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【機種解説】チェレスティノ・ロサテリを中心に開発され、1938年5月23日に原型機が初飛行しました。トータルで1781機が生産された飛行機です すでに単葉機の時代に入っていたにもかかわらず、運動性の良い複葉の戦闘機にもまだ活躍の場があるという認識で開発された飛行機です。 フィアットA74RC38エンジン(840hp)を装備した、固定脚の構造で、尾輪は試作一号機のみ引き込み式でした。主翼は羽布張りで、素晴らしい運動性を持っていました。イタリアはこの飛行機の大量生産を命じています。この余波を受けて、近代的な低翼単葉引込み式の着陸脚を持つG.50戦闘機の生産が遅れることになったようです。 しかし、当然ながら実戦配備されたころには完全に旧式となっており、活動できる作戦域は限定されることになりました。ベルギー、ハンガリー、スウェーデンがこの飛行機を輸入しています。スウェーデンではJ11と呼ばれました。 2849/9-No105-28 2005.07.19 |
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量産された標準的な飛行機です。他には戦闘爆撃機型、夜間戦闘機型、複座連絡機型などが生産されました。 【1946の航空機ガイドの機体解説】
【諸元(実機)】 |
| 全幅 | 9.7m | 全長 | 8.27m | 全高 | 3.59m | 翼面積 | 22.4m2 | 自重 | 1782kg | 全備重量 | 2295kg |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| エンジン | フィアットA74RC38 | 最大出力 | 840hp | ||||||||
| 武装 | 12.7mmX2, 爆弾100kg | 乗員 | 1名 | ||||||||
| 最大速度 | 420km/h (高度5000m) | 上昇時間 | 6000mまで9.11分 | 実用上昇限度 | 10200m | 航続距離 | 775km | ||||
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【機種解説】】ジュゼッペ・ガブリエリを中心に設計され、1937年2月26日に原型機MM334が初飛行しました。パイロットはジョバンニ・デ・ブリガンティでした。トータルで約650機が生産された飛行機です。 G.50は、全金属製の片持ち式の低翼単葉機で、引込み式の着陸脚を持つ近代的な飛行機でした。良好な運動性を持つ飛行機でしたが、スピン傾向があったとのことです。原型機と45機の試作機は、完全な密閉型の風防でしたが、パイロットに受け入れられず、量産機では開放型か部分密閉型に変更されています。 最高速度が472km/hと遅く、開発当時の基準から見ても不足の性能でした。尾輪は固定で流線型のカバーが付けれていましたが、実用では取り外されることが多かったとの事です。後期には搭載燃料を増やして垂直尾翼を再設計した性能向上型G.50bisが生産されました。戦闘爆撃機型に改造された機体もあったです。 ほとんど有効な活躍はできなかったようですが、フィンランドに輸出された35機が僅かながら実績をあげたとのことです。 1942年の春頃に生産が終了しました。 2966/9-No106-26 2005.07.20 |
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初期の生産型です。南フランス、ベルギー、アルバニアなどで運用されました。 【1946の航空機ガイドの機体解説】
【諸元(実機)】 |
| 全幅 | 10.96m | 全長 | 7.79m | 全高 | 2.96m | 翼面積 | 18.15m2 | 自重 | 1975kg | 全備重量 | 2415kg |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| エンジン | フィアットA74RC38 | 最大出力 | 840hp | ||||||||
| 武装 | 12.7mmX2 | 乗員 | 1名 | ||||||||
| 最大速度 | 472km/h (高度5000m) | 上昇時間 | 6000mまで7.57分 | 実用上昇限度 | 10000m | 航続距離 | 670km | ||||
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【機種解説】マリオ・カストルディを中心に設計され、1937年9月24日に原型機MM336が初飛行しました。パイロットはジュゼッペ・ブレイでした。トータルで1153機が生産された飛行機です。 フィアットのG.50、レジアーネのRe.2000と全く同時期に開発された飛行機で、G.50と同じく全金属製の片持ち式の低翼単葉機で、引込み式の着陸脚を持つ近代的な飛行機でした。空力的な洗練により、同じエンジンを装備するG.50に比べて最高速度、運動性など性能的には全般的に優れていました。しかし、同時期の米国、英国の最新鋭戦闘機に互する性能はなかったと言われています。 試作機および初期の生産型は完全密閉型の風防でしたが、パイロットの要望で開放型途中から開放型風防に変更されました。初期、中期、後期の生産型で密閉、開放、半密閉の風防形式だったとする資料もありますが意味はよく分かりません。尾輪も生産の途中で引き込み式から固定式に変えられています。 1940年9月にマルタ島攻撃作戦で始めて実戦に参加し、ギリシャ、アルバニア、ユーゴスラビア、北アフリカで運用されましたが、目立った戦果を挙げることは出来なかったようです。 以下に示す参考スペックは、どのバリエーションのものか分かりません。 5160/5-No185-60,4114 2006.10.08 【諸元(実機)】 |
| 全幅 | 10.58m | 全長 | 8.19m | 全高 | 3.50m | 翼面積 | 16.80m2 | 自重 | 1895kg | 全備重量 | 2590kg |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| エンジン | フィアット A74RC38 | 最大出力 | 870hp | ||||||||
| 武装 | 12.7mmX2(後期型の一部には7.7mmX2追加) | 乗員 | 1名 | ||||||||
| 最大速度 | 502km/h (高度4500m) | 上昇時間 | 3000mまで3.4分 | 実用上昇限度 | 8900m | 航続距離 | 870km | ||||
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セリエ3(シリーズ3)というのは第3生産群という意味ではないかと思いますが、開放式(あるいは半密閉式か)の風防を持っていますので、形状的には初期の生産型ではないように思われます(実際のところはよく分かりません)。 【1946の航空機ガイドの機体解説】
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第7生産群はマッキ社製の345機で、最初の144機は密閉型風防と引き込み式の尾輪、後の機体は開放式の風防と固定式の尾輪とされています。 |
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FBというタイプも管理人の資料には記載がありません。320kgまでの爆弾か増槽を装備可能な、MC.200 CBという戦闘爆撃機型が資料にありますので、その飛行機かもしれません。 |
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【機種解説】マリオ・カストルディを中心に設計され、1940年8月10日に原型機が初飛行しました。パイロットはカレスチアートでした。トータルで約1300機が生産された飛行機です。 MC.200サエッタのエンジンを液冷のダイムラーベンツDB601Aエンジンに換装した飛行機です。初期の400機まではドイツから輸入したDB601A-1エンジンを装備し、その後はアルファロメオがをライセンス生産したエンジンRA1000RC41-Iモンエソーネを搭載しています。 エンジン換装に伴って胴体前部が滑らかに整形され、風防は密閉型に改修されています。尾翼、着陸脚はMC.200のまま。主翼には若干の変更があったようです。 性能的には高度5000mで600km/hの最大速度で運動性も良好だったとの事です。セリエIV以降では主翼に7.7mm機関銃が追加され、貧弱な武装が若干改善されました。主翼に20mm機関砲2門を装備した機体(試作機?)もあったようです。 北アフリカ、地中海に配備されて運用されました。配備された当初は、Bf109と共にハリケーンやP-40に対して優勢を保ったと言われています。しかし、スピットファイアMk.Vにはかなわなかったようです。 5160/5-No185-60,4114 2006.10.08 【諸元(実機)】 ※以下に示す参考スペックは、どのバリエーションのものか分かりません。 |
| 全幅 | 10.58m | 全長 | 8.85m | 全高 | 3.04m | 翼面積 | 16.80m2 | 自重 | 2350kg | 全備重量 | 3000kg |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| エンジン | アルファロメオRA1000RC41-Iモンソーネ(初期型はダイムラーベンツDB601A) | 最大出力 | 1175hp | ||||||||
| 武装 | 12.7mmX2(後期型はさらに7.7mmX2追加) | 乗員 | 1名 | ||||||||
| 最大速度 | 595km/h (5000高度m) | 上昇時間 | 4030mまで3.53分 | 実用上昇限度 | 11500m | 航続距離 | 770km | ||||
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セリエIII(シリーズ3)はマッキ社で直接生産されたとの事です(ファルゴーレはマッキ社以外にもブレダ社、SAIアンブロジーニ社でも生産されています)。武装は12.7mm機関銃2挺です。 【1946の航空機ガイドの機体解説】
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セリエVII(シリーズ7)についての細かい点については資料にないので分かりませんが、セリエIV以降なので主翼に7.7mm機関銃2挺が追加されています。 【1946の航空機ガイドの機体解説】
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セリエXII(シリーズ12)についての細かい点については資料にないので分かりませんが、セリエIV以降なので主翼に7.7mm機関銃2挺が追加されています。 【1946の航空機ガイドの機体解説】
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【機種解説】マリオ・カストルディを中心に設計され、1942年4月19日に原型機が初飛行しました。トータルで約262機が生産された飛行機です。 MC.202ファルゴーレのエンジンを1475馬力のダイムラーベンツDB605A(フィアット社がライセンス生産したRA1050RC58ティフォーネ)に換装した飛行機です。後期型では主翼の7.7mm機関銃が20mm機関砲に換装されています。 結局エンジンの生産が間に合わず、少数の機体が生産されたのみに留まりましたが、P-51Dムスタングと互角に戦える性能を持っていたとされており、イタリアの第2次世界大戦の最優秀戦闘機と言われています。 5160/5-No185-60,4114 2006.10.08 |
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セリエI(シリーズ1)は第1生産群で、武装が機首の12.7mm機銃2挺と、主翼の7.7mm機関銃2挺を装備した飛行機です。 【1946の航空機ガイドの機体解説】
【諸元(実機)】 |
| 全幅 | 10.58m | 全長 | 8.58m | 全高 | 3.04m | 翼面積 | 16.80m2 | 自重 | 2581kg | 全備重量 | 3408kg |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| エンジン | フィアット RA1050RC58ティフォーネ | 最大出力 | 1475hp | ||||||||
| 武装 | 12.7mmX2,7.7mmX2 | 乗員 | 1名 | ||||||||
| 最大速度 | 642km/h (高度7200m) | 上昇時間 | 3000mまで2.67分 | 実用上昇限度 | -m | 航続距離 | 1040km | ||||
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セリエIII(シリーズ3)は第3生産群で、機首の12.7mm機銃2挺は同じですが、主翼の武装が20mm機関砲2門に換装されています。 【1946の航空機ガイドの機体解説】
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【機種解説】 5271/16-No189-,5177 2009.10.31 |
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解説。 |
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【機種解説】1931年9月21日に原型機が初飛行しました。トータルで340機以上が生産されたと思われます。 ベースとなったP.7戦闘機が、装備したジュピターエンジンの直径が大きくパイロットの視界が狭かったため、マーキュリーエンジンに換装したのがP.11です。ちなみに、PZLとはポーランド国営航空機製造の略のようです。 ガル翼(前から見るとカモメのように見える翼)の飛行機です。飛行機の特性についてはよく分かりませんが、試験飛行の結果は満足できるものだったということなので、開発当時の水準では良好だったのではないかと思われます。ルーマニアでも制式採用され、輸入のみならずライセンス生産まで行われています。 4730/15-No169-26 2005.07.20 |
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P.11aはスコダ製ブリストル・マーキュリーW.S2エンジン(517hp)を装備していました。P.11bはノーム・ローン9Kミストラルエンジン(500hp)を装備したルーマニア向けの戦闘機です。 P.11cは、マーキュリーX.S2(560hp)またはマーキュリーY.S2(645hp)エンジンを装備し、エンジン位置を下に下げ、コクピットを後ろに移動、パイロットの位置を高くして視界の向上を図るなどの改良が施された型です。武装は、資料によって7.7mmX2と7.7mmX4と異なった記述がされており、どちらだったのかよく分かりません。 【1946の航空機ガイドの機体解説】
【諸元(実機)】 |
| 全幅 | 10.72m | 全長 | 7.55m | 全高 | 2.85m | 翼面積 | 17.9m2 | 自重 | 1148kg | 全備重量 | 1800kg |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| エンジン | PZL製ブリストル・マーキュリーVI.S2 | 最大出力 | 645hp | ||||||||
| 武装 | 7.7mmX4 | 乗員 | 1名 | ||||||||
| 最大速度 | 390km/h (高度-m) | 海面上昇率 | 743m/min | 実用上昇限度 | 11000m | 航続距離 | 700km | ||||
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【機種解説】イオン・グロスを中心に設計され、1939年4月に原型機が初飛行しました。パイロットはドミトル・ポペスクでした。トータルで170機が生産された飛行機です。 ライセンス生産していたポーランドのP.24E(P.11の性能向上型)の後継機として開発された飛行機です。主脚は引き込み式で全金属製低翼単葉の近代的な構造でしたが、後ろの着陸装置は尾橇で、開発当時でも既に珍しい装備でした。スペックを見る限り、それなりに高性能な飛行機だったのではないかと思いますが、飛行特性などについてはよく分かりません。 自国の防衛に従事し、米軍の爆撃機の迎撃に当たったということですが、戦果などは不詳です。 3696/11-No132-28 2005.07.20 |
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主翼にブローニングFN 7.92mmX4を装備した初期の量産型です。50機が生産されたとの事です。 【1946の航空機ガイドの機体解説】
【諸元(実機)】 |
| 全幅 | 10.5m | 全長 | 8.9m | 全高 | 3.6m | 翼面積 | 16.97m2 | 自重 | 1780kg | 全備重量 | 2600kg |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| エンジン | IAR K14-1000A | 最大出力 | 1030hp | ||||||||
| 武装 | 7.92mmX4 | 乗員 | 1名 | ||||||||
| 最大速度 | 550km/h (高度4000m) | 上昇時間 | -mまで-分 | 実用上昇限度 | 10500m | 航続距離 | 940km | ||||
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【機種解説】トータルで266機が生産された飛行機です。 IAR 80の戦闘爆撃機型で、急降下爆撃が可能な型ですが、バリエーションの中には爆弾を装備できない長距離戦闘機型のIAR 81Bもあります。エンジンが換装されたということも無いようで、単にIAR 80に爆弾や増槽を搭載できるように強化された飛行機のようです。 IAR 80同様、自国の防衛に従事し、米軍の爆撃機の迎撃に当たったということですが、戦果などは不詳です。 【諸元(実機)】 ※以下の参考スペックは初期の量産型であるIAR 81のものです。 |
| 全幅 | 10.52m | 全長 | 8.97m | 全高 | 3.52m | 翼面積 | 16m2 | 自重 | 2125kg | 全備重量 | 3070kg |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| エンジン | IAR K14-1000A | 最大出力 | 1030hp | ||||||||
| 武装 | 7.92mmX6 | 乗員 | 1名 | ||||||||
| 最大速度 | 542km/h (高度-m) | 上昇時間 | 5000mまで6.45分 | 実用上昇限度 | -m | 航続距離 | 1030km | ||||
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胴体中心線の爆弾架に250kg爆弾X1、翼下爆弾架に50kg爆弾X4を装備できる戦闘爆撃機型です。機銃は7.92mmX4+13.2mmX2で、29機が生産されました。 【1946の航空機ガイドの機体解説】
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胴体中心線の爆弾架に250kg爆弾X1、翼下爆弾架に50kg爆弾X4を装備できる戦闘爆撃機型です。機銃は7.92mmX4+20mmX2でした。137機が生産されたようです。 【1946の航空機ガイドの機体解説】
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フォッカーD-21の全機は雪煙をあげて滑走、低空で編隊を組むと厳寒のベルツィレ町の上空を旋回した。町は小さかったが、L戦闘機隊の活躍とこの日の転進を知っていた住民達は、みな庭に出ており、編隊が家の上をかすめるとき、手をふって別れのあいさつを送った。【機種解説】1936年3月27日に原型機が初飛行しました。トータルの生産数は150機以下ではないかと思われます。 低翼単葉(主翼が1枚ということ)固定脚の飛行機で、胴体は鋼管の骨組みに前半は金属張り、鋼鈑は羽布張り、主翼は全木製の構造でした。エンジンは、原型機がマーキュリーVI-S(645HP)、マーキュリーVII(840HP)、マーキュリーVIII(830HP)、R-1535(825HP)を搭載した型がありました。機体の特性について詳しいことはよく分かりません。最大速度は395km/hとする資料と460km/hとする資料がありますが、エンジンの違う飛行機のもののようです。 開発国のオランダでは性能云々以前に僅か29機しかなく、多数のBf109にのされたとの事ですが、フィンランドでは100機弱のD.21がソ連機を相手に16:1の撃墜率と大活躍しました。 3079/10-No110-27 2009.11.03 【諸元(実機)】 ※以下の参考スペックはマーキュリーVIII装備機のものです。 |
| 全幅 | 11.00m | 全長 | 8.20m | 全高 | 2.95m | 翼面積 | 16.2m2 | 自重 | 1450kg | 全備重量 | 2050kg |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| エンジン | ブリストル・マーキュリーVIII | 最大出力 | 830hp | ||||||||
| 武装 | 7.9mmX4 | 乗員 | 1名 | ||||||||
| 最大速度 | 460km/h (高度4420m) | 上昇時間 | 1000mまで1.45分 | 実用上昇限度 | 11350m | 航続距離 | 950km | ||||
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4.09mのガイドにはフィンランドでライセンス生産された最終生産群の飛行機としていますが、資料が無くてよく分かりません。フィンランドのD.21シリーズI〜IIIは、マーキュリーVII(840HP)を装備していたようです。ちなみに、シリーズIVはR-1535ツインワスプを装備していました。 |
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初期型との違いも、資料が無くてよく分かりませんでした。ゲームの飛行機には明らかに望遠式の照準器が追加されていますね... |
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【機種解説】フランシチェク・ノボトニーを中心に設計され、1933年8月に原型機B.534/1が初飛行しました。パイロットはバクラフ・コッチでした。トータルで566機が生産された飛行機です 固定脚で複葉(主翼が2枚あるという意味です)ですが、開発当時は高性能だったとされています。II型はギリシャおよびユーゴスラビアにそれぞれ6機と14機が輸出されました。チェコスロバキアの21個の飛行中隊に配備されましたが、ドイツに併合されて枢軸側としてハンガリー、ソ連、ルーマニアで作戦に参加したようですが詳細は不詳です。 474/2-No17-26 2009.11.03 |
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後部胴体を高くして、スライド式の密閉型風防を装備し、プロペラを金属製にした飛行機です。標準では尾橇でしたが、尾輪が装備された機体もあったようです。 【諸元(実機)】 |
| 全幅 | 9.40m | 全長 | 8.20m | 全高 | 3.10m | 翼面積 | 23.56m2 | 自重 | 1460kg | 全備重量 | 2120kg |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| エンジン | イスパノスイザ HS 12Ydrs | 最大出力 | 850hp | ||||||||
| 武装 | 7.7mmX4 | 乗員 | 1名 | ||||||||
| 最大速度 | 394km/h (高度4400m) | 海面上昇率 | 900m/min | 実用上昇限度 | 10600m | 航続距離 | 580km | ||||
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