ひろせ@穂積 名鉄3線追悼企画「1日1枚」

 平成17年3月31日限りで廃止となる名鉄岐阜市内、揖斐、美濃町(田神含む)3線。地元民として、追悼の意を込め、最後の月となる3月は、「1日1枚」と称し、沿線の様子などを記録します。
2005/3/1上芥見のモ880【上芥見】
 どこにでもありそうな路地。いきなり電車がやってくる。しかも停留所まで。何十年も続いてきた日常の風景。併用軌道―とはいっても、境目はあいまい―を、きょうも電車は走る。最後の日まで。
2005/3/2モ781【徹明町】
 電車に乗るのは命がけ。乗り場は車道、緑色のみが停留所の存在を主張する。クルマは我が物顔でその上を踏みにじる。
2005/3/3モ786【金宝町】
 ビルの谷間。この界隈は銀行、信金、証券会社が集中する岐阜随一の“金融街”。停留所の名前も金宝町や金町、金園町●丁目… 「金」の付く名前が多い。カネは岐阜の電車には回ってこなかったが。
2005/3/4モ593【日野橋】
 夕暮れ迫る。白熱灯のあかりが懐かしい。復刻塗装が懐かしさを演出する。ノスタルジーだけでは今の世の中渡っていけない。国道のマイカーのライトで現実に呼び戻される。冷たい雨がほおに当たった。
2005/3/5仮見出【新岐阜駅前】
 電停も交差点も「新岐阜駅前」。後ろに見えている駅は「名鉄岐阜」何のため、誰のための改称だったのか。私をはじめ、大半の地元民にとってこの場所は「新岐阜」でありつづける。 
2005/3/6柳ケ瀬の廃線跡【柳ケ瀬の廃線跡】
 梅祭りでにぎわう梅林公園へと続く道。かつて、ここには軌道が通っていた。美濃町線の開業時の起点。現代の感覚では「よくこんな細い道に電車が」と思う。歴史の1ページ。岐阜の路面電車そのものも歴史になりつつある。
2005/3/7ノンステップバスと並ぶモ782【新岐阜駅前】
 発車を待つ電車と並んだノンステップバス。乗降時には段差はないが… 車内は段差だらけ。路面電車でも、適切なホームがあれば段差なしにできる。バリアフリーって、何だろう。
2005/3/8忠節で昼寝【忠節】
 春の訪れも間近と思わせる陽気。数年前から留置線状態の忠節駅1番線で、モ780が昼寝。奥の留置線にはモ570も。
2005/3/9モ593【徹明町―一躍、注目の的】
 モ593。かつては「知る人ぞ知る存在」だった。美濃町線新関―美濃間廃止後、同僚のモ591、592は冷房改造を受けたがモ593は原型のまま予備車に。特に夏は待機する日々。しかし、かつての2色塗りに戻ったとたん、「時の人」ならぬ「時の車両」に。地元紙の対向面も飾った。この日も愛好者らがカメラを向けていた。
2005/3/10モ782と岐阜22か・589【新岐阜駅前―消えゆく者たち】
 岐阜市営バス。戦後の岐阜市内を走り続けたが、行政の効率化という命題のもと民間移譲に。移譲は3年計画。残る2路線も今月限りだ。名鉄3線も今月限りで幕。一つの時代が終わりを告げようとしている。
2005/3/11モ787【徹明町―ターミナル】
 岐阜市内線と美濃町線が顔を合わせる徹明町。かつては、長良北町への市内線本線も加わり、複線が交わる幾何学的な光景だった。今では、美濃町線との渡り線も単線となりあっさりしたものだ。
2005/3/12寸断されたレール【岐阜駅前】
 岐阜駅前整備のため「休止」されている新岐阜駅前―岐阜駅前間。寸断されたレールが冷たい雨に濡れていた。ここに電車が来ることは二度とない。
2005/3/13MODEMOのモ510【150分の1】
 模型で楽しむ名鉄電車。比較的入手しやすいNゲージのプラスチック製完成品は、本線系統では7000系パノラマカーや先日引退した8800系パノラマDX(いずれもTOMIX)があるが、600V線区ではモ510(MODEMO)が製品化されている。
2005/3/14 岐阜行きモ880【 岐阜】
 1月29日に、長年親しまれた「新岐阜」から改称された「名鉄岐阜」。本線系統の電車は方向幕などは入れ替えられたが、美濃町線は… 上から紙か何かを貼っただけで「 岐阜」の表示に。まるで、降版後に削りが入った紙面のようだ。なお、車内の自動放送やLED表示機は「新岐阜」のまま押し切る模様。
2005/3/15西野町のモ784【西野町】
 西野町。我が青春の思い出の地。10年前、まだ揖斐線直通が1時間2本の急行に限られていた。モ780が登場する前、モ750などが忠節―美濃北方間の普通で、モ550やモ570が市内線区間折り返し、そうそう、モ550が来ると車内の混雑度が上がって… モ510の扉にかばんぶつけた事もあったっけ。帰りはまともに岐阜駅前まで行けなかったなぁ… 今では遠い思い出。
2005/3/16新岐阜駅前で折り返すモ781【新岐阜駅前―メッセージ】
 最終日まで半月を切った。電車の前面に「さよなら」ステッカーが貼りつけられた。いまだに実感が沸かないが、3月31日は確実に近付いている。
2005/3/17新岐阜駅前で発車を待つモ781【新岐阜駅前―柵】
 岐阜駅、新岐阜界隈では各所で工事が行われている。写真の柵は、もともと横断歩道があった所。新岐阜駅前のスクランブル交差点も形が変わり、電車の利用者が遠回りを強いられる。同様の柵はバス停部分にもあり、乗降客の行く手を阻む。設計者は現場を見たのだろうか?。
2005/3/18下方駅の踏切【下方】
 いつだったか、雑誌で見たはずの記事。「下方は寂しい駅である」こんな書き出しだったと記憶している。普段は人気のない堤防上の駅。3月も半ばだというのに、西風が冷たく感じられた夕方。河原から踏切を見上げてみた。
2005/3/19モ870【市ノ坪】
 隣接する岐阜工場では最後の「ひっぱれ路面電車」が開かれた。参加者や見物人らで込み合う中、元札幌市電のモ870がやってきた。同車の古巣の札幌市電も存廃に揺れたが、あちらは、ひとまず存続の方針が行政から打ち出された模様。
2005/3/20車道乱入【新岐阜駅前―最後の丸窓】
 丸窓電車として知られるモ510が団体列車として走った。これが最終運行となる公算が高く、撮影者が殺到、一部は車道に乱入し、路線バスの運行を妨げた。
2005/3/21岐阜市内線始発電車、モ787【新岐阜駅前―始発電車】
 午前6時。忠節からの始発電車が到着。日中の喧騒が嘘のように静まり返ったターミナル。マイカーの姿も見えない。
2005/3/22関に停車中のモ888-889【関】
 美濃町線新関―美濃間廃止に伴い長良川鉄道との乗換駅として新設された関駅。線路を引いて,舗装して、小屋を建てて… 極力簡素な造りだった。まもなくその短い生涯を終えようとしている。
2005/3/23徹明町のモ784【徹明町―雨】
 2日連続で雨。徹明町のカーブを曲がるモ784。この交差点は600V線区の車両設計上のポイントで、モ600やモ770、780の車体が狭いのも同区間の通過を考慮したものだった。
2005/3/24忠節ホーム跡【忠節―ホーム跡】
 忠節駅の跨線橋を下りた先は自転車置き場になっているが、ここはかつてホームだった。主に揖斐線から市内線に直通する急行が使用していたが、モ780が登場したころ、駅舎よりに踏みきり付きのホームが新設、このホームは使われなくなった。
2005/3/25新岐阜駅前―クルマの海【新岐阜駅前―クルマの海】
 年度末間近の金曜日、岐阜市内の交通量は多め。新岐阜駅前にも多数のクルマが。その中で発車を待つ黒野行きの電車。あと1週間で見納め。
2005/3/26背後に金華山【早田】
 背後に岐阜の象徴、金華山と長良川を望み忠節橋を渡る。
2005/3/27岐阜工場の奥【岐阜工場】
 安全輸送の一端を支えてきた岐阜工場。春の陽射しの中、モ870やモ593が休む。奥の留置線には、工場入場中の車両を乗せておく仮台車が並んでいた。縁の下の力持ちたち。恐らく、もう出番はないだろう。
2005/3/28岐阜22き・680【番外:岐阜市営バス】
 名鉄3線と同じく3月末で姿を消す岐阜市営バス。1台がイベントで飾り付けられ「花バス」として走っている。
2005/3/29競輪場前のモ880【競輪場前】
 金華山を望む競輪場前電停。モ880が対向列車を待つ。あと3日、平日だというのに電車は満員。最後の追いこみ。
2005/3/30柳ケ瀬・劇場通りのアーケード前を走るモ783【商店街】
 中心市街地に客を運び続けたの電車もあと2日で歴史に幕。4月から買い物客はどうやって、どこへ行くのだろうか。
2005/3/31  【徹明町―さよなら】
 仕事の都合で、午後3時で引き上げざるを得なくなった筆者。最後に乗ったのはモ782 。会社最寄りの徹明町で降車、電車はクルマの洪水の中に消えていった。
2005/4/1  【市ノ坪―檻の中】
 2005(平成17)年4月1日、名鉄3線が消えた日。代替バスはおおむね順調に走ったという。昨日まで安全輸送を支える要だった市ノ坪の岐阜工場には全車両が集められ、柵の中に閉じ込めれていた。

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