ファイラー・マイクロメーター・アイピースについて
2003年3月9日作成
2003年3月14,22日、4月5日追記
1.はじめに
ファイラー・マイクロメーターは、日本語では「糸線測微尺」と云い、二重星の離角や惑星の視直径など微少
な角距離を測定する道具です。この道具は、19世紀の大屈折望遠鏡時代以来ストルーベなどの偉大な観測者が
使用してきました。近年は、二重星の離角を測定するなどはマイナーすぎてファイラー・マイクロメーターと
いう言葉を知っている人は少ないのではないかと思われます。少なくとも国内では市販されているファイラー・
マイクロメーターはないと思います。高感度ビデオカメラがある現在、アナログ式の測定器は不要との意見も
ありますが、ファイラー・マイクロメーターには天体を計測するという楽しみがあります。また、二重星の場合、
最近の乙女座γのように軌道予報が修正されることもありますから、実際に計測する意味はあると思います。
以下、今回私が購入したLOMO社製のファイラー・マイクロメーター・アイピースについて説明します。これ
は、顕微鏡用なので天体用として使用するには望遠鏡との接続やスケールの照明など少し検討が必要でした。
近くのホームセンターで適当なダイカストの筒を買い望遠鏡と接続出来るようにしました。
→これについては、ここを参照してください。
(明視野照明により下からスケールが見えるようにしていますが、これで7等星が何とか認識出来るレベル
です。LEDのライトもホームセンターで見つけたあり合わせなので色は青です。→これで伴星が7等より
明るい二重星が測定対象となります。)
2.ファイラー・マイクロメーター・アイピースとは?
ファイラー・マイクロメーター・アイピースの外観は図1です。

図1LOMO社製EFM-16X Filar Micrometer Eyepiece(日本語では、糸線測微尺付き接眼鏡)。
重量は210g, サイズは85x 55 x 35 mmです。横に、マイクロメータのつまみがあります。
上に固定されている黒いアイピースは、倍率16倍(顕微鏡用なので焦点距離ではなく倍率表現)です。
左のアイピースは大きさの参考のためのA-4mmアッベアイピース。下の箱は、格納箱(精密機器の
格納用にていねいに作られています)。LOMOというのは、レニングラード光学機器会社のロシア語の
頭文字を採った名前だそうです。
ファイラー・マイクロメーター・アイピースの視野を覗くと、図2のように数字が書いてある固定スケールと
マイクロメータと連動する細い線(L)が見えます。この細い線をファイラー(糸線)と云います。
目的の天体(例:二重星)の一方の星を固定スケールに位置し(図のA星)、ファイラーLを移動させてもう
一方の星(図のB星)がちょうどL上に位置したときのマイクロメータの値を読み取ります。
この値に、マイクロメーターの1目盛と天空の角度との関係を示す定数(糸線測微器定数(*))を掛けること
により、二重星の離角が求められます。
(*)糸線測微器定数は、機器を構成している金属が気温で変化するので四季別の値を用意する必要があるそう
ですが、今回のファイラー・マイクロメーター・アイピースがそこまで精度を要求されるのかは不明です。

数字の書いてある線は固定(Stationary Scale:8mm/8div)。数字の間隔が1mm
細い線はマイクロメータと連動して移動します(Movable Scale:1mm/100div)。
マイクロメータの1周100目盛りで1mmとなります。
図2 ファイラー・マイクロメーター・アイピースの視野内
(補足)ファイラー・マイクロメーターの話しは、小森幸正著の「天体望遠鏡ガイドブック」
(誠文堂新光社、昭和40年発行の古い本。私はこの本を神田の古本屋で買いました。)
に詳しく載っています。
3.糸線測微器定数の決定(まだ母数が少ないので暫定値です。)
マイクロメータの目盛りと天空の角度との関係を示す定数(糸線測微器定数)を調べてみました。
5Xパワーメイトで拡大した場合(このときの望遠鏡の倍率は、約200倍)の定数です。
対象の二重星は、オリオン座δ、一角獣座β、オリオン座σ、牡羊座γです。
対象 Magnitude Separation マイクロメータの目盛り 1目盛りの角度
オリオン座δ:2.2 6.8 52.5秒 115div →0.456秒/div
一角獣座β :4.7 5.2 7.2秒 18div →0.40秒/div
オリオン座σ:3.8 6.7 42.9秒 94div →0.456秒/div
おひつじ座γ:4.6 4.7 7.7秒 18div →0.428秒/div
(1)平均値
4つの平均を求めると、1目盛りの角度=0.435秒/divとなります。
(2)最小2乗値
一方、横軸にマイクロメータの目盛り、縦軸にSeparationとしてグラフを描き、直線による近似を求める
と、最小2乗近似式:y=0.4503X,相関係数Rの2乗=0.9992となりました。糸線測微器定数は、最小2乗近
似式の係数なので0.4503となります。
平均と差があるのは母数が少ないことによるばらつきの影響も考えられます。

図3 マイクロメータの目盛りとSeparationの関係
(追記)上記の定数(1目盛りの角度=0.435秒/div)は、5Xパワーメイトで拡大した場合(倍率約200倍)
の定数ですが、5Xパワーメイト+2Xバーローで400倍に拡大すれば1目盛りの角度=0.22秒/div。
このあたりがこのマイクロメータによる測定の限界だと思われます。但し、赤道儀のピリオディック
モーションや気流の影響など測定に影響する要因を考えると1目盛りの角度=0.22秒/divは難しいか
もしれません。
4.ファイラー・マイクロメーター・アイピースによる天体の測定
<土星本体の測定>
測定結果は、本体=42divでした。上記の糸線測微常数(平均値)0.435秒/divを使って視直径を求めると
視直径=18.3秒となります。3月の土星の視直径予報は18.6秒なので1.6%の差(アンダー)となりました。
糸線測微常数(最小2乗近似値)0.450秒/divを使って視直径を求めると視直径=18.9秒となります。
こちらも1.6%の差(オーバー)となりました。
<木星の測定>
測定結果は、赤道方向=100divでした。また、南北赤道縞間=23divでした。
上記の糸線測微常数(平均値)0.435秒/divを使って赤道方向視直径を求めると43.5秒となります。
3月12日の木星の視直径予報は43.4秒なので0.2%の差(オーバー)となりました。
<月のクレーターの測定>
下記により月表面のサイズLを求めます。

(1)テオフィルス
テオフィルスの長径=123divでした。
地球表面から月表面までの距離は、(404429-6378-1738)=396313km。ここで、404429kmは、03年
3月9日の月の地心距離。6378kmは地球の半径,1738kmは月の半径。
これらからテオフィルスの大きさを求めると396313*2*tan((PI*123*0.435/(180*60*60))/2)
=102.8km。
本でテオフィルスの大きさを見ると100km。→測定値との差は、2.8%でした。
(2)ガッサンディ
ガッサンディの長径=143divでした。
地球表面から月表面までの距離は、(383458-6378-1738)=375342km。ここで、383458kmは、03年
3月14日の月の地心距離。
これらからガッサンディの大きさを求めると375342*2*tan((PI*143*0.435/(180*60*60))/2)
=113.2km。
本でガッサンディの大きさを見ると112km。→測定値との差は、1.1%でした。
(3)虹の入り江、ビアンキーニ
虹の入り江の入り口のサイズ=266divでした。また、ビアンキーニの長径=49divでした。
地球表面から月表面までの距離は、(383458-6378-1738)=375342km。ここで、383458kmは、03年
3月14日の月の地心距離。

地球表面から月表面までの距離は、(383458-6378-1738)=375342km。ここで、383458kmは、03年
3月14日の月の地心距離。
これらからビアンキーニの大きさを求めると375342*2*tan((PI*49*0.435/(180*60*60))/2)
=38.8km。
本でビアンキーニの大きさを見ると38km。→測定値との差は、2.1%でした。
また、虹の入り江の入り口の距離は、375342*2*tan((PI*266*0.435/(180*60*60))/2)
=210.6km。
(月のクレーター計測のまとめ)測定偏差の平均は2.0%となります。
<明るく離角が小さい二重星>
双子座α(カストル)の離角を測定してみました。離角が小さくエアリーディスクも大きいとエアリーディスク
の中心にスケールを位置決める際の誤差がかなり影響します。また、中心に位置決めすること自体が困難です。
そこでエアリーディスクの中心間を測るのでなく第一回折リングの外周間を測り、これを元に離角を求めるよう
にしました。
第一回折リングの外周間=21div
上記の糸線測微常数(平均値)0.435秒/divを使うと、第一回折リングの外周間=9.1秒
従って、双子座α(カストル)の離角=(第一回折リングの外周間)-2*(第一回折リングの外周半径(*))
=9.1-2*2.3=4.5秒
(*)2暗の半径を指します。
カストルの離角の2003年予報は4.2秒なので7%の偏差となります。偏差が大きいのは、測定時に回折リング
が大気の影響で揺れていたためではないかと思います。
→気流の安定した日に再度測定したいと思います。

<その他今後の適用対象>
測定対象は色々考えられますが、今年の夏接近する火星の極冠の大きさの変化等は興味があります。
(雑談)3月初旬とはいえ寒い空の下でマイクロメータ操作のため手袋なしで測定するのは結構大変です。
昔の観測者の苦労が良くわかります(現在の天文学者は別の部屋でモニターを見るため、寒いドーム
の中で直接望遠鏡を覗くことはないのでは)。
5.ファイラー・マイクロメーターの入手は? また、ファイラー以外のものは?
(1)今回の場合、費用の関係で天体用の本格的なものでなく顕微鏡用のものにしました。
昔(1999年)のS&Tを見ていたら、Apogee Inc.の広告にファイラー・マイクロメーター・
アイピースがあり、現在でも販売しているかどうかをメールで問い合わせたところ、Apogeeでは
もう販売してなくLOMO Americaに同様のものがあるはずだから問い合わせたらどうかということ
でした。そこでLOMO
America,Inc.にメールで商品の金額・送料・支払い方法を確認し注文しま
した(通常の通信販売と同様に注文書を作成し、クレジットカードの番号とサインを書いてFAXで
送信)。対応は非常に親切ですばやく、注文から商品を受け取るまで9日でした。
費用は、商品:US$295,Freight charge:US$50、合計US$345。あと宅急便の受け取り時に
1000円が必要でした。
(2)天体用の本格的なもの(プロ用?)は、VAN
SLYKE ENGINEERINGで販売しています。これは暗視野
照明付きでバーローにより倍率変更可、位置角も測定できて精度も非常によいものです(sub arcsecond
accuracy)が、 値段はかなり高価です(US$1495より)。
(3)RETEL micrometer→イギリスのRetel Electro-Mechanical Design Ltd.から販売されている。
価格は479ポンドとのこと(1999年)

(4)Zeissのファイラー・マイクロメーター・アイピース(暗視野照明付き)はAPMの中古市場に出ていま
した(03年の6月頃)が、高価でした(20万近く)。
(追記)Zeissのファイラー・マイクロメーター・アイピースの写真がAstromart Forumに載って
いました。

(5)ファイラー以外の簡易な測定道具は?
・セレストロンから「マイクロガイド・アイピース(暗視野照明付)」というのが販売されています。
S&Tの1999年2月号にセレストロンのマイクロガイドアイピースを使った場合の測定精度が載ってい
ます(望遠鏡は、3.5-inch Questerを使用)が、1目盛りの角度は、倍率200倍の時8.06秒/div,
倍率487倍の時3.39秒/divということです。
ファイラー・マイクロメーター・アイピースは、これと比較すると1桁以上の精度だと思われます。
・APM-telescopeの中古情報に、Zeissのリング・マイクロメータ(環状測微尺)というのが出ていま
した(03年3月9日)。これは構造と使用法が簡単だが、かなりめんどうな計算をしなければなら
ないのが欠点だそうです。
(6)二重星の離角だけでなく位置角も測定したい。→バーダープラネタリウムのTー2システムの中に
ツアイス・ポジションスケールというのがあるそうです(国際光器扱い)。
(7)工業用のマイクロメーターを使ってファイラー・マイクロメーターを自作しようという方は、英文です
がDesign
and Construction of a Filar Micrometerが参考になると思います。
(8)micrometer with oblique threads:斜のクロスするワイヤーが張ってあり離角と位置角を同時に
読み取れる。観測者によってはこれを好む人がいるそうです。
(9)その他の専門家用マイクロメータは下記のものがあります。
→概要は、「Paul Couteau 著 Observing Visual Double Stars MIT Press
1981 」に載っています。
@Interference Micrometer:The Fizeau-Michelson Interferometer
AThe half-Wave Interference Micrometer
BThe Muller Double-Image Micrometer
CThe Lyot-Camichel Double-Image Micrometer