「弾丸 横断鉄道線」

 

      渡邊 聡

 

寝苦しい。
なんと言うか、
寝入るまでに、時間がかかる。
かといって、
ねむくないわけではない。
いや、
むしろ、
ねむい。

敷きっ放しのフトンが視界に入ると、
身体全体がきしみ、フトンを求め
声をあげる。

声にあらがえず、
もぐりこんでみる。
とたんに、
重めの疲労が、
じょじょに溶け出して
フトンいっぱいにビタ〜っと
ひろがるのがわかる。
睡魔がすぐに、ヒラヒラと手を振って、
ぼくを、さらに遠くへ
いざなおうとする。

すぐ、
軽くたてている、自分の寝息が
聞こえてくる。

さぁ、深みへ。
なめらかで、深い入眠が、
訪れるはずだ、

が・・・。

フッと、身体がジャグジーの泡に押され
浮き上がるように、
眠気の海から浮上してしまう。
まるで、寝すぎた後の、
春のゆるやかな覚醒のよう。

その、はざかい期が、
長く続く。
寝苦しさすら感じる程の、
長い入眠。
夢も実像を結ぶ前に、
崩れて渦の中に流され、
消えていくことが多い。

と思ったら、
突然、
一両のチョコ電が浮かび上がった。
今夜の事だ。

その時、ぼくは眼前に停車する、
黒い一両の、古びた電車を眺めていた。
ホームはなにも装飾のない、地面から隆起した
打ちっぱなしのコンクリートで、
思わず走って行くと、
ドアが閉まり、出発しかけていた電車が止まり直し、
ドアを開けてくれた。
ぼくは電車の後ろから回りこみ、
息を切らせ、閉まりそうなドアに
飛び込んだ。

はずむ息を整えるために、
口をすぼませる。
ぼくの意識は、
その電車が、
何十年か前、武蔵野線の開業と共に、
廃線となった、下河原線で、
今まさにぼくは、北府中から乗車し、
国分寺に向っているところであることを、
理解した。

まるでとなりのトトロに出てくる、
電車バージョンだ。
本数も一時間に二本程度。
電車を待っている間、よく線路に降りては
路肩に石を積み上げたりして、時間をつぶしたものだった。

場面が入れ代わった。
冬の晴れた日。
ホームに座っていると、
陽光が肌まで暖め
思わずうたた寝してしまう、
陽だまりに草が薫る、
そんな陽気にあらがい、
ぼくは線路にまた、降りた。
線路の真ん中に歩を進める。

一歩ごとの、
なめらかで
急速な
覚醒。

そしてぼくは
線路の真ん中に
立つ。

並行して走る二本の線路の
真ん中に立ち、
どこまでも続く線路の一方に
身体を向け、一方を見つめると、
必ずいつでも、
おそわれる体感が蘇り、
今もぼくをとらえている。
いってみるなら、それは
肝試しの最中、ヒュゥと感じる感覚、
背筋が寒くなる感じを薄めたものだ。

考えなくても、
やってみれば、誰でも感じる。
そのヒュゥを、言葉にしてみると、
どうもそれは見えない方の後ろから、
電車が来るのでは、と、
身体が反応し、
背筋を寒くさせているようなのだ。

素直に後ろを振り返り、
電車が来てないことを確認しても、
今度は前が不安になる。

見えてない方、
ぼくの感覚器が、
存在を認知できない、
存在しない物からの警告と、
存在しない物に対するおびえ。

身体を90度回し、
どちらも見渡せるようにしてみる。
けれど、波のような動揺は
なかなかおさまらない。
その内、居心地そのものが悪くなる。

で、
小さな葛藤を回避するべく
心の声に素直に従い、
線路をまたぎ、
一歩離れるだけで、
やはり身体は、安心する。

ぼくは
路肩に腰を下ろした。
再び流れ出した、おだやかな空気、
線路はよく磨きこまれ、
冬の陽光から、暖を一身に吸収している。
何の気なしに、
ぼくは線路にそっと、
耳を付けてみた

と、
ボールにはじかれるように、
ぼくは思わず耳を離した。
鉄を強くひっかく音の残響がまだ、
耳の奥をイッパイにコダマする。
我が目を疑い、
左右に走らせ、
電車が近づいてない事を確認する。
心臓が、トクトク音をたてている。

落ち着くまで一時かかった。
左右を、幾度か、
確認する。
そしてもう一度、
ぼくは線路に、
耳を当てた。

落ち着いてみると、
それは耳を離す程の
大音響ではなかった。

キューーン、
キュ、
キューン、
ギューン、キュ
ギューン

幾重にもつみかさなった、鉄のコダマの
小さく大きな咆哮が、耳一杯に広がる。
目は大きく見開き、
耳を代え、電車の姿が見えないことを
確認する。

慣れてくると、警戒はしながらも、
じっくり音を聴けるようになる。
そして始めて、
その音が、
変化していることに気付く。

鉄の音は、
静かに、
じょじょに、
大きく、
はっきり
成長している。

唖然とし、
ぼくはまた、
せわしなく視線を、
左右交互に走らせ、
目前に迫っているであろう見えない電車の
巨大な黒い幻影を、
探すのであった。

その内、耳をあてるには
音が成長しすぎる。

そして、

はるか彼方、
線路の向こうに、
米粒のようなチョコ電が、
姿を現した・・・。

これは
冬の、
陽気のいい日限定の、
遊びだった。
少し暑い季節になるだけで、
線路は湯気をたて、
触れるだけで、ヤケドするような温度になる。
それに、夜ふとんに入って、
その時見える光景を、
思い返してみたりすると、
やはりヒュッと、背筋が寒くなって、
身体を甲虫のように固く、
丸めたりした。

目前に広がる、一面の畑。
広大な畑の果てに、
その線路は姿を見せた。
柵や、折でくぎられているわけでもなく。

畑の真ん中をつっきり、
それは東西に、
どこまでも
どこまでも
伸びていく。

近付いてみた。
石の枕木は白く、
固く、
巨大で、
線路の幅は広く、
ヤスリのように磨きこまれ、
いかに豪快な列車がその上を通るかが、
一目でわかった。
列車の名前は、
横断特別急行「弾丸」
月に一度、あまたの金持ちを乗せ、
金の食器やあふれる食材を内に秘め、
線路の上を、
一筋の弾丸になって轟音をとどろかせ、
疾走する。

ぼくの家には時刻表も、
いや、時計すらなかった。
だからぼくは、
弾丸の到来を、
太い柱を一日一筋ナイフで削み、
それを数えて、
ようやく知ることが出来た。

弾丸は、約月イチ、
流星の爆音と共に、
通りすぎた。
早すぎて、
中をのぞく術もない。

冬のよく晴れた日。
遊び疲れると、ぼくは路肩に腰をおろし
線路に両手を付いて休憩していていた、
磨きこまれた線路。
ぼくの中を生暖かい何かが走った。
ぼくはいざなわれたように、
なんの気なしに、
耳を線路に、
当ててみた。
すると、遠くからわずかな金属音が、
コダマしてくるではあるまいか!

キューン
キューン

ぼくはすぐ、
虜になった。
その日は一日中、
その音を聞いていた。
お陰で、ぼくの両の耳は、三日は赤く触れないほどに、
腫れて痛んだほどだ。
だが翌日も、
線路の暖に増長した耳の痛みを耐え、
ぼくは音を聞き続けた。

なによりぼくを小躍りさせた事、
音が、
ほんのわずかずつ、
だが、確
かに、
成長している事であった。

弾丸だ。
弾丸が、近づいてくる!
音は日に日に、
巨大に、
成長し続けた。

そして耳をあてられなくなる程に
巨大に成長してからちょうど、
4昼夜を過ぎ、
大音響の中、
弾丸は目前を流星のように疾走した。

日課になった。
そして今日も、
ぼくはベランダの、木で作られたブランコを飛び降りると、
弾丸の音を聞き、位置を確認するために、
畑を走って横切った。

天罰は、
突然降臨した。

音が、
聞こえない。
音がばったりと、
完全に、
鳴りを潜めた。

耳を疑った、
もう一度、
いや、
何度も、
耳を線路にあてがった。
すると・・・。
やはり、
何も、
いっさい、
聞こえない。
共鳴しない。
伝達してこない。

血の気が引いた。
なんだかわからないまま、
ぼくは
なん分、
いや、
何時間
その場にいただろうか。
錯覚を祈るように、もう一度
耳を痛いぐらいにほじくってから、
線路にあててみる。

けれど、音は、
死んだままだ。

すると神がぼくの中に
突然降臨したようだった。
「いそげ」
そして、それはぼくに
「東にゆけ」
とだけ、伝えた。

意を決した。
家に戻ると。
リュックに水とあらゆる食い物を詰め込み、
一番おおきなナイフをベルトにさし。
弾丸が現れる
東にむかった。

線路はどこまでも、
どこまでも続いていた。
どこまでも、
どこまでも、
どこまでも

どこまでも
続く線路は、
しかし、
どこまで行っても、
鳴らないままだった。

500メートルはある、
深い谷の川の断崖にかかる鉄橋の上を、
風のハリセンに叩かれながら、
全身寒イボだらけになって渡りきった。

深い湿原を線路をたよりにつっきり、
ケダモノの鳴声にせかされながら、
どもまでも続く緑の森を走った。

突然、線路にまとわりつく
ムカデやヤスデが増え出した。
それは丈の低い森に差し掛かったあたりだ。
シダが線路に絡みつき、
やがて、
さびた匂いと、
焼け焦げた煙硝の
固い匂いが
鼻を突き始めた途端

突然開けた光景に、ぼくは時を失った。
大きなくぼみ、
さらに、大きな焦げ跡。

マッチのように飛び散った、
純白の、まくら木。
飴のように折れ曲がり、
切断された
線路。

何時間が、
すぎたであろう。
陰り出した陽に反射した線路の光に、

我を取り戻した。

動悸が早鐘になって、
ぼくをこずき、
うながす。
言葉にまとまらない警鐘に
背中を気圧されながら、
ぼくは走った。

弾丸の音を聞くために、
切断された線路の、
反対の端めがけ。

飛ぶように、
大きな穴を迂回すると、
東側の、
切断面が真新しい、
線路の元へ走った。

耳を当て、飛び上がる。
線路の、大音響が、
今まさに弾丸の到来を、
告げていた。
はるか彼方、
森を突きぬけ
真っ直ぐ続く、
立ち昇る積乱雲の
その下あたり、

と、
線路の彼方、
残照が、キラリと反射した。
その後、立て続けに、
虹のような残照が、
鏡に映された日光のように、
ぼくの目に飛び込みだした。
光の点が現れた。
見る間に点だった光が、
流線型の、
弾丸の顔に成長する。

トキはキタレリ。
トキは、急速に、
目前に迫った。
ぼくは、なす術もなく
辺りに、視線を泳がした。
線路は共鳴し、音の槍の束は
やがて地鳴りと爆音に成長し、
辺りを包む。

 

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