『それから』ノート (一)〜(五)


 「一」
 
代助は妙な夢を見て夢に興味をもち、八重の椿の落ちる音を気にして、心臓の鼓動に手を当てて自分の命を感じる男である。自分の命を感じるための社会的な欲望や活動をもたない。『夢十夜』や『草枕』を思い出させる描写である。
 代助の理性は、校長排斥運動の意義を否定するために働くだけの、冷やかな死んだ理性である。事件の背後に個人の損得を想定し、事件の意味を個人の利益追求に解消することによって事件の質を見きわめたと考え、そこで関心は終る。理性が狭い世界にとぐろを巻き、広がりを持てない場合、このような形式を持つもので、理性は死んで屁理屈に生まれ変わる。
 代助の欲望と関心と生活は無意味なまでに限定されており、その無意味を肯定する理屈をつくり上げるほどに徹底している。代助は、自分が細緻な思索力と鋭敏な感応性を持っていると信じて、門野の頭は牛の脳味噌で詰まっている、と考えている。つまり、代助の頭は牛の脳みそになっている。
 現実世界からの分離を徹底している代助は、自分から人間関係を遠ざけて、孤立を楽しんでいる。書生の門野も婆さんも代助の精神とは遠い世界にいて代助に関わらないところを気に入って雇っている。
 代助の精神と生活は、はまずこのように徹底して単純化され抽象化され無内容化されている。これを出発点として、代助はここから順に、平岡、父、三千代、兄、嫂、との関係において自己を表白し自己を認識し、自己を形成していく。
 代助は、漱石が自分の精神の中から抽出して分離した人物像で、現実にはこれほど単純な人物はいない。これまでの主人公はどれほど単純に見えても経験的な意識から直接取り上げられたもので、複雑な要素の混合体であって、漱石はその内容を明確には理解していなかった。エリートインテリであり、貧乏人であり、精神的な優位にあり敗者でもある、といったもので、その内的な構造を捕らえて描写したものではなかく、現実の複雑さのままに描かれていた。
 漱石がこれまでに描いてきた経験的な人物像は、それ以上に深くなりようがなくなっいてた。経験的意識の限界を超えなければ、鴎外のように同じ人物像を繰り返し描くことになる。この作品では、漱石の中にある特有のインテリ的精神を、社会的な孤立を基本的特徴として抽出して、それが人間関係においてどのように展開するかによって、自分のインテリ精神の一面を明かにしようとしている。だから、代助は漱石であるとともに漱石ではない。代助は、漱石が自分の精神から自分の精神を分離し、独立させ、対立させ、具体化し、拡大していく人物像である。


 (二)

 三年の遊民生活によって、代助は誰よりも変わった。世間から遠ざかった代助は、誰ともしんみりした関係を持てなくなった。かつては三千代を平岡に譲る友情があり、その結果に苦痛を感じる感情もあった。しかし、遊民的な生活によってそうした関係も感情は失われた。かつての三千代との関係も、犠牲が苦痛になることも分からなかった程度のものであった。ただ、過去の関係に変わる新たな人間関係も感情も経験することがなかったために、過去の記憶が長く残った。過去の経験を意義あるものにしているのは現在の空虚な生活である。
 代助と平岡は学生時代には大きな違いはなかった。漱石は『三四郎』的なインテリ生活を、遊民的な代助と、就職して没落した平岡との二つに分離し、平岡の精神と、代助の精神をともに経験的な精神において分離している。平岡は、生活上の経験と苦痛が精神を作り出すとしていた『野分』の考えかたを引き継ぎ、代助は知的な生活が高度で広い精神を生み出すとするインテリ的な俗論を身につけている。これは、インテリ的な学識が世間より高いとしていた初期作品の精神である。
 代助と平岡の精神は同等の対立関係にあり、代助の精神は具体的に批判されていない。漱石は、平岡と代助の生活の分離が、精神の法則的な分離を生み出し、代助の精神が現実化することも他の立場を理解することもありえないとしている。生活の変化によってのみ代助の精神は否定されるのであり、その実例が平岡である。そして分離は始まったばかりである。
 代助は平岡の経験に関心を持たない。現実社会に暗黒面があるという単純な一般論によって、平岡の経験を知りえたと思っている。代助と平岡の生活と精神は、相互の理解ができなくなるほどに分離し、その分離は大きくなるだけであることを感じている。こうして漱石は、自分の初期作品にあったインテリ的精神を抽出し、人間関係からの分離、孤立化として特徴づけている。


  (三)

 父は、戦争を経験し実業界の競争を経験するブルジョア的立場から大助と対立している。ここでの対立は初期作品から飛躍して高度になっている。大助は父の生活の全体を容認しており、父に対する道徳的批判意識を持たない。父と息子の道徳的対立はこの世界にありがちで、想定されがちで、この世界の基本的な矛盾を作り出す様に見えるが、実際はそれは瑣末で妥協的な対立である。漱石は初期作品によってこの段階を超えている。両者の対立はより深刻で本質的である。
 大助は、父や世間一般に対して道徳的な批判をすることなく、すべてに対して寛大にニヒルに対処している。大助は対立をせず、自己を主張せず、常に冷静で冷淡である。父も兄も嫂も道徳的な対立を超えており、自分たちに対する大助の批判的な観察や、社会認識や趣味性を問題にすることもなく、大助の精神の消極性だけを問題にしている。大助の言動はよくもありわるくもあるが、それは個性である。しかし、ブルジョア的観点からして、度胸がなく、誠実でなく、狡猾であることだけは、もしそれが基本的な特徴であれば決定的な弱点である。それではブルジョア世界で生き抜くことはできない。精神の細かな内容内容は別として、ブルジョア世界の現実に接触しない、真剣に関わらない、関わる意志と能力がない、ということである。
 三四郎は汽車の女に度胸がない、といわれた。大助は三四郎と違ってこのことについて自己弁護している。父親の野蛮な時代には度胸が必要であったが、文明の時代には必要ない、と考え、度胸がなく臆病であることを自認し、その代わりに知力と繊細な感覚を得ていると考えている。度胸は現実との関係であるから時代の問題ではなく、階級の問題である。父親の金で遊民生活をしている大助には度胸は要らないから度胸は生まれない。しかし、父や兄も平岡には必要であるし、三千代にもある。度胸が必要のない生活をしているのは文明社会においても大助だけである。
 道徳的な意識の関係は初期作品とは逆の形式をもっている。大助は、父親が独断的で中途半端で、根本的な意義をもっていなくて、利他本位であるかと思うと利己本位に変わる、要するに空談であるが、それを基礎から打ち壊すのは何時業であるし出来ない相談である、と考えている。大助の立場からは、実業家である父親に対してこの手の批判がいくらでも出てくる。こうしたもっともそうな批判意識を並べた後、漱石は、「若い人がよく失敗というが、全く誠実と熱心が足りないからだ」という父親の説教を書き込んでいる。父親は利益第一で生活しているのだからこんな教訓は虚偽で偽善で、大助の批判が正当に見える。しかし、この対立では父が正しい。これは、実践的で現実的な、基本的な教訓である。誠実と熱心にもいろいろあり、父親は二重的であり偽善的であるが、それでも父親の方が誠実であり熱心である。大助の無為な生活には誠実と熱心はまったくなく父より遥かに深刻な虚偽がある。
 
 大助の具体的な主張のすべては無為な生活から出てきた、無為な生活の対象化であるから、現実世界と接触している人間にとっては現実的な意味はない。たとえそれが偶然現実的な内容を持っていたとしても、すべては空論である。意見が対立しても妥協しても結局意味はない。だから、大助が自分を主張しないのと同等に誰も大助に対して自分を主張しない。たとえ大助と意見が一致しても、意見だけの一致にすぎず現実的な意味はない。大助の精神のこの基本的な傾向が深刻な対立を生み出すことになる。それが、初期作品と質の違った矛盾である。
 自分の無為な精神が生み出した人間関係のこの傾向を大助は意識している。父との対立はなくなったが、情は通じなくなった。大助は、誰とも情が通じなくなって自分が冷淡になった、と感じている。漱石はこの章の最後に、大助に因縁があるかのように書いているが、大助には因縁はない。人間関係を失った大助はこれから因縁を創らなければならない。過去の因縁とはまったく違った、無為の生活が生み出す新しい因縁である。大助には因縁が必要である。鴎外なら出世の邪魔になる因縁をあらゆる手段を使って断ち切る。断ち切るほどの因縁がなくても用心のために断ち切る。鴎外にとっては出世が第一義で人間関係は第二義的である。大助には現実世界に求めるものは何もない。この否定的精神が鴎外や津田との運命の主体的な分岐点をなしている。


 (四)
 
大助は、洋書を読んで死について夢想している。大助には現実的な真剣な関心事はない。退屈な日々に慣れて、感情が激することもなくなった。平岡は、学生時代の希望に反して没落した結果、日本の現実社会で起きている変化を被っている。大助は、平岡の社会的で歴史的な変化を、「精神状態には狂いが出来ている」と感じている。大助は、父や兄とも平岡や三千代とも分離して孤立化し、現実から離れているのだから、狂いが生じているのは大助である。代助には現実的な欲望がなく、知識はあるが考えることもない。現実的な欲望も苦悩もないことだけが苦悩の種になる。
 大助は、三千代との過去の因縁や、三千代の美しさを気にしており、三千代の苦しい生活や病気に同情している。しかし、それはまだ大助にとって大きな意義をもっていない。行動の必要はまだ生まれていないからである。大助の三千代に対する同情も、実質的困難の中に生きている三千代の感覚とのずれを示すだけである。大助は、三千代の運命を気の毒に思っているが、漱石はすでに、欲望も困難もない大助の運命を気の毒だと思っている。


 「五」

 平岡は引っ越と仕事探しで忙しい。代助は読書をして、高麗焼きの礼状だとか、タナグラ人形を見つけてくれという依頼の手紙を書いている。寝る時に時計の音が気になって大いに困難を感じている。平岡と代助の生活の分離が進んでいる。
 園遊会は父と兄の社交の場である。代助は、兄が退屈な社交をこなしていると敬服している。園遊会が面白いと思わないし、批判してもいない。兄が主義だとか主張だとか人生観だとかいう窮屈なものを問題にしないいことを評価している。
 漱石は『野分』では、園遊会で充実する中野と、貧しい生活に不満を持ちながらも中野に批判的な高柳と、両者と対比して貧しい生活に充実する道也を描いた。漱石はここでは一歩進んで、園遊会を無意味なものとして、関心を持つに値しないものとして描いている。代助の批判意識は道也の批判意識を受け継いで更に深くなっており、父や兄との対立が深刻になっている。
 代助が園遊会に対して批判的意識を持てば、その批判的な意識において自己を肯定し充実することができる。園遊会で充実することと園遊会を批判することで充実することは、同じ世界の内部対立である。インテリ的な地位にとって、父や兄の園遊会で例えば語学力を披露することは充実であろうが、代助はこの世界に関心を持たない。批判対象でもないほどに分離している。あらゆる欲望と目的を失って無為のうちに生活する代助の精神は、インテリ的な欲望を否定する漱石的精神が創り出したものである。道也は、批判において、対立において、決意において没落するが、代助は自然に、自己内矛盾におい没落する。それが漱石の自己認識の深化である。
 兄は代助が芸者買いをしたときの不始末にこごとを言わずに借金を払ってくれた。これがこの階級の生活である。道徳は問題にならない。代助が平岡と三千代の窮状を助けたい、と言った時、兄は「お前金が出来るのかい」と言っている。それが代助の道楽なら代助の好きにすればよい。しかし、兄はかかわりがないから金を出そうとしない。放っておけばどうにかなるものだと考えるのが代助や甲野と違った対象肯定的な現実認識である。ブルジョア的視点の現実性である。この時日本では大量の労働者が生まれており、そこから更に没落する場合もあるが、全体としてはそれでどうかなっているのであって、そうなる以外にない。それを個別に助けるのは道楽であるが、その道楽の手助けまではしない、というのが兄の意見である。労働者を作り出し、そのことでのみ資本家である兄にとっては当然のことである。代助はこの言葉の意味を理解できず、「姉さんが蔭へ廻って恵んでいるに違いない。」と考えている。しかし、日本のすべての貧しい人間は、金持ちの同情に恵まれて生活しているのではない。結局代助もこの世界を没落の方向へ出て行くことになるのだから、兄の意見のほうが代助の意見より現実的である。代助の力で平岡の窮状をどうにかすることはできない。偶然出来る場合もあるが、一般的にはできない。だから、代助も兄に対して、平岡・三千代を助けることに一般的な意義がある、とは主張をしない。それを兄が認めないことがはっきりしているからである。


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