『野分』ノート・・・・ (1) (2)  (3)  (4)

   (一)
 
 ▲白井道也は文学者である。
 八年前大学を卒業してから田舎の中学を二三箇所流して歩いた末、去年の春飄然と東京へ戻って来た。
 
 道也が飄然と東京に帰ってきた、という文章には非常に複雑な意味が含まれている。田舎のしがらみを捨てて、文学者として活動しやすい、誰もが行きたいと思う東京に、野心と希望を持って帰ってきたのではない。そうではなく、道也は、地方を追われて、地方で排除されて、やむを得ず東京に帰ってきた。だから、「飄然と東京へ戻って来た」と言う。こうした特殊な運命には、「十重二十重の因縁が絡んでいる」であろう。その因縁を説明しなければならない。
 まず、越後では、「会社の役員らの暴慢と、青年子弟の何らの定見もなくしていたずらに黄白万能主義を信奉するの弊とを戒めた」。その結果、「役員」、「町の新聞」、「彼の同僚」、さらに、「道也の最後に望を属していた生徒すらも」「身のほどを知らぬ馬鹿教師と云い出した。道也は飄然として越後を去った。」
 道也は、町全体と対立することになったが、その対立は、具体的に発展する事はなく、道也は、孤立し排除された。道也が、「飄然として越後を去った。」という表現には、道也が越後で具体的な対立関係を形成することなく、彼の価値観のゆえに排除され、何の痕跡も残すことなく越後を去ったことが示されている。道也が、地方の有力者との対立そのものにではなく、自分の主張を折るように説得され、それを拒否したことに意義を認めることは、道也を理解する上で非常に重要な特徴である。道也にとっては対立は、金持や有力者に依存せず、彼らとの関係から分離されることに意義を認めている。
 九州での道也の主張には、世の中や社会や未来の国民について不生産的な言説を弄したことが付け加わっている。ここでも道也にとって重要なことは主張自体ではなく、「垢光りのする背広の上へ蒼い顔を出して」世間に受け入れられない主張を繰り返していることであ。そして、道也にとって、主張の結果として、「死ねるか、死に切れずに降参をするか、試めして見ようと云って抛り出された」ことがさらに重要である。道也は社会や未来の国民についての主張の内容を、つまり実業家や世間との具体的な対立、具体的な関わり方を問題にしていない。具体的に対立しようとしていないし、具体的に関わろうとしていない。道也は、自分が排除されることに関心を持っている。自分の主張が実業家に嫌われ、降参するかどうかと問われ、降参せずに、「また飄然と九州を去った」のが道也の人格の意義である。
 第三の「中国辺の田舎」での経験では、11が世間と同化を求めていることが主張されている。道也は金持ちや世間と対立して、自分一人が高いことに満足し、孤立に安んじているのではない。道也は同化を求めているが、世間の方で道也に同化しようとせず、道也を排斥するために、やむを得ず孤立している。しかし、世間が11と同化すべき「高いもの」の具体的な内容は問題にされていない。同化の道筋を発見するために、まず分離する、というのが、道也のやり方である。

 ▲三たび飄然と中学を去った道也は飄然と東京へ戻ったなり再び動く景色がない。東京は日本で一番世地辛い所である。田舎にいるほどの俸給を受けてさえ楽には暮せない。まして教職を抛って両手を袂へ入れたままで遣り切るのは、立ちながらみいらとなる工夫と評するよりほかに賞めようのない方法である。

 漱石が道也の、地方での生活を描いているのは、東京で「立ちながらみいらとなる工夫と評するよりほかに賞めようのない方法」をとるに至った事情を説明するためである。道也は、職を失ったことを、自分の主張の結果のやむを得ない選択として肯定的に位置づけなければならない。11の行動は、世間的にみれば「みいらとなる工夫と評するよりほかない」ことを自覚している。11にとっては、そこにこそ人格の積極的な意義がある。住みにくい、嫌な田舎を嫌って、敗北して、東京に帰ってきたのではない。教職を抛って世知辛い東京に帰ってきたのは、自分の主張の結果であり、主張そのものである。「身のほどを知らぬ馬鹿教師」と言われ、「死ねるか、死に切れずに降参をするか、試めして見よう」と言われ、「頑愚」といわれるほどに自分の主張を貫き、そのために職を追われて、世知辛い東京に帰ってきたことが、道也の経歴の「十重二十重の因縁」である。この因縁は、11が、金持ちや有力者との対立を人格の出発点としながら、東京に帰った時点で、すでに金持や有力者との対立とは関わりのない運命を辿っていることを示している。
 
 道也は、商品経済が発展するにともなって表面化してきた資本主義的な諸現象を、抽象的に、表面的に批判している。日本の社会に、特に漱石の知るインテリの世界に拝金主義がはびこり、人格が失われていることは誰の眼にも留まることである。道也は、この現状に憤り、それを世間と見てことごとく対立する覚悟をし、この覚悟を地位と収入を失うことで示している。拝金主義に対する道也の批判意識を生み出しているのは、拝金主義がはびこる現実である。道也を生み出した生みの親とも言える拝金主義のはびこる現実を、道也が一人で批判してもどうなるものでもない。しかし、拝金主義がはびこる現実が道也の批判意識を必然的に生み出しているのであり、この道也の意識も形成される以外にないであろう。この対立が現実である。
 道也が批判している現実は、たとえ道也が死を覚悟して批判してもどうなるものでもない。現実がどうなるものでもないから、その現実と対立する道也の意識は、その現実と深刻に対立する限りは、その深刻さに応じて変化しなければならない。明治の現実が道也の批判意識を生み出し、しかも、現実とと対立させることで、その意識を変化させ発展させる。そそれが、明治の精神の形成過程である。
 漱石は、道也の地方での生活の中で、道也と世間一般との具体的な対立関係ではなく、抽象的で表面的な対立による分離を描いている。地方の有力者や世間と具体的な対立関係を結ぶことは道也の課題ではない。道也は批判と変革の意志を表明することによって自分が排除され、世間一般と対立する個人であることを確認し表明している。対立を想定し、世間から分離し、飄然と去ること自体が道也の目的であり成果である。現実社会にはびこるあらゆる現象を否定し、世間一般とまったく違った価値観、人格を持つことが道也の意志であり目的である。世間にはびこる価値観のすべてと完全に袂を分かつこと、その立場を貫くことが道也の精神の成果であり、新たな出発点である。
 道也の現実認識は、表面的で抽象的である。拝金主義がはびこり、有力者の暴慢に世間が迎合していることは誰でも知っている。それがよくないことであることも多くの人々が知っている。しかし、この現象の内実は知られていない。道也は、徹底した実践によってこの現象の内実に迫ろうとしている。道也は、実践的な人間関係のなかで、自分の価値観、現実認識がどのような意味を持ち、したがってまた、この現実がどのようなものであるかをより深く認識させられる。この覚悟を貫徹することで得られる自己認識と現実認識は、拝金主義がはびこる現実に浮かれ、有力者に従属して利益を得る覚悟をしている人間の自己認識や現実認識とは大いに違ったものになる。
 道也が地方回りの生活で得た孤立と覚悟は、新しい社会認識の入り口である。道也の孤立は、世間にはびこるすべての意識と、自分と世間とのあらゆる関係を再検討するための、独立的な立場の形成である。11の覚悟と実践は、日常生活の人間関係の中で具体的な矛盾を引き起し、その矛盾の展開として具体的な内容を獲得し、同時に金持ちや有力者への批判意識をも具体化していく。道也は、身近な人間関係のすべてを、自分が得た新しい立場から問い直し、形成しなおさねばならない。道也の覚悟が世間とどのような関係を形成し、そのなかで道也の精神がどのような変遷を遂げるかは、道也にはまだわからない。道也は、過去の関係を清算することによって、自分の未知の現実を形成する覚悟をしていることを、地方回りの因縁によって表明している。これが、道也が、そして漱石が得た、精神の出発点である。

 『野分』ノート (2) 

 ▲ 道也には妻がある。妻と名がつく以上は養うべき義務は附随してくる。自からみいらとなるのを甘んじても妻を干乾にする訳には行かぬ。干乾にならぬよほど前から妻君はすでに不平である。
 始めて越後を去る時には妻君に一部始終を話した。その時妻君はごもっともでござんすと云って、甲斐甲斐しく荷物の手拵を始めた。
  
 道也は、地方の金持や有力者と関わりを避けて飄然と去った。しかし、妻の前から飄然と姿を消すことはできない。金や地位に依存しない人格は、妻との関係によって現実的な意味を持ってくる。
 妻は道也の価値観を非難しているのではない。金力と品性が必ずしも一致しないことや黄白万能主義に対する批判的な意識を、最初は妻ももっともだと思った。道也の価値観は特別でも難しいものでもなく、平凡で常識的である。金持ちや有力者に従属すること自体を誰も望んでいない。しかし、道也がこの価値観を地位と収入を失うところまで押し進めた結果は、妻には何の果実ももたらさなかった。だから妻は、「またですか」と思い、頑固だ、と思う。それを道也はよく知っている。
 金持ちや有力者を批判して、それで人生が安泰であれば、道也の価値観がどんなものであっても妻に不満はない。道也としても、批判意識を貫くことは容易であろう。しかし、道也は、金や地位に依存しない人格を、金持や有力者との対立を離れて、地位と収入を失うことだと解釈しており、そのために、世間にも妻にも受け入れられなくなった。道也の人格が支持され、その批判意識によって生活の手段が得られるならば、道也の覚悟は必要なかったであろうが、世間のすべてに対立して自分だけが正しいという確信も生まれない。道也にとって、金持ちや有力者との対立はむしろ題目であた、世間一般や、その一人としての妻の価値観と実践的にも対立することが覚悟の意味である。だから、妻の不満や自分に対する非難こそが、道也の人格と覚悟の内容である。
 道也の覚悟が道也自身に深刻に反射してくるためには妻に対する信頼が前提となる。世間に対する信頼も前提されている。道也にとって、世間から排除され、妻が遠ざかる事は孤独であり、心細いことである。この信頼において、道也は深刻な覚悟を必要としている。道也の覚悟の強さは、世間や妻に対する信頼と同等である。そのために、道也は、自分の批判意識の意味を深刻に考察する必要が生じ、考察する力量を持っている。一人で貧しさに堪えるだけなら忍耐力だけで十分であるが、妻との関係では、道也の批判意識と覚悟が他人に承認されるかどうかが問われることになる。妻との対立によって道也は繰り返し自分の批判意識と覚悟の正しさを妻と自分自身に対して弁明しなければならない。そして実践的に誰にも承認されないほどに批判意識を徹底することによってのみ、道也の単純な思想は反省を迫られ、批判意識において非妥協性を貫いたまま発展を促されることになる。
 
 ▲ 世の中はかかる細君をもって充満していると云った。かかる細君をもって充満しておりながら、皆円満にくらしている。順境にある者が細君の心事をここまでに解剖する必要がない。皮膚病に罹ればこそ皮膚の研究が必要になる。病気も無いのに汚ないものを顕微鏡で眺めるのは、事なきに苦しんで肥柄杓を振り廻すと一般である。ただこの順境が一転して逆落しに運命の淵へころがり込む時、いかな夫婦の間にも気まずい事が起る。親子の覊絆もぽつりと切れる。美くしいのは血の上を薄く蔽う皮の事であったと気がつく。道也はどこまで気がついたか知らぬ。
 
 道也にとって金や地位に依存しないことは、世間の常識との対立であり、さらには妻との対立である。しかし、妻との対立は、妻の個人的な意見との対立ではなく、世間の対立の結果としての、世間と対立する人格における対立である。地位と金に依存しないことは、零落に耐えることであり、この逆境において「細君の心事をここまで解剖する必要が」生じた、と道也は考えている。実際、道也がもたらした逆境において道也と妻の関係の真の意味が問われている。道也は妻との関係の中に何を持ち込んだ矛盾を、世間との関係と同様に、自己肯定的に認識しており、零落に耐えない妻を対立的に、否定的に評価している。
 順境にある者は、人間関係について深刻に考察する必要がない。だから、その関係の内部に潜む矛盾を知らない。道也がこの順境に矛盾を持ち込んだことは、歴史的な巨大な意義をもっている。しかし、この矛盾の客観的な意義は、道也の人格に潜む内的矛盾を暴き出すことであり、妻の限界や妻に対していかに道也の人格がすぐれているかを明らかにする意義を持つのではない。道也はまず、自分が引き起こした対立において、自己肯定的な認識を得ているが、この自己確信は道也のもっとも表面的な、無批判的な、出発点としての意識であり、この確信に満ちた人格が引き起こす矛盾によってこの人格性を破壊することが道也の人格の力であり人格の具体的内容である。道也は世間との関係においても妻との関係においても、自分の人格の徹底が、人格の破壊でもあることをまったく予期しておらず、世間や妻を批判対象にしている。しかし、これも道也が世間と同じ価値観の内部で対立し、その限界を超えるための、合法則的な手順である。
 妻との関係では、道也が妻の不満を醸成するにいたったことについてどうしても必要になる弁明がある。それは、道也が好んで逆境を選んだのではないということ、妻との関係で言えば、好んで妻を苦しめているのではない、ということである。この主張は、地方回りの経験において、自分の主張によって零落したのであり、その零落を肯定しているという道也の人格性の主張と基本的に矛盾しており、非常に複雑な内容を含んでいる。
 
 ▲ 道也の三たび去ったのは、好んで自から窮地に陥るためではない。罪もない妻に苦労を掛けるためではなおさらない。世間が己れを容れぬから仕方がないのである。世が容れぬならなぜこちらから世に容れられようとはせぬ? 世に容れられようとする刹那に道也は奇麗に消滅してしまうからである。道也は人格において流俗より高いと自信している。流俗より高ければ高いほど、低いものの手を引いて、高い方へ導いてやるのが責任である。
 
 妻との関係も、世間との関係も信頼関係を前提しており、抽象的な信頼関係の中で抽象的な対立が想定されている。信頼しているから引き上げようとしている。もし、道也の零落が、趣味であり酔狂であれば、世間との関係はなく、妻との関係も個人的な趣味の対立である。しかし、道也にとって零落は、人格の正しさの証明として一般的な価値を持っている。零落を、個人的な趣味や道楽として容認されることを求めているのではなく、自分の価値観に妻も世間も同化すべきだと考えている。道也にとって、零落がもたらした対立は、価値観による、人格性における対立であり、道也は、この価値観によって世間や妻から逃避するのではなく、積極的な対立関係を主張している。
 しかし、道也は積極的な関係を求めているものの、世間や妻の理解を求める努力をしていないしすることができない。道也はただ零落する覚悟しており、零落が覚悟の内容であるから、妻にも覚悟を求めているだけである。さらに、道也の覚悟は妻とこそ深刻に対立しなければならない。それほどに徹底したものであることが覚悟の意味である。道也は、世間の常識のすべてと対立する覚悟をしており、その結果として妻にとっても、無意味で不必要な酔狂に見えるほどに徹底した人格を得ようとしている。道也の覚悟の意味は説明できないし、説明することを必要としておらず、道也の人格は、自分に対する否定的評価を予定的に内包しており、妻の不満や世間の嘲笑を身に沁みて理解している。一般的な価値など持たない、趣味や酔狂にすぎない、と批判されるほどに徹底することが道也の人格であり、その上での弁明が道也の課題である。
 酔狂ではないか、という疑問に道也は次のように答える。
 自分は好んで窮地に陥ったのではない。世間が道也を受け入れないからである。世間が道也を受け入れないのは、世間が人格的に低く、道也が高いからである。そして、道也はその低い人格に受け入れられるために妥協する気はなく、低い人格が高い人格に合わせるべきだと考えるからである。道也が窮地に陥った原因は、道也の人格が高いことである。人格が高くて対立していればこそ、妻をも世間をも高いとこにろひきあげることができる。自分の人格が低ければ、妻とも世間とも折り合いよくやっていけるであろうが、それは虚偽である。
 しかし、妻も世間もこのように思っていない。道也にとって窮地に陥ったことが人格の証であるとしても、妻はその人格の結果として困窮を得ただけであり、誰に対しても説得力を持つ説明はできない。それにもかかわらず、道也は世間と妻が自分を理解できない、と主張している。だから、道也の主張は説明抜きの屁理屈であり強情としか見えない。道也は、自分の人格が世間にも妻にもそのようにしか見えない事をよく知っている。だから、好んで窮地に陥ったのではない、と主張している。しかし、道也には人格の内容を説明する事はできず、世間より高いから窮地に陥ったのだと断定するだけである。両者の主張は抽象的に対立している。しかし、この対立が具体的な内容を生み出す原動力である。
 金持ちや有力者に依存しないという人格の具体的な実践が妻を不幸にする場合、妻との関係における人格は、金や地位に依存しないことと直接一致するものではない。道也が零落を選択したことことが、妻にとっては、道也が自分を不幸にしているように見える。漱石は、道也の徹底した覚悟を描く事によって、結果として道也を窮地に追い込んでいる。地位と収入を失うこと自体は窮地の一部分である。道也は自分の批判意識の社会的な正当性、人格の正当性を、金持や有力者との関係においてではなく、零落を選択し、妻を不幸にしたことが、人格にとってどのような意味を持っているかを弁明しなければならなくなっている。
 道也は、妻が零落に耐える事ができないことが対立の原因であると解釈している。地位や金に依存しないことを出発点として、零落に耐える人格を得た道也は、零落に耐える事ができない人格を否定する価値観を持つ事になった。道也が妻との関係で実際に直面している問題は、零落に耐える覚悟を持つ事が、零落に耐えない人格を否定する人格としての意味を持っており、それが妻との関係に新しい矛盾を引き起こしている事である。道也はこのことをまだ認識していない。そして、もっぱら、零落に耐える事を肯定的に理解し、妻を贅沢や幸福を求める人格として否定的に評価している。金や地位に依存しない人格が、妻の幸福と人格を否定する結果となり、変革し啓蒙しようとしている世間をも否定的に評価することになっている。これが、零落を価値観によって選択する禁欲主義がもたらす深刻な矛盾である。
 道也は、零落を選択し、零落に耐える力を持つ事が、世間より高く、妻より高いと確信しているが、その高さの内容はは明らかにされていない。道也は世間の常識と対立している。世間より高い道也は、低い世間を高く導く事ができるであろうか。世間が低く、道也が高く、その距離が大きいほど、世間と道也の距離は大きく、道也は自分の人格の高さにおいて、世間との接点を失いつつあり、その接点を失うことにおいて自分の高さの証明だと考えている。それは人格的な孤立であり、世間との接点を失うことであり、人格性をも失うことであるように見える。道也が自分の主張を徹底するほど、その主張に反した結果が表れてくる。そしてますます深刻で困難な弁明が必要になる。
 道也の覚悟が現実的にどのような意味を持つかは道也にも漱石にもまだわからない。この分離過程がいかに重要な意義をもっているかを深刻に理解するのは、漱石の作品系列全体の課題である。この時点で漱石は、妻との対立の形式で、日本史における良心的なインテリの人格の意味を、つまり歴史における個人の役割の日本的な意味を、単純かつ的確にとらえている。道也の覚悟は、日本のインテリの意識と現実社会との意識的な一致の不可欠の契機である。
 

 『野分』ノート(3)

 ▲彼が至る所に容れられぬのは、学問の本体に根拠地を構えての上の去就であるから、彼自身は内に顧みて疚しいところもなければ、意気地がないとも思いつかぬ。頑愚などと云う嘲罵は、掌へ載せて、夏の日の南軒に、虫眼鏡で検査しても了解が出来ん。
 三度教師となって三度追い出された彼は、追い出されるたびに博士よりも偉大な手柄を立てたつもりでいる・・・道也が追い出されたのは道也の人物が高いからである。
 
 道也は、自分の孤立は学問の本体に根拠をもっている、と主張している。しかし、学問の内容は明らかではなく、追い出されること自体が手柄である。世間と対立し、世間に認められず、孤立し、零落していること、さらにそれを道也が手柄と考えている事の全体が世間にも妻にも認められない。道也はこれを金や地位に依存しない学問の結果であり、この人格によって啓蒙することができる、と主張している。しかし、現実として見えているのは、零落と、道也が零落を肯定していることだけである。それだけでは人格の高さも学問の高さも明らかでないし、明らかにしようとしていないし、できない。だからこそ、道也は覚悟によって零落に耐え、覚悟を人格として主張している。自分が高い、と繰り返し主張しているのは、高さを説明できず、高いことを納得させられないからである。そして、道也は自分の高さを説明し納得させようとしているのではない。道也にとって、零落することによって人格や学問までもが否定される価値観と対立することに意義がある。それは同時に、このような道也の主張に対して、常識的な価値観がどのような批判や嘲笑を与えるかを明らかにすることでもある。

 ▲妻君の世界には夫としての道也のほかには学者としての道也もない、志士としての道也もない。道を守り俗に抗する道也はなおさらない。夫が行く先き先きで評判が悪くなるのは、夫の才が足らぬからで、到る所に職を辞するのは、自から求むる酔興にほかならんとまで考えている。
 
 道也は、妻が自分をこのように思っている、と考えている。だから、妻の認識は道也の自己認識でもある。自己確信の中に、妻の認識を経由してさまざまの自己否定的な亀裂が入り込んでいる。道也の人格は実践によって、酔狂であり、才が足らぬのである、という評価を受けた。道也の人格の高さは妻にとっては無能である。道也の人格は、妻に無能といわれる内容を実際にもっている。道也の人格はこうした否定的評価を内包している。こうした批判に対立することが道也の人格であり、この批判が人格の内容である。
 地位と収入を失うことが、人格と能力に欠けることだ、という評価は、地位と金で人格や能力を評価することである。そうではない、と道也は実践において主張している。だから、地位と収入を失う事が無能である、という評価が道也の価値観では道也を肯定する事になる。道也は地位と収入を失うことの意義を明らかにする事はできない。しかし、客観的には、地位と金を得ることだけが人格と能力の証ではない。地位と金を失うことには、特有の人格や智恵や幸福の現実性がある。道也はまだそれを妻に示すことができないが、それがあるものと確信している。
 地位と金を失うことが、さらに地位と金を失うことを肯定する精神がどのような具体的内容を得るか、というのは、道也の想像を超えた、歴史的な課題である。道也はそれを得るための第一歩を踏み出したところである。妻は地位と収入を失っただけでなく、道也との信頼関係を失いつつある。道也が、自分の人格性において妻の人格性を否定しているからである。妻は、金持ちや有力者に従属しない道也の人格に対立していないが、自分の幸福を奪う人格に不満を持っている。だから、妻との関係では道也の人格は、地位や金に依存しない、という以上の意味を持っている。道也は、この二重性をはっきり意識していないが、自分の実践が妻を苦しめており、自分の人格が妻の理解を得られないことを事実として理解している。道也は、それを世間と妻の無理解である、と確信している。道也はこの対立を人格の支えとしており、この対立から意識をそらすことなく、飽くまでこの対立において自己を肯定し、この対立を乗り越えようと努力している。この対立を克服する道也の能力は、自分に対する批判を人格の内容として受け入れ、その批判との関係を常に問題にしていることにある。道也は、常に自分の人格に対する最大限の批判の中に身をおいている。これが道也の、そして漱石の力量であり誠実さであり、人格性である。
 
 ▲ 酔興を三たび重ねて、東京へ出て来た道也は、もう田舎へは行かぬと言い出した。教師ももうやらぬと妻君に打ち明けた。学校に愛想をつかした彼は、愛想をつかした社会状態を矯正するには筆の力によらねばならぬと悟ったのである。今まではいずこの果で、どんな職業をしようとも、己れさえ真直であれば曲がったものは苧殻のように向うで折れべきものと心得ていた。盛名はわが望むところではない。威望もわが欲するところではない。ただわが人格の力で、未来の国民をかたちづくる青年に、向上の眼を開かしむるため、取捨分別の好例を自家身上に示せば足るとのみ思い込んで、思い込んだ通りを六年余り実行して、見事に失敗したのである。渡る世間に鬼はないと云うから、同情は正しき所、高き所、物の理窟のよく分かる所に聚まると早合点して、この年月を今度こそ、今度こそ、と経験の足らぬ吾身に、待ち受けたのは生涯の誤りである。世はわが思うほどに高尚なものではない、鑑識のあるものでもない。同情とは強きもの、富めるものにのみ随う影にほかならぬ。
 
 道也が覚悟を固める過程は、世間から分離する過程である。道也はいよいよ孤立し世間との接点を失いつつある。しかし、道也にとっては、それは世間と一致するための過程であるし、客観的にもそうである。道也は地方回りの経験で、人格の実例によって社会を矯正することができないことを学んだ。金持ちや有力者に迎合しない道也の実践は認められなかった。しかし、社会に愛想をつかしたにもかかわらず、社会を矯正する意志も矯正する事ができるという確信も緩いでいない。好例を示して、そのことに満足し、好例に従わない世間を軽蔑するのではなく、好例を示した事を「見事に失敗した」と自己否定的に考察するのが道也の力量である。好例を示すことの失敗を理解して新たなより困難な手段を求めている。
 筆の力に頼ることは実例を示すことよりはるかに難しい。地位と収入を失うことを人格として、その実例に従わない世間を軽蔑するならば、確信は自己満足に終わる。それが平凡な人格である。しかし、道也がその人格を一歩進めて、筆によって社会を啓蒙する使命を負う場合、世間に教えるべき内容を得なければならないし、世間がそれを受け入れるかどうかによって再び自己の認証を得なければならない。道也の関心は、自己の人格形成ではなく、社会の啓蒙である。そして、それは零落をもって、人格と智恵と能力がないこととする世間の評価への反論である。
 道也の零落自体は、人格の実例にならなかったし、まして、世間に零落の肯定を啓蒙することはできない。地位と収入を得た者は、決してそれを放棄しないであろうし、何よりも重要なことは、道也が呼びかけるまでもなく、地位や金を持たない人間はすでに大量にいるのであって、彼らは地位と金を求めて苦しんでいる。したがって、啓蒙を目的とする道也にとって、零落は、人格や学問を得るための手段にすぎない事がはっきりしてくる。客観的には、道也は、地位と金を持つ立場にある自分の精神を変革しうとしているのであって、地位も金もない人間が大多数である社会を変革しようとしているのではない。堕落しているかに見える世間を啓蒙する前に、啓蒙すべき自己を形成せねばならず、したがって啓蒙の対象は道也自身である。
 道也が世間を導くためには、世間を導くための学問を得なければならない。道也は自分がすでに高いと確信しており、実際に高いのであるが、それがどのように高いかは明らかではなく、道也の確信とは逆の方向に精神は発展していく。逆の方向というのは、道也の精神より世間が低いのではなく、道也の精神が世間より低い、という確信である。この認識を得る可能性を得ているのが道也の人格的能力である。その事実を認識するための第一歩として、道也はまず、金と地位を人格や学問の価値とする世間と対立することができた。その衝突の結果零落し、零落においてなお世間より高いとする事によって、さらに対立を深めている。

 「金も勢もない」道也に残されたものは人格と学問だけである。しかし、それはまだ得られていない。「脳味噌は涸れる、舌は爛れる、筆は何本でも折れる、それでも世の中が云う事を聞かなければそれまでである」というのは、世の中が云うことを聞かないことを想定した上での覚悟である。効果が保証されているのなら誰でも困難に堪えるであろうが、社会的な啓蒙の効果をあらかじめ知る事はできない。道也にとって、自分の求めているもの内実も啓蒙の効果も明らかでないが、少なくとも世間が間違っているという確信があり、さらに少なくともこの間違った確信を破壊しなければならないことも明らかであり、それは覚悟と度胸による実践の過程によって認識する以外に無い事も明らかである。道也の実践は、社会に対する非妥協的な批判精神の証であり、それにふさわしい自己変革を得つつある。
 道也の課題はより現実的な精神を得ることである。現実的な精神というのは表面的な現象的な認識を突き破ってより具体的な認識を得ることである。金持ちや有力者に隷属する世間と対立し、従属すべきでない、という当為にとどまることは、現象的で表面的で、無批判的な現実認識にとどまる事であり、従属的な精神と同等である。道也は零落によって人間関係の矛盾を作り出し、自分を批判にさらしつつ常に非妥協性を貫いている。非妥協的というのは、自分に対する批判を拒否することなく、受け入れて自己を変革する事である。地位と金を求める立場に引き返すことなく、しかも、自分に対する批判を受け入れる事で生まれる精神を具体化するのが、漱石の量である。その果実が何であるかが分からないために、道也は常に覚悟によって前に進まねばならない。道也は少なくとも、自分が地位と金に依存しない人格である事は零落によって明らかであると確信している。しかし、この確信は必然性において破壊され、道也の禁欲的な人格もまた、地位と金に依存した意識であることが、具体的な矛盾において漱石の作品で明らかにされる。それは、非常に困難な、無限の媒介項を持つ現実認識であり、地位と金に依存し隷属した精神を克服する合法則的な過程である。

 

 『野分』ノート(4)

  ▲ しかし天下の士といえども食わずには働けない。よし自分だけは食わんで済むとしても、妻は食わずに辛抱する気遣はない。豊かに妻を養わぬ夫は、妻の眼から見れば大罪人である。今年の春、田舎から出て来て、芝琴平町の安宿へ着いた時、道也と妻君の間にはこんな会話が起った。
 
 道也は地方回りの労苦を経てようやく妻の立場から見て、大罪人になることができた。それは、妻の偏見や悪い性格といった妻個人の見方ではなくて、妻の立場からする正当な、世間一般の見方を代表した観点による大罪人である。道也にとって、妻や世間の常識的な観点から、大罪人に見える立場に到達することが手柄である。漱石は、道也を描くことによって、余裕派の立場を超えて、『浮雲』の文三の立場に接近することができた。文三の立場と精神にはまだ遠く及ばないにしても、漱石の道也としては、最大限の努力による、能力の限界までの到達である。
 道也の地方回りで得た精神を、四迷は『浮雲』で次のように書いている。
 
 ▲「それは課長の方があるいは不条理かもしれぬが、しかし苟も長官たる者に向つて抵抗を試みるなぞというなア、馬鹿の骨頂だ。まづ考へて見給へ、山口は何んだ、属吏じゃアないか。属吏ならば、假令ひ課長の言付けを条理と思ったにしろ思わぬにしろ、ハイハイって言って其通りに処弁して往きゃア、職分は尽きてるじゃアないか。然るに彼奴のやうに、苟も課長たる者に向かってあんな差図がましい事を………」     (二葉亭四迷全集第一巻 6頁 岩波書店)
 
 漱石が気負って書いている内容を四迷は簡潔な会話で描いている。免職の嵐の中で、文三も実際は道也と同じように、能力がないためではなく、人格が大きな要因となって、やむを得ず失職した。しかし、それを人格の手柄だとは思っておらず、人格の結果からする予想外の不幸として苦しんでいる。

 ▲何故言難い。苟も男兒たる者が零落したのを恥づるとはなんだ。そんな小胆な。くそッ今夜言ッて仕舞はう。それは勿論彼娘だッて口へ出してこそ言わないがなんでも来年の春を楽しみにしているらしいから、今だしぬけに免職になッたと聞いたら定めて落胆するだらう。しかし落胆したからと言ッて心変りをするようなそんな浮薄な婦人じゃアなし、かつ通常の婦女子と違ッて教育もあることだから、大丈夫そんな気づかいはない。(26頁)
 
 ▲全体何故我を免職にしたんだらう、わからんナ。自惚れじゃアないが我れだッて何も役に立たないといふ方でもないし、また残された者だッて何も別段役に立つという方でもなし、して見ればやっぱり課長におべッからなかったから其れで免職にされたのかな………実に課長は失敬な奴だ。課長も課長だが残された奴らもまた卑屈きわまる。わずかの月給のために腰を折ッて、奴隷同様なまねをするなんぞッて実に卑屈きわまる………しかし………待てよ………しかし今まで免官になッてほどなく復職した者がないでもないから、ヒョッとして明日にも召喚状が………イヤ………来ない、召喚状なんぞ来て耐るものか。よし来たからと言ッて今度は此方から辞して仕舞うふ、誰が何と言はうト関はない、断然辞して仕舞ふ。しかしそれも短気かナ、やっぱり召喚状が来たら復職するかナ………ばかめ、それだからおれはばかだ、そんな架空な事を宛にして心配するとは何んだ馬鹿奴。(27頁)
 
 文三の苦悩は、彼がおかれた状況の厳しさを反映している。道也と違って文三は、覚悟による価値観によってではなく、ごく自然な、日常的な感情として卑屈な態度をとることができない。道也より根深い精神を持っている。文三は失職にかかわる人間関係をはるかに深刻に抱えており、そのために心理も複雑で深い。道也はそこまで到達することができない。道也としては、とにかくも妻にとっての大罪人になることが精一杯の成果である。大罪人になった、と道也は大げさに言うが、文三が失職したことに対するお政の非難は、同じ名前の道也の妻の非難とは比較にならないほど厳しい。それは文三がおかれた立場の厳しさをお政が正確に捕らえて批判しているからである。
 
 ▲ 「それはさうかもしれませんが、しかし幾程免職になるのが恐いと言ッて私にはそんな鄙劣な事は………」
 「できないとお言いのか………フンやせ我慢をお言いでない、そんな了簡方だから課長さんにも睨られたんだ。マアヨーク考えてごらん、(37頁)
 
 これからお政の雄弁な説教が延々と続く。文三はお政に対して直接の責任がある関係ではない。だから、お政は、文三の母親に対する責任の観点から文三を責めている。
 
 ▲気を取り直してにっこり微笑したつもりでも顔へ顕はれた所は苦笑い、震声とも付かず笑声ともつかぬ声で
 「ヘヘヘヘ面目はござんせんが、しかし………出………出来た事なら………仕様がありません。」
 「何だとエ。」
 トいひながら徐かにこなたを振り向いたお政の顔を見れば、いつしか額に芋むしほどの青筋を張らせ、肝癪の眥を釣り上げて唇をヒン曲げている。
 「イエサ何とお言いだ。できた事ならしようがありませんと………だれがでかした事たエ、だれが御免になるように仕向けたんだエ、皆自分の頑固から起こッた事じゃアないか。其れも傍で気を付けぬ事か、さんざッぱら人に世話を焼かして置いて、今さら御免になりながら面目ないとも思わないで、できた事なら仕様がありませんとは何の事たエ。それはお前さんあんまりというもんだ、余り人を踏み付けにすると言う者だ。全体マア人を何だと思ッておいでだ。そりゃアお前さんの事たから鬼老婆とか糞老婆とか言ッて他人にしておいでかもしれないが、・・・(38頁)
 
 このお政の説教と文三の対立の場面は、『浮雲』の中でももっともよくできた場面の一つで、道也もこの、「出来た事なら……仕様がありません。」の部分の説明に非常に苦労している。文三の場合は、人格として対立したという意識はなく、どうしても卑屈になることが出来なかった、という意味でやむを得なかったのであり、そのちょっとした性格ががこれほど深刻な事態を引き起こすとは思わなかったのであり、しかも、これほど重大な結果になっても、なお「仕様がない」といって、卑屈な態度を嫌う気質に対して、お政は、「額に芋むしほどの青筋を張らせ」て怒り、世間の立場としてありうるあらゆる説教を雄弁に語っている。文三は決して自分の主体性を主張していないが、お政は文三の主体性を責めたてている。文三の精神がいかにお政の精神と、そして世間一般の精神と深刻に対立しているかがこの描写でうまく表現されている。
 お政は免職の言葉を聞いて一瞬にして態度を変え、信頼していたお勢も文三からいつとなく離れていった。この過程を漱石は、『野分』の(一)で説明して、自分を失職して孤立した大罪人の位置に置いた。そして、文三と同じとはいかないにしても、大罪人として生きる決意をしている。
 こうして見れば、道也の精神の発展にとって、深刻な大罪人になり、妻に非難される弱い立場になることがいかに重要であり、それが漱石にとっていかに困難な課題であったかがわかる。余裕派の精神を払拭するには非常な決意を必要とし、しかも決意だけで簡単にできることではない。
 道也と妻の対立は、個人的な見解の対立ではなくて、それぞれの立場を反映した価値観の対立である。だから、漱石が描こうとしているのは、そしてすでに四迷が描いているのは、日本に形成されつつある対立的な立場と、その立場を反映したそれぞれの価値観の、合法則的な、社会的な対立である。道也の主張も妻の主張もそれぞれの現実的な立場に根拠を持っているという意味でそれぞれ正当である。したがって、道也が妻と対立する大罪人の立場に立とうとするのは、世間の常識と対立する合法則的な立場に立とうとする努力であり、漱石にしてみれば、その立場と精神を発見する努力である。その立場は客観的には道也の人格の立場と対立しており、道也は自分では意識できないにも関わらず、自分の人格の立場を破壊しつつ、四迷が『浮雲』で示した文三の立場に近づこうとしている。『浮雲』のお政の多弁と雄弁と厳しさに比べれば、『野分』のお政の非難は穏やかである。それはまだ道也の大罪人としての立場の不徹底を意味している。『浮雲』と『野分』のお政の言葉は、世間の常識的な価値観を代表している。その説教がいかに厳しくなりうるかは、説教される文三と道也がその常識的な価値観といかに深刻に対立しえているかを反映している。その世間の常識と対立する意識を形成するのが零落を手にした道也の目的である。
 妻の主張は、道也が呑気であること、妻の幸福を考えていないこと、先の生活のことを考えていないこと、癇癪持ちであることである。さらに、より具体的には、兄や友達に助けてもらうように勧めても応じないことである。
 
 ▲「そう、あなたのように高くばかり構えていらっしゃるから人に嫌われるんですよ。大学教授だねって、大学の先生になりゃ結構じゃありませんか」
「そうかね。じゃ足立の所へでも行って頼んで見ようよ。しかし金さえ取れれば必ず足立の所へ行く必要はなかろう」
「あら、まだあんな事を云っていらっしゃる。あなたはよっぽど強情ね」
「うん、おれはよっぽど強情だよ」

 こうした描写からみると、道也の立場にはまだ余裕があることがわかる。文三は失職によって頼る者もなく、田舎で文三の出世を待っている母とともに破滅の淵に立たされている。しかし、道也は、まだ依存すべき人間関係を持っており、したがって、道也が文三の立場と精神に近づくためには、こうした依存的な人間関係から分離され、その分離を反映した精神を形成しなければならない。しかも、それは、文三の時代から歴史が発展する事によって、遥かに複雑な課題になっている。漱石の立場が、階級分化によって、文三の立場からはるかに遠く切り離されているからである。客観的には、零落を選択した道也の課題は、文三から切り離されていく自分の立場と精神に抵抗し、文三と自分を切り離した多くの媒介項を自分のものにすることである。道也の批判意識は、生きるために兄や安達に頼るかどうか、という『浮雲』の文三では考えることもできない立場での矛盾に突き当たり、それにどう対処するかによって具体的な精神を形成しており、漱石が考えるより零落した立場から遠い位置にある。こうした文三と道也の距離とその具体的関係も、日本史が作り出す具体的な精神であり、それを明らかにする事が、四迷とは別に課せられた漱石独自の課題である。
 金持ちや有力者に対する道也の批判意識は、出発点では抽象的であるために妻もそれを認めている。その批判意識が零落を得ることで、零落を肯定する道也の人格の内容が現実的な姿を表してくる。妻の立場からすると、道也の言う金持ちや有力者に依存しない人格というのは、地位や収入を失い、兄や友人に頼ることもしない意地である。しかし、道也の抽象的な批判意識は、こういう細かで具体的な関係のなかで破壊され、内容を獲得することを必要としている。まだ思想をもっておらず、これから自己を形成しようとする道也には禁欲的な態度が意義を持ってくる。道也には破壊されるべき堅固な人格がある。『浮雲』には日常的な人間関係上の対立の中で新しい価値観が形成される過程が描かれている。『野分』には、すでに形成されたインテリ的な価値観を破壊する過程が描かれ、両者の具体的な連関が形成されようとしている。それが文学史上の四迷と漱石の関係である。
 現実社会では、没落し貧しくなる過程では、兄や教授の足立に頼って運命を切り開くことができるわけではなく、そうした関係が切り裂かれていくものである。個別的な人間関係に救済は、偶然的な幸運にすぎない。漱石の課題は、偶然による救済ではなく、日本社会に存在する没落過程に特有の合法則的な精神を獲得することであり、一般的な精神の獲得である。したがって、兄や足立に頼るようにという、偶然に依拠して道也個人を零落から救おうとする妻の説得と対立しなければならない。
 道也が地方の金持ちや有力者やあるいは兄や友人に頼ることを禁欲的な人格として貫徹しているのは、漱石がまだ非妥協的で独立的な精神を知らず、自己内に形成していないからである。漱石の場合は妥協すべきでない、という意識が先行しているが、四迷の場合は、妥協したくてもできない、という状況が先行している。そのような厳しい状況で初めて現実的な非妥協的精神が形成される。そして、そのような厳しい状況の形成もまた必然であるからこそ、そのような精神が普遍的精神として求められ形成される。隷属を我慢する妥協によって現実的な果実が得られる場合には、妥協的な精神が支配的に形成される。それは高度経済成長期に見られた現象である。しかし、隷属的な精神が多くの果実を得た時代であってさえ、実際は多くの犠牲がつきまとうのであって、妥協しさえすれば現実的な果実を得られるように現実の関係はできていない。批判意識をなくすことで多くの果実を得ることができる時代には批判精神は失われ、文三や道也の批判精神は非現実的な精神として批判される。しかし妥協し、隷属することで果実を失う現実こそが必然であり、そういう現実においては、隷属的な精神が、文三や道也にとってそうであったように、耐えがたい卑屈な精神と感じられるようになる。したがって、道也が主張しているように、人格を形成することによって依存的な精神がなくなるのではなく、依存する事ができなくなる事によって本当の、現実的な独立的精神が形成され、依存的な精神は払拭される。道也は依存できる地位におり、信頼を失っておらず、そのために禁欲主義的な意識を必要としている。そして、こうした立場も、それを反映した禁欲的な意識も日本史における現実的で合法則的な意識であり、独立的な精神を得るために欠くことのできない契機である。こうした意識の重要さは、批評が道也や高柳の批判的精神と戦う必要を感じて、それを否定するために多くの努力を注いでいることにもよく現れている。批評家は、道也の精神の具体的な内容を捕らえることはできないにしても、そこに、高度成長の果実を吸い込んだ思想と対立する何かがあることを嗅ぎつけているのであろう。

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