前田りり子著 発売中
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記者が選ぶ今週はコレ!・クラシック:前田りり子著『フルートの肖像』

 楽器の辞典的な本といえば、なんとなく堅苦しくて読みかけでやめてしまうものが多い。だからたいていの楽器に関して、起源だけはどれも知っているのだけど、という妙に偏った知識が生まれてしまうのだが、このほど刊行された前田りり子著『フルートの肖像〜その歴史的変遷』には、その心配がなさそうだ。

 項目は第1章「古代から中世まで」から始まり、第4章「ルネッサンス時代のフルート奏法」、第6章「バロックの二大様式とフルート音楽」、第7章「ルター派の音楽とバッハ」、第9章「クヴァンツのフルート奏法」、第13章「バロック時代のピッチと四分割フルート」などを経て、第16章「べーム・フルートへの道と批判者たち」まで、通時的に網羅しており、フルート辞典としての役割を十二分に果たしている。内容も、最新の情報に基づいて、現時点で分かっている資料を正確に記述している読み応えのあるものだ。

 ところが全く堅苦しくなく、どこかフルートの音色のようにやわらかく繊細なのである。その理由は、著者の姿勢に絶えず問いかけがあり、それが文体ににじみ出ているからだろう。記述している知識に対して、自分はこれだけ知っている、というおごりが感じられない。読んでいるうちにフルートがさらに好きになること請け合いである。東京書籍刊。3150円。【梅津時比古】

毎日新聞 2006年11月13日 東京夕刊

【書評】『フルートの肖像』前田りり子著

 ■時代に合わせて変化する楽器

 どんなジャンルにも、ひとたび議論が持ち上がると必ず泥仕合になって終わる話題がある。
 例えばクラシック音楽の世界には、「ピリオド派かモダン派か」というのがあって、必ずや議論は平行線をたどって白熱し、たいていは互いに友情を一つ失ったことを確認して幕を閉じることになっている。
 ピリオド派というのは、音楽が作られた時代の楽器や演奏習慣を重視する考え方で、モダン派というのは、十九世紀以降に「改良」された楽器を重視する考え方のことだ。
 『フルートの肖像』は、フルートという楽器の歴史的変遷について綴った一冊である。著者はルネサンスやバロックの音楽を、ピリオド楽器(その時代の楽器。コピーも含む)を使って演奏するプロであるから、間違いなくピリオド派であろう。
 もちろん著者は、筆者とはことなり、そのことを喧嘩腰で語ったりはしない。「時代が楽器をつくる」ということを、まことに丁寧に、実証的に説いているのである。
 例えば、ルネサンスフルートはほぼ円筒形だが、バロックフルートは下流に向かって内径が狭くなる円錐形をしている。今日多く使われているモダンフルートは、頭部管だけが下流に向かって広がる円錐形をしている。これらの形状の違いは、その時代時代の演奏空間や好みを反映しているのである。
 だから、楽器は「発達」してきたのではなく、時代に合わせた「変化」をしてきているのに過ぎない。
 特筆すべきは、ヨーロッパの精神史や生活史が、極めて要領よく、わかりやすく紹介されている点だ。このことと関連づけられてフルートの変遷が語られているから、説得力がある。
 そういえばフッサールは、近代の特質の一つとして空間と時間の均質性をあげたが、本書を読むと、なるほどモダンフルートの陰のない均質な音色は、近代という時代が要求したのだということがよくわかる。(東京書籍・3150円)

演芸評論家・大友 浩

◇【プロフィル】前田りり子
まえだ・りりこ バロック・フルート演奏家。昭和47年、福岡県生まれ。ハーグ王立音楽院大学院修了。

産経新聞 2007年1月7日

【アプローチ九州】

◆フルート主軸の音楽史  随所に奏者の素直な感想

 先ごろ多くの高校で必修科目の履修漏れが発覚した。世界史が筆頭である。十代半ばの生徒にとって、海外の昔話なんてまったく興味が持てない。私は世界史を一夜の暗記で片付けた。やがて仇をとられたのだ。学者が書いた音楽史は、読者が西洋史に明るいという前提で記述している。理解できないので世界史を読み直した次第である。
 いい本が出た。福岡市出身の前田りり子著「フルートの肖像」、東京書籍の発行。フルート主軸の音楽史だ。著者は要所ごとに西欧の社会史を折り込んでくれたから、読みやすい。」前田は少壮の古楽器奏者だ。昔の言葉を理解するには往時の社会を知る必要がある、という主張の持ち主である。本書では焦点をルネサンスから19世紀までに絞り込んだ。
 著者は欧米各国の博物館所蔵の貴重な古楽器を吹いた経験が豊かだから、それらの演奏の難易や音色などを記述している。写真も豊富だ。さすがは、オランダのデン・ハーグ王立音楽院で学び、鈴木雅明のバッハ・コレギウム・ジャパンのメンバーなどで、独奏を含めて世界を楽旅した人である。
 そんな著者だけに、奏法も素人にわかるように説明している。私は、6つの指穴と1個のキーの木管で、なぜオクターヴ12の音が出せるのか不思議だった。これはフォーク・フィンガリングという技法によるという。演奏が至難だから、音程、音色ともに思うに任せないらしい。最難曲の例はバッハの「音楽の捧げもの」のトリオ、ハ短調とか。彼女は「バッハの鬼〜!悪魔〜」と悲鳴をあげている。これでわかった。私が聴いたこの曲の生演奏は現代の楽器ばかり。古楽器では、さまになり難いのである。
 著者は音楽家としての素直な感想を随所にちりばめている。この本の魅力である。まるで通奏低音のチェンバロの奏者が入れる右手の即興演奏のように、きらりと光る。歴史書の退屈さをまったく感じさせない。
 九州出身の彼女のような才能は東京以外に受け皿がない。地方文化振興の大問題である。解決の目途はない。

(田中 孝)

日本経済新聞(九州版)2007年2月15日