ゴーゴリ 「死せる魂」 (1842)

                    この文章は83年に書いたものを、96年にnifty文学フォーラムにupしたものです。


 現実と芸術の関係の問題では、私は芸術が現実世界を反映しているという立場をとっています。芸術が客観的社会を反映しない主観的な構成物であるという規定に止まるなら、芸術の客観的な内容を明らかにする課題は生じません。芸術が主観的な構成物であるという規定と、その内容が客観的な社会を反映したものであるとする二つの規定を受け入れる場合にのみ、芸術の社会性を理論的にも、具体的作品の分析においても明らかにする困難な課題が生じます。
 芸術作品の無限に多様な形式の中に内容を読み取らねばなりませんが、作者の主観のすべてが社会的に規定されているために、作品が社会を反映しているかいないかという課題はありえず、社会をどのように、どのような深さ、本質性において描いているかを明らかにすることが課題になります。この課題に関連した批評がありますので、あと二つだけ過去に書いた批評を転載します。一つは作品が客観的社会の批判的反映と考えにくいゴーゴリの「死せる魂」、もう一つは、明治文学で、社会小説と言われている「くれの廿八日」です。実際はゴーゴリの作品はロシアの社会を深く、批判的に描いたものであり、「くれの廿八日」は日本の現実を表面的、無批判的に描いたものです。この二作品の特徴は表面的にはまったく逆に見えます。それは社会に対して悲憤慷慨する人物を描くことを社会的内容を含むことと思い違えることによって生じる逆転です。

 「死せる魂」の批評は、以前紹介したチェーホフの「かもめ」の前号として、83年の12月に同じくガリ版刷りで発表したものです。文章を少し短くしたりしていますが基本的にはそのままです。この批評は単純な作品紹介の形式になっていますので、作品を読んでいなくても読めると思います。非常に面白い優れた作品ですので興味が湧けば一度読んでみてください。作品の引用文は岩波文庫(平井肇訳)のものです。
       「死せる魂」について(1)

 ゴーゴリは「死せる魂」について次のように書いている。「自分は原稿を読んでみたけれど、農奴制のことなど毛ほども書かれていないし多くの読み物で言いふらされているように、農奴制の横っ面を張るなどという日常的な侮辱さへ記されておらず、ここで述べられているのはまったく別のことで、本題は売り手の滑稽なためらいと買い手の巧みな狡猾さ、それから、こんな奇妙な売買がもたらした全般的なとりとめなさにこそあるんであって、ロシアとその若干の住人達の一連の性格、内的風俗、それと別にめくじらをたてるほどもないようなものをいろいろ書き出したにすぎない。とまあこう請け合ったのです。けどどうにもなりませんでした」」(河出書房新社刊、「ゴーゴリ全集第7巻218頁)ロシアの上流階級の中でも特に頭のできの悪かった検閲官たちは、「検察官」の
作者の言うことを信用しなかった。「死せる魂」というのは、すでに霊魂が不滅だという教義に違反している、それが死んだ農奴のことなら、農奴制に反対しているに違いない、と考えた。ヨーロッパ風の教養ある検閲官は、「魂」が二ルーブリ五カペイカというのは人間の感情として許せない、と言った。作品の内容など問題にもならなかった。彼らは「死せる魂」のどこに農奴制批判があるのかを説明できなかったが自分の根本的利害に関わる問題を頭ではなく本能によって理解した。その後のゴーゴリの奔走によって作品が出版された時、彼らの本能の正しさが証明された。
 ゴーゴリは検閲官の本能がかぎつけたものを書簡の中で説明している。この作品の重要性を繰り返し強調した上で「ぼくの前にはすべてが、わが地主、官吏、将校、百姓、農家、ひとことで言えば、正教ロシアが全部あるんです」(172) と書いている。彼は考え抜き圧縮し、鋭く深く広範にロシアを写し出し、それをロシアにつきつけた。「『死せる魂』は全ロシアを震撼した」とゲルツェンは書いている。「死せる魂」はロシアを真二つに割った。あるいはロシアが二つに割れていることを明らかにした。一方は鏡を責めた。作品は上っ調子で粗雑だとか、戯画だとか、現実離れしていると、要するにできの悪いつくり話で祖国を中傷しているのだと断言した。だが他方でベリンスキーは次のように主張した。
  ロシア国民の生活から滲み出るものを把握し、祖国愛がみなぎり、真実が流れ
 出て、ロシアの生活を生み出しているその種子の中には炎の如き情熱や本能とも言える、腹の底から込み上げてくる感情が満ちあふれている。その思想性、表現技術からして計り知れない芸術的力量を有する作品であり、登場人物の性格、ロシア魂の内面的詳述は、社会的、国家的、歴史的見地から、深遠な思想をもって描写されている。どちらも感ずるままを書いている。ベリンスキーに偉大と感じられるものが「モスクワ市民」にはどうにも気に入らなかった。偉大な作品だけが持つこのような運命をゴーゴリは予測していた。彼は自分の作品の偉大さを確信し、それゆえに「また新しい階級やいろんな連中に総攻撃を喰うはずです。でも僕にはどうしようもありません」(172) と考えていた。
 では「死せる魂」の何がロシアを震撼させたのか? 全ロシアを写すことは、ゴーゴリが検閲官に請け合ったこととどう違うのか? 農奴の虐待が描かれているわけでもなく、農奴制に不満を持つ批判者が描かれているわけでもなく、チチコフが「死せる魂」を求めて遍歴する途上で出くわす人間を滑稽な色合いで紹介しているだけである。それも第一章で舞台になるN・N市を描写し、二章から一人物を一章に宛てるという単純な構成で、劇的な事件もない平和な日常生活を描写しているだけである。それなのになぜ検閲官はどなり散らし「モスクワ市民」は吠えるのか、いったいどういう人物が広大なロシアを震撼させたのか?
 第一章ではN・N市を訪れたチチコフが市長や警察署長、郵便局長、幾人かの地主といったこの町の名士たちとたちまち懇意になったこと、つまりお互いに善良な市民と認め合ったことが書いてある。あえて気にするとすればソバケーヴィチがしょっぱなからチチコフの足をふんづけたことぐらいであるが、それをただちに農奴制批判と言うことはできない。だからこの第一章は検閲官でも文句のつけようがないと思われる。
 第二章のマニーロフは善良であるが少々甘ったるくて砂糖がききすぎている。つまりとてつもなく愛想がよくて誰彼なしに褒め上げる。バカではなく、悪人でもなく、嘘つきでもなく、その他あらゆるものでもない。個性もなく力もないために初めは無害なところを善良と誤解されるが、一緒にいると死ぬほど退屈するし、しまいに胸糞が悪くなる。ただその妻だけが、知性とか個性とかいう円満な結婚生活の妨げになりそうなものを、寄宿学校という立派な教育できれいさっぱり洗い流してしまったので、善良そのものの幸福な生活を共にしていた。領地も家具も荒れほうだいにしたまま夫婦ともロマンチックで甘ったるい生活をしていたが、当然その分管理人がこざっぱりとし、百姓たちはひどくしぼり上げられている、ということであった。だからこの章は、自分の善良さがマニーロフ的なだらしなさと誤解されるかもしれないと思う人には不愉快でも不安でもあり得る。だがマニーロフなどめったにいるものではないし、その上彼は善良な人物として描かれている。
 第三章のコローボチカは一目瞭然で詳しく説明するまでもない。八十人ばかりの農奴を持つ貧乏地主でケチで小心で頑迷で小金の勘定よりほかにはどんな分別もない。死んだ農奴を売ってくれと言われて、人頭税がかかるだけの農奴が急に惜しくなって「でも、どんなことで畑仕事なんどに入用があるかもしれませんからねえ」というような婆さんが我慢のならないものであることは言うまでもない。死んだ農奴が畑仕事などに大して役に立つはずがないことさえ分からないとすればどんな薬も効き目はない。自分がコロボーチカだと思っている人はこういう描き方に腹を立てるだろうが、こんな婆さん連には腹を立てさせておく方がよい。だから「モスクワ市民」がこの章に文句をつけているとは考えられない。
 第四章はノズドリョフ。これはもう自分の手にあるものは何でもカードに賭けて結局は無一文になるといういかさま師のやくざ者で大法螺ふきで、長所と言えばどこへ行っても一騒ぎ起こすことくらいのものである。気分任せでどんなことでもしゃべり散らすし、その気分がいつ変わるともしれないから何をしでかすかわからない。野兎の後足をつかんで手どりにしたなどと平気で言うし、君僕で話しているかと思うと突然お前は山師だと言い出す。言うことなすことみな行き当たりばったりで他人がどう思おうと明日がどうなろうと構わない。つまり要するにノズドリョフは現世の生活を存分に楽しんでいるわけであるが、遠目に観察するのならまだしも実際にこのような男とつきあう羽目になったとしたら結構な幸運と言わねばならない。立派な人が例えば「このノズドリョフめ!」などと言われれば当然腹立たしいだろう。しかしゴーゴリは立派な人々をノズドリョフだと言っているのではない。この章を書いたゴーゴリに罪がないことは明らかである。
 第五章のソバケーヴィチはノズドリョフのような乱暴者ではないがマニーロフのように善良でもない。初対面からチチコフの足をふんづけたあの男であるが、なぜふんづけたかというと、彼は言わば熊であったのでどたばた横や斜めに曲がって歩き、絶えず人の足をふんづけないわけにいかなかったからである。これがどんな熊だったかは彼の人物評でわかる。チチコフが裁判長は立派な方ですねと言えば「あんたにはそんな風に見えるかもしれないが、あいつはフリーメーメンに過ぎないんでね。まずこの世に二人とはない馬鹿野郎でしょうて」と答えた。びっくりしたチチコフが話を変えて、でもあの知事はすぐれた人物じゃありませんかと言うと「あいつは世界一の強盗でさあ!」と言うし、警察署長にしたところで「悪党でさあ」であった。さすがに検事は褒めたが、「あの中でどうにか人間らしいのは検事一人だが、あれだって本当を言やあ豚ですよ」ということだから結局同じである。つまりソバケーヴィチはマニーロフと違って人を褒めるのが嫌いな男だった。そのほか食事の時にかぎって、知事のところでは猫の皮をはいで食卓に出すというような話をするのを好んでいたとか、豚でも羊でもまるごとたいらげて骨までガリガリやるとか、死んだ農奴の大工の腕だの品行のよさだのを山ほど数え上げて百ルーブリという値を吹っかけたとかいう、がさつで、熊で、ドタバタしているが自分の手元に何でも取り込んでしまうひどいしぼり屋である、と書かれている。こんなロシア風の田舎地主はヨーロッパ的当世的教養を身につけた人には古ぼけたガラクタのようなものであろう。だから立派な人は、ソバケーヴィチはまちがいなく熊であるが幸い私は貴族である、と言ってむしろ安心することだろう。
 第六章のプリューシキンは最近農奴がハエのようにバタバタ死んだという領地の地主と聞いてチチコフが急遽訪ねた人物である。「そのプリューシキンってどういう人ですか?」とチチコフが尋ねると「ペテン野郎でさ」とソバケーヴィチは説明している。
  第五章までどれもこれもロシア的だがプリューシキンは特別ロシア的である。「どうもこんな現象はロシアでもはなはだ稀なことといわなければならぬ」と書いてあるほどだから他の国にこんな人間がいようとはとうてい思われない。
 百姓小屋はひどく荒廃している。だだっぴろい村の建物は老朽し、活気がなく人の気配すらない。大きな地主屋敷も開いている窓は二つきりでそれすら古ぼけた紙を張りつけてある。暗い部屋の中のわけのわからないガラクタの上には埃が分厚く積もっている。主人はボロ布のような服をぶら下げ、袖と襟は脂と垢でテカテカになっている。裏庭には木材とか使われもしない器具、百姓たちが日頃使う桶やら籠やらが山のように積み上げられている。プリューシキンが村を回ったときに拾い集めたもので、彼が歩いたあとはまるで掃いたようにきれいになる。
 プリューシキンは主婦がなくなって家政のこまかなことをやらねばならぬようになってから、落ち着かず疑い深くなりけち臭くなった。死んだ農奴を買ってくれるというチチコフに見せた精一杯の行為が上っ面の腐ったところを削ったパンを出すことだった。どんな無駄もさせまいとするプリューシキンの情熱ほどロシア的なものはない。この乞食さえ哀れむほどのボロを下げたプリューシキンの村では廃屋同然の家に住む八百人の農奴たちが穀物を納め、女たちは胡桃を納め、機織女は麻布を納めた。それは毎朝倉庫に積まれたまま腐っていった。穀塚や禾堆はキャベツでも作るのに持ってこいの申し分のない堆肥に変わってしまった。
 これがプリューシキンである。しかしこういう人間がロシアでも稀だということをゴーゴリも認めている。だから珍しい例外的な人間を描いたまでだと言うことができる。
 こうして特に問題なく5人の人物を紹介し、第6章では彼ら名士たちの舞踏会を描いている。その舞踏会をチチコフはさんざんにこきおろしている。「県下は凶作で物価が高くて困ってゐるのに、奴らは舞踏会などに憂身をやつしてゐやあがるんだ! ふん、どうだい、百姓女みたいにゴテゴテと矢鱈に着飾りおつてさ! 千留もするような大層な服装をした女が中にあつたからつて、何もめずらしいことじやないさ! みんな百姓どもから絞りとつた免役税でこしらえたものじやないか。いや悪くすると、こちとらのような人民に良心を売らせた金でつくつたのかもしれんぞ……」といった具合に長々とやるのだが、これはチチコフがせっかく舞踏会の主役になっていい気持ちでいた時に、ノズドリョフがチチコフは死んだ農奴を買っている、などと言ったからである。腹が立てば誰でも身近なものを罵倒する権利はあるはずである。ゴーゴリはそう説明している。
 この他第九章には舞踏会の花である上流婦人の会話、第十章にはコペイキン大尉のエピソードがある。ゴーゴリは第十章を重要な章と考え、検閲のために大幅な改作をしている。これは12年の役後の政府の政策に直接かかわるものだったからである。コペイキンの不運の原因が彼個人にある、という形にしてようやく出版が許された。
 第十章では国家的・政治的問題が触れられているが、第九章の二人の婦人の会話はこれに劣らず重要である。なぜなら彼女たちこそ舞踏会の花であると共に上流階級の影の実力者だからである。チチコフの運命は二人の会話の微妙な遣り取りにかかっているので、その微妙なニュアンスは少なくとも第八章から読み進まねば感じとれないが、この一章だけでもその素晴らしさはわかる。円熟したゴーゴリが自分の得意の分野を得意の形式で描いた最高の会話である。「どちらから見ても気持ちのいい婦人」と「単に気持ちのいい婦人」との無駄口が、芸術的に完璧に、どんな無駄もなく書き上げられている。会話の面白さに笑いながら同時に描写の芸術的な素晴らしさに感嘆することができる。
 以上がN・N市にまつわる話の全てである。この後チチコフが描かれるが、さしあたってチチコフはN・N市をあとにし、第一部はこれで終わることになる。
 「全ロシアを震撼させた」のはこのような人物である。チチコフを含めて詳しく描かれた八人と田舎町の役人たちの何が悪かったのか? この八人にはおそらく怒る権利がある。ところが怒ったのは八人どころではなくロシアを代表する名士のすべてであり、しかもこの八人がベリンスキーらを感激させたのであった。
 この場合怒った方が多少具合の悪い立場に立つことになった。彼らはこの田舎の変り者達の描写が農奴制批判であることを内容によって証明するわけにいかない。そのような批判はゴーゴリが描いた世界が農奴制そのものであること、つまり農奴制とは「死せる魂」の世界であることの証明になってしまい、自分で農奴制批判をすることになるからである。だから農奴制を批判するわけにはいかない名士たちは本能によろうと理性によろうと、「死せる魂」という言葉が反宗教的であるとか、「検察官」の作者の作品をできが悪いとかでっち上げだと罵倒する以外になかった。それ以外に方法はないというこの揺るがし難い根拠によって彼らは心から、ゴーゴリにも理解できないほどむやみに腹を立てたのである。

 ゴーゴリは自分の作品の影響についていつも予測を誤った。ゴーゴリは歴史的な課題を果たしながら、歴史が自己認識を進める時の独特の方法を知らなかったからである。彼は全ロシアに鏡をつきつけることによって歴史の自己認識を促した。彼はロシアに広範に存在し、ロシアが前進するのを妨げている現象、ロシア社会の基本的欠陥をはっきり示すことによって反省を促そうとした。ところが個人の場合でも同じであるが、基本的欠陥というのは正しい意見や模範によって矯正されるのではない。自己反省や対立意見の理解は、反省し理解する以外に生き残る方法がない時はじめて始まるものであり、歴史上ではこのような現象はごく稀に起こる。何百万とか何千万の人間が切実な利害によって階級的に組織されている世界では、根本的欠陥の批判というような歴史的に新しい認識は、その欠陥の克服を自分の利益と考える新しい階級とその代表者に任され(他ならぬゴーゴリがその一人である)、ロシアの名士たちはその欠陥と共に滅びる運命にある。このようなことがゴーゴリには理解できず、歴史の認識の発展形態の一つである「死せる魂」をめぐる喧騒にかえって幻滅した。ゴーゴリのこのような立場は、思想の段階としては革命的民主主義の直前の素朴な啓蒙主義に属する。啓蒙主義的幻想が彼の作品の現実的力に破られることになった。
 ゴーゴリの意図が啓蒙的であろうとなかろうと、鏡をつきつけられたロシアはその鏡の製作者を犠牲にしてでも自分のやり方でそれをのぞきこんだ。ゴーゴリがマニーロフやノズドリョフとは縁もゆかりもないと思っている教養ある人々が、欠点の反省をとびこえて直接怒りにまで進んだ。ベリンスキーらは狂喜した。ロシアは真二つに割れ、論争がはじまり、揺れ動き、重い体を少しずつ前へ進め始めた。基本的思想に関することで、もし、ということはありえないが、もしゴーゴリがこのことを少しでも知っていたらどれほど幸福であったろう。歴史において「前へ!」と呼びかけることは「検察官」や「死せる魂」を書くことであったのだし、それが引き起こした喧騒こそこの「前へ!」の呼びかけに対する答えであったことを知っていたなら、と彼の悲劇的運命を見ればこの無意味な、もし、を考えずにはおれないのである。
 ゴーゴリが十人足らずの人物で描き出したのは彼の意図したとおり全ロシアであった。彼が写し出したのは、十九世紀中頃のロシア、すでに没落期の最終的段階にあり発展の力を失った腐った体制としての農奴制の姿、それを構成している人間の本質的特徴であった。マニーロフからプリューシキンまでの特異な個性はロシアのあらゆる多様性を凝縮した社会的、階級的個性である。彼らはある世界の端から端まで含むような多様で対立的な個性であるが、同時にあまりにも似かよっている。地球上の無限とも思える生物の多様性が遺伝子の基本的構成では余りにも単一で地球的であるように、N・N市の出来事も少し距離をおいて歴史的に眺めるならば、没落期にあるロシア農奴制的な多様性であることがわかる。
 数百デシャチーナあるいは数千デシャチーナの広い土地で数百人単位の人間が労働し、一つの家族の無為徒食を養っている。現代の我々から見れば巨大な富を産み出すであろうと思われるこの土地と人間が、農奴制的に経営されるとマニーロフ的ルーズやノズドリョフ的バカ騒ぎやソバケーヴィチ的大食漢を育てる。それ以上のことはできない。彼らがそれ以上のことをしようと思えば、つまり農奴制など忘れてしまったパリ風の生活をしようと思えば、妻や娘の衣装代のためだけにでも土地も農奴も抵当に入ってしまうし、実際パリ風はこのようにして農奴制をぶち壊しつつあった。「外套」のアカーキーの生活はいかにも貧しいがゴーゴリのペテルブルクでの生活以下ではない。ところがそのゴーゴリも小ロシアに千デシャチーナの土地と二百人以上の農奴を相続した地主であった。もちろんこの土地も彼がほんのちょっとヨーロッパを旅行するために抵当に入ったし、彼自身何の役にも立たない千デシャチーナの土地に未練はなかった。ペテルブルクで生活するには一千デシャチーナの土地があってもアカーキー以下である。
 N・N市の舞踏会の花たちはペテルブルクほど金のかからないやり方で田舎風のパリ仕立てを着飾り気取ったバカ話をしている。しかしこれ以上のことができるであろうか。彼女たちの頭が帽子を被った鍋以上のものでないとしてもそれが彼女たちの罪だろうか。ヨーロッパからの距離、ペテルブルクからの距離、自由になる金の量、知りうる知識の量、これらが彼女たちの趣味も知性も教養も決定している。このようなN・N市で善良さが何の役にも立たないマニーロフ的なものになってしまわないことがありうるだろうか。ソバケーヴィチのようながさつな男がいかにしまり屋であったとしても、山盛りの皿をたいらげること以上に何ができるであろうか。所はロシアで働くのは笞で強制される農奴である。農奴は生きるための最低の生活をし、地主は地主としての最低の生活をしている。他の生活、つまりヨーロッパ的な生活をするための金も文化も交通も機械もありはしない。プリューシキンが千人の農奴がつくった穀物を腐らせながらボロ切れをひきずって歩いているとしても、村から集まってくる麦だのクルミだのをマニーロフや「昔気質の地主たち」流に管理することに比べて劣るわけではない。腐る前に使用人が盗み出し、ウンウンうなるほど食って役立たずの大酒飲みになるか、管理人がたらふくため込んで自分たちより金持ちになるという不愉快な結果になるより穀物を腐らす方がいいと考えたのである。どっちがいいか。どっちも悪い。だが他に方法はない。焼け死ぬべきか溺れ死ぬべきか。マニーロフになるかプリューシキンになるか、それともあとは野となれでソバケーヴィチ流にいくか、あるいはノズドリョフのようにただ全生涯を胃袋にささげるか。どれでもよい、しかし農奴を使って自分の生活を維持しようとするかぎりこれ以上のことを望んではならない。様々のバカバカしい無駄、労力の浪費、無能化、俗悪化を各々の流儀で追及している、というわけである。
 この意味で彼らの個性は社会的個性である。マニーロフが足下で生活を浸食されながら「モスクワまでも見えるような高い高い望楼のついた宏壮な邸宅」について夢想しているならば、それはできもしないことについてロシア農奴制が夢想しているのであるし、プリューシキンが百姓の桶を盗んではため込むとしたら、それは農奴制ロシアの病である。現代の日本でも一億の中にはプリューシキンがいるかもしれない。しかしそれは単に例外である。十九世紀ロシアでもプリューシキンは数少ないかあるいは一人もいないだろう。しかしプリューシキンは単に例外ではない。誇張され極端に描かれることによって部分的類似が消えたとしても、それは社会的内容の凝縮として、農奴制的経済の論理的帰結の一つであるという点で本質的であり普遍的である。
 以上のこと、すなわちN・N市はどこかの地方都市ではないこと、ノズドリョフはノズドリョフでなくプリューシキンはプリューシキンでなく、問題は八人の変わり者のバカさかげんではなく、これを他人事として作り話として単なる中傷とか戯画として笑い飛ばすわけにはいかないことを、誰もが一瞬に感覚的に本能的に理解し、全ロシアが震撼した。そこにあるのはモスクワやペテルブルクも含めた全ロシアであること、農奴に対する虐待はなくても農奴制全体の真の姿であること、しかもそれが腐れきってどのような点から見ても無用であり、善良であろうとがさつであろうと熊のようであろうと乞食のようであろうと、一切合切がガラクタであり、一揺れで落ちてしまわねばならないほど熟しきったものであることが示された。ロシアを支配している名士たちは自己満足した自分の顔がどんなに愚かなものであるかを見せつけられて侮辱を感じ、人民がN・N市の役人やマニーロフやソバケーヴィチを笑い飛ばすとしたら、それは明らかに終わりの始まりであることを本能的に理解した。だからこそゴーゴリが暴露しようとした愚かな連中ではなく、自分のノズドリョフやマニーロフをきらびやかな外見と浅はかな教養で隠している名士たちが真先に怒ったのである。そしてこの怒りこそ終わりの始まりを示す現象の一つであったのだがすでに書いたようにゴーゴリはそれを知らなかったのである。
 ゴーゴリが芸術家的直観によって農奴制を崩壊させる力を感じとったものが一つだけある。それは主人公チチコフである。彼は農奴制の崩壊にとっては他の登場人物よりも、それについて騒ぎ立てた名士よりもはるかに重要で本質的でありゴーゴリの関心の中心的位置を占めている。
 ゴーゴリは第一部の終わりで、前十章で十分に描写しているチチコフを、まるで念を押すように詳しく描いている。マニーロフやノズドリョフは誰の目にもその愚かさがわかるように描いたが、チチコフは彼らとは違った新しい人物であるためにその行動の本質がロシアではまだ十分にわかりにくいと思ってのことだった。「作者がもし、主人公の魂に深く立ち入りもせず、彼が人の眼を晦まして世間に隠しているものを魂の底から曵きずり出しもせず、人間が誰にも打ち明けない秘密の思想を発きたてもしないで、チチコフをあの市の連中なり、マニーロフその他の手合ひなりの眼に映ったと同じような姿に描いたならば、きっと誰にも気に入って、面白い人物だと持て囃されるかもしれない」と作品に書き込んでいる。
 死に瀕したマニーロフやノズドリョフと違ってチチコフは強い生命力を持っている。父親が死んだときに一千ルーブリと農奴の一家だけを受け継いだチチコフは十章までに描かれた地主たちではない。彼はその宿命によって「克己と忍耐と節約」を成功の手段と考えている。しかも彼はどの地主も、読者でさえそう思い兼ねないように洗練された外見と立居振舞を備えている。出世や金のためにこのような個人的能力以外に手段を持たない彼は、その上品さの背後で、どんな屈辱にも耐え、どんな卑劣な行為も辞さないと決意している。
 チチコフのあらゆる努力にもかかわらず、彼の地位は今のところ危ういものである。「敏腕家の取り込み屋」であるチチコフも全編を通じて苦い思いをさせられ、裕福な暮らしを夢見ながら「克己と忍耐と節約」だけが切実な生活原理になっている。(チチコフの運命はプーシキンの「スペードの女王」を思い出させる。)N・N市で彼は地主たちに媚を売りながら彼らの愚かさに付け入ろうとし、一度は成功するが次には彼らの愚かさのために成功もふいになってしまう。彼らの愚かさを頼りにしている間は彼の成果もいつぶち壊されるかわからない不安定なものである。チチコフはN・N市を追われ、マニーロフからプリューシキンにいたる地主たちは相変わらず楽しくやっている。
 「ミルゴロド」から「死せる魂」にいたるゴーゴリの作品の笑いに必ずつきまとうペーソスの本質がここにある。農奴制は腐れ切っているにもかかわらず新しい体制は現れず、その遅れた体制のままに自分を維持していることがペーソスの内容である。低い生産力とロシア的分散性は自分の腐った体を治癒する力を産み出せないでいた。地主たちは愚かさの限りを尽くし、何の自己反省も強いられずに生きている。誰でもバカバカしさを理解できる、しかし笑っていられない。イワンとイワンは町の模範になるほどの親友でありながら「ガチョウ」という一言のために十年の裁判ざたにかかずらわっている。「検察官」の市長はフレスタコーフの愚かさのために一杯食わされたが、それでも市長がいなくなるわけでもフレスタコーフの愚かさがなくなるわけでもない。愚劣や俗悪を笑い飛ばすことはできない。なぜなら愚劣や俗悪が目に余るほどはびこっているとしても、それは安定し、くつがえされず、今後も何の気兼ねもなくはびこっていくだろうからである。忠告の言葉など出ないし、笑いは消えて憂鬱な顔が残る。これがゴーゴリの作品の世界でありゴーゴリの時代の特徴である。
 ゴーゴリは腐った体を開き、見せつけることによってロシアの病を治そうとした。その病めるロシアにチチコフが現れた。チチコフは土地を失い新しい生き方を捜さねばならない人物である。停滞する生産力の中で必ず何パーセントかの地主が何らかの理由で土地を失い没落しつつある。「死せる魂」にはそういう例がいくつも描かれている。チチコフは彼らの中でも早く財産を失い「克己と忍耐と節約」を身につけて、今まさに没落の一歩手前にありながら旧態依然の生活をしている無能な連中の間をさまよっている人物である。
 チチコフはいずれマニーロフやノズドリョフを亡ぼしてしまう。チチコフがもしチャンスをものにしたなら、足場を彼らの愚かさからもぎとった現実的なものの上に築いてしまったなら、そのときはマニーロフやノズドリョフの手に負えなくなるだろう。「克己と忍耐と節約」はマニーロフやノズドリョフにつけ入る手段ではなく、マニーロフやノズドリョフに付け入ることを許さない冷酷な力になってしまうだろう。チチコフを追い払ったN・N市の名士の寿命はすでにつきており、決して諦めずどんなチャンスにも食いついていこうとするチチコフはいつか必ずチャンスをものにするだろうし、一年ごとにチャンスは大きくなるだろう。そして一つのチャンスをものにすれば次のステップにはすぐ手が届くし、そうなれば……、そうなればロシアは大変なことになってしまうだろう。ゴーゴリはこう考えていた。
 ゴーゴリはチチコフのような卑劣漢をなぜ描くのかという愛国者を自称する人々の問いを予想し、自分の解答としてキーファ・モーキエヴィチのエピソードをつくり出している。ゴーゴリらしい素晴らしい才能によるエピソードである。彼の息子が乱暴の限りを尽くして村を破壊しているとき、彼は「たとえあれが手のつけられん悪たれであるにせよ、それをわしから世間へ漏らすやうなことはできんのじゃ、わしはあれを突つぱなすようなことはできんのじゃ」と父性愛を披瀝しておいて自分はいつものように哲学的思索にふける。
  「さあて、象がもし卵で生まれるとしたら、その卵の殻はよっぽど分厚に出来ていることぢやろうな。大砲だつてぶち抜くことは出来まいて。そうすると、何かもつと新しい飛道具でも考え出さにやなるまいて。」祖国を中傷している、というのは長い外国暮らしをしているゴーゴリに常に投げつけられた非難である。だがベリンスキーの言ったように彼のロシアの描写には心からの愛情が滲み出ている。ゴーゴリが「死せる魂」を書いている時プーシキンもレールモントフも殺された。その時代に模範的な、理想的な人物を描く三文文士が御婦人方に気に入られていることをゴーゴリも知っている。だが「作家をおいて、誰が聖なる真理を語る義務を負っていよう? 諸君は物事を深く洞察する眼を怖れ、自分でも深刻にものを観察することを躊躇して、何事も漫然と表面だけを眺めて喜んでおられるのだ」とゴーゴリは言う。チチコフのような卑劣漢を暴かねばならない。チチコフの表向きの上品さに隠れた卑劣がマニーロフやノズドリョフの愚劣さよりも重要であり危険である。だから「……作者としては、どんなことがあっても、自分の主人公と喧嘩をしてはならないのだ。まだまだこれから先長いこと二人は互いに手に手を取り合って旅をしなければならないのだから。」そしてゴーゴリはチチコフを観察し続け、チチコフと格闘し続けた。ゴーゴリがロシアにつきつけた鏡には、マニーロフからプリューシキンにいたる道化たちがのろまな顔をして映っている。だがその中に一点何か埃りを立てて走るものが見えている。それは一体何なのか。ゴーゴリは第一部を次の文章で終わっている。
 「 露西亜よ、お前はいったいどこへ飛んでいくのか? 聴かせてくれ、だが答えはない。リンリンという妙なる鈴の音が鳴りわたり、きれぎれに千切れた空気が轟々とはためいて風になる、露西亜は地上のありとあらゆるものを追い越して飛んでいく、横目でそれを眺めながら、諸々の他の国民と国家とは傍らによって彼女に道を譲るのである。」ロシアよ、お前は一体どこへ行くのか? 聞かせてくれ、これがゴーゴリの哀愁をおびた祖国愛である。
 第二部

 第一部で病めるロシアを診察したゴーゴリは第二部ではこれを治すための人物を描こうとした。俗に言う「展望を示す」ことが第二部の主題になっている。「死せる魂」第一部に続く小説で「展望を示す」ことのできる人物の性格はすでに決まっている。道徳的にも肉体的にも非の打ちどころがなく美しく御婦人方のあこがれの的になるという少々塩気の足りない人物ではなく、特別の資質が予定されている。それは全ロシアが直面している問題、死に瀕している農奴制を合理化し建て直しロシアに活気を与える方途を示す能力を持った人物でなければならない。
 第一章はプロローグである。この章は説明であってありうべき人物の描写ではない。ゴーゴリは領地経営を改革しようとする善良な地主がロシアではどのようになっているかをまず説明し、次にこの弱点を克服した人物を描こうとしている。
 それは桃源郷とも言うべき豊かな美しい領地に住む教養ある地主で、人付き合いもせず贅沢もせず、すべてになげやりという変わり者、つまりロシア文学史に何度も出てくるオブロモフ主義者の一人である。どうしてこんなことになるのか。彼は立派な教育を受けペテルブルクで官吏になった。しかしそこでの仕事があまりにも下らないために、もう少しで昇進という時にあっさり辞表を出した。そして自分の領地に帰った。その村は地味が豊かで美しく、善良な百姓は大喜びで彼を迎えた。彼は感激し、自分の愚かさを呪った。自分の使命はここにあった、何百人もの百姓の幸福が自分の腕にかかっていたというのに意味のない写字などをやっていたとは、と。そして理想に燃える地主は百姓のために改革を行った。これからは彼らと労苦を共にしようと誓った。しかし長くは続かなかった。旦那が善良だと見抜いた百姓は旦那の畑での仕事で手を抜き始めた。貢物を免除し仕事を半減にしたら「ぐうたらな安逸と掴み合いと、無駄話とすったもんだの啀みあいとが矢鱈に女房連のあいだに起った」。学校を設けようという計画もお話しにならないナンセンスに終わってしまった。つまり改革の結果は前よりも悪くなっただけであった。だからテンチェートニコフは他の地主と付き合いもせず、無為に日々を送ることになった。
 これはプーシキンのオネーギンからトルストイのレーヴィンに至るまで善良な貴族たちが何度も取り組み、同じ結果に終わった運命である。社会的現象の一つとしてあったロシア的タイプである。
 農奴制的領地経営の不合理性は誰もがすでに知っていた。もし数百、数千デシャチーナの土地と何百という農奴をほんの少しでも合理的に(例えばヨーロッパのように)経営できるならば、地主の収入だけでなく農奴の収入も何十倍に増やすことができる。だがどうすれば農奴の労働を合理的に組織できるのか。何世代にも渡って笞の力で旦那のために働かされてきた農奴に年貢や使役の軽減で労働意欲を吹き込むことはできない。厳しくしようにもロシアの農奴はすでに餓死寸前の所でようやく生きている。どうにもしようのなくなった善良な地主は皆改革を諦め、オブロモフ主義者になるのである。
 テンチェートニコフがこの後どうなったかわからない。第二章では、ウーリニカというツルゲーネフが書きそうな理想的女性と幸福な結婚生活をすることになっていた。しかしゴーゴリはそれをほとんど焼き捨ててしまった。失敗し無為になった男が理想的な女性と幸福な結婚をするという俗な構想では、ウーリニカがどんなに生き生き描かれていても後味の悪いものになる。改革を諦めた人間の幸福な生活を美しく描くというような屈辱的な仕事はゴーゴリには耐え難かった。
 第三章に描かれている理想の人物コンスタンジョーグロは七、八年で二万の収入を二十万にした「非凡な人物」である。彼の領地では「出っくわす百姓の顔付もなんとなく利口そうなら牛羊も粒選りの種類で、百姓に飼われている豚までが貴族ぶった面構えをしている」(理想もゴーゴリ風の色合いで描かれている)と書いている。彼が没落しつつある周りの地主と違うところは、勤労を愛しており実務的なことである。勤労を愛せとか実務的であれというぐらいの内容はどんなに見事に表現されても平凡な教訓以上のものではない。ゴーゴリは小うるさい説教家になっている。いくらか実質的な内容としては「地主ともある結構な身分の人間が、制作所の持主だの工場の主人だのというケチなものに化けてしまうのです」とか「農業を天職とする人間が最も道徳的で気高い」とかであるが、これはゴーゴリがロシアの農奴制を幻想的な形式で理想化し始めていることを示している。農奴を働かせる方法は農奴を見張るための高い望楼を建てることだとか「わしのところでは働くということが第一の掟でそれがわしのための仕事だろうと百姓どももせっせと働いているよ。抑々くだらない考えが頭に浮ぶのも、せっせと働かないからだってことをわしは経験でよく知っている」といったつまらないものである。最終章のムラーゾフにいたっては、働いて質素に暮らし、神に祈り、貧乏人を助けるというバカバカしい内容がコンスタンジョーグロ以上の力として描かれ、神のようなムラーゾフの前でチチコフにみじめな反省をさせいじめつけている。ただチチコフについてはゴーゴリは、彼が危機を脱し得ると考えた瞬間から反省も嘆願も忘れてしまったことを描き「おお生活よ!」と叫んでいる。ロシアの生活を忘れ、無意味な教訓を与えようとしたゴーゴリの芸術家らしい感覚のひらめきである。第二部でこの感覚に背いたゴーゴリはこの感覚によって多くの原稿を焼き払った。ロシアを変えるのは道徳的な地主ではない。ロシアの農奴制はそこで生まれる理想によって取って代わられるのではない。ゴーゴリの視界にはいった人物象では、チチコフこそが商品経済の浸透による農奴制の崩壊を反映する新しい人物であった。そしてそれは、ゴーゴリが予想もしなかった巨大で悲惨な、想像を絶する方法でロシアを変えていった。

                               −以上−

 どういうわけか、ぶっつりと終わっていますが、書き加えるより書き直した方がよさそうな内容なのでそのままにしておきます。ロシア農奴制の崩壊過程はゴーゴリ以降の作家によって描き継がれています。
 この冊子の空きページの埋草として次の文章がありました。チェーホフの「かもめ」にも関連しますのでこれも転載しておきます。ラネーフスカヤというのはチェーホフの「桜の園」の登場人物です。


  「ゴーゴリの喜劇とチェーホフの喜劇」

 二人の喜劇のタイプの違いに半世紀の歴史が感じ取れる。ゴーゴリはこの上なく滑稽で大笑いさせてくれる。しかし、それは深いペーソスを生む。チェーホフにはたくさんの反省と不幸がある。しかし、それは腹をかかえて笑うべきだという。ゴーゴリもチェーホフも歴史上の役目を終えた人物を舞台の上にのせている。だから喜劇である。
 ゴーゴリでは無用になった人物がバカさかげんのありったけを尽くして自分が無用になっていることを表現している。しかし彼らは歴史の舞台から去りそうにない。次の舞台が用意されていない。だからこそ彼らにはどんな愚行も気晴らしになり、それをいやというほど見せつけられる観客は、「諸君、この世は退屈だ」と言わずにおれないのである。
 半世紀後田舎貴族たちは舞台を去る時がきたと感じている。しかし無用な生活を続けながら無用さを嘆いて何になろう。それも無用な生活の一断面にすぎないではないか。
 ゴーゴリは自分の舞台でこのような生活が演じられるとは考えてもみなかった。ノズドリョフやソバケーヴィチが自分の不運を嘆き、しかもそれすら笑うべきものになってしまうなどとは。「ロシアよ、お前はいったいどこへ行くのか」とゴーゴリは書いた。ロシアはゴーゴリの想像を越えて進んだ。ノズドリョフが破産寸前で陽気でいられる時代は過ぎて笑いは嘆きになった。しかしそれもまた過去のことになった。そしてもうとっくに嘆き終わって涙も涸れ果て、気を取り直して新しい生活を始めているはずなのに、そのときにもラネーフスカヤはあいかわらず古い歌を歌っている。相変わらず無意味に悩んでいる。二十世紀のノズドリョフ、これが喜劇以外の何かでありうるだろうか。
 かつて観客は笑おうとしても笑えなかった。今は彼らのどんな嘆きも笑うことができる。この笑いは非常に大きな代償を払って得たものである。誰もがこの代償を払うか喜劇の舞台に載るかのどちらかを選ばねばならない。労苦をもって新しい生活を得るか、それとも笑われながら舞台を去るか。二つに一つである。

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