1999

第1回福岡古楽音楽祭レポート
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アクロス福岡シンフォニーホールでのオープニングコンサートのチラシ

古楽器展

音楽祭と並行して、9月23日から10月3日にかけてアクロス福岡の交流ギャラリーで「古楽器展」がアクロス福岡の主催で開催されました。

第1回福岡古楽音楽祭への準備


1998年6月に印刷配布した第1回福岡古楽音楽祭の予告ちらし
(クリックするとその時の
会長・音楽監督のメッセージへ移行します)

第1回福岡古楽音楽祭プレコンサート

バロック音楽の精華

1999年4月13日 あいれふホール

有田正広(フルート)若松夏美(ヴァイオリン)
中野哲也(ヴィオラ・ダ・ガンバ)有田千代子(チェンバロ)
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山岡重治
ヘンデルリコーダーソナタ全曲演奏会

1999年6月18日 ホテル日航福岡 チャペル「プリエール」

山岡重治(リコーダー)
平尾雅子(ヴィオラ・ダ・ガンバ)芝崎久美子(ポジティブ・オルガン)
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エンリコ・ガッティ
トリオによるバロック室内楽

1999年11月2日 ホテル日航福岡 チャペル「プリエール」

エンリコ・ガッティ(ヴァイオリン)
平尾雅子(ヴィオラ・ダ・ガンバ)芝崎久美子(チェンバロ)
詳しくは
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プログラムより抜粋

第1回福岡古楽音楽祭開催にあたって

              音楽監督・フルート奏者  有田 正広

 福岡古楽音楽祭にご参加いただき、まことにありがとうございます。
 18世紀音楽祭協会が主催してこられた各種のコンサートを通じて、福岡の地には大変親しみを持っています。「おぐに古楽音楽祭」に引き続き、新たに福岡で開催されるこの音楽祭でも、音楽監督を務めさせていただきます。「専門の音楽家もアマチュアも、音楽を通じて共に生きる喜びを味わうことのできる交流の場を作ろう」という「おぐに古楽音楽祭」の基本理念を受け継ぎ、この音楽祭でも音楽愛好家の方々も含めたコンサートや公開レッスンが大きなウエイトを占めています。内外の演奏家が「古楽」という一つのキーワードを軸にして協力しあい、さらにその輪の中に大勢の地元の方々が加わって、新しい音楽の場を築いてゆけたらと思っています。
 今回はヨーロッパからバルトルド・クイケン氏とダン・ラウリン氏においでいただきます。この音楽祭が日本国内にとどまらず、国際的な催しとして発展し、福岡市の年中行事の一つとして親しまれるようになることを心から願っています。


福岡18世紀音楽祭から福岡古楽音楽祭へ、手作りの味で

              18世紀音楽祭協会会長  中里 隆

 有田さんらが結成した「東京バッハ・モーツアルト・オーケストラ」の公演を3日間、福岡銀行の大ホールで開いたのが1989年4月。この催しを「福岡18世紀音楽祭」と称しました。音楽祭をやるのに地元に主催団体がないのはまずいということで、「福岡18世紀音楽祭協会」というのが、誕生したわけです。
 当時福岡銀行にお勤めだった戸畑良平氏、現在の事務局長の前田明子さん、リコーダー奏者の麻生 純氏らが中心になって世話人会が結成されました。しかしいずれにしろ、興行に関しては素人ばかりの集団です。その後も、熊本県小国町のご協力を得て毎年やってきた「おぐに古楽音楽祭」や、福岡での各種コンサートなどの催しを続けてきましたが、いまだに素人臭さを保ってきている団体です。
 いわゆる「古楽」というのは、大部分貴族や教会のための音楽で、そういう時代には大きなホールに一般市民がチケットを買って聴きに行くといった大衆化された音楽会はありませんでした。したがって、企画しても元来チケットがどんどん売れるはずもないので、玄人の興行師さんには敬遠されがちなジャンルです。といって、その味わいや深さにおいて、新しい時代の音楽に劣っているとはけっして思えません。口伝てに、すこしづつ愛好者の層を拡大してゆくという、地道な努力が必要な音楽だと思います。そのためには、素人っぽい手作りの味を、いつまでも残しておいた方がいいのかもしれません。
 結成して10年の節目を迎える今年、新たに地元福岡で古楽音楽祭を開くことになりました。開催にあたっては、これまでよりさらに多くのボランティアの方々に世話人として、あるいは会員として企画・運営・資金援助にご協力していただきました。また福岡県や福岡市、地元の企業からもご支援をいただくことができました。厚く御礼申し上げます。

会員とボランティアの手で支えられた音楽祭

 これまで9年間続けてきた「おぐに古楽音楽祭」から「福岡古楽音祭」へ転換したこの1年間は、18世紀音楽祭協会にとって大きな試練の時期でした。
 最初の半年は資金集めに奔走する毎日でした。初めは当然のことながら、地元の企業や福岡県・福岡市、さらには各種の助成金などの援助を仰いだわけですが、それは予想以上に茨の道でした。結果的に言えば、企業からも県や市からも、それなりのご援助を様々な形でいただくことができたわけですが、そこに至るまでには個人的に幅広いつながりを持つことが必要であったことを痛感しました。
 そして結局のところ、この音楽祭を資金面で支えたのは、その趣旨に賛同して資金援助をいただいた個人の会員の方々でした。プログラムの末尾に掲げましたように、協会会員に有志を募りましたところ、非常に多くの方々が賛助会員・特別会員になっていただきました。またこの他にも、企業からの賛助金や広告等の仲介をしていただいた会員も多数います。
 開催まで残りの半年の一番大きな仕事は、音楽祭の「実務部隊」を結成することでした。「おぐに」では町役場の人たちが献身的に「実務」を担当してくれたので、当日は数人の世話人が小国町に行って手伝えばすんでいたのですが、今回はすべてを協会が運営しなくてはなりません。それに音楽祭の規模も「おぐに」の2〜3倍に膨れ上がっています。
 しかしその心配はありませんでした。おそらく100名を越えるボランティアの方々が、この音楽祭のために何らかの形で奉仕していただいたのではないかと思います。音楽祭では、約70名の方々が総務係・受付係・会場係・古楽セミナー及びコンサート係・パーティ係・運搬係・記録係などに分かれ、役割を分担しました。確かに、私も含め全員が初めて経験する仕事だったので、スムーズに行かなかった面があったかもしれません。しかし、それは次回への反省点として、回を重ねながら解決ゆきたいと思います。
 音楽祭が終わって、大勢のボランティアの方から「また来年もがんばろう」といわれたときには、本当にうれしかったです。それと同時に、この音楽祭が本当に多くの方々に支えられて成り立っていることを実感しました。
 こんなふうに、音楽祭のほとんどすべてをボランティアの手で運営できたことは、単に人件費が節約できたという以上の大きな意味があると思います。資金面でもそうですが、開催の意義を真に理解する「個人」の手で支えられた音楽祭ほど堅固なものはないと思います。私自身この1年間で、音楽祭を介して驚くほどたくさんの方々と新しく知り合いになりました。また会員の数も急上昇し、400名に近づきつつあります。こういった人の輪がこれからの福岡古楽音楽祭を支えてゆくことになるでしょう。これからもよろしくお願いします。(事務局長 前田明子)