靴下という言葉は、文字通り靴の下に履くことから誕生した。だが、西洋では、「靴」という文字は靴下には用いられない。 英語では長い靴下をストッキング(stocking)またはホーズ(hose)、短い靴下をソックス(socks)、ドイツ語では長い靴下がストルンフ(strumph)、短い靴下はゾケン(socken)と呼ぶ。いずれも、靴とは無関係な呼称である。
「ズボン下」という呼び名同様、日本の「靴下」という呼称はいかにも安易である。靴下の置かれた状況を端的に現している。 下という言葉は、下着に通じる。ズボン下はズボンの下着だが、靴下は靴の下着ではない。
日本では、もともと靴下を独立したアイテムではなく、靴と一対のして考えたため、靴下などと妙な名前が付けられたのだ。靴足袋と呼ばれた時代もあった。
靴下は、靴があってこそ存在するという考え方は間違いである。イタリア人の中には、夏場に裸足でモンクストラップやローファーを履く人が多い。
日本の男たちの靴下が、おしゃれのためではなく水虫や臭い対策など機能一点張りになってしまった理由は、まさにそこにある。あまりに長いあいだ靴と一対という認識を持ちつづけたため、足元を装うという役割がおろそかになってしまったのだ。
靴下という呼び名では、いつまでたっても靴の下で、靴の黒衣(クロコ)にすぎない。「ズボン下」同様、男たちの「靴下」は、日本ではきわめて悲惨な存在である。
19世紀の英国では、安価なメリヤスから靴下を作りホーズと称した業者に対して、クラシックで上質なホーズを作っていた業者が反発し、ホーズなどと呼ぶのはおこがましい、フットバッグ(足ぶくろ)にせよと下院に請願している。日本の靴下メーカーやブランドも、そのくらいの見識とプライドを持つべきである。
メリヤスとは、現代では「綿糸または絹糸などで、機械を用いてよく伸縮するように編んだもの」(岩波国語辞典)だが、簡単にいえば「伸縮自在の網んだ織物や布」である。
網み目が大きくなったり小さくなったりする「莫大小」、すなはち「大小が莫い(ない)」ために靴下にはうってつけの素材だったのだ。言語はスペイン語のメディアスである。
ヒット商品の「通勤快足」は、西洋のホーズならぬ、日本の靴下のポジションそのものを象徴している。「通勤快足」はいい靴下だが、その名の通り決してお洒落のために存在してはいない。足元を装うことを目的にしていれば、そんな名前は決して付けられないはずだ。
台風やハリケーンに名前を付けるのが好きなのはアメリカ人で、靴下やシャツに名前を付けるのが好きなのは日本人である。
日本の靴下の大半は、座敷に上がったとき、上役や仲居さんに嫌な顔をされないためのアイテムにすぎない。「靴」を脱ぎ、靴下が「下」だけになったときの、周囲に対する気配りである。
気配りが、靴下の本質をねじ曲げたことに、我々は留意しなければならない。
必ずしもそうとはいい難いが、目配りと気配りは、日本人の一つの徳性である。その徳性が、靴下の本質を歪めたという事実は、我々が靴下の具えたファッション性より、徳性を優先させたことを意味する。
しかしながら、ファッションは、もともと「礼儀、マナー」の意味を持つ。
つまり靴下は、西洋ではお洒落のための独立したアイテムでありながら、礼儀とはマナーをかね具えた、スーツ同様の存在なのだ。礼儀とマナーは、自分と他人のために存在する。
だが、日本の場合は、目配り気配りという他人のためのファクターのみが優先され、さらに「靴下」などという靴下にとっては迷惑千万な差別的名前が付けられたため、ファッションという現象からこぼれ落ち、ズボン下と同じ地位に甘んじてしまったのだ。
そこが西洋との違いなのである。
この現象の裏には、靴の脱ぎ履きが多い日本のタタミ事情も存在している。
ついでながら、上衣の内側に持ち主の名を刺繍する習慣は、日本の座敷制度から生まれた。仲居さんが上衣を預かり客に戻すとき、持ち主を間違えないよう名入れが定着したのだ。名札のようなものである。
日本人はそれほど似たようなスーツを身につけているのだ。テーラーメイドのステイタスなどという人もいるが、上衣への名入れは西洋では見たことがない。
日本に上質でエレガントな靴下がないのは、以上の理由による。お洒落な日本の男たちは、すべからく、靴下の選択に苦労している。総じて足の小さな日本人には、ヨーロッパ製の靴下は大きすぎる。仮にフィットしても、価格が日本製の2倍以上する。靴下メーカーやブランドは、その事実をしっかりと知るべきである。
靴下はズボン下同様人の肌を直接被う。だが、ズボン下と違って他人の目に触れる。そうであれば、機能本位ではなく、ネクタイ同様お洒落のために存在することは明らかである。
ヨーロッパでは、靴を脱ぐ習慣がないにもかかわらず、老舗の靴下専門店がいくつもあり、クラシックスタイルに合う上品な靴下をたくさん売っている。靴下が、男のお洒落のための独立したアイテムであることの証である。
日本では、男の靴下専門店は数えるほどで、大多数の客は靴下を購入するためにデパートに行く。
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