初心者のためのマージャン講座 ルールと役の解説

TOP > 勝つための麻雀講座 >第13話 精神論
さて、いちおう最後になるが「運」「ツキ」「流れ」といったものに関しての考察じゃ。
博士、実際に「運」だとか「流れ」だとかあるのですか?
目に見えないだけに、簡単に信じることはできませんね。
う〜ん、これは難しい問題じゃな。証明できん以上は「ある」と断定することは難しい。しかし、証明できないからといって「ない」ということにはならんしなぁ。

ただ「運」だとか「流れ」だとかも、確率で証明できる部分もある。

たとえば、その勝負が自分に「ソーズ」がよく来る場だったとしよう。ツモしても、ツモしても「ソーズ」ばっかりじゃった。そんな時は、うまく流れにのって「ソーズのホンイツ・チンイツ」系の手にもっていくわけじゃな。ソーズの流れが来ているわけじゃ。

けど、これは確率で証明できる場合もある。4人のうち2人が「ピンズのホンイツ・チンイツ系」1人が「マンズのチンイツ系」の手に進んでいるとする。
Aさん ピンズのホンイツ
Bさん ピンズのチンイツ
Cさん マンズのチンイツ
こういう場合は自分 なぜかソーズを頻繁にツモしてくる

相手が「ソーズ」を持っていない状況じゃと、山の中に多くのソーズが眠っていることになる。だから、自分にソーズがよくくる。

なるほど。理屈で証明できる問題も含んでいるのですね。じゃあ、博士は運についてはどう考えているのですか?
そうじゃな〜確かに麻雀をやっていると、運の流れのようなものを感じる時もある。それがただの錯覚なのか、思い込みなのか、よくわからん。具体的には、ツイてる人は連続で上がったりするし、配られた時点で完成まじかの牌がきたりもする。とくにツキだしたら止められない人もいるわなぁ〜
そういった「やたらとツキがある人」にはどう対応するのですか?
そんなの知らない、というのが正直なわしの意見じゃな。

対応方法はさまざまじゃよ。たとえば、ポン・チーして安い手でもいいから、とにかく自分があがって運の流れをとめたり、ひたすら亀のようにじっとしている、ツキだしている人を調子ずかせないよにロンだけは絶対にさせないとか…まぁ、この「運」に対する考えは人ぞれぞれじゃよ。

『麻雀放浪記』『麻雀狂時代』といったギャンブル小説の作家 漫画『哲也』で有名な阿佐田 哲也 さんこと色川武大さんは、こんなことを言っている。

【一生ツキ続ける男はいない。一生ツカない男もいない。誰にだって風の替わり目がある。そのきっかけを確実にキャッチし、ツキを一杯に使う、それがギャンブラーの腕なんだ〜ぼうふら漂遊記より抜粋〜】

また、こんなこともいってるぞぃ。

【麻雀を点棒のやり取りだとしか思えない人は永遠に弱者である。麻雀は運のやりとりなのだ。点棒の流通は誰の目にも見える。が、運の流通は見えにくい。だから多くの人が無視する〜Aクラス麻雀より抜粋〜】

この人は「運」が存在している、と確信している。それが正しいのかはわからん。こういう考え方、思想のようなものもある。

ぼうふら漂遊記
阿佐田 哲也が本名:色川武大名義で出版。妻と別れた男が世界中の賭場を、インテリ秘書と巡るお話。


Aクラス麻雀
阿佐田 哲也の麻雀に対する考え方を凝縮したような本。ただの麻雀本ではなく、読み物としての十分に楽しめる。麻雀は「運」のやり取りという、独自の世界は面白い。
さすが文学者! なんか、言ってることがかっこいいですよね〜
そうかといえば、最近は「運」や「流れ」に左右されない「デジタル麻雀」なるものもある。「流れなどない」とキッパリ言い切る人もいる。 というか、わしとしてもこの統計の考えを推薦したい。「運」とか「流れ」とか、あるかどうかは知らんが、探してみたらけっこう「錯覚」「思い込み」といったケースもあるんじゃよ。


「確率」の世界を扱った「統計学」は、かなり奥の深い学問じゃ。機会があれば、ぜひ勉強してみるといい。

阿佐田さんを紹介したので、対極とも思える考え方の「とつげき東北」氏の著書「科学する麻雀」と谷岡一郎氏の「ツキの法則」を紹介しておく。両者とも「オカルト」と呼ばれる考えを否定しているので、なかなか読み応えがあって面白い。

で、こういった確率や運、流れ、統計といった科学と非科学、オカルトとデジタルが入り混じった麻雀の世界で自分がどういったスタンスをとるかは自分で決めるしかないんじゃな。

基本的に「確率」で行くなら、できる確率が高い「ピンフ」「タンヤオ」ばかりをあがり続ければいいんじゃが、なかなか完成させることができない「役満」を完成させるから面白さが生まれるわけじゃな。危険を切り抜けながら麻雀をすることに、緊張感と達成感が生まれる。

余談じゃが映画:レオンの最後に流れる音楽は機会があれば聞いてみておくれ。
ギャンブラーの歌なんじゃが、かっこいいんじゃよ。
科学する麻雀
とつげき東北

ツキの法則―「賭け方」と「勝敗」の科学
谷岡一郎








レオン ダブル・パック (初回限定生産)
殺し屋:レオンと12歳の少女マチルダの純愛を描いたストーリー。エンディングに流れる音楽はギャンブラーの哀愁を歌ったもので、個人的に好き。かっこいい歌なのでオススメです
麻雀は確率でもあり、確率の少ないことを成し遂げるからこそ、面白い、ってことですね。
「運」が存在するのかどうかはわからんが、心理学の対人行動や統計学などには、ギャンブルに応用できるものも多いぞ。有名なものではこんなものがある。

10円玉を6回投げて、裏と表の出る回数を調べるんじゃ。
潤一郎はどのケースが一番 多いと思う?
ケース1
ケース2
ケース3

なんとなく、形が奇麗な1や3よりも、ケース2の場合が多そうですね。
そう思いたくなるのもわかるが、これらの確率は全部一緒じゃよ。どれも同じ確率で発生するぞい。しかし、人間は形が奇麗なものよりも、偶然っぽいケース2のようなものを好んでしまう。カジノにあるルーレットで、5回連続「赤」が出たから、次こそは「黒」だろう!と思いこんでしまうことから、こんな思い込みを「ギャンブラーの誤信」というぞい。

「運」が存在するのかはわからん。しかし、運を最大限に生かす状況を用意することは、練習できるぞ。別に毎日、お祈りしろとか、ジンクスを守れとかではない。

ここが重要じゃよ。自分の腕が未熟なことを棚にあげて「運」に責任をなすりつけたがる連中もおる。

たとえば、「スジ」「壁」といった技術を使い、相手の捨牌をよく観察していれば、自分の今から捨てる牌が十分に危険牌であることがわかるはずなのに、技術を知らないためにロンされてしまう。そんな時に限って「今日はツイてないなぁ〜」なんて言う。

それって、「運」「ツキ」「流れ」とか以前の問題じゃよ。

ただ単に下手なんじゃよ!

横断歩道で待っていて、道路を走る車に自分から飛び込んで怪我をして、「車に跳ねられるなんて、今日はツイてないなぁ〜」なんて言うのと一緒じゃな。運が悪いとか、流れが悪かったとかじゃないじゃろう? ちゃんと赤信号のサインが出ているのじゃよ。それを見落としている方が悪いんじゃ!!ハァハァ・・・

博士、興奮しないでください。それにしても、なかなか厳しい言葉ですね。
運が存在しているかはわからん。存在しているとしても運の強い人間、弱い人間もおるじゃろう。それはどうしようもない。

ただ、運を最大限に生かす場所を用意することは、誰にでも練習すればできる。むしろ、技術を知っていれば、運まかせの初心者に負けることはそうはないと思うぞ。

人知を尽くして天命を待て!じゃよ。
運がいいとか、ついてないとか、神に祈るのは、できるかぎりのことをやった後でもいいんじゃ。

おのれの敵はおのれじゃ!

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