![]() |
ワインはそんなにえらいのか |
<ワインはそんなにえらいのか> 巷では、すばらしいワインのことを「偉大な」ワインと形容し、絶大な賛美を送っている。そしてこの偉大なという形容詞は「えらい」という言葉に置き換えることも出来る。ここでは「ワインが一番えらいのだ」という仮説にたってワインの秘密に迫ってみたい。 <ワインをフランスから語ろう> ワインを語る上で最も分かりやすいのは、実はフランスワインである。原産地呼称統制法(Appellation d'Origine Contrôlée)いわゆるAOC法に則り厳格に区分されているからだ。ワインの産地は厳格に管理され、栽培可能な葡萄品種や醸造法など事細かに明文化されている。この精神はワインの品質向上と偽物排除にある。たとえば世界一の辛口赤ワイン「ロマネコンティ」は法律によってその品質が守られ、ロマネコンティの畑以外のワインはその名を冠することは出来ない。これは至極当然で、ロマネ・コンティが自由に名乗れるなら、私ですら適当に葡萄を買ってきて高値で売り出すことが出来てしまう。またロマネ・コンティを名乗れる畑において、今はやりのカベルネソービニオン種を植えてしまったなら、それもまた栄光の名を冠することは出来ない。ピノ・ノワール種が法律上、ロマネコンティを名乗れる唯一の葡萄品種だからである。伝統に裏付けられた法律に基づき、世界一の名声は国をあげて守られているのである。ちなみにカベルネ種を植えてしまったら、それは出所の明確なテーブルワインになってしまう。未確認ながら、ブルゴーニュ・グラン・オルディナーレを名乗れるかもしれない。いずれにしても100万円で売れるワインが、100円になってしまったりするから、そんな意味不明な行動を取る人はいない。 イタリアやスペインなども同様の法律はあるが、やや規制が甘く、法律にとらわれないワインの評価も高い。そのためここはフランスに絞って離しを進めよう。またドイツは法律は厳格であるが、今回の論証に引き合いを出すと複雑になるので、敢えて触れないこととする。アメリカにはAOC法がないので、その評価は市場価格や個別の造り手の評価に左右されやすい。オーパスワンなどがいい例である。ムートンとモンダビが共同で開発した畑はフィロキセラBによって全滅しているのに、いまだその名において発売されている。明らかに畑が違うがワイン名は同じ。不思議である。 <ワインは場所である> 銘醸ワインは長い伝統に裏づけされたAOC法によって、産出される畑が指定されている。それはワインの名が畑の名になっていることから窺い知ることが出来る。ロマネコンティやシャンベルタンはワイン名であると同時に畑の名でもある。ボルドーのシャトーマルゴーもその名を名乗れる畑から造られたものである。フランスには全国にワインの産地がある。ロワール・シャンパーニュ・ジュラ・アルザス・ローヌなどである。そして、いわゆるフランスの二大銘醸産地として認知されているボルドーとブルゴーニュこそが、世界有数のワインを産出している。この文章の筋に照らせば、えらいワイン、なのである。その根拠は歴史と市場価格とそして何より味わいの差になって現われている。ボルドーはAOC法施行前から絶大な評価を得ていて、特に1855年のパリ万博の目玉として発表された格付け制度は、百年以上たった今日でさえ、強烈な影響力を持っている。格付け変更の必要性が囁かれてはいるが、過去にたった一度、シャトームートンロートシルトが1973年に一級に格上げされたのを例外として、厳として変更されないのである。この頑なまでの姿勢にボルドーワインを守ろうとする意思を感じることが出来る。 ボルドーワインはボルドー地方からしか造られない。辛口赤ワインと甘口白ワインの大名醸地である。そしてそのボルドーは植えられる葡萄品種も明確に決められているのだ。赤ワインはカベルネソービニヨン・メルローなど5種類から造られ、それ以外の品種を使うとテーブルワインに格下げられてしまう。畑の位置と、その場所に適した葡萄品種を法律に則った製造方法に造られたワインだけが栄光のボルドーワインを名乗ることが出来るのだ。 <自然の恵みが一番えらい> ところで、ワインはその製法により四種類に分けられる。いわゆる普通のワインであるスティルワイン、シャンパーニュを代表とするスパークリングワイン、ブランデーなどで酒精強化されたフォーティファイドワイン、そして薬草や香味料などを添加したアロマタイズドワインである。 スティルワイン・・・・・・・・・・・・非発砲酒 シャトーマルゴー・モンラッシェ・シャトーディケムなど スパークリングワイン・・・・・・発泡酒 シャンパーニュ・スプマンテなど フォーティファイドワイン・・・・酒精強化酒 シェリー・マデラ・ポートなど アロマタイズドワイン・・・・・・・ヴェルモット・サングリアなど 自然の恵みとはつまり原材料の葡萄の恩恵である。ワインは葡萄以外の材料を基本的に使用しない。葡萄がワインへと変化する過程において、人間が手をかけないほど上等とされている。そして葡萄は植えられた場所の影響を絶大に受ける植物である。 いわゆる普通のワイン、スティル・ワインが上等とされる理由は、自然の恵みが最も発揮されているからである。葡萄は木になっている状態では酒にはならない。収穫し、葡萄の果汁が発酵することで酒になるのである。その過程において人間の役割は大きいが、人間の手が入らず自然のままワインになるものがえらいとされている。人間の技術を持ってすれば味の調整や原材料の混合などによりいくらでも酒は造れてしまうからだ。自然のめぐみを享受する姿勢こそ、生きとし生けるもののありがたみである。 <産地毎の特色> ボルドー ・・・・・・・・・・・・・・辛口赤ワインの最高峰・甘口白ワインの最高峰 ブルゴーニュ ・・・・・・・・・・辛口赤ワインの最高峰・辛口白ワインの頂点 シャンパーニュ ・・・・・・・・・発砲酒の世界最高 アルザス ・・・・・・・・・・・・・・ドイツ系葡萄品種を使った辛口白ワインの産地 ジュラ ・・・・・・・・・・・・・・・・ワイン発祥の地 三ツ星レストラン必須アイテム ローヌ ・・・・・・・・・・・・・・・・葡萄品種が多様で、スパイシーで力強いワインの産地 ロワール・・・・・・・・・・・・・・・チャーミングなワインの産地 ラングドック・ルーション・・・フランスの生産量の40%の大産地 コニャック・・・・・・・・・・・・・・蒸留酒の二大産地 アルマニャック・・・・・・・・・・蒸留酒の二大産地 カルバドス・・・・・・・・・・・・・・リンゴで造る蒸留酒でコニャック・アルマニャックと同列の評価 <さて本題> 自然のままのワインがえらいワインという仮説にたてば、辛口赤ワインの双璧はボルドーとブルゴーニュになる。両者は互いに比較される対象であり、世界の評価を二分している。逆に言えば辛口赤ワインを造る限り両者を総合的に抜きさることは出来ないのである。もちろん各産地には例外的に卓越したワインがある。ローヌの一部とスペインのウニコなどがその例に当たる。しかし例外は例外にとどまり、この二大産地に異論は挟む余地は余りない。 甘口白ワインはボルドーのソーテルヌ地区の評価が高い。いわゆる世界三大貴腐ワインの一角をシャトー・ディケムが占めているからだ。ひとつの畑が、世界の名声に直結している。ちなみに残り二つはドイツのトロッケンベーレンアウスレーゼ、ハンガリーのトカイ・アズー・エッセンシアである。この二つは複数の生産者によって造られているが、シャトー・ディケム(ワイン名)はシャトー・ディケム(醸造所)しか造ることが出来ない。 辛口白ワインの評価には異論がない。ブルゴーニュのコートドボーヌ地区が世界最高の栄光を欲しいままにしている。モンラシェまたは、コルトン・シャルルマーニュのワインを造る者こそ、世界一のワイン生産者の評価も得られるのだ。技術があっても畑の優劣が、その名声を決定付ける。良い畑を持つことが、良い生産者の条件であり、ワインが畑の影響を最も受ける現象でもある。 辛口赤ワイン・甘口、辛口白ワインで真っ向勝負が出来ないとすれば、(ちなみに甘口赤ワインは評価の対象ならない。食事と合わせられないからである)各産地は智恵を絞って各分野での世界一を目指した。ここからが本題。 まずはシャンパーニュ。場所的にブルゴーニュに近く、葡萄品種もほぼ同一である。辛口赤ワインの最高ピノノワール種と辛口白ワインの最高シャルドネを主品種としている。偉大な葡萄品種をそのままワインにしてもブルゴーニュの後塵を配するしかない。シャンパーニュが寒いためであり、そのために葡萄のパワーが発揮できないからだ。しかし、この寒さがシャンパーニュを世界一のワインの名声を与えることとなる。瓶内発酵のスパークリングワインの発明である。シャンパーニュは泡でもって世界を目指した。そもそも葡萄品種は最高なのだから、製法にオリジナリティを発揮することでシャンパーニュはシャンパーニュの地位を確保した。泡にかけては世界筆頭。シャンパーニュの名を勝ち得るのは、シャンパーニュ地方だけである。他の産地は発砲ワインを造っても当然シャンパーニュを名乗ることが出来ない。AOC法に準拠しないためである。 シャンパーニュは寒さゆえ、品質の不安定さを抱えている。生産年による葡萄の出来不出来がワイン造りに影響を及ぼすためである。そのためシャンパーニュでは複数のビンテージをブレンドしてシャンパーニュを造り出す。乾杯の酒は常に同じ品質を求められるからである。ビンテージに左右されず常に高品質を追及したのがシャンパーニュの特徴でもある。そして偉大な年に限っては、特別にその年だけの葡萄からシャンパーニュを造っている。いわゆるビンテージシャンパンと呼ばれる格上ワインである。シャンパーニュの世界も奥が深い。エレガントな泡と新鮮な果実味とおしゃれな空間。シャンパーニュはいい。 つづいてコニャック・アルマニャック。ボルドーを挟んで北にコニャック地方、南にアルマニャック地方がある。ここはブランデーのニ大産地である。ブランデーは英語で、フランスでは命の水オードヴィー(eau de vie)と呼ばれている。ブランデーは葡萄を蒸留して造られる。スティルワインでは名声を確立しているボルドーの後塵を拝する。カベルネ・ソービニヨンもここでは良いワインにならない。品種が良くてもその土地では成功しないのだ。コニャック、アルマニャックは葡萄を醸造するのではなく、蒸留することで世界を目指した。ワインと同じ法律AOC法によって厳しく規制され、名声の裏づけを得ているのだ。コニャックはほとんどがサンテミリオン種から造られ、アルマニャックはサンテミリオン種を主体にブレンドされて蒸留されている。製法にも差があり、その味わいも二大産地の名声を得るほどに個性的だという。ブランデーは高価なため、まだ足を踏み入れるには時期尚早かと思われるので話を先に進めよう。 カルバドスである。カルバドスはフランス北西部、ノルマンディー地方の特産である。この地方は寒すぎて葡萄がきびしい。葡萄栽培には適さないが、リンゴの栽培には適している。リンゴを醸造してシードル(フルーツワイン)にしても、並でしかないが、蒸留することでコニャック・アルマニャックと同等の名声を得た。50年も熟成されたカルバドスは、リンゴの果蜜がそのまま熟成したようで、夢心地の逸品である。カルバドスの名声はAOC法適用に窺い知ることが出来、法的な根拠がある。カルバドスは葡萄では大成できないが、りんごを蒸留することで世界三大蒸留酒の地位を獲得したのである。 ちなみにAOCの規制を受けるワイン産地で蒸留酒を造るとオード・ヴィー・ド・ヴァンとなり、AOR法の保護下に置かれる。AOR法がAOC法に劣るのはその施行時期からもわかる。AOCから遅れること6年、1941年の施行である。第二次世界大戦直前に施行されるところがフランス的でもある。AORオードヴィーはワインの銘醸地だけあり、高品質である。葡萄の残り汁から造られるのがフィーヌ(fine)であり、しぼりかすから造られるのがマール(marc)である。 つぎは酒精強化酒について。シェリー、マディラ、ポート等が有名である。いずれも葡萄から造られ、途中でブランデを添加することでアルコール発酵を止め、甘味を残したワインである。自然のままではフランスに克てない。しかし智恵を絞って世界を目指した。特にポートワインは宮中晩餐会の必須アイテムであり、ここの項目だけで相当数のページを割く必要がある。そのため今回は割愛して話を戻そう。 スティルワインが一番えらいという視点に立って、葡萄から造られる酒を検証すると、意外とすっきりした回答が得られる。そしてそのスティルワインが一番えらいという枠組みを取り払って、各々のワイン、ブランデーに対峙すると、その偉大さと名声を勝ち得る理由がわかってくる。そしてその名声は目の前のグラスに反映されてくる。うまい。酒は世界中から造られる。要は自分の食卓にどの酒を選ぶかだ。時・場所・立場・人・季節など飲む環境によりベストの酒を選び、そして食事に合わせる食中酒という最大にして唯一ともいえるワインの個性を如何なく発揮させ、おいしい食卓を共有したいものである。 「食事と共に」がワインをテイスティングする最大の理由でもあり、すばらしい食卓の為に、すばらしいワインがここに存在している。そんなワインの個性を知ると、食事が楽しくなる。日常生活に溶け込むワインから、非日常生活を満喫するワインまで。その時々に応じでいつもベストのワインを飲みたい。一年で365回しか夕飯は食べられないのだから。月に一回、非日常を楽しむとして、年間12回。隔週に楽しんだとして24回。多いようで少ないとおもう。たまの贅沢を大いに楽しみたいものである。 以上 |