2017年1月

8日(日)
 あけましておめでとうございます。今年も一年よろしくお願いいたします。夫婦揃って、前厄・本厄・後厄を3年間過ごしてきましたが、厄が明けた途端にカミさんがインフルエンザを拾ってしまいまして、本当に厄が明けたのかどうかは不明なところです。しかしカミさん曰く「死ぬこと以外はかすり傷」らしいので、まぁ多分これで厄はあけたのでしょう。

 さて、年末年始は色々とあったのですが、クリスマスシーズンはカミさんの誕生日に近いことありまして、例年ドタバタします。そんな中でも一昨年の話ですが、カミさんの大好物のオムライスを出してくれる〈かね吉〉さんという洋食屋さんが、馬出の九大医学部前にありまして、さすが医学部の前にあるだけあって天下一品のオムライスで、薄く焼いた卵で包む昔ながらのオムライスなのですが、薄く焼いているのにトロトロ卵。絶妙な火加減なのです。それで、この絶妙な火加減のオムライスを誕生日に食べたいと云うことで、一昨年予約しようとしたのです。ところが、クリスマスシーズンはクリスマスディナーでオムライスは出せないと言われてしまい、誕生日に好物を食べられない可哀想な状態だったのでした。

 ところが今回は、ふと思い立ってランチタイムの時間に〈かね吉〉さんへと出かけてみたところ、ランチメニューではオムライスがあるではないですか。というわけで、ランチにオムライスと、〈かね吉〉さんの看板メニューであるシチューのうちタンシチューを頼んだのです。オムライスとタンシチュー、さらにはシチューをオムライスに絡めて3度美味しいということで、1年越しの誕生日の好物を実現できたのでした。

 今年のお正月は、カミさんが黒豆を初挑戦で煮たのが例年と違うところでしょうか。毎年、僕が黒豆が好きでよく食べていることもあって、今年は黒豆自体を自前で作ってしまおうと挑戦してくれたのでした。大丸に〈小田垣商店〉さんっていう問屋さんが出店してきており、そこのオバちゃんに勧められるままに挑戦となったのでした。正味10時間以上煮続けていましたが、確かに絶品の黒豆が出来上がっていました。オバちゃんは、簡単に自信がつくという言っていましたが、カミさん曰く結構コツがいったということで、近所のお婆ちゃんから昔聞いたアドバイスを思い出しながら作ったらしいです。しかしまぁ、大量の黒豆ですので、女子会の飲み仲間にも配っていたのでした。

 今年のお節料理は、一の重が広島のクワイ、鳥取の銀杏、熊本の馬の燻製、アルゼンチンの赤海老、二の重が丹波篠山の黒豆、同じく栗、熊本の子持ち鮎、三の重が熊本の生ハムとハム、アメリカとオーストラリアのチーズでした。別の一段重には福岡らしい筑前煮、こちらではがめ煮でしたが、熊本のウズラの卵、鳥取の銀杏、佐賀のレンコン、長崎のゴボウ、福岡のタケノコ、大分の椎茸、鹿児島の鶏、岡山の麩でした。熊本と鳥取と地震の復興応援を兼ねて、少々偏っていますが、何故か宮崎は入りませんでした。来年は、宮崎のも何か入れたいところです。

 お屠蘇は、佐賀の〈東一〉を少々飲みまして、本格的には熊本も人吉の〈無言〉〈繊月〉で今年の初まりを祝ったのです。その後、箱崎の八幡宮でお参りをし、例年通り特大破魔矢を買ってきて、今年も玄関にと据え付けたのでした。破魔矢が魔を破ってくれるのではないでしょうか。

15日(日)
 今年は福岡は小雪舞うくらいのセンター試験ですが、全国的には大雪になっているようでして、センター試験に借り出されている先生方の苦労がしのばれます。受験生には万全の体制で受験して貰いたいと皆が思っていても、自然条件ばかりは手の出しようがありません。。。

 ところで漸くと正月ボケが収まってきたところですが、お正月の話題をまだ少々。博多のお正月には、全国的には筑前煮、うちの実家あたりだとウマ煮とも呼ばれています、がめ煮が欠かせません。この〈がめ煮〉なんですが、Wikipediaでは博多弁の〈がめくり込む〉が語源だとか、朝鮮出兵の時にドブ亀を煮たことが語源だとか紹介されています。

 がめ煮を作っていたカミさんと語源について話していたのですが、がめ煮の材料が、里芋、蓮根、牛蒡、人参などといった根菜類が中心であって、どれもこれも中心的な材料は保存がきくものばかりであるという点と、料理をした後のがめ煮自体も、寒いところでは比較的長期間の保存がきく食べ物であるという点から、朝鮮出兵のときにも活躍した兵糧なんだろうということが推察されます。とすると、兵士達に食べさせるためには大量に作らなければなりませんから、大きな甕で煮込んだと考えるのが妥当ではないでしょうか。

 当時は中世末期に当りますから、備前にしろ、信楽にしろ、常滑にしろ、b器のかなり大きな甕を焼いていた時代です。このような甕は、戦争時の兵糧の調理および保存にも大活躍だったのではないでしょうかね。まぁ歴史学というよりは考古学の人達に調べて貰いたい話ですが、甕での調理法と保存のきく根菜類の煮込み料理が合わさって、がめ煮なる食べ物が生まれたのではないのかというのが、博多の郷土料理がめ煮に関する宮地-西尾説なのです。

31日(火)
 天神の三越の食品売り場で、ベルギーやフランスを始めとする様々なチョコレートのフェスをやっていまして、まぁバレンタインに向けたイベントでしょうけど、それはさて置きとても楽しげなことになっています。110ブランドが並んでいるっていうことで、フロアをボケボケ歩いているだけでも圧倒されてしまいますが、どれもこれも可愛らしくて綺麗なんですね。今は、福岡は市の美術館も閉鎖中ですので、そういう美的な感覚を刺激するためにも、チョコレートの陳列を見ていて癒されます。

 ところで、福島第一原子力発電所の2号機の燃料の映像がようやくと出てきましたね。圧力容器の中に燃料が残っているメルトダウンの状態には留まらず、圧力容器をも突き抜けるメルトスルーではないかという想定も一部でなされていましたが、今回の映像によって2号機はメルトスルーであったことが判明しました。メルトスルーの状態は過去にはチェルノブイリ原子力発電所しか事例がなく、チェルノブイリで行った石棺による封じ込めが、今の技術水準での2号機への適切な対応でしょうね。

 チェルノブイリの事故後、リクビダートルと呼ばれる人びとによって石棺が作られまして、それで四半世紀くらいは何とか封じ込められ、そのくらい経ると石棺が劣化するので、さらに新しいシェルターの建設というのが、人類の英知が編み出してきた対応策です。本来的には、もっと早く石棺の対応をすべきだったと思うのですが、ようやくと2号機に関しての事故の状況が明らかになったのですから、遅ればせながらでも石棺を作る作業を始めるべきでしょうね。1、3、4号機の状況はそれでもまだ分からないんですけどね。。。