もうひとつの安部システムへの道

 

はじまり

 卒論に対する師の返信

この日から師と私の師弟関係は、始まった。


『プロローグ・発想の原体験』

ほんの50数年前。この国も、独裁制による、

暗い思想統制の時代をくぐりぬけている。

進化論を学び、最高教育を受けたはずの学

徒が、おしなべて「万世一系」という荒唐

無稽なアジに、嘘のように、理性を眠らされ

絶叫とともに、散っていったことの鎮魂と総括は、

完了せぬまま、風化しつつある。

マス・メディアにおいては、戦争ひいては時

代の被害者としての視点からのインタビュ−

と、ともするとそのような行為を美談化するコ

メントすら、横行する。

このままでは、戦争責任を弁済し、戦争という

現象そのものの発生原因を科学的に検証し、

抑止するシステムを構築し社会にフィード

バックするまでには、到底至りそうもない。

大きなある意味における「チャンス」を逸した

と、安部は指摘している。

安部の発言を注意深くみると、創作の動機と

して、若きころ関わった時代を、ながく内省し

ていたことがうかがえる。

 …国家が本来内包していたかもしれない戦

   争の病根にメスをいれるまたとない機会だっ

   たのに、人々はとりあえす国家に寛容になっ

   ていた。(死に急ぐ鯨たち) 

 …いくら欧米人が日本人を見られる客体だと

   言い張っても、侵略を受けた東アジア人は、

  見る主体としてふるまった日本人を忘れっこ

  ない。  

  日本人を映し出すのはサイードの方程式で 

  はなく、東アジアの鏡なのだ。だって仕方が

  ないだろう、日本人がコピーできたのはせい

  ぜい「モロッコ」どまりだ。戦後になっても「眼

  には眼を」のようなきびしい内省には縁がなく、

  いいとこ「ビルマの竪琴」で終わってしまう。

  …S62198716日朝日新聞夕刊、異文

    化の遭遇(中)より

成育地、奉天を、「極端に都市的な」街と安部

は紹介している。

都市的とは、農村的な共同体概念が働いてい

ないことと等しい。

安部公房は幼少の多感な時期に、この奉天で、

「五族協和」

という教育を受けたことが、後日日本の在り様

を客体化する、素養となったと、語っている。

満州、奉天の医師の子供であった安部公房は、

満州の小学校という当時特殊な政治状況にあ

った地域で教育を受けたため、「万世一系」とい

う洗脳教育をまぬがれる。

「五族協和」

は、中国人、ロシア人、蒙古人、朝鮮人、日本

人は、等しく兄弟である、という概念で、そのよ

うな風土で、のびやかに育った安部公房の目

には、あたりまえのように、「内地(本土)の人間

が、着座している中国人を足蹴にしてどかす」

姿が稀有に映ったのだ。

内地に帰り中・高等教育に移行すればする程、

学ぶ学問とは裏腹に、疑わしき思想統制に馴

染んでいく級友達の狭間で、安部公房は、孤

絶感を強めるとともに、集団化を促す言語機能

の強大さを目の当たりにした。

そして、敗戦。安部は、帰るところを、失う。

さらには強大な国家という壁の崩壊である。

「けものたちは故郷をめざす」にその体験の壮絶

さを、垣間見ることができるが、安部自身にとって、

最も印象的な事象は実は、

「市民生活のルールは、国家と異なる次元で成

立している」

ことだった。

これは、経済原理は、国家の存続とは一致せず

とも成りたつことの発見だ。

敗戦翌日、三つの軍隊と四つの民族のアマルガ

ムの中で、都市は、機能していたことに、深い感

動と感銘を、安部は受けた。

ところが戦後日本が目指した指針は、再び、「揺

るぎ無き国家の再建」である。

同じてつを踏まぬ「永続的な反戦システムの構

築」という重大なチャンスを、日本は自ら率先し

て放棄する。

宗教宗派、民族、人種、肌の色、国旗、国歌。

これらシンボル全ての効能は、帰属願望の充

足であり、その目的は帰属集団の拡充と啓蒙

活動に、必然的に向かう。

啓蒙活動を拒否した者は、どう処遇されるか。

時代によって異なるが、現代国家の尺度=国

家反逆罪の有無、にあるように、異端審問に

よるレッテル化だ。

これは、「集団の統制をより強固なものにする

作用」という二重の効果をあげる。

ナショナリズムによる、心地よい刺激。

やがて、体制は強化され、閉塞状況は窒息

寸前にいたり・・・。

国旗掲揚、国家斉唱の義務付け。

憲法改正。

成熟し、閉塞し、破綻したワイマール文化。

世紀末の現在、両者の状況はあまりに酷似

している。

そして・・・。

だが、安部公房は、語る。

絶望する能力に、希望を見出すしかない。

「必ずや、異端が、次の時代の牽引力を担う」

安部公房の予見は、いまのところ正確無比に、

的中している。

なわばり衝動の、最終形態としての国家。

だが、もしかしたら、その先の形態が、あり得

るのでは?

以来終生、安部公房は、その立証の旅に、

出た。

日本が誇る、この稀有な天才の旅は、ここ奉

天で、はじまったのであった。


『いとも軽々と』

いとも簡単に、安部文学は、既成のジャンル

を超越する。

「榎本武揚」は、従来の歴史小説を超えた歴

史小説であり、「第四間氷期」は、SF小説の

パイオニアとして、現在でも不動の評価を勝

ち得ている。

「密会」は、探偵小説の形式を借りて、それら

を凌駕し、一部には究極の愛の姿と、特に若

い女性の間で評判だ。

「箱男」は前衛文学の金字塔であり、「砂の

女」は日本が世界に誇る、現代文学の頂点

である。

「方舟さくら丸」は現代の代表作であり、「カ

ンガルーノート」と「飛ぶ男」は、それまでの

小説の到達域を超えた新しい作品といえる。

だが、安部が残した価値から考えてみると、

「小説家安部公房」はそれらの、氷山の一

角にすぎない。

小説家安部公房は、安部公房の価値の一

部でしかない。

最大のオリジナリイティ、それは、思索家・

科学者安部公房に、与えられる称号である。

安部公房の人間探求は、誰にでも公平な科

学というメスによって始められた。

医学、言語学、動物行動学。

特に晩年、成熟した分子生物学というツール

が、安部公房にとってなくてはならないメスと

なる。


『初期のツール』

大脳生理学者パブロフが、人間の言語機能に

対して示した「条件反射の積分値」という認識

への着目と評価は、医学の素養がないものに

はなしえない。

動物の行動原理となる

「遺伝子に組み込まれたプログラムによる行動

誘発、もしくは抑止のシステム」

にたいして、人間が獲得した言語はその積分

値であるという考え方は、精神を「脳という構

造」から発生した機能と捕らえることで人間の

探求を限りなく容易にした。

(ファシズムを抑圧するシステムの可能性の発見)


『臨床医学からのアプローチ』

東京医科歯科大学の角田教授による、右脳

左脳の分業を実証する臨床報告に、安部公

房はだれよりもはやく着目し評価している。

右脳はアナログ、左脳はデジタル的な情報処

理をつかさどり、脳梁が媒介になって、それら

の情報を電気的な信号でやりとりをしている。

言語野に障害を負うと例えば、急な凍った下り

坂に遭遇したとき、危険だと理解できても、そ

の角度で表現できない。

反対に右脳を摘出すると、角度を測定できても、

それが危険か否か、実感できないわけである。

ちなみに、日本人とポリネシア人の言葉の形成

だけが、母音に依存し、他の言語は子音となる。

「王を追う」を発声すると、母音のみで意味形

成がいかに容易なことか、わかる

その結果なにが起こるか。

日本人は赤ん坊の泣き声や、風や草花のそよぐ

音色を言語脳で捕らえ、他の人種は右脳で捕ら

えるのだ。

アメリカやフランスの電車のなかで、赤ん坊が泣

いていても、彼らはその音色によって、心配した

りはするが、無頓着に談笑できる。

が日本人は意味で捕らえてしまう結果、情緒発

生を誘発される。

疲れるのだ、非常に。

結果、日本文化は、左脳依存文化となり、右脳

閉塞に陥りやすい。

なにが、起こるか?

マンガが発達し、弦楽の作曲に弱い。

情緒過多に陥りやすく、システム的な思考の邪

魔をする。

教授は、センサーで行為を行っている被験者の

脳の活性度を測定し、上記の様な特徴を発見し

た。

(ちなみに、日本人が右脳で受け取る頻度は他

の民族に比べて極めて低く、弦楽をきいている

ときや、オルガスムスの時程度だ)

この発見は、実験を通して、脳の癖を解明する

ことで、日本語の特殊性に至り、それが、日本人

の生理学的特徴の表出に至っている。

安部公房にとって、精神世界が、科学のメスの対

象となったことの意義はきわめて大きい。精神活

動は言語機能そのもの、もしくはそれを媒介にし

て始めて成り立つと実証することは、精神という

曖昧モコとしたものが万人に共通のツールで解

析しえるからである。

そこから導き出される結論は、すなわち万人に

適用できる法則であるからだ。

さらに開頭手術前に行われた、摘出部位の機能

調査の為の開頭試術においても、被験者は、電

気的な信号だけで、さまざまな非現実の現実を

体験したことなどは、

「精神=脳という構造から発生する機能」

ということの証明に他ならない。

安部公房にとって、これは、大変な自信につながる。

平和の実現を謳う民族や、宗教や、国家という

「なわばり」が、実は、限りない紛争の動機となって

いる人間社会において、精神活動が、誰にでも平

等な、「科学」というメスの対象になり得れば、そこ

から導き出された回答は、必ずや紛争の解決の、

真の糸口になる普遍性を兼ね備えるはずだからで

ある。


『動物行動学との出会い』

たとえば、こくまるカラスは黒いぐにゃぐにゃした

ものに遭遇すると、例外なく回避行動をとらざる

をえない。

それが毛ばたきであろうと、襟巻きであろうと、

本命である「きつねの尾」とおなじ行動誘発から

逃れられないわけである。

(ローレンツ・ソロモンの指輪 参)

オーストリーの動物行動学者ローレンツ:ノーベ

ル医学生理学賞受賞のこの観察は、精神活動

を生理学的対象にとらえた安部公房にさらなる

強い確信を与えることとなる。

この行動原理にもれなく支配されているあらゆ

る動物の行動が、閉じたプログラムであるなら、

人間は、遺伝的に言語機能を獲得することで、

明らかに異なる次元にリープした…閉ざされた

プログラムを開いてしまった、突然変異種という

仮説が成り立つからだ。

認識が誕生する。

記憶が発生する。

アナログ情報のデジタル処理能力を、唯一動物

のなかで、獲得する。

なわばりが、飛躍的に拡大する。

社会が、複雑化する。

地球上の全てをなわばりと化す能力は、言語

機能を獲得した時点で、決定づけられたことは、

図らずも人間自身の足跡=歴史が証明している。


『さらに発見は続く・・・分子生物学』

人間が獲得した言語機能。

安部公房は多角的にそれを検証する。

更なるメスは新しい言語学。

それも分子生物学以降提唱され始めた、言語の

バイオプログラム説:チョムスキーとビッカートンに

よってである。

この新しいメスは、人間の負の側面を露呈する、

きっかけとなる。

「言葉を獲得した人間が、実は遺伝子の呪縛から

のがれられないでいる」

料理によって、クレオールの名前は世界に広まっ

た。クレオールは、実は言語学の用語であり、ビッ

カートンによって厳密に定義されている。

ピジンは混成言語で、クレオールは創生期の言

語である。ハワイに移民が集いコロニーを構成し

た。

労働は長時間に渡り移民たちは、文法は自国

語の上に単語は支配民族のそれをのせて、意

思疎通に利用していた。

例 日本語ピジン

   「トウ マッチ マニ ミイ  テインク 

    ケッチ ップ」

   「I think he earns a lot of money,

   though

当然その子供達の世代は、いわば、毎日の

殆どの時間をほったらかしにされる。


『取り残された子供たち』

最初は、異民族の子供達同志は、ピジンを

用いておそるおそるコミュニケーションを開

始する。が、子供達同志、仲が良くなれば

なるほどすぐに、ピジンでは複雑な意思疎

通が出来ないという、限界に直面してしまう。

なにしろ時間は腐るほどある。

すると驚くべきことに子供達は、あっさりピジ

ンを捨てまったく新しい言語、クレオールを

自分達で創造してしまうのだ。

これが、俗に言う、クレオール発生で、もっ

とも肝心な点は、親は子の話すクレオール

語を、全く理解できないことにある。   

これまで、言葉は後天的な学習のたまもの

で、教育がなくては、獲得しえないとされて

いた常識は、一気にここで崩壊する。

まさにこの瞬間わたしたちは、遺伝子の

鎖を切り言語機能を獲得した人間の言語

発生の瞬間に立ち会ったと言っても過言で

はない。

狼少年はレアケースでしかない。

クレオール発生は歴史上あらゆる文明と

呼ばれる地域でおきている。

集団の刺激が、孤絶され遺棄された環境

で、遺伝子の鍵を外し、言語をオートマテ

ィックに発生させるのだ。


『言語にとっての人間』

人間は、言語によって、黒いぐにゃぐにゃ

したものたちを区別する。

そして、それらひとつひとつに「命名」する

ことで、襟巻きを見て脱兎のごとく逃げなけ

ればならない、遺伝子に組み込まれた衝

動から解放された。

ただ、人間は一緒に幾つかの貴重な本

能も廃棄している。

たとえば、縄張りの境界線上や極端な分

布密度といった、例外を除いて、動物の

世界ではそれほど「同種殺戮」は頻繁に

発生しない。

組み伏した相手のオオカミの喉笛に歯を

突き立て、噛みたくていながら噛めないで

いるオオカミの話しは有名である。

ところが、言語機能を獲得し、食物連鎖の

頂点に立つ人間だけには、同種殺戮は可

能であるのだ。

言語機能を獲得した代わりに、同種殺戮

を拒否する“抑止力”を放棄してしまった

人間は、他の

“遺伝子に残る行動誘発のプログラム

によって、人間関係における摩擦を回避す

る術を失い、人間自身の未来を脅かされ続

けているのだ。

安部公房はそれを水道の‘蛇口’にたとえ

ている。

興味深いことに、遺伝子の鎖を断ち手に

入れ、飛躍的な発展をとげるきっかけとな

った言語がこんどは、その言語機能により

絶えず人間に、攻撃そのものがフィードバ

ックされる危険をも手にいれてしまったのだ。


『蛇口を開ける』

たとえば水道の蛇口を、思いきり開け放つ。

それは言語による集団への働きかけのひ

とつ、個別化を促す、サインである。

この時言語機能は、その効果が、最大限

に発揮される。

学習し、知識を蓄える。

歴史や科学について学び、理性を培う。

争いを否定し、人間の英知を信ずる。

脳は遺伝子を制御し、衝動は影を潜め

たかに、みえる。

そう、物心付いた頃から、大多数の人間は、

ほぼ例外無く、善悪を繰り返し、毎日、毎

日、ことあるごとに、叩き込まれているので

ある。それは、精神の緊張状態と、言える。

だが、現実は、太古の昔から、人間の歴史

は、イコール紛争の歴史なのだ。暴力がは

びこり、殺人や暴行、いじめや虐待のある

社会こそが、人間のアナロジーであることは、

はからずもまた歴史が証明している。


『蛇口をしめる』

蛇口をしめる。

それは言語により言語を眠らせるサイン、集

団化を促すサインである。

イニシエーションの導入には、なくてはならな

い機能で、まずこれで理性を麻痺させ、条件

反射により、服従を植え付ければ、イニシエ

ーションの完成である。

ヒットラーはこの言語機能の効用をもっとも熟

知していた歴史上の人物の一人と言える。

成熟したワイマール文化の中で最高の教育

を受け、知識と教養を身につけたかれらは、

この言語機能によって、儀式化し、理性を眠

らせ、暴徒とかしたのであった。

蛇口を閉める、それは、言語で言語を封じ、

遺伝子に身を委ねること。

理性と英知も、所属集団の旗振りと、巧みな

演説で、すぐに麻痺させられ、(蛇口はしま

った・・・)熟睡する。

そして旗への忠義が、全てに優先し、気が

付くと同種殺戮の真っ只中だ。歴史の証明

は、実は、いかに人間は遺伝子の支配下に

あるか、の証明といえる。

そこで安部公房は、不快の選択を提唱する。


『安部理論の完成』

言語による言語の刈り込み。

人間における平和の実現は、自転車をこぎ

永久に走り続けることと等しく困難であるとい

う認識。

つまりは、集団化の衝動に対抗する、唯一

の手段は、分子生物学に裏打ちされた、

人間の在り方への科学的なアプローチに

よる理解=衝動の客体化、に他ならない

と、晩年結論づけている。

「議会+立法+司法+教育府」

(ユネスコの国際円卓会議における基調

講演原稿である、「シャーマンは祖国を歌

う 儀式・言語・国家・DNA」死に急ぐ鯨た

ちが、その集大成といえる)

また、言語の創世記の記録でもある、ビッカ

ートンの「言語のルーツ」によって、

言語活動+アナログ処理=精神活動

に確信を得た安部には、さらに、国家の先を

みすえた、

「アメリカ論」という壮大な構想があった。

コロンビア大学で、日本人作家として始め

て、名誉人文科学博士を授与され、アメリ

カ芸術科学アカデミーの会員に推挙され

ながら、FBIに最後まで入国をマークされた

理由は、安部公房の理論こそが、唯一、

実現可能な、国家という、なわばりの最終形

態を超える可能性を、そこに、見出したから

に違いない。


『死に急ぐ鯨(=人間)たち』

鯨は、ソナーで、自分の置かれた位置を知

覚し、対象物を認識する。

自らが発した振動が対象物にはねかえり、

再び自分に届くことではじめて、対象物の

存在を認知できる。

が、ある角度のスロープは、その振動を鯨

に返さない。

つまり、鯨の能力では、ある角度のスロー

プをもつ、「浅瀬」を感知できない。

鯨にとってそれは、存在しているが、存在

していない。

存在を感知する能力(機能)をもちあわせ

ていないのである。

これは、現在の鯨の持つ遺伝子の、『穴』

といえる。

遺伝子は、自己複製子(コピー)を残す目

的でのみ、ビーグル(種)を作り出す。

人間の存在意義もここにあり、人間は遺伝

子を残す目的で造られたビ―グルの一つ

にすぎない。

したがって、人間が選択するあらゆる、一

見利他的に見える行動も、じつは、どこか

に必ず、「自己複製子を残す」という利己

的遺伝子の目的にかなった利己性が存

在している。

(主旨をはずれるので、詳しくは

ドーキンス『利己的な遺伝子』紀伊国屋書店

へ、難しい方は、

竹内久美子『そんなバカな!』文芸春秋。

ちなみに安部の同書の評価は低い。

安部は元国立遺伝学研究所の木村資

生による中立進化論を評価している。

無方向、無選択、偶発性という画期的

なカラクリの発見はダーウィン主義者で

あった安部の主義を変質させた力があった)

人間の遺伝子にも、鯨のように、種の保

存目的に重大な影響を及ぼす穴があい

ていたら?

そして、その穴は、人間にとって、「同種

間の・・・人間関係の情報処理能力の欠

落」という穴なのではないか?

卓越した安部の着眼点となった。


『アメリカ論』

動物のコロニーでは、腕力の強い者が、

強者になる。

が、人間のコロニーでは、腕力で強者は

きまらない。

多数派が、強者になるのだ。動物の世

界では、堅い皮をもち、強い牙を持つも

のが、リーダーである。

が、遺伝子の鎖を切り、言語機能を獲

得した人間にあっては、寒さを感じぬ野

蛮人より、寒さを感じやすい虚弱さが、

道具の発明の原動力になった。蛇口を

閉める言語機能は、実は、民族でも、

宗教でも、人種でも、何でもいい。

所属集団の旗振りの合図・・・縄張り衝

動の情動化で、その力を最大限に発

揮するのである。

ナショナリズムの心地よい刺激に誘わ

れ、レッテルを取得し、蛇口を閉られた

(=遺伝子の衝動に身を委ねた)烏合

の集団を言語で操る、選別された(=

「特別の」「選ばれた」つまり人間の選別

嗜好を満たすものならなんでもよい)

一部のナショナリストたち。

集団の結託をより強固なものとするため、

はじまる異端審問…。

敵対から、逃れられぬ宿命を背負って、

始めて、人となった人間。

言語機能を獲得する代償に、同種殺戮

という、他の動物にはありえない、能力を

手にした人間。

安部公房は、その謎を解明し、更に代案

の発表にこぎつけたが、実現化を見るこ

となく、永眠したのである。


『遺伝子の支配を拒絶する』

遺伝子の支配を拒絶する。

それは、獲得した言語機能のなかで、集団

化を促す言語機能、つまり人間のなかにひ

そむ、体内回帰の衝動にも似た、「遺伝子の

ゆりかごに身を任すこと」を拒絶する、いわば、

先祖=利己的選択=動物がえり、を拒否し、

もっとも人間固有の特徴である、個別化=不

快の選択=利他的な選択、を行うことの提唱だ。

言語機能、の挑戦。

だから、故に、なにより「もっとも人間らしい」

のだ。

聖戦の名のもとに繰り返される果てなき、殺

し合い。

公平な救いは宗教にないことは、やはり歴

史が証明している。

だが、科学による法則は、万人に公平である。

安部公房が、問題解決の為に、科学的なア

プローチを選択した理由は、そこにあった。


『安部公房が残したもの』

人間の科学的な情報処理能力は他種を卓

越している。

がしかし、人間の人間関係に対する情報処

理能力は、遺伝子の穴:欠陥と言えるほど、

ほとんど危ない。

ナノ・テクノロジーは原子配列の組替えに成

功することで、遺伝子の作成を理論的に可

能にし、バイオ・テクノロジーは、異生物を人

為的に作り出すことを可能にする。

いわゆる神の能力のうち、半分は人間の科

学が取って代わったわけである。

ところが、残りの半分は今もってかっらきし無

能なままだ。

科学技術が進化しても、科学の利用の仕方、

つまり人間関係の情報処理能力が進化しな

い影で、飢餓やテロ、戦争や虐殺は、むしろ

エスカレートする一方である。

ヒイキがヒイキをつくって、ヒイキする。選別嗜

好に導かれ、シンボル機能のもとに結集する。

次に異端審問を設け、異端者にレッテルをは

ることで結託し、縄張りを強化する。

「象徴」を掲げ、アジで蛇口を閉め集団を強固

にすると共に、所属者達の回帰願望を満たし、

排他する目標を掲げ(民族でも国でも人種で

も)従属させることで縄張りを拡大する…といっ

た、極めて単純で、普遍的な構図によって、で

ある。

そして、それらすべては、「快・不快」の原則で

いえば、快なのだ。

その謎に、安部は着目し、解析する。

  ・・・分子生物学者は、遺伝子の謎は解読しても、

    遺伝子の鎖をきったことで獲得したものが言語

    機能であるとは、気づかない。

    また、言語学者は大脳生理学の素養がないか

    ら、脳の分業によることではじめて裏付けられ

    ることに至らない。

    医者は、遺伝子の機能と目的を知らないから、

    脳の目的に踏み込めない(…言葉は人をほろ

    ぼすかNHK養老孟司との対談から)

安部のこの指摘は、現代科学が陥った閉塞状

況を極めて端的に示唆している。

科学が専門的に成れば成るほど、それを統合

し包括する頭脳の存在が必要となる。

そしてそこに切り込んだ、上記の実績こそが、

評価されなければなれない最大の功績なのだ。

これは、誰にでも可能なアプローチではない。

安部公房の卓越した能力と特異なキャリアが

あってこそ、俯瞰できる位置にあったのだ。

大脳生理学、分子生物学、動物行動学、言語

学、文学・・・。

それらを結び付け立体的なアトラスを造った安

部公房の功績は、計り知れない。

ただ、それを評価する声は、特にこの国からは

残念だが今のところ、発せられていない。

安部公房の、それらの研究を結論づける「動

機」「発言の意図」は実は容易に読み取れる。

そして、ここが最も重要である。

この危うく脆い操舵を繰り返す種であるヒト

の愛と憂い、さらには、弱く力なき者・なわばり

(国家・人種・宗教等)に疎外され抑圧される

者たちのこころの自由を等しく保証し、存続す

る安全を保証され得る、恒久的平和システム

の実現を切望してやまない、精神の祈りである。

晩年、安部は「文壇」や「メディア」という世俗

から距離をおき、あらゆるセクト(集団)的な香

りのものを、遠ざけ、人類という種の存続の為に、

孤独な作業を極める。

安部は、自費出版した「無名詩集」を最後の

時まで大切に持ち歩いていた。

何度でも言おう。

世界の最前衛を走り続けた作家「安部公房」。

実はそれらは、その存在の価値の、ほんの一部

でしかない。

(参照:安部公房全集 一巻 無名詩集 「祈り」)


『教育府』

ユネスコの国際円卓会議の基調講演用の草稿である

「シャーマンは祖国を歌う−儀式・言語・国家・そしてDNA」

は、後に毎日新聞社の社長の希望で、同新聞に全文が

掲載され、「死に急ぐ鯨たち」で、我々は読むことができる。

このなかで、安部は具体的に次のように、教育府を提案

し、その機能を定義づけている。

 ・・・一つ「国家信仰」を冷却させるための具体的な提案を

   してみたい。現在の民主主義制度はいちおう権力の

   楕円型二極構造から、立法、司法、行政の三権分立

   をとるまでに進化しています。この際それに「教育」の

   ための独立した「府」を追加し、四権分立にしてみたら

   どうでしょう。もちろん従来の意味での教育とは違いま

   す。DNAが≪ことば≫という鏡の前に立って自己発見

   するまでの、系統発生の歴史を教育基本法にすえた、

   新しい教育体系でなければ意味がありません。もはや

   どんなシャーマンの御託宣にも左右されない、強靭な自

   己凝視のための科学的言語教育です。存在や認識の

   「プログラム」を開く≪ことば≫という鍵を、ついシャーマ

   ンの歌にまどわされて手放したりしないための教育です。

   人間とはまさに「開かれたプログラム」それ自体にほか

   ならないのですから。

【アトラス】

 負の人類史の、回帰性を歴史的、体系的に

 まとめ、システマティックな支配における言語

 機能を時系列に整理する。

 一方、自然科学に対する情報処理能力の開

 発を、時系列的に整理する。

 その上で、

  ・蛇口をしめる…(理性を眠らせる・集団化

   を促進する)言語機能を解析することで、 

   人間の集団状態における遺伝子の行動 

   規制を体系化する。

  ・それに対して、蛇口を開ける(…理性

   化・集団を解体する) 

   言語機能を抽出し法則化する。

  ・そこから、経済原理に産業としてフィードバック、

   整理する。

  ・普遍的な人類憲章の構築と、国家を超えた

   教育府の創設。

 となる。

 それを具体化すると

 ・ヒト以外の縄張りを巡る紛争の法則にたいして、

 (動物行動学)

  ヒトのそれを解明し法則化する。

  (ヒト以外の遺伝子にプログラムされた行動原理

  へのアプローチ ・・・ツール:動物行動学)

 ・ヒトの遺伝子にプログラムされた行動原理へのア

 プローチ・・・ツール:ヒトの遺伝子情報によるアウト

 プットルートの確定ケースから集団状態の行動原

 理を解析 :アウトプットルートに対する言語機能の

 関与を法則化し、コントロールの方法を追求

   −遺伝子と脳の行動を選択する上での優位性

    をパターン化し法則にフィードバックする。  

   ・・・人間関係における情報処理法則として理論化

 その理論化された法則を教育システムとして体系

化し普及させる役割を担うものが、教育府である。

 (言語機能を麻痺させ、遺伝子の命ずる衝動に身を任す瞬間

 ・・・リンチ衝動や所謂“異端審問”だ・・・ 

 この効し難い誘惑には、“言語による刈りこみ”が不可欠

 であると安部はいろいろなところに、書いている。

 又、教育府はもっと適切な命名があれば変更したいと考えてい

 た。)

  さらに、その先「脳とコンピュータ」が重要な課題に

 なることを安部は指摘している。

 人間の遺伝情報として、越え難く設定されている、

 人間関係の処理。

  医学者・養老孟司は、“脳を包括する脳”を自ら実験的

 に模索しつつ、“脳を包括する脳が管理する社会”に

 希望を見出せない結果、脳自身が改変(成長)する

 可能性に期待すると述べている。

  “自転車を漕ぎ続ける覚悟”と評した現代社会にたい

 する認識は、安部もやはり養老孟司同様、脳の成

長に可能性を見出している。

 「閉塞された安全性に管理された社会」と、「解放され

 たリスクを内包する社会」

 どちらに向かう道を、社会・国家が選択するか?

 今後に期待したい。


『エピローグ・明日に向かって』

予測可能な未来。

それは、閉塞された現在の証である。

不安な状況、明日が見えない状況。

そのような状況であって、初めて、人間

は生きる事を実感する。

予測可能な未来は、精神を荒ませる。

安部の言うところの

「・・・僕は、安定と不安の、どちらを選

ぶか?と訊ねられたら、不安を選びます」

とは、まさにそのことである。

人として、人類の将来と対峙し、人間ら

しく生きることを追求する様。

安部公房は、最後に、その生き方で、

そのことの価値を、我々に語っているの

である。

誰もが等しく、恒久的に平和を享受でき

うる道を孤高ともいえる生き様で、我々

に示した、安部公房。

動物からリープし人間となった訳を解明

し、ゆえに最も、人間らしい道を啓示した

安部公房。

いつも師から紡ぎだされた言葉には、

あらゆる次元に存在する“ヒト”への

普遍的な愛と、祈り、そして苛酷な運命

への憂いが、かくされているのである。

 


「安部作品の秘密」

 『終わりに(少し、安部文学に触れて…)』

第二次大戦の開戦時、ドストエフスキー

のカラマーゾフの兄弟の二巻が他の人

に借りられていないことを祈りつつ、図書

館に走った安部公房。

最高の教養を身につけ、バッハのシャコ

ンヌやモーツアルトに感動し、涙したその

足で、虐殺を繰り返した、アウシュビッツの

将校達。がしかし、彼らがいったん文学に

感動してしまったら。

カフカやドストエフスキーを、いったん親

身に感じてしまったら。

それが虐殺を抑止しうる、最上の方法で

あり、言語機能の持つ可能性である、と

安部は説く。(文学独自の効果)

ただし、それは、ある良質な文学作品に

のみ可能である、と。

安部は、そうである文学と、そうでない文

学を厳密かつ明確に区別していた。


 

『次の文章の大意を述べよ』

日本の、国語教育の代名詞のような、

この設問。

文学作品は、必ず、意味を読み取ること

ができる、という誤った教育が、まかり通

っていることも、この国の特徴にあげられ

る。

本来、質を吟味する尺度は、感性で、読

解力ではないはずだ。

  「…たとえば、人生は赤い色をしていて、

  そこにちょっと緑がはいってる、それが大

  意なら、そう書いてますよ、はじめっから。

  それならなにも小説という形態をとる必要

  は無い訳で、論文やエッセイで書けばい

  い。小説というのは、まだ意味に到達して

  いないある種の原型を、作者が提供し、読

  者は、それを体験する。・・・たとえば、等

  高線の書かれた地図。目的に応じて読み

  方が変わるでしょう。際限無く読み尽くせ

  るでしょう。無限の情報ですよ、現実は。

  そういう情報をたたえてはじめて、小説な

  んだ。意味だけ読みとって、ハイ終わりじ

  ゃ。小説とはいえない・・・」NHK訪問イン

  タビューより


 

『では良質な文学作品とは』

「言語による現実の創造」である。

それは脳内過程という素養があって

こそ実現可能なプランである。

脳が入力できるアナロジーは、音波・

電磁波・振動。

 出力は、それに対し、運動しかない。

異なるアナログを電気的な信号で等価

交換できる能力。

その能力の、遺伝的な獲得こそが、言

語機能という運動を獲得した人間の、最

大の特徴であるが、逆に、言語の側から、

言語というツールで視覚・聴覚・味覚・触

覚体験を構築する試みが、じつは、安部

公房が創作活動上、試みたことだ。

世界広しと言えど、

『小説という表現形式を用い、言語機能と

いうツールのフィードバック機能を駆使して、

‘現実感覚’を読者の内部に再構築する試

み』

を意識的に実践した作家は、安部をおいて

他に私は知らない。

また、作品は作者の、産物である。

よって、作品は、作者に「創作意図」がある

かぎり、作者の能力と小説認識の表出の場

と、なってしまうのだ。

ここに「小説は、才能が試される」という理由

が、ある。

しかし、安部作品は、最初から作者に明確

な意図が、存在していない。

まだ、解釈されない、現実感覚を言語化す

る試みだからだ。

安部公房の作品に‘解釈’は、ご法度である。

安部の言う様に、感じて、楽しむのだ。


 

『たとえば箱男について』

「書くと言う行為の追求を世界ではじめて

行った小説」

これは、安部が、電話で私に直接語った

ことである。

読みたい!という衝動。

書きたい!という衝動。

この両者は、実は性質が、まったくことなり、

かつ、作品上で必ず必要なエレメントにな

る。

テクニックとしては、「書きたいことを、読み

たく仕上げる」となるが、箱男においては、

安部は、「書く必然性を作品上で成り立た

せる」という至難な課題を自ら設定し、克

服したのだ。


 

『たとえば状況表現について』

副詞をけずる。

「とても、きれいな、花」

副詞+形容詞+名詞

このセンテンスを読んだ読者は、前後の

状況を手がかりにして自分の過去の体

験の記憶から似つかわしいイメージを無

意識かつ自動的に、構築しているにす

ぎない。

この言語機能を無自覚に使用された結

果読者は、読書体験という現実体験の

中で、過去の自分の体験の記憶を、追

体験しているにすぎないのだ。(・・・逃避

の文学)

そこで、安部は、副詞を削る。

「コップが、キラリと、光った」

この場合作中人物の眼に映ったであろう

その状況に最適な、その時にしか見え

ない光り方、つまりは一度限りの光を新

たに、言葉で、創造するのだ。

「・・・夜のそこは白くなった・・・」

『雪国』冒頭

一ページ一月の創作ペースの川端康成。

「・・・貝殻の内側のような白い腋の下・・・」

『密会』

安部は、一行一週間だそうだ。

この二人の共通点はそこにある。

新しい表現の追求と創造。


 

『では評論は』

新しいテーゼの発見


図解・死に急ぐ鯨たち

行動様式のプロセス

1.生得説−刺激情報(電磁波、音波、振動、科学物質)によって解発される

       行動様式の関係・・・遺伝子に組みこまれ済み

2.動物−行動を誘発する刺激情報・・・アナログに限られる(音、光等のアナログ)

3.人間の誕生−刺激情報に「言語機能」が加わり、人間が生まれた

 つまり人間の特異性−デジタル信号を行動誘発のサインにすることが可能

               な「脳の機能」を遺伝的に獲得したこと

4.動物の行動様式−アナログ信号と行動様式が一対一対応する

            「閉ざされたプログラム」の世界

 人間の行動様式−言語機能の介入で、判断・記憶・選択が可能となった

            「開かれたプログラム」の世界

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

【フロー】

“人間の場合でも事情は変らない”−動物と同様:アナログ信号−振動:例 地震        −|

                                      −音:例 悲鳴          −|

                                      −視覚:例 表情筋       −| 遺伝子によ

                                      −嗅覚:例 カレー!      −| る行動選択

                                      −運動:例 とっさに手をつく −|

“ただ一つ人間が動物と違う点”−デジタル信号:言語機能獲得−集団統制機能  集団・儀式化−|

                                       (閉じたプログラム)

                                      −個別に反応する機能:個別化、理性化   言語による

                                       (開かれたプログラム)             行動選択

                                        ・・・幾つかの本能を廃棄(同種殺害不可)し

                                          人間の独自の能力として、獲得し確立した

                                          ただし、遺伝子に残る衝動の強靭さを安部は警戒                                       

 

人間の集団化社会による顕著な特色

−言語機能の発生により、群れの構造化・社会化が飛躍的に促進する。

−複雑化した社会の統制をとる為に、儀式強化・縄張り安定化を図る。

−儀式の慢性中毒状態              

−異端審問の発生による、縄張りの統制 

−戦闘の局地化、不確実化        ――――――――――  教育府ニーズの発生


 

 

安部の興味をひいた/安部が繰り返し言及した文献

…私が薦められた極上の書物たち

 

「ソロモンの指輪」         Kローレンツ  早川書房

「言語論」               Nチョムスキー 大修館

「言語のルーツ」         Dビッカートン 大修館

「群集と権力」            Eカネッテイ  法政大学出版

「オリエンタリズム」          Eサイード   平凡社

「私の名はリゴベルタ・メンチユウ」Eブルゴス   新潮社

「カフカのように孤独に」      Mロベール   人文書院

「日本人の脳」            角田忠信    小学館

「利己的な遺伝子」         Rドーキンス  紀伊国屋書店

「生物進化を考える」        木村資生    岩波新書

「脳内過程」              養老孟司     青土社

「神とヒトの解剖学」          〃      法蔵館

 

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