「性急な思想」(明治43年2月13日)


  ■ そして、輓近一部の日本人によって起されたところの自然主義の運動なるものは、旧道徳、旧思想、旧習慣のすべてに対して反抗を試みたと全く同じ理由に於て、この国家という既定の権力に対しても、その懐疑の鉾尖を向けねばならぬ性質のものであった。然し我々は、何をその人達から聞き得たであろう。其処にもまた、呪うべく愍れむべき性急な心が頭を擡げて、深く、強く、痛切なるべき考察を回避し、早く既に、あたかも夫に忠実なる妻、妻に忠実なる夫を笑い、神経の過敏でないところの人を笑うと同じ態度を以て、国家というものに就いて真面目に考えている人を笑うような傾向が、或る種類の青年の間に風を成しているような事はないか。少くとも、そういう実際の社会生活上の問題を云々しない事を以て、忠実なる文芸家、溌溂たる近代人の面目であるというように見せている、或いは見ている人はないか。実際上の問題を軽蔑する事を近代の虚無的傾向であるというように速了している人はないか。有る――少くとも、我々をしてそういう風に疑わしめるような傾向が、現代の或る一隅に確に有ると私は思う。

 
 啄木はここでは、「自然主義の運動なるものは、旧道徳、旧思想、旧習慣のすべてに対して反抗を試みた」としている。それは間違いである。そして、その反抗を国家に対する懐疑にまで徹底すべきであった、としている。これは意味がはっきりしない。啄木のこの主張が内容をもちうるならば、啄木は国家に対する批判という当為にもとづいた評論を書くべきであろうし、書くことができたであろう。しかし、そんな評論を書かなかったし、書けるはずもなかった。この当為を否定することでのみ具体的な思想を獲得することができる。「国家という規定の権力」の批判というのは、具体的な批判対象、内容を捕らえておらず、漠然とした当為である。大逆事件に対する批判意識は、ここで言う「国家という規定の権力に対する」批判とは直接の関係のない、独自の具体的課題である。


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