おとのHistory

1960年代前半  広島県で生まれる。
小学時代  これと言った趣味はなかった。強いてあげれば自転車で遠乗りをすること。小4までテレビの音楽番組は嫌いだったが、小6になって歌謡曲を聴き始める。流行歌はほとんど歌えた。
中学時代  歌うための伴奏にギターを買う。演奏スタイルは、pick使用の弾き捲り系。初めて弾いた曲は、浅田美代子さんの「赤い風船」。南沙織さんの大ファン。
高校時代  ギターを弾く傍ら、吹奏楽部に入部。楽器はTenor Sax、他にAlto Sax、Bass Clarinet等を吹く。原付免許取得、続けて小型〜中型自動二輪免許取得。チャッピー50(ヤマハ、変速なし)、チャッピー50(3速マニュアル)、GA50(スズキ)RD125(ヤマハ)と乗り継ぐ。
1年間のblankあり。
大学時代  軽音楽部に所属(なぜか漢方薬研究部にも所属)。Tenor Sax奏者から、Vocal、Drummerに転向し、最後はGuitar+Vocalで終わる。自動二輪限定解除に挑戦し、なんと1発で合格(つい最近までこれが自慢、今は学校で取れるのが悔しい)。XJ400(ヤマハ)XJ750E2(だったかな、ヤマハ)の他に、借り物のダックス50(ホンダ)、RZ250(ヤマハ)、Jog(ヤマハ)、GSX750(スズキ)などを乗ってみたりする。配偶者さんでもある、もものお母さんと知り合う。卒業までに7年の歳月を費やす。
現在  音楽活動はMIDI中心に移る。ももがやって来てから最近は余り活動していない。オートバイもあまり乗っていない。FZR400(ヤマハ、お母さん専用、手放しました)、FZR1000(ヤマハ、ほしかった。でも、手放しました)。現在はカワサキKSR-IIを所有。


おとのオートバイのHistory
ヤマハチャッピー50

 写真は、紫の暖簾たこ・んぶ さんに頂きました。最近、検索とかしてなかったので気が付きませんでしたが、チャッピーを扱ったHPもあるんですね。

 初代(変速なし)は、購入後1ヶ月でおとの前歯4本と引き替えに歯医者(廃車)。2台目は3速マニュアル。当時、ダックス50(ホンダ)が流行っていて、改造パーツもかなりでていた。カブとモンキーもほとんど同じパーツが使用できるので、ちょっと恐い系の友達はみんな乗っていた。このチャッピーは、基本的に母の通勤用なので自分のものがほしかった。最速だったのはたぶんCB50だったが、ここ一番の加速では負けなかった。ハスラー50が欲しかった。

スズキGA50

 写真は和田さんに頂きました。まだ現役で走っているそうで、羨ましいです。大事に乗ってあげて下さい。(このバイクの写真は絶対にない!!と思っていましたが。なつかしいと言うか、ちょっと涙が出てしまいました。)

 どうしても自分のバイクが欲しかったので親に内緒で友達から買った。この時には、たぶんスズキはRG50を出していたと思うのでかなり旧車(和田さんの情報では1974年製だそうだ)。大きく見せるBike、GTサンパチ(スズキ)、やかんタンクのHawk2(ホンダ)などが流行っていたので、このバイクはタンクも大きく気に入っていた。弟はぶくぶく50と呼んでいた。ただし、自転車のダイナモに負けるくらいlightが暗く、夜間はとても乗れなかった。我が高校は、3無い運動(ちょっと古い?)はなかったので、これに乗って広島の運転免許センターに小型二輪を取りに行った。5回目でやっと合格。

ヤマハRD125
 この頃は写真を取らなかったのか?。やはり無い。GA50と交換+αで友達から買った。サイレンサー(レンコン)が壊れていて物凄い音を立てて走っていた。2サイクルらしく加速は心地よかった。警察に度々止められたが、親父の名義だったので「直してもらいマース」としらばっくれた。中型二輪を取りに行っていたが、試験官に目を付けられるので、母のチャッピーを拝借した。中型二輪の試験車はRD400とGS400で、初試験はRD400が当たり、兄弟車だからとRD125のつもりでアクセルをあけたら出発の時ウイリーした。4回で合格。あまりにうるさいので、親父がレンコンを自作した。
 写真は、紫の暖簾たこ・んぶ さんに頂きました。写真をクリックすると紫の暖簾に飛びます。そこから、第2の部屋に入って、下の方からRD-125の部屋へ入れます。
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ヤマハXJ400
 新車。大学の構内。後ろに移っているこの校舎は今はない。購入して直後くらいのnormalの状態。バックステップを入れてswallowハンドルにしたら、その後30分で2回白バイに捕まった。2回目は、「ちょっと前に捕まりました」と青キップを見せ、「これからハンドルを変えるためのお金を銀行に下ろしにいきます」と言って許してもらった。ノーマルに変えるのはヤなのでRZ250の純正ハンドルを購入して装着。ノーマルよりポジションがぴったり。このバイクは、本州の山口県と東北以外の全県と北海道を走った。北海道のツーリングの時は、セルモータが逝かれていて、毎回押しがけの連続だった。限定解除合格。フロントホークのoilシールが逝かれ、エンジンのガスケットも逝かれてきた。結局、弟にあげた。
ヤマハXJ750E-
 湘南?近くの海辺だと思う。ハーフカウルが付いていて角目light、おまけにシャフトドライブと来た。AGVのヘルメットもお揃い。ペイントした訳じゃなくて、既製もの。軽自動車に突っ込んで、フロントフォーク曲がりとエンジンフィンが欠ける。タンクのストレーナーが外れて(気づかなかった)キャブが詰まり、東名で最低速度違反で捕まる寸前だった(30km/hしか出なかった)。Upハンドルは気に入らなかったが、750ccってすごい。ポジションは楽で、中央、名神、中国自動車道と広島まで走ったとき、余りの楽さ(疲れ)に寝てしまった。バイクの居眠り運転って?
ヤマハFZR400
 雨の海老名SAにて。配偶者さんのマシ〜ン。中古だったが、買って3分で2回転倒。この頃のバイクは、レーサーもどきが多く、やたら名前にRが付いていた。好みのポジションだが、ちょっとシートが高い感じがする。シュンシュンとよく回るエンジンで、舎弟が4耐に出るときのspareとして鈴鹿に持っていった。意外と写真は綺麗に写っているが、数回の転倒のため結構カウルは傷だらけ。でも、アンダーカウルが壊れて無くなっているFZRはよく走っていたが、これはちょっと綺麗に見える。東名で1回捕まる。「80Km/hってトラックが恐い」と配偶者さんは語っていた。
 残念です。2001年3月でお別れしました。
ヤマハFZR1000

 東北の何処か?で撮った写真。仙台、松島まで行って、蔵王を通って山寺、南下して磐梯山を通って帰宅。2泊3日のツーリング。400と1000ccなので高速は比較的楽だよね。途中で東北道の黒い車の屋根から赤いランプが出て前の車を止めていた。配偶者さんは、「覆面」見たの初めてだったのでひどく不思議がっていた。立ち転け1回、その他無傷。この手のバイクは、カウルのscreenがすぐに傷になるので、カバーを掛ける時は、バスタオルや古いトレーナーなどをかぶせてから掛けた方がいいよ。さすが1000cc、750ccとはちょっと違う。180Km/hからでも平気で加速するからね(公道では試さないように。これは他人から聞いた話です)。それから、POWERや重量に比べてブレーキがちょっと貧弱か、効きが悪い。

 2004年10月、ついに手放しました。そろそろ1000ccは体力的につらいので。。。。

カワサキKSR-II
 世の中4ストローク・ブーム?なのか、どっちを向いても4スト・マシーン。このくらいの大きさだと、2ストの方が重さとか馬力とかで有利だと思うのだが。
 50ccではスピード違反が恐いし、125ccではちょっとでかすぎる。90cc位の2スト、スクーターを探していたらこれが見つかりました。水冷2st.単気筒ピストンリードバルブ、79cc、47.0x45.8mmのショート・ストローク、10ps/8,000rpm、0.95kg-m/7,000rpm、どうだ!。こんなンでも、フロントにはしっかり倒立フォーク組んであり、スイングアームにも補強が入っている。
 最初は、オフロード車の乗り方にとまどい、シートのかなり後ろの方に座っていたが、商店街のガラスに映る自分姿に愕然!オフ車は、前目、タンクギリギリに座りましょう。タコメーターが付いていないので、どの位回っているかはわからないが、2ストらしく下はスカスカ。回さないとパワーがでない。時速100km/h位は出そう(スピード違反)で60km/h位で巡行(これもスピード違反)しても安定している。これ以上出すとハンドルの振動で手がしびれる。
 唯一の欠点は、フロントの泥よけが短いこと。タイヤがオフ車用のキャラメル・パターンなので濡れた路面の水を良く拾う。これがそのまま後ろに飛んでいけばどうって事無いのだが、タイヤに付いたまま泥よけを越えて前で水滴となる。それが、走行スピードに合わせてヘッド・ライト越しに自分まで飛んでくる。もう、ヘルメットのシールドまで泥泥・・・・。ジェット型のヘルメットでは、顔が泥パックになってしまう。
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