ブルゴーニュ魂

シャンパンを飲も

<おいしいシャンパン>

 シャンパーニュの特徴と言えば、その泡にある。その泡は、「シャンパンってワインなの」という台詞を耳にするたび、その確立された地位を思い知る。シャンパンももちろんワインである。非発砲(スティル)・発砲(スパークリング)・酒精強化(フォーティファイド)・香味系(アロマタイズド)と4つあるワインのカテゴリーの中のスパークリングワインの代表格にして、世界最高の発泡酒である。
 シャンパーニュ(以下シャンパンだったりシャンパーニュだったり)の飲み方や保存方法には諸説あり、おおむね熟成派と出会った派に分かれている(そんな言葉があるかどうかは定かではないが)。私はもちろん出会った時が飲み頃を信条としているため、出会った派に属する。ここではシャンパンは買ったらすぐ飲もうの根拠とその味わいのすばらしさに触れてみたい。シャンパンの魅力は、その繊細で力強い泡にあり、果実味豊かで上品な味わいにある。


<シャンパンとは何ぞや>
 シャンパンはフランスの原産地統制呼称法の適用を受けるAOCワインである。それはつまりACシャンパーニュを名乗れる畑から法的に認められた葡萄品種を使って伝統ある製法によって造られたワインのことである。これにひとつでも該当しないと栄光あるシャンパーニュの名は名乗れない。どうしても名乗りたい場合は、偽物の違法ワインとして信用を徹底的に失うこととなる。ある日突然世界一のシャンパンが造りたくなったら、まずはシャンパーニュに行かなくてはならない。自分の庭では造れないのである。残念でもあるし、そこにシャンパンの偉大さもある。
 シャンパーニュはパリの北東側に位置し、ボルドーやブルゴーニュに比べても相当寒い。寒いために葡萄栽培の北限に近く、ビンテージ毎のばらつきも大きいため、スティルワインでは世界に名をはせるワインは出来ない。しかもその昔は寒さゆえアルコール発酵が途中で終り、瓶詰めした後で暖かくなった頃に再度アルコール発酵が起こり、瓶内に炭酸ガスが発生し、その圧力で瓶がよく割れたらしい。この現象を逆手にとって製品化したのがシャンパンである。発酵によって得られるガスを瓶内に閉じ込め、その泡を「おいしくいただこう」というものである。

 発泡酒を造る方法はいくつかある。安易に炭酸ガスを注入して造ることも出来るし、大樽で発生させることも出来る。しかしシャンパーニュを名乗るためにはいわゆるシャンパーニュ方式と呼ばれる瓶内二次発酵によって造らなければならない。この製法は手間隙がかかり、そのために時間と資金が必要になってくる。シャンパンが大手資本の傘下にあるのも頷けたりする。ドンペリで有名なモエ・シャンドン社は傘下ではなく、ルイ・ヴィトン、ヘネシーと共に傘を持つほうではあるが・・・。瓶内二次発酵製法はシャンパーニュ方式とも呼ばれ、その木目細かい泡は世界の憧れである。
 シャンパンはシャンパーニュ地方以外では造られないが、世界各地で瓶内二次発酵方式は採用されている。シャンパンの名声はこの製法によるところが大きく、他の産地でもシャンパーニュの名こそ得られないものの、高品質なスパークリングワインが造られている。そしてその製法を堂々とラベルに記載していたりする。フランス国内ではスティルワインのAOC適用地区で造られると、クレマンを名乗ることができる。クレマン・ド・ブルゴーニュやクレマン・ダルザスなどが有名である。両者を始めクレマンは産地と技法が保証されているAOCワインである。特にブルゴーニュは赤白の大銘醸地であり、シャンパンと同じ葡萄品種を使っているので、結構お買い得である。シャンパンより確実に安い。

 ところで瓶内二次発酵は木目細かい泡を造る代わりに大量の澱が発生する。果汁100%のジュースによく書いてある「飲む前によく振ってからお飲みください」のあれが澱である。シャンパンに澱が入ると色が濁り、雑味が混ざる。そのために澱引きをする。王冠で止められた瓶を逆立ちさせ、澱を口元に集めておく。そして澱が溜まったところでその部分を冷凍し、澱の塊を外に出す。そのときどうしてもワインが減ってしまう。そこでいわゆる門出のリキュールを添加する。このとき加えるリキュールの甘味によってそのワインの味が決定される。辛口にするも甘口にするもこのリキュール次第である。例えば辛口に仕立てられると、ラベルにBRUT(辛口)の表記がされる。AOCワインで味覚が表示されるのもシャンパーニュの特徴である。ロマネ・コンティやシャトー・マルゴーには辛口とは書いていないし、シャトーディケムには甘口ですとは書かれていない(ロワールのヴーヴレーには甘口表記があるが・・・)。スパークリングワインにこのBRUT表記を見つけたら、大体の味のイメージがつくし、辛口のためどんな料理にも合わせやすい。

 門出のリキュールは高級シャンパンならばシャンパンそのものを使うが、ノンビンテージものなどは何かしらのリキュールを入れている。このリキュールが曲者である。門出のリキュールはそのワイン全体の味を決定する大切な役割をもつが、コルクとの相性が悪い。コルクは瓶を密閉させるために用いられるが、そのコルクをリキュールが溶かしてしまうのだ。もちろん溶かされる量は微かだが、確実にシャンパンの味に影響を与える。本来あるはずのないコルク臭やコルク味?が混入してしまう。熟成したスティルワインにもコルク臭は存在するが、グラスを静かにニ回転してやれば、程なく消える。スティルワインにはリキュールが添加されていないためである。

 コルクへの影響を避けるにはどうすれば良いのか。簡単である。瓶を立てて輸送・保管すればいいのである。シャンパンのコルクは合成のマッシュルーム型をしており、シャンパンのガス圧によって完全に密閉されいてる。ガス圧によってコルクが飛び出さないように、コルクは針金で保護されてもいる。瓶の外側が1気圧であるのに対し、瓶の中は6気圧にもなる。外の空気が中に入る可能性は、よほど乾燥した場所に放置しない限り、まずありえない。
 スティルワインを横にするのはコルクの乾燥により、外部の空気が瓶内に混入し酸化させないためである。ワインに湿ることでコルクは湿度を保ち、瓶との隙間を埋めるようにぴったりと張りつき、外部と遮断される。もしスティルワインを立てて長期に保管すれば、コルクの乾燥によって瓶とコルクの間に隙間が生じ、外部の空気に触れてしまう。気圧が1対1なので空気の往来を妨げるものはない。冷蔵庫の室内は乾燥しているので、1ヶ月程度の保管には耐えられても数年の保管は余りにもリスキーである。振動も熟成の妨げになるので、一時保管以外はあまりお奨めできなかったりする。

 シャンパンが澱引きされて、門出のリキュールと共に市場に出たということは、そのシャンパンは飲み頃なのでである。今飲んでおいしいから市場に出てきたのだ。熟成は澱引き前に済ましている。それゆえ店頭に並んだ瞬間から飲み頃であり、信頼すべき情報筋によれば、飲み頃のピークは出荷後一年という。その情報の信頼性は出荷直後のシャンパンを飲めば、一目瞭然である。


<シャンパンの種類>
 シャンパンは白葡萄のシャルドネと黒葡萄のピノノワール・ピノムニエの3種類の葡萄品種をブレンドし、醸造される。寒さゆえに単一葡萄品種だけで造るとリスクが大きすぎる。葡萄品種が違えば、天候の影響にも差が出て、不作の品種を良作の品種でカバーできる。生活の智恵である。ボルドーも同じ発想である。製品の均一化と大量生産を目指すためにはブレンドは欠かせないのである。ここがブルゴーニュと大きく違うところでもある。ブルゴーニュは単一品種・単一畑。
 白葡萄のシャルドネは辛口白ワインの筆頭で、モンラシェ、コルトンシャルルマーニュ、シャブリ(特級)などブルゴーニュの大銘醸ワインを造る唯一の品種である。ピノノワールはロマネコンティ・シャンベルタンなどブルゴーニュの大銘醸ワインを造る唯一の品種である。この二つは貴賓種と言われている(ちなみにカベルネ・ソービニヨンはボルドーの主品種である)。ピノムニエは特に・・・。

 大銘醸と同じ品種で造られる発泡酒が、まずいはずはない。しかしシャンパーニュ地方は寒い。収穫年により品質にばらつきがでてしまう。これでは製品化が難しい。そこで3種類の葡萄品種をブレンドし、さらにいくつかのビンテージを混ぜ合わせることで、品質を維持することに成功した。複数のピンテージをブレンドするのもシャンパンの特徴である。そのため瓶にはシャンパーニュの名こそあれ、年号は入っていない。これをノンビンテージシャンパンという。略してノンビンである。

 そうは言ってもシャンパンに年号が入っている瓶も見かけるぞ。そうなのである。特に優れたビンテージは他の年号とブレンドすることなく、単一年号としてリリースされることがよくある。これがビンテージシャンパンである。年号があることは葡萄の実りがよかったことを意味するので、味もグレードアップが期待できる。そのため価格もノンビンテージより高い。至極当たり前である。食卓に置かれたシャンパンの瓶に四桁の数字を見つけたら、ちょっと奮発していることを意味している。さらにビンテージシャンパンの中で、「これだ」といいたくなる極上のシャンパンはプレステージシャンパンと呼ばれている。ドンペリやクリスタル、ポール・ロジェのキュベ・ウィストン・チャーチルなど、思わず涎も出ようというものである。このクラスがレストランの食卓に並んでいると、ビシッと決めた装いの内側に勝負パンツが見え隠れしているはずである。あまり縁がないので先に進めよう。

 ACシャンパーニュにも格付けがある。ブルゴーニュが畑に格付けされているのに対し、シャンパーニュは村と葡萄の色ごと(白葡萄か黒葡萄)に格付けされている。日本でいう生産者米価のようなものがシャンパーニュにはあり、葡萄標準価格に連動した格付けとなっている。葡萄栽培者と大手ワイン生産者との間で毎年決められる葡萄の価格が格付けの根拠になっている。標準価格100%で取引される村の畑がグランクリュであり、90%以上で取引されるのが一級、最低の80%以上が村名ということになる。なんだか分かりにくい。この分かりにくさが、スティルワインでブルゴーニュに対抗できない理由でもある。また、この取り決めに左右されずに個々に交渉する栽培者も多いという。このシャンパンはグランクリュだけから造られているという説明書きもよく目にするが、グランクリュの意味がそれぞれの地方で違っているが、ここがAOC法の一貫性のなさであり、法律より先にできた伝統や慣習の重みである。

 シャンパンの別の分け方として葡萄品種ごとの区分がある。シャルドネ100%を使って造られるのが、いわゆるブラン・ド・ブラン(白の白)である。Sでおなじみのサロンは単独ビンテージのこれしか造らないことで有名である。味わいは、華やかで繊細。上品なふくよかさがある。一方、黒葡萄だけから造るシャンパンは、ブラン・ド・ノワール(黒の白)と呼ばれる。皮を使わず実だけで造るので、色が移らないため白ワインとなる。男性的で、どしりと重い味わいは通好みであり、この味を知ってしまうと、頬が緩みっぱなしである。前述のポールロジェは今も心に残る大傑作である。
 そしてロゼシャンパンがある。シャンパーニュ以外ではロゼのイメージは赤・白より劣りがちだが、ここシャンパーニュでは一躍ヒーローである。高級シャンパンの代名詞的存在である。あのロゼ色にキュルキュルと立ち上る泡は、最高の演出を約束してくれる。あとは主役の踏ん張りどころである。

 シャンパーニュは年号をブレンドし、畑も特定させないで造るのが一般的であるが、当然例外もある。単一ビンテージの単一葡萄畑から極上のシャンパンを造っているのがクリュグのクロ・デュ・メニルである。もうひとつあるが、あくまでももうひとつという印象である。クロ・デュ・メニルはシャンパーニュの例外であるが、時としてシャンパーニュを代表し、最も高価である。澱引き前に完璧に熟成された後でなければ出荷されず、その芳醇な味わいもまた一生心に残っていたりする。クリュギストなる熱愛者がいるのも頷ける。


<シャンパーニュの特徴>
 原産地統制呼称法の適用を受けるAOCワインである(但しAOC表記の省略可能)。
 複数のビンテージをブレンドして造られる(高品質の維持)。
 3種類の葡萄品種をブレンドして造られる(同上)。
 単独年号・単独品種・ロゼは高品質かつ高価格かつ高演出。
 うまい。泡のトップ。
 

<シャンパンを買う>
 シャンパンを買おうとしたら、まずはお店に行くことになる。高級ワインを扱う店には必ず置いてあるが、その置き方に注意したい。瓶を立たせて保管されているところから買いたい。高いワインほど寝かせたい気持ちは分からないでもないが、寝ているシャンパンは結構興ざめだ(上記参照)。
 ポンといきおいよくコルクが飛ぶでもなく、コルクが膨らむでもなく、なんだか寂しい。コルク臭と不純物が混ざった味わい至極残念である。何を言う。これを熟成というのだと、イキリたつ店主との平行線的な議論は寂しい。シャンパンはこっちを向いて起立していてもらいたいものだ。

 量販店にもシャンパンは置いてある。ここはスペースの問題からかほとんどの酒は起立している。ボルドーの銘醸もシャンパンもブランデーも所狭しと並べられている。安いだけに製品の回転率も速く、出荷直後のシャンパンに出会える確率も高い。比較的室温に強いシャンパンはお買い得かもしれない。ただし、アジア市場の売れ残りがあるとの情報もあり、一概に言えない。飲んでみるまで分からないからちょっとリスキーである。

 入手経路を知り得ない消費者は、結局はお店を信用して購入するしかない。外れていたらその味と飲み方を店主に伝えたい。おいしければもう一本ということになる。やはり馴染みのお店で買うのがいい。


<グラスを買おう>
 シャンパンの最大の特徴は繊細な泡にある。その泡を生かすも殺すも飲み手次第。レストランで飲む場合は、それなりのグラスを用意してくれるので問題ないが、ホームパーティや自宅での団欒のときにはグラスを用意する必要がある。シャンパンはフルート型のグラスで頂きたい。きれいな泡がキリキリ舞いあがる空間を作るためである。乾杯用の平べったいグラスでは泡が立たないし、色つきグラスでは泡が見えない。ビール用の細いグラスもガラスの厚みが野暮ったく、繊細な味わいが楽しめない。乾杯のとき、グラスをぶつけても割れないグラスは頑丈であり、味に繊細さを求めるとやや厳しいかもしれない。
 シャンパンそのものの色も楽しむためにもここは、無地透明のフルートを用意したい。グラスに洗剤が残っていたり、乾拭きがあまく水分が残っていると、せっかくのきれいな泡が立たないので、しっかり水切りしてすばらしい夜を演出したいものである。

 シャンパンのグレードが上がると、残念ながらフルートグラスでも役不足になる。ロブマイヤーのバレリーナグラスやテタンジェグラスで堪能したいものである。ただへたをするとシャンパンよりグラス代のほうが高くなるので、それ相応のワインも財力も必要であるが。ここぞというときのためには決して高い買い物ではないので、一脚は欲しいところである。ひとつしかないグラスであの人と回し飲みもいいかもしれないさ。


<シャンパンを飲もう>

 シャンパンはギンギンに冷やして飲みたい。ギンギンに冷やせば、コルクを開けたときに泡が吹き出ない。せっかくの泡はグラスに閉じ込めておきたいし、飛び出したコルクで照明器具を割りたくもない。透明なアクリル製のワインクーラーに氷をぎっしり入れて冷やせば、ものの10分でよく冷える。抜栓後もそこにおいておけば、室温で温かくなることもない。シャンパンを一気に注ぐと泡ばかりになるが、静かに二度つぎすればグラスになみなみ注ぐことができる。おいしいシャンパンはたっぷり飲みたいものである。
 シャンパンは辛口なので、どんな料理との相性も抜群で、あでやかである。いい。シャンパンはいい。冬の寒さはシャンパンの泡で暖められたい。


<おしまいに>
 シャンパンの新鮮な果実味といつまでも消えない泡を眺めていると、買ったらすぐ飲むのがベストだと思ってしまう。この味わいは寝かしたシャンパンからは到底味わえないものだからである。泡の立たないシャンパンは個人的には好きではない。これを熟成と呼ぶ人もいるが、まあそれはそれで良いとしよう。この気持ちは新鮮なシャンパンを飲んでみないと伝わらないと思うからである。
 ところでドリンキング・レポートにはシャンパンはあまり登場しない。その理由は別の機会にしたいと思う。まだ内緒である。



以上





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