『ヰタ・セクスアリス』-1 (明治42年7月) 

 鴎外が長いブランクの後に描いた小説は、自己弁護的で冷淡であると評価された。初期作品では背後に隠れていた鴎外のこの精神は、この時期には鴎外自身も意識せざるをえないほど露になっていた。鴎外に対する評価は、鴎外が文壇に復帰したとき、すでに社会的発展についていけなくなっていたことを反映していた。しかし、鴎外は自分の精神を、自然主義との対立関係におくことで社会との関係を維持し、自分を肯定的に解釈しようとしている。そして、この対立関係の理解と、この対立における自己肯定自身が、鴎外のこの時点での現実認識の限界と、社会的な孤立の傾向をいっそう深刻に明らかにすることになった。
 鴎外は、自然派を自己肯定の観点から理解している。自然派を、性欲の露骨な描写の側面から理解し、自分を非性欲的な立場にあるものとして肯定していることに鴎外の視野の狭さが現れている。金井湛は漱石の小説に興味を持ったが、それを真似る気にならなかった。しかし、自然派が人生を性欲の側面から描いていると理解した上で、その理解との対立の中で自分の性欲史を描こうと考えている。金井湛は、自然派の文学をも自分の精神をも、性欲との関係で理解している。人生を性欲の視点から理解することが金井湛の特徴であり、このような理解のもとでは性欲も独特の内容をもっている。
 性欲は基本的な欲望であるから、社会生活の中で具体的な人間関係として、精神の一部分として発現する。社会性、精神性を欠く場合に露骨な性欲になる。金井湛は精神を欠いた性欲をもっており、性欲を精神を欠いた情欲としてしか知らない。しかし、その性欲を抑える強い精神を持っている。この性欲を抑える別の欲望を持っている。鴎外は露骨な性欲と、その性欲に冷淡であることを対立的に理解しており、この対立によって金井湛を肯定している。しかし、重要なのは、性欲と性欲を抑制する精神の同一性である。
 精神を欠いた動物的な性欲は人間関係の欠如、愛情や信頼の欠如によって生じる。こうした性欲をつくりだしたのは、金井湛の自己保身的な臆病である。金井湛は臆病で保身的な精神を持つために人間関係を回避しており、性欲は人間関係と愛情に関わることなく動物的な欲望として発現する。人間関係を回避する精神が徹底した結果として、性欲は露骨で冷たい欲望になる。金井湛は人間関係を回避することをさらに徹底して、この冷たい性欲による関係をも回避している。金井湛の性欲と、性欲の抑制は価値観の対立ではなく、徹底である。人間関係に対する金井湛の、消極性、冷淡さが、冷たい性欲を生み出し、さらにその性欲を抑制する力になっている。
 鴎外は、この作品で金井湛がどのようにして性欲に対して冷淡になったか、を描こうとしている。しかし、実際は、どのようにして冷淡な性欲を持つようになったか、どのようにして冷淡な性欲をも抑制するほど人間関係に対して消極的になったか、が描かれている。金井湛の性欲は特殊に形成されたものであり、誰もが持つ性欲ではない。鴎外は七つになった金井湛について、自分を見ている子供を「厭悪と多少の畏怖とを以て」見て通ったと書き、じいさんがからかったことについて、「そんな事を言ったじいさんが非道く憎いのである。」と書いている。金井湛の七歳の性欲に関わる経験には、金井湛の内気な性格が描かれている。この描写にも人間関係の否定を基本的な傾向とする鴎外の特徴が現れているが、このような心理が個性全体の中でどのような意義を持ち、どのように発展して行くかはこれからの社会との関わりに規定される。この後、この内気な性格は独特の発展をとげる。この内気で敏感で賢い子供が、自己にのみ関心を持つ冷たい作家と評価されようになるには、これから多くの経験が必要である。
 十になった。
 お父様が少しずつ英語を教えて下さることになった。
 内を東京へ引き越すようになるかも知れないという話がおりおりある。そんな話のある時、聞耳を立てると、お母様が余所の人に言うなと仰ゃる。お父様は、若し東京へでも行くようになると、余計な物は持って行かれないから、物を選り分けねばならないというので、よく蔵にはいって何かしていらっしゃる。蔵は下の方には米がはいっていて、二階に長持や何かが入れてあった。お父様のこのお為事も、客でもあると、すぐに止めておしまいになる。
 何故人に言っては悪いのかと思って、お母様に問うて見た。お母様は、東京へは皆行きたがっているから、人に言うのは好くないと仰ゃった。
 金井湛の運命はこうして日本史の中に組み込まれ、歴史的な精神を形成する。金井湛は英語を習い、田舎の人間関係から抜け出し、東京に出てエリートの道を歩きはじめる。没落した下級士族にとって、都会に出て知識を身につけることは、出世のための唯一の手段である。鴎外にとって田舎の貧しい生活は、抜け出すべき、否定すべき世界であった。漱石も貧しい世界から抜け出してエリートの世界に入ったが、鴎外がこの作品で自分の出世物語を書いている時、エリート世界から抜け出して、再び貧しい世界に向かう精神を獲得しはじめていた。鴎外にとって貧しい過去の生活や精神は、再び落ち込んではならない過去の世界であり続けた。「お母様」は金井湛に、田舎のひがみ根性を刺戟しない配慮を教えている。彼らは貧しい人々を刺激したくないし、彼らと面倒な関係を持ちたくない。これが、鴎外の持ち得る、貧しい世界に対する可能な限りの配慮である。鴎外の精神は貧しい世界とこれ以上に接近することはなく、ひたすら分離的精神を発展させた。
 出世と平行して、こうした分離的精神を発達させたもう一つの重要な要因は書物的な知識である。鴎外は十歳の時に枕絵を見た経験を書き、「Michelangelo の壁画」や浮世絵や昔の希臘の芸術家のことや、Schopenhauer の「この愉快、この欲望は、自然が人間に繁殖を謀らせる詭謀である」ことについて、「肉蒲団という、支那人の書いた」本についての多読、博識ぶりを披露している。金井湛の多読と博識は、質を問わない、質を問わないことがはっきり分かるほど瑣末であり、誰も知らないほど瑣末であることに意義を見いだしている。質を問わない金井湛にとって、性欲についてのつまらない好奇心も経験的な事実であれば「真実」である。多読にもかかわらず事実と「真実」の区別を知らず、極端に俗な、金井湛らしい経験的な精神の事実を「真実」として描いている。

 金井湛はこのような素質と経歴を持って東京に出た。ここからは、金井湛が東京の人間関係にまみれながら、都会の悪に染まることなく、人間関係に左右されることなく、消極的な自己をいかに強固に維持できたかを、特に道徳的な資質の側面から描いている。
 
 そして涅麻は何故これ程東京詞が使えるのに、お屋敷では国詞を使うだろうかということを考えて見た。国もの同志で国詞を使うのは、固より当然である。しかし涅麻が二枚の舌を使うのは、その為めばかりではないらしい。彼は上役の前で淳樸を装うために国詞を使うのではあるまいか。僕はその頃からもうこんな事を考えた。僕はぼんやりしているかと思うと、又余り無邪気でない処のある子であった。(p176)
 
 鴎外は、婆さんが米を盗んでいく話や、年下の娘を「嫌な女どもだと思った」経験を取り出して、人間に対する不信感や嫌悪感が早熟的に生まれてきたことを描いている。人を疑うことを知らない純朴な子供が、東京の現実と接して得た現実的認識は、このように他を否定する認識である。
 金井湛の批判的な意識の特徴は、主観の二重性を問題にしていることである。純真であった精神が人間の二重性を発見し、主観の二重性の観点から自己をも他人をも認識している。鴎外は多読と博識にも関わらず、この二重性の背後にある社会にまで認識を深めるができなかった。そのために、金井湛は、疑り深い、用心深い、容易に打ち解けない精神を発達させ、それが現実認識の発展であると考え、こうした個性が生み出す対立においてさらに用心深く疑り深い認識を発展させている。
 
 僕はこの女達の顔に就いて、不思議な観察をした。彼等の顔は当前の人間の顔ではないのである。今まで見た、普通の女とは違って、皆一種の stereotype な顔をしている。僕の今の詞を以て言えば、この女達の顔は凝結した表情を示しているのである。僕はその顔を見てこう思った。何故皆揃ってあんな顔をしているのであろう。子供に好い子をお為というと、変な顔をする。この女達は、皆その子供のように、変な顔をしている。眉はなるたけ高く、甚だしきは髪の生際まで吊るし上げてある。目をなるたけ大きくみはっている。物を言っても笑っても、鼻から上を動かさないようにしている。どうして言い合せたように、こんな顔をしているだろうと思った。僕には分からなかったが、これは売物の顔であった。これは prostitution の相貌であった。(p177)
 ここには、冷たいと評価される鴎外の精神がはっきり現れている。吉原の女達の顔を「これは売物の顔であった」と見る官僚の冷たい眼である。精神を失った顔、売り物の顔という否定的な認識が結論である。これが認識の到達限度であることが金井湛の冷たさである。女達が「凝結した表情を示している」ことの背後には個性を押し殺された厳しい運命と苦悩がある。鴎外の認識は彼女たちの人生にも苦悩にも届かない。自分がその運命や苦悩を共有しないこと、そこに関わらない事が鴎外の自己肯定な関心である。彼女たちを否定的に観察し、否定的に関わることによって、自分の道徳性を示そうとするのが金井湛の冷たさである。吉原の女に興味を持たず、吉原で遊ばないことが金井静の道徳的意識の到達点である。上品で冷酷な道徳心である。
 鴎外のこうした社会認識は、「一種の stereotype」な、「凝結した」精神である。しかし、冷たい軽蔑にとどまらないのが鴎外の鴎外たるゆえんである。金井湛はこれほど見下している女に対しても、自分が拒否されていることを敏感に感じ取り、自分を肯定するための意地を示すことで、単に冷酷であるだけでない、屈折した精神を示している。「女も僕をば空気の如くに取り扱っている。しかし僕には少しの不平も起らない。僕はこの女は嫌であった。それだから物なんぞを言って貰いたくはなかった。」と反撥せずにいられないのが金井湛の意地である。臆病で人間関係を回避していながら自分に対する評価を神経質に気にしており、自分を高く評価しない人間に対しては軽蔑を感じることで自分を防衛している。吉原で嫌われる事は、金井湛にとっては、吉原の不幸な女を心底軽蔑する根拠となり、金井湛の精神に暗い冷たい影を落としている。
 この歳に金井湛はドイツ語を覚えた。そして、ドイツ語での優位を示す機会を得た。ドイツ語と漢語と地位は、自分の優位を示すことを目的としており、人間関係を拒否し崩壊させる手段として利用される。そして、人間関係の崩壊は、自分の優位と勝利の印として肯定される。
 

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