発声を科学してみる。

■序章■

ここでは世界的な名テノールのジュセッペ・ジャコミーニ先生を初めとする諸先生方にいただいた指導、私の経験や「声の相談室」であった質問などを元に声の出し方というものを分析・解釈していきたいと思っています。
日本で、あまり知られていない、秘伝的要素も多く含まれてしまいます。
そのため、日本で常識となっていることが、意外にも世界では非常識となっていることが多いのにも驚く内容となるかもしれません。
私自身も現役歌手でありながら、元・エンジニアという前歴を持っているため、今まで抽象的な表現や分かりにくく伝わったことが多かった発声のことについて少しでも分かりやすく具体的な方法を示せれば良いな、と考えています。(2004.1.3)

※このコーナーの無断転載は御遠慮下さい。

姿勢について
胸郭の開き方
息の吸い方
息の吐き方
声を出してみる(1)フォーム作り
声を出してみる(2)ハミング
高音(アクート)について
●共鳴について
母音について



●姿勢について

 歌うときの姿勢についてです。
立つ時には重心が前のめりにならず、後ろに反り返らず、頭が上から引っ張りあげられているようにまっすぐ立ちます。(立身中正と言います。)
よく肩幅に足を開くこともありますが、片足を少し前に出すようにしてみると、より重心が腰の辺りに集まる感じになり声が安定しやすくなります。
息がどうも不安定だ、という方は試してみてください。
更に声を安定させるために片足をあげてひざが90度に曲がるくらいにしてそのまま歌ってみるとより声が安定しますので試してみてください。
この感覚を普通に立った状態で再現するようにしてみましょう。
上半身は猫背にならないように気をつけましょう。
猫背になっているといくらがんばっても声が前に飛ばず、声がだんだん力ずくになっていってしまい、フォームを大きく崩す原因となってしまいます。
体重を足の裏の前の方にかけるようにしてみます。
足の親指の付け根あたりで立つような感じです。
また重要なこととしてお尻が緩んでしまわないように気をつけましょう。
ゆるんでしまうと重心がしっかり安定せず、声が糸の切れたタコのようにふわふわしてしまうことになります。



●胸郭の開き方

 胸郭を開く、とはどういうことでしょうか?
実は姿勢のところで述べてあった「猫背にならない」というところを一歩推し進めた考え方です。
人間の肺は肋骨によってドーム型に守られています。
この肋骨を通常よりも大きく広げる動作を自分で自発的に行えるようにするための訓練が必要になります。
これによって肺活量が増加し、肺にも大きな空間が作られることによって共鳴作用が生じやすくなります。
 まず、鎖骨をよいしょっと持ち上げるような動作をしてみます。
このときに肩の骨が上がって怒り肩にならないように気をつけてください。(肩が上がると横隔膜も上に上がり声が喉声になってしまいます。)
次にあばら骨の一本一本の間隔が広がるように胸郭を膨らましていきます。
そしてあばら骨の一番下の骨を触ってみてください。
この骨はみぞおちからわき腹にかけて斜めに降りていますがわき腹のあたりを触ってみます。
ここに手を当てたまま、今度は横に開く動作をしてみます。
横に動かす運動を閉じたり開いたり出来るように動かしてみてください。
慣れてくるとあばら骨を5センチほどのストロークで動かせるようになってきます。
この動作は難しい動作で女性は特に感覚のつかみづらいものです。
これが出来るようになってくると声量も段違いに大きく響くようになってきます。
最後に肋骨の背中側も広げる動作をしてみましょう。
これは肋骨の間隔が下に向かって広がるような感じで広げてみます。
以上の動作を慣れないうちは息を吸いながら行い、慣れてきたら呼吸を伴わずに行ってみます。
横に寝て行うとより分かりやすくなりますので試してみてください。



●息の吸い方

 上記の続きです。
胸郭を開いた状態をキープしたまま今度は横隔膜を下に膨らませるような感じで息を吸い下ろし、いわゆる「腹式呼吸」の状態にもって行きます。
息は口から吸わず、鼻から吸うようにしてください。これは舞台上でも基本となります。
こうすると頭部のフォームを整えやすくなり、何かとほこりっぽい舞台で異物が喉に入ってくるのを防ぐ効果もあります。
ゆっくりと息を吸い、はじめは4段階で息を入れていく練習をします。
1.みぞおち 
2.みぞおちからやや下の肋骨付近
3.わき腹
4.腰の後ろ側
このように4つ数えながら最後に腰まで吸い下ろすように息を吸い込みます。
腰の後ろ側に空気の袋があるようなつもりで膨らましてみてください。
腰の後ろ側に空気を入れる、とよく表現されますがどういうことでしょうか?
横隔膜は水平な膜ではなく、みぞおちの辺りからカーブを描いて背中側に落ちていくような形をしています。
つまり横隔膜は背筋の近くにつながるようにして坂を降りる形になっているのです。
ですからより深く呼吸を取ろうとすると背筋を腰の辺りに引っ張り込むような動作が必要になってくる、というわけです。
これは歌う際に重要なポイントで「腰で支える」「背筋で歌う」「息(声)が背中からうなじを通っていく」などの表現に直接関係しているわけです。
これが不十分だと、腹筋を固めて腹筋で息をコントロールしようとしてしまい、一時的に大きな声が出せても持久力がなく喉に相当負担のかかる歌い方となってしまいますので注意。
余談ですがこれはワーグナー自身が当時のワーグナー歌手を批判した事の要因の一つです。
腹筋や横隔膜を鍛え、体力に物を言わせた歌い方で分厚いオーケストラを超えようとする当時のドイツ歌手の流行発声法であったのですがワーグナーはこれを嫌っていました。
ワーグナーはイタリアのベルカントの発声で自分の楽劇を歌って欲しかったのだそうです。

横隔膜は肋骨と繋がっていて、背中側に深く沈み込んでいます。
背中側の肋骨を広げ背中の筋肉を下に引っ張る事でブレスが安定する所以です。



●息の吐き方

前回の息の吸い方と呼応して吐き方に関してです。
息を吐く、という作業が、声帯を震わせて音を発生させるわけですからきわめて大事なことです。
腰まで十分に吸い下ろされた息を吐く際には気をつけることとして、広がっている胸郭を縮めないようにする、ということがあります。
息を吐いている時に胸郭がしぼんでくると、これとともに横隔膜も緩んできてしまい、ブレスの最後まで安定した圧力を供給することが出来なくなってしまいます。
人間は何も意識しないで呼吸している時は、よほど訓練されている人でない限り胸式呼吸となっています。
この時は息の圧力はどうなっているかというと、吐き始めの時は圧力が高く、終わりのほうは圧力が低くなっています。
歌うときにこのような状態になっていると、声が最初は勢いがよく、フレーズの終わりで弱々しくなる、ということになってしまいます。
歌を歌うためにはブレスを吐き始めから吐き終わりまで均一な圧力で吐ききることが出来るようになることが大切になるゆえんです。
横隔膜で生まれている圧力を一定に保つために胸郭を広げたまま、動かさず、横隔膜を背筋の内側の筋肉を主に使って圧力を調節できるようにするのです。
この際、横隔膜が背筋によって下に引っ張り込まれるような形になっているため、内臓も圧力を受けます。
このため下腹部の腹圧が上がり、まるで空気が腹に入ったかのように感じるので、「腹式呼吸」と呼ばれるのです。
この際、腹筋が緩みすぎていると腹中の圧力が下がり、結果、横隔膜の圧力も不安定になってしまいます。
腹筋は固めすぎず、柔らかすぎず、ゴム風船のような弾力を持つように心がけるのが良いでしょう。
腹筋を固めすぎていると、喉や声帯にも過度の緊張を生じやすく、声が疲れやすくなってしまいます。
また歳をとってから、声にゆれを招いてしまうこともありますので御注意ください。
 さて吐く前段階として息を止める練習をしてみます。
この際、吸い込んだ息を喉や口で止めず、横隔膜だけで止める練習をしてみます。
横隔膜で呼吸をコントロールする感覚をつかむのにとても良い練習となります。
これは歌を歌いだす直前にも一瞬の間行われている行為ですから、歌うことの第一歩と言えるわけです。

そして、「つ〜〜〜」と息を細く糸のように出すつもりで前歯の間から吐いてみます。
この際息が背中を通って、うなじ〜後頭部〜頭頂〜ひたい〜鼻〜前歯というように、頭部をぐるっと回ってくるようなイメージで吐いていきます。
これは声にしたときに響きが上に乗るようにするために大切なことです。
声が響くルートはこの空気を通すイメージと全く同じです。
この息に声を乗せるだけ、という感じになるのです。
喉の調子が悪いときなどは、この息を通す練習をするだけでも、フォームを整える効果がありますから、「声の素振り」とも言うべき練習となります。
よく「す〜」っと出す練習が行われますが「つ〜〜」っと出すほうが息の密度を高め、細く集める感覚をつかむのに適しています。
息をずっと同じ圧力で出せるように気をつけ、息の最後も横隔膜でピッと止めるように切ります。
これはヴェルディ・ブレスとも呼ばれ、横隔膜で息をコントロールすることの基本となります。



●声を出してみる(1)フォーム作り

 いよいよ声を出してみるというところを考えてみたいと思います。
声というのは、声帯で発声した「音」を喉、口、胸郭、その他の共鳴腔で増幅されて初めて人間の「声」となります。
人間の場合はそれに舌や唇、口の微妙な形状の変化を用いて「言葉」に変換することができる楽器といえます。
声帯で発生する音は実は弱々しく「び〜〜」っと鳴っているに過ぎません。
ヴァイオリンで言えば弦をこすることによって音が発生している状態なのです。
ところがストラディバリウスといった名楽器は本体の共鳴力がものすごく、弦で発生した音をすばらしく増幅し様々な倍音をその音に含ませるようになります。
決して弦が良いから名楽器となるわけではありません。
これは人間にも同じことが当てはまります。
よく歌が上手い人は良い声帯をしているのだろう、と考える人がいますが、意外にもそうではないのです。
歌劇王と呼ばれたエンリーコ・カルーゾの体を医学的に調査した医師がいましたが、カルーゾの声帯は常人のものと変わりないどころか、タバコを吸っていたりしたために、むしろ欠陥が見られ、常人よりも問題がある声帯であった、という報告がなされています。
カルーゾだけでなく、多くの有名な歌手と一般の人の声帯を調べた統計が取られましたが、著名な歌手と一般の人との間に声帯の相違は見られない、という結果になったのです。
ただカルーゾは口をあけて耳たぶを弾くとその音が、かなりの距離まで聞こえたと報告されています。
カルーゾの発声の秘密の一端はその名楽器のごとき、驚異的な増幅力、共鳴力を生み出すフォームであったと言われるエピソードです。
共鳴にはさまざまな説がありますが、共鳴については別の節で細かく触れてみたいと思います。
 まずは声を出す前段階として口の中のフォームを作る事からはじめてみます。
まずは口を大きくあけ軟口蓋も高らかに上がるように口の奥まで大きく開けてみましょう。
この時頭の鉢ががばっと開いたように上に突き抜けるような感じで軟口蓋をあげてみます。
鏡を覗き込みながらやってみてください。
軟口蓋もまだまだ低い状態では、十分とはいえないのです。
またこの時、同時に後頭部の皮も上に引っ張られるように上がっていきます。
表情は、少し眉の上が頭頂に引っ張られるような感じですが、無意味に筋肉が上がったような感じにはなりません。
これは日本人に特有のことなのですが、日本語はとても発音が浅いため、軟口蓋も低く、発声するときに口内が極端に狭まっています。
よく、イタリアの先生などに、「自然にしゃべるように歌え」などと教わりますが、そのまま実行すると、日本人の場合はとても平べったい声になってしまうのです。
ですからこのように音が伝播するための空間を作る勉強をわざわざしなくてはなりません。
他の国の人々にとって当たり前のことでも日本人の場合だけは勉強の段階が一つ多いのです。
今、「あ」の母音に近いフォームになっているのを上あごを前に出して「お」に近づけるとベルカントのフォームに近づきます。
そのほか、日本人に良く見られる悪い癖として舌の奥の方が盛り上がり気道をふさいでしまっている状態があります。
これはクネーデル(肉団子)と呼ばれ、舌が肉団子のようになってしまうことが由来なのですが、最悪の発声フォームとされ、声は喉に何か詰めたような声になってしまいますので要注意です。
特に女声は声にこの状態が出づらいので、意外に高名な歌手でもこの状態に陥いることがありますので、鏡でよくチェックしてみてください。
(とある高名なバリトン歌手は持ち声は平凡だったのだそうですが、舌をゆりかごの様にくぼませる技術を持っていたために口の中で声を大きく増幅することが出来るようになり一流歌手となった、と証言したほどです。)


カルーゾの歌っているときの舌のフォーム。
中央がくぼんでいるのが見てとれる。

カルーゾもこれに近いフォームをとっていたそうです。上の写真からもその様子がよく分かります。
下あごが開くというよりはむしろ上あごが上に向くように開いている様子も分かりますね。
こうすると、当然、声は水平からやや上向きに飛び、より遠くまで響く声となりやすいのです。
逆に下向きであれば、声はすぐに地面とぶつかってしまい、響きも軟口蓋とぶつかってばかりいて、こもった声になってしまう、というわけです。
また、鼻の横から、大きな笑い皺が出来ていますが、これは響きを鼻の周辺から顔面の骨に集めるように意識したときに出来る特徴的な皺です。
「あ」の母音でも響きが散ってしまわないように顔面の骨(主に副鼻腔)に声を集めるように意識している証拠であるといえる訳です。


●声を出してみる(2)ハミング

まず最も有効なのがハミングによる練習になります。
ハミングは頭骨に声を骨振動で伝播させ、マスケラと呼ばれる顔面の骨まで至る、ラインを鳴らすために行います。
具体的には、フォームとして軟口蓋を点で引き上げた状態(一点釣り)で、
まるで卵を口の中に縦に一つ入れたような空間を作って、ハミングに用います。
そして声帯の後ろ半分を丁寧に合わせる様にして声帯のすぐ後ろの首の骨に声を一点に集めて、
m〜〜と出してみます。
この時、うなじの辺りを指で触れてみるとビリビリと振動してくるように注意してみましょう。
女声でわかりづらい場合には、少し低めの音で試してみると分かりやすくなります。
それをまずは、背骨を通して、骨盤近くまで響かせられるようにしてみましょう。
熟練してくると実際に腰の付近の背骨に振動が感じられるようになります。

次に首と頭の骨の境目付近を触ってそのあたりがビリビリ来るように気をつけながらハミングしていきます。
それから徐々に、後頭部〜つむじ〜頭頂〜ひたい、と言った具合に骨振動の範囲を広げていきます。
すると
ジラーレgirareといわれる、頭骨沿いに回転していくような声の通り道が出来るようになります。
一般にマスケラ(眉間付近の顔面の骨)に当てろとか集めろ、などといわれる事象は単に一点に集めるだけではなく、
実はこのようにして骨振動を通して大きく回してからマスケラに当てるのが効果的なのです。
この様にするためには軟口蓋を大きく上げ、かつ口の中に出来ているトンネルを長くして、
骨への肉の厚みを薄くしてあげるのも効果的なことになります。
こうして声を回して来れるようになることによって、初めて声が骨の様々な響きを含んだ、
声楽的な声になっていきます。
更に体の骨を共鳴させることによって、豊かな倍音を含むようになってくる、と言うわけです。
気をつけなくてはいけないこととして、
鼻から息が出ていても、音は頭骨を通して、別の経路で出て行く、と言うことなのです。
息と声が一緒に出てくるわけではないのです。
息は穴の開いたところからしか出てくることが出来ませんが、
音波は物体を伝播して、到達することが出来るからなのです。
日本人の発声のイメージは息を吐く、息と共に声が出される、
と言ったイメージが強いのですが、実は違います。
もとより、
息のスピードは秒速数メートル
音のスピードは伝わる物体にもよりますが秒速300メートル以上になるのです。
骨に声を抽出するようなイメージを持つと声が格段に美しい響きを持つようになります。
このハミングのフォームのまま、口をゆっくり開けて「Ma〜〜〜」と発声していきます。
いつもジラーレから生み出される響きを大切に扱うと声に艶が生まれてきます。
息と声が混ざったままの状態ですと声に雑音が混ざったようなくすんだ音色になりますので
分かりやすいと思います。

●高音(アクート)について

高音の中でイタリアのベルカント発声の特徴的なチェンジを伴う高音を
アクートAcutoと呼びます。
Acuto(鋭い)という意味を持つ高音の事で特にテノールのアクートはトランペットなどに例えられる輝きを持ちます。

ここで注意を。
アクートは一般には単に
高音のこと、と誤解されている場合が多くあります。
特に男声の場合、日本でも多く見かける、
「フォームを変えずに高音を出す」「高音で裏声を混ぜる」などの方法は実は
アクートではありませんので注意して下さい。

アクートを誤解している場合の方法論でのイメージでアクートを習得することは出来ません。
ですが、この技術は大変難しいもので、実際の指導無しで身につける事は困難であることを付け加えておきます。

口のフォームは高音になるとGからはキウーゾ(chiuso)といわれるフォームになります。
唇はあまり大きく開けず(2〜3センチほど)、口の奥の方が大きく空間を作る形になります。
特に軟口蓋は口蓋垂を一点で引き上げて三角形を作るような形に引きあがります。
そして後頭部のセンターを幅5ミリほどのラインで音が通っていく感じが現れます。
硬口蓋でもセンターラインで同様のことが起こります。
声帯は後ろの方に引っ張られ、エッジが立つようにかくっと音色が鋭い音(アクート)に変化します。
これが出来るようになると最も高音が安定します。
音域を広げようとするときはポルタメントで少しずつ音域を広げるような練習をすると良いでしょう。

本当のパッサッジョ(アクートへの変化する喚声点)は確かに無表情に行われるもので、
笑うような表情で行われるものは、正確には上手くパッサーレしていません。(これは女性にも共通します。)
パッサッジョを越すと、口は唇側は狭く口の奥や軟口蓋が広く上がる形になり、
唇は
口角が少し狭まって縦に音を集めるような形を形成して、
いわゆるキウーゾchiuso(閉じられた)フォームを形成します。
笑ったような表情だとアペルトaperto(開いた)フォームとなり、上手くパッサッジョを越していないことになるのです。
アクートacuto(鋭いの意味;パッサッジョ後の鋭い高音)は、chiusoでなければ出すことが出来ません。
声帯の後ろ側が後ろに引き下ろされるように引っ張られ、
軟口蓋を鋭く引き上げる事でキウーゾを形成し、頭部の頭骨のカーブに沿うような形で声が”曲がる”ような変化をしていきます。
まるで「A」〜「O」に変化したように聞こえるのです。
これはイタリアのベルカント発声で起こる独特の変化で、これが本当の意味でのパッサッジョになります。
「高音は変化せずそのまま上がる」などの発声はアクートがなく、パッサッジョできない発声法になりますのでご注意下さい。
パヴァロッティもこのパッサッジョだけを数年も練習させられ、ある日いきなり気が付いた、というのは有名です。
下顎を下げる、という事にこだわると、声が下にばかりもぐりこんで上手く出なくなる可能性もあるので、
軟口蓋を奥の方できちんと点で上げる、ということを意識しましょう。
そして、高音は押し出すのではなく、つむじあたりから「引っ張り出す」感覚で行うのが、最も効果的です。
実際のところアクートを習得している人は日本では極めて少なく、実際の声の出し方を知る人はあまりいません。
そのため、パッサッジョのこともかなり、あいまいに伝えられているのが現状でもあります。


●共鳴について

ベルカント唱法を勉強するものならば、一度は耳にする、この共鳴と言う言葉。
まず、どんなことが起こっているのでしょう?
昔、理科の実験などで、あったのは、音叉を二つ用意し、近くで一つの音叉を鳴らすと、もう一つも鳴り出す・・・これが共鳴と言われる現象でしたね。
では、声楽の中ではどのように起こっているのでしょうか?

共鳴のない声の場合(トレーニングされていない場合)は、声帯で発生した音が、空気中を伝播し、
口腔や鼻腔から出て、倍音の乏しい、単色の音になってしまいます。
こうした現象からか、日本ではまるで共鳴というと、「口腔、鼻腔、副鼻腔といった空間でのみのみで起こるもの」・・・この「空間で」といった考え方がかなり広まってしまいました。
ですが、
空間が鳴る、という考え方は実は共鳴現象とは異なるものです
昔の理科の実験を思い出しても、妙な話ですよね。音叉には空間なんてありませんから。

声楽的に訓練をつむと、
声帯で発生した音は、頚骨(首の骨)などを共鳴させます
ハミングをしながら首の骨をうなじのあたりで触ってみると良く分かります。
声帯は直接、首の骨とくっついているわけではありませんが、声帯の音に、首の骨や頭骨が、共鳴を起こすようになるのです。
ここでよく、問題にされてしまうのは、「頭の中は空っぽじゃなくて、脳が詰まっているのに鳴るの?」
と言う事です。
一見、空間に物が詰まっていると、鳴りが止まってしまうように思えますよね。

ところが・・・
こんなことを皆さんも経験したことがあると思います。
先ずワイングラスに何も入れず、硬いもので叩いてみると、「チ〜ン」と音がします。
何も入っていない状態では、良く音が響きますよね。

では、ワイングラスに水、またはワインを入れて、叩いてみましょう。
実はこの状態では、音の高さが変わるだけで、やはりちゃんと音が「チ〜ン」とします。
乾杯するときにも、ワインを注いだグラスどうしをぶつけ合って「チ〜ン」と鳴らしあっていますよね。

こうした
空間に何か他のものが満たされていても必ずしも、骨振動や共鳴の妨げにはならないのです。
単に内側と外側で、屈折率や音の伝達速度が違う、というだけで音を吸収することにはならないのです。
骨として、一番大きなカップ状の形をしたものは・・・そう、頭骨なのです。

「脳に悪い影響があるんじゃないの?」とお考えの方もあるでしょうが、御安心を。
釣り鐘の中に入って、鐘を突かれたら、さぞうるさくて瀕死になるのでは?と皆さん思うでしょう。
中学生の頃、ワルガキだった私は、近くのお寺で友達と実験してみたことがあるのです。(笑)
私は釣り鐘の中にいて、友達に「ゴ〜ン」と一発突いてもらいました。
ところが意外や意外、ほとんどうるさくもなく、鐘のそばで突いている友人と聴こえる大きさは同じなのです。
念のため外でも聴いてみましたがほとんど同じ大きさです。
それからというもの私は釣り鐘の中で鐘の音を聴くのが大好きになりました。(笑)
思い込みとは全く違った結果になって面白いものですよね。

よく、喉の奥を広げると言ったような内容のことを言われたことのある人も多いと思いますが・・・
実は
気道を広げる事で、首の骨や頭骨までの肉の厚みを薄くして障害物を減らし、できるだけ、共鳴しやすい環境を作る、というのが、共鳴を生み出す大きなフォームの目的でもあるのです

そのため、いたずらに喉を広げているだけでは意味が薄くなってしまいます。
トランペットとチューバ、二つの楽器を考えてみましょう。
トランペットに比べ、チューバは管の直径は何倍も大きいわけですが、チューバが最も良い楽器なのか?
というとそういうものではない事は皆が知っています。
楽器にはそれぞれの特長にあった内径があるわけです。
実は人間にもある特定の形状を取った時に大きな美しい共鳴が生じます。
ここは秘伝とされているので、あまり広く公開が出来ないところでもあるのですが・・・
頚骨へのアプローチに関する形状になります。

鼻腔や副鼻腔、口腔のみで響きを作ろうとすると、薄っぺらく「び〜」っとした音で、
オペラなどで出てくる3枚目風の音色になってしまいます。
倍音の乏しいこうした出し方はイタリアではGipponese voce(日本人の声)と言われ、悪い見本とさえされています。
ジャコミーニ先生も
「日本人はほとんどの人がこうした癖を持っていて、とても横に平べったい、薄い音に聞こえる。もっと母音を縦に使うような感覚で歌うのだ。」
「もっと後頭部からぐるりと回してくるのだ。」
「背中から骨盤までぐるりと回してくるのだ。」
としきりに言っていたのが印象的でした。
頚骨、頭骨をぐるっと回すように共鳴させる(前出のジラーレです)ことで、大きな倍音を生み出しホールに響き渡る豊かな声が生み出されるのです。

また軟口蓋を大きく上げる事で上あごの骨も大きく共鳴させることが出来るようになり、頭骨の共鳴もスムーズに行われます。
そして、回って来た声が顔面の骨(マスケラ)に到達して、前への指向性を持つ、これが声楽の共鳴から生み出される声の正体です。
ハミングの練習を強くお奨めするのはこうした、共鳴、骨振動のコツを掴むための大きな足がかりとなるからなのです。
単に鼻周辺が鳴るのではなく、頭骨全体が上手く共鳴するように自分のフォームを作ってみて下さい。

大きな共鳴が得られると、実は・・・
ホールで歌ったときに、ホールの壁、天井を大きく共鳴させることが可能になってきます。
ただ一生懸命叫んでもこうした効果は得られません。
またお客さんもまた骨で出来ていますので、お客さんも共鳴させてしまうことが可能になります。
超一流の歌手の声で、まるで耳元で歌われているように感じた、という逸話が多く残っていますが、実はこの効果によるものなのです。
さぁ、よい共鳴を得られるように練習してみましょう!




●母音について

母音について色々な説も多く言語によっても発音の仕方が異なっていくのですが・・・
ここではまず単純にa、e、i、o、uの五つに絞って考えておこうと思います。
日本人に特に多く見られてしまうのが、唇をはっきり動かして、母音を変える、といったことです。
ですが、こうしたことをしてしまうと下顎か過度に動きすぎたり音の共鳴具合を極端に変えてしまう事になり、声が平坦になったり、高音が出づらくなったりする、といった弊害が現れます。
特に日本人で苦手なのは、i,e,uになるかもしれません。
iやeでは唇を横に引きすぎ響きまでが横に平べったくなって喉声を引き起こしたり、妙な響きになってしまったり・・・
有名なイタリア歌手のiやeを見てみましょう。



フレーニの「a」・・・上顎の奥を上げ、前は閉じ気味で頭部を響かせている様子が見て取れる。


フレーニの「i」・・・ほとんど唇を横に引かず、「a」の母音と横幅が変わらない。
eのような唇で「i」を発することが出来る。


フレーニの「u」・・・唇の開口部を小さくし響きをまとめるが、唇を突き出すようなことはしない。



コレッリの「e」・・・やはり唇を横に引きすぎず響きを逃がさないようにしている。


コレッリの「i」・・・eを更に閉じ加減にしているのみで、響きを包み込むようなフォームを形成している。

この様にあまり唇を動かしすぎず響きを拡散させない、と言うのがベルカント唱法における大切な要素になります。
これによって母音が変わっても響きが変化しない美しい声が得られる事に繋がるわけです。
わずかな唇の変化でも母音を変化させられるのは腹話術師がよく証明してくれています。
また有名なイタリア歌手は口が動いていても、鼻の下から上唇までの距離がほとんど変化しない、という特徴があります。
これによって上顎の中で変化が起こりづらく、一定のフォームを保って声質を安定させるための重要な役割を果たします。
母音によって表情を変えるような動きはなされず、日本でよく見られる「笑顔のような口で」「頬の筋肉を上げて」「iは唇を横に引く」「口を大きく開ける」と言った動作はほとんどなされません。
上顎や後頭部に響きが回るようになると母音を骨の振動経路である程度制御できるようになってくるために唇の動きがあまりいらなくなってきます。
口を開けた腹話術のような感じ・・・これがベルカントの母音を支える大きな技術な訳です。
上顎の内側から側面で、言葉がさばけるように練習していくと母音のさばきが上手くなっていきます。
喉や下顎、舌に力が入らないように気をつけながら練習してみましょう!

※このコーナーの無断転載は御遠慮下さい。



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