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◆12月20日
◆12月23日 ◆12月24日 ◆12月25日 上尾さん、運転、楽器運びから調律に至るまで、全部1人でやってくれて本当にご苦労さまでした。貴方がいなかったらこの企画は成り立たなかったことでしょう。深く深く感謝しております。そして、コンサートを企画して下さった方々、また、聴きに来て下さった方々に、この場を借りて深くお礼を申し上げます。それぞれの場所で、普通のコンサートでは考えられないほどの手作りで心のこもった暖かい歓待を受け、音楽をやっていてほんとうによかったなぁと思いました。 トラヴェルソやチェンバロなどの古楽器というのは、もともと貴族の館で食後のひとときを楽しむために演奏されていた楽器です。ですから、今回やったような少人数のコンサートにおいて一番その良さが発揮されます。しかし、現実としては少人数では収益がどうしても限られてしまいますので、地方ではチェンバロを借りると経費だけで赤字になってしまうという問題がありました。今回の出前ツアーは2人で東京からチェンバロを運びつつ各地でコンサートをするという私たちにとっては初の試みだったわけですが、思っていたよりはるかによい手応えを得ることが出来ました。日本の住宅事情ではまだまだ難しいとは思いますが、ホームコンサートこそが演奏する側にとっても、聴く方にとっても、現代においてもっとも贅沢なコンサートであり、贅沢な時代に作られたバロック音楽を演奏するのにふさわしいコンサートであると思います。もし、この文章をお読みになって「うちでもホームコンサートを開いてみたいなあ」と思われる方がいたら、どうぞメールでご一報下さい。バロック・デリバリー・サービスがいつでも、どこでも出前を致します。 |
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(録音した教会とコーネン先生の別荘の写真) コーネン先生御推薦の教会は、長い残響を持っているのに、お風呂場のようなワンワンとした感じがなく、細かいところまで音がクリヤーに響くすばらしい教会でした。日本の響きのない部屋で音を遠くまで飛ばそうとすると、どうしても尺八のような部屋を切り裂く力強い音になりがちです。そうなるまいと、オランダからの帰国以来、いつもヨーロッパの教会をイメージしながら吹くように気をつけていたのですが、今回久しぶりに本物のヨーロッパの教会で吹いてみて、あまりに不必要に頑張って吹いている自分に気が付き愕然としてしまいました。部屋の響きに慣れてオランダ時代の勘を取り戻すのに数日かかりましたが、響きのよい部屋で、部屋の響きに身を任せるのはなんとも気持ちのいいものです。日頃のストレスを心身共に解放できたような気がします。 |
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パイパーズという管楽器関係の雑誌から、最近取材があって、なが〜いインタビュー記事が、6月号に出ました。パイパーズ編集部に問い合わせたところ、「全文をホームページに出すのは困ります」といわれました。確かに有料の雑誌なので、営業妨害になりそうです。「一部ならいい」ということでしたので、以下はそのサワリの部分だけご紹介します。 −日本フルート協会会報に連載中の「フルートの歴史」が、5回目にしてバロック時代まで来ました。「(バロック音楽の)室内楽を演奏するとき、その根底に流れるバロック・オペラの劇的な要素をけっしてわすれてはいけない」と書いていらっしゃいます。 前田 バロックの音楽は、情感の音楽なんですね。ルネサンスの音楽は、世俗的なものを別にすれば、教会で演奏され、神に捧げる音楽でしたが、バロック時代になって「自分の感情を表現する」という方法が出てきました。と言っても、ロマン派のようにダイレクトに感情を表現するわけではなく、感情を表す様々なイディオムを駆使してそうしようとしたわけですけど。 −その「イディオム」が、現代の我々には見えにくくなっていますね。 前田 ええ。でも、声楽のように歌詞があれば、その曲のイメージが湧くでしょ。バロック時代は、声楽中心のルネサンス時代からやっと器楽が自立し出したとはいえ、やはり声楽のイディオムにまだまだ依存しているんですね。たとえば「溜息(ためいき)」の音形というのがあるんですが、これなど、本当に溜息のように聞こえます。この曲は悲しい曲か楽しい曲か、というときに、そういった目印があると分かりやすいですよね。 −バッハなどにも溜息の音形が出てくるんですか? 前田 カンタータなどによく出てきますね。 −「溜息」のほかには? 前田 音楽修辞学の話になりますけど、たとえば上行形のフレーズでは気持ちの高揚や喜びを表し、下行形では落胆や悲しみを表しますね。曲をばっと見て、上行形のスケールがいっぱい出てくるようなものは、とても前向きの音楽なんだろうと。上行音形がたくさんあっても、ドレミファ、シドレミ、ラシドレ・・・・とシークエンスで下がっていくようなものは、「上に行きたいけれども、あ〜駄目だ」みたいな音楽なんだとか。 −面白いですね。バッハのフルートソナタなども、そうした「感情表現」として読んでいけるわけですか? 前田 ロ短調オブリガートソナタの有名な冒頭部分はシ−ファ♯と最初に上がって、ファ♯がもう一度繰り返され、なかなかその上の音に上がらない。頭がつっかえている状態。そこからファ♯・ソ・ファ♯・ミ/レ・ド♯・レ・シと落ちて行きますよね。上に行きたいんだけど、ああ、やっぱり駄目なんだと、結構、絶望的な曲だということが冒頭部分から分かります。この曲は同時に、フルートとチェンバロの右手が旋律的に絡みあいますけど、ああいうのはルネサンス音楽の対位法が残っているスタイルなんです。バッハにはいつもその両面があります。 −バロック音楽では舞曲との関連性も大事になってきますね。 前田 バッハの舞曲では、実際に踊ることを想定しないで書かれたものがたくさんあるんですが、でも、元になっている踊りを知らないと曲のもつリズム感は作れないと思います。 −最近はバロックダンスを目で見るチャンスも多くなりました。 前田 舞曲では1拍目がいつも重要で、バロックダンスでは、そこで背伸びをします。1拍目が最も高い姿勢になるために、その前の小節の最後の裏拍で屈む。1拍目が強調されると言っても、バロックダンスはいつも前に進んでいます。同じ場所で伸びたり屈んだりするわけではない。日本人的な感覚で1拍目を強調すると「ズンチャッチャ」といつも同じ場所で地面を抉るみたいな動きになりますけど、そうじゃないんですね。3拍子なら、3拍目がすっと前に行かなくてはいけない。舞曲では、踊りながら体の重心を移すのと同じように演奏することが重要になってきます。当時のドレスは脚の下まで隠すので、見る人に脚をどう曲げたかは見えませんよね。手も、ひらひら動かすわけじゃなく、上品に動かす。見る人には、頭が上に行ったか下に行ったかぐらいしか見えません。頭が上にふわっと伸びて、すっと横に動く・・・・そういった動きが、音楽のリズムの方向性と一緒なんですよ。面白いのは、メヌエットで一番典型的なものに「Z」のメヌエットと言って、男と女が「Z」字のライン上を踊りながら互いに逆に辿って行くのがあるんですが、すると対角線の真ん中で必ずすれ違いますよね。その時に、ふっと互いに流し目を送ったりする。そういうのが音楽にも表現されていたりするんです・・・ といった感じで、まだ延々と続きます。後を読みたい人は、雑誌「PIPERS」6月号を買ってご覧下さい!(パイパーズのホームページはここ) |
