14. 道草
 漱石は「こころ」を書いた後、「硝子戸の中」でもこの「道草」でも非常に味わい深い文章を書いている。この奥深さは漱石が自己肯定に到達したことを示している。漱石の自己肯定とは、苦悩に満ちた人生を自己の必然的な運命として受け入れることである。このような境地は一般のインテリとまったく逆の苦悩に満ちた人生によってのみ獲得される。一般のインテリと逆の人生とは、学問の障害となると思われる日常の患いを避け、学問に専念できる地位と環境を確保することである。この作品で漱石は島田を嫌悪しながら島田との関係を断絶しようとしない。逆に島田を受入れ、島田を嫌悪する自分を批判的に認識する努力をしている。このような努力を一時的にではなく、人生全体にわたって実践することはインテリにとって非常に困難である。その意義は長年の蓄積ののちに始めて理解されるからである。漱石は意地として、直観的な道義的義務としてエリート的な環境に閉じこもることを拒否し、その結果としての厳しい生活を長年蓄積した後に、この作品でようやくその意義を理解するに至った。淡々と書かれたこの自伝的文章では日常的な事件が高度の社会的意義において捕らえられている。漱石が自分の日常を理解するには「こころ」までの思想的展開を経由する必要があった。漱石と対立的な人生を選択するインテリがこの作品を理解できないことは、夏目鏡子の「漱石の思い出」に対する低い評価にも表れています。夏目鏡子は漱石を理解できない悪妻の典型のように評価されているが、「漱石の思い出」を読めば彼女がたぐいまれな能力が恵まれた女性であることがわかる。彼女を低く評価している批評家などは彼女に遠く及びません。しかしあの伝記を理解するには「道草」までの作品の内容を理解していなければならないので、今後もなかなか理解されないだろう。

 健三は学者としての出発点から大きな矛盾を抱えている。洋行の時代も厳しい生活を送り、洋行から帰っても豊かな生活は保証されなかった。このことによって健三はインテリ的な無知無能を確定する運命を免れ、現実的な精神を得る可能性を得た。健三が自分の家庭の厳しい状態にすぐに現実的に対応できるのは彼の洋行時代の厳しい生活の成果である。健三の妻も健三を煩わさずに厳しい現実に耐える能力を持っており、健三の気質と一致している。これがこの作品を理解する上での前提である。
 漱石は「こころ」までの作品で獲得した高度の精神によって自分の日常生活のすべてを新たに位置づけている。その一つ一つを網羅的に分析することはできませんので、ここではごく一部分について、特に島田とお常との関係の部分だけを紹介しよう。

 健三は学問のために社交を避け、人間を避けて活字との交渉だけに生きることが「温かい人間の血を枯らしに行く」ことでもあること、学問生活の過程で古い人間関係と疎遠になることを認識している。しかし古い人間関係を回復することは長い期間人間関係を絶ってきた健三にとって簡単ではない。このような孤立は姉や兄や島田の生活を否定すべきでないという道徳的な当為では克服されない。字も知らない姉の生活と比較して洋行までした健三の生活が特別に充実しているわけではなく、比田夫婦と健三の夫婦関係にはそれぞれ特有の矛盾があり、基本的には健三の生活がより深刻で不毛な矛盾を抱えていることを認識できなければならない。
 健三は書斎生活での苦しみを誰にも理解されずに苛立っている。その苛立ちによる健三と妻の対立はすでに学問的な権威と書斎生活が破壊されていることを示している。健三は自ら書斎生活の矛盾を家庭生活に持ち込み、細君との対立を自己否定的認識の契機として取り込んでいる。したがって彼らの対立はすでに積極的な意義を持っており、それがまだ肯定的に認識されていないだけである。
 健三が嫌悪感を持ちながらも島田との関係を維持するのは健三の価値観にとって正しいからであり、義理によるのではない。島田との関係を拒否する形式的理由は兄や姉の言う通りいくらでも発見できる。健三が島田を受け入れるのは、彼が島田の人格に対する嫌悪感に合理性を認めていないことを意味している。健三が島田に会うことは客観的にはインテリ的価値観を否定する意義を持っている。健三がその実践の意義を理解できず、妻に説明することもできないためにそれは健三の偏屈や意地という形式をとる。この偏屈や意地には非常に高度の批判意識が内包されている。島田との交際が厭で堪らないにもかかわらず島田との交際を拒絶しないのはエリートインテリである健三だけに生ずる内的な矛盾である。
 島田との関係を受け入れることを正しいとする健三も受け入れることの具体的、現実的意義を理解しているわけではない。健三の理性的選択は学者的、書斎的価値観や自尊心を破壊する試みである。健三が問題にしているのは島田ではなく島田に対する自分の嫌悪感である。自分の試みがどのような結果をもたらすか明らかではないが、島田との関係が現在の自分にとって不愉快であるほどその不愉快を現実との新しい接点として受け入れる決意をしている。島田を受け入れる健三の精神は矛盾に満ちており、健三自身にとっても自然な感情はまったくない。
 初期作品では島田の特徴は人間の本質的弱点として批判の対象になった。この作品では島田の態度を不愉快に思った健三の精神が批判の対象である。健三は島田のけち臭さを批判するのではなく、島田のけち臭さに対する神経質な自分の感覚に批判的関心を持ち、自分の嫌悪感の社会的本質を理解しようとしている。島田の特徴が島田と健三を分離するのではなく、島田の人格に対する批判意識が島田と健三を分離している。島田との個別的関係を回復することが健三の課題ではない。島田との関係に現れた自分のインテリ的な批判意識を解消することが健三の課題であり、健三はあらゆる人間関係をその契機として受け入れている。

 孤立的な書斎生活が不毛であること、インテリ的学問に内容がないこと等のインテリの特質の否定的認識がどのような経路で獲得されるのかは非常に重要な問題である。インテリが純粋な論理的展開自体によって自己否定を得ることはあり得ない。インテリの自己否定的思想の原動力はインテリの地位の破壊であり、それによる現実との接触とその思想化である。
 漱石の批判的意識は常に自分のエリート的生活基盤を破壊する方向で発展してきた。まず意地として実践した結果を思想化し、その思想の力で再び自分のエリート的地位を破壊することの繰り返しによって思想は発展する。健三の古い思想の破壊は生活の破壊から後れてやってくる。思想の改革によって生活を改善するのではない。生活破壊の偶然や結果を自己に取り込むことで思想が発展する。漱石の思想の主体性は現状からインテリ的に抜け出す手段があるにもかかわらずそれを選択しないことにあり、インテリ的でない思想をまず獲得するのではない。自分がインテリ的な限界を越えていると考えるのはインテリ的な偏見であり、それこそが生活的経験で破壊されていく精神である。
 この困難な選択を続けることが漱石の主体性であり、自己維持である。漱石と対照的な位置にある鴎外は漱石とは逆の意味で思想的に厳しい運命をたどっている。漱石が破壊しようとしたエリート的地位にしがみつき、エリート的価値観を維持する努力の中で思想的生命を失いつつ、著述のためには思想的生命力をどこからか得なければならない。自己の必然的な死を押し止めるための不毛な戦いが連続する。このような自己破壊の観点から鴎外を位置づければインテリの精神の展開はどのような形態を取ろうとすべて必然的に自己破壊であり、その破壊を意識化することによってのみ積極的、発展的であり得ることがわかる。

 このような発展した思想によって漱石はこれまでの自分の精神を具体的に総括している。例えば、島田夫婦に対する健三の批判意識に対する批判である。
  「夫婦は健三を可愛がつてゐた。けれども其愛情のうちには変な報酬が予期されてゐた。・・・
   同時に健三の気質も損はれた。順良な彼の天性は次第に表面から落ち込ん
  で行つた。さうして其陥缺を補ふものは強情の二字に外ならなかつた。」
 島田夫婦の恩着せがましい親切は健三との関係を破壊すると同時にその関係を反映した健三の精神も損なった。島田の親切に対する健三の反発は子供らしい、もっとも表面的で現象的な意識である。こうした単純な認識と感情は現実の複雑な人間関係に接触することで解消される。しかし複雑な人間関係を経験できないインテリの内面ではこの認識と感情が社会的な批判意識として発展する。島田夫婦の打算に対応した、同レベルの批判意識がインテリにとっては本質的な精神となる。初期作品で肯定されていた島田夫婦のような精神に対する批判意識自体がここでは批判的に検討される。それは健三の子供時代についての感傷的な回想ではなく、現在の彼の気質、精神についての深刻な反省である。
 健三は島田やお常との関係で形成した偽善や吝嗇や技巧や嘘等々の二重性に対する批判意識を書斎生活で培養した。島田に対する批判意識は「坊つちやん」から「虞美人草」までの作品では一般的心理として描かれていた。お常の性格的弱点に対する批判意識が強いほど健三の精神の限界が大きい。島田夫婦の二重性に対する批判意識は広い現実社会の中では瑣末な性格的特徴に対する偏屈な批判意識となる。お常に対する嫌悪感は健三が過去に形成した道徳的批判意識の残存物である。インテリである健三が道徳的批判意識を克服する方法はその意識形態を具体的に認識することである。健三はインテリに特有の馬鹿げた心理を無数の経験的衝撃で破壊しなければならない。

 島田は自分の排他的利益のために手段を選ばない。しかし彼に可能な手段は彼の地位と能力によって限定されている。健三は島田がランプを気にする小さな特徴から過去に遡って、島田を吝嗇とか、邪悪という道徳的側面から批判することを止め、現象を社会的に分析している。島田の吝嗇が社会関係の中で、人生全体としては損をしている必然性が理解されればは道徳的批判の対象ではなくなる。島田の吝嗇は資本主義的生産形態が発展し、労働の生産性が高くなるにつれて不合理になる。商品の価値が小さくなると瑣末な商品への固執は滑稽になる。目に見えない損とは資本主義社会の発展によって新しく生じた損である。島田夫婦の恩着せがましい言動に対する道徳的批判はより深い社会的認識によってのみ克服される。島田夫婦は無数の下らない意図にもかかわらず結局貧しい生活に止まっている。むしろ被害者である島田を人格とか虚偽とか技巧の側面から社会的悪として批判する偏狭なインテリ精神も社会性を失い、島田が吝嗇によって損をするのと同様、批判意識によって不毛な思想を形成しつつ島田と同様に没落する。
 「宅の人はあんまり正直過ぎるんで」というお藤さんの弁解を健三は肯定的に位置づけている。道徳的意識を本質とする意識には島田が正直であるという規定は受け入れ難い。島田を正直とするお藤の評価には社会的経験が生きている。島田に対する道徳的批判の方が偏屈で不当で非現実的である。現在の健三の評価は島田の悪い意図を越えた客観的認識となることでより高度にお藤の現実的認識と一致している。健三はこの認識によって島田を気の毒と思い、道徳的嫌悪を緩和している。島田を規定する上において島田の意図ではなく島田の置かれている客観的状況を問題にすることで島田に対する冷静で公正な判断が生まれる。島田の意図は島田の客観的規定においては本質的ではないことが社会的認識の発展とともに理解される。
 島田に対するこうした寛大で冷静な判断は健三にとって思想的な成果の一部分である。健三の主な関心は自分自身にある。
 島田は守銭奴としてわずかな金に対する欲によってわずかな金と共に生きている。健三は書斎的な学問のために人生を費やしてきた。健三には書斎生活が瑣末な執着を示す島田の生活や精神より高度でも充実しているわけでもないと思われる。書斎生活の不毛性を知ることで島田の生活の不毛性に対する道徳的批判や嫌悪の不当性を認識できる。島田に対する健三の対応の変化は健三の自己認識の発展が基礎になっている。その認識が島田や姉や兄との人間関係を受け入れることによっていっそう発展し現実性を得る。時間の浪費を嫌って精進した書斎生活が現実との関係を失う過程でもあることを理解した健三の精神は今現実性の獲得に向かっている。
 健三が自分の思想的限界を克服するためには島田との関係をまず実践的に受け入れねばならない。島田に対する偏見を解消した上で島田との関係を結ぶという順序はあり得ない。言葉遣いが崩れるだけでインテリの自尊心が生じて島田を排除しようとする心理が沸いてくる。健三が自分の感情を抑えると再び島田は嫌悪の念を引き起こすような態度をとって踏み込んでくる。健三はこのような心理的葛藤を繰り返すことでその瑣末な現象の背後にある普遍性を理解し、この葛藤を克服しようとしている。
 健三が再びお常に会った時の心理によって、島田やお常と健三を隔てるものが島田やお常の性格や精神ではなく健三自身の特徴であることが明らかにされている。健三のインテリ的な意識は現実と衝突しておりそれを自覚する能力を健三は持っている。
 健三がもっとも俗で強固な否定的な特徴を持つと考えていたお常も現実的経験によって大きく変化した。エリートに特有の利害と孤立した生活によって発展した偏見は現実の人間関係を反映できない。健三にはお常に対する道徳的批判意識を否定する精神が形成されている。しかしそれを解消するほどの積極的な精神はまだ形成されていない。健三は三十年間も子供時代の価値観を守り、同じ価値観でお常に接している。漱石が「こころ」に描いた時代精神からの脱落がこのような具体的な人間関係上の矛盾に現象している。お常の変化は健三の価値観に矛盾を生じさせ健三の過去の思想を反省する契機になっている。非現実的な思想体系を形成する必要のない妻は厄介な道徳的批判意識を持たず、端的に目の前の現実に対処している。
 島田は健三の過去と切り離せない存在である。その過去は健三にとって新しい自己を形成するための自己認識の契機となっている。島田との関係を回避しないことはこのような健三の認識の広がりの中の一部分である。

 「健三は驚いて逃げ帰つた。酷薄といふ感じが子供心に淡い恐ろしさを与へた。其時の彼は幾歳だつたか能く覚えてゐないけれども、何でも長い間の修業をして立派な人間になつて世間に出なければならないといふ慾が、もう十分萌してゐる頃であつた。「給仕になんぞされては大変だ」
 彼は心のうちで何遍も同じ言葉を繰り返した。幸ひにして其言葉は徒労に繰り返されなかつた。彼は何うか斯うか給仕にならずに済んだ。「然し今の自分は何うして出来上つたのだらう」
 彼は斯う考へると不思議でならなかつた。其不思議のうちには、自分の周囲と能く闘ひ終せたものだといふ誇りも大分交つてゐた。さうしてまだ出来上らないものを、既に出来上つたやうに見る得意も無論含まれてゐた。彼は過去と現在との対照を見た。過去が何うして此現在に発展して来たかを疑つた。しかも其現在の為に苦しんでゐる自分には丸で気が付かなかつた。
 彼と島田との関係が破裂したのは、此現在の御蔭であつた。彼がお常を忌むのも、姉や兄と同化し得ないのも此現在の御蔭であつた。細君の父と段々離れて行くのも亦此現在の御蔭に違なかつた。一方から見ると、他と反が合はなくなるやうに、現在の自分を作り上げた彼は気の毒なものであつた」

 実父には邪魔者として、島田には単なる投資の対象として育てられた健三がその中で破滅せずインテリとして成長したことは第一の成果である。しかしその成果を再び発展的に否定する闘いはこれまでよりはるかに困難である。健三が実父や養父との関係から批判意識とともに脱け出した結果は、健三の予想と違って積極的な人間関係を形成しなかった。健三は実父や養父から逃れた世界の現在に苦しんでいる。立派な人間になることは島田やお常や姉や兄との人間関係を破壊する側面を持っていた。インテリ的な批判意識を持つことは健三の人間関係の喪失と一致していた。実父や養父に対する子供時代の反感は彼らとの関係の反映である。したがって彼らとの人間関係を克服してより積極的な人間関係を形成するにはその批判意識を克服したより高度の精神を獲得しなければならない。それは社会から孤立した関係を反映した批判意識を克服することである。その場合同時に批判意識を発展させてきたインテリ的な孤立生活を克服することが深刻な課題となる。健三はその両者を克服する努力をしている。
 健三が父や島田の世界から脱け出して立派な人間になる場合階級的内容を受けとり社会的な対立を形成する。生活と学問によって島田や姉と分離する傾向は健三の階級的な本質である。インテリはこの階級的な矛盾を克服するための自己認識を階級的使命としている。この認識がない場合にはインテリ世界で形成されるあらゆる思想は無内容である。漱石の作品の全体はこの自己認識を如何に獲得するかというインテリの本質的な課題に直接取り組んでいる。島田やお常との関係はインテリの本質や、インテリの社会的な使命から遠い現象に見える。しかしそのような認識こそがインテリ的な非現実的精神の証である。

 健三は比田や兄や妻にとってはどうでもいいことを非常に重視している。偶然的に一度約束を破ったことを侮辱として忘れずにいる。銀時計を失ったことより比田が約束を破ったことを問題にしている。比田が時計を兄に遣ったことが健三の人生で大きな比重を占めるほど健三の人生は限定されている。健三はこの狭い価値観を破壊するだけの現実的な人間関係を形成できなかった。だから古い価値観が執念深さとして残っている。比田との過去の経験は健三のインテリ的自尊心として残っている。健三がどうしてもインテリ的な自尊心を超えることができないのは「こころ」の先生が自分の人間関係に生ずる矛盾を感じ、自分の未来がないことを理解しながらも、財産に対する執着や叔父に対する恨みを克服できなかったことと同じである。このような健三の心理には小市民階級の深い矛盾が潜んでいる。健三には「こころ」の先生を悲劇に導いた同じ矛盾が内包されている。小市民に特有のこの悲劇を小市民内部で克服する方法は、このような感情を形成し発展させ、その矛盾の法則を発見することである。健三と島田や姉が別の必然性に生きていることを前提し、彼らに対する批判意識をすべて自己に特有のものとして自己内に取り戻し、その批判意識を越える意識を自己の内部で形成することが健三の課題である。

  「気分を紛らさうとして絵を描いた。然し其絵があまり不味いので、写生は却つて彼を自棄にする丈であつた。彼は重たい足を引摺つて又宅へ帰つて来た。途中で島田に遣るべき金の事を考へて、不図何か書いて見やうといふ気を起こした。・・・」

 健三が物を書いたのは文士的な気楽な動機によるのではなく島田に金を遣るためである。健三がこれまでに蓄積してきた矛盾が猛烈な仕事の衝動力であり内容である。健三の耐え難い苦痛を伴うほどの矛盾が「吾輩は猫である」からの作品に対象化されている。島田との関係を拒否せず書斎生活を苦痛と感じている精神が小説の内容を生み出す力になる。しかし漱石がこの作品で描写した厳しい状況で描き始める小説は、健三の置かれた状況からはるかに遠い「吾輩は猫である」から始まる。漱石が自分の状況と精神の意義を認識して健三の意識の形態で描写するには「吾輩は猫である」から「硝子戸の中」に至るまでの作品の系列が必要であった。現実的な自己認識は現象的形態から多くの媒介項を順に経て獲得されねばならない。出発点ですでに非常に深い矛盾を得ていたために「吾輩は猫である」からわずか十年の間に健三自身の置かれた立場の認識に至る多くの内容を描写することができた。金を得た段階でも健三は島田を拒否しない。彼はあくまで自分に可能な矛盾をすべて受け入れる傾向を維持している。
 島田に百円遣るのは体面によるのでも島田を避けるためでもない。健三自身にも明らかでない理由から金を与えている。インテリに特有の矛盾を蓄積することがインテリ特有の成果を生むことを漱石はこの段階では肯定的に認識して描いている。しかしこのような意義は長期間の労苦の蓄積によって明らかになるのであって、その成果を予定して、その成果の代償として払われるのではない。必然は蓄積されることで自分の本質を明らかにする。それまでは外部のあらゆる誤解や自己懐疑に耐えなければならない。それがインテリ的な成果の一般的特徴である。

  「ぢや何うすれば本当に片付くんです」「世の中に片付くなんてものは殆どありやしない。一遍起つた事は何時迄も続くのさ。たゞ色々な形に変るから他にも自分にも解らなくなる丈の事さ」健三の口調は吐き出す様に苦々しかつた。細君は黙つて赤ん坊を抱上げた。「おゝ好い子だ々々。御父さまの仰しやる事は何だかちつとも分りやしないわね」
 細君は斯う云ひ々々、幾度か赤い頬に接吻した。」

 健三と妻の日常生活と会話にはこれまでに描かれた深刻な矛盾が含まれている。矛盾を片づけないことを自分の必然性として確定していることがこの会話の意義である。漱石は穏やかな日常の中で同類の対立が繰り返されることを作品の最終部分に描写している。それは矛盾を片づけようとしない健三の精神に即した描写方法である。学問の内容も芸術の内容も社会的な矛盾である。島田との関係は一段落したとしても島田との関係も含めて人間関係のすべてが片づいた状態にはならない。健三の言う片づかないと細君が言う片づいたは一致している。一つの矛盾が片づいた後の新しい矛盾を現実として受け入れることは妻の前提であり、健三はそれを連続として意識している。すべての矛盾を受け入れる長い経験の後にすべての矛盾を受け入れる力量が獲得される。それが豊富な経験を積んだ者に特有の落ち着きであり精神の力である。「世の中に片付くなんてものは殆どありやしない」という言葉に漱石の到達した自己肯定の境地が集約されている。漱石は自己をこのように確定した後、その立場からこれまで描写してきた世界を突き放して「明暗」を描写している。

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