『おめでとうございます』と新年の挨拶を交わし、初詣に行ってから、もうすぐ半年・・・日々の流れは早いものです。
もう、ぼちぼち『梅雨』・・・農耕が全てだった頃の梅雨は『恵みの雨』だったのかも?知れませんが
大雨・集中豪雨となれば、がけ崩れ・土石流・洪水・・・等の被害・・・となります。
逆に空梅雨となれば、水不足となり、節水・断水となって生活に悪影響が生じ・・・これも厄介な事です。

そんな、夏を目前にしたこの季節・・・全国各地の神社で、執り行われるのが
『茅の輪くぐり』でして、鳥居や楼門に、萱で作った大きな輪が置かれ
その中を数字の8の字型に3回潜り回って『無病息災』を祈る・・・という神事です。




≪ 元を辿れば 宮中儀式 ≫

でも『夏越の祓い』・・・という言葉から捉えますと
『夏を越す為に、御祓いをする』・・・この夏を元気・無事に過ごせるように
茅の輪を潜って、厄・災いを祓う・・・そんな事のようです。
言い換えますと、夏を向えようとするこの時期・・・昼間が長くなって『冬の頃』と比べるると
明るく活発になって『躍動する季節!』となるのですが
同時に『風水害』や『伝染病』による災害を受ける厄介な季節でもあり
ここを『如何にして切り抜けるか?』・・・『災い転じて福と為す』にあるよう
災い祓って福を招く・・・これに『夏越の祓い』に集約されているように・・・感じられます。

天道神社の茅の輪
● 天道神社(てんどうじんじゃ)の茅の輪 ●

『夏越の祓い』・・・元を辿りますと、奈良時代の末期に始まったとされる
『大祓(おおはらえ・除災行事)』が、平安時代になって
正月から数えて真ん中の時期・大晦日に対する『六月晦日の神事』と重なり
朝廷では、神社や宮中で、悪霊退散・五穀豊穣
国家安泰、等々を祈って執り行われた神事へと発展したようです。

スマホやネット・パソコンは言うまでも無く、明日の天気でさへ予想できなかった時代
大雨による洪水・台風・干ばつ、等々への対策は全て
『神頼』で・・・神社参拝そのものが危機管理であり、経済対策であり、政治政策だったのです。
私たち現在人は『茅の輪』を『まじない』『風習』として潜りますが
古人のとっての『茅の輪』は、正しく『夏越の祓い』で
真剣に手を合わせ、真面目に祈りながら潜った・・・のは確実のようです。

斎宮神社の茅の輪宮 車折神社の茅の輪
● 齊宮神社(さいのみやじんじゃ)の茅の輪 ● ● 車折神社(くるまざきじんじゃ)の茅の輪 ●




≪ もうひとつの夏越しの祓い ≫

そんな・こんな・・・私たち現在人が目にする・参拝する『茅の輪くぐり』とは、全く異なった
『夏越しの祓い』が、平安の頃、神社や宮中に存在していた・・・ようです。

それは『氷の節句』とか『氷の神事』と言われたようですが、全く聞きなれない『夏越しの祓い』で
真夏を迎えようとする、旧暦6月1日(新暦=6月末から7月の初めの頃)に
冬の間に作って『氷室(ひむろ)』貯蔵しておいた『氷』を、神に捧げ『五穀表情・無病息災』を祈る・・・という
そんな神事だった・・・とかで、平安時代から、鎌倉・室町時代まで執り行われていたようです。

要するに・・・真夏を迎える直前に、神に氷を捧げて
その『お下がり(氷)』がとけない間に
参拝者が口にして・・・『国家安泰を祈る』と言う神事
もっと極端に言えば
『氷を神に供え、そして皆で食べる!』という儀式・・・です。

この幻の神事・・・『氷の節句』とか『氷の神事』の名残が
京都の和菓子水無月(みなづき)のルーツなのです。

京都の菓子 水無月(みなづき)

この神事・・・主役である『氷』が問題でして、製氷機は、言うまでもなく『冷蔵庫』そのものが存在しなかった時代ですから
『夏の氷』が貴重品というより『どうして夏に氷が?』という
疑問を持ってしまいます。
そこで、冬に作った氷を『夏までストックしていた』と言われる『氷室』について触れる事にします。

● 高御座(たかみくら)の置かれた紫宸殿(ししんでん・左)と、氷(右)●




≪ 都(京都)周辺にあった氷室 ≫

延喜式によると『都の周辺に氷室は6箇所存在していた』とかで、神事に使用する『氷』ですから
『今年は、天候不順で、氷がないので神事は出来ません!』という分けにも行かず
製氷技術・貯蔵が自然界に頼る当時・・・大変な事であったと思われます。

その所在地について調べてみますと、1ヶ所は不明ですが他の5ヶ所は略判明。
下記の図に従い向かって左から、先ず最初が御室(仁和寺)の裏山(住吉山=右京区)の『御室の氷室』
次が、金閣寺の西(衣笠氷室町=北区)『衣笠氷室』。3番目が京都と若狭をつなぐ旧週山海道沿いにあったという
西賀茂西氷室町の『西氷室』4つ目が、西氷室の北東にあった氷室の中心的な
役割をはたしていた・・・とされる『本氷室』。

平安京の氷室絵地図

平安京絵地図
平安京絵地図

そして最後が、高野川沿い(花園橋の東・鯖街道沿い)の『上高野氷室(かみたかのひむろ)』以上5ヶ所
地図に記して見ると旧御所(平安時代の御所=現在の京都御所ではない)の北側を
取り囲むように存在し全て都の北に位置しています。
それは、北が寒いという気候的な条件も当然あるのですが、もうひとつ、全て御所に向かって下り坂で
一番遠方に思える氷室町からも、2時間もあれば十分御所に到達するという
地理的な条件が加味されていたようです。




≪ 跡地が残されていない西賀茂氷室(本氷室)以外の氷室 ≫

上高野氷室 『鯖街道』という愛称で親しまれる小浜(日本海=福井)へ通じる街道沿いに
位置し現在も『氷室山(左下の写真にある山)』の他にも
『西氷室町・東氷室町』という地名が残されいます。でも、全体的に住宅街となって、氷室の痕跡は見当たりません。
ここから高野川を下りれば旧御所まで1時間半もあれば、十分の場所です。
また付近には、修学院離宮・宝ヶ池国際会館があり
氷室山の直下の白川通りは、高校駅伝・女子駅伝・車椅子駅伝が通過する道路でもあります。
高野川 奥高野・氷室山
● 旧鯖街道(現在の国道367号線)沿いの高野川 ● ● 背景に瓢箪形に見える、奥高野の氷室山 ●




京都有数の観光スポット『金閣寺』の西側で、金閣寺参拝の位置から見れば
真裏に位置します。『衣笠氷室町』という地名以外、何も残っていません。 
金閣寺裏氷室
衣笠氷室町 グラウンドになった衣笠氷室池
●『衣笠氷室町』を記す市営バス停留所 ● ● 私が子供の頃、氷室池と呼ばれた池のあった場所 ●




御室山氷室 御室桜で有名な真言宗寺院『仁和寺』の北側の山中で氷室が存在した陰も
何も見当たらず、現在は山のみの場所となっています。
この山中・山裾に存在いしていたのでは?と推測される御室(仁和寺)の裏山付近 
御室の裏山御室の裏山




京都市内から本氷室(今回取材の氷室)へ向かい氷室神社へ到着する
直前の集落地域で『西賀茂西氷室町』という地名以外、何も残っていません。 
西氷室
西氷室町付近西氷室町付近
前方の山裾に氷室があったのでは?と推測される西氷室町付近の風景




≪ 跡地が残された 本氷室 ≫

約壱千年着座されていた天皇が明治と共に東京へ移られ、京都の町から活気が失われ始めます。
その一つが、この『氷室』でして『氷の節句の神事』も消え
同時に神事に用いる氷も不要になり『氷室』も消えたようです。
中でも一番に目だって消え去ったのは『天皇に献上する氷つくり』を司ってきた村の活気で
天皇が東へ下って、氷が消え、村は冷え切った・・・とか?です。

氷室の集落氷室の集落
氷室の集落風景

でも、村人たちの『天皇に献上する氷つくりを司ってきた!』という誇りが
跡地を残したようで、村の北西(氷室山)の裾(杉林の中)に3基その痕跡が見られます。
写真にすると見難いようですが、直系5〜6m位の窪みになっていて
当時は、穴があけられ地下室状態で、地上部分は、推測ですが
おそらく石川県湯涌町に残されている(左に写真)氷室のような
茅葺・藁葺つくりになっていたのでは?と思われます。
石川県の氷室
氷室の跡地 氷室跡石碑
● 写真では見難いですが点線で囲まれた部分が窪みになって残された氷室の跡地 ● ● 氷室の跡地を記す石碑 ●




≪ 氷室神社もあります ≫

西賀茂氷室町にある『本氷室』の村には、昔の名残を残す様に『氷室神社』が現存します。
氷室神社の裏に昔は、大きな池があって、そこで天皇に献上する氷を作っていたとか?
神社は、氷室池の守護神だったのか?どうかは不明ですが、天皇へ献上する氷づくりを見守ってきたのは確実で
現在の『氷室神社』御世辞でも、立派何て言えば叱られるそんな神社ですが
江戸時代頃までは、決起盛んだったと伝えられています。

氷室神社本殿 氷室神社参道

百人一首を編纂した藤原定家は、氷室の村に足を運んだ際
『夏ながら 秋風たちぬ氷室山 ここにぞ冬を残すと思えば』と詠ったようです。




≪ 町衆・庶民の夏越しの祓い ≫

現在各地で見られる『茅の輪くぐり』というのは、明治時代になって、天皇政権復活と共に、官幣社が各地に設置され
その儀式(作法・習慣・風習)として政府が奨励した事に始まりを見るのが殆ど?と言われています。
平安時代に執り行われていた『夏越しの祓い』というは『神事(かみごと・人智では得られ行い事)』で
単なる『儀式』では無く・・・京都の『それ』とは
少し異なっているようですが『茅の輪くぐり』は、残ったのです。

北野天満宮の茅の輪くぐり風景
● 北野天満宮(きたのてんまんぐう)茅の輪くぐり風景 ●

でも『氷の神事』は消えさり、その跡地ですら、時代の流れに埋没してしまいそうです。
観光に京都にお見えになって『氷室の跡地を!』というのは難しいでしょうが
『茅の輪くぐり』で『氷の神事』想い浮かべていただければ幸いです。




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責任者 = 山内克己:京都府乙訓郡大山崎町円明寺鳥居前8-5-P-101
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