2. 浮雲 1


   二、「浮雲」

 「浮雲」は免職になつた文三と出世する昇の社会的対立関係を、お勢をめぐる人情世態において描写している。「可笑しくもつれた縁の糸のすじりもじった間柄」にある文三とお勢の関係が、文三と昇の対立によってどのように解けていくか、これが「浮雲」の主題である。この解き方がどれほど深刻な軋轢を生むとしても、どれほど俗な形式をとるにしても、よりありふれた一般的な、つまり日本史の必然=アイデアによる解き方であり日本史の必然のあり方である。
 作品の内容を現象的に代表するのはお勢である(1)。文三と昇のあいだで微妙に変化するお勢の心理が描写されており、無定見で誰の意見にも染まり易い彼女の個性が日本の青年男女の精神的傾向を代表している。お勢に見られる日本的軽薄を克服することが四迷そして我々日本人に共通の課題である。  
 (1)あれは園田せいこといふ女が主人公でありました。このせい子のやうな極く無邪気な人は、相手の人次第で何うでも動く、といふのが、日本人の性質である。つまり自働的でなくて他働的であるといふのです。その他働的だから、いゝものが導けばいゝが、悪いものに誘はれると悪くなる。これが日本人で、このせい子が日本人を代表したものだとしたのが『浮雲』の思想であった。」(矢崎嵯峨の舎談 第九巻246頁)
 軽薄の克服には特有の困難がある。それ自身に対するどんな働きかけも効果のないのが軽薄である。忠告も嘲笑も罵倒も役にたたない。軽薄を克服するには、その方法が問題であり、まず軽薄の実体を理解しておかねばならない。
 軽薄とは誰の意見にも染まり自身の実体を持たないことである。しかし無ではない。実体を外部に持つのである。お勢の外部的実体をなすのは文三と昇である。両者はお勢を自分の影響下におくことのできる立場にいる。お勢は二人の対立し関係しあう媒介項になることにおいて軽薄と呼ばれる。お勢は文三と昇によって左右され、したがって二人の関係を現象的に表現する人物になる。
 第一篇での文三とお勢の「縁の糸」は、若い男女の幸福でたわいのないもつれとして何の苦痛もなく解けていくはずであった。お政は「お前さんのお嫁のことについちゃァ内でも些と考えてることも有るんだから」とお勢との結婚をほのめかしている。免職の後お政はガラリと変わったが、お勢にとっては文三の免職も昇の「御結構」も大した意味を持たない。塾で仕入れた学問で文三としゃべったりお政とやりあうのが主な関心である間は、いまだ「どちらつかずのちくらが沖」である。
 第二篇は「団子坂の菊見」を契機にお勢の意識が文三から昇へと微妙に変化していく過程を描写している。「団子坂」は小金をためた幸運な人々が、成り上がり者としての満足を心から味わう中流所の鹿鳴館である。明治社会が生みだし急速に拡大しっつある新しい享楽の一つであり、ここでお勢は「御結構」の意味を具体的欲望として知った。団子坂から帰ったお勢が、文三の老母の茶断を「旧弊だことねー」といって文三の思いもよらぬところに学問を持ち出し、「なぜああ不活発だろう」と文三を評して溜息をついた時、「あやしくもつれた縁の糸」が文三の予期せぬ形で解け始めている。
 団子坂での主役は金と地位である。団子坂での成功を実現する唯一の手投が結婚であるお勢のような娘がここでの成功を望めば、男の支配しうる現実的享楽の量が心を支配し愛を形成することになる。この享楽は金の量と地位の高さに応じて振り分けられる。お勢の愛に値するには、この分け前をより多くもつ昇でなければならない。昇でも文三でもいいが出世しなければならない。現実的享楽の量が拡大されるにつれて、個人の内的、精神的価値の比重は小さくなり、出世の手投やその手段が形成する人格性は意味を持たなくなる。お勢の目の前で文三と昇が直接対立した後の「そりや貴君は温順だのに本田さんは活発だから気があわないかも知れないけれども、貴君と気があわないものは皆破廉耻と極っていないから」という言葉で第二篇のお勢の変化は決着し、昇だけがお勢の実体になっている。金と地位が代表する現実的享楽の可能性を失った文三に残されたのは彼自身の人格的精神的属性だけであり、その内容は出世のために手段を選ばぬ昇の生き方に対する批判であるから、文三と昇を温順と活発という形式的違いに解消するのは文三の価値の無視あるいは否定である。
 文三の人格的精神的価値を知るには、団子坂での派手な成功を否定するだけの見識がいる。一定の見識なしには誰でも団子坂での成功、つまり昇を選ぶ。だから、お勢の軽薄とは誰にでも染まりやすいことではなく、選択可能性がある場合には個性や人格性とは無関係に金と地位の所有者を、ここでは昇を選ぶことを言う。
 金と地位を望むお勢の傾向が軽薄の基本的特徴であるが、お勢はその選び方に一層軽薄な特徴をもっている。お勢は、免職さえなければ文三と結婚したであろうのに、個性も人格もまったく対立的な昇へと、どんな判断もなく移行する。お勢は自分が打算によって昇を選んだことを意識していない(2)。文三が今迄のことは水に流してしまおうと言えば、「何です、今迄のこととは」と手をつけられないヒステリーを起こす。これが軽薄のお勢らしさである。彼女はまだ打算的精神にも達していない。
 (2)お勢が文三から団子坂を経て昇のもとへ行き、昇の犠牲になって文三的運命にたどり着くまでに、彼女も彼女にかかわる人間も多くの苦しみを味わう。お勢が早く正確に打算を意識すれば、昇にいたる過程が短縮され、恨みや泣き言やヒステリーといった煩わしい感情の生まれる余地が少なくなり、判断が正確になるほど俗物根性の活動の余地が少なくなる。お勢に打算的意識が出ないように四迷は最大限の努力をしている。これが四迷の力量である。
 第二篇に描かれたヒステリーに終わるお勢の心理を、軽薄だからといえば再び出発点に帰ることになる。今はお勢の軽薄をその実体において説明しなければならない。お勢の実体は文三と昇の対立である。お勢の軽薄とは昇の地位と金だけを実体にし、文三が昇に対して比較する必要が認められないほど無力な存在であること、文三の人格的精神的価値がお勢の目の前に昇の対立物として登場できずお勢の見識に期待を掛けねばならないこと、つまり自分の力でお勢の意識を獲得することができないということである。したがって、お勢の軽薄は、お勢を批判し攻撃することによってではなく、文三が昇の対立物として自己形成することによって克服されねばならない。お勢ではなく、昇との関係において文三自身が目覚める必要がある。お勢を救うことは、文字通り文三自身の問題である。
 しかし文三はすでにお勢を巡って昇と対立している。出世のために手段を選ばぬ昇の卑劣を軽蔑し、その点を「通常の女と違って教育もある」お勢は理解できると考え、この点での対立において自分の正しさを確信し、お勢を獲得できると考えていた。第二篇は、この確信の、この対立形式の無力が明らかにされる過程である。
 昇は卑劣である。しかし、それにもかかわらず昇を卑劣とする道徳的批判には俗なところがある。少なくとも何か足りないと感じられる。まず昇に対して有効でない。昇は俗物として現実的力を獲得し、その力に俗物として満足している。どんなくだらないことにも満足できる人物を俗物というのであるし、満足するに足る手段を現実が提供している。だから文三に軽蔑されているからといって反省する気遣いはない。文三の軽蔑を「痩我慢」として逆に軽蔑する方が自然である。「浮雲」の昇がそうしているように。さらに批判自体としても弱点をもっている。卑劣な手段で出世することを潔しとしないという価値観は、出世できないことの言訳と区別できない。出世に代わる独自の内容を持たないからである。このような弱者につきものの消極的道徳性は、現実に維持できるものではないし、たとえ維持して孤高を守っても「浮雲」に洋行帰りの教師の姿で描き込まれているような時代遅れの遺物になってしまう。(3)
 (3)この形式は漱石の作品に詳しく描写されている。漱石の作品では道徳的批判の比重が四迷よりはるかに大きく、「明暗」に至ってようやく克服される。
 文三の批判は、昇の生き方を俗物と考え否定するという立場の表明、断言である。これには「痩我慢なら大抵にしろ」という昇の断言が対応している。そして、気の合わないいものが皆破廉耻だと極っていない、温順と活発の違いだというお勢の立場からする断言が対応している。各々対象が自分の目にどのように映っているかという、自己の立場の対象化である。文三が死んでもという義憤に燃えて、昇が嘲笑的に、お勢が無邪気に断言するのも立場の反映である。文三は無力で現実に圧迫されており、昇は強力な力を背景に持ち、中間にいるお勢は自分の行動の意味を知らない。文三の昇批判は、批判というより昇の社会的力が文三とお勢を引き裂く過程で生じる不満の表明にすぎない。なぜならお勢が俗物根性という昇の精神的属性にはかかわりなく、課長夫人という地位を選ぼうとしている時に、つまり昇の俗物根性ではなく彼の社会的地位が文三とお勢を引き裂こうとしている時に、昇の俗物根性を批判するのは的外れだからである。昇の満足と同等の対立的意識では昇の背後にある社会的力と対抗できず、お勢の実体となることはできない。昇批判のこのような弱点が克服されなければお勢の軽薄を克服できないというのが第二篇の内容である。
 第三篇では、第二篇までの文三の批判形式の克服が課題となっている。文三は第二篇で「ハイ本田さんは私の気に入りました……それが如何しました」とまで言われながら、昇の悪ふざけで泣いているお勢を見て自分のための涙と思い、もう一度希望を持った。そして「談合」しようとして失敗し、お政の前で泣き叫けばれて「いずれあてこすりぐらいは、あろうと思っていたがこうまでとは思いがけなかった」というほど手痛い恥さらしな結末を経験し、縁の糸のもつれが予期せぬ形で解かれたことをようやく理解した。個人的成長過程でも同じであるが、文三のように意識の歴史的変革が直接関係する場合希望や幻想を破るにはどうしてもこのような手厳しい経験が必要である。
 この後文三とお勢の運命は各々別の道をたどる。お勢はお政と口喧嘩することも文三を憎むこともなくなり、編み物の夜稽古に行くといって「こってりと人品を落とすほどにつくっている」。お勢はいまや「どちらつかず」ではなく、昇の世界にふさわしい個性を形成している。文三も変わった。「情欲の曇がとれて心の鏡が明らかになり、寝入っていた知恵は俄かに目をさまして決然として断案を下し出す。目に見えぬ所、微妙の所で文三は−全くと言わず−やや生まれ変わった」(第一巻129頁)文三は「所謂識認というもの」を得た(4)。
 (4)「『生まれ変った』文三は、作者とともに以前のお勢との交渉は、恋愛でなく友情であるといいたいのでしょう。これは、今の彼の立場からみれば正しい『識認』なのですが、同時に、それは『浮雲』全体の骨組みと矛盾します。」(「二葉亭四迷伝」115頁)これは「識認」についての中村氏の認識である。
 文三はお勢の性格、自分とお勢、お政、昇の関係を希望的・主観的にでなく、客観的に判断できるようになった。昇はいずれ「権貴な人を親に持った、身柄のよい婦人」と結婚するつもりでいながら「お勢の身辺を廻って、横目で睨んでは舌舐めずりを」している。お政はそれを承知の上でうまくたち回って「娘を昇に合わせよう」としている。お勢は「それには少しも心附かず、私欲と淫欲とが??して出来した、軽く、浮いた、汚らわしい家内の調子に乗せられて何心なく物を言っては高笑いする」。しかし、結局昇の思惑通りに事が運んでお勢もお政も憂目にあう。これが文三の識認である。
 第二篇までの文三は、批判的であつたとはいえ昇やお政やお勢と同じ人情世態の中で生きていた。それが、彼らの世界から最終的にはじき出されることによって、その世界を外から客観的に判断できるようになった。第三篇での園田家は第二篇とは全く違った姿で文三の目に映っている。文三はお政の嫌味や昇の俗物根性やお勢の軽薄に憤ったり嘆いたり悲しんだりする第二篇までの文三ではない。
 文三は第一篇では免職になった後お政の嫌味にもかかわらず園田家に止まった。それはお勢が自分を理解すると期待したからである。第三篇ではお政の嫌味は一層厳しくなり、お勢が「根生の軽躁者」であることが分かったにもかかわらず再び園田家に止立った。認識を得たためである。
 「此儘にしておけん。早く、手遅れにならないうちに、お勢の眠った本心を覚まさなければならん。が、しかし、誰がお勢のために此事に当ろう。」 (第一巻 147頁)
 此事に当ることができるのは識認を得ている文三だけである。だから「お勢を見棄てたくない計りでなく、見棄てては義理に背く」ことになる。義理に背いてはならぬから園田家に止まった。これは、お勢を自分のものにしたいという愛情や未練とは違った−全くとは言わず−昇の生き方に批判的な人間に自然に生まれる一般的、普遍的感情である。
 この義理人情は、お勢の軽薄を暴露し否定し、教訓を垂れる無責任な勧善徴悪とは違う。お勢の軽薄という日本の青年男女に共通の現象は、誰にでも分かる。問題はその克服である。否定すべきことを確認すれば片付くような問題ではない(5)。文三が苦い経験の後も、義理人情によって園田家に留まるように自然に構成されている所に文三の描き方の探さがある。第二篇で見たように、お勢の軽薄は、お勢ではなく、文三自身の問題である。お勢の軽薄はお勢の否定によってではなく、第二篇における文三の昇批判の不十分さとして、文三自身によって第二篇の文三否定によって克服されねばならない。文三は園田家に留まってその責任を果たそうとしている。
 (5)「目先の出世にひかれていいかげんな男に身をまかす女が、真理を一番たいせつと公言するという、当時の愚劣な近代教育は、そのまま鹿鳴館で政府の行ったハイカラ騒ぎにつながり、それにこそ二葉亭四迷はいきどおり、またいきどおることしかできなかったのである。『蜃中楼』で広津柳浪が攻撃した新しがりの女と同じ問題であった。」(飛鳥井雅道「日本の近代文学」64頁)お勢を相手に気炎を吐いているようでは思想的成果は期待できない。大人げないし、文三の手前みっともない批評である。
 お勢を救うにはお勢の軽薄だけでなく、お勢と文三と昇の運命を規定する客観的諸関係の全体が認識され、それにもとづいて対処の方法が発見されねばならない。文三がいくらでも持っている道徳的批判精神や善意はこの課題に対しては全く無力である。というよりその方法の発見を課題とする以前の、課題とする能力を持ち待ないレベルでの意識形態である。
 第三篇での変化は、昇やお政やお勢の生き方が文三に近づいたのでも文三がそれを容認したのでもなく、対立は一層激しくなったにもかかわらず(正しくは激しくなったことによって)文三は彼らの生き方を主観的に否定することから、その現実的否定のために彼ら相互と自分の関係を知ることに関心を移している。文三の苦しみは、ここでは道徳的=主観的否定と違った、昇やお政やお勢のまったく知らない、認識の苦しみという新しい性格を帯びている。ここから思想の世界、一般性の世界がはじまる。
 第三篇の識認の立場は、第二篇までの道徳的批判の立場の克服である。しかし、克服とはいっても文三の苦しみは一層大きくなっている(6)。免職直後は、自分の道徳的批判がお勢に支持されると考え希望を持っていた。識認とは、現実の苦い経験によってこの希望が幻想であることを思い知らされたことである。識認は無力な対立を解消したが、新しい対立的立場を形成したわけでも発見したわけでもない。文三の認識の内容は、お勢を救う方法はなく、お勢も文三も破滅的運命の下におかれているという厳しい現実過程そのものである。
 (6)「してみると、文三は、あゝ、まだ苦しみが嘗め足りぬさうな!」第一巻131頁)
 第二篇までの文三の道徳的批判の立場が昇やお勢に対して無力であることは、従来の批評でも文三の正直の崩壊、理想の破綻等として確認されている。評価の分岐はここからはじまる。道徳的批判の立場は、立場として越らるべきものであること、そしてその克服が識認の立場であることを理解するには特有の理論的困難をともなうからである。
 「浮雲」に描かれているような人間関係は、資本主義社会ではどこにでも見られるが(7)、後進資本主義の日本では特に俗な形式で広範囲にはびこっている。批判的意識を持った文三がお勢の「外面の美を内面の美と見誤り」自分の理解者を期待するのも、その外面の美が文三を魅了しながら昇にひきよせられ、いずれ昇の犠牲になって両者とも苦しみを味わうというのも、常識的な大量的現象である。恋愛のこの形式が、多数の文三多数のお勢にのしかかる、逃れることのできない(お勢が無意識的に支配されるほどに)運命であるところに歴史性すなわち、悲劇性がある(8)。経済的発展(これはそのまま昇の力を意味する)に比べて思想的発展(これは文三の力である)のたち遅れている日本にいかにもふさわしい運命である。我々の思想が現実の過程に立ち遅れていれば、恋愛に限らずどんな分野ででも、文三と同じ幻滅を大規模にはるかに深刻な形式で何度でも味わうことになる。この幻滅をさける唯一の方法は、主観的否定とそれに伴う希望や理想を捨て去り、この苦い現実を「暗によきこととして」(9)現実の過程を冷静に認識する能力を養うことである。
 (7)貧富の差はどんな時代にも愛の世界に登場するが、金以外の障害が少なく、金の代表する力が特に大きい資本主義社会で一般的現象となる。
 (8)三文小説ではお政のいやみや昇の俗物根性が不幸の本質的原因として描かれる。そのような構成ではどんなに悲惨な運命を描いても悲劇にならないし写実にならない。
 (9)「此生にをる間は此世のコンチションに随はさる能わす 随ふかよきやあしきや例の知るへからすと雖とも実際さうしたもの也
 さてかくの如く己に生存しをるを暗によきことゝして論する時は即ち議論大にその面目を改むべし
 苟も此世に生きてをらんと欲せばいやても此世のコンチションに随はさる能わず 此世にコンチション随へはいやても幸福を求めさる能わす 但しよきやあしきは知れず」第六巻65頁)
 現実過程の単なる識認は、分かり切った事実の不必要な確認に見える。文三の破滅が必然であるというような認識は、文三の破滅を是認する無力な思想に見える。しかし、我々はもともと歴史の進行に命令を下すことも、歴史に対して我々の理想や希望を押しつけることもできない。逆に我々の理想や希望を歴史過程に解消し、歴史に対立するものや越えるものは、これを幻想として持て去らねばならない。現実が厳しく、したがって問題の解決が切実に求められる時ほど、厳しい現実を悪とする思想がはびこりやすく、また気安めの理想を捨てて現実過程に降りていく必要も大きい。幻想や理想(これも幻想である)は現実的解決の延期に他ならないから、幻想の解消が現実的解決のための思想的前提である。昇のような俗物がのさばって誠実な文三の幸福をぶち壊して行くのがどれほど気に入らなくても、これを「暗によきこととして」、この過程の中での解決の道を冷静に正確に発見する以外にない。問題の解決が同時に昇の満足と文三の苦しみに結びつくのが、資本主義の、特にこの段階の特徴である。昇に対する嫌悪や文三の幸福を願う善意だけではどうにもならない。むしろ善意が幻想や文三批判におちつくのが歴史的必然である。
 歴史的必然の識認とは従来の批評がやっているような破滅の抽象的確認ではない。文三が破滅するという確認の上に、どんな言葉を並べても無益である。問題は文三の運命の歴史的、肯定的意義である。歴史過程においては、破滅自体という抽象はありえず、破滅は独自の発展形態に他ならない。昇と文三は、一方が成功し他方が破滅するのではなく、各々独自の対立的発展を遂げている。昇は彼の力である金と地位とそれで得られる限りの道徳や教養その他あらゆるものを身につける。昇の出世は文三の生活を破壊する力である。文三はこの破滅の過程で、古い幸福を諦め、幸福を破壊する手段と手段の担い手に対する否定的感情を形成する。これが「浮雲」第二篇に描かれている文三の獲得物、彼独自の発展形式である。しかし、この感情は第二篇に描かれているように昇に対して無力である。このような批判的感情を形成しつつ大量の文三が破滅させられる。お政やお勢も同じ運命をたどり、大量の破滅を代償に一つの利害にまとめられ、社会的勢力として形成される。したがって、文三の認識、思想の発展とは、現在文三の生活を破壊し、昇の力を拡大しつつある過程の歴史的、一般的意義を発見することにある。金と地位は昇のものであり、それを失った文三は思想を自分の獲得物にし、それが昇と対抗するための力である。第三篇は第二篇の対立の一層発展した形態であるが、その発展形態としての意義を発見できない場合、文三の運命は「破滅」とだけ規定される。
 第三篇の文三の識認は、自分の歴史的未来である積極的内容を獲得していない。認識の内容となるべき対象は歴史的形成過程にあり、文三は今認識の対象として形成されている。だから「浮雲」批評はこの段階での識認の意義を理論的に説明すればよい。文三の認識対象がその後どのようにして形成されたかは「浮雲」以後の日本史に属する。新しい形成物を文学がどのように反映したかは「浮雲」以後の文学史に属する。「浮雲」に何が描かれていないかを語るのは、非歴史的な図式主義であり、何が描かれているかを分析しなければならない。
 「浮雲」は、松方正義の整理以後、日本の資本主義がようやく自分の足で歩きはじめ、自分の生産力にあった人間関係を創り出して行く過程を写実している。園田家の小さな人間関係を解体し、より複雑で流動的な社会関係に再編成していく過程であり、登場人物のすべてが商品経済の発展の波に乗って、各々の立場に可能な道をたどつて過去と決別している。資本主義の発展が一挙に拡大する団子坂的享楽の前に、免職になった文三との慎ましい道徳的生活は色を失う。文三の人格性は資本主義の強力な生産力が生み出す欲望に対抗できるはずもなく、したがって昇の力を阻止できるはずもない。要するに文三とお勢とお政の小じんまりした幸福の中に資本主義の生産力を押し込めることができないというのが第二篇までの文三の苦しみである。
 これは歴史に対する不当な要求にもとずく不当な苦しみである。昇やお政やお勢がすでに新しい生活を求めている時、文三だけが変革の過程を批判するのは無益なロマンである。「浮雲」的人情世態はよくも悪くも全体として過去に追いやられるのであるから、現実の変革過程に遅れないためにはこの人情世態を意識的に払拭すべきである。
 「浮雲」第三篇までの写実は一つの過程であって最終的解決ではないが、本来解決とは過程の前進を意味しておりこれ以外の解決はありえない。このことを読者は直観的に理解している。たとえば文三が昇より金持ちになって「裏切った」お勢にさんざん後悔させる。これは「金色夜叉」である。「浮雲」の写実が真実であれは、苦い現実を慰める空想としての「金色夜叉」の需要は根強い。しかし、これを芸術とは誰も認めない。貫一的解決は非現実的なつくりごとだからである。あるいはお勢が突然後悔して、貧しく誠実な文三のもとにかえって来る人情物。必要に応じて毎年と言わず毎月何ダースも製造されるがこれも現実的ではない。お勢が昇に魅かれるのは心得違いや無知からではなく、昇が現実的享楽の強力な手投をもっているからである。この享楽に対抗するだけの現実的根拠を発見し具体的に描写できないかぎり、安っぽい涙をしぼりだす三文小説になる。文三がお勢の軽薄や昇の俗物根性を否定して他の場所に逃れても読者は満足できない。官僚的出世主義の昇から逃れても渋谷や葉山のような企業家的出世主義者や、地主や高利貸やのあらゆる種類の金と地位の所有者が同じようにお政やお勢を支配し、文三を孤立させる。これが日本資本主義の発展にともなう必然である。文三が昇になることも、お勢の反省を期待することも、逃避によって満足することも一時しのぎの慰めであって真剣な関心に耐えるものではない(10)。現実が「浮雲」のように厳しい場合慰めものとしての三文小説がはびこるが、厳しいからこそ、それがウソであることは感覚的に誰にでもわかっている。園田家での小さな事件も歴史的必然を反映しており、歴史的解決だけが本質的解決である。そして本質的解決は無数の文三的悲劇を通じてのみ達成される(11)。文三的悲劇をなくそうとするなら、またお勢の軽薄を克服しようとするなら、この歴史過程を正確に認識することによって、苦痛を和らげ期間を短縮する方法を発見する以外にない。それを「浮雲」の写実は教えている。
 (10)四迷は第九回の終わりに「疎暴だッて関はんサ、彼様奴は時々打ぐッてやらんと癖になっていかん…」(第一巻88頁)という友人の言葉を書き込んでいる。これも単なる気晴らしである。文三はこの友人よりも現実の過程に深刻にかかわっている。
 (11)理論は文三やお勢の運命に現れた一般的傾向だけを扱う。文三やお勢の個人的運命についてよしあしを論じ、悲しみや同情や義憤を書き連ねることはできるしそのような欲望を著述家から一掃することはできないであろう。だから重要なのは、アイデアを扱うこととプライバシーを扱うことを正確に区別することである。プライバシーを扱う同じペンで一般性や歴史を扱ってはならないし、社会科学や哲学風の用語を使って□うるさい説教をしてはならない。芸術はアイデアを描写することによって一般的、歴史的価値を持つのであるから、歴史的位置付けがさるべきである。

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