『それから』ノート (十一)〜(十七)



 「十一」

 「何時の間にか、人が絽の羽織を着て歩く様になつた。」と漱石は冒頭に書いている。いろいろあって代助が変化しはじめたと言う意味である。
 代助は、人間関係に苦痛を感じており、特に「自分が人を歯痒がらせるように拵えられている」ことに苦しんでいる。生存競争がその原因であるというのは代助の退屈な生活からでてくる空論である。原因の想定は無意味であるが、代助の自己認識は深刻である。代助は自己を否定的に認識して、人から嫌われる、と考えている。代助は嫌われていないからこうした反省ができる。代助が求める人間関係がない、という意味であり、その求める人間関係の観点から自分を批判的に認識している。
 漱石はここで、「自己は何のためにこの世に生れて来たか」という代助の「大問題」をうまく処理している。こういう大問題は、代助の無目的な生活から湧いてくる空論であるから、これを実際に大問題だと思う場合は堕落である。代助はこれを深刻な思想問題にせずに、単純に通り抜けている。これは漱石の論理力である。目的は外から与えられるものではなく、自分の中から自然に生れてこなければならない、だから、「自己は何のためにこの世に生れてきたか」と問う事自体無意味である。なぜなら、目的は自然に生れてくるべきものであるから、この問いは、それがまだ生れていないことを示すだけだからである。
 さらに、自己本来の活動を、自己本来の目的とするということから、代助は「歩きたいから歩く、すると歩くのが目的となる。考えたいから考える。すると考えるのが目的になる。」と論を進めている。そうすると、全ての日常的な活動が目的であることになり、結局普通にいう無目的な行為を目的と解釈するだけのことである。こうしてどちらの場合でも、大問題を否定する結果になり、この自問に思想的な価値があるかのように思い込んで苦悩を売り物にする軽薄さを免れている。
 代助は、こうして結局「自分の活力に充実していない事」を見いだしている。「自己は何のためにこの世に生れて来たか」という疑問を大問題と考える場合は、活力に充実していないことに気がつかない。自分が何のために生れてきたか、という疑問は、代助の生活を否定することになるか肯定することになるかだけに意義があり、その過程にはなんの意味もない。代助は常に空論を並べているが、その空論に執着せず停滞しないところが漱石らしい精神である。代助は、結局この大問題を、「無意義な疑義」と結論しており、この問題を切り捨てることで、「自己の生活力の不足を劇しく感じた」と漱石は書いている。つまらない疑義に拘泥しがちなインテリにはこうした論理の進行は見えないものである。
 代助は、それ自体としては意味のない屁理屈をいろいろと考えたあと、結局そうした議論を一切放り出して、「最後に、自分を此薄弱な生活から救ひ得る方法は、たゞ一つあると考へた」。それは、三千代と会うことである。代助は、ここで自分を救う方法が必要だと考えており、さらに、三千代が自分の薄弱な生活から救ってくれる唯一の方法だと考えている。自分が救われなければならない生活をしていることの自覚と、その方法を父や兄にではなく、三千代に頼るのが代助の特徴である。
 このあと、代助は寺尾に会って、いつになく実質的で端的な話をしている。これもまた漱石らしい、漱石がもともと持っている性格である。こんな会話は寺尾とでなければできない。立場が作りだす会話であるから、漱石が寺尾の立場をよく理解していることがわかる。代助は、以前に外国に注文していた洋書には全然興味が湧かなくなっている。全体として文章が緊迫して勢いがある。
 代助がなにかしら焦って、三千代に会わねばならない、と思っている時、実家から迎えが来た。歌舞伎座で佐川の娘に会わされた代助は、この結婚をすることを「生涯自分を嘲けって満足する事」だと考え、この策略を考えた嫂が「漸々自分を窮地に誘なって行く」と考え、結婚を迫られるほど、家族のものと疎遠にならなければならない、という恐れを感じている。しかし、それはまだはっきりしたものではない。「代助の頭のどこかに潜んでいた。」程度である。
 この華やかな世界から三千代を思い出して、そこに安住の地を見いだしたような気がした。しかし、それもはっきりしたものではない。代助は、自分と同じ傾向を持っていた旧友が、田舎で結婚して田舎の名士らしい生活に染まっていくことを、自分の運命に重ねて深刻に感じ取っている。代助が佐川の娘と結婚すれば、結局その生活になじんでいくのかもしれない。しかし、それを恐れたとしても、三千代との関係に安住や発展や充足があるとも思えない。もともと、無目的な無為の生活をしているから、そのなかから明確な目的や欲望があらかじめでてくることはない。自分の目的や欲望が何であるかがはっきりしない、というのが代助の苦悩である。ただ、代助の苦悩には、二つの対立した世界が現わしはじめている。


 「十二」
 
 「代助は嫂の肉薄を恐れた。又三千代の引力を恐れた。」代助の遊民的な生活を動かすのは外的な力である。代助はこの力から逃れるために旅行に出ようとした。しかし、逃げなかった。代助にとって遊民生活はすでに意義も充実もなくなっている。その結果として、代助は、嫂の肉薄と三千代の引力を自分の第二の人生として意識しはじめているのであり、代助がその肉薄と引力を求めているからこそ、それを意識しているのでもある。だから、代助は逃げ出さない。しかし、漱石は代助がそのことが意識の表に現れない様に意図的に書き込んでいる。
 代助が旅行の準備でぐずぐずしている間に、そのぐずぐずの意味が現実化する。父が、明日来い、と肉薄してきた。代助ははっきりした返事を与えなかった。これはまだ一方だけの肉薄である。旅行の準備をしながら、代助は、旅行の前に三千代の様子を見ておこうと考えついて、三千代の引力をも現実化しようとしている。
 代助は指輪を質に入れるほどの三千代を憐れに思ってありあわせの金を渡した。この自然な好意のために代助は旅行に行けなくなった。代助は旅行に行けなくなったことに満足してその日は安らかに眠った。代助の行動は偶然的であるが、その行動の客観的な意味は、嫂の肉薄と三千代の引力を自分のそばに引きつけることである。遊民生活を破壊することが今の代助のの内的な必然であり、無意識的な欲望である。自ら決定することができない代助は、決定しなければならない状況を作り出している。そこで決めることが自分の本当の自然の欲望だと考えるからである。
 代助が目を覚ました時、兄が来ていた。代助が朝早くから旅行にでるはずがないという兄の予測は当たっていたが、内容は違っていた。代助はこれまでどおりのんびりして寝ていたのではなくて、やるべきこと、やれることをやった上でゆっくり肉薄と引力を待っているところだった。このことはすでに兄の理解力を超えている。代助はすでに変わっていて、旅行に逃げることをやめて、積極的な意味でぐずぐずしている。金がなくなったから、親とも会う以外になくなった、と意識しているが、金がなくなったのは代助が自分で三千代に渡したからである。行為の動機は同情であるが、もともと代助には金がないのだから、三千代に金を渡せば自由はなくなり旅行にいけなくなることは分かっている。だから代助は自分を追い込むために金を渡してのであり、それはほとんど意識化されている。しかし、なお意識してではなく、偶然に依拠してであるとするところが、代助らしい必然性である。代助は自分で判断し決定する力をもっておらず、それを意識しており、判断と決定が生れることを待ち望んでいる。
 兄は女房なんかに重きを置くのは元禄の色男みたいでおかしい、と言っている。この点は代助も同じである。しかし、代助の結論は、だから結婚しなくてもいいだろう、という形式論議になる。代助が形式論議に陥るのは、現実的な実質的な内容を生活として持たないからである。女房に重きを置かないことは兄と同じであるが、何もしないところに兄との違いがある。兄も父もブルジョア的な生活、利害が第一であり、そのために結婚する、という意味で女房に重きを置かない。代助は、何もしない遊民生活を維持するために女房に重きを置かない。違いは女房に重きを置くかどうかにあるのではない。だから、実質的な違いを生み出すには、代助が形式論議をやめて、内容を持つ議論ができるようになるためには、代助は遊民生活を抜け出して、現実的な実践的な意識を生み出さねばならない。そして、遊民生活を抜け出す方法として、嫂の肉薄に答えるか、三千代の引力に従うかの選択肢があり、まだ自分がどちらの選択をすべきか、するのかはっきりしていない。だからまだこんな下らない屁理屈をこねている。
 代助は上流社会の社交に慣れている。それに反発もせず批判もせず、巧くこなしている。しかし、その社交に「損も得も感じなかった。」漱石は上流階級の無内容で退屈を社交を巧く描いている。代助が社交的な会話をうまくこなしているのも、漱石がこれまで長い間批判的に研究してきた成果である。代助は、社交を嫌がりもせず批判もせず、意義も感じずに、単に生活的な義務としてこなしており、社交に捕らわれておらず、社交を超えている。嫂は頭がよくて、はきはきして魅力的な女性であるが、それでもこうした社交の世界を超えることができないことを、漱石はうまく描いている。
 社交的な会話の結果、佐川の娘の器量が十人並みであること、性格がおとなしいこと、教育を受けていること、そして、しっかりした財産がついていることを確認した上で、父は「大した異存もないだらう」と代助に念をおしている。佐川の娘の気持ちも、代助の気持ちも、要するに愛情はまったく問題にならない。しかし、財産やブルジョア的な利害関係から離れて生活してきた代助には、結婚だとか、人生において、愛情が重要な意味を持つように思われてきていた。しかし、それは遊民的な生活の反映としての愛情である。


 「十三」
 
 「代助は寐ながら、自分の近き未来を何うなるものだらうと考へた。」代助は、自分の未来がどうなるかわからず、どうしようという意志を持たない。しかし、現状のままでいられないことははっきりしており、父の勧めにしたがって結婚するか、それを拒絶して財産も収入もない愛だけの世界に入るかを選択しなければならない。代助は、成り行きの中で自然な意志が生れるのを待っている。代助には、この世界から飛び出す意志や度胸はなく、それを生み出すのは状況の変化である。状況の変化によってすでに代助は読書に興味を失い、アンニュイは消え、何かしなくてはならない気分になっている。しかし、何をどうしたいのか、どうしていいかはまだわからない。
 代助は、父との断絶が自分の自然であることを理解している。しかし、三千代との関係がそれに代わることができるかどうかがはっきりしない。代助は三千代に深い同情をもっている。三千代は貧しいだけでなく、平岡との関係もうまくいっていないようである。だから三千代にとって代助は必要であるらしい。しかし、それだけでは代助の意志を生み出すことはできない。代助が没落し、代助が助けられるるか少なくとも三千代と同等に助け合う関係になり、同等の意識を持つことによって初めて代助の意志を決定するほどの愛情になる。代助が三千代を選択するには、まず没落を受け入れ、同情を超えて愛情を生み出し、自分の必要から、自分の欲望から、自分の愛情から動く主体になる必要がある。明確な意志も判断も持つことができない代助が、相手の事情や気持ちを探りつつ、自分の気持ちをどのように生み出していくのかが漱石の研究課題である。
 『野分』の道也は決意によって実践する主体であったが、代助は決意を持たず、反省し、自己の主体を形成し発見しようとする主体である。代助は、自分の置かれた状況と自分の意志を明確に認識し、納得した上で実践しようとしている。初期作品で決意や意志を重視し、度胸のなさをインテリの弱点としていた漱石は、その内実を明かにし、その弱点を克服する法則を明かにしようとしている。漱石は代助の臆病や度胸のなさを克服する契機として、代助に非実践的で誠実で真面目な自己反省を与えている。それは他の階級から見れば、主体性がなく、度胸がなく、臆病であり、誠実さがない、等々となるが、代助自身においては、これだけがこの特徴を克服する契機になりうる。当為を解消するのはそれ自身の内的運動だけである。代助の行動の原因を三千代に対する愛情である、とする場合、漱石が明かにしようとしている、代助の主体性の意味をまったく理解できないことになる。
 
 代助は、特に目的もなく平岡に会った。会ってどうするとも、どうなるとも分かっていなかったが、事情が切迫したために、また切迫させていくために、「情の旋風に捲き込まれた冒険の働きであつた。」これについて漱石は「其所に平生の代助と異なる点があらはれてゐた。」と書いている。代助には、実践的な強い意志や情熱がない。遊民生活の中で消極的な冷淡な理性を作り出した。しかし、その理性が自分の空虚を意識している。そして、その空虚な精神を抽象的で形式的で無内容な偶然的な実践によって克服しようとしている。代助が何らかの内容を想定したり、空虚な決意に意義を与えていないところが、漱石だけが作り出すことのできる優れた精神である。
 漱石は、平岡が経済方面の記事を担当していて、その側面から代助の父や兄の内情を知っていると想定している。代助は、社会のこうした実質的な側面をまったく知らない。代助は、父や兄の精神を自分との個人的な関係において道徳的な形式で認識しているだけである。代助は、実業界の動きにも、それと深い意味で関係している幸徳秋水と政府の関係にも関心を持たない。代助は、自分の運命に関わる重大事に直面しているが、それは三千代と自分の個人的な関係に限られている。代助の遊民生活から出てきた抽象的な社会的関心は、すべてこの単純な個人的な関心によって否定されなければならない。それは社会的関心ではなく空論であった。その空論を廃棄して、三千代との個人的な関係を形成することで、漸く代助は自然で現実的な精神を生み出すことができる。それが精神の現実化の手順である。
 漱石はここで、代助より早く没落している平岡との大きな隔たりを描いている。代助が平岡に会いに来たことを、平岡は借金の返済の催促だと思った。代助は、それをばからしい勘違いだと思ったが、兄とはまた違った意味で、平岡にも代助の気持ちの変化は理解しがたいものであったし、理解する必要のないものでもある。というのは、代助はまったく孤立した独自の世界に生きており、そこから脱出するのは、代助だけの独自の課題だからである。代助の試行錯誤は具体的にはまったく理解されることがなく、その理解されない実践の後にようやく理解が可能な現実的な精神を得ることができる。漱石は、代助の努力が代助として最大限の努力と緊張を必要とすることを認めつつも、代助の精神が飛躍して現実性を得ることができたとしても、代助の精神が平岡の世界にはまだまだ遠く、大きな限界を持っていることを意識して描写している。代助には社会的関心がなく、まずは、個人的なせまい精神を生み出すしかない。三千代との関係はそうしたものであり、代助の愛情もそうしたものである。漱石にとって、この限界を超えることが最も重要な課題であったから、この限界を明確にすることがなによりも重要であった。飛躍することは限界を見失い、限界を超える可能性を失うことである。
 
 代助は、平岡と三千代の関係が疎遠になっているらしいことを知った。しかし、平岡との話ではそれ以上のことは何も起こらなかった。代助は、一方で三千代との関係の発展を恐れて平岡と三千代の関係を修復しようと思うと同時に、平岡と三千代が疎遠になることによって自分の決意を固めることも必要だったからである。代助はここでもまだ、自身がどうすべきか、どうなるか、の意志も判断も持てない。それは、小説を書いている漱石にとっても同じだっただろう。漱石は抽象的に前もって代助の意志を決めることを徹底して回避しており、状況と代助の意志がどのように展開するかを、描写しながら研究している。平岡と三千代が疎遠になっているとしても、どのように対処すべきかは代助の解釈と事情にかかっている。三千代を金銭的に助けるのなら、佐川の娘と結婚して助けることもできる。だから、三千代の事情はやはり第二義的で、問題は代助が自分自身をどうするかである。初期の漱石は、破滅の選択の後の精神を肯定的に描いていた。『三四郎』以降の漱石は、破滅の選択とはどのようなものであるか、どのような意義をもっているのか、を明かにすることである。だから、決意や主体性は先行しない。問題になっているのは主体性があるかないかではなく、この階級に生れる主体性とは何か、どのような必然性を持つのかである。


 「十四」
 「自然の児にならうか、又意志の人にならうかと代助は迷つた。」代助は、あらかじめ立てた方針によって行動することを嫌い、その場その場で、その時の気分に沿って行動することを自分の自然だと考えている。漱石は精神の飛躍をなくそうとしている。しかし、代助の生活には危機が迫って、何らかの決断をしなければならなくなっている。その危機に対しても、何らの決意もせず、危機が迫るに任せて、危機の中で生れる自然に従うことができるであろうか、それとも決意によって自分の運命を決めなければならないのか、と代助は考えている。しかし、実際はこんな選択肢があるわけではなく、代助の意志もまた、代助の生活から出てくる自然的な意志であり、そこに飛躍はない。自然の児として生活してきた代助には、その生活に必然的な意志が生れる。
 
 「賽を手に持つ以上は、又賽が投げられ可く作られたる以上は、賽の目を極めるものは自分以外にあらう筈はなかつた。代助は、最後の権威は自己にあるものと、腹のうちで定めた。父も兄も嫂も平岡も、決断の地平線上には出て来なかつた。」
 
 代助は、社会との関係を絶ち、父や兄や嫂や平岡との関係をも疎遠にして生きてきた。その過程で信頼関係が失われていくことを意識していた。そして、僅かに残ったこの関係を断ち切って、三千代との関係を選択しようとしているのだから、代助の決断の内容に、父も兄も嫂も平岡も含まれないのは当然である。父や兄や嫂や平岡との深い人間関係を持っているのであれば、その関係を断絶する決断の内容には、父や兄や嫂や平岡との関係が色濃く複雑に含まれるであろうが、希薄な人間関係の中で空虚な生活を送ってきた代助にとって、人間関係を絶つことはこれまでの生活の延長であり、その生活の徹底であり、最後の仕上げであり、したがって、代助の決断は必然的で自然で単純である。遊民的であった代助に決断が可能であったのは、自分の遊民生活に対する否定的な認識の成果であり、その意識の徹底だからである。代助の決断が自然に見えるのは、漱石がこの世界の生活と精神に対して徹底した批判を描いているからで、それこそが漱石の天才的な発見であり創造である。
 漱石はこの段階でも、「已を得ないから、三千代と自分の関係を発展させる手段として、佐川の縁談を断らうかと迄考へて、覚えず驚ろいた。」と書いている。代助が三千代を選択する動機が明確にならない。代助には佐川の娘と結婚する選択肢はなく、三千代を選択するしかないが、そこに自分の生活上の利害に逆らってまでも選択するだけの積極的な意義を見いだすことができない。漱石はここに道徳的当為を持ち込まない。それどころか、三千代との結婚が平岡との関係を引き裂くものであるから、道徳的にも代助の決断は非難されるべきものであると想定しており、それを代助は意識している。漱石は抽象的な愛を行動の動機ともしていない。そうした個別的な理由ではない、代助自身の必然性としての何らかの合理的な理由なり意義なりがあるはずである。漱石はそれが何かを問題にしている。この問題は、『野分』の道也に対する「生活者の論理」という批評家の愚かな批判に対する解答でもある。
 
 代助はまず佐川との縁談を断ることを決めた。代助はこの決断によって「今日から愈積極的生活に入るのだ」と思っているが、積極的生活がどんなものかは分からない。縁談を断ることの結果は代助にも予測がつかない。それはこの世界にはない何かであるからあらかじめ知ることはできないものである。
 代助にもまだ理解できないのだから、まして嫂は代助が縁談を断る意味を理解できようがない。兄がめったに家にいないことが寂しいだろうという代助の言葉も深刻には理解できない。そして、「誰にしたつて、貴方が、さう的確御断りなさらうとは思ひ掛けないんですもの」と言う。代助が結婚に消極的であるのは分かっているが、結局消極的なままに結婚する以外にないし、消極的に結婚すれば十分だと誰もが思っている。断るには積極的な理由がなければならない。佐川の娘との結婚より重要な、それと対立する選択肢が代助の生活と精神のなかにあるともできてくるとも誰も思っていない。実際、代助の生活の中から、佐川との縁談を断って、貧しい三千代に対する愛情が生れるなどということは、現象としてまずありえないことで、代助のこうした特殊な愛情は漱石の小説上のまったくの独創である。
 代助は、縁談を断るのは、好いた女がいるからだ、と嫂に答えた。しかし、「好いた女」と言っても嫂が理解できる愛情ではない。代助の愛情は下層の階級の女に対する愛情だから、代助が自分の階級から抜け出し、落ちこぼれることが愛情の内容であり、その愛情に対する理解はこの階級ではありえない。
 代助は嫂に告白したことで、「今日、自ら進んで、自分の運命の半分を破壊したのも同じ事だ」と考えている。そして、「それから受ける打撃の反動として、思ひ切つて三千代の上に、掩つ被さる様に烈しく働き掛けたかつた。」と考えている。漱石の主人公の基本的な特徴は、没落する自己を肯定する意識を持つことである。代助は、父の世界に入ることはできない。残るのは運命の破壊であり、つまり没落である。ただ、三千代との関係に何かの可能性があると信じて、あるいは希望して自分の運命を破壊している。その破壊が自分を活かす唯一の可能性だと思うことについては確信がある。それは自分の現在の生活と父との関係には何もない、ということの確信である。しかし、それが何であるかはわからないために、代助の決断も意志も誰にも理解されないし、理解させることができない。
 漱石は「彼は此次父に逢ふときは、もう一歩も後へ引けない様に、自分の方を拵えて置きたかつた。」と書いている。代助は自分の運命を破壊することの積極的な意義を理解して、認識して、それに向かって突き進んでいるのではない。そこに意義があることの具体的な確信をもてないために、自分の決意が揺らぐことを恐れて、決意がゆらがないような、揺らいでも取りかえしがつかない様な状況をつくりだそうとしている。代助の選択の積極的な意義が明らかではないからこそ、こうして状況をつくり上げて一歩一歩すすむのが漱石のやりかたである。
 代助は夜はまずいと思いつつ、そのまま三千代に会いに行った。しかし、平岡が帰っていたので引き返した。このとき、代助は、「今度は自己の行為に対して、云ふべからざる汚辱の意味を感じた。彼は何の故に、斯ゝる下劣な真似をして、恰かも驚ろかされたかの如くに退却したのかを怪しんだ。」と漱石は書いている。代助は自分の運命を破壊する決断を一歩進めようとしたが、三千代と平岡を見ただけで、自分の行為を下劣な真似と思い、汚辱を感じている。漱石にとってさえ、代助の決断の具体的な意味を認識することは不可能である。重要なことは、代助の生活を破壊して没落することの意義は、非常に高度で理解できにくいものであること、漱石や代助の知る経験的世界には存在しないもので、歴史的にこれから造られるものであることを予想し、その上で決断しているからである。漱石の問題意識は、没落することに意義があると確信しつつ、その抽象的な確信を破壊することである。その破壊の具体的な過程として代助のこうした動揺は重要な意味を持っている。こうした具体的葛藤を飛び越えた意志は、空虚な自己確信になり、必ず代助のこれまでの生活の肯定に引き返すことになるからである。
 
 「僕の存在には貴方が必要だ。何うしても必要だ。僕は夫丈の事を貴方に話したい為にわざわざ貴方を呼んだのです。
 代助の言葉には、普通の愛人の用ひる様な甘い文彩を含んでゐなかつた。彼の調子は其言葉と共に簡単で素朴であつた。寧ろ厳粛の域に逼つてゐた。」
 
 代助は愛情を持つことができる個性である。漱石は愛情を描くことができる。この簡素な言葉には、代助のこれまでの生活を破壊する内容が含まれている。言葉に深刻な内容が含まれているから、甘い文彩を含ませることができない。甘い関係は含まれていない。これが代助らしい深い愛情である。代助のこれまでの生活は空虚で無内容であるから、その生活の破壊にも限界がある。しかし、『虞美人草』の小野が藤尾との婚約を破棄して、貧しい小夜子を選ぶのとは愛情の内容がちがう。小野と小夜子の関係では、小野の立場で可能なかぎり誠実で真面目であっても、代助のような情熱を持つことはできない。愛情の違いは運命の違い、人間関係の違い、人間関係の社会的内容の違いである。漱石が小野をいかに高度の道徳的な意識に引き上げようとしても、小夜子や孤堂に対する深い思いやりと愛情自体に社会的な限界がある。その限界を超える精神の内容は、代助の没落、つまり小野の没落と小夜子との一致という関係の中にしか発見できない。そして、小野の限界を代助によって超えることによって初めてまた、代助の限界を明かにし、超えることもできる。



  「十五」
 
 代助は三千代に話をしたことで、自分の運命を自分で切り開いたと考え、そして、「自分で自分の勇気と胆力に驚いた」。代助は自分が臆病であるという自覚を取り去ることが出来なかったが、こうしてようやく、勇気と胆力を発揮することができた。
 しかし、代助は飛躍しているのではない。代助の勇気と胆力は臆病の克服であるが、臆病の継続であり、徹底でもある。それのみが合法則的で真の克服である。代助の臆病は、代助の生活する社会から遠ざかり、人間関係を避けて孤独な遊民生活に閉じこもることである。その世界の外に出ることができず、積極的な人間関係を形成することができず、形成する欲望を持つこともできない、というのが臆病の内容である。代助の勇気と胆力の内容は、孤立を徹底することであり、それのみが合法則的な臆病の克服である。三千代との関係によって、父とも兄とも嫂とも平岡とも対立し、さらに社会全体を敵に回した徹底した孤立生活を選択することが代助の度胸である。この度胸がなければ代助の遊民生活の限界を超えることはできない。超えない場合は生活者の論理が生れる。
 この度胸を生み出したのは、これまでの生活と人間関係には積極的な内容がなく、否定しさるべきものであるという確信である。否定が内容であり、その全的な否定によって得るものは三千代との孤立した生活だけである。想定される三千代との愛情すらない生活から見ると一歩前進であるが、その孤立した生活の外に広大な社会生活がある事を思えば、代助の空虚な遊民生活からの脱出は、そこからの最小限の脱出であることがわかる。しかし、代助の置かれた立場からの合法則的な脱出の方法はそれ以外になく、これのみが飛躍のための第一歩であり、この一歩が無限といっていいほどに困難である。
 代助は寺尾に会って、もし父との関係が断絶したら、第二の寺尾になって生活することができるかどうかを気にしている。代助は生活のために何かをする能力があるだろうか。この生活の恐怖が代助にとっての基本的な恐怖に見えるが、代助は生活のための努力をしていない。そこに主な困難があるのであれば、三千代との生活に充実を得ることに確信があり、不安は収入のことだけであれば、今の生活をしながら収入をえるための手段を探ればいいことである。代助が餓死することはない。代助の教養で生きていくことはそれほど難しいことではない。だから、主な困難は、三千代との関係によって社会全体と対立し、孤立して、そこに積極的な人生があるかどうかである。ただ、少なくとも今の生活を続けることは出来ないし、続けることに意義が無いことも分かっている。その否定として三千代との生活を選んでいる。積極的な肯定的な意義を発見しているわけではないから不安があり、度胸が必要である。没落して生活できるのか、ではなく、没落した生活に積極的な意義があるだろうか、というのが遊民らしい苦悩である。そして、それがなければ、わざわざ没落を選択する意味はない。佐川の娘と結婚する方が現実的であり意義がある。
 父親はブルジョア世界の生活の困難と意義と大地主の意義を説明して代助に結婚を勧めた。しかし、代助はブルジョア世界に対する興味はない。代助は、ブルジョア世界での競争に耐え得るほどの経験を積んでいない。代助は遊民らしい価値観を生み出して、その価値観に従おうとしている。三千代との生活に不安はあるが、はっきりしているのはブルジョア世界での生活に耐え得ないことである。したがって、父からの援助を失う以外に無い。
 事情はこのように決まっている。その上で、代助は、自分の決意について、父親との心理的な関係についてなど、いろいろと反省しているが、それはこれまでの生活から出てくる偶然的ないきさつにすぎない。代助にとっては一つ一つが重大な意味を持ち、自分の変化を確認する事実であり心理であるが、それほど重要な意味を持つものではなく、事態の変化によって自然に起きて、自然に解決されるものである。そうしたさまざまの変化を経験しつつ、結局父との関係は決裂した。父は、「己の方でも、もう御前の世話はせんから」と言った。



  「十六」
 
 漱石は代助の恐怖を強調している。これは『野分』の道也からの深化である。道也は職を失うこと自体が自分の覚悟と正しさの真実性の証明であり、金持ちや有力者との対立の証明であった。それは対立と正しさの確信であったが、どのような対立でどんな意義があるかはわからなかった。代助の場合は、現在の生活の無意義を認識し、今の生活の否定性のために、何かに押し出されて没落の道を選んでいる。代助は、遊民生活の寝入った精神を覚醒させるためにこれ以外の方法はないと確信しているために、不安と恐怖を感じながらも没落の道を辿っている。大助の辿る道は、道也の決意の具体的内容である。
 父の援助を失うことへの不安は経験的に解決される。だから、いかに不安や恐怖があっても特に問題ではない。三千代は代助の没落の過程をすでに通過しているから、結果や未来を気にせず、事実を直接受け入れている。漱石はもともと三千代のような気質を持っているが、そこから引き返して代助の内面を問題にするところが漱石らしい理性の強さである。
 漱石のこの二つの大きな資質が、代助と三千代には立場の微妙なずれとして描写されている。代助は三千代が百合の花を買ってきた時、それが自分のためであることに気がつかなかったし、百合の花にかかわる昔の関係も忘れていた。しかし、代助は、三千代が来ることを心待ちにしており、三千代のために心を尽くしている。それは心の底からの愛情であり親切であるが、それでも三千代の精神にはとどかない。それが二人の運命に関わる重要な場面でさらに深刻な鋭い形で現れている。
 代助は父親との関係が断絶したあとの窮乏生活が恐怖であり不安であるが、覚悟はできている。しかし、その同じ恐怖と不安を三千代に与えることは、三千代を愛し、三千代の幸福を願う代助にとっては、自分の運命に耐えるよりも辛いことである。それが代助らしいやさしさであり愛情であるが、それは三千代にはまったく意外な、理解しがたい愛情である。
 代助は収入がない点で半人前であるから三千代に対して責任が果たせないだろう、と考えている。三千代は、「責任つて、何んな責任なの。もつと判然仰しやらなくつちや解らないわ」という。実際代助が何を言おうとしているのか理解できない。三千代は「もし、夫が気になるなら、私の方は何うでも宜う御座んすから、御父様と仲直りをなすつて、今迄通り御交際になつたら好いぢやありませんか」と、言う。三千代を選択した場合の困難は初めから分かっているだから、いまさらそれを持ち出すのは、代助の気が変わったからだろうとしか思えない。遊民生活をしている代助が愛情にまどわされたあげくに生活の困難に直面して、三千代との関係を後悔して、三千代のためという形式で愛情を放棄する、というのはよくある関係である。
 この誤解はすぐに解ける。代助は三千代を選んだというより没落を選んだのであるから、この覚悟が揺らぐことはない。代助の愛情の動揺は代助の生活から出てくる精神の限界である。まだ、没落を共有するほどの精神に届かないだけのことである。代助はその限界を超えるために決意をした所であるから、決意の動揺でないことさえはっきりすれば、それが代助の立場からくる特有の善意であり愛情であることは三千代にも理解できる。
 ここでは、代助の精神の限界が自然な形で浮き上がっているが、どうじに『野分』の道也からの深化も現れている。三千代は覚悟が出来ている。漂白でもなんでもよい、死ぬ覚悟も出来ている。それは三千代の本当の覚悟である。しかし、代助は死ぬ覚悟などもっていない。代助は「さう死ぬの殺されるのと安つぽく云ふものぢやない」と三千代を諭している。代助にとって没落はこれから積極的な生活を得るための契機であって終点ではない。代助はこうした具体的否定による自己肯定的精神を持っているために、常に冷静で現実的で飛躍を嫌う傾向を持っている。
 
 二人が覚悟を決めて平岡と話をしようとしていた矢先に三千代の病気が悪くなった。平岡が三千代を看護しているとき、「三千代が涙を流して、是非詫まらなければならない事があるから、代助の所へ行つて其訳を聞いて呉れろと夫に告げた。」代助と三千代の関係は、平岡も予期できないことだった。それは、父や兄や嫂と同じで、遊民生活をしている代助が積極的な意志を持ち、実践することはできないし、そんな資格もないし、愛情を持つこともないと思い込んでいるからである。代助はかつて三千代を愛していた。しかし、遊民生活をもっと愛して三千代を捨てた。そして、遊民生活を否定する様になって、ふたたび三千代を愛するようになった。三千代を捨てたことも、遊民生活を捨てたことも、代助の気紛れや偶然的な事情ではなく、長い生活と意識の積み重ねによる必然である。この必然と、代助がどんな意識を持つかはまた別である。代助の行動と、それについての代助の説明は不可解で、辻褄があわなくて、不誠実でもあり不真面目にも見える。それは、代助の遊民生活の全体、その立場のためである。今代助は、その生活が生み出した意識の殻を背負いながら、その生活の矛盾を意識しつつ、その生活を抜け出そうとしている。平岡は、「どうも運命だから仕方がない」と言っている。様々な矛盾を生み出しつつ、不可解な言動を通して表に現れるてくるのは、代助の意識の背後にある没落の運命である。
 平岡は代助と絶交し、出入りを禁じた。そして、三千代を看病したあと、三千代を引き渡すとした。三千代に運命を預けていると感じている代助は、三千代に会えないかもしれないと危惧して、「三千代さんの死骸だけを見せるつもりなんだ」と叫んでいる。これは誤解であり混乱である。平岡と三千代の関係はすでに疎遠になっており、代助と三千代が愛し合っていることも分かっている。平岡は意地の悪い人間ではないから、事態は代助の望む様に進むだろう。しかし、三千代の病気がどうなるか、代助との関係がどうなるかは偶然的なものであってだれにも分からないし、それが重要な意味を持つわけでもない。



 「十七」
 
 代助は自分の遊民生活からの没落を得たものの、三千代の安否が分からずに苦悩し、未知の世界に放り出されて混乱している。このあと、代助が何らかの職を得て三千代と幸福に暮らすかも知れず、破滅するかもしれない。しかし、こうしたことは経験的な偶然的な苦悩であり、経験的に解決される。大助の課題は無為で無意義な生活を捨てて普遍性を得ることである。そのための第一の実践的な困難として、父との関係で維持していた遊民生活から離れ、没落を得る必要があり、その運命自身が普遍的な意味を持っている。したがって、ともかくも代助は普遍的な運命に従うという課題を果たした。その結果がどれほど悲惨であろうと代助はそれを受け入れる意志と覚悟を持っている。代助が立ち向かわなければならない困難は、生活の困難とは全く別の精神的な課題である。代助がその課題を解決することができるか、あるいはその課題を引き受けることができるかどうかはまた別の問題である。歴史的な課題を一人で解決することなどできるものではない。
 
 彼は彼の頭の中に、彼自身に正当な道を歩んだといふ自信があつた。彼は夫で満足であつた。その満足を理解して呉れるものは三千代丈であつた。三千代以外には、父も兄も社会も人間も悉く敵であつた。彼等は赫々たる炎火の裡に、二人を包んで焼き殺さうとしてゐる。代助は無言の儘、三千代と抱き合つて、此焔の風に早く己れを焼き尽すのを、此上もない本望とした。
 
 代助の歩んだ道の正当性を理解する者はいない。父も兄も嫂も平岡さえも理解できないことを代助も漱石も理解している。まして、批評家や学者が理解できるはずがなく、多くの読者も理解しないだろうと漱石は覚悟している。しかし、これからは理解されるだろう。というのは、代助の没落と同じ運命をこれから多くの人びとが経験するからである。


------------------------------------------------------------------
「それから」に就て(武者小路實篤)・・・についてのノート

■.「それから」を読んで第一に感心するのは作者の思想の豊富なことである
 
 武者小路が「それから」の思想を理解することはないだろう。
 
 ■.「それから」は代助がすべてのものを三千代の爲に犠牲にしたことを読者に尤だと思はせれば既に充分にねらつた処に到達してゐるのである、あれから先をかけば少なくも蛇足である、しからざれば反つて一篇の主意を害する。
 
 と書いていることからもそれはわかる。
 
 ■.篇中で最も性格の生きてゐるのは勿論代助である、衣で三千代である、他の人もありさうな人でよく書けてゐるが、性格が簡単すぎて或る種類の代表者として実に巧くかけてゐるが、個性を有する人とは思へない。作者が自分の云ひたいことを云へるやうに作つて来た人のやうな気がする。その境遇にありさうな人のやうに注意されてはゐる、しかし余りにティピカルの人のみ集つてゐる。どうも作つてあると云ふ感をまぬかれない。作者の考を発表する爲に余りに都合のいゝ人のみ出てくるからかも知れないがどうもさう思はれる。かやうな人を出した爲に「それから」に顯はれてゐる思想は深くなり廣くなつて居たであらう。しかし生々した感じに於て損をしてゐると思ふ。たゞ代助のみが個性を有してゐる、かゝる個性を有してゐる人をかき得る人は独り漱石氏あるのみと思ふ。それだけ代助と漱石氏の間には共通点があるやうに思はれる。
 
 性格が簡単と思うのは性格を理解できないからである。代助の考えかたが漱石の考えかたで、それが思想だと思っている。しかし、漱石は、代助には思想がない、と考えている。思想がないことの認識が代助の思想である。それは武者小路には見えない。
 
 ■.それはつくられたものと云ふ感じである。自然の一部分をかゝれたものと思へない点である。「それから」に書かれたことに有り得べからざることはない。出てくる人も皆人間である。しかし何処かつくられた感じがする、之を譬るのに自分は運河を持て来たい。運河も自然の法則に從つてゐる。しかし人間の作つたものだ、何処から何処まで人間の考でつくられてゐる、作者は「それから」を書く時、すべて書く事を意識してゐたにちがいない。読者を此所へ導き之を見せ、彼所に導き彼を見せ………と云ふ風に作者は始より意識して見せたい所に読者を導いてゐるやうに思はれる。余りに用意がゆきとゞいてゐる結果、何処となく作つたものと云ふ感じを与へる。之は「それから」に於ける技巧上の唯一の不注意と思ふ。
 
 武者小路は「それから」の内容をまるで理解できないから、「それから」が作り物だと感じる。もっと基本的には、漱石は小説を創るが、「自然の一部分を描く」ことはない。それが小説の、あるいは芸術一般の特徴である。
 
 ■.自分は「それから」に顯はれたる思想を以て一種の自然崇拝と見たい。nil admirari の域に達した代助を以てこの自然崇拝家と見たい。作者も代助も、代助の罪を以て人妻を奪はふとした点に認めやうとはせず、自然の命に背いて平岡に自分の恋人を譲つた点に認めやうとしてゐる、四一三頁に代助は次のことを云つてゐる。
 ・・・・(引用)
 こゝに全篇の主張が五分通り顯はれてゐると思ふ。されば代助にとつて不自然なこと程罪悪なことはないやうに思はれる、されば代助は偽ることを心より嫌つて居る。恐ろしいものを恐れないこと、心にない正義をふりまわすことなぞを痛快に嫌つてゐる。運命を恐れ人と争ふことを恐れる彼が偽らない爲に破滅するのを見てもいかに彼が偽る事を嫌つてゐるかゞわかる。彼にとつて偽る事程大きな罪はないのである、卑劣なる行爲はないのである。して世の中を見るのに偽りならざるものは殆んどないのである。從つて代助は世の中に愛想をつかしてゐる。代助の社会観程絶望的な社会観はないと云つていゝ程である。
 
 武者小路が思想として捕らえることが出来るのは、せいぜい、「偽る事を嫌う」ことである。そして、それを大げさに自然崇拝と名付けている。こんなものを思想と思って、「それから」の思想は深い、と評価しても高い評価とは言えない。代助の自然とは何か、偽るとは何を意味するのかを問題にできない。武者小路は主観の形式にのみこだわっている。認識が現実に届かない。
 
 ■.しかし「それから」には、同時に社会に背く者は滅亡すると云ふ考が書かれてゐる。この虚偽な社会は生活難を以て或はコンベンシヨナルの道徳を以て個人を圧服する力を持てゐる。さうして自分の意思に背くものに安楽なる生存を与へない権力を持つてゐる。「それから」に書かれてゐる最後の悲劇は代助が自然の命ずる処に從つて社会の習慣を無視したからである。「それから」は自然に代助が背いた処に、発端をもち、代助が自然に從ふ爲に社会に背く処で終つてゐる。自分はこゝに於て安心してもう一歩進む。「それから」に顯はれたる思想を、自然の力、社会の力、及び二つの力の個人に及ぼす力に就ての漱石氏の考の発表と見ることが出来ると思ふ。自然の命に背くものは内に慰安を得ず、社会に背くものは物質的に慰安を得ない。人は自然の命に從はなければならぬ、しかし社会の掟にそむくものは滅亡する。さうして多くの場合、自然に從ふものは社会から外面的に迫害され、社会に從ふものは自然から内面的に迫害される、人の子はどうしたらいゝのだらう。中途半端にぶらついてゐるより外仕方がない。しかもそれすら安住すべき所ではない。人の子はどうしたらいゝのだらう ?、之が「それから」全体に顯はれたる問題だと思ふ。
 
 これはよくある通俗的な観念であるが、「それから」を読むと馬鹿馬鹿しく混乱した妄想だということがわかる。代助は社会に背いたのではなくて、代助の住む社会に背いたのであるから、没落した人びとの住む社会に到達する。それは代助の滅亡ではなく誕生である。生活の破綻は滅亡ではない。精神においては、代助は没落によって初めて自己を得る、復活する、と考えている。物質的に安楽ではないが、その世界にしか積極的な人間関係と精神は存在しない、と確信している。だから、これは悲劇ではない。
 自然の力と社会の力が個人に力を及ぼすのではない。代助が自然に従う、というのは、別の社会的力に従うということであって、それが自然として意識されているだけである。こんなふうに、表に現れている現象だけを組み立てて思想を創り出そうとすると屁理屈になる。基本的には、武者小路には大助の生活の破綻、没落が破滅に見えるのだから、「それから」の内容を理解する可能性はない。
 代助の恋を抽出して、「萬一子供が死なゝかつたら、さうして三千代がその子供を夢中に愛したならば、悲劇は起らずにすんだであらう。」と書いている。「それから」は恋物語ではない。代助の没落による復活の物語である。何があろうと「悲劇」は起こらずにはいない。代助は恋を目的としているのではないし、代助の自然は恋ではない。
 
 ■.終りに自分は漱石氏は何時までも今のまゝに、社会に対して絶望的な考を持つてゐられるか、或は社会と人間の自然性の間にある調和を見出されるかを見たいと思ふ。自分は後者になられるだらうと思つてゐる。さうしてその時は自然を社会に調和させやうとされず、社会を自然に調和させやうとされるだらうと思ふ。さうしてその時漱石氏は真の国民の教育者となられると思ふ。自分は漱石氏の今後益々発展せられることを信じて疑はない。たゞ自分は漱石氏は何時までも運河をつくる方で自然の河をつくれる方でないやうな気がすることを悲しむ。しかし大きな蓮河を以て河よりも便利に明らかに多くのものを見せてもらへることを喜ぶ。
 
 代助は自分の住む世界に絶望している。しかし、社会全体には絶望していないからこそ、没落という方法を選ぶ。代助の自然と社会は、没落した人間の社会のなかでのみ調和しうる。それがどんな調和かは分からないが、そこにしかないことははっきりしている。しかし、このことは到底武者小路の理解できる精神ではない。
 
 ■.「それから」をかく時、作者は又「三四郎」と反対に個性が境遇を形ちつくる所に興味を持たれたのだと思ふ。三四郎の失恋は七分通り境遇に支配されてゐた。代助の失恋は代助の意思から起つてゐる。元より代助も境遇に随分支配されてゐる。しかし三四郎に比較すると代助は自己の境遇を自分で作る力を多く持つてゐた。煤姻の主人公には負けるがオリヂナルの人で個性によつて境遇をつくり得る人だ。(一〇六頁、三一五頁参照)運命の神の意思を恐れ、或處まで其意思を知り運命を自分で開拓し得る人である。如何なる人間と雖も境遇によつて支配され、個性によつて境遇を支配するものだ、しかしその程度がちがう。自分の考へる所によると、「三四郎」に於ては境遇の力を主とされ、「それから」に於てはその反対に個性の力を主とされたのだと思ふ。作者は意識してこゝに幾分かの興味を持たれたのだと思ふ。この考はわかり切つてゐることかも知れない。又自分の思ひ違いかも知れない、しかし自分にはさう思はれる、さうしてその対になつてゐる処を面白く思つたから、こゝにつけ加へる事とした。
 
 これは形式的にはまったく逆で、内容としては武者小路の理解を超えた問題である。自己の境遇を自分で作ることと境遇に支配されることを別のものだと見る場合には「それから」を理解することはできないし、一般に主体と境遇の関係を理解することはできない。漱石は「それから」では、代助の主体性を消し去ることを主な関心としている。武者小路が運河のようだと感じるのは、代助が主体的にではなく、運命に流されているからである。そして、その運命のなかでいかにも主体的であるような主観が形作られる。主体性のない代助に特有の主体性である。初期作品からの発展としてそれを重要なテーマとしているのであるが、現象をそのままに見るだけの武者小路にはそれは理解できない。


漱石目次へ   home