『桟橋』 (明治43年5月) 

  この作品は、鴎外が旧藩主である亀井伯爵の洋行を横浜港で見送って数日後に書いた作品である。
 「夫の伯爵は一昨年文科大学を出られて直に結婚せられた。始て玉のやうな姫君を生み落したのが昨年である。その暮に式武官になられた。そして今は官職を帯びた儘、倫敦へ立たれるのである。」
 洋行祝賀会の挨拶のような文章で、とても文学作品とよべるものではない。伯爵の言動をすべて敬語で書いている。無意味な描写のなかに、媚を売る卑屈な感情が色濃く出ている。鴎外はどんな作品でも社会的な深い内容を描写する課題を持つことがなく、自分の特定の目的の手段として作品を書くという、本当の意味での私小説家であった。事実をありのままに、自分の感ずる儘に描いて、なおかつ伯爵に対する卑屈な敬意を表わすのが鴎外の精神である。こうした露骨な卑屈さに心地よく身をゆだねているかのように、「桟橋が長い長い。」といったつまらない文章が思わせぶりに何度も繰り返されている。「吾妻コオトの裾を翻すのである。」とか、「ボアは白の駝鳥である」などといった、無意味で調子だけを整えた文章も、鴎外の甘ったるい精神のあらわれである。
 「此人々の中には、夫や子爵に親しい人もあらう。又疎い人もあらう。それが今日の晴やかな空の下に立つてゐて、皆悄然としてゐるやうに見えるのは、思ひなしであらうか。
 桟橋が長い長い。」
 こんな貧しい感情表現があるだろうか。どこかの教頭先生の挨拶のような紋切り型である。
 卑屈な文章にからんで、下層の人間に対する官僚の軽蔑的な精神もうまく描いている。
 「年は三十から四十まで位のが三人で、皆胸に白い前掛をしてゐる。船の給仕女であらう。夫の乗つて行かれる船で、給仕をする女かと思へば、その賤しい女さへ羨ましく思はれるのである。」
 鴎外は、伯爵夫人が伯爵をどれほど愛しているかを表現するために、給仕女に対する蔑視を梃子にしている。上流に対する卑屈な敬意と下層に対する傲慢な蔑視が鴎外の官僚的な精神である。こんなやりかたではせっかくの卑屈な敬意も効果が薄いが、愛情というものを知らない鴎外は、愛情をこれ以外の方法で描くことができなしった。鴎外には、「賤しい女さへ羨ましく」と書けば、深い、上品な、高度の感情に思われるのであろう。あるいは、自分が伯爵や夫人に近いことを、こうした軽蔑によって第三者に示そうとしているのであろうか。
 「善く見て覚えて置かなくてはならない部屋である。長い長い夫の航海の間、我夢の通ふべき部屋がこれである。」
 夫の船室をみて、こんな無味乾燥な書物的な感想を持つ夫人など、いくら上品で教養ぶっている階級を探してもいないだろう。こうした感情は鴎外独自のもので、上流的な感覚でもない。無感情な人間に独特の悟性的な感想である。そのあとも無意味な形式的な文章が続き「自分の目が大きく大きくなるやうな心持ちがする」といったばかばかしい描写が二度繰り返されている。甘ったるい感傷的な文章とこうした無味乾燥な文章によって深い感情を描いたと思っている鴎外は、さらに、鴎外の自慢の自制心をいっそう深い感情として描写しようとしている。
 「見送りの人々の中には、桟橋のはづれまで走って行くものもある。自分にはそんなはしたない真似は出来ないのである。」
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 「此二人が端緒を開いてから、そここゝにハンカチイフを振る人がある。桟橋のはづれ迄出た、伯爵の一行を送る人々の中でも、白い物が閃くのである。自分も袂に入れて来た、パチストのハンカチイフを痩せた指に掴んでは見たが、どうもそんなはしたない真似は出来ないのである。」
 深い愛情を知らない鴎外らしい別れの描写である。上品な人間は誰でも、自分の立ち居振る舞いや評判を気にしていると思っていて、それが上品でしとやかで、奥深い感情だと思い込んでいる。奥深い感情だと信じ込んでいる鴎外は、自己弁護と同じように、敬意を表明する場合でも、伯爵夫人に自制心を想定している。伯爵夫人を描いても、自分の内面の対象化を超える事ができないのが私小説家らしい内容の狭さである。伯爵夫人も、鴎外と同じで体面を気にして自分を上品に、立派に見せようとしている。自制心というのは、表に出すほどの、出せる程の感情がないのに、あると思わせるための鴎外の考案である。深い感情があれば、それを抑制する力も深い感情として形成される。鴎外の自制心には感情がない。鴎外の自制心は、浅薄で卑小な感情を抑えているから、無意味ではないが、自制したことによって感情が深まるわけではない。

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