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色別着こなしのヒント ウーステッドとウーレン = 梳毛と紡毛 服地あれこれ
ブランド、メーカー、ミル の紹介 フォーマルウェア用語 仕立て特殊用語


洋装 雑学


 「あらゆる面で、最高などという素材はありはしない。いつ、どこで、どのくらいの時間、その素材を着続けるかを考える。例えば、スーパー150は、車を運転する素材ではなく、後部座席でパイプをふかしながら悠然と身につける。ツイードはビジネスの第一線ではなく、夜桜見物にでも出かける時に袖を通す。」(By 落合正勝 )
「イギリスの紳士服は、優れた絵をふちどるあっさりした額縁である。」
(By オスカー・シュニッツ)
 エレガントのために・・・。
1.自分の雰囲気作りを念頭におく。
2.実用着ではなくお洒落着を着る。
3.華美を抑制する。
4.社会的係わり合いを、必ずどこかで表現する。
5.服を着るというより、服装を作りあげ、その構築を自然に見せる工夫をする。
6.個人的好みを、どこかに醸す。
7.シンプルにまとめる。
8.自分ひとりだけでこしらえる。
9.他の人と違うモノを探す。
 
 いずれにせよ、エレガンスの表現は抑制を利かせ、禁欲的なものでなければならない。自分が装いたい服装と、エレガントな服装は根本的に違うのだ。

「いくら注文服とはいえ、体にそのまんま合わせた服を作るんじゃあ、よろしくないんですよ。作業着じゃないんですから。やはり着た時にかっこよく見える服でなきゃ。」
( by テイラー「T」隆之助師匠)

衣服を通してヌードを感じさせる
 古代ギリシアの英雄の裸体像という、時代を超えて永遠にセクシーな原型を損なうことなく、モダンに抽象化した形こそが、テイラードスーツのフォルムである。しかもこれは時代とともに絶えず微妙に変化し続けながらも、革命や労働などのワイルドなスピリットをも取りこみつつ、二世紀にわたり「変わらない」ように見える外見を保ち続けている。そのフォルムは驚異的なエネルギーを持ち、積み重ねられてきたスーツの形そのものに性的なエネルギーが潜む。

ウールは夏涼しく、冬暖かい
 ウールは一本一本の繊維がくるくる縮れています。クリンプと呼ばれるこの縮れのおかげで、ウールは、約60%もの空気を含んでいます。乾いた空気は、断熱性のもっとも高い物質。だからウールの衣服を着ていると、冬は暖かく、夏は涼しく過ごす事ができます。合繊のような吸湿性の低い繊維だと、いくら空気を含ませるようにつくっても、ウールのようなふっくらとした風合いや、断熱効果は、あまり期待できません。


エレガンスはお洒落のコモンセンスを覆すようなところがある。
 例えば、スーツの着丈だ。手の指の第一関節を折り曲げ、裾を包めるくらいがいいと言われるが、実際は、例えば、はっきりとしたピンストライプのスーツであれば、もっと長い方がエレガントに見える。鮮明な縞が全体に作用し、やや長めの裾丈のほうがシャープに見える。無地の場合はルール通り、第一関節折り曲げたあたりがちょうどよい。
 とどのつまり、ルールはあっても、個人個人の背格好により、各寸法は流動的ということだ。

大柄は着こなしが難しい
 例えばシャツはピンストライプより、ロンドンストライプの方が難しいし、ジャケットではマイクロチェックよりもビッグウィンドーペーンの方がその着こなしは難しい。そして、ピンストライプよりもチョークストライプの方が着こなしは難しい。
 大柄は柄そのものを強調する。例えばストライプがチョークのようにかすれ気味ならその素材の味わいを強調する。ストライプがロンドンストライプのように太くて強いならそのメリハリを強調する。
 こうした大柄な柄はやはり体格の大きい人のほうが有利で、誰もが似合うものではない。体格で着られる柄が限定されるのは癪だが、時々街で大柄なシャツやジャケットを力ずくで着ている外国人を見るのは楽しい。スーツ文化の差を思い知らされる瞬間だ。
 欧米人と比べて、華奢(きゃしゃ)な日本人が大柄を無理に着る必要はない。自分の体とパーソナリティに合った柄の大きさをみつけて、それを有効に使うことが最も重要なことで、すべての大きさの柄を制覇しようというのはナンセンスである。

お洒落について
 お洒落は形式ではありません。高価なモノを身につければ、それで済むというわけにはいきません。それは、小手先の装いです。ジッポーの銀のライターは、それを持っているからお洒落に見えるわけではなく、風が吹いているなかでもタバコに点火できるからお洒落なのです。本当のお洒落とは、いっさいの気取りを排斥することです。お洒落は、外的世界ではなく、内的世界の問題で、内的世界が感覚として他人の生理に訴えかけるのです。スーツやシャツ、ネクタイや靴は、お洒落の行為の手段、理解の道具として存在するに過ぎません。自己描写のために、それをどう用いるかが重要なのです。単なる模倣は、対象が間違っている可能性があります。見て、感じて、色彩と素材の組み合わせを、自分で学習しなければなりません。それぞれのモノが秘めた思想を理解することも大切です。思想が理解できれば、時と場所をわきまえたお洒落が可能になるからです。

お洒落と高価なスーツ
 スーツは年齢と職場の雰囲気に応じて選ぶ。高価である必要はさらさらない。高価な靴に投資しした後の費用で賄う。お洒落の基本を知るだけのためなら、日本製の数万円のスーツで十分だ。初めから上を目指すと、金がかかりすぎるばかりか、ややこしくなる。こうでもない、ああでもないと自問自答を繰り返す。高い服を買ったのだから着こなそうという力みである。お洒落と高価なスーツとの間に必然性はない。中世のようにジャケットに豪華な刺繍でもほどこされていれば別だが、現代のスーツはカタチが同じだからだ。問題は着こなしに尽きる。着こなすためには、安価なスーツで学習する。学習はステップアップする際に必ず役立つ。目を養うと同時に、体が服の感触を覚えるからだ。
 まずは、10万円程度の靴と、白のピンドットに地が紺のクラシックなタイに投資すべきである。

お洒落にはいつも子供の無邪気さと柔軟性を!
 若い時分からスーツを日常的に身につければ、英国人のように目が肥える。目が肥えると、柔軟性が身につく。間違いを修正しやすくなる。その修正の癖を早くから身につけておくと、服装が後々凝り固まらずに済む。自由な発想でその日の天気や気分と同調させることができる。
 だがある年齢を経た後でスーツを着るようになると、修正が利きづらくなる。スーツの何たるかを、その歳までに自分なりの決定を下してしまうからだ。自分のお洒落の領分を決めて、それ以外のモノには興味を示さなくなる。ストライプのタイを初めに締めるとそればかり締める。ローファーを履くと、紐付きの靴を履かなくなる。歳を経るにつれ、領分を囲むバリアはますます厚くなり、苔の生えてしまう人もいる。領分を侵されるのが嫌なので、服装が頑固になる。服を身につける前に狭い領分を身につけ、陶酔と自足で終わってしまう。お洒落は陶酔と自足ではない。そこに陥らないためには、いつも子供の無邪気さと柔軟性を持ち続けることが必要である。

お洒落をするための鉄則
 お洒落をしようと試みるとき、いちばん忘れてならないのは、「クラシックに対する視線」である。この視線なしでは、どうしてもモダンに目がいく、モダンは目立ちやすい。初めから目立つことを命題にしているからだ。だが本当のモダンを知るためには、クラシックをまず知る必要がある。派手な柄のタイを締める前に、まずクラシックなタイを締める。デザインされた服を着る前に、クラシックなスタイルの服を着る。クラシックなスタイルが大切な理由、ある部分で、クラシックがモダンに変化しなければならなかった理由を、身をもって知ることができるはずだ。その上で、自分が本当に着たい服を選べばよい。これはお洒落をするための鉄則である。

オーダーメイドと既製服
 オーダーメイドは人の身体を優先し、その身体のラインにそってシルエットを作る。一方の既製服は、まず服のシルエットが存在し、そこに人の体をはめ込む。

価格の問題
 今やスーツは、1万円台から50万円を越えるものまでさまざまである。1万〜2万円台の超安価なスーツは、東南アジアや中国で部品が組み立てられる。1着当たりの工賃は6〜8ドル見当だ。安価だからといってそれを否定はしない。安価なものを好む人は沢山いる。それで間に合っているなら、別段ほかのスーツを知る必要もない。その人の人生とは関係のないことだからだ。
 ただ、お洒落を志そうと思っている人たちは、理想的には10万円を越えるものがよい。国産の場合だ。スーツは10万円を越えると、途端に売れ行きが鈍る。だから10万円を下回る価格帯が多い。9万円台だ。アメリカでも1000ドルを超えると売れ行きが落ちる。10万円とか1000ドルは、キリのよい数字で消費者に分かりやすい。消費者が、10万円という数字をパソコンやカメラの価格と比べるためだろう。そこを逆に考える。10万円を越えるスーツは、本来は10万円以下の価格にしたかったのだが、原価の下げようがなかったために越えたはずだ。だから、いいスーツだという発想には必ずしもならないが、どうやらそのあたりに上質なスーツが集中している。できれば12万〜13万円のものがよい。作りが俄然丁寧になる。
 価格帯だけを問題にするなら、(ライセンス商品でない)純国産(日本製)のスーツの12万〜13万円が狙い目である。

「かちっとした」
 テーラーメイドのスーツに、しばしば「かちっとした」という表現が使われる。かちっという意味は、ドレス・ダウンしても崩れない端正さだ。既製服は、たとえばネクタイを外し、シャツの喉元のボタンを1〜2個外してしまうと、途端に崩れた印象を晒す。セレクト・ショップの販売員の服装がいい例だ。テーラー・メイドの服は、同様にシャツのボタンを外しても、崩れた印象を与えない。上手なテーラーに仕立ててもらい、鏡の前で既製服と比較みればすぐに分かることだ。既製服の具えたある種の放恣(ほうし)に比べ、テーラーメイドの服は、(シャツの)ボタンを外しても必ず端正さを保つ。
 かちっとしたスーツは着心地は軽やかなままで、外見は着崩れないスーツである。

髪と目と肌の色
 髪と目と肌の色が似通った日本で、この三つを自覚すのは難しい。しかし、西洋で千差万別であり、重要なアイデンティティの1つである。それらはファッションの構成要素でもある。
 これは、雑誌のモデルには非常に似合うのに、自分がそれを同じものを着ても似合わない原因の一つである。(他には、体格、目鼻立ちなど)
 西洋人に似合って、どうして日本人に似合わないのか?体型の差もあるが、それよりも肌の色と髪の色なのだ。肌と髪の色が、全体の雰囲気を違えてしまう。これをよく覚えておいた方がいい。やみくもに西洋人の真似をしなくなる。
 もう一度、自分の髪の色、眼の色、肌の色を自覚してはいかがだろうか?

既製品を買うときのポイント
 既製品でも高品質のスーツは20万円を越えます。サイズ選びを慎重にしないと、せっかくの高品質のスーツを購入した意味がありません。そんためには自分にパーフェクトフィットするサイズはどんなものなのかを知っておくことが大切です。これを知るひとつの方法としては、信頼のおけるビスポークテーラーで、一度スーツをオーダーしてみることです。こうすれば、自分にジャストフィットするしたスーツを体に覚えこませることが第一歩です。

キュロットからトラウザーズ(長ズボン)へ
 フランス革命の時、その革命の旗手となった、サン・キュロット(Sans-Culotte=「キュロットをはかずトラウザーズをはく」の意)派が、貴族の象徴キュロットを着用する人間を片っ端から殺していったため、それまで、ふくらはぎに男性美を見出していた貴族が、以後キュロットをはかなくなった。という話である。

「午後5時の影」
 朝剃った髭が少し伸びて、黒ずんでくるのを「午後5時の影」と呼び、紳士の身だしなみとして最も忌避するもの。仕事の後のディナーの前には、シャワーを浴びて、身だしなみを整えたいものである。

「この麻のスーツは10年前に仕立てたもの。3着作って、1シーズンに3回しか着ない。麻は着るほどに風合いが出るが、一回着たら休ませることが必要。同じ服やシャツは決して続けて着ないことがメンテナンスの基本」
 By アルフィオ・ラピサルディ 彫刻家

仕立て服の「ミリ単位」、「流動的数字及び勘」
 「ミリ単位」とは、ボタン感覚は110ミリ、着丈は、ポケットの上辺から230〜250ミリ(〜は身長差による)など、クラシックスタイルにあらかじめ決められた数字のこと。
 これに対して「流動的数字および勘」は、千差万別の流動的な体型と数字を把握している仕立て屋が、経験と勘どころを頼りに、その数字にプラスアルファする。いわば〈架空の〉立体的数字のことで、この架空の数字こそ、立体感に富んだ服作りのための大切な構成要素なのだ。架空で実態が存在しないからこそ、縫製が同じ腕前でも、できあがった服に差がでるのである。

ジャケットとスーツ
 ジャケットスタイルは、 上衣とパンツに分かれ、上下の色も違う。たいていの場合、素材も異なる。スーツは上下の揃いだ。色も素材も同一だ。ジャケットは大胆な柄、大胆な色彩、大胆な素材が許容される。スーツは、いっさい許されない。ジャケットスタイルは、コーディネイトに無限の自由がある。スーツは限定される。ジャケットは着る楽しみが優先される。スーツは着る楽しみより、どこに着ていくかが優先される。同じ形態の服とはいえ、相当の違いが存在する。

シングルブレステッドは時代の退色が性急だ。ブランドは、売らんがために、始終ボタン位置を変え、スーツの中心を上下させる。まず、クラシックなスタイルを覚えることだ。できれば注文服がよい。正統なスタイルから入れば、ボタン位置のおかしなスーツ、絞り線が妙なスーツに、気付くはずだ。ダブルはデザインされたスーツから入る、シングルはクラシックなスーツから入る。これは僕の持論だ」
(By 落合正勝 「男の服装 お洒落の定番」)

 「スーツも往時のジェントルマンのスーツのカットやボタンを守ってきた。この血統をもって、二世紀にわたり威信(プレステージ)を保てたのである。スーツを過激に変造してみるといい、そのパワーも価値自体も破壊することは必定だ。シングルの上着の前裾のカーブをなくせば、スーツの血脈は消し去られ、そしてパワーは弱まり、カジュアルウェアのなかに埋没していくことになる。」
 (ハーディ・エイミスのイギリスの紳士服、森秀樹訳、1997年)

スーツスタイルのコーディネーションの基本
 スーツスタイルのコーディネーションの基本は、「何を」着るかの前に、それを「どう」身につければいいかを考えることだ。「何を」着るべきかを優先させると、選択が無限に広がってしまうからだ。「どう」着るかが解決できれば、「何を」選べばいいか自然に分かるようになる。「どう」装うかとは、たとえば重要なミーティングではクラシック・スタイルを装うことである。次にそのための「何を」を選ぶ。この2つの要素は常に切り離して考えるべきである。
(by 落合正勝)

なぜ手縫いか?
 それは簡単に言うと、柔らかい着心地を生み出すため。ミシンなどを使った、機械による均質な縫い方は、縫う部分によって力の加減が効かないので、とうしても堅い着心地のスーツができてしまう。柔らかい着心地に手縫いは欠かせない。もちろん、ミシンの均質な縫い方が重要になってくる部分もあり、両者の併用が望ましい。



「ネクタイを正しくつけていることが、ビジネスや人生の成功を約束するとはいえないが、少なくとも、あなたがきちんとした人間であることの証明になるはずです。」(By ジョン・T・モロイ “Dress for success”)

「服装の本当の楽しみは、自由自在に勝手気ままなものを、好きな場合に着て歩くことではないということろ、人々は経済状態の落ち着きと社会の安定と共に、徐々に学んできたように思われる。服装は、強いられるところに喜びがあるのである。強制されるところに美があるのである。」 ( From 三島由紀夫 『若きサムライのために』)

ブランドについて
 ブランドは単なる商標です。「花火屋」の代わりに、「玉屋」というだけです。ブランドという刺激に甘んじ、陶酔を求めると失敗します。Aというブランドが作った商品でなくとも、Aブランドから発信されるすべての商品は、Aブランドとして通用します。そのメカニズムを知るべきです。


「フルオーダーのメリットとデメリットは?」
 デメリットは手作業が入る分コストが高くなります。
 メリットは、買ってすぐには分かりませんが、すべて機械で縫われたスーツと手縫いが入ったスーツでは、3年後、5年後の身体への馴染み方が全然違います。
 また、職人の手が入るということは目も入り、商品の仕上がりを考えながら作ります。結果、実用性が高く、バランスの良い仕上がりになります。

 「お洒落は服の細かい部分にどう凝るかにかかってくる。贅沢を質素にするというより、むしろシンプルな贅沢である。むろんこれとは違ったお洒落もないとは言わないが・・・。」(BY バルザック)
「男がクラシックを装うとき、もし黒か紺以外の靴下の色があるなら、教えて欲しいものだ。」(BY フランコ・ミヌッチ)
 この世で最悪のこーディネイトは、クラシックなスーツに白いコットンの靴下である。
「クラシックの基本は不変。テクニックも変化しない。変化するのはテイストのみである。」(By ルッジェロ・エル・ベニエロ)
「クラシックスタイルは、世の中に長く生き残りそうなものだけを直感で見抜き、
それをさらに緩やかで穏やかなものにして、
暫時、徐々に吸収していく。
表現するならば、ロングターム・ファッションである。」

 By ウンベルト・アンジェロニ
 「シャツは現代でも、ダークスーツに映えるように淡い色にしておく必要がある。白は長年にわたって一番人気がある。だが、これはナイロンシャツの時代の追憶である。それはまさに既製服の感覚であり、本当に『ダサイ〈naff〉』のだ。」(By サー・ハーディ・エイミス)
 白いシャツは古めかしい。モダン・クラシックなシャツの色は、淡いブルーである。
余談:「本物の紳士」
 本物の紳士であるかどうか見極める方法のひとつは、その人物が自宅に入る時まずなにをするかを見ることである。もし、最初に帽子を脱いだなら、まず本物の紳士だろう。仮に帽子を脱ぐ様子が無かったなら、彼は紳士のふりをしているだけ。では最初から帽子を被っていない男はどうなのだろうか。本物の紳士どころか、紳士のふりをしようとも考えたことの無い男である。
 2000年6月22日

「ウェストコート(ベスト)があれば、
夜には華やかにもなり、昼は胸の締め付けにもなる。
またカジュアルな服装の部分として、
ウェストコートだけでも自立できるものだ。
俗っぽく日常的になりうるが、
一方エレガントな一面も持っているのである。
鎖時計を付けるのもぴったりだ」

 BYサー・ハーディ・エイミス
サイズについて By マリオ カラチェニ氏
 「若い人はタイトを好むね。つまり体の線に自信があるから、それを強調したがるのだろう。我々はある程度客の好みは聞くが、あまりに極端に体の線を強調すると、逆に品性がなくなるものだと考えている。同じようにパンツの裾幅も、一時期は20センチより狭いものを指定する客がいた。最近はようやくそうした流行が終わって安心しているところだ。パンツの裾口は、私は22センチ。娘婿のほうは、私より若いので、最近の傾向を意識して21センチにしている。ほんの1センチの違いだけれど、この差でスーツの印象はかなり変わってくるものだ。サイズというのは、年齢を経るに従って、極端なものは避け、少しづつ落ち着いたものへ固まっていくものだと思う。」
 スーツと共に生きる10ヵ条

1.毎日のメインテナンスは、紳士に課せられた義務
2.帰宅して真っ先に行うべきは、ハンガーに吊るして風に当てること
3.毎日同じ服を着てはならない。彼らにも十分な休息が必要
4.糸は生きている。彼らの呼吸を妨げるような行為は慎む
5.まずはブラッシング。埃を落としてから、初めてアイロンワークへ
6.染みや汚れは早期の治療で完治する。時間が経つほど、深刻に
7.油染みに触れてはならない。プロのテクニックに任せるべし
8.パンツは脱いだらまっすぐに吊るす。あとは自己回復力に任せる
9.信頼できるクリーニング店にあなたのライフスタイルは委ねられる
10.愛する人のように、スーツも繊細に扱うべきもの
「スーツは、古典古代の英雄裸体像のモダンな抽象形であり、それゆえにセクシーである」
  (アン・ホランダー)
「既製服を着ている人は必ずしもジャスト・サイズではなく、ジャスト・サイズに近いサイズを着ているということを意味する。」
 誰にでも合う48サイズの既製服とは、言葉を替えれば、誰にも合っていない既製服なのだ。そう考えなければ、48サイズの世の中の人達が寸部違わぬ体型になってしまう。大多数の人は、体にぴったりの既製服を着ているつもりでも、実はどこかズレている服を身につけているのだ。既製服のズレは、上手な仕立屋に服を仕立ててもらい、比較すればすぐに理解できる。
トラウザーズのデザインについて
 モデルさんは別として、普通の男性にとって、、サイドアジャスターやブレイシーズ(サスペンダー)を使ってはく英国式トラウザーズは股がみも深く、「おじいさん」っぽい印象になってしまいます。それにたいしてイタリアのトラウザーズはもっとモダンで、細身でセクシーなカットです。ポイントとしては、トラウザーズの裾幅は細め、丈はやや短めに。
日本人は、もっとジャケットを身につけるべきである。決まりきったスーツスタイルに慣れてしまうと、ジャケットを身につけなくなる。上下揃いのスーツの方が、コーディネイトがずっと楽だからだ。コーディネイトは、放っておくとすぐにマンネリに陥る。上手になるためには、ジャケットスタイルを多用する。初めは失敗する。何度も繰り返す。そのうち素材が分かるようになる。素材の理解は、色の組み合わせの理解につながる。スーツスタイルより学習は必要だが、学習すればスーツスタイルが洗練される。上衣とパンツが違っただけで、おろおろするようでは、お洒落は無理だ。
「ネクタイはそれを締めている人より、1歩先に入ってくる」 (ハーディ エイミス卿)
 ネクタイは目立つものです。それを締めた人の、人柄や地位、趣味までも露にしてしまいます。ネクタイには細心の注意をはらいたいものです。
「非常にクラシックで品質のいいものを厳選して手に入れていけば、自分の持っている服はいつだってとてもすっきりとしているはずです。」(BY カテリーヌ・ミリネア/キャロル・トロイ)
 シーズンごとにスーツやタイを探し回るのはばかげている。クラシックを表現するものだけを求めれば、スタイルは自ずとクラシックにいきつく。何事も目的を持つことが大切である。
必要なのは、幅ひろく見る目と許容範囲を理解知る知恵
 「男の服・こだわりの流儀」落合正勝:世界文化社より抜粋)
 『イタリアの服といっても、何度もいうようだが基盤は英国に存在し、イタリアが細工した点は、1950年代にプリオーニが既製服業界に参入し、肩をいじる、素材をソフトにするといった程度の変更で、それ以外は両者の基本的な思想の違いは今もって隔たりはない。
 翻って考えてみれば、我々日本人はどこかひねった服、デザインされた服が好きで、それはおそらく大戦後のアメリカのサックスーツから始まり、アイビースタイル、その後に続いたフランス、イタリアのデザイナーたちのスーツに慣れすぎていて、端正な既製服、つまりクラシックな服を学習する間がなかったためであろう。
 我々に必要なのは、クラシックスーツを幅広く見る眼と、その許容範囲を理解する知恵である。端正な服が判断できなければ、その他のスーツの良し悪しは決して理解できない。テーラーの手による注文服が衰退してしまった今という時代は、端正な服が分かりにくくなっていることも確かだが、それだからこそクラシックスーツに込められた思想と、それを見破る目を持って欲しい、そう思うのだ。
「服装はまさに人間そのものであって、
政治的信条を表し、生き方を表し、いわば人間の象形文字である。
そうでなければ、人を表す形式が多々ある中で
常に服装がもっとも雄弁に人を語るわけはなかろう。
近頃は誰もみな似たりよったりの服装をしてはいるけれど、
それでも見る人が見れば分かるのである。」

 (BY バルザック 「風俗研究」)
服選びのポイント
 服の中に我が身を収容させた後のカタチ、それをどこに着ていくか、その服を着たとき、他人の目に自分がどう映るかの3点を考えて選ぶ。
「服は着れば着るほど、着こなし上手になる。」
 西洋人は外出の服とくつろぐ服を分類して考えない。パジャマの次に身につける類は、その上にジャケットなりコートなりをひっかければすぐに外出できる服である。家の中で靴も履く。とりたててオフの服ではなく日常の服のため、身につける時間も長く、その分自然で巧みなのだ。日本人もスウェットや、ジーンズの着こなしは上手になったのだが・・・。
2つボタンと3つボタンの違い
 2つボタンと3つボタンの違いは、単にボタンの数が異なるだけだ。きわめて表層的なことである。絞り線(ウェスト)の上に、要になるボタンがしっかり載っていれば、2つだろうが3つだろうが、基本的なカタチはたいして変わらない。問題はVゾーンの開き具合で、広いほうが似合う人もいれば、狭い方が似合う人もいる。流行やボタンの数にとらわれずに、どの程度の開きが自分に一番似合うかを見つけることだ。
古くならないものは常に新しい
 古くならないものは常に新しい、これは真理である。時を経ても古く感じないもの、スーツに限らず、例えばVネックや丸首のセーター、さらに家具や文具が新鮮さを持って保っていられる理由は、その製品が完成の域に達しているためで、デザイン・機能ともにそれ以上手を加えられないからにほかならない。
「身だしなみが完璧であるためには他人の目を惹いてはいけない。」(By ボー・ブランメル)
 ワンポイントはできるだけ避けた方が無難である。
「財布の許す限り身装に金目をかけてよい。しかし、派手や気障に金をかけるものじゃない。服装で人柄がわかるからな。フランスの上流の人たちは、この道のあか抜けした、生まれながらのくろうとだよ。」(BY ウィリアム・シェイクスピア)
 スーツは価格に正直で、上質なクラシックスーツは、大方の場合高価である。だが、高価な分だけ素材や縫製に気を使い、クラシックに仕立て上げられていることは確かである。
 男のスーツに限っていえば、2着の安価な服より、1着の高価なものを。これは基本である。
上質でクラシックなスーツは、肩幅と絞り線がシンメトリーでなければならない。背中が美しいスーツは、バランスのとれた正しいスーツといい換えてもよい。背中を美しく見せるためには、既製服では無理である。絞り線が平均的な位置に存在するからだ。その人にとって、正しい絞り線の位置は一つしかない。注文服は、たった一人のための一着の服である。テーラーを選択し、早いうちから自分に最適なスーツを知るべきだ。
 2000年7月29日
「上質のモノが高価に見えるわけではない。高価なモノが上質とも限らない。すべてはバランスである。」(BY 落合正勝)
「シャツの衿は、スーツの衿からマキシムで1,5〜2センチ程度見える程度がよい。同様に、シャツの袖口も、スーツの袖口から、1,5センチ〜2センチ見せるべきだ」(By ジェイムズ・アンガス・パウ)
日本の洋服の創成期
 明治天皇が洋服勅語を出したころ、洋服を縫う職人の確保がたいへん問題になりました。というのも、和服は直線裁ちの衣料仕立て物ですが、洋服は曲線裁ちの衣料だったからです。日本には起用で腕の良い和服職人は多くいましたが、誰もが曲線の入った服を縫った経験がありませんでした。
 そこで、和装職人の中でも足袋職人が、まず最初に洋服の縫製士として採用されました。というのも足袋は指を入れる袋の部分が曲線になっていたからです。先の丸い指入れ部分を縫った経験のある足袋職人なら、曲線の多い背広もこなせるはずだと、当時の人は考えたというわけです。
スーツはセクシー
 スーツは車や飛行機と同じように、今なおセクシーである。そのエロティックな魅力の深遠にある秘密は、リラックスした統一感であり、これは動物たちの衒いのない自然の衣裳を連想させる。視覚に訴える広告で、車はしばしば豹やカモシカにたとえられているのがその一例。動物たちの肉体にのびやかにフィットするスーツは、ありとあらゆる美しい形の模範となり、自然のエレガンスと機能性を追及しようとするモダンな衣服デザインの理想ともなっている。人間は第二の皮膚、すなわち衣服をまとうことで完成される生き物だからである。
(From 「性とスーツ」 アン・ホランダー)

「ネクタイを正しくつけていることが、ビジネスや人生の成功を約束するとはいえないが、少なくともあなたがきちんとした人間であることの証明にはなるはずです。」
(ジョン・T・モロイ)
光の影響を受けるシルクタイ
 シルクは、三角断面によるプリズム高価が非常に高い。繊維内部からの反射光が表画を透過して、鮮明度の高い発色となる。ネイビーのネクタイは晴れの日には鮮やかなブルーに、また曇っている日は黒に近いシックな紺となる。光による変化を考慮し、合わせればスーツ、シャツのセレクトは違ったものになる。

「服装をいかに安上がりにしようと思っても、
絶対にけちってはいけない分野があるのです。」

(By カテリーヌ・ミリネア/キャロル・トロイ)
「ほとんどの人がうまく装うことをファッショナブルに装うことと取り違えています。上手な装いとはまず第一に自分に合った服を選ぶこと。次にその服をちゃんと体に合わせ、正しく身につけること。そして最後に自分らしさを加えることです。」
 BY アランフロッサー(メンズウェア・デザイナー。『アランフロッサーの正統服装論』アランフロッサー著/水野ひな子訳/婦人画報社)
「ほころびは一つの不祥事であり、しみは一つの悪徳である。」(BY バルザック)
エレガントなシャツのカラーのステッチは細かければ細かいほど、ドレッシーな印象を人に与え、縁にいけばいくほど、セレモニーっぽくなってくる」(BY ルチア・パシン・ランディ)
 場所はカラーの内側5ミリ。1センチ幅の中に10ピッチのステッチ。上質なクラシックなシャツの、一つの精緻な細工である。

 スーツを日常的に着なければならない人たちは、靴やスーツ、シャツやネクタイを道具として考えてはならない。 身につけるモノは、携えるアタッシュやブリーフケース、傘などと基本的に異なる。 身につけるモノは、それを身につけた人の考え方や、ポジションを表現し、携えるモノは単なる道具にすぎない。日本の地下鉄に乗ると、ビジネスマンたちの擦り減った靴と古びたアタッシュが同じような道具に見える。ロンドンの地下鉄に乗ると、ビジネスマンたちの靴はオーナー同様の風格と威厳を具え、アタッシュとは明らかに次元の異なるモノに見える。道具がその人の思想やポジションを表すことはままあるが、ごく限られた場合だけだ。ネクタイを締めなければという強制的な発想は、ネクタイを道具として扱っている1つの証拠である。どんな場所に自分が出向き、どんな人に会わなければならないかを、ネクタイを締める前に考えるべきだ。「締めなければ」という考えは、「とりあえずどんなネクタイでもいい」という発想につながる。どこへ出向くかという発想は、出向く場所によりネクタイを選ぶようになる。日本の冠婚葬祭の服装は正しいとはいえないが、少なくとも葬儀に出向くために、多くの人は悲しげな表情を顔に貼りつける努力と、黒いネクタイをぶら下げる努力はする。正しい装いは、出かける前に慎重な吟味がなされなければならない。その点で、モノさえ入ればいいというブリーフケースと、スーツスタイルは大きく異なる。クラシックなスーツスタイルは、イコール紳士であることの証明なのだ。1つの思想でもある。個から公への転換の際、自分に何が欠けているかをこまめに考える習慣は大切である。
「安い靴でびしっときめるのはまず無理な話である。
許される範囲で最高の靴を買うこと、
本当に無理してでも買い求めるのは、別にむちゃなことではない。」

(By サー・ハーディ・エイミス)
1万円の靴を3度見送り、3万円の靴を。3万円の靴を3度見送り、9万円の靴を購入することはダンディになるための賢い方法である。
「ゆったりとした衣服は、結果として限りない着心地のよさを生む。
それは否定できないが、
すべての人に合うというシリアスな欠点を具えている。
それは当然のことながら既製服の領域を決定してしまう。」

(ジャーナル・ドゥ・テーラーズ 1856.9.16)
良いモノ
 良いモノとは価格に見合った品質を保ち、目的に対する安定感がある。ベンツは運転しやすく、ローレックスは正確に時を刻む。姿形も上品で、そのモノの原初的スタイルと保っている。どんなモノでもこれは共通している。
 クラシックなスーツも、まったく同じだ。だがスーツは人と一体になることを前提にしているので、趣味的なモノより、もっと強い能動的パートナー性と安定感を必要とする。クラシックなスーツは人体のプロポーションに丁寧に沿うため、それを強く表現しやすい。逆にデザインされたスーツは、デザインという構築が存在するため、どうしても安定感に欠けるきらいがある。もともと作りそのものではなく、クリエイションで成立しているためだろう。
「我々はまず自分のために、次に女性のために、最後に自分以外の男たちのためにお洒落をする」
 ファッションリーダーは、テレビに映し出される西洋各国の要人たちで十分である。(ア○リカは西洋ではありません) 彼らは、国際舞台に登場するときに、パーフェクトに近いクラシックなスタイルを試みている。
服装とは、服ではなく、人と一体になったある形を指す。「衣服ハ身ノ表ナリ。人ニマジハルニ、先ズカタチヲ見ル。次ニ言ヲキキ、次ニ行ヒヲ見ル」と看破したのは、今から288年も前の貝原益軒(「五常訓」)だ。「見の表」とは、「服装」を指す。この言葉は,貝原益軒の時代に比べ、男の服が画一的になった近代社会ではますます重要な意味を持つ。
「私は、私の服装の中で、靴に対してもっとも情熱をかけている。靴は一番大切で、毎日、どの靴を履くかによって服を決めている」
 by ロドヴィコ・バルベラ(ルチアーノ・バルベラの長男)

 仕立服は靴に合わせやすい。生地素材が初めにあり、それを選べるからだ。ツイードのスーツを仕立てようと思ったときは、ツイードに似合いそうな靴を履いていく。仕立服は最初カタチも何もないので、先入観なしで靴に合わせて生地を選べる。靴の上に生地をかざして相性を確かめる。カタチがある既製服は、その点やや厄介だ。カタチに印象が左右されやすい。
 靴を侮ってはならない。靴はお洒落の要である。コーディネイトするときは、靴、スーツとともに、素材、形態、色を別々に考える。2つのアイテムと3つの要素を絡みあわせるときに、いちばんデリケートなものは「素材」と心得る。
 「良いシャツの条件とは、ジャケットの下で邪魔にならないシャツ、ジャケットと共に動くシャツである。これは、パーツごとに考えていかなければならない作業だ。シャツ作りに手間がかかるのは当然である。」(By エッツィオ・パティエス・モンタエニ シャツメーカーのブリーニのオーナー)


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