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07.2001年 クリスマス 出前コンサート(2002年1月)

2001年 クリスマス 出前コンサート

 2001年のクリスマスは、デン・ハーグに留学していた頃の仲間だった上尾直毅さんと2人で、チェンバロをレンタカーに積み、全国数カ所で「出前コンサート」をして回りました。曲目はJ.S.バッハのロ短調やハ短調のソナタを中心にして、C.P.E.バッハやJ.C.バッハなど、それにクリスマスソングのメドレーなども採り込んで、お話を交えながら、聴衆と与えられた時間にあわせてプログラムを組むといった感じでした。

◆12月20日
 まず朝9時半から、12月28日のコンサートのためのリハーサル(ブランデンブルグ協奏曲第5番)を渡邊順生氏宅でしてから、午前11時半に浜松へ。100人程度のこぢんまりした教会でしたが、響きは非常によく、古楽にはまさにうってつけの会場でした。古楽器というのは楽器自体を響かせるというより、楽器を媒体に部屋の響きをあやつりながら曲を作っていくところがありますので、その晩は大変気持ちよく演奏をすることができました。コンサートの後はもちろん宴会!酔っぱらったらそのまま寝られるようにと、コンサートを主催して下さった18世紀アンサンブル浜松の団員の方のご実家で打ち上げをして、そのまま泊まらせていただきました。なんという心遣い!ありがたいことです。

◆12月21日
 朝、2人ほどトラヴェルソのレッスンをしてから、浜松の楽器博物館へ初めて行きました。充実した展示品に丁寧な説明が一つ一つ付いていて、大変興味深かったです。前から一度見てみたいと思っていたオリジナルのバス・ルネッサンスフルートも見られました。写真の一番上の楽器) 残念ながら、演奏は出来ませんでしたが・・・。
 見学の後の昼食はもちろん浜松名物ウナギです。鰻茶漬け定食なるものを食べたのですが、めちゃくちゃおいしかった!鰻のお茶漬けがあんなにおいしいものとは知りませんでした。
 すっかり上機嫌になって浜松を出たのが、午後の2時。予定ではその晩8時に大阪港からフェリーに乗って、九州の門司港に翌朝つくはずだったのですが・・・。途中少々の渋滞には巻き込まれたものの名神高速道路にのって大阪周辺につくまでは、まあまあ順調でした。ところが、名神から大阪港にに向かう出口をちょっと間違えてしまい、正しい道に戻ったときには、かなりぎりぎりの時間になっていまいました。その時横にでていた表示をふと見ると「60分の事故渋滞」。
 これは、もう駄目かもしれないと焦りながら30分ドライブしたところで、次の表示は「70分の事故渋滞」。なぜ増えるんだぁ?!そこで船に乗ることをあきらめ、そのまま車で山口まで走ることにしました。といっても、私は免許を持っていませんので、運転するのは上尾さん1人。私が出来ることといえば、上尾さんが眠くならないようにせめてお話相手をする事ぐらい。私たちがレンタルしたおんぼろバンはかなりの騒音をたてて走るため、車内の会話はどうしても大声になってしまいます。風邪気味だった私の声は完全に枯れてしまい、途中でのど飴を買いました。山口県宇部市のホテルに着いたのは夜中の2時半。優雅に船旅の予定が、大変な1日となってしまいました。

◆12月22日
 ホテルのチェックアウトぎりぎりまで寝た後、山口県小野田市へ向かいました。その晩のコンサートは市が主催する「イルミネーションコンサート」で、市の図書館に付属する180名程度のホールで行いました。お客さんのほとんどはトラヴェルソなんて見たことも聞いたこともない方々だったのですが、その晩のコンサートは大入り満員で熱気がムンムンしてました。小さなお子さんも結構いたのですが、皆さん本当に熱心に聴いて下さいました。アンコールの後も拍手が鳴りやまず、大急ぎで走って楽屋に楽譜を取りにいったほどです。でも、まちがっても演奏会中に走るもんじゃありませんねぇ。息が上がって、いつもの倍ぐらい息継ぎが必要になってしまいました・・・。後で聞いたところによると、私たちのコンサートの入場整理券はコンサートの1ヶ月前に、市役所と図書館で無料配布されたのですが、なんと30分でなくなってしまったのだそうです!無料とはいえ、すごい!ポピュラーコンサートみたい!コンサートのあとはもちろん宴会。洋風居酒屋で舌鼓を打ちました。

◆12月23日
 その朝もチェックアウトぎりぎりまで寝てから、福岡へと向かいました。この日のコンサートは知人宅でのホームコンサート。最近新しく建てたという家は、設計士さんが部屋の響きも考えながら作ったというだけあって、とても透明感のある音がしました。お客さんが入っても響きはほとんど変わらず、大変吹きやすかったです。日本で響く部屋といえば、お風呂場のようにただ響く部屋が多く、十分に響きながらもすべての音が細かいところまでクリアに聞こえてくる部屋は滅多にありません。貴重な体験をさせていただきました。ただ問題はこの美しく響く部屋が3階だったことです。上尾さんのチェンバロはドイツモデルで、チェンバロの中でも特に重い楽器です。それを階段で3階まで上げるのなかなか大変でした。コンサートの後はとても豪華な手作りの立食パーティ。鶏の丸焼きも、ローストビーフも、キッシュも、ワインも食べ放題、飲み放題!心ゆくまで堪能しました。

◆12月24日
 クリスマス・イブは大忙しの日でした。まずは2時から、「18世紀音楽祭協会の会員のためのクリスマス・コンサート」ということで、福岡市にある協会の事務局(というのは要するに私の実家ですが)に30人ほどの人が集まりました。(下の写真)その後、私のお手製ケーキ、紅茶、お菓子、ワインのなどでちょっとしたパーティをしました。
 夕方からはクリスマスイブ礼拝で演奏をするため、私が幼稚園時代から通っていた教会へ行きました。リハーサルもすませ、準備万端、お客さんも入り始め、後はもう礼拝が始まるだけという時になって、それが燭火礼拝(暗闇の中、ろうそくの光りだけで行われる礼拝)であることをはたと思い出しました。もちろん演奏する曲を暗譜なんてしていませんから、それから楽譜を照らすためのランプを探して大騒動。でも、礼拝は無事荘厳に執り行われましたよ。礼拝にはテレビ局が2局も来ていてびっくり!でも、1曲目のアベ・マリアを吹き終わったあたりでそそくさと2局とも帰ってしまいました。どうせなら、最後のバッハを撮ってくれれば良かったのに・・・。というのも、アベ・マリアというのは前日にファックスで送られてきたプログラムを見て初めて、吹く予定になっているらしいと気が付いた曲だったのです。なぜそんなことになってしまったのかは未だに謎ですが、すでに載ってしまっているのならしょうがないと、前日に、トラヴェルソで吹きやすいニ長調に移調して、慌ててさらいました。
 忙しかった1日の締めくくりは焼き肉でした。実家の近所のいつもは大人気のお店なのですが、いってみるとなんだか閑散としていました。初めはクリスマスに焼き肉を食べたいなんて思う人はやっぱり少ないのかなぁと思ったのですが、よく考えてみれば狂牛病の影響なのでしょうねぇ。

◆12月25日
 クリスマスの日には福岡市近郊にある産婦人科の病院でマタニティーコンサートをしました。妊婦さん達はずっと座っていると疲れるということで、25分間お話ししながらやって、10分休んで、また25分という軽めのコンサートでした。聴きやすいバッハのシチリアーノや、かの有名なメヌエットなど、バロック名曲集だけでなくみんなで一緒にクリスマスソングを歌ったりもしました。「オランダのお産は・・・」などと知ったかぶりの話はメロメロになったりもしましたが、トラヴェルソの優しい音色はおなかの赤ちゃんにも喜んでもらえたに違いないと信じています。この日は私たちの出前ツアーの最終日でもありました。私は翌日すぐに別のコンサートのためのリハーサルがあったため、一足先に飛行機で東京へもどり、上尾さんは18時間近くかけて1人で車で東京にもどりました。

 上尾さん、運転、楽器運びから調律に至るまで、全部1人でやってくれて本当にご苦労さまでした。貴方がいなかったらこの企画は成り立たなかったことでしょう。深く深く感謝しております。そして、コンサートを企画して下さった方々、また、聴きに来て下さった方々に、この場を借りて深くお礼を申し上げます。それぞれの場所で、普通のコンサートでは考えられないほどの手作りで心のこもった暖かい歓待を受け、音楽をやっていてほんとうによかったなぁと思いました。

 トラヴェルソやチェンバロなどの古楽器というのは、もともと貴族の館で食後のひとときを楽しむために演奏されていた楽器です。ですから、今回やったような少人数のコンサートにおいて一番その良さが発揮されます。しかし、現実としては少人数では収益がどうしても限られてしまいますので、地方ではチェンバロを借りると経費だけで赤字になってしまうという問題がありました。今回の出前ツアーは2人で東京からチェンバロを運びつつ各地でコンサートをするという私たちにとっては初の試みだったわけですが、思っていたよりはるかによい手応えを得ることが出来ました。日本の住宅事情ではまだまだ難しいとは思いますが、ホームコンサートこそが演奏する側にとっても、聴く方にとっても、現代においてもっとも贅沢なコンサートであり、贅沢な時代に作られたバロック音楽を演奏するのにふさわしいコンサートであると思います。もし、この文章をお読みになって「うちでもホームコンサートを開いてみたいなあ」と思われる方がいたら、どうぞメールでご一報下さい。バロック・デリバリー・サービスがいつでも、どこでも出前を致します。
 福岡市の18世紀音楽祭協会事務局のクリスマスコンサート&ティーパーティで演奏するチェンバロの上尾直毅さんと私。このコンサートで上尾さんはミュゼットの演奏も披露しました。

08.ベルギーの田舎の教会でやったCDレコーディング(2002年6月)


 5月にベルギーのアルデンヌ地方にある田舎村に行って、はじめてのソロCDのレコーディングをしてきました。チェンバロはベルギーのロベール・コーネン先生、ヴィオラ・ダ・ガンバは「ラ・フェート」をいっしょにやっているイギリス在住の市瀬礼子さんでした。曲目はバッハとその周辺のドイツ・バロック音楽です。(左は教会の中での録音風景)
 レコーディングをした教会はコーネン先生の別荘の近くにあり、私たちは古い農家を改築した彼のすてきな別荘に泊めていただいて、録音をしました。村にはパン屋兼なんでも屋の店が1軒あるだけで、庭や牧場には花が咲き乱れていました。直径5センチもあるタンポポの綿毛が至るところにあり、風が吹くとまるで吹雪のように綿毛が風に舞い、幻想的な風景でした。本当にのどかで静かな村なのですが、教会の回りには小鳥がいっぱい住んでいて、日が暮れる夜の10時頃までにぎやかに騒ぐので、録音は彼らが寝静まってからが本番と言うのがちょっと大変でしたが・・・・
  最初のリハーサルでは、優雅なコーネン先生と忙しい日本から来たばかりの私のテンポ感がまるで違っていて、どうなることかと思いました。でもコーネン先生と共に、ゆったりとした食事や散歩、おしゃべりを楽しんでいるうちに、私のテンポもだんだんゆったりしてきて、最後にはぴったり息が合うようになりました。気をつけていたつもりではあったのですが、日本の小さな部屋で一人で必死にさらっていると、ついつい猪突猛進型の演奏になってしまいます。怖いですね〜。

 
 (録音した教会とコーネン先生の別荘の写真)

 コーネン先生御推薦の教会は、長い残響を持っているのに、お風呂場のようなワンワンとした感じがなく、細かいところまで音がクリヤーに響くすばらしい教会でした。日本の響きのない部屋で音を遠くまで飛ばそうとすると、どうしても尺八のような部屋を切り裂く力強い音になりがちです。そうなるまいと、オランダからの帰国以来、いつもヨーロッパの教会をイメージしながら吹くように気をつけていたのですが、今回久しぶりに本物のヨーロッパの教会で吹いてみて、あまりに不必要に頑張って吹いている自分に気が付き愕然としてしまいました。部屋の響きに慣れてオランダ時代の勘を取り戻すのに数日かかりましたが、響きのよい部屋で、部屋の響きに身を任せるのはなんとも気持ちのいいものです。日頃のストレスを心身共に解放できたような気がします。
 ベルギーに行く前は「初のソロCDだ!」と期待半分、かなり緊張していました。でもコーネン先生ご夫妻の暖かいおもてなし、絞りたて牛乳や焼きたてのパン、白アスパラガスなどのシンプルだけれどすばらしい食事、中世から時間が止まっているかのようなのどかなベルギーの村、すばらしい教会、そして録音技師、市瀬さん、教会の神父様他たくさんの方々のご協力のおかげで、思いがけず心から楽しむことのできるセッションとなりました。ガンバの市瀬さんも「たくさんの録音をこれまでしたけど、こんなにのんびりと楽しみながらできたのは初めて」と言っていました。私自身、細かい技術的な部分では後悔はいくらでもありますが、全体として、とても雰囲気のある録音ができたと思っています。発売時期はまだ未定ですが、来年は一度コーネン先生に日本においでいただき、CD発売記念ツァーでもしたいと考えています。詳細が決まりましたら、ご案内しますので、お楽しみに!

09.PIPERSのなが〜いインタビュー(2002年7月)


PIPERSのなが〜いインタビュー

 パイパーズという管楽器関係の雑誌から、最近取材があって、なが〜いインタビュー記事が、6月号に出ました。パイパーズ編集部に問い合わせたところ、「全文をホームページに出すのは困ります」といわれました。確かに有料の雑誌なので、営業妨害になりそうです。「一部ならいい」ということでしたので、以下はそのサワリの部分だけご紹介します。


−日本フルート協会会報に連載中の「フルートの歴史」が、5回目にしてバロック時代まで来ました。「(バロック音楽の)室内楽を演奏するとき、その根底に流れるバロック・オペラの劇的な要素をけっしてわすれてはいけない」と書いていらっしゃいます。

前田 バロックの音楽は、情感の音楽なんですね。ルネサンスの音楽は、世俗的なものを別にすれば、教会で演奏され、神に捧げる音楽でしたが、バロック時代になって「自分の感情を表現する」という方法が出てきました。と言っても、ロマン派のようにダイレクトに感情を表現するわけではなく、感情を表す様々なイディオムを駆使してそうしようとしたわけですけど。

−その「イディオム」が、現代の我々には見えにくくなっていますね。

前田 ええ。でも、声楽のように歌詞があれば、その曲のイメージが湧くでしょ。バロック時代は、声楽中心のルネサンス時代からやっと器楽が自立し出したとはいえ、やはり声楽のイディオムにまだまだ依存しているんですね。たとえば「溜息(ためいき)」の音形というのがあるんですが、これなど、本当に溜息のように聞こえます。この曲は悲しい曲か楽しい曲か、というときに、そういった目印があると分かりやすいですよね。

−バッハなどにも溜息の音形が出てくるんですか?

前田 カンタータなどによく出てきますね。

−「溜息」のほかには?

前田 音楽修辞学の話になりますけど、たとえば上行形のフレーズでは気持ちの高揚や喜びを表し、下行形では落胆や悲しみを表しますね。曲をばっと見て、上行形のスケールがいっぱい出てくるようなものは、とても前向きの音楽なんだろうと。上行音形がたくさんあっても、ドレミファ、シドレミ、ラシドレ・・・・とシークエンスで下がっていくようなものは、「上に行きたいけれども、あ〜駄目だ」みたいな音楽なんだとか。

−面白いですね。バッハのフルートソナタなども、そうした「感情表現」として読んでいけるわけですか?

前田 ロ短調オブリガートソナタの有名な冒頭部分はシ−ファ♯と最初に上がって、ファ♯がもう一度繰り返され、なかなかその上の音に上がらない。頭がつっかえている状態。そこからファ♯・ソ・ファ♯・ミ/レ・ド♯・レ・シと落ちて行きますよね。上に行きたいんだけど、ああ、やっぱり駄目なんだと、結構、絶望的な曲だということが冒頭部分から分かります。この曲は同時に、フルートとチェンバロの右手が旋律的に絡みあいますけど、ああいうのはルネサンス音楽の対位法が残っているスタイルなんです。バッハにはいつもその両面があります。

−バロック音楽では舞曲との関連性も大事になってきますね。

前田 バッハの舞曲では、実際に踊ることを想定しないで書かれたものがたくさんあるんですが、でも、元になっている踊りを知らないと曲のもつリズム感は作れないと思います。

−最近はバロックダンスを目で見るチャンスも多くなりました。

前田 舞曲では1拍目がいつも重要で、バロックダンスでは、そこで背伸びをします。1拍目が最も高い姿勢になるために、その前の小節の最後の裏拍で屈む。1拍目が強調されると言っても、バロックダンスはいつも前に進んでいます。同じ場所で伸びたり屈んだりするわけではない。日本人的な感覚で1拍目を強調すると「ズンチャッチャ」といつも同じ場所で地面を抉るみたいな動きになりますけど、そうじゃないんですね。3拍子なら、3拍目がすっと前に行かなくてはいけない。舞曲では、踊りながら体の重心を移すのと同じように演奏することが重要になってきます。当時のドレスは脚の下まで隠すので、見る人に脚をどう曲げたかは見えませんよね。手も、ひらひら動かすわけじゃなく、上品に動かす。見る人には、頭が上に行ったか下に行ったかぐらいしか見えません。頭が上にふわっと伸びて、すっと横に動く・・・・そういった動きが、音楽のリズムの方向性と一緒なんですよ。面白いのは、メヌエットで一番典型的なものに「Z」のメヌエットと言って、男と女が「Z」字のライン上を踊りながら互いに逆に辿って行くのがあるんですが、すると対角線の真ん中で必ずすれ違いますよね。その時に、ふっと互いに流し目を送ったりする。そういうのが音楽にも表現されていたりするんです・・・

 といった感じで、まだ延々と続きます。後を読みたい人は、雑誌「PIPERS」6月号を買ってご覧下さい!(パイパーズのホームページはここ