麻雀界の問題点

聞きにくい質問になるんじゃが、雀鬼さんについてはどう思うのじゃろうか? おそらくとつげき東北君とは対極の存在かと思うのじゃが、その反面、似ている部分もあるわけじゃよ。とつげき東北君と正反対の方向に突き進んだのが桜井さん、みたいな印象を受けるんじゃ。とつげき東北君の視点なら桜井さんあるいは阿佐田哲也さんのような存在は批判するのは簡単かもしれんが、そこでじゃよ、あえてディベートのように賞賛するとするなら、とつげき東北君ならどういった視点からになるじゃろうか?

20年間無敗と呼ばれる桜井章一氏ですね。自分は何でも『突き抜ける』ことに美を感じるので、中途半端な、小役人のような――おっとこれは自分自身のことではないですよ――『デジタルプロ』よりも、だんぜん桜井氏の方が好きです。これはディベートでも何でもなく本心ですよ。

自分の立場からは、桜井氏の超能力めいたものはフィクションと断定するよりありませんが、そのフィクションをどう活かすかという点において、ずばぬけているでしょう。

先に、映画のフィクション的側面について話しましたが、ノンフィクションのつまらない映画より、完成度の高いフィクション映画の方がすばらしいことは自明です。もう少し根源的な話になりますが、現代では、人間はある意味フィクションにおいてしか生きられない、ともいえます。

たとえば『愛』という概念は、中世ヨーロッパの宮廷文化で『作られた』フィクションに他ならないのですけれど、現代、『愛』は大切なものとされているし、実際にその幻想を駆動力として力を発揮する人がいる。人は『テレビ報道』を通じて事件を知り、憤り、恐れ、『テレビ報道』によって犯人逮捕を知り平静を取り戻す。あらゆる『フィクション的なもの』が、人々の内面に構造化されているのです。

そう考えたとき、もはや『フィクション』は、フィクションでない何かとして機能している事実を認めざるを得ないのです。桜井氏の話に戻りますが、力の源泉、圧倒するもの、威力あるもの、そういう、えもいわれぬ魅力が氏にはあります。

小役人のようなデジタルプロが誰なのか気になりますヨ。

そういうことに突っ込みだすと、ヤバイことになるじゃねーか?

じゃあ、とつげき東北さんが「美」を感じてしまうような『突き抜ける』という存在は、桜井さんの他には何があるんでしょうか? 人でも出来事でもいいんですが。

野球を突き詰めて世界最高峰の舞台で活躍するイチロー選手みたいなことかしら…?

ぜひ冗談半分にとっておいてほしいのですが、万引きしてつかまるのはとても愚かに思えます。一方で、緻密な計算に基づく完全犯罪によって大金をせしめて海外に逃げる、これはちょっとだけカッコイイです。

別に反社会的な行動がカッコイイという不良的な感性ではなくて、ようするに人間の力や知力の限界みたいなものに迫る、さらに限界にぶち当たるようなギリギリの局面でもがき、時には成功し、あるいは失敗する。そういう必死な姿は無条件に人を感動させます。

イチローはもちろんすごすぎですが、むしろイチローにはなれずにギリギリまで頑張るような選手に共感を覚えるのですね。それは自分自身、特別に秀でた才能を持って産まれなかったことによる、憧れと連帯感とを伴った複雑な感情、コンプレックスかもしれません。

麻雀のプロ団体は、やはり古くから引きずっている「麻雀=ギャンブル」的なイメージを払拭しようとしているし、華やかな女流プロが麻雀を盛り上げておる。その反面、ホームページでも書かれておったが、統一団体や統一ルールの整備も不完全じゃ。様々な思想が渦巻いておる。一方で君の研究をさらに発展させてくれるような人材を待ち望んでいるかもしれん。競技、ギャンブル、研究対象と「麻雀」と一言では語れない様々な側面があるわけじゃが、とつげき東北君個人としては、麻雀が向かう方向に何か期待するもの、希望するのものはあるかね?

もちろん麻雀界全体のいろいろな発展が必須ではあるのですが、こと自分の立場から指摘する点があるとすれば、『研究の発展のための人材・環境整備』というのが喫緊の課題でしょうか。

自分が『科学する麻雀』を出版したのが2004年。あれから3年近くも経って、どれほど麻雀界の科学的研究が進歩したのか。情報科学の世界では、3年もあればそうとう新しい知が生まれているのが常識です。もっともっとスピードを上げなければいけません。それは自分一人では到底無理です。

kmo2氏による『まったり麻雀』など、個々に優れたものが出てきている反面、いまだに『科学する麻雀のデータはクイタンなしで……』などと寝言を抜かしている愚図が大半です。

違法な賭け事をやって、今日はいくら儲けた、先月はいくら勝ったなどとやるのもアリですが、ごく一部の人だけでもいいから、早く目を覚ましてプログラムや統計学を覚え、麻雀を研究しなさいと言いたい。情報処理学会での講演や大学講義で『麻雀』が科学的に語られるなど、かつて考えられないことでした。ようやっと自分が運良くそこまで駒を進められたのに、続いてくる研究者のタマゴがほとんどいない。悲しいことです。

こればっかりは、とつげき東北君がひとりでがんばっても、できることは限られているしなぁ・・・。難しい問題じゃな。このサイトを見ている年齢層は若い人、潤一郎やメルのように10代の若者が多いんじゃよ。ネットや生活の中で「麻雀」という存在を知って、たまたまやってきた感じのじゃな。

彼らはこれから先、様々な場面で麻雀と関わったりすると思うんじゃが、何かアドバイスみたいなものをいただけんかな。麻雀のアドバイスでもかまわんし、麻雀との付き合い方、ギャンブル的なのはやめたほうがいい、みたいなところでもいいんじゃ。仮にこのページを読んで、とつげき東北君のような研究者に憧れている研究者のタマゴのタマゴの中学生、高校生がいた場合、まず何をすべきなんじゃろうか?

そりゃ、とりあえず「科学する麻雀」を読めって話になるだろうよ。

とりあえず『科学する麻雀』を読め。おっと、ジョーさん、さすが! というのはともかく、マジメに言えば、麻雀をファミコンと同じような『ゲーム』と捉えることですね。麻雀漫画雑誌の世界に出てくる『かっこつけ』の主人公にあこがれてはいけない。変な幻想を持たないことです。

同時に、簡単に投げ出さないこと。ゲームとわかった以上は、『ゲームをどうやって極めるか』『どうやって楽しむか』を見極める。友達とワイワイやって楽しむという選択も全然いいし、自分のようにバカみたいに研究に没頭してもいい。とにかく『ゲーム』だからこそ、『どうやって本気で向き合えるか』、それが一番だと思います。

それは大学受験の『お勉強』と同じですよ。『やらなきゃ』と思うとつまらないけど、『こうやりたい、こうなりたい』と思えば楽しめるし、それが結果になってくると思います。

あんた、こんなサイトで言うにはもったいないぐらいのセリフを言ってるよ。

毒舌の怖い人かと思ってたけど、お話を聞いてみると印象が随分と違うわね…

あらためて、こういう場にお越しいただいたのは光栄なことじゃよ。 次でインタビューも最後の質問じゃ。


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