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ブラームスの、しかもヴィオラ・ソナタを今、私が演奏することに驚きを感じられる方もいらっしゃかもしれません。しかし桐朋の学生時代、ブラームスはもっとも好きな作曲家の一人でした。1986年に渡欧後、オリジナル楽器のスペシャリストとして、バロック、古典派の音楽を中心に10年以上演奏活動をしてきましたが、ロマン派の音楽に対する愛情は薄れたわけではありません。 寺神戸 亮 (2001年9月、ブリュッセルにて ) |
去る12月7日(金)、福岡市あいれふホールで寺神戸 亮氏(ヴィオラ)とボヤン・ヴォデニチャロフ氏(ピアノ)のデュオコンサートが行われました。上はそのチラシに、寺神戸氏がお書かきになった文章です。当日のプログラムは、シューマンの「おとぎの絵本」、ブラームスのヴィオラ・ソナタ 第1番
、第2番。これまでせいぜいベートヴェンどまりだった18世紀音楽祭協会主催の音楽会としては、初めてのロマン派音楽への進出でした。
発端は、福岡市に在住のさる音楽愛好家が、福岡古楽音楽祭を聴きに来られて感動され、「自分もできるだけ協力しますので、寺神戸さんのコンサートを協会で開いてみませんか」と申し出られたことから始まりました。若いころから3/4世紀に渡ってクラシック音楽を聴き続けてこられた音楽通のその方が所望された曲が、ブラームスの最晩年のヴィオラソナタ。たぶん福岡ではこれまでコンサートにかかったことがない珍しい曲です。
早速、寺神戸さんに相談してみると、最初は「ウーン、バッハの方がいいんじゃないの」といった感じでしたが、だんだん興味を示され、乗ってこられました。使用するヴィオラはジキスヴァルド・クイケン氏の娘さんが持っておられる当時の楽器をお借りすることになりました。協会としても、いわゆるピリオド楽器の領域をロマン派にも拡張して、幅広い音楽ファンの方々に提供したいという意欲を持っていましたので、話はトントン拍子でまとまりました。ヴィオラは
ピアニストのボヤン・ヴォデニチャロフ氏は寺神戸氏のご推薦でした。私たちも、最近寺神戸氏と組んでベートーヴェン、モーツアルト等のCDを出しておられる方ぐらいの知識しかなかったのですが、寺神戸氏は非常に評価しておられ、「このコンサートで、ボヤンと僕とは対等に扱ってほしいので、『デュオコンサート』というタイトルにして下さい」とのことでした。ヴォデニチャロフ氏は、福岡でのこのコンサートのためだけに、わざわざヨーロッパからおいで頂きました。
ピアノにはシュトライヒャーのオリジナルを使用しました。これは大阪にある「ヤマモト・コレクション」のご厚意により、所蔵のピアノを山本宣夫氏ご自身で運び、調律していただきました。(写真のピアノ)
ピアノが発明されたのは18世紀の初頭と言われます。それまでのチェンバロと入れ替わったのはモーツァルトの時代、つまり18世紀の終わり頃でした。しかし最初から現在のピアノのような鋼鉄のフレームを持った頑丈な楽器ではなく、19世紀を通じてピアノの構造やメカニズムはめまぐるしく変貌しています。
近代ピアノの祖はアンドレアス・シュタイン(1728-1792)といわれますが、その流れを引き、ウィーンでピアノ製作工房を開いたシュトライヒャー一族は、いわゆるウィーン式アクションを開発して、その後の主流となります。今回使用したのは、その2代目に当たるヨハン・バプティスト・シュトライヒャー(1796-1871)のオリジナル作です。ブラームスの晩年には、このピアノはすでに少し古風な感じだったかもしれませんが、ブラームスはこのピアノをいたく愛して、クララ・シューマンに「ぜひ使ってみなさい」と勧めるとともに、自分でも長く愛用していたと伝えられています。
そういうわけで、このユニークな音楽会は尻上がりの人気を博し、当日のあいれふホールはほぼ満席でした。これはあらゆる意味で非常に贅沢な催しだったと思います。演奏したお二人も、聴きに来た聴衆も大変満足していただけた音楽会ようでした。これもスポンサーになっていただいた音楽愛好家(匿名ご希望なのでこれ以上申し上げられませんが)の思いがけないご提案の成果と、改めて感謝申し上げます。
ヴァイオリンとヴィオラは形こそ似ているが、音楽的には性格がちがうから、双方を自在に弾きこなす人は少ない。古楽器奏者として西欧を中心に広く活躍する寺神戸亮は、その一人。クイケン兄弟との室内楽ではヴィオラもよく受け持つ。今回はロマン派の曲ばかり選んでヴィオラのリサイタルを開くという。古楽器のヴァイオリニストなのに、である。7日、福岡市あいれふホールで聴いた。
初曲はシューマンの「おとぎの絵本」。渋いが甘く、ふくよかで力強いヴィオラだ。ボヤン・ヴォデニチャロフのピアノも柔らかく丸っこい。移ろう音色は微妙の極み。両方ともひどく美しい音だ。楽器はどちらもシューマン・ブラームスの全盛期、19世紀中葉の作、ピッチも低い。ヴィオラはフランスのヴィヨーム工房の生まれ、弦はスチールを使わず、往時の羊腸弦を復元した。ピアノはウィーンの名匠シュトライヒャー作を大阪の山本宣夫が提供し、調律まで一切を担当する。鉄フレームを使わない時代もの、精巧な木製の文化財だ。当夜は作曲当時の音が聴けるわけである。
シューマンのこの曲は、愁い深い静かな叙情と燃えさかる激情が交錯する幻想の世界だ。彼らは渾身の力をこめて弾く。いかに熱しても端正さを損なわないのはさすがである。優雅でのびやかな好演だった。
次に弾くソナタ2曲はブラームスの室内楽最後の作だ。苦悩にまみれた生涯を顧みて、諦念に至った老大家が、その悲しい心情を控えめな口調で語る。祈りのつぶやきが聞き取れる思いさえする。
寺神戸は正面から直截に切り込んでいく。気力満々、全体像を力強く表現しながら細部への目配りも忘れない。例えばヴィブラートひとつをとっても繊細なのだ。ひげの風貌がブラームスと似たヴォデニチャロフとの音楽的な相性も十全。いわゆるロマン派的演奏とは一線を画し、何の虚飾もない手堅い表現だが、ほのぼのとした温かさがにじむ。とても新鮮だ。しいて言えば、枯淡の味にいまひとつ奥行きが加われば・・・。でも、山の彼方の空高く、青い鳥の幻を求めるブラームスの寂しいまなざしと、寺神戸たちの視線はぴったり一致していた。
アンコールはシューマンのトロイメライとシューベルトのセレナーデ。ヴィオラ独特の渋みのきいた音で深々と歌う。この胸にしみいる音楽に心の底まで烈しく揺さぶりつくされた。
この演奏会は企画から実施一切を福岡のボランティアが仕切った。純粋無垢の音楽だけが会場を支配する、素晴らしい一夜だった。
(音楽評論家、2001年12月20日 朝日新聞(夕刊)より転載)
◆寺神戸 亮(Ryo Terakado、ヴィオラ)
桐朋学園大学に学び、在学中の83年日本音楽コンクール・ヴァイオリン部門で第3位入賞、84年同大学を首席で卒業すると同時に東京フィルハーモニー交響楽団にコンサートマスターとして入団、所謂モダン・ヴァイオリニストとしても将来を嘱望された存在だった。しかし、大学在学中より興味を抱いていたオリジナル楽器によるバロック演奏に専心するためオランダのデン・ハーグ王立音楽院に留学、シギスヴァルト・クイケンの下で研鎮を積んだ。同院在学中から演奏活動を始めると、その才能は広く認められるところとなり、シギスヴァルト・クイケンの絶大な信頼を得て<ラ・プティット・バンド>のコンサートマスターを務める。最近ではソリストとしての活躍が目覚ましい。また、北とぴあ国際音楽祭ではパーセルの《ダイドーとエネアス》等を指揮するなど、指揮者としても注目を集めている。ヴィデニチャロフ氏とは、デンオンアリアーレからベートーベンのヴァイオリンソナタ等のCDを発売し、好評を得ている。
◆ボヤン・ヴィデニチャロフ(Boyan Vodenicharov、ピアノ)
1960年生まれ。国立ソフィア音楽院に在学中より、1979年セニガッリア国際コンクール2位、81年ブゾーニ国際ピアノコンクール3位、82年ブルガリア作曲コンクールでグランプリ、83年エリザベト王妃国際コンクール3位など、数々の賞を獲得してきた。86年と87年にはフルブライト奨学金を得て、ボルティモア・ピーボディ音楽院のレオン・フライシャーのもとで研鑽を積んだ。以来、ヨーロッパを中心に世界各国で演奏し、各地のオーケストラとも多くのコンサートで共演している。近年古楽器への関心を深め、ハイドンのソナタ集等も録音している。1987年から91年まで国立ソフィア音楽院ピアノ科教授。現在、ブリュッセル王立音楽院教授をしている。作曲家としても知られ、その作品は各地で演奏されている。