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【12】ボランティア活動のため一家でフィリピンへ
 ◇「優しさの風」日本に 心のバランス探る
写真
初詣ででおみくじを引く平野雅一さん(右端)一家。幸せはどっちの方角?=東京都東大和市奈良橋で、内林克行写す
 


 東京・荻窪のスナック。昨春、男たちが声を張り上げて歌っていた。「明日があるさ」。同期入社の仲間たちが歌で平野雅一さん(39)を送り出した。

 雅一さんは、16年間勤めた会社を辞めた。妻智恵子さん(36)に小学3年と1年の娘2人。一家4人でフィリピン・ミンダナオ島のダバオに移住し、ボランティア団体の活動に参加するためだ。「何を考えているのだ」。父(65)は絶句し、寝込んでしまった。

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 雅一さんは大学時代、仮面ライダーやウルトラマンの着ぐるみでショーをやるアルバイトをしていた。デパートの屋上で、目を輝かせる子供たち。感動を与える喜びを知った。卒業して就職したのは、リゾート開発会社。子供からお年寄りまで楽しめる「感動のステージ」を、自分の手で築きたかった。

 やがて訪れたバブル経済。リゾート会員権も、投機目的で売り買いされた。金が支配する時代。求めていた理想から、仕事は離れていった。

 時代の成功者たちが別荘を買い、豊かな自然の中で安らかな老後を迎えようとした。夫婦そろってのゴルフや散歩。ところが1年もすると、そんなお年寄りの目から輝きが失われた。ゴルフや散歩に飽きた時、社会的なつながりのないお年寄りの多くは生きがいを見失っていた。

 高度経済成長時代に育ち、バブル経済、そしてその崩壊を見た。「何のために働いてきたのだろう」。不況が業界を直撃する中、自分を問い直した。

 就職後に3度旅して知り合ったフィリピンの人たちを思った。郊外の村。見知らぬ外国人の自分を、とっておきのビールや料理でもてなしてくれた。「貧しいのにどうして優しくなれるのか」。ギターと歌が上手で「歌手になるのが夢」と語っていた20代半ばの青年。3年後に訪れた時、仕事がなくてゲリラに身を投じていた。

 迷いの中で、雅一さんは思った。日本は経済的な豊かさの中で感動する心と優しさを忘れてしまった。そして、自分も巻き込まれかけている、と。

 「会社を辞めて、海外で暮らさないか」。一昨年夏、智恵子さんに相談した。「それもいいかもね」。意外なほどあっさりと返事があった。実は、智恵子さんも転機を探っていた。

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 2人は社内結婚だった。上司だった雅一さんは、夢を持って生き生きと仕事をしていた。智恵子さんはそこが好きだった。

 雅一さんが会社を辞める相談をしたそのころ、智恵子さんは家族や夫婦のあり方に疑問を持ち始めていた。夫は帰りが遅く、家ではいつも不機嫌でつらそうだった。週末も仕事で、子供たちと過ごす時間もない。

 結婚退社した智恵子さんは、在宅介護会社でヘルパーとして働いた。介護先で、夫の記憶が全くない何人かのお年寄りに出会った。痴呆が進んでも、楽しい時代のことは覚えている。ところが、妻は夫の記憶がすっかり抜け落ち、写真を見ても分からない。逆に夫は、痴呆になっても妻のことを忘れない。「こうはなりたくない」と思った。    □  □  □

 インターネットで検索して見つけた「日本フィリピンボランティア協会」。ダバオで貧しい人々への医療援助や教育支援、日本からのボランティア体験ツアーを企画している団体だ。

 日本が失ったものとフィリピンが求めているもの。夫婦はその橋渡しになろうと思った。人々が心のバランスを失ってしまった今の日本に、南の国の優しさの風を届けたい。

 もちろん不安もある。子供の教育、生活……。異国の暮らしは、団体からのわずかな給料で支える。でも、智恵子さんは思う。「人生一度きり。たとえぼけても、一緒に生き生きと頑張った夫の記憶は残るはず」

 幸せはどこにあるのか。もう一度、南の国で、手探りしながら家族で一緒に考えてみたい。5月、一家はダバオに向かう。【早坂文宏・39歳】=つづく

 

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 さまよい惑う「浮惑(ふわく)の時代」に生きる人たちを描いたこの連載へのご意見、ご感想をお寄せ下さい。「これから」取材班のメールはshakaibu@mainichi.co.jpです。

(毎日新聞2002年1月14日東京朝刊から)

インデックス

1月15日 ■大学中退・再入学・留年…寄り道が自分作った

1月14日 ■ボランティア活動のため一家でフィリピンへ

1月13日 ■仕事も結婚も半端、フラフラ人生に転機

1月12日 ■懐かしい故郷の島は、原発で揺れていた

1月11日 ■妻の病で「憂鬱な管理職」辞め 夫の代わり、いない

1月9日 ■自分で選んだシングルマザー

1月8日 ■水俣病患者と市民をもやう車椅子の館長

1月7日 ■寝たきりの母が娘に出した「最後の宿題」

1月6日 ■仲間に心温められ 娘との再会を夢見る

1月5日 ■ラストパスの精神で 再起期す在日ラガー

1月4日 ■夫婦のズレ認め合い 初めて見えた夫の顔

1月3日 ■人生変えた多発テロ−−現場生き延びたNY所長

1月1日 ■「腐ったミカン」は現場監督 役者断念し再出発



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