「三四郎」ノート (1) (2) (3) (4) (5)

 三四郎ノート(1)

  (一)

  「 うとうととして目がさめると女はいつのまにか、隣のじいさんと話を始めている。このじいさんはたしかに前の前の駅から乗ったいなか者である。発車まぎわに頓狂な声を出して駆け込んで来て、いきなり肌をぬいだと思ったら背中にお灸のあとがいっぱいあったので、三四郎の記憶に残っている。」
 
 これが、「三四郎」の冒頭の文章で、印象深い。田舎ほど女の色が黒いもので、この女も色が黒い。しかし、この女は顔立ちが上等なので、「それで三四郎は五分に一度ぐらいは目を上げて女の方を見ていた。」それでも、三四郎は寝てしまった。
 「背中にお灸のあとがいっぱいあ」る田舎者のじいさんは、三四郎が寝ている間にこの上等の顔をした女と懇意になっいた。じいさんが乗ってきた時、「女はにこりと笑って、さあおかけと言ってじいさんに席を譲っていた。」から、これもてきぱきしている。三四郎は、爺さんと女と三輪田の御光さんの、田舎者ぶりを観察したり思い出しただけで、あとはすることもなくて、たわいなく眠ってしまった。その間にじいさんと女は懇意になった。
 じいさんと女は眠くならない。日露戦争のおかげで、生活が大変になっていて、話すことがある。「じいさんはこんな事を言って、しきりに女を慰めていた。やがて汽車がとまったら、ではお大事にと、女に挨拶をして元気よく出て行った。」
 戦争のために生活が苦しいのが共通しているので慰めることもできる。そして、じいさんも、女も生活が苦しいにもかかわらず、元気がある。三四郎には、これがない。戦争のために苦しむには若すぎるし、田舎のエリートである。これから、戦争があっても苦しまなくてもいい世界に入って行こうとしている。だから、顔立ちが上等の田舎者の女と話すことがない。話すことがなくても、女のことは気になる。
 
 「車が動きだして二分もたったろうと思うころ、例の女はすうと立って三四郎の横を通り越して車室の外へ出て行った。この時女の帯の色がはじめて三四郎の目にはいった。三四郎は鮎の煮びたしの頭をくわえたまま女の後姿を見送っていた。便所に行ったんだなと思いながらしきりに食っている。」
 
 三四郎も女も、なかなか魅力的に描かれている。鴎外なら帯や着物についての知識を書くところであるが、漱石の三四郎は、「鮎の煮びたしの頭をくわえたまま女の後姿を見送」る。鴎外の描く青年は、鮎の煮びたしの頭をくわえたまま何かをすることはない。三四郎は女にずっと興味を持っているが、鮎の煮びたしを疎かにするほどではない。そこまで美的にできていない。三四郎が女と話をしたのは、弁当の折を汽車の窓から放り出して、それが女の顔にあたって「御免なさい」といったのが、初めで、田舎者らしくて、気がきいていない。そして「会話はすこぶる平凡であった。」
 
 「 次の駅で汽車がとまった時、女はようやく三四郎に名古屋へ着いたら迷惑でも宿屋へ案内してくれと言いだした。一人では気味が悪いからと言って、しきりに頼む。三四郎ももっともだと思った。けれども、そう快く引き受ける気にもならなかった。なにしろ知らない女なんだから、すこぶる躊躇したにはしたが、断然断る勇気も出なかったので、まあいいかげんな生返事をしていた。そのうち汽車は名古屋へ着いた。」

 エリートの青年と田舎者の女の関係を描くのは非常に力量がいる。まず、平凡には、鴎外のように、一目でエリートと分かる優れた青年を描き、それに女が見とれるような描写がある。これが平凡なのは、社会的な優位にあるエリートの青年の優位を恋愛にそのまま持ち込むからである。しかし、社会はなかなかそのようにできていない。真面目に勉強していて、あくどい下心をもっていない真面目な青年なら、若い娘がじゃかじゃか寄ってくる、というように社会はできていない。そこで、非常に難しいのは、エリートである「三四郎」が、こういう田舎者の中で、どんな位置を占めているかを、深く観察し、理解することで、この深くというのは、エリートがある側面では、非常に劣っている、ということを認識することである。鴎外の青年とちがって、三四郎は田舎くさく、とぼけていて、じいさんや女が優位にたっている。このことが漱石の力量で、この視点のために、三四郎の精神は非常に深く、魅力的に描かれている。
 冒頭の文章から明らかになるのは、漱石の社会的な視野が広いことである。漱石は、三四郎がこれから入っていく東京のエリート社会を相対化しようとしている。その相対化と、じいさんや女との関係の認識が、鴎外には見られない深い視点で、それが作品に奥深さを与えている。この基本的な視点については、漱石はこのあと、汽車を下りた三四郎と女の関係で描いている。
 
 「三四郎」ノート(2)
 
 三四郎は、これからエリートになる。その証拠に高等学校の帽子をかぶっている。色の黒い田舎の女にかかわるのは、この帽子に対して面目無い。
 「けれどもついて来るのだからしかたがない。女のほうでは、この帽子をむろん、ただのきたない帽子と思っている。」
 三四郎には、自分はエリートだから、ついてくるな、と宣言する勇気はない。そもそも、女が怖じ気づくような、恐れ入るような、尊敬あたわざるような風貌、態度を持っていない。三四郎はまだエリート意識を強く持っていない。それは三四郎の自由なとらわれない精神でもある。鴎外の青年は、自分がエリートである、という意識を鎧のようにもっていて、自分を守っている。外界との関係で、失敗するか自分の望むような評価を受けないとか、エリートとして認められない経験をすると、自分はエリートだから、高尚すぎて理解されない、と考えてますます鎧を分厚くして、次第に堅苦しい、融通の聞かない、了見の狭い、意地の強い人間になっていく。しかし、三四郎は確定した価値観にとらわれていない。それは田舎者らしい無知でもある。しかし、鴎外の青年も無知である点では同じであり、自分の精神を鎧で固めてしまっているために、自由度が少なく、発展の余地が少なく、無知を確定している。
 こうした三四郎を、女のほうは、親しみやすい真面目な青年だと思っている。二人は「三四郎にも女にも相応なきたない看板」のかかった宿に入った。しかも、二人連れではないと断るはずのところを、のべつにしゃべられて、「やむをえず無言のまま二人とも梅の四番へ通されてしまった。」。三四郎がどうにもしゃきっとしないし、できないので、自然に梅の四番に通される。女はただ、当然と思ってついてきている。二人で差し向かいに座っていてもまずいので、三四郎は、風呂に逃げ込んで、「少し考えた」
 
 「こいつはやっかいだとじゃぶじゃぶやっていると、廊下に足音がする。だれか便所へはいった様子である。やがて出て来た。手を洗う。それが済んだら、ぎいと風呂場の戸を半分あけた。例の女が入口から、『ちいと流しましょうか』と聞いた。三四郎は大きな声で、
 『いえ、たくさんです』と断った。しかし女は出ていかない。かえってはいって来た。そうして帯を解きだした。三四郎といっしょに湯を使う気とみえる。べつに恥かしい様子も見えない。三四郎はたちまち湯槽を飛び出した。そこそこにからだをふいて座敷へ帰って、座蒲団の上にすわって、少なからず驚いていると、下女が宿帳を持って来た。」
 
 「三四郎といっしょに湯を使う気とみえる。」というのは、三四郎の気分のような漱石の気分のような書き方である。漱石は女の自由にさせるつもりなのだろう。で、女は自由に入ってきて、「ちいと流しましょうか」という。三四郎は、ちいと流してもらいたくて風呂に入ったのではない。だから、「少なからず驚いた。」この「少なからず」というのは、大変というには、意外性や不思議や不可解が混じっているからであろうか。
 
 この場面は、漱石にとっては、「草枕」の描写の反省でもある。だから、含みが多い。
 
 「注意をしたものか、せぬものかと、浮きながら考える間に、女の影は遺憾なく、余が前に、早くもあらわれた。漲ぎり渡る湯煙りの、やわらかな光線を一分子ごとに含んで、薄紅の暖かに見える奥に、漾わす黒髪を雲とながして、あらん限りの背丈を、すらりと伸した女の姿を見た時は、礼儀の、作法の、風紀のと云う感じはことごとく、わが脳裏を去って、ただひたすらに、うつくしい画題を見出し得たとのみ思った。
 古代希臘の彫刻はいざ知らず、・・」
 
 漱石はこのとぼけた描写のあとにも滑稽なほどの趣味的な無駄口を並べている。これでは文学にならない。ナミさんはこの世を風流として趣味として眺めようとする男に合わせて風流に行動している。これは社会において不真面目である。汽車のじいさんや色の黒い女にはこんな風流染みた不真面目さはない。風流人の無駄口は、この「ちいと流しましょうか」が洗い流してくれる。そのうえ、「いえ、たくさんです」と断っても、かえって入ってきて、帯を解き出す」始末では風流ぶっているわけにいかない。これでは、「草枕」の詩人も少なからず驚くであろう。漱石は「草枕」の垢を洗い流したかったのであろう。三四郎も女も真面目である。
 
 「やがて女は帰って来た。『どうも、失礼いたしました』と言っている。三四郎は『いいや』と答えた。
 三四郎は鞄の中から帳面を取り出して日記をつけだした。書く事も何もない。女がいなければ書く事がたくさんあるように思われた。すると女は「ちょいと出てまいります」と言って部屋を出ていった。三四郎はますます日記が書けなくなった。どこへ行ったんだろうと考え出した。
 
 この「と言っている」というのも、人ごとのようで面白い。三四郎の「いいや」も焦点がはっきりしていない。ここの三四郎には時々漱石が入っているようにみえる。漱石もそうすることを面白がっているらしい。
 鴎外の作品でよく見られるが、日記はインテリの逃避場所である。三四郎もインテリらしく振る舞おうとして、日記を取り出したが書くことがない。「女がいなければ書く事がたくさんあるように思われた。」というのは、大変いい。女が出て言って、「ますます日記が書けなくなった」というのはもっといい。もともと書けないのに、ますます書けなくなるのが非常にいい。三四郎はこんなところで、日記を書くほど陰気でもないし、内に閉じこもってもいない。度胸はないけれども、女に強い関心を持っている。それは、三四郎が新しい世界に接して、その世界との関係で、新しい人間との関係で、自分自身を知り、形成する過程である。その能力が三四郎らしい自由な雰囲気を造り出している。
 
 鴎外の場合は逆である。世界中の美しい女に興味を持っているように見えてれ、それは自分自身に対する関心であるが、その自分自身がエリートの偏狭な自尊心として固まっており、そのために鴎外の青年は三四郎のように女に引きずり回されることがない。飽くまで自分自身の中にとどまる。つまり、自分の世界に閉じこもっており、世界が広がらない。田舎から出てきた三四郎は、なんとか日記やベーコンなどのインテリ世界に引きこもろうと努力しているが、それができずに、うろたえつつ、大いに興味をかき立てられつつ、自分の世界を広げている。

 三四郎の精神がこのような大きな運動をすることができるのは、漱石が、じいさんや色の黒い女を三四郎の周りに配置し、それをとりこむ能力を三四郎に与えているからである。三四郎が、社会の中で自由に行動し、自由に呼吸する、というのは、そういう意味である。
 

 三四郎ノート(3)
 
 女が出て行ったのは、子供におもちゃを買いに行ったことになっている。女は非常に実質的に動いていて、この点は、三四郎がこれから入っていく世界の女たちの無駄の多い生活と大いに違う。
 三四郎は、女と同じ蚊帳に入るのに躊躇している。「けれども蚊がぶんぶん来る。外ではとてもしのぎきれない。」というので中でしのぐことにしたが、中には女がいて、これをしのがねばならない。

 「「失礼ですが、私は癇症でひとの蒲団に寝るのがいやだから……少し蚤よけの工夫をやるから御免なさい」
 三四郎はこんなことを言って、あらかじめ、敷いてある敷布の余っている端を女の寝ている方へ向けてぐるぐる巻きだした。」
 
 「三四郎はこんなことを言って」境界線をひいたが、どんなことを言っても、うまいいいわけはない。いいわけはうまくなかったにしても、うまく工夫した。しかし、うまく工夫できてそれでよかったかどうかはわからない。
 
 「夜はようよう明けた。顔を洗って膳に向かった時、女はにこりと笑って、「ゆうべは蚤は出ませんでしたか」と聞いた。三四郎は「ええ、ありがとう、おかげさまで」というようなことをまじめに答えながら、下を向いて、お猪口の葡萄豆をしきりに突っつきだした。」

 ここでも、「というようなことをまじめに答えながら」と書いている。こんな女を相手にすると三四郎はうろたえる。無理もない。この女は、色の黒い田舎者の女ということになっている。しかし、顔立ちは上等で、言うことは端的で鋭い。色が白くて、綺麗な着物をきていれば、美禰子より美しい気がする。この女は、「草枕」のナミさんや、「虞美人草」の藤尾の血を引いている、漱石好みの女の一人で、漱石の精神を対象化した女の一人である。漱石は田舎者の女を書くことはできなかったし、特に必要でもなかった。この女は、単に漱石好みの女ではなく、実は、漱石の最新の思想的能力を投入した女で、漱石自身の新しい顔であるから、どうしても魅力的な女になる。三四郎と別れてこののまま四日市にいくのが残念であるが、漱石としてもこの女をこれ以上描く力をまだ持っていない。だから、描かないにしても美禰子より大事な女である。美禰子も、ナミさんや藤尾の血をひく漱石自身を対象化した女である。しかし、次第に漱石から遠ざかっていく女である。
 この女は、三四郎の本質的な弱点を指摘する唯一の人物で、今後の漱石が研究すべき課題を言い残して姿を消した。
 
 改札場のきわまで送って来た女は、
「いろいろごやっかいになりまして、……ではごきげんよう」と丁寧にお辞儀をした。三四郎は鞄と傘を片手に持ったまま、あいた手で例の古帽子を取って、ただ一言、
「さよなら」と言った。女はその顔をじっとながめていた、が、やがておちついた調子で、
「あなたはよっぽど度胸のないかたですね」と言って、にやりと笑った。三四郎はプラットフォームの上へはじき出されたような心持ちがした。車の中へはいったら両方の耳がいっそうほてりだした。しばらくはじっと小さくなっていた。
 
 これが漱石の得た度胸である。鴎外ならまずこんな女を描くことができない。そして、こんな女とインテリの青年を対決させることができない。まして、こんな女にやり込められて小さくなる自分の像に耐える力を持たない。
 「女はその顔をじっとながめていた、が、やがておちついた調子で」というのは、漱石の到達した精神である。美禰子には、漱石の到達点の精神は与えられない。美禰子は美しい女であるが、最先端の理性を持つわけではない。曖昧で、なにかありそうでも、実は何もない。積極的な精神はこの女に持っていかれた。本当の魅力を持つことはできない、ということがこの女と比べるとよくわかる。しかし、本当の魅力を持つことはできないというのは魅力がないというのではない。美禰子がどんな魅力だか弱点だかをもつのかは、久しぶりに「三四郎」を読むのでいまのところはっきりしない。
 三四郎は女と別れた後、「読んでも解らない」ベーコンに逃げ込もうとした。しかし、「他の本でも読めそうにはない。ましてベーコンなどはむろん読む気にならない。」漱石は、ベーコンよりも、女に対する注意を促している。漱石にとって色の黒い女の方がベーコンより大事だから、三四郎がベーコンを読めなくても平気である。
 
  元来あの女はなんだろう。あんな女が世の中にいるものだろうか。女というものは、ああおちついて平気でいられるものだろうか。無教育なのだろうか、大胆なのだろうか。それとも無邪気なのだろうか。要するにいけるところまでいってみなかったから、見当がつかない。思いきってもう少しいってみるとよかった。けれども恐ろしい。別れぎわにあなたは度胸のないかただと言われた時には、びっくりした。二十三年の弱点が一度に露見したような心持ちであった。親でもああうまく言いあてるものではない。……

 元来あの女は新しい漱石である。だから、あんな女は日本中探しても何人もいるわけではない。この女は、ごく観念的な、思想的な女である。ただ、漱石にとってもこの新しい精神像が具体的に何であるかはわからない。長い過程を経て、漱石は「明暗」で、この女のように「落ち着いて平気でいられる」清子を描いた。それまでは漱石もいろいろと考えなければならない。思い切ってもう少しいってみるとよかったが、行ってみたところで解るものではないので、行ってみずに疑問として残しておいたのがよかった。それに、女がどんなものであるかを知る前に、自分の度胸のなさから、女のことではなく、女が指摘した言葉の意味から考え始めなくてはならない。ものごとはいっぺんに解るものではない。三四郎自身のことがわからないのに、この女のことなどわかるわけがない。
 三四郎は、女のことを理解していないが、女を理解できないことを理解しており、その能力に相応しく、自分については、肝心なことを理解している。女の言葉を端的に受け取る能力がある。無論そのための女であり、そのための三四郎である。三四郎は自分に度胸がないことを自覚した。この指摘を深刻に受け止める能力を持っている。それはまた、女の指摘が高度であるという、女についての理解でもある。
 女の言葉によって、「二十三年の弱点が一度に露見した」、ということは、女との関係によってある弱点が露見したのであって、この弱点自体が問題なのではない。三四郎が経験を積み重ねた結果、女湯にざぶざぶ入ることができるようになっても、この露見した弱点が克服されるわけではない。だから、実は、ここでは何かの弱点が露見したのであって、その弱点が何であるかはまだ解らない。女も理解しているわけではない。しかし、色の黒い女は直感的に理解できるだろう、と漱石は推測している。美禰子は教養があって、賢くてもこんなことには認識が届かないようにできている。だから、三四郎のことをよくわかっているようでわかっていない。分かるのは色の黒い女の役目であって美禰子の役目としては荷が重すぎる。分かるというのは教育を受けた三四郎の本質的特徴であって、三四郎の個人的特徴ではない。
 この度胸の問題は、現実社会との関係、主体性の問題で、ごく抽象的な問題であるから無限的な内容を含んでいる。漱石はこの問題に取り組もうとしているのであって、この問題を捕らえようとしているのであって、この問題に解答を与えようとしているのではない。解答を与えることができないことをはっきり意識しているのが漱石の天才である。「草枕」のように、敢えて女の裸を勇気をもって書くのは、現実との関係では、度胸の欠如である。あるいは、三四郎のように女から逃げまどうのではなくて、鴎外の「青年」のように、未亡人との深い関係に踏み込むことが度胸を示すものではない。度胸がどんな意味をもつかのその一端は、「青年」についての批評で触れているので参考になるかもしれない。
 
 どうも、ああ狼狽しちゃだめだ。学問も大学生もあったものじゃない。はなはだ人格に関係してくる。もう少しはしようがあったろう。けれども相手がいつでもああ出るとすると、教育を受けた自分には、あれよりほかに受けようがないとも思われる。するとむやみに女に近づいてはならないというわけになる。なんだか意気地がない。非常に窮屈だ。まるで不具にでも生まれたようなものである。けれども……

 人間だれしも、人の前で狼狽しては情けない。度胸がなく、主体性がなく、独立性がない。はなはだ人格に関係してくる。しかも、「何処の馬の骨だか分からないものに、頭の上がらない位打された様な気がした」のだからよけいである。しかし、そうではないかもしれない。「どこの馬の骨だか分からないもの」にどやされたから狼狽したのかもしれない。というのは、三四郎は「教育を受けた自分には、あれよりほかに受けようがないとも思われる」と、考えており、この狼狽が教育を受けた自分の特徴であると感じているからである。そして、一歩進めれば、教育を受けた自分が、教育のない大胆な女と対峙した時に狼狽した、ということだからである。
 ここに新しい漱石が誕生している。鴎外の青年なら、地位と教養と、さらには金の力で、この女を退けるであろう。あるいは、衝突を回避し、逃げることを、相手を退ける、あるいは無視する、と考え、この女との間に深淵を設けるであろう。そしてこの深淵を地位と教養によってできるだけ深く広くする努力をつづけ、それを独立性であり、自我の確立である、と思うであろう。漱石は違う。この色の黒い女との関係を本質的な問題として維持し、この深淵を埋めようとする。この深淵の向こう側にも認識を広げようとする。
 この深淵を自覚した漱石は、教育のある三四郎がこの女と対等になることはできないであろう、と予感し、予測し、 自覚させる。教育を受けた三四郎が「むやみに女に近づいてはならない」という立場に立っており、そういう意識を持たねばならないとしたら、なんだか意気地がないし、世界が狭くなって窮屈である。教育を受けたために、近づいてはならない世界が広がっているような気がする。それでは教育の意味がはなはだ限定されるのではなかろうか。
 けれども……。
 
 三四郎は急に気をかえて、別の世界のことを思い出した。――これから東京に行く。大学にはいる。有名な学者に接触する。趣味品性の備わった学生と交際する。図書館で研究をする。著作をやる。世間で喝采する。母がうれしがる。というような未来をだらしなく考えて、大いに元気を回復してみると、べつに二十三ページのなかに顔を埋めている必要がなくなった。そこでひょいと頭を上げた。すると筋向こうにいたさっきの男がまた三四郎の方を見ていた。今度は三四郎のほうでもこの男を見返した。

 教育を受けた三四郎は、顔の黒い田舎の女に近づくことはできなくなる。しかし、そのかわり、有名な学者や趣味品性の備わった学生と交際をする、そのた教育を受けた身でなければ見ることもできないし、経験することもできない世界が広がっている。となると、教育のおかげで得るものも大きい。それを考えると、女に言われたことは忘れてしまう。女の指摘は本質的で、三四郎にとっても鋭い指摘であったが、エリートの世界の経験が、洗い流してくれる。
 しかし、教育を受けた者が、あの色の黒い女の世界を視界から失っていいものだろうか。「あなたは度胸がない」と鋭く指摘したあの精神を失い、自分の本質的な弱点についての認識を失い、度胸のなかを持ち続けていていいものであろうか。教育を受けて、なお色の黒い女の世界を含めたすべての世界を認識し、色の黒い女と対峙してもうろたえず、平気でいられるような精神を持つことはできないものであろうか。あのような女の精神を失った世界が本当に充実していると言えるであろうか。こうした疑問が生ずる。三四郎は深く意識していない。しかし、この女から受けた衝撃をもって新しい世界に入る。この女の精神を自分の中に、どのようなものとして持っているかは分からないが、すでに衝撃を受け、色の黒い女を自分の中に持って、美禰子の世界に入るのであって、その意味では無防備で入るのではなく、漱石が提供し得る、もっとも大きな精神的果実をもって、新しい世界に入る。それがわざわざ汽車に乗って熊本から状況したことの意義である。
 漱石は、色の黒い女の世界との関係で三四郎が無力であることをはっきり認識している。しかし、これまでの作品の成果として、この深淵をあわてて埋めようとしない。この深淵はあまりにも深く広い。だから、手順を踏まねばならない。まず、三四郎はあの女の世界から離れる。そして美禰子の世界に接近する。それからどうなるか、はその世界が教えてくれるし、それ以外にない。その道筋は漱石の思い通りにならないことはすでにわかっているし、予測もつかないし、それは現実そのものがこれから造り出すものであろう、ということを漱石は意識している。

 こうして様々の精神を取り込みながら、漱石の三四郎は、元気になって「ひょいと頭を上げた」瞬間に、目の前に東京のインテリを見いだした。色の黒い田舎の女は、田舎の女ではなかったし、日本でも珍しい女である。そして、この男も、東京のインテリとしても珍しく、日本にも珍しい特別の男であった。



 三四郎ノート (4)

 色の黒い女は三四郎から遠い存在である。だから、つよい衝撃をうけて自己認識を促されたものの、その女につて具体的に認識することはできなかった。「元来あの女はなんだろう。あんな女が世の中にいるものだろうか。」と思った。それにに比べると、この男は、三四郎に近い世界にいるように見える。だから、この男については、衝撃を受けるのではなく、自分との関わりで理解できる。

 ■この服装からおして、三四郎は先方を中学校の教師と鑑定した。大きな未来を控えている自分からみると、なんだかくだらなく感ぜられる。男はもう四十だろう。これよりさきもう発展しそうにもない
 
 三四郎はこの男は自分と比較することができると思った。しかし、服装から人物の質や将来まで推測するほどに、人間についての知識、人間を知るための入り口が狭い。この無知に加えて、これからエリートになるという自負が三四郎の認識能力をひどく狭めている。色の黒い女はこの自信に衝撃を与え、この男は具体的に三四郎の堅固な無知と自信を揺さぶる。
 男は大変悠長に見える。この悠長は三四郎を刺激する悠長である。
 
 ■「君は高等学校の生徒ですか」と聞いた。
 三四郎は、かぶっている古帽子の徽章の痕が、この男の目に映ったのをうれしく感じた。
「ええ」と答えた。
「東京の?」と聞き返した時、はじめて、
「いえ、熊本です。……しかし……」と言ったなり黙ってしまった。大学生だと言いたかったけれども、言うほどの必要がないからと思って遠慮した。相手も「はあ、そう」と言ったなり煙草を吹かしている。なぜ熊本の生徒が今ごろ東京へ行くんだともなんとも聞いてくれない。熊本の生徒には興味がないらしい。
 
 女は帽子のことを知らないのだから仕方がない。男は色の黒い女と違って帽子に気づいてくれた。ところが、男は、帽子に気づいたにもかかわらず悠長な態度は変わらない。三四郎はエリートになる。中学の教師であれば、そしてこれから発展しそうもないのだから、自分がかぶっている帽子と、今の時期に東京に行く意味くらいわかりそうなものである。わかるならこれから大学ですか、と言いそうなものである。
 三四郎は大学生だと言いたかったが遠慮している。男がそれ以上聞いてくれないので遠慮のしがいがなかった。しかし大学生であると言うのを遠慮したぐらいの三四郎であるから、多少失望したものの自尊心が傷つくほどの痛手は受けていない。三四郎は繊細で傷つきやすい、ひ弱な自尊心を持っているのではない。しかも、弱点を指摘した色の黒い女の言葉を深刻に受け止める能力を持っている。非常に有能である。
 漱石は、眠っていた男が急に目を覚まして、降りていく様子を描き、「三四郎は安心して席を向こう側へ移した。これで髭のある人と隣り合わせになった。」と書き込んでいる。この気質は、色の黒い女に対する関心にも含まれている。こうした感受性がないと、この男や色の黒い女の言葉をまじめに聞く事ができない。

 ■「あなたはどちらへ」と聞いた。
 「東京」とゆっくり言ったぎりである。なんだか中学校の先生らしくなくなってきた。けれども三等へ乗っているくらいだからたいしたものでないことは明らかである。三四郎はそれで談話を切り上げた。髭のある男は腕組をしたまま、時々下駄の前歯で、拍子を取って、床を鳴らしたりしている。よほど退屈にみえる。しかしこの男の退屈は話したがらない退屈である。
 
 三四郎は、自分の未来と比較してこの男を低く見積もっている。中学校の先生らしくないとしても、三等に乗っているのだから、たいした事はない。だから、自分が東京にいく事について関心を持つことができないのだろうから、話ができないのだと考えて談話を切り上げた。しかし、男は、退屈でたまらないようである。退屈なら、三四郎の帽子を見て話す事はあるはずである。三四郎を相手に話すことがなくて退屈がるのは、三四郎にしてみれば、不思議で、この男がどんな人物かが気にかかる。
 おとこは退屈しているが、無口なのではない。三四郎相手に話題がなかっただけである。窓から首を出して、水蜜桃を買うと、話を始めた。この男は桃の種について話をした。「三四郎ははじめて聞く説だが、ずいぶんつまらないことを言う人だと思った。」と書いている。三四郎はこれから大いに発展して、日本の将来をどうかこうかする人間になるかもしれない。そんな大志を抱くことができるのは、大学を知っている人間なら誰でもわかるはずである。しかし、それには全然関心を示さず、桃の種の恰好が無器用でかつ穴だらけであることが「たいへんおもしろ」いだとか、子規が「大きな樽柿を十六食ったことがある」といった話をしている。下等な教師であっても、日本の未来とか、青年の大志について関心を持つのがあたりまえである。ところが、三四郎がインテリらしく子規の話には多少興味を持ったところ、その話は中途でやめて、今度はブタの鼻の話をする。そして「まあお互に豚でなくってしあわせだ。」などという。しかし、三四郎は、これからエリートになって、大いに発展するつもりであるから、豚になる心配などしていない。とすると、豚にならないくらいのことで満足しているこの男はやはり、発展する見込みはないに違いない。
 
 ■「じゃ熊本はもう……」
 「今度卒業したのです」
 「はあ、そりゃ」と言ったがおめでたいとも結構だともつけなかった。ただ「するとこれから大学へはいるのですね」といかにも平凡であるかのごとく聞いた。
 三四郎はいささか物足りなかった。
 
 この男は大学のことを知っている。桃の種や子規の樽柿や豚の鼻の話のあと、やっと大学の話になった。しかし、大学の話も桃や豚と特別変わりのない話かたである。もう少し話が進まないと、この男がどんな男で、エリートについてどんな了見をもっているのかわからない。それともやはり「熊本の生徒には興味がない」のであろうか。
 
 ■「法科ですか」
 「いいえ文科です」
 「はあ、そりゃ」とまた言った。三四郎はこのはあ、そりゃを聞くたびに妙になる。向こうが大いに偉いか、大いに人を踏み倒しているか、そうでなければ大学にまったく縁故も同情もない男に違いない。しかしそのうちのどっちだか見当がつかないので、この男に対する態度もきわめて不明瞭であった。

 桃の種や豚の鼻については余計な話をするのに、大学の話になると「はあ、そりゃ」で話が途切れてしまう。大学を知っていながら、三等に乗る身分で、これ以上発展しそうにないにも関わらず、大学に畏れ入る態度に乏しい。大学は、色の黒い女と同様、この男にも思うほどの効果をもたらさない。だから、三四郎は「大いに人を踏み倒しているか、そうでなければ大学にまったく縁故も同情もない男に違いない」と考えた。熊本からでてきたばかりの三四郎は、出世を特別に「めでたいとも結構だとも」考えていない人間がいる、などとは想像もできなかった。エリートを尊敬しないのなら、エリートを知らないのか、人を踏み倒しにかかっているか、のどちらかである。平気である、というのは、三四郎の知る態度ではなかった。
 地位がエリートより高いからでもないし、人を踏み倒す気でもなく、無知でもなく、多くを知って、エリートとして出世することを単に一つの人生として認識する精神は、田舎にないだけでなく、都会にも稀である。色の黒い女も、三四郎にとっては衝撃的であったが、この男もまったく理解の範疇を超えているために、どのように理解し、どのように対処していいものかわからない。三四郎の汽車での経験は、自然な流れに見えるが、現実的な経験としてありうるものではない。漱石は社会的な、多様な価値観を並べてその関係を描写しており、それがこの汽車での会話に深い印象を創り出している。
 
 駅で西洋人を見た。
 
 ■だから、こういう派手なきれいな西洋人は珍しいばかりではない。すこぶる上等に見える。三四郎は一生懸命にみとれていた。これではいばるのももっともだと思った。自分が西洋へ行って、こんな人のなかにはいったらさだめし肩身の狭いことだろうとまで考えた。
 
 これは三四郎の基本的な特徴である。新しい経験を、常に田舎者の自分の蒙を啓くものとして、人物を、自分より上等のものとして認識している。男を低く見積もっているのは表面の傾向で、基本的には高く評価し、注意深く観察している。つまり、新しい現象や精神に接するすべての機会において、自分がこれまで無知であったことを認識し、新しい精神のすべてをあるがままに受け入れている。自分のこれまでの認識と対立する認識を、自分より劣るものとして拒否するほど傲慢ではなく、また、この対立によって、自分を否定するほどに卑屈ではなく、素直に経験を受け入れている。
 西洋人の美しいのを見て、男は「こんな顔をして、こんなに弱っていては、いくら日露戦争に勝って、一等国になってもだめですね」と言った。戦争に勝っても、日本の社会はまだ貧しく、精神も貧困であると言っている。桃の種や豚の鼻だけが関心ではないらしい。この話は色の黒い女の精神に少し近づいている。
 
 ■三四郎は日露戦争以後こんな人間に出会うとは思いもよらなかった。どうも日本人じゃないような気がする。
 「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、
 「滅びるね」と言った。――熊本でこんなことを口に出せば、すぐなぐられる。悪くすると国賊取り扱いにされる。三四郎は頭の中のどこのすみにもこういう思想を入れる余裕はないような空気のうちで生長した。だからことによると自分の年の若いのに乗じて、ひとを愚弄するのではなかろうかとも考えた。
 
 日露戦争に勝って、日本が一等国になった、と考えるのが、多くの日本人である。田舎では特にそうである。しかし、汽車で出会った爺さんや色の黒い女のように、日露戦争のおかげで生活が苦しくなって、いいことは何もない、という精神もある。そして、この男のように、下層の具体的な生活苦と離れているが、日本の社会資本や文化・精神のレベルは一等国ではない、と考え、しかも、このままでは日本が亡びると考える人間がいる。戦争に勝っただけで自惚れているのがいかにも後進国である。戦争に勝って、一等国になった、という認識以外を三四郎は知らなかった。男が自分を愚弄しているのではないかと疑うほどにこうした認識は目新しい。しかし、男は愚弄するでもなく、悲憤慷慨するでもなく、落ち着いて、自分の冷静な考え方として話をしている。そして、次のように結論した。
 
 ■「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」でちょっと切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。
「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と言った。「とらわれちゃだめだ。いくら日本のためを思ったって贔屓の引き倒しになるばかりだ」
 この言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出たような心持ちがした。同時に熊本にいた時の自分は非常に卑怯であったと悟った。

 熊本より東京は広い。熊本での考え方が狭い事はすでに経験した。東京にでれば、熊本の人間関係と精神が狭い事を誰でも経験する。しかし、熊本の遅れた精神や、色の黒い女やこの男や三四郎を多様にもっている日本の全体は東京よりも広い。そして、頭の中はもっと広い。頭は、日本だけでなく世界を認識できるし、日本に散在する狭い考え方のすべてを取り込む事もできる。何か一つの、狭い考え方にとらわれては危険である。日本のためだと思っていても、実際にためになるとは限らない。つまり、日本の本当の利益は、発展はどこにあるかを、何物にもとらわれずに考えなくてはならない。狭い目的をもって、それに一念でめがけて行っても、へたをすると鼻の長い豚になるばかりである。危ない。
 この言葉を聞いた三四郎は、物分かりがよすぎる。漱石は自分と同等の青年として描いているが、言葉が抽象的であるからかまわないと思ったのであろう。この言葉の意味を具体的に知るのはこれからの漱石の課題である。
 三四郎は、この汽車の中で、漱石が長年の研究と創作で得た、日本と日本の精神についての総括的な結論をいくつも耳にし、経験もして、それを素直に受け入れている。三四郎は、この男の言葉で、熊本をでた「様な気がした」と書いている。この男は詳しく説明しているわけでもないし、三四郎も具体的に理解したわけではないが、少なくとも自分の考え方が狭い事、どのような考え方が正しいかはわからないにしても、自分の思いもよらなかった考え方があることを初めて知った。そして、何も知らずに、あるいは、何も知らないがゆえに、何もかも理解しているかのように、自分の未来が大きく発展する事が、日本の未来と同じように保証されている、と考えて自信をもっていたことを、「非常に卑怯であつた」と思った。
 とらわれてはだめだ、というのは、この作品の基本的な視点で、このあと何度か繰り返される。そして漱石は、三四郎において囚われない、卑怯でない精神を描いている。三四郎はエリート意識に凝り固まっていない新しい青年である。日本に特有の堕落したエリート意識に侵されていないことが三四郎の自由な精神である。そのために色の黒い女や広田の精神を自分の中に受け入れることができる。逆に言えば、日本の現実を認識し、自由な精神を得るには、エリート意識を廃棄しなければならない、ということになる。
 三四郎は、非常に深刻な反省能力を持った新しい青年である。そして、三四郎は、「虞美人草」からのコペルニクス的転回を果たした漱石の自画像でもある。


「三四郎」ノート(5)

 『三四郎』の電車の場面は、構成された偶然であるが、現実認識の発展として法則的である。色の黒い女と広田は、三四郎のエリートの地位を相対化している。三四郎も、色の黒い女も爺さんも広田もそれぞれ独立した人生を歩いており、独自の精神を持ち、それぞれが対等である。
 エリートの地位の相対化は漱石にとって非常に難しい課題であった。漱石の批判意識は、新たに作り出されたエリートを明治社会を発展させる主体と考えていた。それが道徳的批判意識の内容である。エリートインテリの地位の相対的な低下とともに、漱石はエリートインテリが社会的な発展の一要素にすぎないことを認識することができた。
 金や地位からも、貧しさからも独立しているように見えるエリートインテリの立場からは、金と地位に執着することが俗物根性に見え、貧しさは同情すべき生活に見える。この中間的な立場を社会の中心として認識することがこれまでの漱石の現実認識であり、自己認識であり、このような現実認識を覆すのが『三四郎』である。
 漱石は、鼻子と苦沙弥、赤シャツと坊ちゃん、金持ちと道也、藤尾と甲野・宗近、こうしたエリートインテリを中心とした道徳的対立が社会にとって本質的な意味を持っていると考え、後者の立場に立って戦うことが、社会を改革し発展させることになると考えていた。しかし、資本主義の発展は、こうした対立関係が、社会的な対立の中のごく部分的な、むしろ発展の流れからはずれた対立であることを明らかにしつつあった。エリートインテリが生み出すことのできる道徳的対立は、社会発展の中でますます意義を失いつつあった。『三四郎』では、エリートが社会を生み出すのではない。社会がエリートを生み出している。
 
 広田は、「囚われてはだめだ」という。「囚われない」精神の内容は、精神が何に囚われているかにかかっている。囚われた精神と囚われない精神はこの意味で同等である。漱石の精神は、金や地位に囚われていた。漱石は、金や地位に執着していたのではないが、金や地位に執着してはならない、という道徳的意識によって金や地位に囚われていた。金や地位に対する執着を棄てることが第一の困難であるが、それに対する道徳的な批判意識を棄てることはさらに困難な課題である。金や地位から自由になることは、それに対する執着を超えて、道徳的批判意識をも超えて、分離的な意識を持つことである。その場合、無知や無感覚や無批判性ではなく、執着と道徳的な批判意識は内化され、相対化される。漱石の場合はエリートインテリの特殊な意識として相対化される。
 
 金や地位を失う覚悟をした道也は、金や地位に対する執着の半分を棄てたにすぎない。執着と道徳的な批判意識の両方を克服する場合にのみ批判は具体的になる。漱石が金や地位との関係を具体的に考察しているのに対して、鴎外は「高瀬舟」で、金や地位に対する執着をなくし、わずかのものに満足する単純な精神を描いている。金や地位に対する批判意識は放棄しようにももともと存在しない。だから、鴎外の「高瀬舟」は、漱石の作品で言えば、『野分』から批判意識を抜いた程度のものである。『野分』の批判意識はないから、「高瀬舟」の精神は到達点であり、発展的な精神ではない。広田が言う囚われない精神と、鴎外が「高瀬舟」や「寒山拾徳」で描く「囚われない」精神は違う。鴎外は囚われないことを執着の放棄として、無としてのみ描いており、しかもそのなかにつまらない執着があることに気がつかない。漱石はエリート意識を相対化したが、鴎外にはできなかった。
 
 桃の種に興味を持つ広田は、三四郎のエリートの地位に対して無関心であり、それが三四郎に衝撃を与えている。桃の種に夢中になっているから三四郎の帽子に無関心なのではなくて、三四郎の帽子に無関心だから桃の種に興味を持っている。桃の種は、三四郎の帽子に囚われず相対化する社会認識の意味を持っている。
 広田の桃の種に対する関心は、『虞美人草』の成果である。『虞美人草』では、小夜子と小野と藤尾と甲野・宗近が汽車によって結びつけられ、激しく衝突することで、道徳的に正しい関係に改変された。しかし、その方法も結果も肯定できるものではなかった。藤尾や小野を非難することに意義があるのか。そもそも藤尾や小野は、漱石が批判しやすいようにこしらえた虚像ではないのか。漱石の立場を対象化した構成物であって、現実の姿ではないのではないか。それが自分の作り出した虚像であれば、その虚像が何であるかの検討は自分自身が何であるかの検討でもある。こうした視点に立つ事によって、現実はこれまでとまったく別様に見えてくる。この場合重要なことは、それぞれの人物が分離しただけでなく、力関係が変化していることである。
 
 貧しい小夜子が甲野・宗近によって救われる関係は現実的ではない。色の黒い女が三四郎を度胸がないと指摘し、三四郎はその指摘が正しいと感じるのが現実的である。三四郎が色の黒い女を救うとか気の毒に思う関係はここにはない。こうした社会認識の逆転は、社会変革に対する切実な欲求の深化によって得られた。同情の限界はこのようにしてのみ克服される。三四郎は汽車によって田舎の生活と下層の生活から分離される。漱石は『虞美人草』では、汽車によって小野と小夜子を結びつけようとしたが、『三四郎』では、この汽車によって、お光さんとも色の黒い女とも分離する過程として描いており、しかも、自然に、なんの葛藤もなく分離される。三四郎はその世界との接点を失い度胸を失い、地位において現実認識において大きな限界を持つことになる。色の黒い女は、その本質的な特徴を予言的に指摘している。その言葉は、「明暗」では、津田に対する小林の警告として具体化される。
 この転回は明治社会を認識するための決定的な方法的転換点で、樋口一葉にもこの転回が現れる。それは「軒もる月」に決意として現れ、「ゆく雲」にこの転回による成果が描写されている。本当の天才であり、近代文学の創始者であった四迷はこうした転回を必要とせず、初めから色の黒い女の立場から社会を認識していた。夏目漱石はエリートであった。だから色の黒い女を想定することはできても色の黒い女を描くことはできなかった。だから彼女は三四郎と別れて四日市の方に行ってしまった。この色の黒い女の人生を描くのは一葉の仕事である。
 
 『野分』・『虞美人草』から『三四郎』にいたる漱石の社会認識の具体化は、現実と主観の関係で言えば、次のような過程をたどった。
 『野分』では、社会は金と権力に隷属するした堕落した人間の集団として認識されており、その社会全体と人格的な個である道也が対立していた。それは道也の孤立化の過程であるが、同時に道也は精神において社会全体と同等の価値を持ち、さらに優位をもって対立する主体的人格であった。社会は人格者によって規定され、変革されなければならないし、されるものとしている。抽象的社会と抽象的人格が直接対立し、人格的道也を中心にして社会が発展しなくてはならないというのが漱石の現実認識である。
 『虞美人草』では、社会と個の対立という関係は失われ、藤尾と小野を批判し小夜子を救うことが社会的変革の具体的内容になっている。この場合、個人の力による変革という意識は失われ、死を梃子とする自然的過程に期待している。しかし、そのような自然は存在せず、宗近の介入を必要とした。そして、結果は社会変革と言えるものではなく、一般的な意義を持つものではなかった。
 『三四郎』では、個と社会の関係が逆転すると同時に、社会は抽象的な全体としてではなく、具体的に分化している。三四郎は、社会全体の一部分であり、中間的存在であり、下層の世界にも上層の世界にも属さず、両者の対立によって規定され、その主観を形成されるものである。規定、被規定の関係が逆になると同時にそれぞれが具体化され相対化されている。。
 エリートインテリは、発展しつつある社会的な基本的対立の中で、その対立に規定されつつ、その中で自由に漂う存在である。その関係を逆転して認識したものが、漱石の道徳的批判意識である。現実社会の中間的な一契機としての立場が、自己を社会の中心と考える虚偽意識を生み出していた。漱石は『三四郎』から、その意識と立場の二重性を意識して描いており、その成果が端的にあらわれるのが『それから』である。
 『三四郎』では、お光さんと、色の黒い女の世界が三四郎から切り離される。『虞美人草』で描いた小夜子の救済は課題ではなく、認識対象としても取りのけられ、しかも、それは認識の届かない、より高度の精神世界として想定されている。下層世界との分離によって、漱石は藤尾の世界から分離し、自由になることができる。それは金や地位に対する執着からの自由が道徳的な批判意識の克服によってのみ得られるのと同じである。漱石は下層の生活と、藤尾の華美な生活や小野の浮ついた出世主義を対立的に認識していた。藤尾の華美な生活や小野の出世主義が小夜子を苦しめているかのように直接関係づけて現実を認識していた。しかし、両者は直接的な関係にないばかりでなく、ますます分離されて独立化していく。それは同時に両者が批判的インテリから遠ざかることでもあり、それがエリートインテリの本来の孤立化の過程である。藤尾も小夜子も、批判意識や同情から遥かに遠ざかってしまう。
 小野と同じように出世していく三四郎にとって、小夜子やお光さんと分離していくことは分かりやすい事実である。小夜子や色の黒い女の世界を認識することは、漱石の課題にならなかった。しかし、藤尾や美禰子との関係の認識は漱石の世界内部の具体的課題である。小野や三四郎は貧しい生活や田舎の生活から抜け出して、都会のエリートの世界に入っていく。しかし、漱石が道義的に批判するまでもなく、エリート的な出世にも限界がある。エリートインテリが金と地位のために精神を堕落させていく、逆に言えば、堕落しさえすれば金と地位を手に入れることができる、と考えるのは幻想である。出世を望むインテリがどれほど努力しても、望むほどの金と地位を手に入れることができるものではない。インテリの堕落は、望むほどの金や地位を得られない立場において特有に生ずる精神である。批判意識が岩崎に届かないのと同様、憧れ、一致しようとしても届かないところにエリートインテリに特有の葛藤が生まれる。それは、鴎外が詳細に記録しているとおりである。そして、非常に重要なことは、鴎外に見られる下層に対して傲慢で冷酷で、上層に対して卑屈で隷属的な精神と、『野分』や『虞美人草』に見られる下層に対する同情と上層に対する批判意識の違いは、そのままではそれほど大きくないことである。つまり、批判意識がこの傲慢さと卑屈さを自分から取り除き、この精神の限界を超えて展開していくことが非常に困難なのである。漱石はこの過程を順にたどることによって鴎外とまったく違った精神の系列をたどることになる。

           
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