鴎外 その側面 中野重治 著 (筑摩叢書 189 1972年2月刊)
 
 「半日」のこと(p87)
 
 中野は、鴎外を批判したいらしい。しかし、批判しておらず、非常に高く評価している。中野は鴎外が妥協的で折衷的である、と批判しているが、それは鴎外が「半日」を全集に収めなかったことについての批判であって作品の内容とはかかわりがない。中野は鴎外の作品を批判的に理解することができないために、鴎外の実生活に対する批判を作品の評価にからめており、そのために分かりにくい批評になっている。この両者を分離するだけで、非常に単純な指摘であることがわかるだろう。しかし、それができないところが、鴎外評価の難しさである。
 
  日本自然主義の弱点の一つは啄木の手によつて指摘されたが、「舞姫」の嘆きから「半日」の渋面の嘆きにまで漕ぎつけた鴎外も、人生と藝術との折角のこの交会を、歴史・社会的なものとして独立に扱うことは結局のところせずにしまつたのではないか。彼にその意図と一部の能力とのあつたことは「半日」の成就とその発表、つづいて「一夜」の脱稿によつて証拠だてられているが、しかも結局のところ、鶴外は、この折角の、彼の人生と藝術とにとつても、明治文学史の発展にとつても、まことにありがたいといつてよかつた交会を、自然主義派の作家さながらに弱々しく、便宜的に、ある点では明治以前の人々にさえ近いやり方で、家内のわたくし事の一つとして片づけてしまつたようである。(p93)
 
 この文章が、具体的に何を意味しているのかははっきりしない。作品の評価は混乱しており、中野は自分の主張をはっきりさせる事ができない。「人生と藝術との折角のこの交会を、歴史・社会的なものとして独立に扱うこと」というのは、表現はややこしいが、この作品が、女性の立場の独立性を描きながら、その側面を発展させられなかった、ということである。
 
  「一夜」に鴎外が何をどう書いたかは今となつて穿繋することができぬ。また「半日」における主人公とりなしの苦労、「東西の歴史は勿論、小説を見ても、脚本を見ても、おれの妻のやうな女はない。」という妻とその姑、わが妻とわが母親とに挾まれて、眼を八方にくばつて家の舵取りをしている主人高山峻蔵と、「女房の云事はよき事にても不聞」という川路の主人とは、その立場、態度がよほどの違いである。「半日」の「奥さん」のすることなすことは「よき事」どころではない。主人公高山は、「よき事にても不聞」でなく、悪しき限りなのを我慢に我慢しているのである。(p94)
  
 中野は、奥さんが悪くて、高山博士が「悪しき限りなのを我慢に我慢している。」と評価している。中野は、高山博士と鴎外の立場に立っており、奥さんの独立性や自由をまったく認めていない。こんな評価をもとにどんな理論を積み重ねても、鴎外を批判しても混乱するばかりである。「半日」に描かれている内容は、まったく逆で、「悪しき限りなのを我慢に我慢している」のは奥さんの方である。お互いに我慢もし非難もするという、個人的な対立という点から見ればどうとうであるが、置かれた立場が違っている。高山博士は、自分と違った価値観を持つ奥さんに、自分の価値観を無理におしつけようとしており、しかも、奥さんとの妥協を求めるのではなく、財産の力を背景に、非妥協的に冷酷に奥さんを否定することに満足を見いだしている。さらに悪い事に鴎外はそれを公表する事に満足を見いだしており、一層悪い事に中野はその鴎外の意図をそのまま認めている。
 中野は、鴎外と高山博士の立場に立って作品を無批判的に、つまり鴎外が意図した通りに読んでいる。しかし、同時に、鴎外を批判しなければならない、という意識を持っている。そのために、作品を高く評価した上で、作品の内容から離れて、そのまま文章を続けて、作品と関わりのないところで鴎外を批判している。
 中野の批判は、要するに、鴎外が「半日」という優れた作品を、しげ女に反対されて発表を見合わせたことがよくなかったと、ということである。芸術家として、しげ女の非難をものともせずに発表する覚悟を持つべきだ、と主張している。どこまでも善良である風な中野は、しげ女の当然の不満を認めずにそれを、鴎外と同じ立場から、「どこまでも悪いこと」と解釈して、芸術の擁護という名のもとに、しげ女に対するより厳しい態度を要求している。これは、鴎外や高山博士に対する批判ではなく、しげ女に対する批判である。
 鴎外が奥さんに妥協的であったかどうかは、鴎外の個人的な事情に属するものであり、批評としてことさらに問題にすべきことではない。作家としての鴎外を問題にするのであれば、家庭生活での処し方など問題にせず、作品だけを問題にすべきである。「半日」がすぐれた作品であれば、たとえ鴎外が奥さんと妥協的であっても、あるいは保守的な官僚であっても、すぐれた作家として評価されるべきであり、その作品の意義を明らかにする事が作家としての中野のなすべき仕事である。奥さんへの対処を、より保守的で偏狭になるべきだという観点から、「半日」の発表にかかわる個人的な問題を主義や思想の傾向であるかのように批判するのは難癖である上に間違っている。鴎外は、実生活において妥協的でなかったし、「半日」はすぐれた作品ではない。
 中野は鴎外を高く評価している。しかし、批判しなければならない、という意志があるために、こうして作品の内容と、家庭的な問題をごちゃ混ぜにして分かりにくくして批判している。「しげ女の少なくとも希望に基づいて全集から「半日」が取りのけられたこと、藝術評価の問題を抜きにした世俗的交換条件で「一夜」の原稿が破棄されたという事実」(p96)をもって折衷主義だと批判するとは、まるっきりの擁護を批判の形式で主張した卑屈な批判である。作品に対するこうした高い評価のもとで、「叩いてびくともせぬ鴎外の便宜主義、藝術家としての中途半端性、事の沈黙裡の処理、世俗の眼に風格としてうつりかねぬその事なかれ主義、その利己主義」(p99)などと付け加えても読者を混乱させるだけである。
 
 「半日」の「奥さん」は全く桁外れであり、高山のいうように「精神が変になつてゐる」状態である。しかし高山は鶴外とともに落ちついている。あるいは気を落ち着かせている。妻の狂態に悩んで情ないばかり愚痴ばかりこぼした馬琴の比でなく、高山と鵬外とは実力で事を処理して毫もこぼさぬのである。(p100)

 財産や収入のことを奥さんに秘密にして、その力で事を処理することは我慢ではない。高山博士の処置にたいして奥さんが、「精神が変になつてゐる」のはごく自然である。中野はそうは思わない。高山博士が我慢していると思っている。そんな理解をした上で、鴎外を芸術以外の側面からいろいろと批判しても無駄である。鴎外に対する分かりにくい批判の中に、作品に対する高い評価が沢山埋め込まれている。これは折衷的な鴎外擁護である。
 中野のこうした特徴について、小熊秀雄が次のように指摘している。
 
 中野重治へ
なんと近頃の呼吸づかひの荒いことよ、
狼の荒さでなく
瀕死者の荒さをもつて
不安定な悪態を吐く
君は毒舌家でなく
諷刺家となり給へ
但し君のこれまでの思想を
観念主義の粒と
極左主義の骨とを
一度乳鉢で
丁寧に磨つてから
この情緒的なものを
諷刺に有効に使ふのだ、
どのやうに見かけの論争が激しくても
君のもつてゐる思想は
一つの焦点もつくらない
こはれたプリズムを
太陽の光線が避けるやうに
君の感情と思想が
四分五裂の屈折ある文章をかゝせる
君が敵とたたかふことは賛成だが
熊手でゴミを掻きよせるやうに
徒に我々の陣営へ
きたないものを近づけて混乱させる
君はどのやうな戦術家であるのか
 
 「鴎外 その側面」は、この詩がぴったりの著作である。混乱をきわめて読みにくく、多くの不必要な批判に覆われて鴎外が擁護されている。鴎外を批判した部分は、鴎外を批判しようとする者にたいする混乱した壁となって立ちふさがっており、鴎外を擁護する外壁となっている。文学史論や芸術論や思想やらの混乱した規定のために、鴎外の実質がまったく分からなくなってしまう。この著作を、鴎外を擁護した論点と、批判した論点を分けるだけでずいぶん分かりやすくなるし、中野が鴎外を非常に高く評価していることが分かるだろう。批判はすべて余計な文章である。
 小熊秀雄の指摘は正しい。この著作を読めば誰でも、中野が何を言いたいのか、どこに論点があるのかわかりにくくて苛立つであろう。批判的な意識はこの混乱に会うとへし折られてしまう。論点がはっきりせず、折衷主義的で、非常に読みにくい。それは、中野が、はっきりした視点を持てなかったからである。鴎外の立場と実践から、批判しなければならないと思いながらもその作品を高く評価しており、しかもその両方の評価を統一しようとしているために、中野の意識自体が混濁している。しかも、それをはっきりさせようとしていない。混濁を混濁のままにしているだけでなく、混濁するように書いているとしか見えない。考え方自体は非常に単純であるが、その単純さを認めることができなかったからであり、その点で、実際に考えがはっきりしなかったからである。
 これは中野の戦術ではなく、中野の混乱である。しかし、混乱が最悪というのではない。自信を持って明確に鴎外を擁護している作家や批評家が中野より優れていることにはならない。あるいは、鴎外が保守的な官僚である事から批判すべきだと思っていながら批判する事ができず、結局鴎外を擁護するだけの批評家が中野より優れていることにもならない。中野は漱石と鴎外をともに保守的な作家と評価しており、両者の違いも関係もまったく理解していない。しかし、漱石と鴎外の違い、あるいは関係といった日本史的な課題を中野以外の誰が規定できていただろうか。鴎外の作品に対する評価が、対立的な立場によってそれぞれにある程度形成されている時に、中野が自分の立場を決めかねていたのなら、哀れな折衷主義者である。しかし、作品の評価が非常に難しくて作品の意味を理解できず、鴎外を批判することが当為にとどまる時に、私生活の側面からでもなんとか批判の視点を得ようとした試行錯誤は、中野の善意として認めてよいであろう。
 必要な事は中野の分かりにくさを批判する事ではない。その当為としての批判を徹底して、作品を批判的に理解しなければならない。これほど混乱した文章を書いていた中野は、自分がはっきりした意見を述べておらず、はっきりした意見を持つ事ができないでいる事を意識していたであろう。そして、同時に、鴎外についての明確な意見のすべてについて、飽き足らず思っていた事であろう。中野は鴎外の作品の単純な肯定と、鴎外の実生活の単純な否定をつき混ぜることで、その単純な批評を超えようともがいているように見える。評価自体は極端に単純で常識的であり、取り立てて主張すべきほどの内容を持っていない。中野はその単純さを超える事ができず、形式的な混乱によって、その単純さを覆い隠している。しかし、日本文学史にとって、こうした苛立ちを経由し、克服することは歴史的な合法則的な課題である。それを内的に超えることなく批判するのは、中野からの後退である。
                                         (2005年・1月5日)