嘘だろ

眼前に、
いきなり、
見慣れた光景が、
展開された。

始めて訪れた土地なのに、だ。

ドトールコーヒー、
プリンスと太マルゴシックで書かれたパチンコ屋の看板、
レトロな床屋の白赤チューブ、
そして巨大な、メガロスフィットネスクラブのビル

歩をすすませ、
見慣れた景色に間違いないことを、
一つ一つ、
横目で確認する。

トドメは、
改札を出た時。

やはり、
記憶と寸分たがわず
展開された、
駅前の光景に、
しばし呆然と、
たたずんだ。

首筋に、
冷水をかけられる。

既知感、
デジャブ、
そんな流暢な事を言って、
関心している場合ではない。

この光景は、
定期的に訪れては
ぼくを失禁させる、
悪夢の
エンディングそのものだった。

ピチャピチャのシーツの
感触よりも、
生きて生還した今を、
感謝してしまう、強烈な悪夢

本能が警戒警報を報じている。
動悸が、クッック、と咽喉にせりあがる。

ニゲロ、
ニゲロ、
ハヤク、
ニゲロ

だが、
ぼくは
かろうじて
踏みとどまった。
ここまで来て、
帰るわけには
いかない。
今日手続きをしないと、
相続財産を失ってしまう。

そして
ここは、父の祖父が住んでいた
街であった。

ロータリー伝いに
歩を進める、
タクシーが、三台、
客待ち。
バスが今、
出発したばかりだ。
あれは、
ほら、
「岬灯台行き」

一歩一歩
かかとを着地すると、
冷たいシビレがつま先から、
波のように膝まで、
這い上がる。
冷たいプールに入った
感じ。

いや、
まてよ、
ぼくはもしかしたら、
幼い時、
この街に来たことが
あるのかもしれない。
実は、この光景も
すべては、実体験済みの
ものだとしたら

相変わらず
這い上がる、
冷たいシビレを、
紛らわすために、
自分にぼくは、
言い聞かせた、が。

記憶のトレースは
さらに、続く。

ほら、
いつもの、
おばさんが曲がって、
こちらに来た。
そして、
ぼくを見て、
はぐきを出して、
笑みをこぼす

人間は、光景全てを記憶している。
人間は、光景全てを記憶している。
それらは、数パーセントしか利用
されていない、脳の引き出しに、
しっかりと格納されている。
それらは、ちゃんと、
数パーセントしか使われてない、
脳の引き出しに、
全部が、格納されている。

と、左に曲がり、
坂を下るところで、
身を固くする。

あぶね〜ぞ、コラッ」

すれすれに、
刺青を入れた年寄りの角刈りが、
チャリンコで、にらみをきかせる。

間違いない、
ぼくは記憶と寸分たがわぬ現実を今
トレースしている。

そして、
バラックが見えた。
もうすぐ、5時。
陽が陰る。
ぼくは歩を早める。
小走りに、階段を上がろうとする、その時
「ゴ〜ン」
釣鐘の、鐘の音。
ぼくは飛び上がった。
光景とあまりに不釣合いな、
鐘の音が、
やはり、
大きく、
コダマする

階段で、かなしばりに
あっているぼくに、
銀行員風の女性が、
すれちがい様、声を投げる
「そっちですよ〜」
腕の先は、
庁舎の見えない、
反対側。
振り向くと、
彼女は、いない。

ぼくは
夢遊病のように、
庁舎の裏の
茂みに続く、
細い土の、
一本道に、
誘われた。

記憶は麻痺し、
思考は停止していた。
ハトが、
ウォモー、ウッウー、
低く鳴く。
次の展開を、
立ち止まって思い出し、
確認する間もなく、
平屋の廃屋の前で、
踏みとどまった。
かろうじて。

信号が
赤か青か、
思い出す瞬間、
音が聞こえた。
反射的にノブを握り、
開いた。

ドアから、
ハエの渦が、
顔にぶつかって、
猛烈なスピードで、
夕陽に
立ち消える。
糞尿の、
あふれかえる、
匂い。

トイレだ。
四畳半の
板戸。
四つ並んで、
四角く
くりぬいてあるだけ。

音は声だ。
残響が残る、
一番奥の
穴をのぞいた瞬間、

真っ黒なやつが、
あっという間に、
眼前に迫った、
失禁しながら、
顔をわしずかみにされながら、
ぼくは思いだした。

めざめは訪れない。

これが悪夢の、
幕開けだ。

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