『舞姫』 論争 3 


 鴎外は「是四変」として次の部分をあげ、そのあと豊太郎の変化全体について説明している。
 「彼が一たび官長の縛を脱して自由の身なりとおもひしに、舞姫に馴染みて淪落せし後、忽叉おのが運命の絲天方伯の手中に在りといふことを悟りぬと思ひ、又おのれに果断ありと自ら心に誇りしが、此果断は順境にのみありて逆境にはあらずといへる、是れ四変。
 この文章を、作品にそくして検討しよう。
 まず、「彼が一たび官長の縛を脱して自由の身なりとおもひしに」という文章からすると、近代的自我が誕生したにもかかわらず挫折したとかいう批評の常套文句にもわざわいされて、豊太郎に官僚世界と対立した自由の意識が生れたような印象をうけるかもしれない。しかし、作品にはそのような箇所はどこにもない。もし「自由」という言葉が、一時的であろうと、官長と対立した生き方、運命を反映した意識を意味するのであれば、「舞姫に馴染みて淪落せし」などという矛盾した安易な言葉は、たとえ挫折を前提していてもありえないことである。自由などという概念を高度に理解する課題は鴎外にはまるでなかった。鴎外の「自由」が、上司の指示をうける関係でなくなったくらいのことを、大げさに言っているだけであることは、具体的な描写からはっきりわかる。
 鴎外の眼目は自由や自立を主張することではなく、豊太郎が自由でないこと、エリスとの関係において自分の行動から意志を消し去り、自分の行動が強制されたものであるかのような印象を強調することである。その対立物としてのみ自由という言葉は使われている。
 「嗚呼、独逸に来し初に、自ら我本領を悟りきと思ひて、また器械的人物とはならじと誓ひしが、こは足を縛して放たれし鳥の暫し羽を動かして自由を得たりと誇りしにはあらずや。足の絲は解くに由なし。曩にこれを操つりしは、我が某省の官長にて、今はこの絲、あなあはれ、天方伯の手中に在り。」
 豊太郎が自分の自由を幻想であったと認めるのは、自分の運命が天方伯の手中にあることを強調するためであって、実際に自由の意識を獲得して挫折を経験したことによるのではない。天方伯と対立した自由などもともと関心の外である。豊太郎を擁護しようとする意識と、反官僚機構といった類の軽薄な図式的批判意識によってこの文章読めば、豊太郎の運命が挫折に終わるにしても、起伏に富んだ悲劇的な経験を生きているかのような誤解を生ずる。しかし、豊太郎の基本的な特徴は、鴎外がこれまでに三変として紹介したことが変化といえないごく普通の経験にすぎないことからも理解できるが、全体として変化のない、矛盾を回避した、変化にも幅にも内容にも乏しい、展開性のない、自由のない、非常に狭い価値観の中をかたくなに、用心深く、しかもそれを自由であるかのように、発展的な高度の精神であるかのように信じきっているほどに大きな限界な中で生きることである。そうした精神に特有の、無内容で大げさで抽象的で修飾的な文章を連ねている。それを波瀾に満ちた運命とか、歴史的精神とか考えるのは批評が豊太郎と同じ精神を持っているからである。豊太郎は自己を不当に高く評価する幻想においてさえも瑣末な自己肯定的意識の限界を越えることはない。
 豊太郎の自由は具体的には官を辞したことを意味している。それにともなって生じた豊太郎の意識はいくつか書き込まれている。まず職を辞した事情は次の通りである。
 「其名を斥さんは憚あれど、同郷人の中に事を好む人ありて、余が屡々芝居に出入して、女優と交るといふことを、官長の許に報じつ。さらぬだに余が頗る學問の岐路に走るを知りて憎み思ひし官長は、遂に旨を公使館に傳へて、我官を免じ、我職を解いたり。」
 豊太郎が職を解かれたのは誤解のためであり、本来は豊太郎に対する彼等の信頼は失なわれていない、誤解さえとければ回復されるとされている。このような方法で豊太郎を肯定することで矛盾が回避される。というより豊太郎を肯定しているために矛盾を描写できない。ここには官長や友人の留学生の価値観からはみ出る事を畏れる、たとえ後に信頼を回復することを予定していても、一時的にもその価値観の外に出ることを受け入れることのできない臆病な精神がある。鴎外には官長や留学生と対立する精神を豊太郎に想定する度胸はない。そのために失職の事情も誤解とか讒訴とかいってごく瑣末で普通ではありえないようなつまらない事情をこしらえることになる。豊太郎と官長や友人との違い、対立は彼等の価値観の内部で豊太郎が彼等より優れていることにある。しかも、それは官長や友人を誤解し讒訴するといったレベルに押し下げることを手段にしている。豊太郎が普通の官長や留学生よりも高度の意識を持つことによって対立し、その正当さが現実との関係によって実証されることによって信頼されるといった発展的な内容ではない。誤解や讒訴の想定は豊太郎の価値観の保守性、固定性を示している。
 「公使に約せし日も近づき、我命はせまりぬ。このまゝにて郷にかへらば、學成らずして汚名を負ひたる身の浮ぶ瀬あらじ。さればとて留まらんには、學資を得べき手だてなし。」
 現状を、「學成らずして汚名を負ひたる身の浮ぶ瀬あらじ」と認識しており、職を解かれたことを、現実のより深い認識や学問の発展の契機として肯定的に理解する自由の意識はない。価値観は変化しない。しかも、生活や精神の発展を阻止するかのように相沢がこの危機を救ってくれた。豊太郎を理解する相沢と、豊太郎を理解しえない官長や留学生との違いは、相沢の地位がより高いことであって、官長や留学生と本質的に対立するものではない。豊太郎と官長や留学生との対立は、豊太郎がエリートとしてより優秀であり、より出世にふさわしいことにある。官長や留学生より優秀であるとすることも実際は幻想である。ごくつまらない、能力としても道徳的資質としても誇るに値しないことを誇っており、そこが忍月の気に入らなかったところである。まして、国家的使命を果たそうとするすぐれた留学生の意識より歴史的に遥かに高度の精神を意味する、貧しいエリスの世界の精神の肯定的理解や、そこに自由を見いだす精神など豊太郎や鴎外の関心が届く世界ではない。官長や友人の留学生は、相沢とちがって豊太郎のエリートとしての真価を理解していないという意味で個人的に対立しているに過ぎない。ここにも自由の意識は見られない。
 この後、「我学問は荒みぬ」と二段落にわたって強調している。これは、大学で学ぶ普通の留学生とは違った学問を得たことを強調するための遠回しの表現である。豊太郎の学問がどのように発展したのかは書かれていないので具体的には分からない。ただ、印象からすると、たとえば、自分の勉強ぶりを、「冷なる石卓の上にて、忙はしげに筆を走らせ、小をんなが持て來る一盞の珈琲の冷むるをも顧みず」などという描写からはと、学問の内容そのものよりも、自分が勉強している様子に関心を持っている若い学生のような印象を受けるし、「我學問は荒みぬ。されど余は別に一種の見識を長じき」となどと抽象的に自分で言うのも妙な話であるし、「そをいかにといふに」といってわざわざ説明を加えてもその説明がごく抽象的であるし、「今まで一筋の道をのみ走りし知識は、自ら綜括的になりて、同郷の留學生などの大かたは、夢にも知らぬ境地に到りぬ。彼等の仲間には獨逸新聞の社説をだに善くはえ讀まぬがあるに。」とあっては、あまりにもばかばかしいので、独自の学問が発展したとは到底思えない。「綜括的に」なった知識が、新聞もよめない留学生に対する優位として吹聴されるのは、友人と対比して吹聴される豊太郎の道徳的な優位の下らなさと同じである。「綜括的」な知識を得た精神が、新聞を読めない留学生と自分との対比に興味を持つことはあるまい。これはやはり、せいぜい語学が達者で、それを自慢にして、そこいらの留学生には負けないと誇っているくらいの特に優秀とも言えない学生の特徴で、そういう若者が「一種の見識を長じき」とか、「自ら綜括的」になったとか思いこむのはありそうな現象である。だから、ここでも特別に自由の意識が獲得されているわけではない。
 次の部分はさらに決定的に豊太郎の価値観を示している。
 「余が胸臆を開いて物語りし不幸なる閲歴を聞きて、かれは屡々驚きしが、なかなかに余を譴めんとはせず、却りて他の凡庸なる諸生輩を罵りき。されど物語の畢りし時、彼は色を正して諌むるやう、この一段のことは素と生れながらなる弱き心より出でしなれば、今更に言はんも甲斐なし。とはいへ、學識あり、才能あるものが、いつまでか一少女の情にかゝづらひて、目的なき生活をなすべき。今は天方伯も唯だ獨逸語を利用せんの心のみなり。おのれも亦伯が當時の免官の理由を知れるが故に、強て其成心を動かさんとはせず、伯が心中にて曲庇者なりなんど思はれんは、朋友に利なく、おのれに損あればなり。人を薦むるは先づ其能を示すに若かず。これを示して伯の信用を求めよ。また彼少女との關係は、縱令彼に誠ありとも、縱令情交は深くなりぬとも、人材を知りてのこひにあらず、慣習といふ一種の惰性より生じたる交なり。意を決して斷てと。是れ其言のおほむねなりき。」
 豊太郎は自分の閲歴を「不幸」といっており決して肯定していない。さらに「なかなかに余を譴めんとはせず、却りて他の凡庸なる諸生輩を罵りき」というのも豊太郎らしい。豊太郎は国家的な課題や学問の能力においてではなくて、道徳的資質において他の留学生よりすぐれているとされている。その道徳性の内容は、社会的な一般的課題を失ったエリートに特有のつまらない自己保身である。
 豊太郎が概略を記している相沢の次に来る言葉は豊太郎の価値観として、同時に鴎外の価値観として決定的な意義を持っている。まず、「この一段のことは素と生れながらなる弱き心より出でしなれば、今更に言はんも甲斐なし。」としている。これは作品の中でそれまでに繰り返し説明してきたことなので「今更に言はんも甲斐なし。」であるが、やはりこれが肝心な所なので軽く念を押している。そのあとエリスとの関係がどんな意味を持つかを説明している。
 相沢の説明を豊太郎よりさらにかいつまんで言えば、忍月の言う「愛と功名の葛藤」つまり、エリスとの愛をとるか、天方伯の信頼に答えてエリートの道を選ぶかである。
 そのように見える。しかし、そうではない。そんな葛藤はないこと、それは表面的に見た現象にすぎず、豊太郎の選択がすでに終わっていることを、この選択肢の内容がしめしている。
 まず、エリスとの関係は、単に偶然的なしかも「弱き心より」でたことであるとされている。これは多面的な観方によれば、同情に厚いとか優しさと解釈できるし、そのように強調されているので豊太郎にとって否定的ではない。しかし、エリスに対しては違う。エリスとの関係でいえば、豊太郎がしっかりしていれば選択しなかったであろうということになる。エリスとの関係は弱さという弱点の現れである。だから、積極的な意味ではこれは克服されねばならないだろう。弱点がエリスと一致しているのだから、否定はエリスの方に向いている。私が弱かったから、無知だったから、愚かだからエリスを選択したのだという話になる。他方の選択肢は、才能を延ばし、目的を持ち、天方伯の信頼を求めることとされ全面的に肯定的されている。エリスとの生活に対する評価は、その弱さ故の選択の具体的な意味として、「人材を知りてのこひにあらず」とはっきりエリスを否定的に評価してた上で、惰性にすぎないとしている。こうした選択肢においては、選択ははっきりしている。というより出世を選択することを前提とする精神が発見し設定する選択肢であり、すでに内的に選択されていることが、選択肢としての現実認識に表れているのである。すでに出世コースを選択している者のみが、もっとはっきりいえば、エリスの生活やエリスとの生活など眼中にない者だけがエリスとの生活と出世コースとをこのように認識するのであるから、選択に迷うことなどありえない。選択などもともと課題になっていないことがこの選択枝という形式の現実認識に表れている。
 このあとの文章はさらにこれをつよく印象づけようとしている。この種の自己弁護については躊躇なしにとめどなく頭が回転する。それが俗な教養人の基本的傾向だからである。
 「大洋に舵を失ひしふな人が、遥なる山を望む如きは、相澤が余に示したる前途の方鍼なり。されどこの山は猶重霧の間に在りて、いつ往きつかんも、否、果して往きつきぬとも、我中心に滿足を與へんも定かならず。貧しきが中にも樂しきは今の生活、棄て難きはエリスが愛。わが弱き心には思ひ定めんよしなかりしが、姑く友の言に從ひて、この情縁を斷たんと約しき。余は守る所を失はじと思ひて、おのれに敵するものには抗抵すれども、友に對して否とはえ對へぬが常なり。」
 「大洋に舵を失ひしふな人が、遥なる山を望む如きは、相澤が余に示したる前途の方鍼なり。」というのは相沢の選択肢の意味をそのまま認めることである。相沢にとってと同様豊太郎にとっても選択の余地などないことがはっきりしている。しかし、葛藤はある。その葛藤の内容は「されど」の後に書かれている。選択肢ではなく、選択を前提にした「されど」以降が葛藤の内容である。
 相沢の方針を受け入れるには、エリスがいることが障害になっている。選択はすでに決定している、というよりもともと選択など問題にならないほどにエリスを棄てることが当然であるが、問題は天方伯をどのように選択するか、エリスをどのように選択しないかの方法である。だから、葛藤は「愛か功名か」ではない。葛藤は功名を前提とした中で、エリスにどう対処するかである。この問題が「愛か功名か」あるいは天方伯かエリスかの選択の葛藤に見える。それは、鴎外が、実際ははっきりしている選択をはっきりさせないこと、この選択、つまりエリスを棄てる意志を豊太郎に与えないことを意図してこの作品を描いているからである。棄てることを豊太郎の意志として、はっきりさせない、させたくない、させずになんとかすませないか、というのが葛藤の内容である。誰が見ても、どのように見ても出世を選択することが当然で、正当であるような選択肢を設定した上で、なおかつその選択に悩んで、選択をしない形で選択をすませてしまう方法を模作することが葛藤の内容である。下らないにしても悩ましい葛藤ではある。
 基本的にこのような悩ましい葛藤が起こるのは、豊太郎がエリスを棄てる意志を持つ勇気がないからではない。無論天方伯の誘いを拒否する勇気がないからではなおさらない。そうではなく、エリスなど眼中にないにしても、エリスとの関係がある以上、天方伯に受け入れられるかどうかが問題になっているからである。エリスとの関係を持ちながらエリートとして受け入れられるには、エリスとの関係をどのように解釈すべきかが悩ましい葛藤である。その場合に、エリスを棄てる意志を表明できないことが鴎外、豊太郎の精神の特徴である。そこに忍月が理解できなかった新しい葛藤がある。

 エリスを捨てる豊太郎の意志を示すことなく、相沢の選択肢の説明によって豊太郎がエリスにふさわしくなく天方伯にふさわしいことがまず説明されている。その上で、「わが弱き心には思ひ定めんよしなかりしが、姑く友の言に從ひて、この情縁を斷たんと約しき。余は守る所を失はじと思ひて、おのれに敵するものには抗抵すれども、友に對して否とはえ對へぬが常なり。」として、相沢との関係で豊太郎はさらに一歩天方伯ににじり寄る。エリスを棄てる意志を明らかにしないこと、天方伯を選択する意志をも明らかにしないことである。だから、友を媒介として、友情を媒介として天方伯に近づいていく。「おのれに敵するものには抗抵すれども、友に對して否とはえ對へぬが常なり」が行動の衝動力であって、天方伯もエリスも豊太郎の意志には浮かんで来ない。
 つまり、豊太郎はエリスを棄てるという自分の意志を友情の名において貫徹しようとしているが、必然性というのは解消することができないもので、エリスとの関係の葛藤はここでは友との葛藤に移しかえられて残っている。エリスとの関係を切るために相沢との友情を使っている。エリスを捨てることを友情せいにすることは、エリスに対する不誠実な対処の責任を友人との関係に転嫁することであるが、鴎外はそれがエリスとの関係を肯定的に解消したことに見えて安心している。鴎外は自分の狭い都合でのみ人間関係を認識している。豊太郎の精神は人間関係との接触によって発展するのではない。豊太郎は自己を否定することで発展するのではなく、自分は現状にとどまり、他との比較によって、他を否定的に評価することによって自己肯定している。だから、彼自身は固定していながら、エリスを否定し、エリスを否定することを友人のせいにする、というふうに同じ矛盾が、つまり他を否定して自分を肯定するというやりかたが広がっていく。言い換えれば、人間関係を破壊する方向に豊太郎の自己肯定的精神は展開している。人間関係のなかで自分を高く位置づけるための努力において不信感を拡大している。豊太郎がいかに臆病だとか弱いだとかの反省的な言葉を連ねても嫌な印象を拭いきれないのはこのためである。こんな面倒な手続きをふんで天方伯に近づこうとする葛藤を、明治のエリートであった忍月が理解できなかったのも無理はない。

 しかし、まだ片づかない。こういうやり方をするとつぎつぎにつまらない問題が生じる。同じ所に、やはり用心深くエリスとの生活が肯定されているかのように、それが葛藤の要因であるかのように描かれている。豊太郎はエリスとの関係において自分に人格的道徳的に否定的な印象を一切与えないことに主な関心を持っている。だから、選択枝において、またその後の説明においてはっきりエリスを否定しているにもかかわらず、「貧しきが中にも樂しきは今の生活、棄て難きはエリスが愛。」と抽象的な形式において肯定する。無論、こうした単純な肯定の仕方に単純な否定が現れている。もし、「金は腐るほどある中にも楽しきは今の生活」と書けば、まず金のある生活を知らない貧乏人の妄想だと思われるだろう。砂漠での恋を「暑きが中にも楽しきは」とか、シベリアでの恋を「寒きが中にも」と書いてもやはり砂漠やシベリアに無知であるばかりか、そこでの生活にまったく関心がなく、まじめに扱う必要すら感じていないと、その生活を知る人々は思うだろう。「貧しきが中にも樂しきは今の生活、棄て難きはエリスが愛」といった文章は、貧しい生活など縁もなければ興味のない人間だけがかく文章である。こういう文章が対象の肯定になりうると考えるのが対象に対する無知と無関心と不真面目さを示している。
 ついでながら、エリスも、「怎なる業をなしてもこの地に留りて、君が世に出で玉はん日をこそ待ためと常には思ひしが」とはっきり言っており、出世することに豊太郎の価値を認めている。要するに、作品の中に、豊太郎の出世を否定するような、それと対立するような価値観など微塵も含まれていないのであって、それが鴎外の思想の限界である。そしてこの狭い限界内部のさまざまのややこしい、うっとうしい人間関係や心理をさも悲劇的だとか、歴史的とかに大げさに感じ取り、その全体がいかに狭い限界に閉じ込められた、部分的で無力な精神であるかを知らないのがこの階級の、この時代では特に保守的なエリートの精神の特徴である。しかも、それを大げさに意識する傾向は、出世の可能性が遠のいて、中間的な出世のレベルに押し込められることによって一層細分化し発展する。鴎外にはまだ見られないが、生活と精神の限界がせまくなるほど、自由だとか反体制だとかを抽象的に声高にしゃべり始めるのが意識の形式的な発展である。この作品にみられる豊太郎の他の留学生との対立的は、エリート内部の非開明的で保守的な、エリートの地位だけに固執しようとする孤立的な意識によるものであり、出世と対立する自由の意識などまったくない。国家的課題を果たそうとする明確な意識もなく、エリートの地位に固執する意識の故の孤立や不満を官僚機構に対する批判的な意識であるかのように解釈するのは批評の無比半的な意識の対象化にすぎない。

 次に進む前に、前回の文章を若干補足しておきたい。前回、鴎外には官僚と対立するエリスの世界を肯定する意識はまったく見られない、と書いた。実際そうであるから、この点は鴎外の作品の限界として指摘することはできても、その点で批判することはできない。もともとこの作品はごく軽い内容で書かれたものであって厳しく批判する必要のある作品ではない。ところがその後の批評が歴史的に精神的なレベルを下げて行って、「舞姫」に反官僚的な意識とか、近代的自我の誕生とかの意義をおしつけてきたために批判が必要になった。だから、このような批判は批評によるゆがんだ解釈を修正するための消極的な意義をもつだけである。
 特に保守的な鴎外が反官僚的な意識などもつはずもなかった。豊太郎の意識には反官僚的な意識の萌芽とか部分とかが描かれているのでもなく、ただエリスの世界の精神との対立物が描かれているだけである。名前はどのようにでもつけられるが、批評がこの作品に発見し高く評価したのは保守的な官僚の自己保身的な自我である。官僚と本質的に対立する、この時代に即していえば、出世コースから排除されたかあるいは縁のない人間の運命や精神を意識的に描いたのは四迷と一葉と漱石である。彼等の作品には特に批評が問題にしているような反官僚的な意識など描かれていない。四迷などは批判意識の欠如の点で批判されているほどに、軽薄な反官僚的意識など持ち合わせていなかった。漱石は反官僚的な意識から出発したが、漱石の思想の発展はその批判意識を批判的に克服することであった。当時にあっても鹿鳴館に代表される官僚の堕落を義憤をもって批判したのは自分の地位に不満を持っている軽薄な批判家であって、時代は官僚的な堕落やそれに対する批判意識を越えて着実に前進していた。反官僚的な意識とか単純な近代的自我を探すレベルの低い思想は、その後の精神の堕落によって、この作品をより低レベルに理解することでこの作品に自己を発見して高く評価するようになった。だから、こうした不必要とも思われるような、退屈でもある批判が必要になった主な責任は鴎外ではなく批評にある。
 この時代の真に反官僚的な意識とは、官僚の堕落を批判する意識ではなく、この時代に分離形成され始めた階級的意識を、官僚とは別の世界の独自の精神の獲得過程として描くことであった。支配階級の露骨な堕落を本質的な問題と考える後の批評家と違って、時代の本質的な関心は新興の官僚やブルジョアが勢力を拡大しつつある時代に、官僚的なブルジョア的な世界から分離され、下層の生活を人生の全体として押しつけられ、それを受け入れる非常に苦しい時代精神が新しく展開していた。日本の特殊な歴史において支配階級は非常な堕落を示したが、問題はその背後で力強く資本主義的な関係が形成されていることであり、その過程を反映した精神をいかに把握し描写するかであった。表面的なアブクのような、一時的な堕落した精神に捕らわれてそれを批判対象としているようではすぐに時代に取り残されてしまう。近代的自我とは、特に支配階級の堕落が必然で著しかった日本においてこそ、その堕落に対する批判ではなく、その背後で進行する生産力の発展と新しく形成される階級関係を反映した精神の具体的な形成過程である。漱石は官僚や金持ちに対する批判意識が、貧しい人間の側に立つ積極的な意識だと「虞美人草」まで考えていたが、その後その批判意識を解消し、それ自身エリート的な意識の一形態に過ぎないことを理解し、その批判意識の緻密で段階的な克服によってようやく小林にたどり着いた。そうした日本的な意識の獲得過程を問題にせずに、この保守的で中途半端な、不満に満ちた官僚の意識をそのままに近代的自我とか反官僚的意識とすることには、近代主義者の歴史意識や感性の質が現れている。自由といい、反官僚的な意識といい、その実質的内容は彼等が具体的にそれを発見した所にその真の姿を見せている。

 さて、第四変から再び鴎外を引用すると次の通りである。
 「彼が一たび官長の縛を脱して自由の身なりとおもひしに、舞姫に馴染みて淪落せし後、忽叉おのが運命の絲天方伯の手中に在りといふことを悟りぬと思ひ、又おのれに果断ありと自ら心に誇りしが、此果断は順境にのみありて逆境にはあらずといへる、是れ四変。この幾度の自問自答は、太田が所謂事業家にあらずして、空想に富みたる畸人なることを見るに足れり。彼ゴンチャロツフが崩岸の主人公レイスキイが忽にして自ら詩人なりとおもひ、忽にして叉画工なりとおもひ、叉忽にして彫工なりとおもへるは、太田生が賦性に似て更にこれよりも甚しきものなるのみ。唯太田生が余は守る所を失はじと思ひて、おのれに敵するものには抗抵すれども、友に対して否とはえ対へぬが常なりと自註せしは、即是れ彼が合歓木に似たる所にして、其所謂抗低は猶合歓木の葉の縮みて避けむとするごとし。何の矛盾かあらむ。叉何の変易があらむ。足下が太田生の言に前後の変あるを見たるは眞に善し。然れども其認めて変となしたるは、未だ必ずしも悉く変ならず。況や其前後の変を以て矛盾となし、かゝる性質はあるまじきものなる如くいひなしたるは、足下の情を解せざること僕よりも甚しきを見るに足る。其妄四つ。」

 この「是れ四変」とされた部分は不思議な文章である。
 鴎外は作品において、まず豊太郎の弱き、常なき心を長々と説明し、論争においても忍月とは逆の順序で、まずだれにでもある変化を弱き、常なき心という特徴として説明し、第四変をその流れとして、それと同質のものとして説明しようとしている。そのためにベルリンに行く前の説明が必要であった。
 常なしといい、弱さといい、それは、いつどうなるかわからない、都合とか事情とかでどう変化するかわからない、信用のおけないい、堅固な意志や真摯さを持たないことをも意味する。ところが、積極的に信頼を獲得することには関心を持たず、消極的な人生を肯定的に解釈することにのみ腐心している豊太郎は、ここではエリスとの関係に自分の意思を刻印したくないという一点に関心をもっており、その展開の中で人間としてのあらゆる弱点をなめつくすかのように、その狭い限界内でやすみなく堕落を続ける。そういう意味では、短い文章のなかに、日本人的な、特にインテリの弱点を無批判的に羅列している格好のサンプルである。右から左まであらゆる批評がこの作品に自己を見いだすのも当然といえるだろう。
 豊太郎の自己認識の特徴は単純な抽象化、形式化である。人間関係の具体的な内容を反映しないように人間関係を解釈することが彼の自己認識の特徴である。弱いとか変化しやすいことを否定的形式でつかっても、具体的な否定にならず、肯定にも解釈できるほどに抽象的で曖昧な否定である。豊太郎は人間関係や自分の実践の内容をはっきりさせないこと、覆い隠すことに利害を感じる立場にある。それは本質的にはやっていることがごく下らないことで、積極的に主張する必要もなければできるものでもない立場を反映した精神である。また、その形式化によって、自己肯定のために他を否定することも容易になるし、また自己肯定のためにはそれも必要な形式になる。しかも、他を批判ないし否定することも特有に洗練されていて、否定の意思を明確には示さない。抽象化によって内容がはっきりわからないようにしながらも、なおかつ自己を肯定し、他を否定することになる微妙な現実認識を工夫しながら自分の立場を守るのが豊太郎の生活の智慧としての思想である。

 さて、前置きが長くなったが、「おのが運命の絲天方伯の手中に在りといふことを悟りぬと思ひ」という文章は作品では、「足の糸は解くに由なし」と書かれ、「今はこの糸、あなあはれ、天方伯の手中に在り」と書かれている。しかし、「解くに由なし」とも思えないし、「あなあはれ」とも思えない。豊太郎の足を結んでいる糸が何であるかを、この直前の部分から引用しよう。
 「大臣はすでに我に厚し。されどわが近眼は唯だおのれが盡したる職分をのみ見き。余はこれに未來の望を繋ぐことには、神も知るらむ、絶えて想到らざりき。されど今こゝに心づきて、我心は猶冷然たりし歟。先に友の勸めしときは、大臣の信用は屋上の禽の如くなりしが、今は稍々これを得たるかと思はるゝに、相澤がこの頃の言葉の端に、本國に歸りて後も倶にかくてあらば云々と云ひしは、大臣のかく宣ひしを、友ながらも公事なれば明には告げざりし歟。今更おもへば、余が輕率にも彼に向ひてエリスとの關係を絶たんといひしを、早く大臣に告げやしけん。」
 豊太郎はただ職分を尽くしただけで、天方伯に信頼された。大臣に信用され、未来の望を持つなどは思いもよらなかった、ということである。自慢話の部分はこれまでも何度も書いているからよくわかる。「近眼は」などと否定の形式を付け加えることはいつもの挨拶である。しかし、「解くに由なし」とか「あなあはれ」ではなかろう。外的強制はなにもない。問題は豊太郎の意志である。状況としては、豊太郎の意志さえあれば大臣や相沢から離れることはできる。たとえ相沢が大臣にエリスとの関係を絶つ意志を伝えていたとしても、大きな決断のための障害にはならない。
 しかし、その意志がない。その意志が生れて来ない。それが自分の弱さだと悟ったのであろう。強制もない、命令もない、しかし信頼されたらそれを裏切ることはできないという弱さである。ましてもう友人が大臣に自分の言葉を伝えたのであれば、あるいは伝えたのではなかろうかと予測できるとなっては、自分としてはどうしようもないと考えるのが豊太郎の傾向であり、それを弱さとして否定的に、反省的に自己認識している。
 嗚呼、なぜ豊太郎はそれほどに自分を否定的に捉えるのか、むやみに自分を非難する癖をやめるべきであろう、大臣に信用されることが悪いことだろうか、大臣の信頼に答えずにいられないことが罪であろうか、弱さであろうか、それは才能の運命であり、社会的使命なのだ、エリスと別れるのは辛いであろう、しかし、それは才能に与えられた試練である、その厳しい運命を乗り越えることこそ才能の歩むべき運命なのだ、エリスと別れる苦しみを越えて、自分の愛情を社会の発展のために犠牲にするがよい、才能も愛情も深い、そういう人物であればこそ、その深い愛情を苦しみとして内に秘めつつ自分の使命をまっとうすべきである、といったふうな、厳しいにしても都合のいい反論を、この妙な文章は求めているような気がする。
 しかし、嗚呼、あなあはれ、そんなことではない、「天方伯の手中にあり」というが、それは豊太郎の意志であって、それを他人の意志による束縛の形式で表明しているに過ぎない、それは、厳しく見ればごまかしであり、嘘である、本当は出世したくてたまらないのだ、といった批判が可能である。しかし、そんな単純なひっくりかえしはやめて豊太郎のありのままを、言葉のままに認めるべきであろう。豊太郎は自分で出世を束縛と感じていると言っているのだから、ともかくもそうした感じ方を、そうした価値観をもっている。たとえ出世したいと思っているにしてもである。
 豊太郎は大臣に信頼されることを束縛と感じ、自分の意思を他人の意識であるかのように悟っている。大臣の信頼にこたえることを自分の弱さと意識している。このように意識していることはすでにその限界を超えて自分の弱さを対象化しているにもかかわらず、それは自己意識は弱点の契機とならず、逆に自分の弱さを確認し肯定し確定しようとしている。自分の運命を自分の弱さという形式で、運命という強い形式で肯定しようとしている。
 豊太郎は実践的に天方伯を選択しているのであるから、彼の本質は出世であり出世を意志として内包している。この点はあらゆる出世主義者と同じである。しかし、豊太郎の特徴を出世主義者との共通点に還元することはできないし、するべきではない。すでに述べたように、豊太郎にはエリスの世界との共通性はない。出世を選択する点では出世主義者と同じである。しかし、豊太郎の個性はその出世の選択のしかた、追求の仕方にある。出世は内的な意識として奥深くに隠され、大臣の信頼を求め、出世を求めることが、積極的な意志として情熱としては出てこない。出世のためにはあらゆる人間関係をもたちきる、といった、単純な意識とは違う。しかし、豊太郎の明確でない、出世を求める特殊な意識形態は誰にとって、どんな意味をもっているのだろうか。
 豊太郎はエリスを捨てることに自分の意思の刻印を押さない、というつまらない道徳的な意義を自分に認めるためにあまりにも多くを失っていることに気づかないのであろうか。自分の意志を明確にしないことは、人間としてもっとも大きな弱点である。豊太郎はエリスに対しても大臣に対しても自己の立場を曖昧にしている。自分の利害を自分の直接的な意志とは違う形式を貫くことを基本的な傾向としている人物を、天方伯は束縛する必要を感じるだろうか、というのが忍月の感じる矛盾である。
 自分の明確な立場や意志を表明しないし持っていない豊太郎は、天方伯にとっても積極性のない扱いにくい人物であろうから、現実には豊太郎のような人物が競争の中で勝ち残っていくことはないであろう。よほど堕落した、例えば現在のような時代でない限り、とくに明治のこの時代にはすでにエリートの出世の道が限界をみせており、その矛盾の結果としてこのような意識が生れたのであっても、同時にこうした豊太郎のような心理を忍月のように嫌悪する人物がいた時代であるから、このような精神の故に天方伯に信用され束縛されるなどということは甘い幻想にすぎない。
 現実の人間関係は、天方伯の意志が強く豊太郎の意志が弱い場合に、天方伯が豊太郎を束縛できる、という強弱の関係だけで規定されるのではない。豊太郎が、天方伯が導いてくれる出世の道を束縛と言うのと同じように、天方伯にとっても、豊太郎との関係は束縛でもある。天方伯と豊太郎との関係は豊太郎による天方伯の束縛である。あるいはまた天方伯が豊太郎を束縛する観点から見ても、天方伯は束縛する必要を感じるかどうかが問題である。豊太郎が天方伯の役にたつほどの実力を持たねば、豊太郎は文字通り天方伯の束縛となる。お荷物となる。売りは語学力だけである。いかに後進国とはいえ、というより後進国であるからこそ、語学を手段とした多面的な力量が求められる。それがこのように消極的でせこい性格では、天方伯が束縛にしたいと思うだろうか。天方伯が強く束縛しようと思うのは、その実力を評価する場合である。気に入られることを束縛と感じ、「大臣などには会いたくもなし」とか、「気に入られるとは思いもしなかった」とかいう人物をわざわざ束縛する必要はないであろう。対立するでもなく、逃げるでもなく、積極的に求めてくるでもなく、曖昧で正体不明で、軟弱で、不真面目な人物を国家的な仕事に登用することはないであろう。
 鴎外、あるいは豊太郎は、エリスを捨てることに自己の意志を刻印しないことを出発点として、それを全体に貫徹するために、出世のために天方伯についていくことにも自分の意思に基づくものではないとする必要が生じた。自分の意志の刻印を打ち消すための努力は精神を腐らせるもっとも大きな弱点である。だから、あらゆる細部にわたってこの特徴を貫徹し、どんな非難をも退けようとする努力や用心深さは、エリスを捨てることの弁明にならないばかりか、あらゆる細部にわたって信用の於けない人物であることを証明することになる。
 官僚として出世することを、端的に忍月のように功名を選ぶとするのではなく、友に対して否とは答えられない性格として説明し、選択するつまらない事情の方が重用であるかのように、その事情が選択の内容、実践の内容をうちけしたり変えたりできるかのように考えている。つまりは、エリートとして社会的な明確な使命を意識していないために下らない関心に支配されているということである。動かしがたい実践的内容の評価にあたって、その実践にまつわりつく諸事情とか諸心理とかを、実践の内容に対置しうる内容だとか、主観に即して言えば、実際にもそれが動機であり実践は友を思う故だと本気で書いており、そう言っていると書いているのだから、その通りであると主張するのは、それが本気で思想的に真実であるほど不真面目であるし、また単なる弁明、口実がどのくらいの割合で混ざっているにしてもやはり不真面目である。こうした自分の都合か透けて見えるような動機づけ、理由付けをする必要を感じることを堕落というのであって、その基本的内容は実践の内容をごまかそうとする事である。実践の内容を直視せず、端的に表現しない事、つまり実践に端的に対処する情熱、真摯さをもたず、他の側面に注意をそらしながら、そのことで責任を回避しながら可能ならば求める利害を追求するという方法である。本来の弱点は、実際にそうした瑣末な事情が気になり、その事情につねに左右されて、本来の対象に集中することができないこと、つねに自分に対する瑣末な評価を気にして、対象そのものに没入する熱情を持ちえないことである。そしてこれらのすべての精神的特徴は豊太郎が評価に値する実践的目的を何ら持たないことの必然的な結果である。
 豊太郎の精神の基本的な弱点を鴎外は理解しなかった。実践の内容を、それにまとわりつく様々の偶然性の説明や、変化とか弱さとかの主観の形態に解釈しなおすことでエリスを捨てる負い目を覆い隠せると思った。エリスを棄てる意思を明確にしないことの代償としてはるかに卑劣な堕落した精神を獲得し、しかもそれをあらわにしていることには気づかなかった。それどころか鴎外は、エリスを捨てることをエリスと分離されることだと解釈し、つまりは自分がエリスに愛され信頼され、その信頼を上回る天方伯の信頼によって引き裂かれる悲劇的な精神があると感じ、そこに豊太郎の精神の深さを描きえたと考えている。
 忍月はこの種の感情を解さなかった。ただ嫌った。この心理を真に理解したのは漱石である。特に「彼岸過迄」から「心」までは、この心理の批判的分析にあてられている。

 次に、「太田が所謂事業家にあらずして、空想に富みたる畸人なること」という特徴づけであるが、これも丸で特徴になっていないのが特徴である。事業家と空想に富む奇人が対立するのではない。実業家も空想に富んでいる場合がある。豊太郎は事業化にはありえないような特殊な空想癖をもっているというべきである。それを、事業家には空想がなく自分にあるかのように肯定的に自己認識している。事業家との対比であれば、地位で対比すべきだから、豊太郎は出世の道が難しくなった、しかもエリスとの関係が邪魔になっている程度の官僚というべきである。さらに言えば、エリスとの関係の悲劇を深い感情として自分の肯定的な高度の精神として誇るほどの、その程度の力量しかもたない官僚というべきである。空想の方を問題にするのなら、事業家の空想と出世の難しくなった、出世のためになんら特筆すべき力量も目的もない官僚の空想の特徴を比較すべきである。

 第三妄にいう「政治家法律家を以て自ら居らずといふ処は、其『ロマンチック』的生活に傾く張本ならずや」という、ロマンチック的生活の特徴は自分の意思を外に対して明らかにしないことである。エリスを棄てることを自分の意志とせず、エリスを捨てながら、何か漠然としたものに関心を持つことである。その悲劇を自分の高度の精神として誇ることである。それが思想的とか高度の内容であるかにいうために読書だとか真のわれとかを自分の特徴として説明し、しかもそれが立派だと思うほどに愚かであることが非現実的で空想的な意識である。ロマンチックとは、抽象的で形式的なことを言いながら、一方ではごくつまらない生活をすることである。瑣末なことへの拘泥を重視することは、現実的に重要なことから関心をそらすことである。現実から目をそらすことは、この場合はエリスを捨てることに関心を持たないことである。あるいは捨てることにのみ関心をもっているが、それは捨てたのではないという捨て方を探すという意味での関心を持つことである。だから、出世よりもエリスとの関係に主な関心を持つことが出世の特殊な追求の仕方とは思えず、すでに出世とは関係のない人物だと忍月にはみえるのである。
 忍月はそのために出世することと豊太郎の精神に矛盾があると指摘した。しかし、豊太郎は個性として矛盾していない。鴎外の「其前後の変を以て矛盾となし、かゝる性質はあるまじきものなる如くいひなしたるは、足下の情を解せざること僕よりも甚しきを見るに足る」という指摘は形式的に正しい。しかし、豊太郎の変化が矛盾するものでなく、一貫した必然性を表現していることは何ら自慢すべきことではない。そして、この豊太郎を理解できず、矛盾を指摘した忍月には、その間違いにおいて単純ではあるが、より端的で現実的で誠実な精神が現れているのである。
 
 (ゴンチャロフの「断崖」を読み直すことはできなかった。ゴンチャロフの場合はライスキーの情熱を暇人の否定的な特徴として批判的で描いている。ライスキーはその都度自分がまじめに詩人であり画家であると感じて熱中して道具を買ったり、詩を書いたり絵を描いたりする。ゴンチャロフは、画家であり詩人であるその時々に主観的には情熱的であることを客観的に描写する。鴎外の場合は、私は変化しやすい人間です、と説明しているのであるから描写ではないし、客観化ではない。暇な貴族が趣味的に情熱をもやすことを、それを真実の情熱ではないものとして批判的に描く伝統がロシア文学にはある。鴎外の場合は変化は自分の意思を曖昧にするための形式的評価として使われる。ゴンチャロフの関心は、社会にあるのであって自己の弁明にあるのではない。これが客観化の鍵である。その情熱が真実でないというのは個人的な趣味、時間潰しにすぎず何ら社会的意義を持たないという意味である。鴎外の意識は社会には向かわず、自己自身に関心が限定されている。その自己自身が深い社会的内容を含んでいる場合は、主観の対象化は高度の作品になるが、鴎外の場合は、非常に狭い、保守的なエリート官僚の利益の対象化であり、それが道徳的な形式をとっていることが特徴である。)

 

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