「くれの二十八日」 内田魯庵 (明治31年3月) その

 聡明な、理想に燃える志士が、自分の主義主張など全く解さない俗な金満家と打算もなしに、一万円を予約した上で「不斗したでき心」で結婚し、理想と手段の矛盾を衝かれてふるえ上がるというようなわけの分からない現象は現実世界では起こり得ない。魯庵は理想に燃える精神を描こうとして全く常識を失っている。
 一万円の話が仲人の独断でにぎりつぶされていたことで、養子の生活と理想が対立することになる。そこで純之助はもとの志士にもどって理想を追求するか、理想を断念して養子の生活をとるかの選択を迫られる。ここで現在の気楽な生活を放り出すほどの精神ならそもそも養子縁組などしていない。だから理想は断念され、魯庵の主な関心は理想の断念を自然にすること、つまり金満家の養子としてとどまることの弁解である。魯庵は断念の理由を二段構えで書き込んでいる。
 まず「有用の資産を自由に動かし得なかッた不平だと誤解する世間のかげ口」を恐れたからではない。「天が自分の双肩に懸けた責任の大なるを思ふと、斯る猥瑣の是沙汰に女々しく依違するは丈夫の為ではない様な気がした」と断言している。天命と世間のかげ口を秤りにかけること自体情けない話しであるがまず殊勝な決意としよう。また「自己の知らざる妻の糧食に頼るよりも一飽一襲自ら鋤犂して粒粒辛苦の熱汗を流して事を成すは遥かに潔い」、つまりお吉の金を当てにできなくなるからでないと考え、おくればせながら潔くなろうとしている。こんな常識以下の決意は、誰もが当然のこととして金満家と結婚しようと考えつく前に実行していることである。こんな弁解じみた葛藤は四迷の「其面影」の哲也にはない。彼は豪傑肌の志士ではないにもかかわらず--本当は志士ほど愚かではないからである--世間体などはじめから問題にしていない。純之助と違って彼が一家を支えているのだから自分が働いた方が潔いなどという決意は必要ない。哲也は離婚が妻と姑を路頭に迷わせることになるから苦しい決断を迫られているのだが、純之助はお吉の金で生活しているから自分が路頭に迷うことになり、それを恐れているのではないかという誤解から身を守らねばならない。はじめから打算的であるか独立的であればこんな胸くその悪い決意など必要ないのであるが、打算的でなく独立心があってまるっきり人の世話になるつもりで養子になったものだから平凡以下の決意が必要になったのである。
 こうして読者の当然の疑問に対する防護措置を講じた後、本当の理由は何かを説明している。離婚によって財産を失うなど何でもない純之助にもどうにもならない障害とは、離婚が純之助とお吉の中を取り持った高橋善兵衛の立場を悪くしてしまうことである。「篤実律儀な善兵衛に愈々心配を掛けるのである。之を考えると粗忽に離別も云出しかねたが去りとて我精神を殺してお吉に殉じようとは決心しかねて」、「全国漫遊の計画を持出した」のであるが、これも本家の主人に「離別さつしやい…一万や二万の端多銭は足下が事業の餞別に献じるわ」と言われながら、一万円を条件に結婚したほどの純之助は、次のように苦悩している。
  「苦肉の計略と見透くだけに、其処は人情で直ぐ其言葉に乗じるわけにも行かないでヽ加之も磊落の下に蔽れた苦衷を味ふと一萬や二萬の端多銭は出して呉れようといふ意味合が任侠らしく請取れると同時に利刃を以て弱点を衝かれた様な気がして、ツイ離別咄を云ひそゝくれた上に、全国漫遊の計画をすら撤回して、お吉が不貞腐れは畢竟自分が所天の徳を欠く故だと懺悔し、此上は飽くまでも自身から足らざるを貴めてお吉と伉儷の情を厚うして勤めて一家の和熱を計りて重ねて心配を掛けまいと堅く約束した」(一一八ぺージ)
 徳義に厚い人間は何を決意するか予想できない。仲人が気の毒で理想を断念するくらいなら、世間体や離婚後の生活の苦労について決意を表明し弁解する必要はないように思われる。はっきりしたのは、日本の社会を批判しメキシコで実現しようとしていた大理想は、仲人の立場を悪くしたくないという彼の道義心より意義が小さいことである。この学者肌の豪い志士はメキシコの地図を見ながらいつも理想に燃えていたのであるが、その理想が仲人の立場を悪くするほどの大障害にぶつかるとは思ってもみなかったのである。
 純之助の弁解は余りにも見え透いており、実際の理由は余りにもばかばかしい。ところがこれが深刻な葛藤に見える魯庵は、このばかばかしさを同じくらいにばかばかしい一般論にまで敷衍する。
 この一般論を展開するのは純之助と同じレベルの思想を持つ静江である。
  「例へば貴郎の様な、道徳の理想も高て其理想に近つかうツていふお志も十分有るくせに、花々しいヒロイカルな人を驚かす様て、雄大とか壮大とか云ふ事業の好きな方一一斯ういふ方は非常な場合の道徳だけ重んじて日常家庭の道徳を軽蔑していらツしやる。ですから道徳の理想ツても、すばらしい立派な天国や献身的大事業ばかりで、家庭の幸福なんか頭から賎じていますネ。(一二一ぺ−ジ)
 偉大な目的のために家庭の幸福を犠牲にするのは目的と矛盾するという凡俗な題目がしつこく繰り返され、そのたびに純之助は「青くなった」り「震え上った」りする。「残酷きわまる」などと深刻ぶる。この場面は二人が真剣であるほど間が抜けて滑稽になる。純之助の行動の矛盾はあまりにも単純で、純之助や静江が養子縁組以前に気がつかなかったのが不合理だからである。普通にはこんなたわいのない問題に結婚後はじめて気付き説教したり青くなったりすることはない。
 純之助の事業や理想は家庭の幸福と矛盾している。それはお吉が大変迷惑していることからもわかる。このような矛盾は魯庵の考えに反して、純之助の事業や思想が「雄大とか壮大とか」でないことから来ている。金満家との養子縁組を手段にして実現できる程度の事業は家庭の幸福のみならず常識的生活一般に矛盾しがちである。
 社会的必然を深く反映する偉大な思想が雄大とか壮大とか言われるのは日常的現象から多くの媒介項を経て、あらゆる現象を規定する本質へと下向するからである。多くの媒介項を経ることによって現象とかけ離れた、現象から遠い本質が発見される。しかしそれは本質的であるからこそ全ての現象と不合理に矛盾することはない。それはより本質的であることにおいて、より密接により深く現象に関係するようになる。「家庭の幸福」は現実に破壊されており家庭的幸福を守るために家庭的幸福を破壊する社会的原因がより深く本質的に研究されなければならない。「浮雲」や「其面影」の家庭的苦悩が社会的本質と結びついているのを見ても分かるとおりである。
 しかし本質と現象とか媒介項とか社会的諸関係とか言った、偉大でなくても多少の思考には必要なカテゴリ−もロマン主義者には何のことかさっぱりわからない。彼らは理想とは日常性の対立物だと考えている。現象から無媒介に直接一般性=理想を引き出す。現象としてはブルジョアの贅沢しか知らないから、贅沢でないものつまり平凡な家庭的幸福ぐらいに落ち着く。これをどことも知れないメキシコの原野かどこかで実現しようとするものだから壮大とか雄大とかに見えるだけである。
 この理想がメキシコで実現さるべき当為である間は大理想になる。しかしその内容は要するに資本主義的変動に破壊されない生産形態ないし生活形態である。だから資本主義内部でも一時的偶然的には小生産や家庭的幸福として実現される。金満家の養子であればなおのこと実現可能である。この家庭的幸福は危機にさらされている時、メキシコで実現すべき理想になり、身近に実現される時家庭的幸福になる。
 壮大な事業とは家庭的幸福のことで、雄大な理想も家庭的理想で大道徳も家庭的道徳であるにもかかわらず、貧乏だから金満家の養子になることで、しかもメキシコで実現しようとするものだから色々問題が生ずる。最初から家庭的幸福を目指せばいいのであるがそうもいかない。メキシコでの大事業を目的としていることでお吉に見初められたのであり、これなしには志士的貧乏理想家の家庭的幸福など夢のまた夢だからである。したがって金満家の養子となった今、メキシコ行きを断念し家庭的幸福の形で理想が実現されるのは当然の帰結である。


 純之助はこうして、大理想のために家庭を犠牲にする矛盾を、理想を断念することで解決した。魯庵はこの厄介な大理想を首尾よく片づけたつもりであろうが、この解決は一つの行動であるから新しい矛盾が生ずる。純之助は彼の家庭にかかわる人間、つまりお吉や善兵衛のために理想を捨てたのであるから、彼が捨てた理想にかかわる多数の人間を捨てることによって矛盾を解決したことになる。
 純之助が友人にメキシコ行きの断念を発表する場面では、お吉の嫉妬に堪える場面と同じように、純之助を批判する人物を最悪の人物に仕立てている。純之助は平凡以下の男であるから周りをよほどおしさげないと浮き上がらない。純之助はここで「簡単に申せば一家の係累が私の外国に行くを許しませんので…唯偏に諸君の御洞察を仰ぎます」と言う。そして「純之助は黙然とした」、「黙然として答へなかッた」、「純之助は冷然として聞かざる如く黙していた」と描かれている。批判者は静江が純之助を批判した家庭と社会・理想の対立を理想の観点から叫び、純之助が耐えるという図式である。ここで友人達が単におおげさに罵倒し純之助が黙して耐えることで、魯庵はどんな罵倒、誹誇、中傷にも耐える英雄にしたつもりであるが実はそうではない。自分とお吉を取り持った義兵衛の立場が悪くなるからだという本当の理由を言うわけにいかないからである。
 純之助は優れた人物と想定されているから、彼を尊敬し彼の理想に同調する若者も多いことになっている。彼らはメキシコ渡航のためにピストルまで準備し、服も新調していた。彼らは現実に持っている沢山の人間関係を純之助との関係を発展させるために断ち切らねばならなかっただろう。彼らはメキシコに行くための金を、金満家に一目惚れされ養子に迎えられることで調達できるような幸運にも恵まれなかっただろうし実力もなかったろうから、純之助よりも多くの軋轢を生じたであろうにもかかわらずである。ところが、純之助は、会合で理由も挙げずに突然中止を宣言するだけでなく、費用の責任はわたしが--正確にはお吉がである--とると言う。打算抜きで金満家と結婚したはずの純之助は理想を金で片づけようとしている。費用を払うなどというのは、理想を共にし、費用以上の諸事情を犠牲にしてきた若者にとっては嘲笑でしかないことに徳義的な理想主義者は気がつかない。
 多数の友人後輩が長年準備し、生命を賭けた理想を理由もなしに突然断念することから生ずる諸困難から金銭上の問題を差し引いた場合なお残る彼らに対する不実、不徳義は、仲人をしてくれた義兵衛に対する不実、不徳義より小さいと純之助は感じている。
 複雑な人間間係の中で道徳的関係は全ての方向に生じ相互に対立する。だから、ある行動を起こすのに道義を掲げそれが事実道義にかなっているとしても、彼が道徳的な人間であると考えるわけにいかない。この時対立的道徳が忘れられているからである。純之助の行動は義兵衛やお吉に対して道徳的である。そして彼がこの道徳に忠実で決然としているほど親友に対して非道徳的で冷淡である。道徳的であろうとし、自分が道徳的に行動していると考えているために反省的でなく始末に困るだけのことである。対立的道徳の中で--対立がない場合は道徳は問題にならない。意識として登場しない--いずれを選ぶかは、彼が道徳的人間であるかどうかにまったく関係がない。単に価値観さらに深くは利害の問題である。魯庵は家庭の幸福を重視しているから、家庭の幸福に殉ずることをもっとも道徳的だと考えているのである。
 こういう夢想家が俗物であるのは家庭に殉ずることを決意するからではない。家庭の幸福を願い、平凡な生活を愛するのは当然の欲求である。こういう連中が常識以下であるのは、平凡な生活そのものに理想だとか大志だとかをも持ち込んで英雄的に味つけをすることである。彼らは社会と言っても金持ちの贅沢ざんまいや妾を囲うことしか知らないから、偉大な人間は逆に毎日メキシコの地図を跳めて悲憤慷慨し、若い女性と理想について語りあうのだと考える。偉大な人間は偉大であるがゆえに平凡な生活を楽しむことができ、したがってその意義と必要性を認めている。ところが純之助のような俗物は、平凡な生活しか知らないから、まず日常生活を目の仇にし--日常性の破壊とまでは言わないとしても--日常性そのものを偉大にしようなどと思いつくのである。(5)
   (5) 「猛然として腕を叩いて憤慨した」、「仁王の揺るぎ出す如き身振りで」、「頻りに考えたり勉強したりして」、「豪然と言い放って冷笑した」、「重々しい声に力を篭めて」、「元来寡言で沈着な純之助は」、というようなことを平凡な生活の中に書き込むことで傑出した人物像になると考えるのは滑稽である。俗物だけが日常生活で天才ぶりを発揮できると考えるのである。
 日常生活は本質的な社会法則に規定されているから日常生活自体においては変革されえない。日常生活の諸困難は根本的変革によってのみ解決される。日常生活の変革を望みながら日常生活を規定する社会法則の変革に認識が及ばないために、理想は当為たらざるをえない。またその当為も実は日常性の内部における対立物でしかありえない。
 そこで日常性の中で挫折させられ押し潰されているのだという悲劇を気取る。メキシコ行きを断念した直後の純之助はこのパターンを踏んでいる。お吉によって理想の実現が阻まれると嘆いている。しかし結局は金満家の養子という恵まれた条件のもとで理想の実現を目指しつつ家庭生活の幸福も実現する方向に進む。当為が挫折に進まず勝利の展望として維持されるのが明治の政治小説ないし社会小説の特徴である。
 理想と家庭生活の統一は理想を未来におしやることで実現される。現実的課題としてはまずお吉を教育して理想を理解させねぱならない。しかし静江さえ理解できないのにと弱気になる。これは、いかに大仕事をしているかという意味である。キサンチップの例もあることだしとソクラテスの偉大が悪妻に耐えたことにあるかのような反省をして勇気をふるいおこし、お吉に理想を教えることを、つまり幸福な家庭生活を実現することを一大事業に仕立てあげる。何としても目的は達する、と決意のほどを示している。後は自然にうまく行く。
 幸福な人生である。平和な家庭から理想実現へ向けた一本道が出来上がる。世の貧乏理想家がみんな金持ちと結婚して--貧乏人の方が圧倒的に多いのだから愚かな理想家が増えれば見苦しい競争が生じて理想どころでばなくなるだろうが--妻を理想によって教育し、資本を理想のために使う。貧乏理想家と俗物資本家が結婚によってもてるものを交換する。だから資本を貧乏人に渡すというこの交換、すなわち社会的大変革の鍵を握るのは恋愛になる。恋愛で勝利しさえすればヽあとは教育によってメキシコだけでなく、そこら中に「道徳的新乾坤を山紫水明の楽響に開く」ことができる。こんなことを考えている人間にとっては恋愛が資本の運動によって破壊されて行く過程を描く四迷や漱石の作品は余計な努力に見えるだろう。彼らは逆に恋愛で資本の運動を破壊しようとしている。現実認識が甘いからこんな幻想を抱き、幻想を偉大さと設定できるのである。
 貧乏生活を強いられ金持ちの贅沢が気になって仕方がない。不満と羨望が一つになって大理想が生まれる。これを逆に考えて、大理想があるから金持ちの贅沢如きは問題にならない、俗物め、と考える。この理想が彼を偉大にし、幸運にも--不幸にもと言いたいところだろうが、彼らはこういう人生の不幸を理解し得ない--金満家の娘に見初められる。現実には役にもたたない大理想を食って生きるわけにいかないから、生活の安定のためのチャンスがあると 「ふとしたこと」で飛びつく。一度飛びつくと理想を断念しなければならない苦しい事情をいくらでも見つけ出す。離縁するのは善兵衛に悪いし、お吉も不潤だし、身をひこうとする静江の心栄にもすまない。こうして苦しいながら家庭の幸福に殉ずるなどというのは俗な貧乏人にとってはたまらない魅力であろう。資本家になるには厳しい競争に勝ち抜かねばならないし、たわけた理想など担ぎまわってはおれない。ところが理想を持って資本家を罵倒すことで恋愛が生じ、金満家の財産が転がり込むとしたら理想も全く馬鹿にならない。そして結果として理想の力によって個入的に金満家になるのであるから打算とか出世欲とどう区別できるかが作家の主な関心になり、作品の主題になる。
 純之助のような人物が理想の実現のために行動を起こすことは決してない。彼の理想ははじめから真剣な努力に値するような、努力できるような内容を持たない。
 こんな人間の理想を信じていると、純之助の同士のようにある目突然「決然として」家庭生活の彼方に消え去られて買倒しなければならなくなる。ところが現実というのはうまくできている。純之助のように理想を振り回した後決然と、つまり勝手に家庭に殉ずるような人物がその理想の力で多くの若者をひきつけるようなことはない。多くの純之助が生まれるような時代には一大勢力になろうがそれは理想の力によるのではなく歴史上の思想的発展段階による趨勢であるから純之助の責任ではない。その時は、チャンスの巡ってきた順に決然と家庭生活に殉ずるだけのことで、それまで各々理想を振り回して世間を見下しておればよい。多少迷惑するのは彼の妻となる女性くらいであるが、それも幸い金満家のお吉が一目惚れするようなことはない。静江のような、平凡で似たような理想を持った女性にしか純之助の実力は認められないのだから、「くれの廿八日」のような複雑な人間関係は生まれない。結局何もかも平凡に片づくわけて、現実が「くれの廿八日」と違うのは、金満家との結婚はありえないから、この結婚によってのみ生ずる、無教養な妻による家庭的苦悩も妻を教育するという大事業もその先の理想の実現もないということである。純之助は静江と結婚し、理想をどうのこうのという話は若い時代の夢になって、ようやく平凡な生活を反映した常識を取り戻す。金持ちの贅沢が鼻について、つまり貧乏人の不満が鬱積している間は理想が尾を引き、普通の人間より不満と愚痴が多くなり家庭生活も暗くなる。これが純之助の力や幸福を保証するかに見える理想の本当の姿である。
 このありえない結婚を別とすれぱ、純之助の場合大理想に家庭の幸福が勝利したことは現実を正しく反映している。この大理想の実現がありえず当為として残るしかないことぐらいは魯庵にも理解できることで、この当為自体が平凡以下だということに気がつかないだけである。ともかく、純之助の理想は現実離れした世迷い言であったから、たわけた理想を断念しお吉のためにつくすという能力に応じた仕事を見つけたことになる。これは誰にとっても幸いであった。お吉の財産の御陰で正気をとりもどしたということであろう。
 物語の終わりに久兵衛爺さんの「これからがむつかしかんべ」という言葉が余韻めかして書かれている。これは全体を通して見られる魯庵の幻想の仕上げである。純之助ははじめから平凡な生活をし、平凡な理想を持ち、特徴としては貧乏なだけという人物だからどう転んだにしても難しい問題を残すことはない。難しい問題にかかわりあう能力のない人物である。だからこそ現実離れした愚にもつかない理想に入れ込んでいるのである。
 純之助がメキシコ行きを断念すれば、彼も友人も不必要な苦しみをなめずにすむ。お吉との結婚同様決してありえないが、仮定としてもし彼がメキシコに行くとしても彼と友人は求めてゆくのであるし、行かなければ治らないほどとりのぼせているのなら治療のためにも行くのが一番である。彼がメキシコで満足するなら治療にならないがやはり十分な解決である。彼らは満足しているのであるし、残されたお吉は金満家であるからいづれ純之助より常識もあり働きもある男を養子にできる。純之助のような人物やそれ以下の人物に再び遭遇する可能性は小さい。その時善兵衛に骨を析ってもらえば、善兵衛も義理を果たすことができて満足する。
 純之助は社会に対して無知であるばかりでなく重要な関係を結んでいないから(養子になってようやく常識的な関係を持った)彼がどんな方向に進んでもトラブルは生じないようにできている。だからいつまでも完全な道徳をおしたてて生きていけるし、望むままに生きても彼の道徳律を越えることはない。彼は自分の生活と能力に相応しい思想を形成し、知らぬ間に実行しており、彼の能力を越えて深く社会にかかわろうとする時、はじめてこの思想が何の役にも立たないことが分かる。しかし彼は自分の理想や道徳が自分の平凡な生活の意識化であることは知らず、一般的な価値のある規範的思想だと思い込んでいる。この一点が魯庵の幻想、誤りである。この思想は社会の常識内反映であっで、より深く研究した内容を持っていない。無思想で、無内容で、薄っぺらな、という意味で非社会的小説である。
 四迷の作品は読めば分かるように非常に単純である。雄大でも壮大でもなく、平凡な事実を描いたにすぎないように見える。それは四迷が非常に多くの内容を小説の中に析り込んでいるからである。豊富な内容が、隙間なく相互に密接に連関し、一つの必然性を構成することで単純さを獲得している。一見分解されないと思われるほどの相互連関を持っているために分析をはじめると事実上無限といっていいほどの連関が次々に浮かび上がってくる。相互連関が現実にそうであるように一つの円環をなしているため、関係を分析する理論にとっては無限の可能性が開けるのである。
 ところが「くれの廿八日」は、抽象的で単純な理想や平凡な説教を伝えるために無理に作り上げた人間関係であるから、ゴチャゴチャしているだけで非常に読みにくい。魯庵の現実社会に対する知識が限られていて、いくつかの要素を現実にあるようにではなく、魯庵の思想に都合のいいように組み立てているから魯庵と同じ思想を持つ読者以外には混乱しているとしか思えない。現実の諸関係は「くれの廿八日」のような構成を持っておらず、この小説はリアリズムたりえない。
 複雑な内容を見事に仕上げた四迷の作品の社会的内容を読み取れない批評は、リアリズムの内容としての社会関係を知らず、社会性を理想の表現と考えている。そのためにこのような混乱小説を社会小説と考える。そして、このような思想表明がもっと芸術的に仕上げられたなら素晴らしい小説ができると考える。しかし、高度に社会的な小説は「社会小説」の持つ社会性の延長上にではなく、この対立物としての四迷、漱石、一葉の作品にすでに実現されている。
 最後に、魯庵と四迷の関係について触れておこう。魯庵は四迷の友人であったから、四迷についての思い出話を残している。これは事実を知る上で貴重な資料である。しかし、彼が四迷の個性、思想、作品に下した判断は、とくに批判的判断は(これを中村氏が見逃すはずがない)全く信頼できない。「くれの廿八日」で「浮雲」を測ることはできない。内田魯庵の判断を頼りに四迷を理解することなどできようはずがない。
 四迷に限らず小説家の思想を明らかにしようとするならまず何より主著の分析によって、つまり彼の思想が最も具体的に表現されている作品の研究によって基本思想を明らかにし、その上で他の言葉の意味を探るべきである。断片や書簡や同時代人の思い出話という一面的で抽象的で主観的な言葉を手掛かりに主著を分析しようとするのは本末転倒である。批評は作品の分析ができないため、そして勝手な解釈が可能なために断片を利用している。あるいは分析のかわりに自分の貧しい思想を根拠づける資料をさがしもとめそれを実証と称している。これは単に独断である。                                                                                                  (1988年3月)

くれの廿八日の 1へ   home