「イギリスの紳士服は、優れた絵をふちどるあっさりした額縁である。」
(By オスカー・シュニッツ)
エレガントのために・・・。
1.自分の雰囲気作りを念頭におく。
2.実用着ではなくお洒落着を着る。
3.華美を抑制する。
4.社会的係わり合いを、必ずどこかで表現する。
5.服を着るというより、服装を作りあげ、その構築を自然に見せる工夫をする。
6.個人的好みを、どこかに醸す。
7.シンプルにまとめる。
8.自分ひとりだけでこしらえる。
9.他の人と違うモノを探す。
いずれにせよ、エレガンスの表現は抑制を利かせ、禁欲的なものでなければならない。自分が装いたい服装と、エレガントな服装は根本的に違うのだ。
「いくら注文服とはいえ、体にそのまんま合わせた服を作るんじゃあ、よろしくないんですよ。作業着じゃないんですから。やはり着た時にかっこよく見える服でなきゃ。」
( by テイラー「T」隆之助師匠)
衣服を通してヌードを感じさせる
古代ギリシアの英雄の裸体像という、時代を超えて永遠にセクシーな原型を損なうことなく、モダンに抽象化した形こそが、テイラードスーツのフォルムである。しかもこれは時代とともに絶えず微妙に変化し続けながらも、革命や労働などのワイルドなスピリットをも取りこみつつ、二世紀にわたり「変わらない」ように見える外見を保ち続けている。そのフォルムは驚異的なエネルギーを持ち、積み重ねられてきたスーツの形そのものに性的なエネルギーが潜む。
ウールは夏涼しく、冬暖かい
ウールは一本一本の繊維がくるくる縮れています。クリンプと呼ばれるこの縮れのおかげで、ウールは、約60%もの空気を含んでいます。乾いた空気は、断熱性のもっとも高い物質。だからウールの衣服を着ていると、冬は暖かく、夏は涼しく過ごす事ができます。合繊のような吸湿性の低い繊維だと、いくら空気を含ませるようにつくっても、ウールのようなふっくらとした風合いや、断熱効果は、あまり期待できません。
エレガンスはお洒落のコモンセンスを覆すようなところがある。
例えば、スーツの着丈だ。手の指の第一関節を折り曲げ、裾を包めるくらいがいいと言われるが、実際は、例えば、はっきりとしたピンストライプのスーツであれば、もっと長い方がエレガントに見える。鮮明な縞が全体に作用し、やや長めの裾丈のほうがシャープに見える。無地の場合はルール通り、第一関節折り曲げたあたりがちょうどよい。
とどのつまり、ルールはあっても、個人個人の背格好により、各寸法は流動的ということだ。
大柄は着こなしが難しい
例えばシャツはピンストライプより、ロンドンストライプの方が難しいし、ジャケットではマイクロチェックよりもビッグウィンドーペーンの方がその着こなしは難しい。そして、ピンストライプよりもチョークストライプの方が着こなしは難しい。
大柄は柄そのものを強調する。例えばストライプがチョークのようにかすれ気味ならその素材の味わいを強調する。ストライプがロンドンストライプのように太くて強いならそのメリハリを強調する。
こうした大柄な柄はやはり体格の大きい人のほうが有利で、誰もが似合うものではない。体格で着られる柄が限定されるのは癪だが、時々街で大柄なシャツやジャケットを力ずくで着ている外国人を見るのは楽しい。スーツ文化の差を思い知らされる瞬間だ。
欧米人と比べて、華奢(きゃしゃ)な日本人が大柄を無理に着る必要はない。自分の体とパーソナリティに合った柄の大きさをみつけて、それを有効に使うことが最も重要なことで、すべての大きさの柄を制覇しようというのはナンセンスである。
お洒落について
お洒落は形式ではありません。高価なモノを身につければ、それで済むというわけにはいきません。それは、小手先の装いです。ジッポーの銀のライターは、それを持っているからお洒落に見えるわけではなく、風が吹いているなかでもタバコに点火できるからお洒落なのです。本当のお洒落とは、いっさいの気取りを排斥することです。お洒落は、外的世界ではなく、内的世界の問題で、内的世界が感覚として他人の生理に訴えかけるのです。スーツやシャツ、ネクタイや靴は、お洒落の行為の手段、理解の道具として存在するに過ぎません。自己描写のために、それをどう用いるかが重要なのです。単なる模倣は、対象が間違っている可能性があります。見て、感じて、色彩と素材の組み合わせを、自分で学習しなければなりません。それぞれのモノが秘めた思想を理解することも大切です。思想が理解できれば、時と場所をわきまえたお洒落が可能になるからです。
お洒落と高価なスーツ
スーツは年齢と職場の雰囲気に応じて選ぶ。高価である必要はさらさらない。高価な靴に投資しした後の費用で賄う。お洒落の基本を知るだけのためなら、日本製の数万円のスーツで十分だ。初めから上を目指すと、金がかかりすぎるばかりか、ややこしくなる。こうでもない、ああでもないと自問自答を繰り返す。高い服を買ったのだから着こなそうという力みである。お洒落と高価なスーツとの間に必然性はない。中世のようにジャケットに豪華な刺繍でもほどこされていれば別だが、現代のスーツはカタチが同じだからだ。問題は着こなしに尽きる。着こなすためには、安価なスーツで学習する。学習はステップアップする際に必ず役立つ。目を養うと同時に、体が服の感触を覚えるからだ。
まずは、10万円程度の靴と、白のピンドットに地が紺のクラシックなタイに投資すべきである。
お洒落にはいつも子供の無邪気さと柔軟性を!
若い時分からスーツを日常的に身につければ、英国人のように目が肥える。目が肥えると、柔軟性が身につく。間違いを修正しやすくなる。その修正の癖を早くから身につけておくと、服装が後々凝り固まらずに済む。自由な発想でその日の天気や気分と同調させることができる。
だがある年齢を経た後でスーツを着るようになると、修正が利きづらくなる。スーツの何たるかを、その歳までに自分なりの決定を下してしまうからだ。自分のお洒落の領分を決めて、それ以外のモノには興味を示さなくなる。ストライプのタイを初めに締めるとそればかり締める。ローファーを履くと、紐付きの靴を履かなくなる。歳を経るにつれ、領分を囲むバリアはますます厚くなり、苔の生えてしまう人もいる。領分を侵されるのが嫌なので、服装が頑固になる。服を身につける前に狭い領分を身につけ、陶酔と自足で終わってしまう。お洒落は陶酔と自足ではない。そこに陥らないためには、いつも子供の無邪気さと柔軟性を持ち続けることが必要である。
お洒落をするための鉄則
お洒落をしようと試みるとき、いちばん忘れてならないのは、「クラシックに対する視線」である。この視線なしでは、どうしてもモダンに目がいく、モダンは目立ちやすい。初めから目立つことを命題にしているからだ。だが本当のモダンを知るためには、クラシックをまず知る必要がある。派手な柄のタイを締める前に、まずクラシックなタイを締める。デザインされた服を着る前に、クラシックなスタイルの服を着る。クラシックなスタイルが大切な理由、ある部分で、クラシックがモダンに変化しなければならなかった理由を、身をもって知ることができるはずだ。その上で、自分が本当に着たい服を選べばよい。これはお洒落をするための鉄則である。
オーダーメイドと既製服
オーダーメイドは人の身体を優先し、その身体のラインにそってシルエットを作る。一方の既製服は、まず服のシルエットが存在し、そこに人の体をはめ込む。
価格の問題
今やスーツは、1万円台から50万円を越えるものまでさまざまである。1万〜2万円台の超安価なスーツは、東南アジアや中国で部品が組み立てられる。1着当たりの工賃は6〜8ドル見当だ。安価だからといってそれを否定はしない。安価なものを好む人は沢山いる。それで間に合っているなら、別段ほかのスーツを知る必要もない。その人の人生とは関係のないことだからだ。
ただ、お洒落を志そうと思っている人たちは、理想的には10万円を越えるものがよい。国産の場合だ。スーツは10万円を越えると、途端に売れ行きが鈍る。だから10万円を下回る価格帯が多い。9万円台だ。アメリカでも1000ドルを超えると売れ行きが落ちる。10万円とか1000ドルは、キリのよい数字で消費者に分かりやすい。消費者が、10万円という数字をパソコンやカメラの価格と比べるためだろう。そこを逆に考える。10万円を越えるスーツは、本来は10万円以下の価格にしたかったのだが、原価の下げようがなかったために越えたはずだ。だから、いいスーツだという発想には必ずしもならないが、どうやらそのあたりに上質なスーツが集中している。できれば12万〜13万円のものがよい。作りが俄然丁寧になる。
価格帯だけを問題にするなら、(ライセンス商品でない)純国産(日本製)のスーツの12万〜13万円が狙い目である。
「かちっとした」
テーラーメイドのスーツに、しばしば「かちっとした」という表現が使われる。かちっという意味は、ドレス・ダウンしても崩れない端正さだ。既製服は、たとえばネクタイを外し、シャツの喉元のボタンを1〜2個外してしまうと、途端に崩れた印象を晒す。セレクト・ショップの販売員の服装がいい例だ。テーラー・メイドの服は、同様にシャツのボタンを外しても、崩れた印象を与えない。上手なテーラーに仕立ててもらい、鏡の前で既製服と比較みればすぐに分かることだ。既製服の具えたある種の放恣(ほうし)に比べ、テーラーメイドの服は、(シャツの)ボタンを外しても必ず端正さを保つ。
かちっとしたスーツは着心地は軽やかなままで、外見は着崩れないスーツである。
髪と目と肌の色
髪と目と肌の色が似通った日本で、この三つを自覚すのは難しい。しかし、西洋で千差万別であり、重要なアイデンティティの1つである。それらはファッションの構成要素でもある。
これは、雑誌のモデルには非常に似合うのに、自分がそれを同じものを着ても似合わない原因の一つである。(他には、体格、目鼻立ちなど)
西洋人に似合って、どうして日本人に似合わないのか?体型の差もあるが、それよりも肌の色と髪の色なのだ。肌と髪の色が、全体の雰囲気を違えてしまう。これをよく覚えておいた方がいい。やみくもに西洋人の真似をしなくなる。
もう一度、自分の髪の色、眼の色、肌の色を自覚してはいかがだろうか?
既製品を買うときのポイント
既製品でも高品質のスーツは20万円を越えます。サイズ選びを慎重にしないと、せっかくの高品質のスーツを購入した意味がありません。そんためには自分にパーフェクトフィットするサイズはどんなものなのかを知っておくことが大切です。これを知るひとつの方法としては、信頼のおけるビスポークテーラーで、一度スーツをオーダーしてみることです。こうすれば、自分にジャストフィットするしたスーツを体に覚えこませることが第一歩です。
キュロットからトラウザーズ(長ズボン)へ
フランス革命の時、その革命の旗手となった、サン・キュロット(Sans-Culotte=「キュロットをはかずトラウザーズをはく」の意)派が、貴族の象徴キュロットを着用する人間を片っ端から殺していったため、それまで、ふくらはぎに男性美を見出していた貴族が、以後キュロットをはかなくなった。という話である。
「午後5時の影」
朝剃った髭が少し伸びて、黒ずんでくるのを「午後5時の影」と呼び、紳士の身だしなみとして最も忌避するもの。仕事の後のディナーの前には、シャワーを浴びて、身だしなみを整えたいものである。
「この麻のスーツは10年前に仕立てたもの。3着作って、1シーズンに3回しか着ない。麻は着るほどに風合いが出るが、一回着たら休ませることが必要。同じ服やシャツは決して続けて着ないことがメンテナンスの基本」
By アルフィオ・ラピサルディ 彫刻家
仕立て服の「ミリ単位」、「流動的数字及び勘」
「ミリ単位」とは、ボタン感覚は110ミリ、着丈は、ポケットの上辺から230〜250ミリ(〜は身長差による)など、クラシックスタイルにあらかじめ決められた数字のこと。
これに対して「流動的数字および勘」は、千差万別の流動的な体型と数字を把握している仕立て屋が、経験と勘どころを頼りに、その数字にプラスアルファする。いわば〈架空の〉立体的数字のことで、この架空の数字こそ、立体感に富んだ服作りのための大切な構成要素なのだ。架空で実態が存在しないからこそ、縫製が同じ腕前でも、できあがった服に差がでるのである。
ジャケットとスーツ
ジャケットスタイルは、 上衣とパンツに分かれ、上下の色も違う。たいていの場合、素材も異なる。スーツは上下の揃いだ。色も素材も同一だ。ジャケットは大胆な柄、大胆な色彩、大胆な素材が許容される。スーツは、いっさい許されない。ジャケットスタイルは、コーディネイトに無限の自由がある。スーツは限定される。ジャケットは着る楽しみが優先される。スーツは着る楽しみより、どこに着ていくかが優先される。同じ形態の服とはいえ、相当の違いが存在する。
「シングルブレステッドは時代の退色が性急だ。ブランドは、売らんがために、始終ボタン位置を変え、スーツの中心を上下させる。まず、クラシックなスタイルを覚えることだ。できれば注文服がよい。正統なスタイルから入れば、ボタン位置のおかしなスーツ、絞り線が妙なスーツに、気付くはずだ。ダブルはデザインされたスーツから入る、シングルはクラシックなスーツから入る。これは僕の持論だ」
(By 落合正勝 「男の服装 お洒落の定番」)
「スーツも往時のジェントルマンのスーツのカットやボタンを守ってきた。この血統をもって、二世紀にわたり威信(プレステージ)を保てたのである。スーツを過激に変造してみるといい、そのパワーも価値自体も破壊することは必定だ。シングルの上着の前裾のカーブをなくせば、スーツの血脈は消し去られ、そしてパワーは弱まり、カジュアルウェアのなかに埋没していくことになる。」
(ハーディ・エイミスのイギリスの紳士服、森秀樹訳、1997年)
スーツスタイルのコーディネーションの基本
スーツスタイルのコーディネーションの基本は、「何を」着るかの前に、それを「どう」身につければいいかを考えることだ。「何を」着るべきかを優先させると、選択が無限に広がってしまうからだ。「どう」着るかが解決できれば、「何を」選べばいいか自然に分かるようになる。「どう」装うかとは、たとえば重要なミーティングではクラシック・スタイルを装うことである。次にそのための「何を」を選ぶ。この2つの要素は常に切り離して考えるべきである。
(by 落合正勝)
なぜ手縫いか?
それは簡単に言うと、柔らかい着心地を生み出すため。ミシンなどを使った、機械による均質な縫い方は、縫う部分によって力の加減が効かないので、とうしても堅い着心地のスーツができてしまう。柔らかい着心地に手縫いは欠かせない。もちろん、ミシンの均質な縫い方が重要になってくる部分もあり、両者の併用が望ましい。
「ネクタイを正しくつけていることが、ビジネスや人生の成功を約束するとはいえないが、少なくとも、あなたがきちんとした人間であることの証明になるはずです。」(By ジョン・T・モロイ “Dress for success”)
「服装の本当の楽しみは、自由自在に勝手気ままなものを、好きな場合に着て歩くことではないということろ、人々は経済状態の落ち着きと社会の安定と共に、徐々に学んできたように思われる。服装は、強いられるところに喜びがあるのである。強制されるところに美があるのである。」 ( From 三島由紀夫 『若きサムライのために』)
ブランドについて
ブランドは単なる商標です。「花火屋」の代わりに、「玉屋」というだけです。ブランドという刺激に甘んじ、陶酔を求めると失敗します。Aというブランドが作った商品でなくとも、Aブランドから発信されるすべての商品は、Aブランドとして通用します。そのメカニズムを知るべきです。
「フルオーダーのメリットとデメリットは?」
デメリットは手作業が入る分コストが高くなります。
メリットは、買ってすぐには分かりませんが、すべて機械で縫われたスーツと手縫いが入ったスーツでは、3年後、5年後の身体への馴染み方が全然違います。
また、職人の手が入るということは目も入り、商品の仕上がりを考えながら作ります。結果、実用性が高く、バランスの良い仕上がりになります。