もっとも深い信頼を生み出していくことになる。


先生と遺書 三八
 
 「私が家へはいると間もなく俥の音が聞こえました。今のように護謨輪のない時分でしたから、がらがらいう厭な響きがかなりの距離でも耳に立つのです。車はやがて門前で留まりました。
 
 漱石は冒頭にこう書いている。先生は人間関係と自分の感情に端的に対処することができないから、迂回をして、はぐらかしをして、余計な気をつかって、つまらないことに神経をすり減らしている。漱石は、そのように書いていないが読者にはよくわかる。先生は、俥の音が気になるのは護謨輪のない時分だから大きな音がするからだ、と書いている。護謨輪のないことが原因であるかのように先生は説明しているが、そうではない。奥さんとお嬢さんが乗って帰ってくる俥の音を気にする理由があるからである。
 奥さんとお嬢さんは、先生とKのために急いで帰ってきた。しかし、そのせっかくの食卓で先生はそっけなく、Kは猶寡言だった。先生は、奥さんにどうしたのかと聞かれて、少し心持ちが悪いと答えた。実際心持ちが悪かったから嘘ではない。しかし、実際はそうではない。Kは、ただ口が利きたくないからだ、と答えた。これは実際にそうである。
 先生が床に入ると、気分が悪いと言ったのを気にして奥さんが蕎麦湯をもってきてくれた。漱石は、「私はやむをえず、どろどろした蕎麦湯を奥さんの見ている前で飲みました。」と、奥さんと先生のずれを巧く描いている。先生は自分の気持ちに矛盾を抱えているために、奥さんにもお嬢さんにもKにも矛盾した態度を取る。そして矛盾が深刻になるにつれて、こうしたすれ違いが表にでてくる。蕎麦湯はささいなことであるが、こうしたすれ違いが積み重なると大きな問題になる。そして先生は、ここでも、どろどろした蕎麦湯を飲むことになったのが自分の嘘のせいであることを意識して、どろどろした蕎麦湯を飲んでいる。
 こうした妙な結果をもたらす自分自身のこころと行動について、先生はただ頭の中でぐずぐずと考えるだけである。そして、「私は突然Kが今隣りの室で何をしているだろうと思い出しました。」と漱石は書いている。この時の関心はお嬢さんを離れて、ただ単純にKが気になっているように見える。これも先生の中に生れた新しい精神である。
 
 「私は半ば無意識においと声を掛けました。すると向うでもおいと返事をしました。Kもまだ起きていたのです。私はまだ寝ないのかと襖ごしに聞きました。もう寝るという簡単な挨拶がありました。何をしているのだと私は重ねて問いました。今度はKの答えがありません。」
 
 しばらく事件が積み重なったあと、次にはKが先生に声をかけることになる。ここの会話と先生の関心は、お嬢さんとKの関係から離れて、さんざん効果のない考えをあたまのなかでこねまわしたあげくに、ふと、無意識的にKが気になってきている。先生は、Kに何をしているのだと、無意味な質問をしている。Kはこの無意味な質問には答えなかった。
 先生はまた考えはじめた。そして、また「おい」と声をかけた。Kも「おい」と答えた。そして、先生は、Kの恋についてもっと詳しい話をしたい、と切り出した。ところがKは、おいと答えたような素直な調子で今度は応じなかった。
 Kにはお嬢さんについて先生と話をする気はなくなっている。そうすると、先生はまたはっと思わせられた。


先生と遺書 三九
 
 Kはお嬢さんのことを話さなかった。先生はKが動くのをまった。そして、「黙って家のものの様子を観察し」た。しかし、何の変化もなかった。先生はKが自分の恋を先生に打ち明けただけであることを確認して少し安心した。そしてまた身動きしなくなった。このときは、「無理に機会を拵えて、わざとらしく話を持ち出すよりは、自然の与えてくれるものを取り逃さないようにする方が好かろうと思って」という理由を思いついている。そして先生はふたたび無為な思惑に苦しんでいる。外的な事情が動きださないと先生は動くことができない。
 ここで先生は、「外部から見たKと私は、何にも前と違ったところがないように親しくなったのです。けれども腹の中では、各自に各自の事を勝手に考えていたに違いありません。」と説明している。これは、この帰り道でのことだけでのことではない。先生とKは生活の全体にわたって、深刻に各自のことを考えはじめていた。そのことを先生は薄々感じている。しかし、はっきり理解するのはKが死んで後のことである。
 先生Kをこころから信頼している。だから先生はKに対してだけは動くことができる。先生は、奥さんやお嬢さんに向かうべきところを、迂回してまずKに肉薄して、Kが奥さんやお嬢さんにも告白したかどうかを聞いた。先生はこんな余計なことをする勇気は持っている。先生は、「私のこれから取るべき態度は、この問いに対する彼の答え次第で極めなければならないと、私は思ったのです。」と言っているが、先生が自分の愛情を告白するかどうかは、Kが奥さんやお嬢さんに自分の恋を打ち明けたかどうかとは関係のないことである。しかし、先生はKの行動次第で自分の行動を決めようとしており、決めることができるかもしれない、と思っている。愛情によって行動するのではない。愛情があるにもかかわらず、こういう意味のない理由によって行動しようとしている。
 先生の予想通り、Kは先生の他には誰にも打ち明けていなかった。先生の知る通り、Kは動く方向が狭く決まっている。Kが決意の方向について迷うことはない。それを実践できるかどうかに苦しんでいるだけである。先生はKに彼の恋をどう取り扱うつもりかと尋ねた。自白についで、実際的の効果をも収める気なのかと問うた。Kは答えなかった。そして、Kは何も先生に隠す必要はないと判然断言したし、何も隠していなかった。
 先生は何のためにKの気持ちを追求しているのか。Kをお嬢さんから遠ざけるためではない。Kは愛情を持ってもお嬢さんとの恋に踏み込むことはないし、先生がお嬢さんを愛していることを知れば、単純に恋を諦めるだろう。先生はそれを知っているからその点には触れない。先生はお嬢さんとの関係を、自分だけでは前に進めることができないからKとの関わりの中で行動の動機を作り出そうとしている。先生は、自分が何を追求しているかを曖昧にしておかないとお嬢さんとの単純な関係に引き戻されてしまう。そして、お嬢さんとの恋を絡めながら、結局はKの生きかただけを問題にしている。だからKは先生の言葉を真摯に受け止めている。
 先生のこのややこしいやり方は、Kに深刻な影響を与えていた。
 


漱石目次へ   home