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ジャック=マルタン・オトテール 幾多の楽器製作者・宮廷音楽家・作曲家を輩出したフランスのオトテール一族の中でも最も傑出した音楽家で、「オトテール・ル・ロマン(ローマ人)」とも呼ばれいた。特にルイ14世時代のフルートとミュゼットにおける最も卓越した製作者であると同時に、最も卓越した演奏家でもあった。また彼は、バロック・フルートのための最初の教則本を書き、多くの優れたフルート曲を残している。まさに「バロック・フルートの始祖」と呼ぶにふさわしい音楽家である。 |
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2007年5月13日(日) 東京オペラシティ「近江楽堂」
フルート:前田りり子 ヴィオラ・ダ・ガンバ:福沢 宏 テオルボ/バロック・ギター:竹内太郎 |
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J.B.ボワモルティ エ:組曲 第1番 ホ短調 作品35の1(1731年) M.ド・ラ・バール: 組曲 第5番 ニ短調 作品1の5(1702年) J.M.オトテール:エールとブルネ集より J.M.オトテール:組曲 第3番 ト長調 作品2の3(1708年) L.A.ドルネル:組曲 第2番 ロ短調 作品2の2(1711年) スペインのフォリア ギターによる即興演奏 J.M.オトテール 組曲第4番 ホ短調 作品2の4 (1708年) |
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福岡市出身。9才よりモダンフルートを始める。高校2年の時、全日本学生音楽コンクール西日本大会フルート部門1位入賞。その後バロック・フルートに転向して有田正広氏に師事し、桐朋学園大学音楽学部古楽器科に進学する。1993年にオランダのデン・ハーグ王立音楽院に留学し、バロック・フルートをバルトルド・クイケン氏に師事。1996年、山梨古楽コンクールにて第1位入賞し、1995、96年には栃木「蔵の街」音楽祭に招聘されて出演。1999年、ブルージュ国際古楽コンクールで2位入賞(フルートでは最高位)。2000年にデン・ハーグ王立音楽院大学院を修了。帰国後は東京に在住して、全国各地でしばしばリサイタルや室内楽コンサートを催すと同時に、ソロやアンサンブルのCDレコーディングを行っている。2006年には、単行本「フルートの肖像」を東京書籍より出版した。バッハ・コレギウム・ジャパン、ラ・フェート・ギャラントなど各種演奏団体のメンバー。音楽教室「ダ・カーポ」、東京芸術大学非常勤講師。
1988年、オランダのデン・ハーグ王立音楽院卒業。ヴィオラ・ダ・ガンバをヴィーラント・クイケン、室内楽をクイケン兄弟、ルーシー・ファソ・ダールの各氏に師事。在学中より「カメラータ・アムステルダム」、「ジェンキソズ・コンソート」のメンバーとしてヨーロッパ各地で活動。帰国後は東京でのリサ イタルをはじめ、ソロ及び通奏低音奏者として栃木「蔵の街」音楽祭,福岡古楽音楽祭,北とぴあ国際音楽祭,八ヶ岳高原音楽祭,サイトウ・キネン・フェスティバル,NHK・FMリサイタルなどに出演。全国各地で多彩な演奏活動を行っている。「ザ・ロイヤル・コンソート」「バッハ・コレギウム・ジャパン」メンバー。東京芸術大学古楽科講師。 ◆竹内 太郎
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【Program note】
バロック・フルートの黎明期 〜オトテールの時代〜
16世紀に大人気を博していたフルートは、17世紀のイタリアで始まったバロックという新しい芸術様式の到来とともに、次第に姿を消していきます。ほぼ円筒の木の筒に7つの穴があるだけの単純な楽器では、バロックの壮大な表現力についていくことができなくなったためです。光と影を強調し、感情を放出させるバロックは瞬く間にヨーロッパ全土へと広まっていきました。 そんな新しい時代の波を柔軟に吸収しながらも、イタリアに対抗して独自の芸術様式を唯一確立したのがフランス国王ルイ14世です。王は自国の国力を国内外に見せつけるために、芸術の力を最大限に利用しました。ヴェルサイユには壮麗 な宮殿が建てられ、毎晩のように舞踏会、音楽会、劇やバレエ、オペラなどが催されました。音楽の需要は非常に高まり、宮廷楽団の規模もそれに呼応して組織 化され大きくなっていきます。 17世紀前半までの宮廷楽団ではルネッサンス時代と変わらない管楽器が使われていました。しかし音域が狭く、すべての半音階を演奏することができない古いタイプの楽器では、ルイ14世が要求する華麗で荘厳な音楽を表現することが難しかったため、管楽器には様々な改作が加えられていきます。 円筒型だったフルートの内径は円錐型となり、低音から高音までよりやさしい指使いで、しかも正しい音程で演奏できるようになりました。1本の木で作られていた管は3つに分割され、他の楽器とピッチが合わせられるようになりました。6つだった指穴は7つに増え、すべての半音階が演奏できるようになりました。また7つ目の穴を短い小指で押さえるために、キーが一つ加えられました。フランス貴族たちの趣味を反映して、外形はまるで高級家具のような装飾で彩られ、音色もまろやかな憂いをおびました。そして新しいフルートは貴族にふさわしい品のある楽器として人気を博し、18世紀にはたくさんのアマチュアフルート奏者が誕生しました。 このような管楽器の機能や奏法の改革を17世紀を通じて精力的に推し進めていったのが、当時木管楽器製作家兼演奏家として名高かったオトテール一族です。中でも特に有名だったのが、フルートのための組曲、教則本、練習曲などを多数出版し、好評を重ねていたジャック・マルタン・オトテール(ル・ロマン)です。 本日のコンサートでは、このJ.M.オトテールの作品を中心に、当時最高のフルート奏者と名高かったM.ド・ラ・バールの作品や、楽章のタイトルにド・ラ・バールやデコトーなどの当時有名だったフルート奏者の名をつけたドルネルの作品、アマチュア向けのフルート曲を大量に出版して大成功を収めたJ.B.ボワモルティエの作品などを演奏したいと思います。 フランスを除く全ヨーロッパを席巻していたイタリア様式の器楽曲は、各楽章に アレグロやアダージョなどの速度記号がついたソナタやコンチェルトがほとんどですが、フランスでは王自身が大変な踊り好きで、とても優秀な踊り手でもあったため、舞曲が器楽において非常に大きな地位を占めていました。各楽章はメヌエット、ガヴォット、サラバンドなど特徴的なリズム型をもつ舞曲からなり、さらに人の名前や地名、曲の雰囲気を象徴するようなタイトルが多くの場合つけられています。今となっては誰のことかよくわからないタイトルも多いのですが、当時最も輝いていたヴェルサイユの華やかな情景を思い浮かべながら、バロック・フルート黎明期の優雅な音楽を、ゆったりとお楽しみいただければ幸いです。(前田りり子) |
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左:ルネッサンス・フルート。継ぎ目のない1本の管で、トーンホールは6個、キーはない。(1520年ごろ、ローラウ城ハラッハ伯爵家コレクション) |
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