ギャンブラーについて

さてさて、今回は基礎知識・基礎用語とは違うが「ギャンブラー」という人種について考えてみたい。というのも「ギャンブラー」といえば、いかにも「楽して稼ぎたい」「一攫千金狙ってます」というイメージがあるので、それは間違いだ、といいたいのじゃ。

あら、そうなの?
ワタシの中では「ギャンブル」に熱中する人って、楽して稼ごうとしている人ばかりだ、ってイメージがあるんだけど。

メルが抱くイメージも間違いではない。実際、楽をして稼ごうとするギャンブラーも多いわけじゃが、そうではない人もいるんだよ、と言いたいわけじゃ。

阿佐田哲也さんも言っておられるが、ギャンブラーは本質的には勤勉なんじゃな。ギャンブルに熱中している人ほど、勤勉で努力家だというケースもある。

それってどういうことなの?

たとえばじゃ、周りにいる競馬好きの人を思い浮かべてみるといい。競馬に熱中している人ほど、毎週新聞を買って、馬の状態やレース展開、芝の状況、過去のデータといったものを深く研究している。

パチンコ好きでもいい。ワシの知り合いのパチンコ好きは、前日にパチンコ台のデータをとりに行って、当日は朝の6時から開店時間が来るまでじっと待ち続ける。大阪から、関東に遠征パチンコに行った、という話もあるぞぃ。

こういったことは、決して「楽して稼ごう」ってわけじゃないじゃろう?

そうね、それにしても朝の6時からパチンコ店に並ぶなんて、すごい努力ね。

先に紹介した「イカサマ」にしても、イカサマを習得するには、かなりの練習が必要じゃ。そういった努力は惜しまないわけじゃよ。

ギャンブル=イチかバチか =運まかせ
という風に考えられがちじゃが、本当にギャンブルを知っている人は、むしろ、極力「運」の要素を排除する傾向にあるわけじゃ。つまり、データを研究して、状況を判断して、「運」に頼らなくても勝てる状況を創りあげていくわけじゃな。

有名な剣豪に宮本武蔵というおっさんがおったじゃろう。知っておるか?

巌流島で佐々木小次郎と闘った人ね?

そうじゃ、これはワシの憶測じゃが、佐々木小次郎と宮本武蔵の腕はそう変わらない、互角ぐらいのものじゃったと思う。佐々木小次郎は当時、西国一の天才剣士と呼ばれた存在じゃった。つまり、武蔵にとっても、小次郎に勝てるか負けるかはわからない、ある種の「ギャンブル」じゃったわけじゃ。

そこで、宮本武蔵は考えた。

知ってるわよ。わざと試合に遅れて、相手をイライラさせたりしたんでしょう?

そうじゃ、小次郎は3時間ぐらい待たされたわけじゃ。武蔵の策略はイライラさせるためだけではない。浜辺で朝から3時間待たされた小次郎の体は冷え切っていたのに対して、武蔵は海風で体を冷やさないように細心の注意をはらった。

同時に、小次郎の刀の長さを事前に調べ上げて、それに対抗しうる武器を作った。そして、いよいよ対決になった時、小次郎が捨てた刀のサヤを見て
「勝つものがどうしてサヤを捨てるんだ? お前の負けだ」
みたいなことを言って、小次郎を怒らせ、冷静さを失わせたわけじゃよ。

かなり念入りな準備と思ったらいい。

へえ~ なんだか卑怯な戦いかたね?

まあ、卑怯といわれれば卑怯かもしれんな。そうやって武蔵は「勝つ」状況を創りあげていったわけじゃよ。宮本武蔵が強い剣士、というのは、ただ単純に剣の腕がすごかっただけではなく、勝てる状況を作り出す能力がすごかったのじゃとワシは思う。

格闘家に「ヒクソン・グレイシー」というおっさんがおるが、これは400回戦って、1度も負けたことがないらしい。

すごいわね。400回も戦って1度も負けないなんて…

確かにすごいが、400回戦って1度も負けたことがないからといって、ヒクソン・グレイシーが世界で一番強い人にはならん。おそらく、ヒクソン・グレイシーより強い人なんて、けっこういると思う。「400戦無敗」という肩書きだけなら、ワシだって手に入れることができるぞ。そこらへんの小学生と400回戦えばいいんじゃからな。

それでも、ヒクソン・グレイシーがすごいのは「負けそうな試合は初めからやらない」という姿勢が徹底しているところじゃな。勝てると判断した人しか試合はしない。ルールが自分にむいていなかったら、試合はしない、といった宮本武蔵のような側面がある。

けど、それって夢がないっていうか、男らしくないっていうか、そんな感じよね。

そうじゃな。それは考え方の違いじゃと思う。麻雀でもなんでも、何を目的にやるのか? って部分じゃろう。

勝ってお金を稼ぐためにギャンブルをするなら、宮本武蔵やヒクソン・グレイシーの方法は、極めてまっとうな正攻法じゃ。よく言われるのは、言葉遊びのように聞こえるかもしれんが、長くギャンブルをやるなら勝つことを考えるよりも負けないことを考えるんじゃな。
男のロマンやビリビリする緊張感、切迫感、ゲームとしての面白さを求めるなら、宮本武蔵らの方法は、なんとも退屈で面白味がないものになるじゃろう。

麻雀=ギャンブル=イチかバチか
というイメージは確かに存在するわけじゃが、中にはそうではない人達もいるんじゃ、ということは、知っておいて損はない。メルの麻雀にかける思いにも、少し変化があると思う。

そうね、相手が勝つためには、どんなことでもやってくる人だったら、対戦するワタシは、勝つために、その上をいかないといけないわけだから・・・なんだか大変そうね。





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