「巻煙草」(明治43年1月1日)


   この評論では理論的に新たな進展はない。興味深い文章を少し引用しておこう。
 
 ■ 「写真」といふ短篇で失敗して「田舎教師」で成功した田山氏の野心を認容する立場からは無論のこと、あらゆる力面から考へて見て、同じ人の「罠」が唾棄すべき作である事は明白である。表白の大胆、形式の自由といふ二つの理由が、一部の人々をしてあの作を買はしめたけれども、私には、所詮、田山氏の人生観にはまだまだ幼稚と不聡明と不統一とが夥しく含まれてゐるといふ事を、同じ人の徹底しない論文を読む時以上に思はせたに過ぎなかつた。そしてあの作には、他の作に於て甚だ少ないところの作家としての不真面目な気分が到る処に雑入してゐる。(p235)
 あゝいふ愍むべき誇張は、然し乍ら田山氏を研究するものゝ決して見のがしてはならぬところのものである。私は何時か田山氏と性慾問題との関係を論じて、併せて文学書発売禁止の標準を内務大臣に提示しようと思つてゐる。
 
 ■ 永井荷風氏については沢山言ひたい事があるけれども、此処には唯、氏の活動が明治四十二年以後に於ける最も注意すべき現象である事と、氏自身、色々の意味から考へて、最も有力なる作家の一人である事とを言ふに止めようと思ふ。
 人は氏の感情を清新だといふ。それは或程度まで事実である。然し私は、氏の感情は清新といふよりも放恣である、と言つた方がもつと適当なやうに思ふ。永井氏の放恣なる感情は、貧弱な日本人の感情生活を雨露の如く濡ほした。多くの青年は、蟻が熟して腐つた林檎に集るやうに、氏の作の廿く、悩ましく、艶めかしい香ひに酔はされた。
 たゞ我々は、如何にこの放恣なる感情の持主を取扱ふべきかについては、充分の考量を費やさねばならぬ事を忘れてはならぬ。
 単に感情の清新といふ事だけから、言へば、氏よりも水野葉舟氏の方が一層清新であるといふべき理由がある。少くともあの「隅田川」といふ作の如きは、部分々々には立優つた記述もあつたけれど、全体として作の価値は硯友社一派の往時の作風以上に一歩も踏み出してはゐなかつた。これはあながちあの作に何とか庵羅月とかいふ昔風の人間が出てゐるから言ふのではない。
 「新帰朝者の日記」の中に、男が何とかいふ女に文通を始めるところがあつた。彼処までも感心して成る程外国風だなどと思ひ乍ら読んだ人は、無論私の言に首肯せぬであらう。
 
 ■ 安価といふ言葉が流行して来た。
 告白せねばならぬだけの誠実なる反省なくして告白された告白は、安価なる告白と呼ばれた。安価なる理想といふ言葉もあつた。
 象徴といふ事は表現の手段である。既に手段であるが故に、先づ象徴すべき何物かがあつて、然る後に象徴といふ手段が用ひらるべきである。而してその「何物か」は、必ず其儘では言葉にも形にも表はし得ない、奥深く秘んでゐるところの意味(といふと余り極限するやうであるが、我々は或意味を感得するに当つて、理性の上に享受する場合もあれば、感情に摂取する場合もある。)でなければならぬ。
 若しも象徴といふ事が、単に形を変へ、言葉を変へて表はすといふ事に過ぎなかつたら、それは無用の手数である、言葉の遊戯である、まやかしである、人造金のやうなものである。私は唾棄する。
 又若しも、人生に対して何らの誠実なる反省を有たぬところの人が、漫然と放埒なる空想で拵へ上げた不自然な作を以て之が象徴文学であるといふやうな場合があるとすれば、象徴文学といふものは、売るべき品物がなくてする奸商の広告のやうなものである。さういふ行為に対して、実際社会には制裁があるけれども文学上には無い。やがて我々には「安価な象徴」に堪へぬ時代が来る事であらう。
 
 ■ 十二月十日の朝日新聞に載つた阿部次郎氏の「驚嘆と思慕」といふ、情理並び到れる一文は、はしなくも私の心を動かした。「自然主義の浪漫的要素を力説したい」といふ氏の心境には言ひがたき懐しさがある。


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