森 鴎外論

鴎外の基本的な特徴は、保守的エリートの地位を道徳的に弁護し肯定したことにある。この特徴は、同時代の四迷、一葉、漱石と対照的である。
 四迷は明治の階級分化の全体を批判的にとらえ、出世主義者と、出世から取り残される者のそれぞれの果実を客観的に描いた。出世には、商品経済の発展がもたらすあらゆる物質的な富と、地位の社会的な力が与えられ、取り残されるものには現実についての深い認識と感情が、個人としての破滅とともにもたらされる。
 漱石は下層の人間が得る果実を知らなかった。漱石はエリートとして、エリートやブルジョアの得る富や地位の力に反発し、それを拒否することを精神的な価値と考えた。その上で、その道徳的な批判意識が無力であることを具体的に認識することを通じて日本的なエリートの本質をとらえる事が漱石のエリートらしい果実となった。
 一葉は四迷のように時代を全体的に概括的にとらえることはなかったが、四迷より遅れて、緊密な人間関係から出発して、下層の世界の人間関係の崩壊とそれを代償に得られる果実を力強くとらえた。

 鴎外は、エリートとして非難される側面を道徳的に弁護した点で漱石とまったく逆の立場にあり、二人がともに文豪と称されるのもそのためである。 明治の日本が西欧諸国に追いつくためには、発展を担う人材の育成が急務であり、人材は少なく貴重であったために、一方で実質的に発展を担う優秀な人材を生み出すとともに、他方では、そのエリートの特権的な地位によって堕落する人材をも多数生み出した。鴎外はこのエリート内部の対立のなかで生じる日常生活での瑣末な不満を表明し、また瑣末な批判に対して自己を弁護した。エリートやブルジョアは上からの改革を担う積極的な力をもっていたが、鴎外はその役割を担うことなく、その役割に対立しつつ、エリート内部で生ずる道徳的な批判から自分の地位と名誉を守るための独自の道徳的な精神をまとめあげた。
 漱石と鴎外の両文豪に見られる対立関係は基本的には明治の必然の反映であった。大正時代には鴎外は自分の使命を終えている。漱石は明治の精神の終焉を客観化して描写し、新しい精神を形成するにいたったが、鴎外にはそれはできず、過去の歴史的な実証的な世界に住処を求めた。
 以上がここで扱われる作品の概観である。

★★注★★
 03年11月5日の「高瀬舟」で、鴎外作品についてのメモ的な覚書をひとまず終了することにして、今後暇を見て改稿します。これまでの文章には、てにをはの間違いや主語述語の関係のずれなどの初歩的で純技術的な間違いすらたくさんありますし内容的もまとまっていないと思われます。試みに「うたかたの記」を読み直したところ、思いつきを書き下ろしただけの文章に残す価値のあるものはほとんどありませんでした。おそらく他の文章も似たようなもので、跡形も残らないものもあろうと思います。で、改稿したものには☆印をつけておきますので、今後参考にされる方は、改稿したものを読んでください。

 目次

1. 『舞姫』  (1) (2) (3) (4) (2002.2.15〜19改稿)

2. 『うたかたの記』 (03.11.23)   

3. 『文づかひ』 (03.11.25)

4. 『そめちがへ』 (03.11.28)

5. 『半日』 (1)  (04.2.09) (2) (04.2.11)  批評(中野重治 )

☆ 6. 『懇親会』 (04.2.21)  

☆ 7. 『追儺』 (04.03.10)

8. 『魔睡』 (04.3.17)    ☆9. 『大発見』 (04.5.21)     ☆10. 『ヰタ・セクスアリス』 (1) (2) (3)  (4)  (5)(04.4.14)

11. 『鶏』(1) (2)(04.5.27) ☆12. 『金貨』 (04.6.1) ☆13. 『金比羅』 (04.6.1) ☆14. 『杯』 (04.6.1)

15. 『牛鍋』 (04.6.9)   ☆16. 『電車の窓』 (04.6.9)   ☆17. 『木精』 (04.6.9)   ☆18. 『里芋の芽と不動の目』 (04.6.9)

19. 『青年』(1) (2) (3)  (04.7.07)   ☆20. 『桟橋』 (04.7.12) ☆21. 『普請中』 (04.7.14)

22. 『ル・パルナス・アンビュラン』 (04.7.27)  ☆23. 『花子』 (04.7.31)  ☆24. 『あそび』-1 『あそび』-2 (04.8.04)

25. 『沈黙の塔』 (03.2.18)  26. 『食堂』 (03.2.21)  27. 『蛇』 (03.2.25) ☆ 28. 『カズイスチカ』 (04.8.10)

☆29. 『妄想』-1 (04.8.11)(2)(8.12)   ☆30. 『藤鞆絵』 (04.8.218)   ☆31. 『雁』 (04.8.20)

32. 『流行』 (03.6.23)   33. 『心中』 (03.6.24)    ☆34. 『百物語』 (04.8.21)   ☆35. 『不思議な鏡』 (03.6.26)

36. 『鼠坂』 (03.9.05)      ☆37. 『田楽豆腐』 (04.8.23)   ☆38. 『灰塵』 (04.8.31)

☆39. 『かのやうに』『吃逆』『藤棚』『槌一下』 (04.9.02)     ☆40. 『最後の一句』 (04.09.03)

41. 『高瀬舟』 (04.09.06)


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