岐阜の路面電車は、大まかに分けると2つに分かれる。一つが、岐阜駅前から忠節を結ぶ岐阜市内線、もう一つが、新岐阜・徹明町と関(関市)を結ぶ美濃町線。
岐阜市内線は、岐阜駅前―忠節間3.7kmの路線。ほぼ全線が複線の併用軌道。終点の忠節で黒野(揖斐郡大野町)へ向かう揖斐線に接続する。両線は昭和42年に直通運転を開始。平成9年4月のモ780形登場と同時に、揖斐線の忠節―美濃北方(本巣郡北方町)間の普通が市内直通となり、昼間は1時間あたり4本が直通列車になった。
同13年9月の揖斐線・黒野―本揖斐(揖斐郡揖斐川町)、谷汲線の廃止に伴い行われたダイヤ変更では、昼間の市内線折り返し列車がなくなり、揖斐線との一体感がより強まった。
かつては、徹明町から市役所前、岐阜公園前を経由し長良北町へ向かう路線が本線だったが、昭和63年春に廃止されている。また、長良北町から北上し高富へ向かった高富線、千手堂から西鏡島(岐阜市)へ向かった鏡島線もあったが、高富線は昭和35年に、鏡島線は同39年に廃止となった。
美濃町線は、路線としては徹明町(岐阜市)―関間18.8km。徹明町―梅林(岐阜市)間が複線で残りは単線。田神線(競輪場前―田神間1.4km、昭和45年開通)を経由し、各務原線に乗り入れる系統がメインとなっている。
鉄道線である各務原線に乗り入れるため、車両は複電圧式のものが多いが、600V専用車も、徹明町系統の運用に就いている。
かつては新関―美濃間(6.3km)もあったが、平成11年3月末で廃止。同年4月1日に新関―関間300mが開業、長良川鉄道と接続するようになった。
かさむ赤字に、名鉄が平成16年度限りでの撤退を表明。鉄道線である揖斐線に関しては平成15年3月に廃止を申請。
これに対し、岐阜市などの沿線自治体や住民団体は、「名鉄後」に向けて模索、存続の場合は線路や車両などの施設と運行を分離する「上下分離式」が有力だった。運行に関しては、岡山電気軌道がノウハウ提供などで前向きな姿勢をみせたものの、7月21日までに細江岐阜市長が存続断念を決意、同22日に関係自治体に伝達した。
同年秋、フランスの大手交通会社のコネックス(以下コ社)が岐阜市周辺の公共交通への進出を打診。関係先との協議は行われるものの、コ社と岐阜市との間で公共交通への認識にずれがあり、具体的な結果は出ていない。
名鉄の廃止申請は国が受理したため、平成17年3月31日をもって、名鉄岐阜市内、揖斐、美濃町、田神線は廃止される。
名鉄谷汲線の最終日。新岐阜から直通の「谷汲号」。思い出写真館 名鉄揖斐・谷汲線 廃止直前編(1)へ=平成13年9月30日、名鉄谷汲線赤石駅(当時)
モ575=平成12年10月8日、岐阜市、徹明町電停
モ570の初期車と後期車では、前灯の形が異なる。左がモ575、右がモ571=平成12年10月8日、岐阜市、金宝町電停付近
徹明町の交差点を逆走するモ571。ぎふ信長まつりにあわせ行われた「全日本ひっぱれ路面電車選手権」終了後の回送で見られた“珍事”=平成12年10月8日、岐阜市、徹明町電停
冷房改造後のモ591(資料写真)=岐阜市、徹明町電停
非冷房のまま残っていたモ593は平成16年9月に旧塗装に復元された=平成16年9月4日、岐阜市、徹明町電停

モ800形登場後、1両だけ残ったモ606にはワンマン改造が行われた。外観上の変化は、ワンマン表示の取りつけ=平成12年7月19日、名鉄新岐阜駅

信長まつりのため、電車は徹明町で折り返し。「徹明町」行きの幕を出したモ770=平成12年10月8日、岐阜市、徹明町電停
無残な姿にされたモ770(一部を修正、別ページ既報)=平成13年9月、揖斐郡大野町黒野、名鉄黒野駅
赤かったころのモ770。思い出写真館 名鉄揖斐・谷汲線へ
信長まつりで急行も徹明町で折り返し。「徹明町」行きの幕を出したモ780=平成12年10月8日、岐阜市、徹明町電停
ラッピングされたモ780。同タイプは最も多いときで3両。連結器のカバーは凍結防止のため=平成12年ごろ、岐阜市、新岐阜駅前
ケーブルテレビのラッピング=平成13年9月21日、名鉄新岐阜駅前
マンション分譲のラッピング。なかなかいい色合い。赤ずきん萌え(違)=平成13年9月9日、名鉄黒野駅
NTTドコモの新ラッピング。今度は3色。緑サイド=いずれも平成14年2月11日、名鉄新岐阜駅前
NTTドコモの新ラッピング。赤サイド。意外に新鮮=平成14年2月11日、名鉄金宝町電停
新岐阜発のデビュー列車が終点の新関に到着=平成12年7月19日、名鉄新関駅
モ870の冷房改造・更新後、扉増設・複電圧・ワンマン化前=平成12年夏、美濃町線野一色―北一色間
モ884+885の新岐阜行き=平成12年夏、美濃町線野一色―北一色間