『妄想』-1 (明治44年3月) 

 深い内容を持たない鴎外の作品は例外なく退屈であるが、この作品は特別に退屈である。鴎外の個人的な不満や弁解を描いた作品には偏狭で陰気であっても、鴎外なりの真剣さがあった。常にごまかしやはぐらかしや虚偽を内容としているので誠実とは言えないし本質的に不真面目であるが、主観的な意志としては真剣さが認められた。この作品は、鴎外の不満や弁解を書いたものではなく、鴎外の自己満足を描いたもので、しかもそのインテリ的な感傷に書物的な知識の断片を挟み込んでいるので、鴎外にほれこんで、鴎外と同じ気分を持っているのでない限り、このうえなく退屈な作品である。
 晩年を迎えたインテリが自分を肯定し、自分を慈しむこうした感傷はよく見られるが、否定的に反省して自分を味わうところが鴎外らしい陰気な楽しみ方で、そのゆがみが味わいとなって批評には気に入られ高く評価されている。こうした感傷は鴎外の年齢からして自分の弁明や肯定や自慢の手段として描かれるのではなく、一時的であるとは言え率直な感慨であろう。こうした甘い感傷は、深刻な課題を持てず、保守的な自己満足の境地が定着しているということであり、この深刻な意味において鴎外の精神は妄想の世界に入り込んでいる。
 目前には広々と海が横はつてゐる。
 その海から打ち上げられた砂が、小山のやうに盛り上がつて、自然の堤防を形づくつてゐる。アイルランドとスコットランドとから起つて、ヨオロッパ一般に行はれるやうになつたdunといふ語は、かういふ処を斥して言ふのである。
 こうしたゆとりの或る落ち着きはらった文章にもおのずと限界が表れている。鴎外の感情は断片的な知識と知識を誇ろうとする感情のために貧しくなっている。小山のように盛り上がっている砂山を見て、鴎外の関心は自然にdun という辞書的な知識に導かれている。頭の中に書物的な知識の深い溝が出来ていて、自由な発想を妨げている。しかし、鴎外はこの限界の中でゆったりした満足の境地にある。書物的な知識の中だけに長く生きてきて、その限界を知る事がついにできず、書物的な知識を振り回す事を自由な境地だと思うのはすでに鴎外の意志もむしばまれているということである。
 河は上総の夷 川である。海は太平洋である。
 書物的な知識の披露以外には、こんな無意味な、思わせぶりな文章を書いている。これにつまらない教訓が添えられるとこの作品の内容のすべてである。時間や生や死について書いても具体的な知識に乏しく無理に難しそうなことを考えようとしている。難しそうな言葉を引用しても内容は深まらない。
 鴎外の空虚な思想は、この後に描いている軽薄な留学生活のころからはじまった。鴎外にとって若い時代は古きよき時代である。エリートの人生は自信と希望に満ちていた。鴎外は後進国のエリートとして比較的順調に出世し、深刻な思想的課題を持つ必要もなかった。自分の作品に対する批判を深刻に受け止める事もできず、空虚な思想を意地で弁明し続けた。そうした人生の晩年に、生や死についての暇人らしい感傷的な文章が頭の中に沸いてくる。出世と体面ばかりを気にした面倒な人生であったために自己満足も作為的である。鴎外はこうした単純な感傷を思想的に意味のある精神として表現しようとしているが、実際にそんなものではないのだからそんなものではないように描いている。
 時としてはその為事が手に附かない。神経が異様に興奮して、心が澄み切つてゐるのに、書物を開けて、他人の思想の跡を辿つて行くのがもどかしくなる。自分の思想が自由行動を取つて来る。自然科学のうちで最も自然科学らしい医学をしてゐて、exact な学問といふことを性命にしてゐるのに、なんとなく心の飢を感じて来る。生といふものを考へる。自分のしてゐる事が、その生の内容を充たすに足るかどうだかと思ふ。(p126)
 鴎外は若い時代の自分をこれほどに高く評価している。自分を根拠なく高く評価するのは「舞姫」の時代と同じで、歳を重ねてもそれは治らなかった。若い時代にすでに独自の思想が生まれ、それが自由行動をとるほどに成長していた、と書いている。しかし、それは嘘であるし、より深刻には鴎外の無能である。自由行動をとるほどの思想はどこにもなかった。「生といふものを考へる。自分のしてゐる事が、その生の内容を充たすに足るかどうだかと思ふ。」といった考えは思想ではなく、自由行動する空想に過ぎない。この言葉自体が無思想の証明である。しかも、鴎外は晩年になって自分の若い時代の思想のありかたを想定しているのであって、この年齢になっても、こうした単純な感慨が高度の思想だと信じて描いている。無思想なインテリの頭に沸いて来るこの種の妄想を、鴎外が器用にまとめてあるので引用しておこう。一ページに満たない平凡で類型的な文章である。
 生れてから今日まで、自分は何をしてゐるか。始終何物かに策うたれ駆られてゐるやうに学問といふことに齷齪してゐる。これは自分に或る働きが出来るやうに、自分を為上げるのだと思つてゐる。其目的は幾分か達せられるかも知れない。併し自分のしてゐる事は、役者が舞台へ出て或る役を勤めてゐるに過ぎないやうに感ぜられる。その勤めてゐる役の背後に、別に何物かが存在してゐなくてはならないやうに感ぜられる。策うたれ駆られてばかりゐる為めに、その何物かが醒覚する暇がないやうに感ぜられる。勉強する子供から、勉強する学校生徒、勉強する官吏、勉強する留学生といふのが、皆その役である。赤く黒く塗られてゐる顔をいつか洗つて、一寸舞台から降りて、静かに自分といふものを考へて見たい、背後の何物かの面目を覗いて見たいと思ひ思ひしながら、舞台監督の鞭を背中に受けて、役から役を勤め続けてゐる。此役が即ち生だとは考へられない。背後にある或る物が真の生ではあるまいかと思はれる。
 これは、静かに自分というものを考えて見た甘味な妄想である。努力を怠らず、自制を怠らず、外面的には十分な成功を納め、それを自覚していて、自分はまだ多くができたはずだと否定的に反省してみせる甘い感傷である。こうした妄想が頭に沸いてくる事は誰にでもあるにしても、こうした夢想を本気で高度の自己否定的、反省的精神と考え、それを自己の思想として文章に書く事ができるのはよほど愚かに自惚れている場合だけである。自分にはもっと何かができたはずである。しかし、それがどうにもならなかった、というのは、自分を慰めるためにも、自分を現状以上に見せかけるためにも有効に見える。しかし、こうした反省は深刻でも真面目でもあり得ない。
 鴎外の反省には具体性がない。自分が本来やるべきものとは何か、それを妨げているものはなにかを考えていない。具体的な内容を明らかに出来ない事を苦悩と主張し、自分が本来あり得たものと違う、と繰り返すだけである。もし、自分の本来の目的、能力、意欲やあるいはそれを妨げているものについて具体的に表現したなら、すぐさま、なぜそれを実践しないのか、なぜその障害を排除しないのか、その努力をしないのかが問題になる。そして、それが問題になった場合には、その努力をしないことの理由を説得力をもって説明しなければならない。そうした疑念が生じない様にするのが鴎外の本能的な用心であり生活の知恵である。ただ、自分が本来の自分ではない、と現状に対してグチのような自慢のような、自己否定のような、自己肯定のようなことをだらだらと書きつらねるだけである。だから、真面目な話ではない。こんな話は、現実に言葉として聞かされると退屈である。文章にして、空想につまらない装飾をつけると、深刻な自己反省に見える。その抽象性と空虚さが深さや無限性に見える。それを鴎外のような年齢になって真面目に書いているところが無能で不真面目である。
 それとは違つて、夜寐られない時、こんな風に舞台で勤めながら生涯を終るのかと思ふことがある。それからその生涯といふものも長いか短いか知れないと思ふ。丁度その頃留学生仲間が一人窒扶斯になつて入院して死んだ。講義のない時間に、Chariteへ見舞に行くと、伝染病室の硝子越しに、寐てゐるところを見せて貰ふのであつた。熱が四十度を超過するので、毎日冷水浴をさせるといふことであつた。そこで自分は医学生だつたので、どうも日本人には冷水浴は危険だと思つて、外のものにも相談して見たが、病院に人れて置きながら、そこの治療方鍼に容喙するのは不都合であらうし、よしや言つたところで採用せられはすまいといふので、傍観してゐることになつた。そのうち或る日見舞に行くと昨夜死んだといふことであつた。(p130)
 これはこの先も続く繰り返しの一つにすぎないが、鴎外らしく話が横道にそれている。友人の死に立ち会って、自分の人生だっていつ終わるかわからない、というのはだれもが経験する感慨であろう。しかし、鴎外の場合は、この感慨に官僚的で冷たい自己が表れる。砂山の寂しいようなわざとらしい描写から語学の知識に導かれるのと同じで、友人の死という深刻な経験から、医学生としての自分の優れた見識の披露に関心が向かうほどであるから、生や死について深い感情や反省を得ることなどできるはずがなかった。友人の死にあっても深い喪失観や悲しみを感じることがない鴎外が、死や生についてどれほど考えを巡らしても空虚である。
 鴎外は、生や死について具体的に考えるのではなく、死や生について考えたと抽象的に主張している。あとは、自分の能力を誇示することと、自分が死んだら故郷の親や兄弟がどんなに悲しむか、「留学生になって学業がならずに死んでは済まない」とかいう、家庭的な体面にかかわる意識を二、三あげているだけである。鴎外は留学をしたにもかかわらず考えることは少なかった。だからこそ鴎外にはこんな日常的で煩雑なな心配事がことさらに深刻な人生の内容だと思われているのである。
 そんなら自我が無くなるといふことに就いて、平気でゐるかといふに、さうではない。その自我といふものが有る間に、それをどんな物だとはつきり考へても見ずに、知らずに、それを無くしてしまふのが口惜しい。残念である。漢学者の謂ふ酔生夢死といふやうな生涯を送つてしまふのが残念である。それを口惜しい、残念だと思ふと同時に、痛切に心の空虚を感ずる。なんともかとも言はれない寂しさを覚える。
 それが煩悶になる。それが苦痛になる。(p129)
 つまらない屁理屈である。鴎外は死によって自我がなくなることには覚悟が出来る、と言う。肉体としての死を恐れていない。しかし、人生を無駄に過ごすことは口惜しい、苦痛である、という。そう言われればそのような気もする。しかし、自分が何であるかがわからない、ということがなにか思想のような、それが苦悩の内容であるように言うのはそれは嘘であろう。なぜなら、酔生夢死が耐えがたいという煩悶、苦痛を深刻に感じているとすれば、それは深刻で明確な自我だろうからである。こうした苦悶を持つこと自体並外れた自我であり、思想をなによりも重視する、思想的な自我であろう、と鴎外も思っているだろう。金や地位や生活に自我を飲み込まれてしまうのが普通であるのに、自分の人生について反省し、それが酔生夢死に終わることを恐れ、苦悶し、苦痛を感じ、肉体の死よりも恐れるのは特別の自我であると考えているからこそ、鴎外はこの苦悶を自分の高度の精神として描いており、批評もそのように評価している。
 しかし、そうなると話がおかしくなる。本当の自我がないのが苦痛である、という優れた自我がある、というのが自我の弁解である。こんな馬鹿な話になるのは、実際に自我を失った自我が、自我を主張する形式だからである。こうした妄想の特徴は、主張すべき具体的自我、具体的煩悶、具体的苦痛を持たないことである。煩悶が深刻であることは、その煩悶の成果としての精神の具体性によってのみ証明される。いつまでもくずぐずと煩悶がある、苦痛がある、とばかりいって、その煩悶や苦痛について具体的に展開できないのは、それが大した煩悶でも苦痛でもなく、時々身を任す甘味な妄想にすぎない、ということである。ちょうどこの作品と同じ明治44年に漱石は「彼岸過迄」を書き、それに続く「行人」で煩悶の正体がわからないことの苦悩を描いた。漱石は煩悶の正体がわからないと、くどくどと書きつらねるのではなく、煩悶の正体がわからない、という特有の苦悩を試行錯誤の内に具体的に描いている。鴎外は苦悩を描いているのではなく、私は苦悩した、苦悩している、と書いているだけである。
 客観的にはここには深刻極まりない矛盾が潜んでいる。というのは、自分に煩悶が有る、苦痛が有る、酔生夢死に人生を送るのは口惜しい、と言うことが自分の高度な精神をひけらかすことだと思っている間に、実際に人生は浪費されているからである。この文章に、精神の喪失と、人生の浪費の結果が表れており、しかもそれを認識できないことが表れているからである。このように煩悶を主張することで鴎外は主観的には充実している。しかし、それは鴎外が自分の主張、妄想の空虚さを理解できないからである。だから、こうした無内容な煩悶や苦痛を標榜することには深刻な問題が含まれており、深刻ぶっている場合ではないほど事態は深刻である。
 煩悶も苦痛も具体的な内容を持たないから、鴎外は煩悶と苦痛を持ったと繰り返し書いている。同じことを、色を変え品を変えてしつこく書いた上で、「切実にかんぜられる」とまで書いている。どのように切実かを書くことができないから、また書く必要を感じていないからこのような書き方になる。切実さは、その苦痛が具体的に表現できるほどになるか、なんらかの実践に駆り立てられることによってのみ明らかになるし、その苦痛が何であるかを発見し描写するのが作家というものである。切実だ切実だとしつこく主張するのは切実ではない。鴎外は「舞姫」でも目覚めた自我を描くのではなく、自我が目覚めたと主張し、批評はそれを額面通りに受け取って近代的自我の目覚めが描写されたと解釈した。晩年になって、本来のあるべき自我を失った、と主張すると、鴎外が自我の喪失を自覚するほどの高度の自我を持っていると解釈し、ここに悲劇を感じ取っている。しかし、鴎外は失って惜しくなるほどの字がを持っていなかったし何ら失っていない。自我が空虚である事を知ることができるならそれは鴎外の自我ではない。
 さういふ時にこれまで人に聞いたり本で読んだりした仏教や基督教の思想の断片が、次第もなく心に浮んで来ては、直ぐに消えてしまふ。なんの慰藉をも与へずに消えてしまふ。さういふ時にこれまで学んだ自然科学のあらゆる事実やあらゆる推理を繰り返して見て、どこかに慰藉になるやうな物はないかと捜す。併しこれも徒労であつた。(p130)
 なんとも深刻なそうな気楽な話である。切実にしては何もしない状態に落ち着きはらっている。いろいろと努力した、しかし、徒労に終わったと言うことが、求めるものの大きさ、高さ、深さの証であると考えている。それは、努力が徒労に終わったばかりでなく、徒労であったことを深刻に理解することもできないことを示している。
 切実な苦痛と、それに基づく努力の結果が、自分は切実だったとか努力が徒労に終わったという愚痴に終わるのは、苦痛や努力や切実さの虚偽を証明している。努力せず、切実な苦痛を感じることもなく、深刻な苦悩も努力もしなかった保守的官僚が、深刻な努力や苦悩とはこんなものだろうと、空想したものがこのき作品である。鴎外は作品を沢山書き、官僚として十分な出世もした。出世のためにも著述のためにも努力をした。そこには切実な不満もあったし、真剣な弁解もあった。その努力は徒労ではなかった。出世という目的のために努力し、成果を得た。思想的な成果はなかったが、鴎外はそれを認識する能力を持たなかった。出世主義的な人生にも、その人生を弁護した作品についても、批判的に認識する事はできず、すべては出世の肯定を目的としており、出世は果たされた。
 自分の努力は徒労であった、という反省は虚である。徒労であったと言っていても、徒労であった事を説明していないし、その関心もなく能力もない。鴎外は過去を高く評価した上で、過去を否定する程に現在が高いという印象を与えようとしているだけで、過去を具体的に否定しているのではない。過去を具体的に否定することなく、それを否定する自己を肯定している。これは鴎外がいつもやる自己肯定の方法である。過去を否定して新しい自己を作るほどの具体的な思想を鴎外は持たなかった。
 鴎外はさらに、実例を挙げて同じことを繰り返している。苦悶、苦悩を具体化するのではなく、ハルトマンやスチルネルやショーペハウエルやら、の読書によって苦悶を表現できたと思っている。僅か一ページの中に網羅的に広く、深刻に読んだということが書いてあって、「自分はぞつとした。」、「自分はいよいよ頭を掉つた」と書いている。苦悶を描くのではなく、自分は苦悶を抱えている、努力をし続けていると繰り返し書いている。こういう空虚な主張をしつこく続けていると、そんなことはない、十分な成果を挙げているし、その力があるからこそ苦悶を感じるのであって、それこそが精神の高さの証明である、と反論したくなるであろう、と期待しているのではないか、と思われる。
 兎角する内に留学三年の期間が過ぎた。自分はまだ均勢を得ない物体の動揺を心の内に感じてゐながら、何の師匠を求めるにも便りの好い、文化の国を去らなくてはならないことになつた。生きた師匠ばかりではない。相談相手になる書物も、遠く足を運ばずに大学の図書館に行けば大抵間に合ふ。又買つて見るにも注文してから何箇月目に来るなどといふ面倒は無い。さういふ便利な国を去らなくてはならないことになつた。(p132)
 わずか三年で深い苦痛や煩悶や苦悩を得たらしいのは早熟である。「夜は芝居を見る。舞踏場にゆく。それから珈琲店に時刻を移して」といった時間を潰しながら、僅か三年で人生についての苦悩を得たと思うのは、よほど苦悩や煩悶を知らないからであろう。苦労知らずの無知な坊ちゃんである。
 発展途上の日本は勉強には不便である。師匠はいないし、書物を手に入れるのも便利でない。鴎外は、この不便のために自分はやりたいことができなかった、折角の能力を延ばせなかったと言いたい。愚かな坊ちゃんは、ヨーロッパに留学して、日本は遅れていて不便で、やりたいことがやりにくいということを知って帰ってきた。学問に限らずどんな分野を担当するにしても、後進国日本は不便である。それだから留学したはずであるのに、しかもそれが自慢で仕方がないのに、留学から帰らねばならないので真の研究ができない、などと横着な愚痴を言うとはなんと不真面目な留学生であろう。遅れた国だからこそ、洋行の肩書だけを求めるエリートが生まれるのであるからやむを得ないとはいえ、まったく国庫の無駄遣いである。
 自分はこの自然科学を育てる雰囲気のある、便利な国を跡に見て、夢の故郷へ旅立つた。それは勿論立たなくてはならなかつたのではあるが、立たなくてはならないといふ義務の為めに立つたのでは無い。自分の願望の秤も、一方の皿に便利な国を載せて、一方の皿に夢の故郷を載せたとき、便利の皿を弔つた緒をそつと引く、白い、優しい手があつたにも拘らず、慥かに夢の方へ傾いたのである。(p133)
 この男の葛藤はどうにも馬鹿げている。三年ほど洋書を読んで、人生がどうだとか哲学がどうだとか、苦痛だとか煩悶だとか、とても日本に必要とは思えない悩みを抱えて騒いでいる。そして真の研究には日本は不便だとグチ言う。さらに、西洋には「便利の皿を弔つた緒をそつと引く、白い、優しい手があつたにも拘らず」それでもそれを捨てて、やっかい払いをして帰ったのだという。具体的にはこれがこの男の経験した苦悶である。この男の深刻な苦悩は、「白い、優しい手」に後ろ髪を引かれることと同程度の深刻さで、しかも、この「白い、優しい手」を、出世のために冷淡に、なんの感情もなく打ち捨てたことを作品で証明している。鴎外は自分が何を書いているかさえ理解できないらしい。
 鴎外はさらに、「自然科学の分科の上では、自分は結論丈を持つて帰るのではない。将来発展すべき萌芽をも持つてゐる積りである。併し帰つて行く故郷には、その萌芽を育てる雰囲気が無い。」と書いているがそれはウソである。不便であっても雰囲気のある時代であった。洋行させることが国にとって切実であった。しかし、だからこそ堕落した留学生もたくさんいたのであって、しかも鴎外は新しい指導者を育てようとする雰囲気を壊す者のひとりであった。鴎外は犠牲者ではない。鴎外が自信に満ちて活動したにもかかわらずその思想が発展し勝利することがなかったのは、鴎外が時代の必要に応じられなかったからであって、雰囲気のせいではなかった。
 鴎外がもし自然科学の分野で萌芽を得たのであればこんな思わせぶりな苦悩は生まれなかっただろう。萌芽を西洋で育てるか国に帰って育てるかは、事情や彼の使命感にかかっている。しかし、そんな具体的な課題をこの男は持たない。この男の言い分がグチになるのは、師匠もいて、書物も手軽に手に入って、そのほか遅れた国の障害が一切なくて、優雅に「真の研究」ができる環境がありさえすれば、自分はきっといい仕事ができたのだろうが、それがないので、残念ながら人生をつぶされてしまった、などと具体的な研究者にはあり得ない不満を抱えているからである。「真の研究」ができない国だから、上司や山県有朋にゴマをすって、出世のためにすべての人生を費やして、自分の体面や評判が問題になると小説を書いて弁明して、そんな努力の結果今は十分に出世もし、作家としても名をなしているが、もっと条件がよければもっと「真の研究」がやれたと言っているのである。一体「真の研究」のためにどんな条件が必要だと考え、また「真の研究」をどのようなものと考えているのであろうか。「真の学問」をあきらめて夢の国に帰る理由ははっきりしていた。出世のためである。「真の研究」の課題などなかった。官僚的な出世と天秤にかけることができるものなど鴎外には想像すらできないであろう。鴎外は努力によって求めるものを得た。だからグチをいう必要はあるまい。しかし、これはグチではない。自分はよくやったが、もっとできたかもしれない、という自慢話である。
 そんな風に、人の改良しようとしてゐる、あらゆる方面に向つて、自分は本の杢阿弥説を唱へた。そして保守党の仲間に逐ひ込まれた。洋行帰りの保守主義者は、後には別な動機で流行し出したが、元祖は自分であつたかも知れない。(p135)
 鴎外は保守党の仲間に追い込まれたのではなくて、正真正銘の保守主義者であった。三年の勉学の末に何の変哲もない保守的な主張をしただけである。遅れた日本は真の研究をする場所ではない、とさんざん愚痴を言う鴎外自身が、保守派の官僚として、日本の近代的な改良に対してことごとく反対した。鴎外は日本を遅れた国にしている張本人の一人であった。そしてそれがうまくいかなかったために洋行帰りの不満家になった。「無に醒覚」するとか、「果敢ない土産」だなどと、しんみりしたようなことを書いているが、具体的な内容は、保守的で頑迷な、遅れた日本に特有の官僚の仕事であった。
 そこで学んで来た自然科学はどうしたか。帰つた当座一年か二年はLaboratoriumに這人つてゐて、ごつごつと馬鹿正直に働いて、本の杢阿弥説に根拠を与へてゐた。正直に試験して見れば、何千年といふ間満足に発展して来た日本人が、そんなに反理性的生活をしてゐよう筈はない。初から知れ切つた事である。(p134)
 これが「真の研究」であろうか。何千年と続いている日本人の生活は理性的であるなどと言っている。それが遅れているから、激変しなければ国の運命が危ないからというので、少ない国庫で留学生を送り出しているのに、帰ってきて、そのままで十分だなどと、三年学んだだけで自信を持って主張する洒落者になって帰ってきた。人生の煩悶だとか苦悶だとかいいながら、「初から知れ切つた事である。」といいかげんなことを言う。煩悶が見せ掛けである事かよくわかる。鴎外はまじめな煩悶を知らなかった。不満がおきるのは、義務のない華やかな留学生活が終わって、日本で地道な仕事をやらねばならなくなるからである。
 さてそれから一歩進んで、新しい地盤の上に新しいForschungを企てようといふ段になると、地位と境遇とが自分を為事場から撥ね出した。自然科学よ、さらばである。
 勿論自然科学の方面では、自分なんぞより有力な友達が大勢あつて、跡に残つて奮闘してゐてくれるから、自分の撥ね出されたのは、国家の為めにも、人類の為めにもなんの損失にもならない。
 これはどういうことであろう。死ぬのは怖くない、しかし、人生が酔生夢死に終わるのはそれよりもっと口惜しいなどと言って、煩悶だとか切実だとかいっていたのに、「地位と境遇」のために「自然科学よさらば」だという。「地位と境遇とが自分を為事場から撥ね出した」というが、外的な力が鴎外と対立して出世を強制したのではない。鴎外は出世を最善として地位と境遇を選んだ。地位と境遇が自分を撥ね出したと表現しても結果は同じである。命に係わる程の深刻な煩悶を繰り返し主張したにしてはあっさりしている。無論本当は順序が逆である。もともと洋行も箔をつけるだけが目的である。そして目的を達成した結果として、その満足の上で感傷に浸っている。煩悶や苦痛が、鴎外の出世のためには必要であった。社交界に出入りするのが好きで、コーヒー店にいくのが好きで、白い手が好きで、特に深刻な課題を持つわけでもないとなると、内面的な苦悩でも持って歩かねば何をしていたのか分からないであろうし、不祥事の弁解が必要であった。留学生活を散々遊んで暮らして満足する場合もあるが、鴎外の場合は、それを深く見せるための内的な煩悶が好みでもあり必要でもあった。

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