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| 2011年4月17日(日) 製作を進めていました熊延鉄道ヂハ103がなんとか形になりました。 最終段階になって色々と試行錯誤したことがありましたがとりあえず自分なりの許容範囲にできたので納得しています。 これで熊延鉄道の模型が2両となりました。 もう少し増備したいのですが今回みたいな製品もなく完全自作となると躊躇してしまうのが正直なところです。 仕掛品のフィニッシュも進めながらですのでなかなか新しい車両に手を付けられないでいます。 しかし、目が衰えるのがこうも早いとは・・・ 2011年2月20日(日) 1月30日(日)に末に熊本産業遺産研究会が企画されたコアな熊延鉄道跡探訪の行事が天気予報が思わしくなかったので前日に中止になりました。 中止となったのは残念ですが、前回のツアーと違って足場の良くないところまで見に行く計画だったようなので懸命な選択だったと思います。 次の機会を楽しみにしております。 さて、小生は1月29日から31日まで帰省してまして、空いた時間に自転車で滞在先の近所をぶらついてきました。 31日は天気も回復しまして帰路につく前に熊本電鉄北熊本工場にお邪魔させていただきました。 また、地元の放送局がテレビ放送開始50週年企画で発売したDVDをようやく入手。 熊本の鉄道画像も結構入っており、熊延鉄道廃止時の映像も初めてみました。 懐かしく感じた70分です。 2010年4月3日(土) 先週の土曜日に参加してきた「ブルドックで行く熊延鉄道跡探訪」の画像をUPしました。 廃止から46年。鉄道があったことが忘れられようとしているこの時期に元鉄道従事員の方も参加されたツアーは大変意義深いものだと思っております。 廃線跡は時が経つに従ってだんだんと消滅していくもですが、まだま残っているものですね。 やはり都会とはちがうのでしょうか。 2010年2月20日(土) 7年超ぶりの書き込みです。 色々とありすぎて少しばかり趣味から遠ざかっていましたが、50歳を目前にして趣味もすることにしました。 今年は年の初めから模型いじりをけっこうしており、今日まで続いています。 仕掛品をとりあえず塗装まで完成させるということを中心にしています。 仕事も忙しくないことはないのですが、休日なできるだけ休むように心がけています。 さて、本日もゴソゴソしよう。 2004年2月8日(日) 気がつくとココへの書込みが一年以上あいていました。 更新するのが目一杯でココへの書込みまで気力が続かなくなってきました。歳かな〜? 最近の寒さと体調を崩したので模型の方も離れておりましたが、本日は、製作中の日本初アルミカー3両目の窓抜きをしました。 結構はかどり内張りをする寸前まできました。 一服したら思い切って貼り付けしまう予定です。 しかし、北向きの暖房無の部屋はさすがにこたえます。 半田付けしたいたらまだマシなんでしょうが・・・・・ 夏場は鬱陶しいアームスタンドの60W電球も暖房にはほとんど効果がありません。 しかし、毎年の事ながら、年始に計画を立てて着手するのですが、体調を崩して予定が狂うとなかなか再開できない性格はどうしようもないですね。 まあ、道楽ですからこんなことができるわけで、仕事だったら思考回路を無理やり動かさなけれなりませんから。 2003年1月26日(日) 昨秋にお預かりした中島忠夫氏の写真をUPさせて頂く事にしました。 小生が在熊していた頃までは、当時を伝えるものがまだまだありましたが、現在では、ほとんど残っていないようです。 40年近く前の藤崎宮前の様子を懐かしんで頂けたら幸いです。 2003年1月19日(日) 熊本電鉄の撮り貯めした写真を形式別にまとめてみることにしました。 すでに青蛙や501形についてUPしてありますので、その続編ということになります。 まず、元南武鉄道の121形についてまとめてみました。 当分、このスタイルでUPをしていく予定です。 2002年12月31日(火) 本年も今日で終わり。この一年を振り返ってみようと思います。 模型の方は、結局、完成させたのは知人に納車した1両のみでした。 つくりかけの熊本電鉄ハ50形が2両工作机の上に放置状態です。 この年末年始の連休中にすこしでも工程をすすめようと思っています。 熊本への帰省は3回もしました。さすがに実家の母も呆れ返ったみたいです。 最初は知人の結婚式に出席するために3月の中旬、2回目はゴールデンウィーク、そして3回目はきくち電車クラブ&と〜まるオフ会に出席のため5月の下旬。 熊本で何をしていたかというと、やはり熊延鉄道に関することが一番多かったようです。 県立図書館に行って地方発行の本を調べたり、甲佐から南熊本までの間の遺構調査をママチャリでしたりと結構ハードなことをしたと思います。 その他にも年末に発行された本のために水面下で色々とコンタクトをとったりしました。 その本、RMライブラリー42「熊延鉄道」(田尻弘行著、潟lコ・パブリッシング発行)が12月下旬に発行され思いがけないクリスマスプレゼントになりました。 書中に当方の名前も記載されていますがたいしたお手伝いができなかったのでお恥ずかしい限りです。 当ホームページは前半戦はコンスタントに更新できましたが後半は息切れしてしまいました。 なかでも熊延鉄道跡調査の大作(自分としては)の後はネタが思いつかず悩んでおります。 自分のホームページ以外では、きくち電車クラブの掲示板や熊本と〜まるの掲示板への書込みをしています。 そこ以外の掲示板では吉松真幸さんの掲示板に南薩鉄道・鹿児島交通訪問記の投稿を続けています。思い出すままに書込みしているのですが結構な長さになって自分でも驚いています。このお話はもう少し続く予定です。 そんなこんなであっという間の一年で年初にあれもやりたいこれもやりたいと思っていたこと全ては結局できずじまいでしたが牛歩のごとくでも続けられることがあったのはヨシということで自賛しております。 というわけで今年もお世話になりました。 来年もよろしくお願いいたします。 よいお年をお迎えください。 2002年7月13日(土) 更新停滞中です。 最近、パソコンの動きが重たくなってきたので、思い切ってリカバリーしました。 そういうわけでアプリの設定とかで元の状態にするのに今日一日かかってしまいました。 2002年5月19日(日) やっと更新が完了しました。 予告通り「熊延鉄道跡探訪2002」です。 今回は、60枚ほどの画像をUPしました。 昨年と異なり、天気もよく、実家の近所でもあり愛車(ママチャリ)が威力を発揮しました。 色々と新しい発見があり、充実した調査をすることができました。 炎天下での調査で日焼けした後遺症はやっと治まりました。 もう若くは無い・・・ 2002年5月11日(土) 更新が滞っています。 今年のG.W.も熊本に帰省して4月28、29日の二日間熊延鉄道跡を巡ってきました。 今回の区間は、甲佐から南熊本です。平地ばかりですので今回は愛車(ママチャリ)を利用しました。 昨年と異なり天気は良かったのですが夏を思わせる炎天下の中を自転車で走りましたので皮が剥けるほど日焼けしてしまいました。 途中、御船町では、同い年の従兄弟のいる親戚宅に寄ったり、眼鏡橋の跡を見たり、また線路跡から横道に入った所にある昔から知っている石橋を初めて撮影したりと故郷を堪能してきました。 昨年もそうでしたが、「熊延鉄道跡の探訪をするともれなく石橋巡りが付いてくる」といった感じです。 2002年2月16日(土) 先週の休みにストラクチャーを撮影したフィルムの現像ができたので早速画像をUPしてみました。 いつもなら同時プリントにするのですが、どうせパソコンに取り込むなら現像のみでということにしました。 (本当のところ資金難・・・) でも、すぐに取り込まないで先送りにしてしまうと貯まってしまいそうな気がします。 現像ができたらすぐに取り込む癖をつけないといけなさそうです。 2002年2月10日(日) 一月ぶりの更新です。 昨年のGWに帰省したときに撮影したモハ302の廃車体の写真があるのを思い出し、保存車の番外編としてUPしました。 泗水の孔子公園の車両も実質的に「保存」でなく「利用」なのですが当初のいきさつから区別してみました。 2002年1月1日(火) あけましておめでとうございます。昨年は当HPをご覧いただきありがとうございました。本年もよろしくお願いいたします。 昨年末からあたためていたネタを本日UPしました。 我が国におけるほとんどの保存車のたどった道と同じ道をたどった電鉄の保存車を正月早々ですがUPしました。 我が国では、個人ではどうにできなきことかもしれませんが、こうして記録にとっておいてよかったと思っております。 北熊本の入換機械の元モハ71も劣化が進んでいるようですが、最近、外板のみですが再塗装されて痛みの進行を遅らせることができそうです。 決して余裕のある経営をさえれているわけではない電鉄さんの努力を称えるとともに感謝したいとおもいます。 2001年11月11日(日) トップページの予告通り、菊池電車の廃止区間の記録のUPにとりかかりました。 数回のシリーズになる予定です。 ADSLになって一週間がたちました。おかげで快適にネットサーフィンができるようになりました。 またまた更新が遅くなりそうです。 どうしても模型の製作時間が少なくなってしまいがちですが、少しでも製作するように心がけています。 最も平日はパソコンがないので模型に時間がとれるのですが、最近帰宅が遅くなったり部屋が寒くなったりでペースが回復しません。 模型のページをもっと充実させたいのですが・・・ 2001年11月10日(土) 更新が2ヶ月以上も止まっていました。 フィルムのスキャンが一段落ついてホッとして先送りになっています。 「これではいかん」と一発奮起するために予告をトップページに出しました。 2001年7月29日(日) バタバタしていたら一月以上も更新していませんでした。 構想だけは、いっちょ前にあるのですが、いざパソコンに向うとなかなか進みません。 もっと初心に戻って「勢い」で更新できたらいいのですけど・・・・・ というわけではありませんが、「蛙さんの活躍」のページをUPしました。 まだまだ新車だと思っていましたが、熊本に来てから20年近くたっていますので、月日とともに老朽化しているのが現実です。 既に入線した6両にうち半分の3両が廃車されてしまいましたので、実車が無くなってしまう前になんぞUPしようと腰を挙げました。 フィルムのスキャンが結構時間がかかり、今日一日かかっちゃいました。 今回は、(その1)ですが、あと2〜3頁追加する予定です。 今月は、月初めにRMライブラリー「熊本電気鉄道釣掛電車の時代」が発行されるとの情報が入り、発売日が待ち遠しい日が続きました。 こどもみたいですが、「も〜いくつね〜る〜と〜発売日〜」言った心境でした。 7月20日(金)(祝日)に三ノ宮方面に用事があり、行きつけの模型店に寄ったところ、ありましたありました。 7月21日発売予定となっていたので1日早く入手できたので得した気分です。 2001年6月24日(日) 東急5000系が電鉄に入線したころの写真をUPしました。 5043―5044が入線した時はほんとびっくりしました。18m級の車体は正直大きすぎると感じました。しかし、電鉄初のカルダンドライブで空気バネではないのにフワフワとした乗りごごちは今で言うカルチャーショックに近いものがありました。 そのころから電鉄さんの鉄道部にも度々お邪魔するようになり、5101形の入線時期などを教えて頂けるようになり、当日急遽帰省して取材することになりました。 今から15年前、電鉄の将来を賭けた車両の体質改善で入線した元東急5000系6両は、十分目的を果たし後身の元都営6000系に引き継がれつつあり次第に数を減らしています。 最近、趣味誌等では「現役最後の青蛙」などど紹介され注目されていますが、そう遠くない終焉の時、華やかなお別れ会をしてあげたいと思うと共に静かに労をねぎらってあげたいと思う気持ちが半分半分です。 2001年6月10日(日) おかげさまで一周年を迎えることができました。これもアクセスして頂いた皆様方のご支援ご鞭撻があったからこそここまでこれたものと思っております。本当にありがとうございます。 この1年間で約2500回のアクセスを頂いております。決して多いとは言えませんが、これだけアクセスがあるとは思ってもみませんでした。 日頃お邪魔しさせて頂いている「きくち電車クラブ」の掲示板を見てこられる方がほとんどのようですが、その他からこられた方もいらっしゃいます。 特に年配の方から「懐かしいかった」との感想のメールを頂くとホームページを開設してよかったとしみじみと感じます。 検索エンジンを使って「熊延鉄道」や「川尻電車」のキーワードで検索するとほとんどのエンジンで最初の方に出てくるようになりました。嬉しく思いますがそれだけ資料が少ないのか公開されていないともとれます。 これからもマイペースでボチボチ更新していきますがこれからもよろしくお願いいたします。 2001年5月30日(水)昼休み中 ゴールデンウィークの帰省、その後、スキャナーの購入と、なんやかんやバタバタしておりまして、色々とアップデートはしたのですがここへの書込みまで元気が残っていませんでした。(こんな時、ふと厄年を感じたりします。) 「熊延鉄道跡探訪2001」の訪問は、雨の中本当に難儀しました。できれば冬場にもう一度訪問してみたいものです。 「模型のページ」もとりあえずアップしました。とても人様にお見せできるものではありませんがご笑覧頂けたら幸いです。 それから「きくち電車の今」と「電鉄バス打越線」をアップしました。 「きくち電車の今」は、最近撮影した写真をUPする予定です。日頃は見逃してしまいそうな風景や昔撮影された映像との比較などを考えております。 「電鉄バス打越線」は、昨年のG.W.に帰省した時に撮影したものです。幼い頃、打越に住んでいた親戚宅を訪問した帰り、「電車で帰る!」とダダをこねましたが、電車まで時間がありすぎ、たまたま発車直前の打越線のバスで交通センターまで乗車しました。当時は車掌も乗っていたと記憶しております。 今年5月10日限りで路線休止となり、再び打越線に乗る事はできなくなってしまいましたが、昨年のG.W.に訪問する気になったのは、虫の知らせだったのでしょうか・・・2000年5月3日、快晴の夏を思わせる日でした。 2001年4月23日(月) 今月発売の月刊「とれいん」誌に当方が製作した電鉄の車両の模型が掲載されました。 なんと、6頁も割いてくれています。 301形は、製作してから20年近く経っていますので、とてもお見せできるものではありませんが、記事を読み返していると製作していた当時の記憶が甦りました。 当方が撮影した電鉄の写真のほとんどを編集部の方へ預けていましたが、廃止区間の駅名表も使われるとは予想していませんでした。 あと1頁あったら、廃止区間の全駅名表が掲載されたのですが贅沢は言えません。(辻久保のみありません。) 構成は、お任せでしたのでどんなふうに出来上がるか気になっていましたが、大変気に入っています。 2001年3月30日(金) 「きくち電車の資料」のページがようやくUPできました。 色々あるんですが整理が悪いのですぐには出てきません。 とりあえず、珍しい連絡乗車券をUPしました。 2001年2月25日(日) なんやかんやでバタバタしており模型のページがUPできません。 つなぎと言ってはなんですが、熊本市電の大江変電所の回転変流機をUPしました。 我国における最後の現役回転変流機です。後何年現役でいられるのでしょうか。 2001年2月3日(土) 模型のページの予告をしながらいい写真がなくUPできずにいたところ、知人から熊延鉄道の写真を頂きました。 ホームページへの掲載許可を頂きましたので本日UPします。 鉄道の廃止行事を実見したのは、鹿児島交通の時のみですが、同じような雰囲気だったのでしょうか。 2001年1月7日(日) 21世紀になって最初の更新です。 やっと模型のページをUPする決心がつきました。目次のページに当方の鉄道模型の楽しみ方を書きました。作品と呼べるのものはありませんので全て「作例」としています。なんらかの参考になれば幸いです。 2000年12月4日(月) ようやく更新しました。タイトルの通り「熊延鉄道今昔」「川尻電車今昔」で、現在の写真は全て11月24日に撮影してきました。 午前8時ごろ六嘉の墓参りに自転車で出発、1時間ほどで墓参りを終え、熊延鉄道の鯰駅跡と加勢川鉄橋跡を撮影、その後、加勢川沿いに川尻に移動して、河原町に向って父が撮影した写真を見ながら現在の様子を撮影してきました。その後、実家(田迎町良町)に帰り着いてのが丁度お昼。自転車での大急ぎでの訪問でしたが、父が撮影した当時でしたら、道路も舗装されておらず砂利道で自転車での移動は現在のように早くはできなかったでしょう。そのような面でも時代の変化というものを感じたりします。 2000年11月18日(土) 最近、Updateをサボってましす。構想はいくつかあるのですが、来週、今年4回目の帰省と長崎に行ってきますので本格的な更新はその後となります。 と〜まるの四つある掲示板で、久しぶりに「ノ〜マル」と「同窓」に書き込みしたところ、新しい多くの方がに当方のHPに来てくれました。 年齢的には先輩にあたる方がほとんどですが、昭和40年頃の写真をみて懐かしがっていただけたようです。撮影してくれていた父に感謝! 2000年9月30日(土) 「えいきち氏から提供の写真をUPしなければ」と思いつつ結局月末になってしまいました。えいきち氏が日本を離れハワイに浮上されるまでにはと思っていたのですが、ハワイ上陸に先をこされてしまいました。 まだまだ、写真だけのUPですが、地図も追加して写真の場所をわかりやすくするつもりですので、ご期待ください。 2000年9月2日(土) やっと、熊延鉄道廃線跡のページをUPしました。 廃止から36年、当時、ガキンチョだった当方もいい中年のオヤジになってしまいました。 宅地になったり道路のなったりで全く痕跡がなくなっているところもあれば、僅かながらでも遺構が残っていたりしてます。 帰省の度にできるだけ再訪するつもりです。 なお、このページの製作に際しては、HN:最寄打越氏、えいきち氏に極最近調査され撮影された写真を提供していただきました。御礼申し上げます。 2000年8月26日(土) 知り合いから来たメールに昔の鉄仲間のHPがあると教えられ、早速アクセス! そこには、青春時代の風景が出てきました。 「リンクさせて」のメールをだして、返ってきた返事は、「意外な人からメールがきてビックリしました!」の内容。 お互い社会人になって、行き来も少なくなり、「何十年ぶりでしょうか」なんて言葉がでてもあまり驚かなくなってしまいました。 でも、こうしてEメールとリンクを辿っていくことでわかりました。インターネットの世界は、「人と人の距離」を予想以上に縮めていることが。 2000年8月12日(土) 7月18日、熊本から帰ってきて、会社でPCをつなごうとしたら、モデムが不調。 即、修理に出しましたが、ヤッパリ電話回線につながらない。送り返して、昨日、やっと帰ってきました。 それで、ココの更新も止まったままになってしまいました。(単なる言い訳!) それにしても、あやこれやの試みで、HDの再セットアップもしたので、メール関係のデータがどっかいってしまいました。 会社のPCにバックアップしていたのですが・・・ さて、次は、何をUPするか思案中です。最近、模型製作も復活しましたので、そちらのネタも検討中です。 2000年7月3日(月) 週末に「モハ301故郷への旅立ち」を仮UPしましたが、本日追加の写真をUPして正式UPとあいなりました。 あの時も今日みたいに暑い日だったことをおぼえています。予定では、一本早い電車で北熊本にいって作業の様子を撮影するつもりでしたが、上通りを通って藤崎宮前駅に行く途中、高校時代のクラスメートに会って喫茶店に入ってしまいました。ですが、1時間だけ付き合って、大急ぎで駅へ向かいました。仲間より電車が大事! 仮UPとしたのはスキャナーを持っていないので一部写真が間に合わなかったからです。本日、会社のスキャナーを利用して写真を取り込んでやっと完成しました。、スキャナーもほしいのですが当分設備投資はできそうもありません。 2000年6月24日(土)「変電所のページ」をUP どうしても更新は、週末にパソコンを自宅に持って帰ったときになってしまいます。 さて、今回はあまり紹介されない鉄道の変電所のページをUPしてみました。車両のように皆様の目につくこともありませんし、危険なところですから頼んでもそうそ見学させてもらえるところではありません。UPした写真はいずれも20代のときに撮影させてもらったものですが、「私も同じ仕事してます。」と言ってお願いしたと記憶しております。今でしたらとてもできませんが(ーー;) どこの変電所の方もとても親切で、「古い機械ではずかしかバイ」と言われ笑顔で応対してくれましたが、撮影中に感電しないかハラハラドキドキでしたでしょうね。 なお、相互リンクの菊池電車クラブのなかで「今なお現役」である熊本市交通局大江変電所の回転変流機が「物凄いもの」としてUPされています。 2000年6月17日(土)「ホームページビルダーを購入して1回目の更新を実施」 結局、ホームページビルダーを購入してしまいました。(メーカーの思うツボ!) このマシンを購入したときのポイントが2500円分ぐらいあったので思いきって購入しました。でも、こんな沢山の機能はいらないんですけど・・・。 本日は、ほんと梅雨らしい天気でした。午後はパソコンショップ、写真屋、模型店ににでかけましたが、午前中は熊本電鉄50形の模型製作のためCAD(といってもこのパソコン)で図面を引いてました。便利ですね〜。 2000年6月10日(土)「ホームページ開設」 気まぐれで買ったパソコン雑誌の付録CD−ROMに「ホームページビルダー体験版」なるものがあり、面白半分でやってみると結構面白くハマッちゃいました。 何をUPしようかと考えてみましたが、とりあえず父が撮影した熊本市周辺の鉄道の写真等をUPすることにしました。 まだ、一部準備中のページもありますがボチボチUPしていきます。 よろしくお願いします。 |