『鼠坂』 (明治45年4月) 

 
 これは具体的な描写を紹介するだけでも気分が悪くなるほどの作品である。他人の悪事を暴く形式で保守的な官僚に特有の薄気味の悪い精神を露骨に描写している。
 戦争であくどく儲けた成り上がり者達の会話には、吐き気がするほどに陰湿で冷酷な心情が自然に浮きでている。官員でも実業家でもない、とわざわざ書き込んでいるが、精神は鴎外のものである。新聞記者が満州にいたころ、日本の軍人に見つからないように匿われていた中国の女性を偶然見つけて暴行して殺した話を、批判的にでも客観的にでもなく、俗物らしい好奇心の赴くままに描いている。自己保身的な臆病にとりつかれていた鴎外は、つまらない文章はたくさん書いたものの、鴎外自身が地位や名誉に関わると理解できる程度の犯罪的な行為に手を汚す事はなかった。しかし、そのために好奇心はいっそう冷酷で陰湿になり、しかも、自己肯定的な意識に凝り固まって、自分の行動や精神の社会的な質を客観化することも批判的に理解することもできなかったために、こうした冷酷で悪質な精神を露骨に表明して平気であった。
 鴎外はこの新聞記者が、殺された女性の七回忌の日に死亡した、と書き添えている。こんな小細工だけで、自分の好奇心を作中の新聞記者の好奇心から切り離す事ができると思い、安心して新聞記者の行動を描いている。鴎外の関心は改めて説明するまでもなく、「藤鞆絵」に書いていた通りの、高利貸が身投げをしようとしている娘を探す気分と同じである。鴎外は自分を主人公に見立てて自分の心情をそのままに描くときには同じ関心を逆の形式で肯定的に描いた。自分には興味はないが、自分が恩を施したために、自分の意志に反して、相手の感謝や愛情と思いがけない偶然のために関係が生じてしまい、さらに偶然のために自分の意思に反して、自分の責任とかかわりなく関係が破綻し、女性が破滅した、という話を、女性の破滅を楽しみながら描いた。いづれにしても、女性に対して情欲的な関心しか持てない点と、女性の破滅をロマンチックに楽しむのが基本的な性格である。鴎外が自分の不利な立場を弁解する場合は臆病な俗物根性を見せるだけであるが、この作品のように人を犠牲にする関係ではすべて冷酷で薄気味の悪い作品になる。鴎外の立場が弱くなったこの時期の作品にはこうした傾向が強く出ており、他人の不幸や破滅を冷たく味わい、しかもそれを描かずにおれない保守的官僚らしい冷酷さが露骨に描写されている。

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